FacebookⅥ 抜粋


FacebookⅠへ 2014年9月4日より、2015年12月31日まで

FacebookⅡへ 2016年1月1日より、2016年12月31日まで

FacebookⅢへ 2017年1月1日より、2017年12月31日まで

FacebookⅣへ 2018年1月1日より、2018年12月31日まで


FacebookⅤへ 2019年1月1日より、2019年12月31日まで


FacebookⅦ  2021年1月1日より、



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1月  2月  3月   4月   5月   6月  


7月  8月  9月   10月   11月   12月

Johann Pachelbel=Ashizuka Chaconne in f




1月      


1月1日『携帯の電話がつながらない!!』

1月3日Jcomの設定

1月5日

1月6日『教育の方向性について』

1月7日『またまたJcomと大喧嘩をした!』

1月8日『今日はハイツの断水の日です。』

1月10日『windows7のtimelimitが・・・』

1月10日『Jcomがまたやらかして・・・』

1月11日のwindowsの7から10へのupgrade作業

1月11日のパソコンのお引越し作業の続き

1月13日『音楽の習い事は先ずは近所の先生から・・』

1月14日windows10へのupgrade

1月14日『箸が指に刺さった!』

1月15日「合理的の反対語は非合理的

1月15日買ったばかりの電子レンジが

1月15日windows10のtop画面が

1月16日 『升のお話し』

1月17日『夢のまた夢』 ・

1月18日 Ergonomic Keyboard

1月19日電波懐中時計が

1月21日今更Jcomのserviceが

1月21日折角、買い物に出かけたのだけど

1月23日『超無駄な無意味な1日』

1月24日夢を二つも見たのだが

1月25日『time-Traveler』 ・

1月26日『夢を叶えるには・・・補遺:愚痴』・・未完成

1月28日大雨なのでbikeではなく歩きで歯科医院に行った ・

1月30日hard-diskが壊れた ・

1月31日ドアが開かないぐらいの強い風



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2月

2月1日『臨界tempoと絶対tempoのお話』

2月1日恐怖の病院周り

2月2日『才能と夢』

2月3日windows10にupgradeしたら、cardreaderが ・

2月5日エアコンのコードが

2月5日memoを書いたままで、timerをsetする事を忘れてしまっていた。

2月6日ボールペンのお話・

2月6日『trillのお話 original譜とornament譜併記』

2月8日『自宅の整理整頓』 ・

2月10日『音人の会』

2月10日寿司屋の夢

2月14日嫌な事があって

2月15日『音楽の先に求めるもの』

2月15日ウダウダと

2月17日重い雨・軽い雨 ・

2月17日『夢の定義』 ・

2月18日『和声学』 ・

2月19日『Vivaldiの夏よりⅢ楽章のsoloの声部の交差について』

2月19日『windows10への悪口とMicrosoft Ergonomic Keyboardの不具合』 ・

2月20日『1日中、寝てしまった!』 ・

2月21日『漏斗(じょうろ)と漏斗(じょうご)』 ・

2月23日『夢の定義・補遺』

2月25日『時間のお話』 ・「下準備のお話」

2月26日『初心忘るべからず』 ・

2月27日寒いのでアンカを出したのだが

2月28日『2月の28日の金曜日の深夜からのお話』 ・

2月28日『2月28日の金曜日のお話の続きです。』

2月29日ニッパチ




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3月

3月1日『熱燗用のコップ』 ·

3月2日『昨日3月1日の日曜日は、春の発表会への最後のオケ練習でした。』

3月3日のお雛様の日です。

3月4日『ここから前日のお話ですが・・・』

3月5日timeーslip

3月6日『久しぶりに肥満のお話です。』

3月6日 頭サ来た!引き籠る事にする。

3月7日卵焼き

3月8日『Locatelli のWeihnachts-Concerto Op.1Nr.8』

3月9日「肥満のお話」続き

3月11日 本当は満月の予定だったのだよね??

3月11日Lepi社製のMadonnaは、

3月11日今夜は『十六夜』ではなくて、立待月の月だそうです ·

3月13日今日は13日の金曜日、ジェイソンの日です。 ·

3月14日今はみぞれで1°だそうな??

3月16日orchestraのrehearsalの予定だったのだけど、コロナで

3月16日今日は北風が強くて

3月17日『Vivaldiの四季の夏のinterpretationについて』 ·

3月19日『江古田ハイツのblackhole』

3月20日人は知っている事を学ぼうとするけれど ·

3月20日『椎名町のblackhole』

3月22日桜は満開で

3月23日orchestraのrehearsal の次の日の朝です。

3月24日『音楽への求める姿勢』

3月24日 L’Estateの楽譜のcheckをしながら、

3月24日いつもの寿司屋でボッチ飲み

3月28日八方美人

3月29日Facebookに動画がupload出来ない

3月29日subパソコンが死んだ

3月31日買い占めの大騒動

3月31日『超現実的な変な夢を見た』


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4月

4月1日変な『夢のあとで・・』

4月1日PachelbelのChaconneのarrangementについて

4月3日Webーlessonのお知らせ

4月4日『珍しく日本酒を飲んだ!』 ·

4月4日自粛避難民 ·

4月5日『今日は突然腰痛になった!!』

4月6日『消せるボールペンのお話』

4月7日パソコンの修理 無駄な作業

4月8日昨夜は緊急事態宣言が出た

4月8日腰痛と病院回り

4月10日web-lessonの準備

4月11日homepageのupload ·

4月12日腰痛が再発した

4月12日Evernoteの導入

4月13日手作りの詩集

4月14日パソコンの作業の事ばかりをuploadしているので

4月15日Facebookと病院回り

4月16日糖質cutの日本酒 ·

4月17日You Tubeでのgroup作成

4月18日Energieが・・・

4月18日食べた後の根っこを ·

4月20日先読みのドル

4月20日今日はうっとおしい天気だ

4月21日体調不良で仕事が進まないのだが

4月22日欝と体調が

4月23日、折角「少し良くなって来た!」と思っていた、超欝が再発した

4月24日『鬱の話』

4月25日『人生のお話』

4月25日『予知欝のお話』

4月25日『音楽教育へのいつもの愚痴』 ·

4月27日日本人の持つ音の感性

4月27日『もう帰れぬならば 帰れる場所を探そう』

4月28日昔ながらの超酸っぱい梅干

4月28日コロナと病院の予約と激しい雨

4月28日『今日は鬱です。』

4月29日5勺の一口ぐい呑

4月30日『勉強と勉強の仕方』

4月30日ドルポンのお話

4月30日『終活ではないのだけど、部屋の整理を始めたのだ』



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5月

5月1日今日から5月です

5月2日今日は、29℃だそうです。

5月4日鬱と腰痛とpurcellのChaconneと

5月4日『音に入りて、音より出ずる』 ·

5月7日ヒョッとして、今日は満月❓❓ ·

5月8日師曰く ·

5月8日デジカメのzoomのtest

5月8日twilight ·

5月10日『部屋の乱れは心の乱れ』

5月10日『今日も未だ5月10日の夜の8時直前の話です。』

5月12日PCR検査と縄張り争い

5月13日明けやらぬそらの月です。

5月13日まるまる二日間寝込んでしまった

5月15日雑用とパソコンのhomepageの作業と

5月15日着て行く服が見当たらないと

5月16日糖質cut-sweet·

5月17日『潜在意識と内観』 ·

5月17日今日は本当ならば千葉の発表会の日でした。

5月17日音楽のgenreのお話 ·

5月17日『潜在意識と内観Ⅱ』

5月18日鼻詰まりが

5月20日今日は超寒い

5月21日寒くて眠れないので

5月22日プーさんの魔法瓶

5月22日『今日は5月の22日金曜日です。』 ·

5月22日『Beyer教則本はつまらない』という人がいます。

5月24日高齢者の認知症検査を ·

5月26日使えないアベノマスク ·



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6月

6月1日自粛要請の解除と ·

6月3日『6月1日からの文章の続きで、2日の朝からのお話になります。』

6月3日『6月2日からの文章の続きで、3日の朝の10時過ぎです。』

6月4日腰痛が酷くなって ·

6月5日再び、『positive thinkingとMinor thinking』

6月6日ぐい呑のお話

6月7日『腰痛の再々再発』 ·

6月8日『囚われ人の唄』

6月9日今日のお天気は

6月10日外出禁止のボッチ飲み ·

6月10日糖尿病外来の予約をすっぽかした ·

6月10日『調のお話』 ·

6月12日暑くて目が覚めてしまった ·

6月13日死に至る病 ·

6月14日雨の音 ·

6月15日『音に溺れる』 ·

6月15日mainのパソコンの背景画像が、subパソコンの ·

6月16日ボッチ飲み ·

6月17日私のViolinーsonateのfinale入力を ·

6月18日電線の上にハクビシンが ·

6月19日パソコンが勝手に自動更新を始めて·

6月19日自動更新でパソコンがおかしくなってしまった

6月20日相も変わらないパソコンの不具合 ·

6月24日ひかりヶ丘の病院にお久し振りに

6月25日パソコンがおかしくなったので、業者を頼んだのだが·

6月29日mainのパソコンが壊れてしまったのでsubの ·

6月29日subのパソコンではfreezeしてしまうので ·


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7月

7月1日パソコンが6月の19日の夜に突然壊れて ·

7月2日とても良い天気なのに公園には一人っ子一人 ·

7月2日パソコンの入れ替え ·

7月4日新しいパソコンが·

7月5日お久し振りのオケ練習です。 ·

7月6日持ち帰りのお弁当

7月8日Teleworkのオケ練習

7月8日一々面倒くさいSecurityなんて、希望者だけに

7月10日subの待ち受け決めがmainのパソコンの

7月11日パソコンのupdateで動画が壊れて

7月12日今度は突然、printerが ·

7月12日今日は2回目のTeleworkの ·

7月13日SDcardがパソコンに取り込めない ·

7月14日「深夜の3時33分33秒を堪能してしまった!」 ·

7月14日またまた待ち受け画面が ·

7月14日待ち受け画面を ·

7月16日web‐cameraが到着した ·

7月16日Canonのrazor-printerが、 ·

7月17日体調不良で曜日の感覚が ·

7月18日明日はオケ室内楽の部の発表会です。

7月19日コロナで延期になっていた発表会の

7月21日『3年目の壁』 ·

7月22日flower公園でのミカン ·

7月23日コンビニ除湿機 ·

7月23日発表会が終わって4日間も経つのに、

7月23日『orchestraのsocial distance』

7月25日教室のconcept ·

7月26日ドルがプリのご飯を食べた ·

7月27日体調を崩すpattern ·

7月27日気力が出ない·

7月29日自撮り用のbluetoothリモコン ·

7月30日椎名町教室のゴーヤ

7月31日DittersdorfのKontrabass・Concerto ·



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8月

8月1日コロナ、コロナと ·

8月1日『常設曲』としての『VitaliのChaconne』 ·

8月2日日本の民族音楽の歴史の中には3拍子は存在しない。

8月3日cooler病 ·

8月3日『basso continuoについてのこもごも』 ·

8月4日夢の中で ·

8月5日ぐい呑のお話 ·

8月5日『音の立ち上がりの話』

8月6日蝉の鳴く頃に ·

8月8日Pianoの譜面をarrangeする時に『音痩せ』する理由 ·

8月8日baroque時代のnotation ·

8月10日ヒョッとして熱中症?? ·

8月10日『楽器の音の質感について』 ·

8月11日熱中症警戒アラート ·

8月12日『勤勉性と安心感』 ·

8月13日『親指shiftのお話』 ·

8月13日今日は認知症の検査があります。 ·

8月15日『Il favorito Vivaldi e moll ⅡⅢ楽章』 ·

8月15日突然、VitaliのChaconneのAshizuka-versionを作り始めた。 ·

8月16日楽譜standの角度の調整 ·

8月18日David版からのorchestration ·

8月19日proを養成する虎の穴的な超、専門的な教室 ·

8月20日『いや~ぁ、今日は猛暑だ!!いや、今日も酷暑だ!!』 ·

8月21日超、怖い真夏の夜の夢 ·

8月22日ゴウヤの天ぷら ·

8月22日『音に溺れる・補遺』 ·

8月22日 こもごも·

8月24日熱中症ではないのかな?? ·

8月25日Facebookの不具合 ·

8月26日Facebookはなにをやっているのかね?? ·

8月26日濃厚接触者への病院の対応·

8月28日『Tartini grandsonate Op.1 Nr.5 e moll』 ·

8月28日食べなきゃ太るのだよな??

8月29日やることなすこと ·

8月29日地球最後の日 ·

8月29日rucksackやshoulder等のcollection ·

8月30日 8月28日の『Tartiniのgrandsonate e moll』の文章の続きです。 ·

8月31日『Karl Richter教授の思い出』 ·


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9月

9月1日今日から9月です。 ·

9月1日肩当て顎当てのお話 ·

9月2日入眠前のユンケル ·

9月2日夢で美味しい鰻を食べた ·

9月3日駐車場の場所を忘れた・・という夢 ·

9月4日相も変わらない不定愁訴·

9月4日オケの指導のpoint ·

9月4日ドルプリっ歩の最後の500㍍ ·

9月5日real漫画の夢

9月7日『久し振りの腓返り』 ·

9月8日「VitaliのChaconneの改訂の作業」 ·

9月8日『9月7日の干からびた足』 ·

9月8日人生の悲哀 ·

9月9日今日はまるまる1日ヘバッてしまった。 ·

9月10日今日も暑い ·

9月11日この1週間は惰眠を貪って ·

9月11日椎名町のパソコンがまたまた ·

9月12日Facebookの文章がまたまた ·

9月12日レインコートが役に立たないほどの大雨で ·

9月12日椎名町のパソコンと格闘をして・・ ·

9月13日超寒かった・・ ·

9月13日携帯の音声入力のsoftは ·

9月13日小学生の低学年の時からパソコンの教育を ·

9月14日大学生の室内楽·

9月15日今日のゴーヤ·

9月15日幼少期の思い出と ·

9月15日嚥下不良とtimeparadox ·

9月16日江古田の周りを散歩した·

9月16日一途な眼差し ·

9月17日夢の中で ·

9月17日ヨージーの法則 ·

9月18日ハクビシンとネズミの道 ·

9月18日人生、胡蝶之夢の如しだよな?? ·

9月19日体調不良で髪の毛を洗えない ·

9月19日趣味と仕事 ·

9月20日友達リクエストに対してのお詫び ·

9月20日殺陣師の話 ·

9月20日『一芸に秀でる』 ·

9月20日仕事とバイト ·

9月21日rehearsal ·

9月22日tuningのお話 ·

9月22日「足りるを知れ」 ·

9月23日久し振りに飲みに誘われたのだが ·

9月25日なんとか羽毛布団を引っ張り出した ·

9月26日体調不良の ·

9月26日period奏法としてではないとしても ·

9月26日printerが3台ともぶっ飛んで ·

9月28日何度も教えた同じ事が、 ·

9月28日何でもない1日 ·

9月29日椎名町教室の曼珠沙華·

9月29日食べ物 ·

9月29日取り敢えず眠れるのならば、それは鬱ではない ·

9月30日掃除機の掃除が ·


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10月

10月1日notePCの設定をしt。 ·

10月1日アクリルの台を作った ·

10月1日今日は中秋の名月だそうです。

10月2日徒然ない ·

10月3日独居老人のつぶやき ·

10月3日calendarの共有 ·

10月4日体調不良が

10月5日Teleworkの総合練習 ·

10月6日今日は引き籠もりdayです。

10月7日動画がhomepageには埋め込めなくなってしまった。

10月7日糖質0のビール

10月8日studentConcerto

10月8日Student−concerto続き ·

10月9日今日は何日?? ·

10月9日勝手に造影剤の検査をされてしまった ·

10月9日車の保険の更新 ·

10月10日明日は発表会です。 ·

10月11日音楽と表現 ·

10月12日携帯のmannersを学ぶ

10月12日久し振りに指揮をしたので ·

10月13日体内時計が


10月13日継続は力なり ·

10月13日You Tubeに動画をuploadするのに

10月14日今日は13日の31時・・,つまり、14日の朝の7時を ·

10月16日『夢ですっかり鬱になってしまった』 ·

10月16日テレビガイド的に言うと ·

10月17日プーさんの魔法瓶 ·

10月17日ハイツの食堂の食器類が ·

10月19日You Tubeのaccess ·

10月19日「発表会のconcept」

10月19日「親と先生の違い」 ·

10月21日『mein Tagebuch=日記』 ·

10月22日『mein Tagebuch=今日交々』 ·

10月23日後期高齢者講習会ので実技講習の日なのです ·

10月23日『設備投資=環境設定=Telework』 ·

10月25日『baroque時代のsoloの曲の音楽形式』 ·

10月25日曲に対する子供の反応 ·

10月25日 なんと、なんと・・??? 錫杖での指揮だ!!

