リコーダーのお話し




学校の音楽の授業でも馴染み深いリコーダーですが、リコーダーには大きく分けて、ドイツ式リコーダーとバロック式リコーダーがあることは、ご存じの方も多いと思います。
ドイツ式リコーダーは、今日ドイツで使われているリコーダーだと思われがちですが、実際には現在ドイツでドイツ式リコーダーが使われることはありません。また、ドイツ式リコーダーを世界中の国で使用しているのは、おそらく日本だけではないでしょうか。ドイツでは使われないドイツ式リコーダーとは一体どういうことなのか?又、どうしてリコーダーは3つに分解できるように作られているのか、リコーダーとは一体いつ頃からある楽器で、どんな曲があるのか、etc.・・・・・・・・・…リコーダーに関して以外と知られていないことは結構あるのです。今回は、教科書には載っていないリコーダーのおもしろいお話しをいくつかご紹介したいと思います。


1.


近代にリコーダーを復活させたのは、世界的に有名な古楽器製作者であるアーノルド・ドルメッチ(1858年2月24日ル・マン生〜1940年2月28日へ一ズルメア没)です。
彼は古楽器奏者でもあり、古楽の分野を切り開いた大恩人とも言うべき人物です。そのドルメッチが47才のとき、リコーダーのストラディバリウスともいえる古いイギリスの名器「ブレッサン」というバロック式リコーダーを手に入れました。ある日旅行中に泥棒に合い、大切にしていたブレッサンを盗まれてしまい、一生命捜しましたがついに見つけることができませんでした。
しかし、ドルメッチはこのバロック式リコーダーの運指について疑問を感じていました。バロック式リコーダーでは、クロスフィンガー(不思議な指使い)を使います。これは、順番に指を押さえていくのではなく、ある音だけ複雑な指使いをしなければならないものです。ドルメッチは、リコーダーの研究にあたってバロック式リコーダーの運指表を作るとき、きっとバロック時代にはまだ笛を作る技術が発達していなかったか、指使いに対しての意識がうすかった為に、変な指使いをしていたのだろうと考えていました。
その頃、ドイツではヒットラーが撞頭してきて、ナチスからヒットラーユーゲント(少年少女親衛隊)の教育の為に、簡単に吹ける新しい楽器を作ってほしいという依頼がドルメッチのところにまいこんできました。そこでドルメッチは、バロック式のクロスフィンガーを使わず、かねてから考えていた指を順番に押さえていく単純な指使いによるリコーダーの製作にかかったのです。そうして作り上げられたリコーダーが、現在ドイツ式(ジャーマン式)と呼ばれているリコーダーです。
そしてそのリコーダーは第2次大戦中にドイツの同盟国である日本にも伝わってきて、日本の子供達もドイツ式を使うようになりました。
ところが、その後ドルメッチは自分の作ったドイツ式リコーダーには問題点があることに気づいたのです。それは、いくつかの高い音が、どうしても出ないということ、また、正しい音程が出せない音があるということでした。どうしたものかと悩んでいた頃、町を歩いていたドルメッチがふと骨董品店のショーウィンドウに目をやると、旅行中に盗まれたあの古い名器「ブレッサン」が売られているではないですか。ドルメッチは大喜びでそれを買い戻しました。そしてそれを吹いてみると、ドイツ式リコーダーでは出せない高い音がブレッサンのリコーダーでは楽々と出せるのです。また、疑問に思っていたクロスフィンガーを使えば、ドイツ式で問題のあった音程の不正確さも解決できるということが分かったのです。つまり、意味もなく難しい運指を使っていたのではなく、楽器的特性から必然的にそうしなければならなかった、ということが分かったわけです。
ナチスから逃れてイギリスに戻ったドルメッチは、自分が作ったドイツ式のリコーダーを捨て去り、バロック式のリコーダーの製作と普及に努めました。ですから、ドイツ式もバロック(イギリス)式も、製作者は同じ「アーノルド・ドルメッチ」という人なのです。(ドルメッチがイギリスに帰ってから作ったので、ドイツ式に対してイギリス式ともいいます。)欠陥が見つかり、製作者本人が見限ったドイツ式リコーダーは、ナチスの衰退と共にすっかり滅び去ってしまいました。ところがところがどうしたことなのか、我が日本では戦後50年以上経った現在でも、ナチスの教育の為に作られたリコーダーが90%以上の小学校でいまだに使われているのです。又、ドイツ式リコーダーを使っているのは世界中でおそらく日本だけかもしれません。
更に困ったことに、小学校ではドイツ式リコーダーを習うのに、中学校からはバロック式リコーダーを習います。その為に、小学校で習ったドイツ式リコーダーの運指をバロック式の運指に覚え直さなければならない、という変なことが起こってしまいます。これは、中学からは専科の先生が音楽を教えるからなのです。専科の先生は大概音楽大学を卒業して先生になりますが、音大では正当な音楽を勉強する為に、ドイツ式リコーダーを学ぶことは殆んどありません。ですから、やはり中、高校の音楽専科の先生はバロック式を教えるというわけです。
また日本ではドイツ式のソプラノとアルトリコーダーは小学校で使う為、市販されていますが、テナーやバスリコーダーのように中学生以上にしか吹けない楽器については、ドイツ式のものは製作すられていないのです。(近頃アウルスというメーカーでドイツ式のテナー・リコーダーが発売されたそうです。)それでも尚ナチスのドイツ式リコーダーを使い続ける日本の小学校教育は一体なんなのでしょうか。疑問を抱かずにはいられません。

2

.リコーダーがどうして3つに分解できるようになっているか考えたことはありますか?


