一番下のハンマーはピアノの調律用です。真ん中の小さいハンマーはCembalo用です。いずれも私がドイツで使用していたものです。一番上のはT字型のハンマーでCembaloにとってはこの形のほうがピンを傷めづらいのでよいと思います。大きさの違いから分かるようにCembaloのチューニングはとても微妙な動きと力を要求されます。力を入れすぎたりハンマーを動かしすぎるとすぐに弦が切れてしまいますので、細心の注意が必要です。ハンマーを動かさないで掴んでいる手を離しただけで音が下がりますので、そういった工夫が出来るとチューニングが早くなります。

       

自分でチェンバロを所有するとなると、必然的に調律を覚えなければならない。チェンバロはヴァイオリン等と同様に演奏(練習)する前に必ず調律しないと一日で弦が狂ってしまうものだからだ。確かに湿度や温度が一週間ぐらい変化しなければきちんといつも調律をしているチェンバロはそんなに狂うものではない。しかし4フィートの弦などは演奏の直前で調律しても演奏中には狂ってくる。又、地方在住でチェンバロの調律師が近くにいない場合には弦の張替えぐらいは出来た方がよい。ピアノと違ってチェンバロの弦は細くて良く切れる。私の場合には長く使用している古いチェンバロやスピネットに関しては一度も弦が切れたことが無い。しかし、新しく作ってもらったばかりの一段のチェンバロはどういうわけか弦が良く切れる。多分同じ弦が切れているのではないかと思われるのだが、演奏頻度も多く、あっちこっちへ運搬されるので何ともいえない。演奏会の本番の直前で切れたことがあったが、弦の張替えは流石に間に合わなかったので、もう一列の8フィートで演奏してごまかしてしまった。(一段、2列は、オーソドックスな8,4フィートではなく、8,8フィートになっている。)


             

調律に関しては一番オーソドックなものは、5度調律と3度調律であろう。(5度調律というからといってなにも5度だけで調律をしていくわけではない。)(3度調律の場合には基本的には5度は使用しない。調律の本を読んでください。)何れも腕時計を使ってうなりの数を数えるのだが、音と音でうなりの比率が異なるので覚えるのは一苦労だ。それでいて二度と同じ調律にはならないというのも変である。ドイツの調律師はそこら辺は流石である。最初のオクターブは機械で合わせてしまう。ピアニスト付の調律師ですら専属のピアニストの調律の注文を数字で残しておいて機械で調整してしまう。九州に居るときその調律師から聞いた話だが、イエルク・デムスだったか北九州のホールで演奏会をする時、調律師が要望に応えられなくておろおろしていたら、ピアニスト本人が調律師の道具を取り上げて調律をしてしまったそうだ。私もドイツでの貧困生活の中でピアノの調律はとても痛い出費だったから調律師から調律の道具を買って自分で調律をした。1年もしないうちに一列のクラビコードを買ったのでそれからは毎日のように調律はした。時間が無い時には舞台の上で10分ぐらいで2列をチューニングしなければならない。それも毎日の訓練の結果であろう。ドイツ留学時代はチューナーを持たなかったので、442や443の音叉を使って真面目にチューニングしたのだが、日本に帰ってきて時代が下って(日本でも)クロマティックの電子式のチューナーが売り出されるようになると最初のオクターブはチューナーで合わせてしまうようになってしまった。いや、便利だ、便利だ!!

   
      

困ったことに、チェンバロにとって調律は平均率のみではない。ルネッサンスのヴァージナル音楽を引き合いに出さなくとも中期バロックや後期バロックですら純正調を要求する音楽は結構ある。ましてやバロックヴァイオリンの伴奏などとなると、(本当は)一曲ごとにチューニングを変えなければならないものもたくさんある。バロックヴァイオリンだとスコルダトゥーラだとしても、せいぜい2弦か3弦をチューニングし直すだけであるから、大して時間は掛からない。しかしチェンバロのチューニングとなると55本や150本以上の弦をチューニングし直すわけだから、そう簡単にはいかない。
金槌で6000本を超えるパイプをカンコン叩いてチューニングするオルガンなら、その場でチューニングするのは最初から「不可能だ!」と言えるのだけどチェンバロの場合には、それが全く不可能とも言えないので、始末が悪い。(早い人なら3列でも20分ぐらいで調律できるかも。大体演奏会の会場や発表会の会場で調律のために与えられている時間が、それぐらいの時間なのです。)
純正調の調律は、その曲自体が転調などをしていなかったとしても(その調性の中に納まっていたとしても)、出て来た音が導音となる場合とそうでない場合には、明らかに響き(ピッチ)が異なるということが、しばしば起こってしまう。
つまり音が転調も含まず(クロマティックな和音も含まず)しかもディアトニックな音列の中に納まっていたとしても、純正な響きを出し得ないという事が頻繁に起こって来るのです。
一般の文献には、あたかもBachが初めて平均率の調律を始めたように書かれている文献などが今日でも結構見受けますが、平均率自体はもっと古い時代から使用されていました。調律法も当時から既にたくさんあって、すべて「帯に短し、襷に長し!」といった風で、私達はどうすりゃいいのかねぇ?!
よっぽどの例外の曲を除いて、殆どの場合はヴァイオリンが純正で演奏したとしても、私達はチェンバロは平均率でチューニングします。仮に純正調で弾ける曲があったとしてもステージでは何曲かをセットにしなければなりません。そうすると演奏時間よりチューニング時間の方が多くなってしまうのですよ。

        

というわけで、チェンバリストとしては、一応、平均率でチューニング出来るようにしておけば、殆どの場合、間に合うと思いますし、慣れてくればチューニングの速度もだんだん早く出来るようになります。
コツは慣れない間は、日常的に、少しずつチューニングすることです。
基本的には、一列ずつでも良いのですが、それすら時間がなくて大変な時には、まず中音域、高音域、低音域に分けて良く使う音域だけをしっかりチューニングして、後は気になる音をピックアップしながら、全体をチューニングしていけばよいと思います。

私は、演奏会の前日や(時間があれば当日の朝)には、必ず丁寧に一度調律しておきます。なぜなら、会場が下準備の音でうるさくて(会場で下準備するのは調律だけではないからです。)チェンバロの音が聞こえないことが、よくあるからです。予め調律をしておけば、会場では、狂った音だけを丁寧に調律し直せば良いだけになりますから。