10月25日baroque-danceのstepの解説videoです。

10月28日肝臓の数値が ·

10月29日免許の更新に都庁まで行きました ·

10月30日薬をやめて2日目なのだけど ·

10月30日calendarの設定で出来る事と出来ない事 ·

10月31日明日からは、いよいよ11月! ·


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11月

11月1日昨日はHalloweenでした。 ·

11月1日信じられないことにTartiniの悪魔のtrillのperiodの演奏が

11月2日今日は川崎の心臓血管外科の

11月3日悪魔のtrillの原典版 ·

11月3日period奏法について ·

11月5日TartiniのViolinsonateについて ·

11月6日『Violinのneckにsealを貼って音を取らせる』 ·

11月7日お久し振りで、超、欝が酷くなった!! ·

11月8日『自分の居場所』 ·

11月8日散歩の途中で歩けなくなってしまった ·

11月9日時間が飛んだ

11月10日『作曲家と演奏家の立ち位置の違い』 ·

11月10日お久し振りに爪が欠けた ·

11月11日お友達requestのpolicy ·

11月12日ひかりヶ丘の病院の腎内科での検査 ·

11月15日corelliのla folia

11月15日2合半も飲んでしまいました。 ·

11月17日鼻詰まりが酷くて ·

11月18日『食わなきゃ、肥る!!』 ·

11月20日「人は潜在意識の要求するようにしか行動しない」 ·

11月21日『ニャンコ号の荷物運びとfinaleのGarritanの音源の入力の話』

11月22日最後のオケ練習や室内楽の練習 ·

11月22日眼下の公園が ·

11月24日『今日は川崎の検査日です。』 ·

11月24日音楽は舞台芸術である。 ·

11月25日川崎の病院の ·

11月26日「蛍来い」 ·

11月27日鬱で眠れない ·

11月28日memo ·
「時短」と日本社会でのその評価について

11月29日教室のお引越し ·

11月30日兎に角寒い


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12月

12月1日globalstandard ·

12月1日子育ての常識の間違い

12月4日『基本に戻るという事』 ·

12月4日40肩50肩

12月5日アプリのミキサーを ·

12月6日引き籠もりの

12月6日『新教室での初オケ練習』 ·

12月8日Il favoritoのPv動画 ·

12月9日PV版の欝の曲

12月12日こむら返りが ·

2月12日『PachelbelのChaconneの続きです。』 ·

12月12日『EcclesのViolin-sonateのarrangeのお話し』 ·

12月15日『TorelliのWeihnachts-Concerto Op.1Nr.8』 ·

12月16日ゴキブリとの遭遇が ·

12月17日 芸に対しての考え方

12月19日Christmas会の準備の最中にcopy機が壊れた·

12月21日分散型のChristmas会

12月23日いゃあ、変な夢を見た!

12月24日Christmas前夜の朝です。

12月24日鬱が取れん

12月25日『Vivaldi Violin-Concerto g moll Op.ⅣNr.6のお話し』

12月26日超お久し振りでhomepageを弄った

12月28日明日から教室のお正月休みに入ります。

12月29日bluetoothのtenkey

12月30日bluetoothのearphonesのcheck

12月31日今日は大晦日、明日は泣いても笑っても新年です。



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1月


1月1日

今日は、なんと、2020年1月1日のお昼の12時です??
皆様、あけましておめでとうございます??
本年もどうぞ よろしくお願い申し上げます??

『携帯の電話が繋がらない??』
正月元旦・・とは言っても、斉藤先生が女子会で実家に帰って、実家から「新しい携帯が全く繋がらない」というmailのが送られて来たので、慌てて、操作法を書いて返信のmailを送ったのだけど、配信不能になって戻って来てしまいました。
・・・返信で送ったのに、戻って来たのですよ?? 

勿論、電話も通じなくて、斉藤先生はお母様の携帯からmailを送って来たのですが、お母様の携帯にそのまま返信しても、配信不能になってしまいます。 
斉藤先生の実家の住所も、電話番号も何も情報がないので、全く連絡が取れないで困ってしまいました。

・・取り敢えずは、牧野先生の携帯だけでも、設定をしようかと思って電話をするのだけど、牧野先生の携帯も教室の固定電話も全く繋がりません。
一体どうなっているのだ???
地球上に私だけが、取り残されているのかな???

夜になって、斉藤先生が椎名町に帰って来てから、私が椎名町に移動した後で、携帯電話のcheckをしていて分かった事なのですが、固定電話は斉藤先生の携帯への転送設定になっていたので、「斉藤先生の携帯の電話」が繋がっていない・・という事で、全く連絡が取れなかったようです。
正月元旦から全くのpech!(不運)だよな~ぁ?

しかし、昨年の12月の28日に、業者がハイツに来て、携帯の設定をしたのだけど、それが12時過ぎから夜の8時前まで掛かっても、全く出来なかったので、私が、その日の内に池袋のビック・カメラまで急いで買いに行って、Wi-FiのRouterを2台、椎名町用と、江古田ハイツ用に買って来て、それぞれ設定をしてしまいました。

という事なので、私の携帯の電話はWi-Fiの環境下なので、なんの問題も無く繋がっていたので、外で(Wi-Fiの環境の無い場所で)は、携帯が繋がらない・・という事は、全く気が付かなかったのですよ。

斉藤先生から「電話が繋がらない?」という連絡を受けて、慌てて、試みに私の携帯も携帯のWi-Fiを切ってしまうと・・電話もmailも、全く繋がらなくなってしまう・・という事が分かりました。

・・やっぱ(り)、『auの携帯の契約を切らない限り、Jcom携帯に切り替わらない』・・という事が分かったのだけど、auの契約を切るためのpass-chordを、12月の20日に来たJcomの人がそういったdataを持って帰ってしまったので、私の手元には解約を申し込むための『chordが無い』ので、私の携帯からは切る事が出来ないので、元旦の朔日からJcomのsupportに電話をして、一人ボッチで延々と契約の手続きと解約の手続きの作業を、Jcomのsupport-centerの人と一緒に、やって貰ったのは良いのですが、auの契約を解約した後でも、斉藤先生にも牧野先生にも、他の教室にも、何処にも通じないのだよな~ぁ?
まあ、電話が通じないのは、auの時代でも、いつもの事なのだけどね~ぇ??

という事で、お引越しの作業は元旦の1日の5時には終了しました。
あ~ぁ?・・28日からの3日間はJcomの携帯に掛かりっ切りで、て~へんだった??

・・と思ったら、やっぱ、携帯の電話が通じないので、またぞろJcomのsupport-centerに電話をして、Remote-supportで色々と携帯の設定をcheckして貰いました。※)
※)このRemote-supportが、Jcomとの次の『大pech!』を齎してしまう事は、思いにも及びませんでした。

Remote-supportで調べて貰った結果は、私のスマホの設定は間違えていなかったので、何の問題もなかったので、結論としては、先生達のスマホの設定の確認なのですが、牧野先生にはlineでcheck項目を送って修正して貰いました??
・・netは繋がっていたのでね??
でも、斉藤先生の携帯は・・・????

やはり、お昼の3時頃から作業に取り掛かって、5時頃には携帯が完全に通じるようになったのですが、auのezwebのmailが無くなってしまったので、私はJcom-mailになるのですが、※)先生達は各自のmailなので、基本はgmailで設定しなければなりません。
※)この説明もJcomから受けていなくって、Remote-supportのtroubleに発展して行きます。(つまり、Jcom-mailが携帯にお引越し出来なかったのですよ??その説明は受けていないのだよな~ぁ??)

これまでも、@の後ろがgmail.comか、gmail.co.jp若しくは、gmail.ne.jpなので、先生達のmail-addressは変更無しのままでそのまま使用出来ます。※)
※)私の携帯もJcom-mailはパソコンにしか入って来ないのですよ。

牧野先生のlineのmail-addressは@ezwebだったので、lineが全部ぶっ飛んでしまうので、大晦日の1日前の30日にlineのaccountをgmailに変更して、ついでに、dataをGoogleのserverにback・upしておいたので、機種変後もトーク履歴が無事に復元出来ました。Jcomの作業員は「トーク履歴のお引越しは、出来ない?」と言っていたのだけど、19年の2月からは、出来るようになっているのですよ。

Jcomの業者の人が、「トーク履歴はback・up出来ない!」と思い込んで、私の携帯のトーク履歴を全部ぶっ飛ばしてしまったのですが、netで調べると、2019年の2月から、トーク履歴のback・upも出来るようになっていたのだそうです。

Jcomの取説はdataが古いので、それが書いていなかったし、netでも「出来ない?」と書いてある方が多かったのですが、彼は『自分でnetで調べる』・・という事をやってみた事はなかったようで、それで知らなかったようなのですよ。

今は使えなくなった住所録のmail-addressのdataを削除したいのだけど、住所録からe-mailのaddressだけを削除する・・という事が出来なくって、またまた、引っ掛かっています。

つまり、他の機種からdown loadしたdataなので、本来の住所録には入っていないので、削除が出来ないのです。
だから、一度、その住所を削除して、新しく住所を入力し直さなければなりません。

超、面倒くさいのだよ?
もう、チョッと疲れてしまったので、それは明日の作業にするのかな???



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1月3日

今日はもう、1月の3日になったばかりのcinderella-timeの1時をほんの少しだけ、過ぎた所です。

もう昨年のお話になってしまいましたが、11月の26日に川崎の病院に検査に行って、その2日後の28日には、腰痛が起こって全く歩けなくなってしまいました。
病院の帰りの電車の大混雑ですで、不自然な姿勢を強いられたせいなのですがネ?
という事で、12月の28日では、丁度ひと月目になってしまうので、痛みを堪えながら、少しずつ、歩く練習をしていたのですが、一昨日の大晦日の前から、頑張って、椎名町教室の周りだけの、超、Short-courseを・・・、昨日はフラワー公園までの定型のお散歩courseを・・、そして、今日はフラワー公園から椎名町の駅までのlong-course(1時間超)のドルプリっ歩に付き合いました。
未だ杖を突きながら、腰を庇いながらのお散歩なのですがね?

『今日のお話に戻って』
・・今日の2日は、お昼からは自宅で2時間程、私の携帯なのですが、携帯の中の住所録に、牧野先生と斉藤先生mail-addressの削除と入力の作業をしました。

28日にjcomからやって来た携帯の設定をするはずの業者が私のlineのトーク履歴をぶっ飛ばしただけで、帰っていった後直ぐ後で、もう、8時を過ぎていたのですが、大急ぎで池袋まで、外付けの無線ルーターを買いに行って来てから1日までの4日間も携帯のお引越しの作業に掛かったままなのです。

・・・たかが携帯のお引越し作業に、そんなにも時間が掛かっている理由は、『netの設定の作業』そのもののせいなのではなく、一つのsoftを入力する度に・・、『そのmail-addressはもう他で使用されています。』とか、『そのpasswordは他で使用されています』・・とかのmessageが出て来て、・・その都度、作ったmail-addressが無数にあるのですが、(そのmail-addressがどのsoftのaccountであるのか??)・・(そのmail-addressのpasswordはどのsoftのpasswordなのか??)が、全く分からない・・と言うか・・、先生達が自分のaccountやpasswordをmemoに控えていないから・・、softのお引越しでは、passwordを更新しなければならなくなるのだけど、passwordが分からないので、新しいpasswordを設定しようとすると、その都度、「新しいpasswordを作るのならば、古いpasswordを入力しろ??」と、言うmessageが出て、延々と堂々巡りを繰り返してしまうのです。

古いpasswordを知っているのならば、新しいpasswordを作る必要はないのにね??
何を聞いているのだろうかね????
passwordに飽きたから新しいpasswordを設定する・・という人はそんなに多くは無いと思うのだけどネ??

そういった作業を全部で3台分の携帯に設定しなければならないのだから、どんなに急いでも、3日、4日間は掛かってしまうでしょう??

今日は、椎名町に行く前に、私の携帯で使えなくなってしまったmail-address、つまり、**@ezwebのmailと、そのmail-addressに紐付けされているsoftのmail-addressを削除して、今回設定した新しいmail-addressに紐付けする作業と、携帯のアドレス帳に取り込む作業をしました。

mail-addressが余りにも多いのですが、そのmail-addressのそれぞれが、それぞれのsoftに紐付けされていますからね???

超、Shock?? 
今日のpech!(不運)になってしまいましたが、椎名町から持って帰って来た食料品を保冷バッグから、冷蔵庫に移していたら、(12月の28日に池袋のビック・カメラに行った帰り道のついでに、わざわざ池袋のデパ地下に寄って、)買って来たばかりの『松浦漬け』が冷蔵庫から落っこちてしまって、ガラスの瓶が粉々に割れてしまった。

ガラスの瓶なので、その破片が鯨の軟骨の粕漬けの中に入ってしまって、危なくって、もう食べられないのですよ??
池袋のデパ地下にしか売っていないので、次に買いに行けるのは何時になるのか??
・・超、Shockだ・・??

未だ、一口も食べていないのに・・・???


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1月5日

今日は20年1月5日の日曜日になったばかりの、いつもの通りのcinderella-timeの2時を過ぎたばかりの所です。

あっという間に、お正月を5日も過ぎてしまいました。
お正月さんは、何処にごじゃったのだろうか?

今日・・、今現在の練馬区の気温は2℃で、体感温度は-1℃だそうです。

・・という事で、椎名町から帰りついたハイツの部屋の中でも、超冷え切っていて、ガスストーブだけでは、部屋が中々温まらないので、ガスストーブと平行でエアコンをつける事にしました。
部屋の中で、こんなに冷えるのは、結構珍しい事なのですよネ?

『以下は昨夜のお話です。』
・・夜、遅くなって椎名町に食事に行く途中でgasoline-standに寄ってbikeの給油をしたのだけど、ハイツを出る時には雪はパラパラとしか降っていなかったのだけど、standで給油をして、standを出るまでのほんの少しの時間の間には、しっかりと雪が降り出して来ました。
・・・尤も、椎名町での食事が終わってから帰りの頃には、雪はすっかりと降り止んでいたのだけどね??

今日は(・・とはいっても、もう前日の話になってしまったのですが・・・)その夜はすっかりと、寝はぐれてしまいました。
鼻詰まりが酷くって、しかも熱っぽくって、体調もすぐれなかったので、lessonに出かけるのを諦めて、cancelにして、お昼から安静にして、寝直してしまいました。
勿論、プリドルのお散歩もパスですが、食事だけは、頑張って食べに出かけました。
・・・という事で、上記の文章に戻ります。

『以下は今日1月5日日曜日のお話です。』
今日は今年初めての日曜日、・・・年が明けてからの初のオケ練習の日になります。

実は、教室の新年のlessonの開始日は6日の月曜日からなのですが、オケ練習は、練習の回数の都合上で、1日早くから始まります。
オケ練習の最後の練習が、合宿の最後の日の27日が私のオケ練習のを日だったので、中、10日だけなので、私自身で。、携帯のドタバタ等々のtroubleがあった事もあって、超、忙しく、慌ただしく年の瀬を迎えてしまったので、お正月というお正月はありませんでした。
尤も、この所何年間かは、お正月らしいお正月としての冬休みはありません。
冬休みは、母の介護と、ふるさとを畳むという事で、この数年間は、忙殺されて来たからです。
一昨年は、大病による手術を繰り返す、という私にとっては大変な冬休みになってしまいましたので、今年こそは、超お久し振りに「やっと、冬のお休みで、のんびり出来るはずだ」と喜んでいたのだけど、逆に、携帯3台のお引っ越しの作業や、パソコン数台のお引っ越しの作業で、超、忙しくって、お正月処ではない、マジ、松飾りすら無い、勿論、お屠蘇や年越し蕎麦さえもない普段の日常のままの冬休みとなってしまいました。
師走とはよう言うたよな??

お大事にしてください。

1月6日

教育の方向性に対しては、大きく二つの方向性があります。
それは『今を見つめる方向性』と『子供達の将来を見つめて現在を教育する』という方向性なのです。

それが『手に職を・・』
そういった考え方の生徒は学校のclassの中では、100人に一人もいない・・と思われます。

外から見ると、教室はそう言った、『超、レアーな特殊な子供達が集まって来る教室だ』と世間一般には思われているようなのですが、実はそうではなく、普通に趣味で来た近所の子供達が、教室で育って行く過程で、将来の目標を音楽とするようになったのに過ぎません。

言い方を変えると、100人中の100人の普通の子供達が教室で音楽を学ぶ過程で音楽に対して目標を見出したのに過ぎないのですよ。
残念ながら、それを何度言っても分かって貰えません。

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1月7日

『またまた、Jcomと大喧嘩をした??』

今日はもう1月の7日の火曜日です。
つまり、もう年が明けてから、あっという間に一週間が過ぎてしまったのですよ??
『歳を経る毎に、時間は加速して行く』というのは、私だけの話しなのかなぁ?
この時間の移ろいゆく速さは、超、驚きです。

今は朝の9時を過ぎた所なのですが、朝起きた時から、いろいろと、体調的なtroubleに見舞われて、チョッと滅入ってしまっているのですが、そのお話に触れる事は、加齢のお話しなので、「私の個人的なお話し」という事で割愛します。

昨日の月曜日は、結構予定が詰まっていて、忙しかったのですが、朝起きて、ふと新しい携帯電話にmailが入って来ない事に気付きました。

・・つまり、これまでauの**@ezweb.ne.jpの契約からJcomのmailの**@jcom.zaq.ne.jpに契約を変えたのですが、AUの携帯やパソコン等では問題なく、Jcom-mailが入って来ていたので、当然、jcomの携帯の方にもその設定が入っていると思っていたのですが、その形跡がないのですよ??
勿論、携帯mailの設定は出来ていたのですがね?

慌ててまたぞろ、Jcomのsupport-centerに繋がらない電話をしたのですが、やっと繋がったと思ったら、「携帯の技術担当はパソコンの担当とは部署が違う」という事で、またまた掛け直しをして、やっと繋がって、話をしたら、「Jcomのスマホではmailの設定をしただけでは、携帯には入らないので、携帯の種類に寄って設定の仕方が違うので教えられないので、有料の遠隔操作の契約をしてくれ??」という話だった。

一回こっ切りの契約ではなく、月決めの定期契約で、毎月500円だそうな・・・???
そんな話、聞いていないよ??
「JcomなのにJcomのmailの設定が出来ない」なんて話はあるのかね???
そのためだけに『2年縛りで500円を払う』・・と言う事は、1万2千円を無駄に払う・・・という事だよな~ぁ?

