チェンバロの思い出
(私とCembaloの出会い)
高校時代

チェンバロという楽器は、ただ単なるソロ楽器としてではなく(ピアノとちがって)バロック時代のオーケストラの中ではアンサンブル楽器としても非常に重要な位置を占めています。今日では演奏会でも目にすることが多くなってきたチェンバロという楽器ですが、私が若いころには大変珍しい楽器でありました。はじめて私がチェンバロにめぐりあえたのは、高校1年生の頃、町のレコード店で偶然アントンハイラーの演奏するヘンデルのチェンバロ組曲を手に入れたときでした。


私を音楽家になるべく運命づけたレコード

このレコードは、その頃同時期に手に入れたクララ ハスキルの演奏するモーツァルトの24番のピアノコンチェルトと共に、私をして音楽家になるべく運命づけた2枚のレコードのうちの1枚です。


アントン ハイラーの弾くヘンデルの組曲第3番二短調の悲壮なほど輝かしい変奏曲は、何度となく本当にレコードがすりきれるまで聴き続けたものです。同じレコードを留学中にウィーンのレコード店で見つけて喜々として買い求めました。それから、ヘルムート ヴァルヒャの弾くバッハのチェンバロ作品やワンダ ランドフスカの演奏するチェンバロの作品を数多く高校生の時に集めました。



音楽学校時代

音楽大学に入ってからは、よりチェンバロとの.関わりが深くなっていきました。音楽大学には、当時日本にはまだ数台しか無かったチェンバロの1台があり、中川洵先生というチェンバロの先生もいらっしゃいました。個人的にどうしてもチェンバロを弾きた
いということで、「音大にチェンバロ科を創設しましょう」と、その先生を口説き、ピアノ科の副科楽器として5〜6名ほどの副科チェンバロが大学に認められました。希望者の選抜試験は私自身がつくりました。チェンバロに対する思いがどれだけ真摯なものであるか,興味本位なものでないかを推し量る為のもので、「前期バロック時代の有名な作曲家を5名あげよ」「室内ソナタと教会ソナタの違いを延べよ」といった内容のものです。こうして私は作曲科であるにもかかわらず、ちゃっかりとチェンバロ科第1号の生徒になったのです。学校のチェンバロはノイペルトというモダンチェンバロ(現代チェンバロ)でした。



ミュンヒェン留学
ミュンヘンに留学した私は、最初の1〜2年はピアノの弾ける部屋を確保することができませんでした。その為に、ライゼ・クラビコードという携帯用クラビコードを手にいれました。
ライゼ(携帯用)クラビコード
(芦塚先生が使用していたもの)           通常のクラビコード

クラビコードとはチェンバロとよくにた音が出ますが、しかし発弦機構は全く異なり強弱やビブラートまで出すことのできる楽器です。ただし、クラビコードは音量が大変小さく、深夜に自分の部屋で弾いていても音が隣のへやにきこえることがないほどで、全く自分一人だけの為の楽器です。最初の1年位はそのクラビコードで作曲をしていました。その楽器のおかげで、ミュンヘンの忙しい作曲の合間にもバロック奏法やオーナメント(音符の装飾法)の研究はコツコツ一人で続けることができました。また、ミュンヘンのオルガン科やチェンバロ科の友人たちとも交流ができ、その分野の知識も豊富になったように思います。


帰国後
のライゼ・クラビコードは帰国するときに日本までもってかえりました。しかし、何分にも音が小さすぎて、友人たちとアンサンブルを楽しむことが出来ません。当時、あるチェンバロ製作者の方がクラビコードを大変欲しがっていて、私のクラビコードを是非譲って欲しいという申し出がありました。それで彼の持っているスピネットと交換することになりました。、ということで、ドイツで買ったクラビコードが日本でスピネットに変わって、友人たちとトリオ・ソナタなどのバロックアンサンブルを楽しむことが出来るようになりました。

それが現在花園教室に置いてあるチェンバロです。
その後教室を増設して子供達にもチェンバロの奏法を教え通奏低音も演奏させるようになり、オーケストラ教室にもチェンバロが必要となって、2台目のスピネットを買いました。しかし、私の夢は2段鍵盤のコンサートチェンバロを手に入れることでした。そんなある時、イムジチなどの外国の有名なアンサンブルの団体のチェンバロ奏者が弾いていたグジョンモデルのバロックチェンバロを買わないかと古典楽器センターの佐藤さんから話がありました。人間やってみるもので、色々と金策に走り回った結果、なんとそのコンサートチェンバロを買うことができたのです。高校生の時からの夢がかなったわけです。



このチェンバロを発表会などで皆様にお見せできないのは残念ですが、楽器が大型な上、運搬には楽器メーカーの専門のスタッフの手を借りなければならず、搬送、調律などに大変お金がかかってしまうからです。(グランドピアノを運ぶのと同じか、それよりも難しいことです)現在はスピネットタイプではない1段鍵盤の演奏会チェンバロで、私たちが搬送可能な楽器を購入の予定です。(既に昨年より発表会や演奏会で使用しています。)発表会や先生方の演奏会などで活躍できるような、1段2列(8・4フィート)のチェンバロで、音量的にもスピネットよりかなり強いチェンバロです。その楽器なら発表会などでチェンバロのソロの曲をプログラムに入れるということも可能になってきます。ご期待ください。

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            蛇足
チェンバロの奏法では装飾音を学ぶ他に、メロディーを音符で埋めていくという即興の勉強もしなければなりません。現在私たちの教室で勉強を続けている大場美紀さんがチェンバロの即興の勉強にチャレンジ中で、教室外での演奏でも即興や装飾音を入れて弾いています。(現在は大学を卒業して、教室で指導の傍ら、演奏活動をつづけています。)

もとの楽譜
20ウ
実際の演奏(即興譜)


音大生などピアノを専門にする人たちにとって憧れであるチェンバロですが、実際にはタッチがピアノとは全く違います。同じ鍵盤楽器であるピアノの人がピアノの感覚でチェンバロを弾くと、音量だけでなく色々なところで物足りなさが目立ちます。チェンバロを専門に勉強する場合、アンサンブルとしての通奏低音の勉強(左手のパートに書いてある数字を見て右手を即興で埋めていく技術)や、色々な装飾音の弾きわけなども学ばねばなりません。
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通奏低音譜(チェロパート)


実際の演奏


そういう勉強を経て初めてチェンバリストと呼ばれるようになれるのです。そういった勉強を積んだ人と、積んでいない人とでは、全く同じ楽器で同じ譜面を演奏したとしても、音色や響き方の違いが歴然と出てくるのです。確かに音量はピアノより小さいのですが、澄みきった典雅な音色で…本一本の音の線が明確に聴き取れるチェンバロという楽器は、バロック音楽にはなくてはならない存在であります。
チェンバロについての思い出を語るつもりが、少し講義めいた話になってしまいましたのでこのへんでおしゃべりを終わることに致します。
                       2000年9月27日
                       江古田の寓居にて

                       一 静 庵 庵 主