上のつなぎ部分がピッチの調節の為にあるのだということは、殆どの方がご存じだとは思いますが、下のつなぎ部分に関してはなんの為にあるのかは殆ど知られていません。おそらく大抵の人は「持ち運びに便利だからだろう」と思って何も疑問を感じることはないだろうと思います。しかし、下の接続部分にもちゃんと役割があるのです。専門家なら誰でも知っているけれど、参考文献には書かれていないことが殆んどですし、もちろんそんなことは学校でも習いませんね。
実は、3つの部分に分かれているのはコンパクトに収納する為ではないのです。リコーダーのことをドイツ語でブロックフレーテと言います。「ブロック」と、「フルート」の2つの単語からできた名前です。3つのブロックからできているフルートというわけです。そして、3つのブロックをつなぐ2か所のジョイント部分には、それぞれに役割があります。上の接続部分はピッチの調節のためにあります。長くすればピッチは低くなり、短くすればピッチが高くなるわけです。と、ここまでは一般的によく知られていることですね。
日本の横笛は切れ目の無い一本の管でできていて、ピッチの調節はできません。それに対し、ヨーロッパの笛はクエアーフルーテ(フルートの前身)にしてもどんな横笛にしても必ず歌口の部分と本体とは分離でき、ピッチの調節ができるようになっています。ヨーロッパの笛はアンサンブルの為につくられている為、ピッチ調節は必然となるのに対し、日本の横笛は他の楽器と合わせることは非常に稀で、単独にソロ楽器として使われるのことが多い為、ピッチ調節の為のジョイント部分が無く単管になっています。ヨーロッパの笛と日本の笛が根本的に違うのは、アンサンブルを前提としているかいないかというところなのです。
それでは、下のジョイント部分は何の為にあるのか?
何の意味もないのなら、最初からつながっていた方が便利ではないのか・・・・・…?
確かに楽器によっては下の接続部分が一体になって分かれないように出来ているものもありますが、ちゃんとしたリコーダーなら普通は3つのブロックに分けられるようになっています。この下の接続部分は、音と音の間隔の微妙な調節をするためにジョイントできるようになっているのです。プロのリコーダー奏者は、ピッチの調節だけではなく、下の接続部分の長さも変えることによって、微妙に音と音の幅を調節しているのです。

3

.リコーダーには異なった声域に対応して様々なサイズがあります。
今日主として使われているのが、ソプラノ、アルト、テノール、バスですが、その他にソプラニーノ(ソプラノよりも高い音域です)とグレートバス(バスよりも低い音域です)があります。私の個人的コレクションとしては、ソプラニーノよりも更に小さくて音域の高いリコーダー(7センチくらいの長さ)もありますが、これはあまりにも小さすぎて演奏不可能です。もちろん、ちゃんと音がでるように作られていますから、もし2歳児くらいの天才リコーダー奏者がいたとすれば演奏も可能でしょうけれど・・・…。


芸術楽器としてのリコーダーの起源はおそらく14世紀中頃の北イタリアであると考えられており、16世紀初め頃までにはかなり成熟した楽器に発達しました。バロック時代の音楽ではリコーダーは主流の楽器で、リコーダーの為の曲が沢山書かれています。当教室の「音人(おとな)の会」のテーマ曲になっているテレマンの「ターフェル・ムジーク(食卓音楽)」はとても有名で、リコーダー3本とガンバなどの通奏低音で演奏されます。又、私たちが良く演奏するルイエ作曲(ルイエ・ド・ガン)のトリオソナタも、元来はリコーダー2本と通奏低音(ヴィオラ・ダ・ガンバとチェンバロ)の為のトリオソナタです。
リコーダーはマイナーであまりいい曲がないなんて思っている方がいたらそれは大間違いです。リコーダーの為のコンチェルト(協奏曲)だってあるんです。テレマンのリコーダーコンチェルトなどは大変美しい名曲でありますが難曲でもあります。古楽器のコンサートではよく演奏されていますが、演奏がとても難しいので教室の発表会のプログラムには載ったことはありません。バッハも自分の作品でリコーダーを活躍させています。カンタータやブランデンブルグコンチェルトなどにはとても効果的にリコーダーが使われています。このように、リコーダーの為に書かれた曲は、是非とも聴いていただきたい、また、是非とも演奏してみたいという素敵な曲が沢山あります。学校では文部省唱歌のような曲しか習えませんが、リコーダーの本当のすぱらしさが分かるには、バロック音楽を抜きにしてはありえないと言っても過言ではありません。学校で習う簡易的なリコーダーのイメージを捨て、たまにはプロのリコーダー奏者のきらびやかなバロック音楽の世界に酔いしれてみるのもなかなか乙なもんですよ。
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