そんな説明は私は受けていないので、超、頭に来たのだけど、Jcomの技術担当の人は、「私としては決まっている事なので、他に手の打ちようがない??」と宣った。

サービスで1回だけ、無料の遠隔操作のsupportがあるのだが、その1回は、設定に来たJcomのsupportの人が7時間も掛かって、携帯の電話の設定が出来なかったので、その時にもsupport-centerに電話したら、無料supportで、私の携帯の設定ミスを探してくれて、(・・私が設定したのでね)その結果、異常もミスもなかったので、「他の人の携帯の設定が違う」という結論だった。
しかし、そのために『無料の遠隔操作のsupportを使用した』ので、「一回の無料のサービスは終わっている??」と宣っていて、「後は有料になる?」・・という事を言っているのだよね???

でも、そのsupportは、本来ならば「Jcomの訪問設定の人がするべき作業を、その担当者が出来なかったので、「次の訪問設定の予約は1月の後半になる」・・という事で、「1つきも携帯が通じるのを待つ?」・・という事は私達の場合には、仕事として携帯を使っているので、その間をうやむやにする事は出来ないので、・・已む無く、私が開通の作業をやった分けなので、「私が望んでその作業をした分けではないし、私が無料の遠隔操作をお願いしたわけでもない」・・と言う事で、遠隔操作が有料になるし、(勿論、1回だけが500円ならば、何のclaimもないのだけど)、「そのmailの設定だけのために、延々と500円を月決めで払い続けるのはおかしい??」と言ったのだけど、「それは自分の権限にはない?」冷たく突き放すだけで、取り付く島もないのだよな~ぁ?

「俺のミスでもないし、俺はその事に対しての説明を受けていない」・・と言ったのに、Jcomのsupportの人は、聞く耳を持たないのだよ??

小さな会社に過ぎないのに、まるで、お役所仕事だよな~ぁ??
超、腹が立ってしまった。

現代の学校教育のせいなのだろうか、まるでAIのように、manual通りのままの回答しか返って来ないのだよ?
所謂、manual世代とでも言うのか、書いていない事・・・、言われていない事には全く対応が出来ないのだよ??
先生に言われた事しか、出来ないという学校教育のせいなのだけどね~ぇ??
人との会話ですら、manualなのだから、腹が立ってしまうのだよ??

人間的な温かい会話の片鱗もないのだよな~ぁ??
まあ、携帯の料金を安くあげようと、格安にしたわけなので、サービスが劣悪なのは致し方のない事なだ・・と諦める他はないのかいな??

新しいスマホの手帳型のcaseを斉藤先生に買って来るように頼んだのだが、その純正のcaseが2種類しか無いので2個しか買って来なかったので、仕方がないので、私が、池袋まで、Pianoのlessonに行くついでに、家を2時間程早めに出て、ヤマダ電機にスマホのcaseを買いに行ったのだけど、「格安スマホなので、caseを置いていない」とにべもなく言われてしまって、仕方がないので再度ビック・カメラに行って探したのだけど、二種類だけではないけれど、確かに種類がなくって色も黒しかなく、選択権はなかった。

同じ黒なのだけど、微妙に色の違う種類のを買って帰ったのだけど、牧野先生は「netで既に注文をした??」とご立腹だよ??
だけど、牧野先生がnetで注文した携帯のcaseは、純正品ではないので、自分で孔を開けないと適合しないのだけどね?

俺は牧野先生が携帯のcaseを注文した・・という話は、聞いていないし、lineで「俺が牧野先生の携帯のcaseを買いに行く?」とも言っていたはずなのだけど、またまた、「聞いた?・・聞いてない??」のdouble-bookingの話になってしまったよ??
またまた・・だよな~ぁ??  
超、腹立つよな~??
腹が立ったので、ついでに自分用の携帯の外付けのKeyboardを買って帰って来た。

ビック・カメラでの、買い物が終わって、Pianoのlessonの待ち合わせの時間には30分も時間が余ったので、「行き付けの喫茶店でお茶をしながら、待っていようかな???」・・と思って喫茶店まで行ってみたら、なんと行列が出来ていて、とても30分では帰って来れそうにもないので、諦めて駅の改札口の前で待つ事にしたのだけど、座る椅子もない??
周りを見ると、みんな立ちん坊で待っている。

昔は、駅の構内にも椅子や何かしら座る場所があったのだけど、今は完全に撤去されてそう言った待ち合わせの場所というものは無い。

ドイツ等では散歩courseにはいたる所に、木のベンチがあって、散歩の途中で休んでいる老人夫婦を良く見掛けたものだけど、今の日本では、そういった労りや優しさは無いのだよな~ぁ?

ホームレス対策で、ベンチ等の座る物を置かなくなったそうで、テロ対策でゴミ箱も撤去した・・とかで、日本の社会全体がお互いの不審になってしまって、老人や病人に対しての優しさは微塵も無いのだよ。

ホームレスや酔っ払いがベンチで寝ないように、わざわざと真ん中に仕切りの板を置いて、横になれないようにしている。
つい先日の東京の危機的大雨の時に、避難してきたホームレスの人達を、「区に住所がないから・・」と言って大雨の中に追い返して、海外からの旅行者は、住所がなくても受け入れる・・という何処かの差別的な行政のような人としての思いやりのない国になってしまったよな???

思いやりの喪失は、学校教育の競争教育の結果なのだけど、それをボランティア活動をさせる事で、なんとか補える分けではなかろうに・・・???

社会全体がお互いを不信する時代になって、それで、少子化対策が出来る分けはなかろうにねぇ??

私が子供の時代には、私達は「知らない人を見掛けたら挨拶をしよう!」と習って来たのだけど、今は、「知らない人を見掛けたら先ず逃げる」事を教わるのだよな~ぁ?
それでいて、「子供達を見守る社会を作ろう」というのは、矛盾していて、そんな論理は滑稽でもあるよ??
物事を筋道を立てて考えれば、そんな論旨はなりたたないのにね??
それは、・・・いったいなんだろうね???
その教育社会の論理性の無さは・・??

思いやりのある見守り社会でなければ、若い親達の子育ての社会は出来ないのだよ??

日本ではとうの昔に大家族制は崩壊しているのだよ。
だから、遠くの血縁よりも、近くの他人を頼らないとダメなのではないのかな??

働かなくなった老人は、経済の損失とばかりに、老後のために必死で貯めた、なけなしのタンス預金からも必死で搾り取るために、全てをキャッシュレス社会にしても、ますます、老人達は身を守るために、政府を信用しなくなるのにね??

老人に生き甲斐を持たせるために、高齢者の富裕層から搾取しても、それで、高齢者に生き甲斐が出来る分けは無いのだよ。

それに、今の若者達に、「タンス預金を2000万作れ?」と言われても無理だろう???
子育てに掛かる時間と、働く時間を行政だけで、なんとか出来るものでも無かろうに???
行政としては、『やっている』という姿勢さえ示せば良い・・という態度も見え見えなのだよな~ぁ?
親の立場に立っての、行政の政策ではないのだよ??
それじゃあ、結婚をする気にもならなくなってしまうのではないかいな????

箱物を幾ら作っても、それが少子化対策に結びつく事はないのだよ??
『与えられた事は、ちゃんとやっている』・・という姿勢では、社会は回らないのだけどな??
そんな簡単な当たり前の事がどうして、分からないのかね??
Jcomのような小さな企業ですら、型通りの対応しかしないのだから、日本全体がそうなって仕舞っているのだよな???

日本の社会は、そこまで、貧しくなってしまったのかね??
それとも、日本人の持つ思いやりやいたわりのalwaysの世界は、幻想に過ぎなかったのかな??

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1月8日

今日は1月の8日水曜日です。
『今日はハイツは断水の日です。』
今日は朝の9時からハイツは断水なので、朝一で風呂に入って髪を洗ったり、toilet用の水を溜めたり、飲水を準備したりしています。

度重なる造影剤の使用で、腎臓の機能が低下しているので、お水を飲まなければならない量が決まっていて、毎日、結構なお水を飲まなければなりません。(お水というのは、勿論、お茶も含めてのお話です。)
喉を乾かす事がないように、結構ひっきりなしに水を飲んで、その分、頻繁にtoiletteに行くように気を付けています。
だから、飲み水は結構生命線なのかもね??

深夜の頻尿も、夜、寝る前もお茶をよく飲んでいるせいなのですが、そのせいで、深夜のtoilet-timeで熟睡が出来ないのは、困ってしまいます。
でも、熟睡中は、体を動かしていないので、結構腎臓が働いてくれます。
2回目や3回目のtoilet-timeに行くと、次には腎臓も休めるようになるので、4回目ぐらいからの睡眠が、ちゃんと出来ると、熟睡をした事になります。
頻眠とでも言うのかな?

うまく眠れた時には、次の1日、体力も持つのだけれど、睡眠がうまく行かなくて、夜の睡眠の回数が少なかった時には、仕事をしている最中でも、椅子に座ったままで意識混濁になってしまいます。

昨晩は、10時頃に寝たのですが、なんと深夜の12時には目が覚めてしまって、2時間しか寝ていないのに眠れなくなってしまったので、断水になる時間まで雑用をしてしまいました。

朝の8時を過ぎて、シンクの中に洗い物が溜まっているのに気が付いたので、慌てて、食器類を洗いました。
9時の断水までにはなんとか洗い終えたかな??
これで、断水の対策は、準備万端かな???

朝9時の断水の時間になって、「水が使えないのならば・・・」という事で、寝たのですが、なんと??起きたら4時だったのですよ??
つまり、7時間も寝てしまったのですよ?

そんな長時間、熟睡出来たのは何年ぶりだろうか??
いや~ぁ? 嬉しくなってしまったよ?
断水も、終わってしまっていて、私には関係なかったしね?

明後日の10日には、排水管の清掃でまたまた、9時からハイツに閉じ籠もらないといけません。
排水管の清掃自体は10分も掛からない・・ほんの一瞬で終わるのですが、待っている時間が長いのですよね???

私の自宅には知らない人が来る事はないので、業者の人が来るにしても、結構、人見知りのpressureがキツいのです。

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今日はもう既に1月の10日の金曜日です。
昨日というか、一昨日というか・・、夜に寝逸れてしまってお昼近くまで、ウダウダとしてしまいました。体調的にお酒が飲めなかったのですが、鬱々コンサートをするにしても気分的に重たいので、チョッと精神状態のcontrolが大変で、11時頃になって・・やっと疲れて眠る事が出来ました。

windows7からのお引越し作業が後5日なので、もうnet通販の注文では間に合わないので、何が何でも池袋まで行って、パソコンのback・upをするためのhard-diskと、homepagebuilder等や色々なwindows10に変わる事によって、開かなくなるsoftのversionup版を買って来なければならなかったのですが、どうしても体が動かなくて、池袋まで行く事が出来ませんでした。


それでも、時間は待ってくれないし、パソコンのhard-diskのback・upだけでも、1日掛かりなので、それを数台分も作業をしなければなりません。天文学的に超hardなのですよ。

仕方がないので、mainのwindows7のsubの10ではなくって、更にsubのwindows7に付いているhard-disk3台分から、2Tの1台のdataを他のhard-diskに移動させて、真っ更に開けて、当面のback・upのhard-disk用にして、椎名町に持って行きました。

finaleは5本のsoftが有るはずなのですが、不思議な事に2本しか見当たりません。後の3本のfinaleやPrintMusicのsoftが見当たらないのですよ。その1本は牧野先生が買った最新版のfinaleです。
マジ、椎名町のblack hole化は、前々から先生達に超文句を言っていたのだけど、私が全てを管理する事は不可能なのでね??
困った事です。


この写真見たら頭がこんがらがる ?(笑)

3台のパソコンと、十数台のハードディスクと4台の、プリンターと、ルーターと・・・・の接続です。二度と出来ません?

maintenanceが大変?

壊れたらメンテします?

やらなければならない時には、全部取っ払ってからですかねぇ??

先ずは配線図を作成してから(笑)

それ、無理??

3Dか、4Dになります?

えっ、ラインひとつひとつ繋がりをたどって・・・

・・・か、10年前の記憶を辿るか?です。最初は1台のパソコンから、徐々に増えて行ったのですから、計画的な配線図は最初からありませんのでネ??

教室で捨てる予定のプリンター、全部持って来て、verjonupをして、使えるようにして、紙を変えなくても、プリンターを変えて、色々、紙に印刷したりしています?

よくわからないんですが、パソコン同士がネットワークに接続されておられるんでしょうけど・・・3台のパソコンは4台のプリンターに、そして複数のハードディスクへも格納すべき種別で区分され格納されてるんだと思いますが・・・ではネットワーク図は書けますよね

パソコン同士がハブを介して繋がっているのですが、古いタイプのプリンターはハブを持たないものもあるので、パソコンによっては使用出来ないプリンターもあります。
mainのパソコンだけは全てを統括するようになっているので、net-workを書く程の複雑な配線ではないのですが、hard diskもprinterもそれぞれの接続コードに一応紐付きの名前を書いて貼っているのですが、それでも、printerとhard diskとを合わせると数十台の組み合わせになって、ハブの分配器がまたまた、数台あって・・と、endlessになってしまいます。壊れて修理が必要なのだけど、騙し騙し使っているHPのパソコンと、同じHP のprinterだけは、今は殆ど使っていないので、今回はhard diskの代わりに使用しようかと思っています。お引越しが終わったら処分という事で・・でも7の64型なので、10に引っ越して使うという手も・・、・・・と言うと先生達に嫌われてしまいます。捨てられない老人・・として・・

net-work図はタダの曼荼羅です。中心がwindows7で今回のお引越し作業ので、7の大型のパソコンと10のパソコンに・・と、notePCの10にも、Wi-Fiで接続しています。
中心の7のパソコンは全てのprinterに繋がっていて、全てを統括controlも出来るので、subのパソコンではハブを経由していないUSB接続のprinterはcontrolは出来ません。という単純な構造式です。

mainのパソコンのお引越しになるので、printerやsoft類が10に対応出来るのか否かのcheckと、再installの作業のための、serialやIDの書き出しが大変です。この所、怒鳴り捲くっています。softのCD自体を紛失しているので、serialやID処ではないので・・

それは大変ですね。私は昨年ハードが破損して、工場から購入時の新たなハード8.1で戻ってきたのを使えるようにするのにかなり日数がかかりましたから・・・で10にはしないで8.1のまま使用してます。8.1のハードに10を導入するとやはり負荷がかかって、ハードの故障等が増えてる旨、販売店が言ってましたので・・・更新が頻繁にあるW10と比較して、まあ安定して使用しています。使い勝手はW10の方がいいようですが、元々W8.1の時に購入した機器ですから(笑)

安く変更したいのならば、パソコンのhard diskを交換して10をinstallする方法もあるのだけど、その分手間暇は掛かるので、教室の先生のnotePCだけは、そうしたけれど、教室のmainのパソコンは新しく書い直しました。前の機種が32ビットだったので、

なんじゃ~こりゃあ、スゴ過ぎだわい、わい、ぷっ が、埃っぽくなってないのは偉いです

とんでもない????超、ホコリっぽいです。


モデムがたおれてるのが、確認できます。垂れ下って見えるのは、ハブですね。モデムのアダプターが、3から4見えるね、wifiはつなげてるのかな?

これは配線を外して、hard diskを取り外す作業で、ラックを動かした状態なので、通常はモデムやハブはラックに乗っています。コードだけが垂れ下がってそれぞれに繋がっています。

うわー大変ですね。

それよりも、大変なのは、softのCDや箱が見つからないので、IDやpassが分からない事です。お引越しには元のsoftを元のCDを使って削除して、またinstallすると、問題なくお引越し出来るのだけど、IDやpassが見当たらないとお引越しそのものが出来なくなります。finaleに至っては、同じsoftが各パソコン毎に4,5本あるので、それぞれがどのfinaleか??判別不能です。

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1月10日『Jcomが・・』

今日は1月の10日の金曜日なのですが、昨夜から、折角SETしたFaxのcheckが出来なくって困っています。

設定のcheckをするのに、椎名町の事務所とFaxをしているのだけど連絡が付きません。
椎名町は人がいても電話や携帯に出た試しがないのだよな~ぁ?
Faxを送るように電話をしているのに、固定電話も携帯も通じないのだよ??
超、腹が立つよな~ぁ???

やっと、電話が通じたのだけど、Faxが出来ません。
色々と設定を試して見たのだけど、どうしてもFaxが通じないのです。

斉藤先生が控えていた電話番号も違っていたのだけど、それを訂正しても通じないのです。

最終的に思いついて椎名町に電話をして、電話番号を見て貰ったら、・・・・なんんとなんと、Jcomがまたまたやらかしていて、12月の20日に来た最初の人が冊子に書いて置いて行ったハイツの電話番号が、末尾の一桁が無かったのだよな~ぁ?
最後だけが「832」と3桁になっていたので、不思議だな??と思ったのだけど、椎名町に電話をして、電話番号を確認させたら、なんと、「8321」の4桁だったのだよ??

それじゃあ、電話が、通じる分けは無いじゃん。
これで、また1日無駄をしたぞよ??
全くmissだらけじゃん?? 
・・Jcomさんよ??

しかし、2,3度、間違い電話が掛かって来たのだけど、それは正しい電話番号で掛かって来た・・という事なのだよな~ぁ?
とんでもない話ではないか????

・・てな風に、Jcomに、怒り捲っていても仕方がないので、珈琲館にでも行って息抜きをしようと思って、ハイツを出掛けてふと気が付いたのだが、昨日は、配管のメンテで、業者の人が部屋の中に入ったので、いつも忘れないように、一番目立つ所に置いているポケットマネーを、人目に付かないように、机の引き出しの中に仕舞っていたので、持って出るのを忘れてしまったのですよ??

でも、硬貨の財布はあるし、免許証の財布の中には非常用のお金もあるので、risk管理は万全なので、構わないで、珈琲館に行く事にしました。
わざわざ取りに戻る事も無いのでね・・??
後で非常用のお金を戻して於けば良いだけなのでね???


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今日は1月10日の金曜日でした。
10時過ぎにドルプリっ歩に出かけたのですが、雲一つない天空に満月がとても綺麗でした。お迎えっ歩を終えて、食事を済ませてハイツに戻る頃には、分厚い雲で満月はもうすっかりと影を潜めてしまいました。

ハイツに戻ったのはCinderella‐timeの12時を過ぎた1時頃だったのですが、暫し呆然とパソコンを見つめていました。

なぜならば、10日からwindows10への移行は4日あるように思えるのだけど、日曜日は千葉のオケ練習なので、実際には3日しかないのだけど、ハイツのパソコンのお引越しと椎名町のパソコンのお引越しをするとなると、今日を含めても、4日しかない・・という事で、timelimitはとうの昔に過ぎてしまっているからです。

という事で、2時頃になって突然、windows10へのupgradeを始めました。朝の5時半ぐらいにやっとwindows10へのupgradeが終わったのだけど、いつもの通りにMicrosoftのIMEしか入りません。Googleの日本語入力は出来ません。
MicrosoftのIMEは単語登録の共有が出来ないので、私の省略入力が出来ないので、とても辛いので、頑張ってGoogleを入れようとしたのだけど、やはり無理で(とは言ってもお隣のDesktopの10のパソコンではGoogleで入力しているのですがね??)

baiduの日本語入力はdown loadしたら、install出来たのでそちらで入力をする事にします。(単語帳はGoogleと共有出来るので・・)
9時過ぎになって、気を取り直してGoogleの日本語入力のsoftをdown loadしました。
しかし、memo帳では問題なく入力出来るのだけど、Facebookでは全く反応しません。MicrosoftIMEとbaiduは使えるのだけどね??
Googleの辞書とbaiduの辞書では切音同じ文字の繰り返しはGoogleではっ*となって、baiduではそのままggとかになります。読みが全く変わってしまうのですよ??

まあ、それは取り敢えずは良いとしても、しかし、Keyboardが全く動作しなくなりました。

同じMicrosoftのDeAgostiniのKeyboardなのですが、パソコンを立ち上げる度に、KeyboardとMouseが感知しなくなってしまうのですよ。
だから、普通のKeyboardとmouseを出して来て、USBの端子に接続して作業しないと、パソコンが動かなくなってしまいます。
でも、Keyboardの繋がっているUSBを抜き差しすると、感知してKeyboardやmouseが使えるようになるのだけど、そのためには、パソコン全体を机から動かさなければならないので、超大変な作業になってしまうのですよ。

installと諸々の設定で2時から7時頃まで掛かってしまいました。
5時間も掛かったのだけど、実際には、installだけで4時間は掛かったのだよな~ぁ??

これを後、ハイツのsubパソコン1台と、後は、椎名町のパソコンが、取り敢えず3,4台・・!!!!



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1月11日のパソコンのお引越し作業の続き

今は1月11日の土曜日の夕方の4時半になる所です。
今朝は11時ぐらいまで、mainのパソコンのお引っ越し後のsoft類の設定の作業をしていたので、私的には、今が朝になっています。体内時計が半日狂っているのよね??

今からsubのHPのwindows7のパソコンをwindows10にupgradeしながら、平行作業で、mainのDellのパソコンのmouseとkeyboardの接続のcheckをします。
パソコンを終了させる度にmouseやkeyboardが認識出来なくなってしまうので・・・??

またまた、パソコンのrackやdisplayの机を動かすので、結構な体力勝負になります?

mainのパソコンからLANcableを外して、Hubからの接続ではなく、パソコン本体にdirectに接続して、パソコンがnatural-ergonomic-Keyboardを感知するかのcheckです。
感知すれば、仲介しているhubの不良です。
試した結果は、本体に直接、接続したkeyboardやmouseの接続は良好でした。

・・という事で、古くなってしまったhubの不良が決定しました。
hubの予備の在庫はあったかな??
USBの延長chordは??

残念??両方とも無かったので、夕方は6時を過ぎていたのですが、大急ぎで池袋のビッグカメラまで行って来ます

(一時間が経過しました?)
大急ぎで池袋まで買いに行って来て、ちょうど7時になった所ですが、帰りの電車の中でusbの分配器のcheckをして、ハイツに帰りついたら大急ぎで、Hubの配線のcheckと、問題のMicrosoft Natural Ergonomic Keyboardの配線のための延長chordを、mainのパソコンに取り付けて、動作確認をしました?
checkを始めたばかりのところですが、椎名町では、食事の時間になっているので、時間切れという事で、パソコンの作業は、まだ途中なのですが、取り敢えず椎名町に行く事にします。

今日は満月??
雲一つない中空に煌々と冴え渡って、とても美しい!!

食事とドルプリっ歩を済ませて、12時直前にハイツに戻って来たのですが、やっぱり、HPのinstallは出来ていませんでした。
多分、確認を求められる作業をしなかったのでtime-outしたのだと思います。
もう一度、最初からやり直しです。
朝の4時過ぎになって、やっと、HPのパソコンのupgradeが出来ました。まあ、2日掛かりだよな??

明日はオケ練習で、私は1日ハイツにはいないので作業は出来ないし、14日の火曜日は病院の日なの、結構時間を拘束されるので、頑張って、installに専念出来るのは今日の土曜日と月曜日だけなので、ハイツのパソコンのお引っ越しが終わったとしても、まだ椎名町の2台のパソコンのお引っ越しが私を待っているのですよ??

勿論、その二台のパソコンのupgradeは、同時進行させていかないと、14日までには、間に合いません??
という事なので、月曜日は1日中椎名町に閉じ籠って、パソコンのお引っ越し作業に掛かりっ切りの超大変な予定です。
とはいっても、明日は千葉でのオケ練習なので、これも体力勝負なので、大変です??

写真はお引越しの終わったwindows10になったパソコンなのですが、画面を見る限りでは、7の時と何も変わっていません。昔の10のディスク・トップの画面とは大違いです。
随分、7よりに治したのだよな??
善哉!善哉!!

それにしても、同じwindows10を入れたのに、パソコンによって、(Facebook等のsoftによって・・)日本語入力の相性が全部違うのは、驚きです。

mainのパソコンでは、FacebookではGoogleの日本語入力が全く使えませんでした。
baiduの日本語入力ならば使えるのですが、入力の時に頭の文字が入り難く、何度も冒頭の文字を入力しなければならない事があります。
しかし、不思議な事に、メモ帳等の他のsoftでは、Googleの日本語入力も使えて、文字の入力にも何ら問題はありません。Facebookだけの問題なのかな??

同じDELLのパソコンなのですが、subの10のパソコンでは、Googleの日本語入力は問題なく使えるのですが、逆にbaiduの日本語入力は出来ません。

そもそも、パソコンをwindows7から10へとupgradeする時には『baiduやGoogleの日本語入力softは、互換性がないので、使えなくなります』と、表示されて、削除の確認を促されるのですが、10が立ち上がった後で、再度、日本語入力をinstallすると、問題なくinstall出来ます。

私の場合には、単語登録がパソコンの生命線なので、IMEの日本語入力softは使いません。
※)IMEの単語登録では、単語帳の互換性が全くないので、これまで使用してきた単語登録が使えなくなってしまうのです。それに推測変換がないので、keyの操作が面倒くさいのです。MicrosoftIMEは、日本語入力は遅れているので、基本使いません。

まあ、いずれにしても、11日の夜までには、ハイツの分の2台のパソコンのお引越し作業を終わらせました。
1月の14日のsupport期限の火曜日までには、椎名町の2台の大型のパソコンのお引越しをしなければなりませんが、14日は結構忙しいので、timelimitは月曜日なのですよ。14日の火曜日は予備日にしかならないのです。



windows10のFacebookにはGoogleの日本語入力では書き込む事が出来ません。memo帳等ならばGoogleの日本語入力でも良いのですが、Facebookやlineでは無理なのです。MicrosoftIMEは長年使って来たユーザー辞書が入らないので、Google日本語仕事の代わりにbaiduの日本語入力でFacebookに入力しているのですが、Googleの場合には同じ文字を、例えば「gg」のように繰り返すと「っg」のように前に促音が入って登録されるのでGoogleで保存した単語登録でも「ggg」のような単語は登録出来ません。理解不能だよな??


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1月13日

音楽の習い事をする場合には、多くの保護者の人達は、「取り敢えずは近所の先生にlessonをお願いして、そこで才能の片鱗でも見る事が出来たら一流の先生の元に連れて行って・・」と考えるのが一般的で、orthodoxなのではないでしょうかね??

しかし、子供を「将来的に音楽の道を歩かせても良い」・・と、ほんの少しでも考えているのならば、そういった考え方は根本的に誤りなのです。
勿論、「音楽なんて所詮趣味に過ぎないのだから・・」、と思っている人は、ご近所で充分なのですがネ?

日本の古い諺には「三つ子の魂百まで・・」という諺があるのだが、心理学的にも教育学的にも、それは全く正しいのですよ!

産まれたばかりの段階で学んで身に付いた事を訂正し、修正していく事は、例えそれが根本的な誤りだと知ったとして、いくら治そうと努めても、それを治す事は至難の技になるのです。

私達の教室に25歳を過ぎてcelloを学び始めた生徒がいます。
教室で習い初めて、暗譜や初見演奏も、なんの困難もなく出来るようになって来ました。
私達の教室に来る前には、子供の頃から大学を卒業するまでPianoを他の先生に習っていて、結局complexが身に付いただけなので、pianoも私達の教室でやり直したいと思ったのだけど、どうしても、最初に習った癖が抜けなくて、celloと同じように、暗譜も初見演奏も出来るようにはなりませんでした。

それどころか、pianoを弾く時の指のtouchや、演奏をする時の姿勢すら直せなかったのだよ。
そんなものなのですよ。
それこそ、『三つ子の魂百まで』の原理通りなのだよな~ぁ?

立場を変えて、指導する側からのお話しでも、同じような事が良くありますが、音楽大学を卒業して教室で先生として指導の勉強を始めたばかりの講師見習いの先生達が良く言う事があります。
BeyerやBurgmullerの教本を指導していて、『間違えなく弾けるようになったから、合格で良いですか?」という質問をされる事がある。
そこで、私が子供達の指導をして、「未だこういった所をきちんと指導出来ないと合格にはならないのだよ!」とlectureをすると、まだ指導しなければならなかった所がそんなにもあるのかと、驚いてしまう。

BeyerやBurgmullerの段階できちんと指導が出来ていないと、Czernyの40番や50番、或いはcramer-bulowやMoschelesやMoszkowski等のEtudeに進む事は出来なくなってしまう。
ましてや、legatissimo奏法と複雑な対位法の曲である平均律等の曲の指導は芸大の講師の先生達の指導でも超いい加減な先生が多くて困ってしまう。
教室ではBachのinventionを指導する段階からorganの音の出るKeyboardを使用したり、あるいは、生徒が二人いる時には、2台のPianoを使用して、それぞれの生徒達が各声部を1本づつ弾いて、polyphonyの奏法について、理解をさせているのだよ。

『sonatineは弾ける様になると、指導する事がない』と嘯く指導者が多くて困ってしまう。
確かにsonatineは古典派の作品の集合なので、演奏する技術的にはそんなに難しい事は無いのだけど、古典派の奏法をきちんと学んで、何故そのような奏法が産まれたのか??・・という古典派の音楽の表現法を学び、そのrootsを知れば、見違える程に古典派の曲は活き活きとして素晴らしい音楽に変わるのだよ。

古典派の時代のpianoの演奏法では、forte-pianoのtouchを学ばなければならないのだよ。
それが音楽の基礎であり、基本なのだよ。

教室のオケ練習でも2回オケや、3回オケの初めて組の生徒達は学ぶ事がとても多い。
3曲分の時間を1曲の解説とlectureに纏めて演奏表現の説明に費やしても時間が足りなくって困ってしまう?

逆に言うと、対外出演組の連中はそう言った基礎的な表現力は既に学んで、その技術は持っているので、「ここはWien-bow」とか「ここは抜きで余韻の奏法(nachklingen)で・・」とか「カナカナ蝉の奏法で・・」という事で、音楽の表現方法が通じてしまうので、課題を宿題にしても、ちゃんと演奏出来るようにして来るので、練習の「時短」は出来るのだよ??

課題を出しても、自力で復習出来ない初心者には、宿題にするという「時短」が出来ないので、丁寧にその練習に付き合って一緒な練習をしてやらなければならないのだよ。
だから、オケの初心者のlectureの時間は、非常に多くの時間が必要となるのだよ。勿論、それはマンツーマンのlessonでも同じ事なのだ。

それを一般的には、「初心者には教える事が少ないので時間が必要はない」と解釈されてしまうのだよ。
困った事だ!!
lessonとは何か?lectureとは何か?という事が、まるで分かっていないのだよな?

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1月14日windows10へのupgrade

昨日の1月の13日は、お昼ぐらいから椎名町に行って、パソコンのお引越しの作業を1日するつもりだったのだけど、鼻詰まりが酷くて、全く眠れなくって、一日中体調不良でbedの中でうだうだとやってしまった。
月曜日がwindows7のsupportのtime-limitだという事となので、「何が何でも・・」という事で、夕方の6時頃になって、動かない体に鞭打って、椎名町まで出掛けて、パソコンのお引越しの作業を始めた。

いつも言っているように、私はwindows10の動きが嫌いなので、不承不承のいやいやながらの作業なので、気が入らない(身が入らない)のだよ!!
椎名町の新しく買ったDellのパソコンと今まで使用して来たHPの大型のパソコンと、subのDellの大型パソコンを全てwindows10をinstallしたのだけど、古い大型のDellのパソコンはパソコンを置いている位置を隣に移動させただけでdownしてしまって、全く立ち上がらなくなってしまった。
まあ・・・よくよく考えて見たら、このパソコン、元々はXPだったよな??
そりゃあ、もう無理だわさ??

windows10にパソコンをupgradeする事によって、printerのnet接続が全部ぶっ飛んでしまって、教室の普段の仕事用の大型のprinterだけはnet接続を戻したのだけど、いつもの通りにepsonの小型のprinterは全く接続しないのだよな。

テプラも全く接続しないのだけど、softをinstallして、softや機器の状態・・全てが正常なのに、テプラとパソコンが反応しないのだよ。
これはnetの問題ではなく、機械的な問題だわさ??

パソコンの設定では、accountという事で、mailやそのmailのpasswordを聞かれるのだが、そのaccountが分からないので、その都度先生に質問するのだけど、使っている方が分かっていないのであれば、俺は何をどうすれば良いのかい??

という事で、またまた、新しいaccountを作らなければならない。
つまり、endlessの無制限のmail-addressが出来てしまうのだよな??

・・という事とで、出来る所まで、朝の4時半まで掛かって頑張ったぞよ??

XPの大型パソコンを除いたら、2台とも、普通に使えるようになったぞよ??
・・なんとか、14日の朝までには間に合ったよな??

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ひえ~っ!!箸が指に刺さった!!
シンクに箸が落ちるのを無意識に掴もうとして指に刺さったのだ!!
結構深く刺さっていて、血が止まらない!!
ティッシュで血を吸わせても血が止まらなくって限がないので、バンドエイドで血止めをしたのだけど、一瞬でバンドエイドのまわりから血が溢れ出てしまいました。
・・という事で、有り合わせのバンドエイドが全部なくなってしまった!!
ひぇ~っ??・・歯医者に出発する時間なのだが・・・どうしよう?

・・・なんとか歯医者に行く時間の直前に血が止まったのだが、歯医者から帰る時にはまたまた、バンドエイドのまわりから血が溢れ出て右手の薬指が血だらけになってしまった。
歯をガリガリと削られている時に無意識に手を握りしめてしまったのかな?
仕方が無いので、左手だけbike用の手袋をして、右手は血が流れるままの裸のままにハンドルを持って、指を風に当ててbikeを走らせました。
途中でコンビニに寄ってバンドエイドを買って帰ったのだけど、bikeで指を風にあてたおかげでなんとか血が止まったぞィ??

傷の周りは血だらけで見っともないけれど、交換するとまたまた出血するので、折角買って来たバンドエイドなのだけど、バンドエイドの交換はしないで、指も洗わないで、そのままにしておこう。

今日は外出はしないで(外食はしないで・・)部屋の中に閉じ籠って安静にしておこう!
少しでも指に力が加わると、またまた、出血してしまうので・・・
血が止まり難いのは、勿論、深く刺さったせいもあるのだけれど、それと、血液サラサラの薬を飲んでいるせいなのです。
だからチョッとした傷でも血が止まり難いのです。
まあ、仕方ありませんがね?

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合理的なの反対語は非合理的になるそうです。
当たり前といえば当たり前だけど何かしっくりこない言葉ですね?

昔々のお話しで、教室を作ったばかりの頃の事なのですが、音楽大学の附属の音楽教室から、二人の小学校4年生の生徒がやって来ました。(音大の附属の音楽教室は3年生までで卒業で、それからは大学の先生に個人的に師事するからです。)
その一人は音楽教室でtopの生徒で、もう一人はビリの生徒でした。
その当時、ちょうど私は音楽教室を作ったばかりで、教室を作って直ぐに、別に部屋を借りて、教室とは別に、子供達へのオーケストラの指導を開始しました。
とはいっても、lessonとして、ではなく、集団指導が私の教育理論を実践するのに都合が良かったからです。
ほぼ毎週の日曜日を私の教育のmethodeの実践という事で、顎足、持ち出しのvolunteerの教育指導でした。(勿論、assistをする先生達や上級生達も・・顎足自分持ちです。)

教室に入会したばかりの生徒達もオケに参加するように誘ったのですが、音大の音楽教室のtopの生徒は、「将来音楽大学を目指しているので、日曜日に1日遊ぶ時間が勿体無いので、その時間は自宅で練習に専念したい?」と言って来たので、それ以上はお誘いしませんでした。
嫌々ながら、参加されても、私の場合にはvolunteerに過ぎないので、自分を抑えてまで子供達に尽くす必要性は感じ無かったのでね??

もう一人の、音楽大学の音楽教室でビリの生徒は、小さな生徒達への指導が大変好きで、後輩の子供達を指導する過程で、あっという間に、頭角を現して来て、技術的にも非常に上達して来ました。

一年後には、その技術の差は誰にも明白になって、毎、日曜日を自宅で必死に練習を積み重ねて来た生徒は、自分がtopで、ビリであったはずの生徒が自分よりも演奏技術が上になったshockで、その生徒は音楽をやめてしまいました。

どんな親にとっても、どんな子供達にとっても、必死の努力の結果よりも、年下の子供達と遊ぶ事の方が勉強の成果が上がる・・なんて事は認めたくない事ですからネ?

それこそ非合理の権化のようなものですよね?
一生懸命練習しても、オケで楽しく遊んでいる方が上達するなんて、誰も信じないよね?
有り得へんわネ?

だからといって、それを真似しても、・・・つまり、オーケストラの曲を子供達と一緒に遊んだとしても、だからと言っても、子供達が上手くなる分けではないのだよ?

有名人が集まって、オーディションで選りすぐりの子供達を集めても、結局の所は、練習を積み重ねて行くとしても、一人一人は、上手くはならないで、下手になってしまうのだよ?

それはなんで??
・・つまり、正しく遊ぶためには(集団教育に必要なものは)systemとcurriculumなのだよ??

それなしには、子供達が上達する事は無いのだよ!!
当たり前の話なのだけどね??

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1月15日買ったばかりの電子レンジが

やっぱり、電子レンジがおかしい??
19年の12月の24日の続きなのだろうか??・・・食品を温めて、0になって食品を取り出したのに、レンジは切れていなくって、取り消しボタンを押しても切れなくって、蓋を開けても切れなくって、取り消しボタンを押すこと、3回目でやっと切れた。

しかし、その後は何事もなかったように正常に動いている。
computerの故障はいつもそうなので、修理に出しても故障が再現出来ない事が多いのだよ。
困った事だよ!!
多分、この状態も再現は出来ないのだろうな??
キーボードにしても、コンピューターの故障は、この手の故障が多いので困ってしまう?


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1月15日windows10のtop画面が

今日は1月の15日の水曜日、1月もちょうどなかびです。
火曜日の朝の5時迄掛かって、椎名町の2台のパソコンをwindows7から10へ移行させたのですが、最新versionのwindows10は、windows7と全く同じ画面で、Googleの日本語入力が出来ないだけが問題なのだけど、動きは全くwindows7と同じになっていて驚いてしまいました。
(しかし、Googleの日本語入力が出来ないのは結構riskとしては大きいのだけどね??)

それに対して、以前、買ったDellの10の画面は、以前の10のままの画面で相変わらず使い難いので、ふと思いついてMicrosoftのsiteから10のgradeupのPageを探して、downloadを始めました。

2時間ばかり掛かってwindows10をrenewalしたのだけど、全く何も変わらない・・top画面のlayoutもそのままなのだよな~ぁ??
どうなっているのだ??
その後、再度installを試みたのだが、何も変わらない?
相変わらず、使いにくい、画面のままなのだが、messageには、『最新versionがinstallされた!』と出てくる?
理解出来ない??

まあ、取り敢えずは、tile画面だけは半分に表示されるように設定して、今回は良しとしておこう。
どうもendlessの作業になりそうなので・・・ね??

という事で私の周りのパソコンは全部7から10にupgradeされてしまいました。
基本、使い難いのですがね??
もう、慣れないと詮無い事ですよね~ぇ??

写真は左側からwindows10のupgrade中の画面と、tile画面を画面の半分に設定し直した画面です。



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1月16日 『升のお話し』
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今私が持っている計量カップや升は全部1合だよな~ぁ??
今私が使っている糖質dietの炊飯器や万古焼の土鍋の炊飯器は全部2合なのだよな??
1合の計量カップを使って2回計量しているのだけど、面倒くさい・・というよりも、計量がより不正確になってしまう。
2合の計量カップか升があれば良いという事で、持っているコーヒーカップで2合の升か、計量カップとしての代用出来るものがないのかと、棚を探して見たのだけど、全部帯襷であった。
just2合で計量カップの代用になるマグカップって中々無いよな??
所詮、当てずっ歩のサイズで作られているのだからネ?
という事で、netで2合の升を探して見たのだけど、安い升は760円で売っているのだが、なんと送料が680円もするのだよ?
netで何かを注文する時には、注文する品物よりも送料の方が高い事がよくあるのだが、それは余りにも不条理で、買う品物がいくら安くても、送料を足すと、超高額になってしまって、購入することを諦めてしまう事が良くあります。
何度か、まとめ買いに挑戦したのですが、同じサイトで買っていても、お店が違う場合には、送料が別々に発生したり、品物が揃わなくって、いつまでも商品が届かなかったして、中々注文が上手くいかなくって、結局、諦めてしまいました。
写真は左側から私が持っていたいちばん2合に近かったマグカップと、二合の升と万古焼の土鍋の炊飯器です。
   

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1月17日『夢のまた夢』 ・
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池袋から帰ってきて、住んでいる家の入り口    (・・・そもそも、もうそこが違うんだよな? 江古田教室がなくなったのは3年前の17年の事だが、私が江古田教室に住んでいた頃は10年近くも以前の話しなのだよな?? 10年前からは江古田教室から歩いて5分の距離の現在のハイツに住んでいる。) をみてみると、江古田の教室の入り口がなくなっていて、灰色のドアが閉まっていて、見たこともない普通の家になっていた。
(現実的には、江古田の部屋を追い出された時には、「不動産業者に売却して、家を建て直すから・・」、という事で、住人全員が追い出されて、全く新しい建物になるはずだったのだが、実際に建て直された建物は、1階がコンビニに変わっただけで、以前の建物と、寸分変わらない建物だったので、呆れてしまったのだよ。ならば、建て直す必要はなかったのでは・・・?)  
入り口をやり過ごして、次の角を曲がったら、そこには見たことのない街並みが広がっていたのだよ。
(しかし、この街並みの風景は、夢の中では良く見る風景なのだが、現実的にはどこかの記憶上の風景ではなく、全く見知らぬ風景なのだがね・・?)
「私の家はどこにあるのだろうか?」・・・と、再び踏切まで戻ってみたのだが、江古田の教室以外の自分が住んでいるはずの家があるはずなのだが、その場所がどうしても思い出せないのだけではなく、私の住んでいる家の風景すら、思い出せないのだよ。
踏切のそばに立って周りを見渡しても、それらしい建物が見当たらないのだよ?
私はどうやって、自分の家を見つければ良いのだろうか?悩み抜いてしまったのだよ。
ああ、私は痴呆になってとうとう町を徘徊をするようになったのだろうか?
それにしても、江古田の町並みがこれ程までに変わってしまうとは・・・と思って、ふと、我に帰って、これが夢の中の世界である事に気がついた。
自分が夢の世界にいる事に気がついて、改めて、現実の意識の世界に戻ってみると、確かに私は、夕方の踏切ではなくって、今、真っ暗な深夜の江古田の私の部屋の寝室のベッドの中で寝ている事を意識する事が出来たのだよ。
昔から、時折、夢の中から目が覚めた時に、なかなか現実の世界に戻れなくて、今いる自分の現実の世界が認識出来なくて困ってしまう事がよくあった。
今回の夢も、そのありふれた夢の中の一つに過ぎないのだ。
「江古田のマンションの一室のベッドの中で寝ている私」それが今現在、確かな現実の中の私なのだが、なかなかそれが理解出来ないのだよ?
存在をする・・とは、なんと朧気で不確定なものなのであろうか??
・・でも、改めて夢を思い返して見ると、自分が実際に痴呆になって徘徊をする時には、半世紀にも渡って住んで生活をして、見慣れたはずの街並みですら、夢の中の街並みのように、見知らぬfremdな町に見えてしまうのだろうか?
或時に、ふと気がつくと、見知らぬ場所に一人でいる・・・という事は、一人の人間としては、孤独と恐怖、そのものなのだが??
孤独の恐怖感に襲われる事は、見知らぬ空間に居る時だけではない。
待ち合わせで池袋に出掛けた時などでも、駅の改札口で、帰宅中の大群集の中に一人いる時にも、見知らぬ人達の群衆の中で、宇宙の中で一人っ切りのような孤独感を感じることが良くある。
人混みとは、逆に最も孤独感を感じる場所でも、あるのかな?
江古田の町は、私にとっては、人生の大半を過ごした場所でもある。
不本意ながら、私はこの町では、40年間、50年間の長き人生を過ごしてきたのだが、私にとってのこの江古田の町は、未だにetranger(エトランゼ)のvoyageur(ボアャジェール)に過ぎないのだよ。
私は未だに故郷を失った彷徨い人に過ぎないのだよ・・
絵はヒポノスの絵なのですが、Europaではサンドマンにしてもヒポノスにしても、眠りを誘う神は皆男性なのですが、私が眠りにつく時には、優しい女神様の方が良いな??
という事で超珍しい女性のヒポノスです






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1月18日 Ergonomic Keyboard
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パソコンをwindows10に変えてから、仕事をする上で致命的な事がまたまた見つかってしまった。
それは、今までは普通に出来ていたwindows7とwindows10の間のパソコン同士の共有が全く出来なくなってしまったのだよ。
頑張って設定を直して、なんとか1回だけは出来たのだが、次に開いた時にはやっぱり出来なくなってしまっていた。
netで調べて見ると、「home-editionでは共有の設定は出来ないので、共有設定をしたければ、上のPro-versionを購入してgrade upしろ!!」と出てくる。
まあ、パソコン同士を繋ぐ逃げ道はあるはずなので、暫くは何か方法があるはずなので、暫くこのままにしておくか??
10に変わってからは、日本語の入力が上手くいかなくなる事がよくある。
keyに対しての反応が鈍くなってしまうのだよ。
酷い時には、最初のtouchに反応しなくて、2個目のtouchから変換される。
再起動をして直る時と、全く直らない場合がよくある。
そう言った時には、仕方がないので、別の日本語softでお茶を濁しているのだが、Googleの日本語softは基本的にはwindows10には入らないので、baiduで入力する他はないのだが、そのbaiduが、一番touchが不良になるcaseが多いのだよ??
別にwindows10に限った話ではなく、パソコンのkey配列そのものの話なので、10の悪口ではないのだが、Keyboardを打つ時に困っているkeyがある。
それはinsert-keyである。
deleteやhomeの傍にあるので、よく無意識に触れてしまうので、挿入をしている時に文字が消えてしまって、困って仕舞う事がある。
このinsert-keyが何のためにあるのか理解不能なのだけど、一番よく使用するkeyの場所にあるのも理解出来ない。
これも頑張って、普段使用している私のパソコンの中の一台だけは、設定を変えてみたのだが、その設定が超大変で面倒くさかったので、二台目以降はそのものままにしている。
netで一番多かった改善策は、Keyを取っ外す・・という事だったのだが、流石にそれは荒っぽ過ぎて、どうも・・戴けない??
もっとも、スマホのコピペの機能はもっと酷い!!
勝手に幾つもコピーされてしまったり、削除されてしまって、パソコンのように戻す機能がないので、困ってしまう事がよくある。
私の場合には、携帯の画面が私の指を全く感じてくれなくて、何度やっても無反応で、私がイライラしてヒステリーを起こしてしまう事がよくある。
試しに昔使っていたスティックを使ってみたのだが、結構ゴムに力を入れて押さないと反応しなかったので、諦めてしまった。
それに先がボールペンになっているので、服のポケットを痛めてしまうから、持ち歩きが出来ないのだよ??
いまさん、工夫が足りないようだよな??
教室で使用しているMicrosoft社の Natural Ergonomic Keyboardで、長時間Keyboardを打っていても手首に負担の少ないKeyboardです。Desktopだけなのだけどね??


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1月19日電波懐中時計が
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今日は1月19日の日曜日の7時半になる所です。今の練馬区の気温は2℃で、体感温度は1℃だそうです。
しかし、天気は晴れて素晴らしい日になる予定です。
『予定です』・・・という意味は、まだ部屋の中にいて、外に出ていないからです。
今日は日曜日、千葉のオケ練習の日なのですが、朝の5時に目が覚めてしまって、寝直そうと思ったのだけど、眠れないままに時間が経ってしまいました。
起きて出発するまでの時間が中途半端な時間になってしまったのですが、このまま寝てしまうと、寝過ごしてしまう可能性があるので、無理をして寝るよりも、起きて千葉に行く事にしました。
予定の時間よりも3時間も早いのですが、仕方ありません。
という事で、サボりサボり千葉へ移動して、それでも、超、珍しく3時間前のprogramの全体合奏からの練習風景を見学をしました。
頑張って極力口を出さないように努めました。
オケ練習の休憩中に子供達が私の懐中時計で遊んでいたのですが、それから時間が5分ぐらい遅れてしまって、電波時計なので、遅れた時間の修正法が分からなくて、丸々1日、2日、修理に送り返すか、ポイするか悩んでしまいまいした。
時計をイジっていて、強制的に時間を修正する方法が見つかったので、時間を正しい時間に戻す事が出来ました。
捨てなくて良かった!!
「俺の時計で遊ぶな!!」と何度も注意したのだけど、聞いてくれないのだよな~ぁ??
困った事だヨ??
オケ練習の集団の教育の現場では、どうしても練習が上手く行っていない遅れているgroupの曲に時間を裂いてしまうので、逆によく練習が出来ているgroupの練習時間に皺寄せが来てしまいます。
これって、指導上は、結構矛盾しているよね??
練習が上手く行っていない理由は、曲とgroupの技術力の問題もありますが、それ以上に個人的な練習の量の差にもよります。
「そこは練習をしておいて!」で済むgroupは、個人的にもよく練習をするgroupになるのですが、何度注意してもlectureをしても、練習をしないgroupの場合には、練習のpointや、曲のimage作り等々に、どうしても時間を取られてしまいます。
一般のjunior-orchestraの場合には、auditionで選抜されたmemberなので、弾けない場合には、他の生徒が演奏する事になるだけなのですが、教室の場合には、基本的には、そういった事はしません。
(生徒達ではなく)先生達が頑張って、生徒を弾けるようにしてしまいます。
まあ、そこは超大変なのよ、ね~ぇ??
orchestraというのは、希望参加だし、それに巷の音楽教室という泣き所もあるし・・・
まあ、その上手く行かない所が、また楽しい所でもあるのだけれどね~ぇ??
なかなか・・微妙なのよね~ぇ??
写真はviolaの瑞希ちゃんが初めて組のかほちゃんのsupportに2ndに移動したので、急遽、私がviolaのpartの助っ人に入って練習をしている風景です。本番では弾く事はないので、一般的には超レヤーな光景かもしれないけれど、練習としては普段から人数が足りないので、足りないpartを私が補充して演奏する事は、極普通の風景です。





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1月21日今更Jcomのserviceが
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今日、1月20日の月曜日は、結構朝早くからJcomから電話があったのだけど、無視して電話には出なかったのだけど、その後、夕方迄も電話が何度も掛かって来たので、根負けして電話に出てしまいました。
電話は20日に最初に来たメンテの人からで、勿論、au携帯からJcom携帯へのお引っ越し作業と、携帯の開通作業に関しての話だったのだけど、12月の20日に彼と私が直接話したハイツのnet環境の話や、28日に来た人とのtroubleの話や、その後のsupport-centerとの喧嘩の話も、28日に私がWi-fiのRouterを買って来た話も・・・全く彼は伝達を受けていない状態で、未だにauの携帯を使用している・・と思い込んでの電話でした。
余りにも、連絡不足で超腹が立ったのだけど、そこは腹の中に仕舞い込んで、冷静に対応をしました。
設定から手続きに至るまで、3台の携帯電話を全部私一人でやったので、今更Jcomにはやって貰える事はない・・とだけ伝えて、まあ、それ以上は事を荒立てないで、ま~るく収めておきました。
エラいよね~ぇ??
・・というか、私は携帯はmailしか使わないので、携帯の操作法すら知りません。
今回、初めて携帯端末の設定をしたのだよ!!
そりゃあ、ないよな~ぁ??
先ずは、携帯の用語からの話なのだよ??
知らない事だらけの・・・
斉藤先生は「作業と手続きに掛かった費用を返して貰えば??」と言っていたのだけど、一介の営業にはその権限はないしね~ぇ??
どんなにゴネたとしても、私の3日分の経費を会社が出す分けはないので、ゴネ損になってしまうので、そんな無駄な労力は使わないのが私の主義なのでね??


それはそうと、椎名町の事務所の玄関には万両の実が大変な状態で、毎日玄関の前や道路を掃除しても追い付かない状態だったのだが、昨年は12月のChristmas会の間に、小鳥達が無数に来て、一粒残らずきれいさっぱりと食べてしまった。
正月は万両の実が全くない・・正月だった。
それも、チョッと寂しいのかな??
勿論、あればあるで大変なのではあるのだが・・


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1月21日折角、買い物に出かけたのだけど
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今日は火曜日なので今日のmain-eventは歯医者なのですが、
歯医者からの帰り道のついでに、買い物をする事にしました。
本当は、何も食べていないので、お蕎麦屋に寄ってからbebeに行くつもりだったのだけど、お蕎麦屋だけが買い物のrouteから外れるので、蕎麦屋はやめて、駅前のbebeから始める事にしました。
bebeに寄って2合升を探したのだけど、升そのものが見当たりません。
店員に尋ねると「置いていない」という返事で、他のシャンプー等々の雑多な日用品の買い物をする気力も失せてしまいました。
流石に升は池袋のデパートまで行かないと売っていない・・という事だよなぁ??
それは困った!
その他の雑用品を買いに、100均とコカコラにも行ったのだけど、目的の品は無かったし、帰り道に珈琲館に寄って珈琲timeをする気も、スーパーのまん丸に寄って、今日の冷蔵庫の中身を買って帰るつもりだったのだけど、その全てをやる気力が突然失せてしまって、ココカラに入ったのを最後に、そのまま何一つ買う事もなく、ハイツに戻ってしまいました。まあ、時間の無駄、気力の無駄だったのだよな??
帰ってからも、気力が戻らないままに、より体調が不調になって来たし、パソコンの仕事もやる気が全く出なくなってしまったので、チョッと早い時間なのだけど、何もしないで、寝てしまいました。。『一日不作一日不食』
この所、またぞろ鬱が再発しているようで、この3日間は鬱っぽい毎日を送っています。
・・とは言っても、ちょうど1年前の鬱の状態を10とすると、5か6ぐらいの鬱のlevelなのだろうけれども、それでも・・鬱は鬱・・なので、体調不良である事に変わりはありません。
この程度の鬱ならば、alcoholでも飲んで『鬱に浸る』という手もあるのだろうけれど、胃や心臓の調子が悪いので、お酒を飲む気が起こらないのだよな??
・・というか、「胃や心臓の調子が悪いので、鬱になっているのではないのかな??」・・・と思っているのだけどね??
花園教室のspinetの前のソファで、「ン??何か?文句でもある??」と言いたげな・・ドル

コメント
芦塚 陽二
その後、2月の4日に川崎の病院に行く機会があったので、帰りに西武に寄って、二合升を売っている売り場を2,3箇所寄って見たのですが、お酒売り場では5勺升しか売っていなくって、和食器売り場では1合升しか売っていませんでした。
という事は升が700円で送料が600円でも、netで升を購入するしか方法はない・・という事で決定ですかね??アハッ!


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1月23日『超無駄な無意味な1日』
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今日は朝8時頃から突然netが繋がらなくらなくなってしまった??
何度となく、ルーターとパソコンの再起動を掛けたのだが、治らなくって、他に可能性が見当たらないので、ハイツの受付に行って管理人に他の部屋でも異常が出ていないのかを確認したのだが、Routerの不具合が出ているのは、私の部屋だけのようなので、ついに11時直前になって、Jcomのサポートに電話をした。
リモートでcheckをすると、やはり、Routerの不具合が派生していたようなので、修理交換に今日中に来て貰う事にしたのだが、という事は、今日中はハイツに缶詰めになる・・という事だよな??
という事よりも、先生達からのhelpを求めるmailが結構入って来ているのだが、パソコンがないと半分もそれらの手助けが出来ない?
超、困ったぞ??
本来ならば今日は東京ガスが9時から12時までの間にガス器具の点検に来る予定なのだが、11時過ぎになっても来ないので、玄関に出てみたら、案の定,ドアの郵便受けの中に不在通知が入っていたのだよ??
まあ、毎回の事なのだが、『呼び鈴ではなく、ドアをノックしてください。』と、張り紙をしていても、マジにドアをノックをしてくれる人は稀なのだよ??
呼び鈴を押しても、お上品にドアをknockしても、部屋の中にいると全く聞こえない。
という事で昔々、近所の電気屋でこのmansionの電気系統を修理している電気屋に「なにか良い方法はないのか?」と相談をしたのだが、電話回線を引いてインターフォンにすると良い!」と言われたのだが、ハイツの部屋は独居老人の独り暮らしなので、電話を引いても、受ける人が自分しかいないので、そのために、高額なインターフォンの代金や工事費、毎月8000円の電話代を払うのはとても無理なので、諦めてしまいました。
Jcomのclaimだけではなく、東京ガスのその事も含めて、管理人にclaimを言ったのだが、管理人の関知する所ではないわさなあ??
まあそれでも、東京ガスの人を見掛けたら、多分、文句は言ってくれるのかな??
冷蔵庫には、相も変わらず、食うものはないので、外に食いにも・・買いにも・・出れないという事は、結構辛いよな?
それはそうと、『netが通じないのに、何でFacebookが書けるのか?』というと、11時過ぎぐらいから、携帯が生きて来たのだよ?
それまでは、携帯はWi-fiの接続で開いているので、Routerが死んだら、当然Wi-fiも死ぬので、携帯のlineもnetも今日の予定表すら開かなかったのだよ。
Routerが死んだら、直ぐに携帯のnetが開いても良さそうなものだが、それが中々通じずに、やっと11時を過ぎた辺りから、携帯のnetが復活したのだよ。
管理人さんが東京ガスの人達を見かけて連絡してくれたらしく、2時過ぎには、東京ガスの人が来て点検検査をしてくれたので、一つは片付いたのだ??
その後で、再三、催促をして、やっとJcomの技術の人から電話があって、「予約が立て込んでいるので、時間を予約しないという事で今日中に訪問する」という事になった。
ただ、徒らに待つというのは、結構辛いものだよ。
私の殆どの仕事はnetを使うので、netの出来ないパソコンなんて、ただの箱だよ!!箱!!
何時来るのか、分からないので、ドアのノックの音が聞こえなくなっても困るので、惰眠を貪る事も出来ず、風呂に入って体を休める事も、テレビのドラマを落ち着いて見る事も出来ない?
netでの仕事が出来ないのならば、有意義に時間を使うか、ウンと楽をすればよいのだけど、何時来るか分からない人を待つ程、無意味な事はないのだよ。  RilkeのGeschichten vom lieben Gott(=神様の話)ではないのだからね??
ひたすら待っていたら、すっかり疲れてしまったので、bedで横になったのだけど、勿論、眠ってはいないし、仮眠もしてはいない。
ただ、横になって休んだだけだったのだよ。仮眠ではないのだから、疲れが取れる事はないのだよ。
夕方の6時直前になって、やっと電話があって、後、15分で到着するという。netが通じなくなってから、10時間後の話であるぞなもし・・・
Jcomのcheckが始まったのは良いのだが、説明がまたまた、理解不能で、理屈が通らないのだよ。
Routerの故障はないのだから・・、と何度か、パソコンのnetの状況を見て、Wi-fiを外すと、有線runが生きる・・という話だったのだけど、それも私が午前中に試して、やっぱり通じなかったのだよな~ぁ??
一次的に回線が通じたとしても、またまた、壊れたら困るので、取り敢えずは新品に交換して貰ったのだけど、結局は、Wi-Fiが繋がらなくなってしまった。
『有線runならば繋がる』・・という事で、携帯を購入する前の状態に戻したのだよ。
12月の28日には、一体、俺はなんのためにWi-fiのRouterを買って来たのだ??
Wi-fiのRouterで携帯の設定とnotePCの設定をしたのだけど、今日は、「Wi-FiはこのRouterには、接続出来ません。」だってよ??
今まで、ズッと使って来たのに、「挙句の果てには、このWi-fi-Routerは壊れています。」だってよ??
だって、Wi-fi-Routerは、Jcomの人に言われて、携帯の設定のために買わされたのだよ??
support-centerの人達や技術の人達がそれぞれに言う事が違うので、困ってしまうのだよ。
・・まあ、それならそれで、後で私の考える配線をやって見るか??
東京ガスの点検検査に来たオバさんに、インターフォンの話をしたら、東京ガスの人はインターフォンの工事からtoiletteの改造まで何でもかんでもやっているそうで、今は呼び鈴から直接スマホに映像を送るのもビック・カメラ等で普通に売っているそうなので、そんなに難しい事ではないそうだ!!
netが繋がったら、早速調べてみよう??


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1月24日夢を二つも見たのだが
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全く同じ話しの繰り返しになってしまうのだが、今日も定時の5時に起きだして、体重測定や血圧の計測をしながら、昨夜の残務処理をしていたら、突然、意識が朦朧として来たので、慌ててbedに戻って眠ろうとしたのだが、布団に入って横になった途端に鼻水が出てきて、息が出来なくなってしまった????
勿論、起き出して椅子に座ると呼吸が出来るのだが・・
無理をして、頑張って起きるのはやめて、そのままbedに留まる事にした。
bedの中で、眠るともなく、虚ろ虚ろに夢を二つも見たのだけど、その一つはpartyで歌の伴奏をしていたのだが、突然、即興で伴奏を始めてしまって、気持ち良く歌っている人の演奏を邪魔をして、partyを滅茶苦茶にしてしまった夢で、その後、暗い雨の中を雨に濡れながら、自己反省をしながら駅に歩いて行く所までの夢であった。
・・もう一つの夢は、狭いオケ教室の練習の時に(検見川教室の事でも花園教室の事でもなく、見知らぬ練習の場所なのだけどね??)、その練習の会場で、若い女性の演奏家に、私のmethodeを書いた紙を見せているsceneなのだが・・何故methodeを説明しているのか??・・その理由が、理解不能なのだが・・
何度かbedと、パソコンの椅子を往復して、やっと眠る事が出来たのだけど、人生の無駄な1日がまだまだ続いているのだよな??
巴里っと仕事modeに入れないもんかね??
Facebookに既に投稿した文章に後付けで写真や動画を追加しようとしても出来ないので、調べて見たら、iPhoneならば出来るらしいのだが、Androidは後付けの写真や動画は出来ないのだそうな????
それは初めて聞いたヨ??
lineを経由してPCに写真や動画を取り込んで、PC上でFacebookに写真や動画を掲載すると問題なく出来るのではあるのだが・・そこまでやるのは、超面倒くさいのだけどね??
遅れているよな??Androidは・・??
ガスの検査に業者の人が台所に入って見たのだけど、油汚れとか、暫くの間、清掃をしていなかったので、反省をして、突然、ガス台をバラし始めました。parts毎に清掃をして、戻す直前の状態です。




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1月25日『time-Traveler』 ・
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今日は1月14日の金曜日のcinderella-timeを過ぎた所です。つまり、1月15日の土曜日になったばかりの所なのです。
という事で、椎名町から定時の1時過ぎに戻って来て、睡魔には逆らわずに、取るものも取り敢えずにbedに入って寝ました。
暫らく熟睡して、すっきりと気持ち良く目が覚めたので、dubbingしていた連続dramaを2本立て続けに見ながら、平行でパソコンで仕事を少し片付けて、仕事が取り敢えず一段落したので、ふと、時計を見たら、なんと、時計の針は2時を指していたのですよ??
「えっ????お昼の2時??」
驚いて窓の外を見ると、まだ真っ暗なままです??
まさか、一昼夜眠ってしまった事はないだろうから、そうすると、『ビデオで50分の連ドラを2本も見た』・・という時間の計算が合いません。50分のdramaを2本ならば1時間20分の時間が消えてしまった事になります。
以前もFacebookに時間が戻って、途方にくれているお話を書きましたが、またまた時間が戻ってしまったのですよ。
不思議だ!!
何度となく時間の確認をしても、どうしてもdramaを見た時間以外でも、時間が2時間程戻ってしまっている計算になるのだよ。
久し振りの時間の逆行です。
時間の逆行は、前にもよくあった事ではあるのだが、だからといっても、それで何か良い事があった分けでもないし、意識して時間を戻そうとしても、それが出来る分けでもないし・・ね??
それに、逆に、時間が飛んでしまうのは、日常的にも、よくある、極々普通の事だしね???
自分としては、小一時間集中したつもりなのが、実際には4,5時間経過していたという事は、実に日常的な事なのだから、その逆があったとしても、不思議ではないのだよなぁ??
証明の方法論にも、否定の証明という方法もあるしね?(・・勿論、冗談です?)
しかし、やっぱり体調的には、朝の6時、7時までの3,4時間の仕事をしたような疲れが溜まっていたので、体調、体力を優先させてbedでちゃんと『寝直し』を数回しました。 
寝直しの数回・・というのは、勿論、toilet-time(頻尿)のせいだからです。
いや~ぁ、加齢が進むと、『朝まで寝る』という普通の事すら、結構難しい大変な事になって来たのだよなぁ??
『manual世代とJcomのsupport』
今日のmain-eventの仕事は、Jcomが「Wi-fi-Routerの故障だ!」と言っていたWi-fi-Routerを私なりの配線で設定する仕事です。
JcomのRouterから来ているmainの配線chordを探し出すのは容易ではない・・というか、殆ど不可能なので、「多分・・ではないのかな??」という事でWi-fiのRouterを設定する予定です。
コードを一つ一つ抜いて、何が動作しなくなったのかを判断してそのコードの配線をcheckしたりして、結構時間が掛かる作業ではあります。
勿論、業者には出来ない超複雑な作業です。
ハイツでの斉藤先生のlessonが終わって、部屋も工事可能になったので、11時になってから作業を開始したのだけど、配線と設定は10分で終わって、問題なく無線Wi-fiのsetが出来たよ。
ハード・ディスクの接続がtroubleったのだけど、それは配線の接続なので、想定内の作業だったけれど、checkだけで終わった。
簡単だったのだけど、何故、Jcomの人が「出来ない!」「Routerが壊れている!」って言ったのか理解不能だよ!!
よっぽどヘボいのだよな~ぁ??
つまり、manual世代の人達はmanualに書かれている事しか対応出来ないのだよ。


『Pianoの調律についてのお話』
Pianoの調律を生徒達からも頼まれるのだけど、Pianoの調律とは、単にPianoの音のpitchの調整という事だけではなく、Pianoの色々な状態のmaintenanceが重要になってきます。
そのためには、・・所謂、tuningの上手な人ではなく、Pianoを作れる技量を持った人が必要なのです。
勿論、partsの削り出し・・という意味ではなく、partsの修正や調整等が出来る・・という意味です。
その技術の基準となるものが、中古のPianoを土台にして中身をsteinwayに交換するという事です。
それが出来る数少ない調律師の一人が馬渕さんだったのですが、お亡くなりになったので、今同等の技術を持った調律師を探すのに、こまっています。
教室のPianoの調律でも、人がいなくて困ってしまっています。以前も或大手企業の調律師のconcoursで全国1位を取った人がいて、楽器店から是非使ってくれと頼まれて江古田の教室のgrandpianoを調律して貰った事があるのですが、Pianoがヤマハの音になってしまって(事実ヤマハのgrandだったのですが・・)慌てて、その日のうちに、当時時折頼んでいたBosendorferの調律師にお願いして、調律をやり直して貰った事があります。
Pianoのtuningだけならば、私でも出来るので、そのために調律師を雇う事は基本的にありませんのでね??
今の調律師の殆どは、細かい微調整は出来ません。
私のように古いPianoが好きな人にとってはmaintenanceが出来るという事が調律師の選考基準なのですけれどね??
教室の生徒の話なのですが、子供の頃から弾いていたPianoの音が嫌いで、音の美しいPianoを買う事が夢の生徒がいました。経済的にPianoを買う余裕が出来たので、「Pianoを購入したい!」と申し出て来たので、どういう音のするPianoが良いのかを馬渕さんに相談して一度調律をお願いするようにadviceをしました。
馬渕さんに調律をして貰った結果、「新しいPianoを買わなくて良かった!」と感謝のmessageを頂きました。
つまり、全く別の楽器として生まれ変わったのですよ。
技術のある調律師の手に掛かると、Pianoは生まれ変わる事が出来るのですよ。

『懐中時計のお話』
それはそうと、子供達が遊んでいて、すっかりおかしくなってしまった、私の懐中時計のお話なのですが、ただの操作ミスだと思っていて、針を戻してその後、正常に動いていた懐中時計が、またまた前回と同様に、突然に10分も遅れてしまっていました。今、メンテの依頼中なのですが、これも私の時間が飛んだ事に関係があるのかな?
それとも、もうそろそろ寿命なのかなぁ???
・・いや、私が~、ではなくって、・・時計が・・ですよ!!
アハッ!
今時のこういった小物は、修理やmaintenanceを頼むよりも、新しく同じ物を購入した方が安いのですよ。
だから、ゴミが増えるのです。
ドイツで会った靴の職人は、「私が修理をすれば、一生使えるようになるよ!」と私の安物の革靴について言ってくれましたが、今はそんなお店はあるのかな??

コメント
芦塚 陽二
懐中時計の修理に関しての返事が来たのだけど、なんと1万4千円で買った懐中時計なのだけど、修理代は1万7千円だってよ!!
新しく買い直した方が安い・・という事が確定したよ!!
「状況から判断すると磁石を近づけたか、油切れの可能性がある」・・という事で、『まさか磁石を近づける・・なんて!!」と思っていたのだが、ふと気が付くと、携帯電話のcoverを閉じる所が結構強い磁石になっている事に気がついた。
「そうか??その可能性があるのだよな??」
無意識に携帯と懐中時計を一箇所にまとめたような記憶があるぞ???それは問題だ!!
注意喚起をしなければ・・・

写真の説明はありません。




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1月26日『夢を叶えるには・・・補遺:愚痴』・・未完成
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教室を開設して、早40有余年、Europaの音楽の歴史の根幹を成すensembleであるorchestraと室内楽を主軸とした音楽教育を、教室で子供達にcurriculumとして指導をして行く音楽教室を設立した。
その独自の教育法により、子供達が音楽技術的に著しい成長を見せて、音楽の表現、演奏に対しての能力と技術の向上のみならず、子供達の人格的な成長に著しい成長が見受けられて来た時に、教室開設当時の保護者の人達が、「這えば立て・・、立てば歩めの親心」という事なのか、・・子供達に、「成績が上がったらオケや室内楽に行っても良い!!」と言う条件を突きつけた・・という話を聞いて、私達の努力を否定されたような気がして来て、その当時、私はすっかりメゲてしまった。
当時は私も未だ若かったので、その時の保護者を呼び出して、厳しく教育の原理を指導して、子供達への指導上の事無きを得た。
学校の成績や塾の成績は、学校や塾の先生達が負うべき課題であり、努力すべき事であって、子供の勉強に対しての責務は学校や塾が背負うのが道理であって、その付けを学校の教育とは無関係の、音楽教室が背負わせる事はないはず・・であるからだ。
保護者が『教室のオケや室内楽の勉強を、学業を向上させる対価として、子供達に勉強や成績をあげる事を要求する』という事を要求する事は、教室としては許せない現実である。
しかしながら、その後も、何度となく、親が一番簡単で楽に「子供達に勉強を強いる方法」、或いは「成績を子供達に上げさせる方法」として、教室開設以来、現在に至るまでの延々と、40年間、親の教室に通わせる条件、或いはオケや室内の練習に参加させるための条件として、延々と、脈々と今日までも、続いているのだよ・・??
子供達が好きでやっているオケや室内楽の練習では著しい技術の向上が見受けられるのだけど、一旦、その環境から外れてしまうと、直ぐにではないとしても、1年後、2年後には確実の技術や音楽levelの水準の低下が見受けられるようになる。
しかし、残念ながら、親にはそれが分からないのだよ。親には判断出来るだけの判断力は育ってはいないのだからね??
一般の音楽教室の場合を例にすると、Pianoのlessonに行くのが嫌で逃げ出した子供を親が探して来て、泣きながら抵抗する子供を無理やりに引きずって教室に連れて来る、とか、先生に厳しく注意されて、親も子供も泣きながらlessonを受ける・・というのが、一般的な音楽教室の姿ではないのかな??
そういった一般の教室から私達の教室に、逃げ出して来た保護者の人達にとっては、親の強制の無しで子供が自分からPianoやViolinの練習をする・・という光景を見る事や、或いは、子供達が自分自身で、喜び勇んで教室のオケ練習や室内楽の練習に、休みであるハズの日曜日を喜び勇んで出掛ける・・という事は、現実的には有り得ない。
教室を見た事がない・・話を聴いただけの保護者の人達にとっては、「そんな事は有り得ない事だ!」と、周りの人達からは言われている・・と、教室の保護者の人達から聞いているのだけど・・な??
音楽の勉強をさせる事が、難しく、困難は一般の人達にとっては、親が子供に出す条件、・・・「オケや室内楽の練習に行くために課した・・勉強や成績をあげるための対価という話は、有り得ない、宇宙の彼方の非現実的な世界のお話のように聴こえてしまって、全く信じられない話に聴こえて来るらしいのだよ??
子供が「オケや室内楽の練習に行きたいから・・」・・と親に嘆願する事自体が、現実の世界には有り得ない事だ!!とは親は思わないのかな??
子供達が「音楽を好きになって、オケ練習や室内楽の練習に喜び勇んで通って来るようになる」・・という事は、教室の先生達の涙ぐましい努力の結果である・・という事を親は認めようとしないのだよ。
音楽の指導者でも、一般的に「子供達は子供同士の集団で何かをするのが好きだから」・・とオケや室内楽を子供達に無理やりにやらせて、子供達がスッカリ音楽を嫌いになった・・という話を聞いた事もあるのだが、子供達がオケや室内を熱中して勉強するようになるには、それ相応の努力としっかりとしたcurriculumが必要なのだよねぇ??
一般には、県や市が主催するorchestraがあるのだけど、そこにはcurriculumは存在しない。
あくまでも、orchestraを体験させるだけであって、そこで音楽技術が向上する事はないのだよ。
その場所で生徒達が上達したとしても、それはその生徒の担当の先生の努力に過ぎず、決してorchestraに参加したから・・という分けではないのだよ。
もし、私が40年前に開設した教室が、音楽教室ではなく、一般の学習塾ならば、子供達は勉強をする事が好きになって、塾に来る事が最高の楽しみになったはずなのだよ。
つまり、これは単なるcurriculumの話なのだからね??
それを、オケ練習に行く事を、成績を上げる条件にして、「練習に行っても良い」・・という条件を出す・・という事は、先生達の努力を否定して、指導やlessonを馬鹿にするような事だ。
「それならば、一般の音楽教室にでも、行ってくれ!」と言いたくなってしまうよ。
世間一般の音楽教室で、世間一般の家庭の子供達だとすれば、子供達の音楽の技術は趣味以上のlevelに到達する事はないし、逆に、音楽大学の進学を希望する生徒達やその保護者達では、塾や学校の成績を云々する人はいないし、もしそんな事を先生の元で言った日には、指導する大学の教授達からならば、即破門にされるだろうよ!!
つまり、この学校と音楽の競合の問題は、音楽に対する意識が育たないままに、技術だけが上手くなってしまった、私達の教室の生徒達だけに起こる現象で、教室の「音楽を趣味として教室に入会して来た生徒達」の技術力だけが、・・音楽大学の教授達に弟子入りをして、「音楽大学の受験を希望する特別な生徒達」と、音楽技術的に同等の水準に達してしまう・・というあってはならない事による《特別な》問題なのだよ。
よくよく勘違いされるのは、私が「音楽に進む生徒達を一般から募集している」・・という風に思われてしまう事である。
それは生徒達の技術力が音楽に進む生徒達以上の技術力があるから、勘違いされる事なのだよ。
しかし、もし私が音楽の世界に進む生徒達だけを指導したいいう事ならば、そういった環境に住んでいる生徒達を集めて教育指導すれば、保護者との教育に対しての意識的な軋轢は産まれないのだよ。
千葉の花園ではなく、もっと別の場所で、音楽に子供達を進ませる事を望むような家庭環境のある場所で生徒募集をすれば、保護者達との音楽の意識的な軋轢、教育上の軋轢は生まないで済むのだよ。
勿論、子供達の技術力が優れて来たからと言っても、それで子供達が、音楽大学を受験する事を目指すとするのならば、(或いは、proの音楽家を目指すとするならば)学校や塾に対しての問題、所謂、姿勢は、一般の音楽大学を受験する生徒達と同様の意識を持たなければならないハズなのだが、そうは行かないのが現実なのだ。
それは、保護者を取り巻く環境や意識が、音楽大学を目指す人達の環境やではないからである。
こういった学校教育と音楽教育の問題は、親が音楽を教育として認めていない事にその原因があると思われるのだけど、その事についての論文は、homepageにも、『音楽と学校教育』のお話として掲載しているし、発表会の度に、来場した人達に、冊子として配ったり、折に触れて公開や個人的にもお話をしたり、と啓蒙活動に努めて来たつもりではある。
しかし、現実的には、1人1人の生徒達の教育に関しては、私からのお話を聴いている立場の親達は、その都度音楽や教育に対しての目的目標も違うし、毎日の生活姿勢の話になるので、そのお話を親にする事はそんなに簡単ではないのだよ。
つまり、私が『夢は必ず叶う』と言う事と公言しているのは、その夢に向かう子供と親の姿勢がある・・という前提の元に・・である。
親と子供の夢がズレていては、私が幾ら口を酸っぱくして話をしても、それが理解される事はないのだからね??
親子が喧嘩をしながらでも、夢に向かって歩いている限り、子供を教育的に放置していたとしても、教育上はなんの問題もないのだよ。
勿論、親子が喧嘩をしながら一生懸命に努力を続けていれば、子供に任せて、自分は自分の仕事をしていた子供よりも、数倍もlevel-upが早いのは当たり前なのだが、それは子供達が自立を始めて来る年齢で、小さな子供時代に自立していた子供とのgapは縮まって来るのだよ。
そもそも音楽の内容に関しては、子供が小学生の高学年になった頃からは、lessonの内容に関しては、もう誰の親でも、教室でのlessonに付いて行けなくなってしまう(理解出来なくなる)のは当たり前の話だ。
その時に、親掛りで育って来た生徒は幾分、自立が出来る迄の間は、伸び悩みをするのだが、最初から自立している生徒の場合にはその時期はないので、当然gapが無くなって来るのだよ。
ああ~??
紛らわしいので、補足説明をするとすれば、・・勿論、4歳、5歳の子供に対して食事も与えないで放置するのは、それは教育ではなく、虐待に過ぎないのは、理解出来るよね??
そういった常識の範囲内で、つまり、小学生以上の年齢の子供の場合には・・放置しても、子供にやりたい目標がある場合には、問題はないのだよ!
確認をしておくけれど、『子供にやりたい事がある』という場合だけ・・だよ!!
子供への放置が許されるのは・・??
一番困るのは、親が子供が望まない夢を押し付ける場合であって、子供を放置するのは、小学生ぐらいになると、なんの問題もないのだよ。
それぐらいは子供の自立心を認めても良いのだよ!
globalstandardな世界では、『小学校に入る前から家族のために働いている子供達もいて、救いの手を差し伸べなければならない』・・とされているのだが、テレビ等で、そういった子供達の表情を見る限り、『望まない塾に強制的に行かされて意味も無く勉強を強いられている日本の子供達』の方が表情や目が死んでしまっているのだよ!!
子供の成長とは、・・学力の事だけではなく、「人生に対しての考え方が如何にしっかりとしているのか??」という事なのだけどね??
まあ、このお話も何度となく、繰り返し・・繰り返し・・話をしているのだけどね??
**************************
『指導者に対してのadviceです。』
こう言った課題が問題になった事について・・のお話ですが、その教育上の問題点や先生が「音楽に対して求める本当の意味でのconceptのお話はしたのか??」・・という事です。
父兄がそういう態度を取っても、その事を聞かなかった事にして、放置しておくのならば、父兄の教室に対しての意識や態度、教室への価値付け・・は、永遠にどの父兄からもの態度も変わる事はありません。
そこは企業努力の問題で、各自の先生達の意識や教育への思い入れの問題になってしまいます。
そこの部分を、私の立場でお話をすると・・
もしも、教室を支える親御さん達ですら、教室の教育に対しての理念や教育上の原点、私自身の音楽に対しての心構えである基本中の基本を理解して貰えないのならば、私が教室を開設して、そこに私の理想とする音楽の教育(勿論、音楽教育に限らないのですが・・)をして来た事が、『人生の究極の無駄』に思えて、実に慚愧の思いに耐えられない・・究極の無駄な人生を送っているようにしか、思えてしまうだろうよ・・な??
そりゃあ、鬱の一番の原因になるだろうよな!!
ましてや、現代日本社会の子供達のように、人生の目標も目的も見い出せずに、唯、漫然と与えられたものに反応するだけの学習では、それで得た物が未来の手助けになる分けではなかろう・・て??
勿論、「proを目指す」とかいう小難しい、かったるいお話ではなくって、「本人の能力をそのまま活かす」・・という単純なお話ですら、本人はおろか、一般の父兄からも理解されないのだよ。
自分の将来の「夢」や未来の「目標」さえも見い出せないままに、日常を過ごしている・・という事は、今、仮に私の指導で一般的には、頭角を現していたとしても、いずれ私の元を去った時には、挫折してしまう・・という事は目に見えているのだからね??
ましてや、私の教育の理念や私が掲げている音楽のconceptに対して反感を持っているのならば、サッサと教室をやめてしまえば、良い・・と思われるのに、ウダウダと教室には・・いる・・という矛盾でもある。
ウダウダと教室には居る・・という事には幾つかの理由がある。
その一番は、周りに私の教室と同じようなcurriculumを持った教室がない・・という事なのだよな??
二つ目は、これが殆どなのだろうけれど、父兄が自分の子供に、「教室をやめてしまうように」と言う事が出来ないのは、子供の方からの反発が怖いので言えないのに、条件を付けて教室でも勉強が出来るように思わせる・・というのは姑息な手段で、昔々、に対して最初にその話をした時から到底許せる話ではなかったので、厳しく糾弾し、対応したはずなにの、まだ教室の父兄の間では、その姑息な手段が横行しているのだよ。
それだけでも超腹が立つ
教室で烏合の衆に教育の本質を教える事すら、憚られてしまうのだよ。
それこそ無駄なのだよ!!無駄!!

私は、『魚に説教をする聖フランシス』ではないのだからね・・・??

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1月28日大雨なのでbikeではなく歩きで歯科医院に行った ・
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今日は1月28日の火曜日、歯医者の日です。
大雨が降っているので、少し遠いとは思ったのだけど、『bike』ではなく『歩き』で歯医者まで行きました。
『歩き』にした理由は、bikeではrain-coatを着なければならないのですが、病院の中にはrain-coatを脱いだり着たりする場所が無いからです。
この所の体調不良で、お散歩をサボっているので、流石に『歩き』では、腰が痛くなってしまって、病院に到着するまでには20分近くも掛かったよな??
でも、それを見越して予定よりも40分も早く出発したので、15分程待合室で待ってから、予定よりも5分前に治療を開始しました。
ハイツから20分近く掛かったとは言っても、・・・でも、昔々、大学時代に住んでいた今は亡き学生アパートは、この病院よりも更に少し先になるのだよな??
つまり、毎日、1,2回はこの道を歩いていたのだけどね??
すっかりと足腰が弱ってしまったぞな・・??
今日は歯周病の深い場所の治療で、歯茎を切って患部の治療をするのと、昨年の11月の3日にボロリと落ちた義歯の歯茎が落ちて来ているので、土台を出すために余分な歯茎を切り詰めて土台を出して、虫歯になり掛かっている所を削る作業をしたので、なんと(insgesamt=合計で・・)治療に1時間40分も掛かったよ!!
糖尿病の他に血液サラサラの薬も飲んでいるので、結構出血して大変だったそうな??
吸引しながらの手術なので、どれぐらいの出血かは私には分からないのだけどね??
「血を拭いときますね??」と言って、広範囲に血を拭っていたので、結構飛び散ったのかな??
ハイツに戻って来たのはなんと7時過ぎであった。
部屋に戻ってからの出血は、多分もう無かったと思うよ??
流石に、麻酔が切れて来ると歯が痛み始めたので、今回は辛抱しないで、サッサとロキソニンを飲んだ。
2錠まで飲んで良い事になっていたのだけど、1錠飲んで暫く待ったら、痛みが収まって来たので、1錠だけにしておいた。
血液サラサラの薬を飲んでいる事と糖尿病なので、傷の治りが悪いという事で、抗生剤が一週間分出たのだけど、こりゃぁ、確実に胃をやられるね??
明日の水曜日は教室のお休みだとか・・で、斉藤先生も牧野先生も早目に椎名町に戻って来たので、超、大雨の中を椎名町に(bikeでrain-coatを着て)出かけて、そのままドルプリっ歩に出かけた。
ドルは雨で体が濡れるのが大嫌いなので、斉藤先生が途中まで抱っこをして行って、そこで降ろしたら、即椎名町に戻ってしまった。
超短時間のお散歩だったにもかかわらず、義務であるtoilette-timeはちゃんと済ませたのは流石だ。「toilette済ませたからもう良いでしょう??」てな感じで、「寒いンだから、玄関のドアを速く開けろ!」と催促をしていたぞ。
食事は流石に流動食しか食べれなかったので、シジミのお味噌汁とトロロを飲んで、チョッと物足りなかったので、インスタントのコーン・スープを飲んだ。
rain-coatは勿論の事だが、靴や靴下や手袋もビショビショになってしまったので、食事の間乾燥機で温めたのだけど、焼け石に水・・てな感じで、しないよりも良いか??という事ではあったのだけど、大急ぎでハイツに戻った。
結構バテたので、即、寝た!!
次の日の朝の話しなのだが、結構、シーツが血で汚れていた。
寝ている時に歯茎から出血したようだ。
まぁ、出血は大したことではないのだが、被害はシーツだよな??
早めにシーツを洗わないとな?



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1月30日hard-diskが壊れた ・
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今日は1月の30日木曜日で千葉のlessonの日です。
なんと、3時ぐらいに目が覚めてしまったので、懸案のwindows10にupgradeしてからprinterのnetworkが出来なくなっていたのを、3時間も掛かって、配線のやり直しとRouterのcheckとdriverの再installをして、全てのprinterが印刷出来るようにしました。
超、大変だったぞぃ??
移動用に使っていたhard-diskが壊れて再起動出来なくなっていたので、没にしました。
hard-diskは、金額としては高いのだけど、結構、よく壊れるよね??
hard-diskに保存出来る程の記録媒体は他にないので、情報がその都度失われてしまうので、困ってしまいます。
未だに映像はfilmで残すという風潮があるのは、保存期間のせいなのですが、dataは映像ばかりではないので、困ります。今更紙の原稿を残してもね~ぇ??※)

Jcomに言われて、池袋まで買いに行った無線Routerにも有線runが6個口ぐらい付いていたので、有線runのRouterが一つ減って配線がほんの少しだけ、simpleになりました。
printerとnetで繋がらなくなった時に、その直し方を幾らnetで調べても、「これ以上は難しいのでproを雇え!」というつれない答えしか出て来なかったので、少しムキになって、一つ一つcheckして、親、子、孫に至る配列を見直していったのだよな??
やって見るもんだ!!
「同じ配線をもう一度やれ!」と言われても、もう無理なのだけどね??
※)「どうせ捨てるのならば、・・」という事で、resetボタンがないので、壊れるのを覚悟で・・というか、起動しないので・・という事は壊れているので・・、switchのon、offを何度も繰り返して、sparkさせる事に成功しました。
電気がhard-diskに流れた・・という事で、hard-diskを強制的に生き返らせました。
つまり、所謂、人間で言う所の除細動で生き返らせたのです。
勿論、dataも復活しました。
これは、奇跡だよな??



でも、このhard-disk・・使うかな~ぁ??
どうせ、また、結構直ぐに死ぬよな??
取り敢えずは、完全formatして、dataを完全に削除して起きました。
前々からhard-diskの調子が悪かったので、back・upにしか使っていなかったからですよ。



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1月31日ドアが開かないぐらいの強い風
プライバシー設定: 公開
今日はなんと1月の31日だそうです。何故??
つい先日、年が明けたばかりと思っていたのですがね?
お天気なのに、外に出ようとすると、玄関のドアが開かないぐらいの強い風が吹いています?
木枯らし1号か、春1番のような風が吹いています。
コメント
芦塚 陽二
LeclairのⅠ,Ⅲ楽章です。Ⅱ楽章は残念ながら、lecture-lessonのvideoはありますが、対外出演の演奏はありません。ただ単に時間の関係で全楽章を演奏する機会が無かったのです。
花園自治会館主催の演奏会での演奏風景です。ご参考までに・・・

duo‐sonate A DurⅠ ⅢOp.3Nr.2 Leclair 芦塚音楽千葉教室賛助出演 花園自治会館主催「春待ちコンサート」 - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=GmtZbIRWq6c



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2月



2月1日『臨界tempoと絶対tempoのお話』
プライバシー設定: あなたの友達

曲を選曲する時には、その曲がその曲のimageを表現するための『絶対tempo』というものが存在します。
生徒達の指導をしていると、生徒が『憧れ』で「この曲を弾きたい」と言って来る事があります。
生徒の技術のlevelが、その曲を演奏する水準に充たなかったとしても、tempoを限りなく遅くすると、何とか演奏出来る場合があります。
生徒の願望を叶えて、生徒の望む曲を弾かせてしまう先生もよくいるようですが、私の場合には、その曲が生徒に取って、技術的に不可能なlevelの曲であるとすれば、私は、「この曲と、この曲を練習すれば、弾けるようになるよ!」と、その曲に至るcurriculumを説明して、生徒の『目標の曲』とします。
私の場合には、曲には(基本的に)編曲された簡易versionの曲は使用しないので、その曲のどこがどのように難しいのかを、子供達に説明する事もあります。
また、幾ら指が回ったとしても、指に任せて、速く弾き過ぎるのは、過ぎたるは及ばざるが如し・・で、また曲の本來のimageを損なってしまうのです。
つまり、その曲がその曲であるの、「速すぎない・・、遅すぎない」、tempo設定上の範囲が存在します。
曲、それぞれには、その曲のimageを表現するための『絶対tempo』というものが存在し、そのtempoは、その曲のimageを表現するために必要不可欠な絶対的なtempoがあるのですが、しかし、そのtempoには、(proの演奏を聴いても分かるように)同じ表現であったとしても、解釈上の違いによって、そのtempoには或程度の幅があります。
言い方を変えると、曲には『このtempoから、このtempoまで』の範囲で、その曲を表現するtempoの幅があるのです。
そのtempoの幅の事を、私は便宜上『絶対tempo』と言っています。
絶対(absolute)とは言っても、或る特定のtempoを意味する分けではなく、特定の幅を持ったtempoの事なのです。
それに対して、子供達からproの演奏家に至るまで、音楽を意識してcontrol出来るtempoと、指に任せてしまうtempoの分かれ目のtempoが存在します。
勿論、そのtempoは練習によって、より速いtempoやより遅いtempoに引き上げる事が出来るのですが、その時に、自分のcontrolを見失わない限界のtempoがあります。
これはMetronom上の一点、punktで表す事が出来ます。
指導をする時や、演奏会に向けての練習をさせる時には、この練習のtempoを確実に守って練習を積み重ねる必要があるのです。
『練習tempoについて』
子供達が音楽を意識を持って表現出来るようにするためには、日頃の練習でのtempo設定がとても大切です。
練習には、『ゆっくりと丁寧に練習する事が必要な場合』と指の訓練のために、素早く練習しなければならない場合があります。
しかし、幾ら速いtempoで練習したとしても、controlを見失ったままで練習する事はキツく戒めなければなりません。
そこで必要になってくるのが『練習tempo』であり、その指回しの箇所に必要になって来るのが『臨界tempo』なのです。
ここまでは、本番で演奏する時のtempoであり、私の場合には、発表会に向けて半年間練習を積み重ねて行くので、発表会本番で演奏するtempoを決めて、練習はその都度、生徒のlevelに合わせた『練習tempo』というものを設定して、そのtempo以上では練習しないように、厳しくcontrolします。
教室で生徒達に『練習tempo』を設定するのは、上級者を除いては、先生が決めます。(上級者は自分で臨界tempoを判断出来るので、当然練習tempoを決める事も自分で出来ます。)
lessonで生徒が音や音楽をcontrolして練習出来るtempoの限界の一つ手前のtempoを私は『臨界tempo』と呼んでいます。
『臨界tempo』とは、私が練習のmethodeを作る時に、勝手に名付けたtempoの定義なのです。
『臨界tempo』とは、子供達自身が、「意識してcontrolを出来るtempo」と「意識が伴わなくなって、指だけで演奏しているtempo」の限界点の場所を差します。
芦塚methodeでは、子供達がcontrolを失う(勿論、弾けてはいたとしても・・ですが)tempoの一つ手前のtempoを臨界tempoと名付けて、そのtempoで確実に演奏をcontrol出来るように練習をさせます。
そのtempoが楽にcontrol出来るようになったら、そのtempoよりも、Metronomのtempoを2,3メモリ上げて、再びそのtempoでコツコツと練習をします。
本番のtempoは、練習の最初に「目標tempo」として、Metronom-tempoを決めますが、その「目標tempo」で練習をさせる事は絶対にありません。
それはstep by stepで、コツコツとtempoをupして行く過程で、あくまでも自分の位置を知るためのtempoにしか過ぎないのです。
もし、未だ未熟な内に『目標tempo』で練習したとすれば、それは練習ではなく、教室が戒めている『悪戯弾き』の延長になります。
それはこれまで頑張って積み上げて来た曲のlevelを崩してしまい、これまでの練習の過程を一瞬で無駄にする事になってしまうから・・なのです。
私達の教室では、先生が子供の技術力に合わせて、その時の練習のtempoを指示して、そのtempoで練習をするように要求しています。
仮にその生徒が目標のtempoで弾く事が出来たとしても、音や表現をcontrolが出来ない状態で演奏すれば、次にその曲を演奏した時には、完全に崩れて惨憺たる演奏になってしまいます。
ましてや、憧れや夢だけで、CDやDVDで聴いたproの演奏のimageで、子供に曲を演奏する事を要求する事は、子供達がそれまでに練習で積み上げた技術を壊す事になってしまいます。
proの人達は、何時間という単位ではなく、何十年という膨大な時間を掛けて、理想のtempoで自由に演奏しているのだから、それを見掛けだけの物真似で真似てしまっては、子供の成長を阻む結果になってしまいます。
私達は、その子供達の「臨界tempo」を正確に把握して、子供達の練習のtempoを決めているのだから、lessonで指導している練習の内容に口を出される事は、指導者としてはそれまでの指導の努力が無駄になってしまうので、非常に困ってしまいます。
生徒達も上級になると、指が結構速く回るようになります。
一般の場合には、音楽大学を目指す学生達は、最低でも毎日7時間、1年中休みなく練習をする事を強いられます。
しかし、超一流のproでも無い限り、人は7時間も集中を重ねる事は出来ません。
当時はproの演奏家として活躍されていた頃の清水和音さんが、徹子の部屋でのinterviewで、徹子さんに「あなたは4時間しか練習をしないそうですね?」と聞かれた時に、和音さんが「私の狭い部屋でPianoの音を集中して聴いて練習をするのは、4時間が限界なのです。でも、練習はPianoを弾く事ではないので、それ以外の時間も楽譜を手放す事はなく、音楽の演奏の事を考えているので、起きている時間は全て音楽の勉強にあてています。」と憮然として言っているのが印象的でした。
実際に、物心が付いた時から7時間の練習を欠かした事はない・・と豪語している某国立音楽大学の女子学生の練習に付き合った時に、練習に集中させて、練習をさせたら、なんと45分で根をあげてしまいました。
つまり、意識を集中して練習出来ていたのは、7時間の練習の内にたったの45分に過ぎなかったのですよ。
集中をしない状態でも練習を重ねると、controlが出来ていないままに、無意識に指が動くようになって、体が勝手に早いtempoで演奏する事が出来るようになります。
殆どの音大生や、困った事にprofessionalと呼ばれるpianistですら、意識的にcontrolをしないで指に任せて演奏する事を良し!としている人達を数多く見受けます。
勿論、意識的なcontrolをしないないままに、無意識の惰性で演奏をしているのだから、確実性に乏しく、ある意味Zirkus(=サーカス=曲芸)と言えて、失敗する時には、実にみっともない失敗の仕方をします。
でも、それを聴いている人達は、その演奏が無意識の演奏か、心を込めた演奏かの区別がつかないのだよな~??
ならば、無意識でも良いか???
教室の生徒達のお話にもどって、・・・
技術不足や練習不足で、本番の発表会で、「目標tempo」まで達成出来ない場合も、指導を重ねていると、ままありますが、それでも本人がcontrol出来るtempoを優先させる事は当然の事です。
一般の発表会のように、無理をさせて目標の演奏をさせてしまうと、発表は悲惨なものになってしまいます。
それ以上に、魂の無い、指だけの演奏は、教室では絶対的に忌み嫌うものだからです。
教室では、一般的な音楽に進む人達のように、毎日7時間,8時間と練習をする事を、『闇雲練習』を厳しく禁止しています。
それは、一つ一つの音に対して、意識を持たないままに、指だけを無意識に回すという練習であるからです。
世間一般の音楽を愛好する人達から、教室の生徒達が絶対的に信じて貰えない事があります。
それは、教室の生徒達の演奏技術のlevelと、練習時間の事です。
ましてや、複数の楽器を何気なく弾きこなしている事も、信じて貰えない事です。
「何故、そんな事が出来るの??」
集中力を大切に指導しているからなのです。
時間だけの闇雲練習というのは、生徒達の上達を妨げる最たる「間違えた練習」であるからです。
毎日7時間、8時間の練習を積み重ねるよりも、しっかりと意識を持って一粒一粒の音を大切にして3分間の練習、或いは10分間の練習をする事の方が、7時間の練習に勝るからなのです。
proを目指していると豪語している音大生でも、指だけで演奏をして音に対しての意識が無いまま、音楽の表現に関して無頓着な演奏している学生が非常に多い事は困った事でなのです。
・・というか、そもそも、音大生達には音楽を表現するという概念がないし、まだ演奏表現を指導する先生も非常に限られているのだよ。
また、日本の音楽家達は、演奏表現を、情緒的、感情的、刹那的に演奏する事と勘違いをしている人達が殆どであるのだが、実は名演奏家と称される人達の演奏表現には、細かい論理的な裏付けがあるのですよ。
その裏付けを全く知らないままに、tempoだけを真似をして名演奏家の演奏をcopyさせる・・という事は、結構みっともない猿真似の教育に過ぎません。
全く意味の無い、しかも演奏に意識のない速いだけの演奏というのは、音楽とは程遠いimitationの世界なのですよ。
brandというのは、大量生産なので、所詮は、企業が作り出した虚構の芸術に過ぎません。
本当の本物が分かる人達にとっては、意味のないものに過ぎないのです。
「芦塚先生のお部屋」⇒『インストmanual』⇒『Metronomのお話』⇒『臨界tempoのお話』
『本番tempoと練習tempoについて』
音を意識出来るtempoと、指だけで演奏するtempoの違い
Metronomで♪=80では音を意識出来るのに、♪=82になると意識が出来なくなる・・というそのギリギリのtempoを、芦塚methodeでは臨界tempoと名付けて、確実にそのtempoで弾けるようになるまで練習を積み上げる。そうすると、臨界tempoを82に上げる事が出来る。その82で練習を積み上げて次の84のtempoから、徐々にtempoを上げて行くという作業をする。
本番までにどのtempoで弾けるようになるのかは、その時点での生徒の水準で決まる。
徒らにproのtempoを目指しても、それは儚い夢に過ぎない。必要の無い・・挫折か、大きな失敗を産んでしまう。
一般の教室では、一度、与えた曲を再び演奏させる事は、余り無いようですが、教室では、一つの曲を年齢に応じて、何回も演奏させる事がよくあります。
その例をPianoの生徒の場合で上げるとすると、小学生の時にChopinのEtudeを発表会で演奏した生徒が、中学生、高校生の時に、同じ曲に挑戦させる事がよくあります。
しかし、その曲への指導は、小学生の時の指導と、中学生、高校生、大学生の時のapproachとその曲に対しての指導内容のNiveau(水準)は、その年齢と技術で全く異なって来るのです。


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2月1日恐怖の病院周り
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今週は千葉行きが2回で、一昨日のlessonと明日のオケ練習です。
来週、と言うか、次の月曜日からは、恐怖の病院巡りの日々が始まります。
火曜日に川崎の膀胱癌の定期検査があるので、火曜日の歯医者を月曜日に変更しました。※)
その次の日は、光が丘の糖尿病外来があります。
但し、腹部大動脈の検査は、半年後になったので、少しは助かっています。
※)なんと、月曜日の歯医者は5分で抜糸だけで終わってしまって、水曜日にもう一度行き直す事になりました。病院dayがまた1日増えてしまいました。
土曜日もone lessonが入ったので、ほぼ毎日塞がってしまいました。
今日は、朝から色々と雑用をしているのだけど、四日市の万古焼の糖質cutの土鍋の炊飯器を面白半分に買ったので、早速試してみました。




testなので、厳格に水分量や米の量を測って、時間も正確に書いてあるmanualに従って炊きました。
出来たご飯は、炊きたてを直ぐに食べるのにはちょうど良い硬さなのだけど、普段のように、保存して食べると少し硬めになるのかな??
普段用のためには、もう少し水を増やした方が良いかな??





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2月2日『才能と夢』
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『望めよ??さらば与えられん?? 』という言葉が ある
しかし この 『望めよ!』という言葉は、「望みさえすれば、何でも夢が叶う」と言う意味ではない・・と思うのだよ。
(私はキリスト教徒ではないからね??)
私はこの『望めよ!』と言う言葉の意味を、人間が砂漠の中で迷い渇して、一滴の水を求めるように、『一滴の水を渇望せよ!』という意味の言葉として説明している。
人間、生きとし生けるものにとっては、欲とは欠かせないものである。
親の業とでも言おうか、自分の子供が全ての分野で一番である事を望む親は多い。
音楽でも学業でも、大学でも、就職でも・・、人よりも優れている事を望んでしまう。
そんなに欲張りなのならば、「衆生が願う夢を叶えてやろう」と思っている神様も、困り切ってしまうよな??
・・というか、不思議な事に、自分の子供に、「たった一芸だけでも好きな道があれば・・」という親の方が、極めて少数派なのだよ。
親の業とは限りないものだよな??
『夢を叶えるには』という話は、この前後のPageに書いた覚えがあるので、そちらの方を読んで欲しいのだけど、先ずは「夢」を叶えられる人と、叶えられない人の一番の違いは、「夢」に対しての定義の違いである。
日本語では天才とか「天賦の才」とかで言われる言葉なのですが、英語やEuropaの言葉では才能を表す言葉は、実に沢山の言葉があります。
それだけ、「天賦の才」の価値を大切にして来た歴史があるのですよ。
才はtalentと訳しますが、能力はability になりますよね?
天才はgiftでしょうね??
私は英語は超苦手なので、後は皆さん自分達で調べてください。
一般の人達は「夢」を叶える事の出来る人間は、産まれながらの「天賦の才」を持っている人達だけだ・・と思っている人達が殆どではないでしょうか・・ね??
「天賦の才=神様から与えられた才能」所謂、天才という意味になりますよね??
しかし、『神から与えられし才能=Gifted』というものは、比較的に簡単に作り育てる事が出来るのです。
つまり、天才を育てる事は、比較的に簡単なのです。
親の指導、先生のlecture、その二つだけで充分なのですからね??
世の中には 生まれながらに 恵まれて、非常に多くのGiftedを 与えられている人を、極々稀に見かける事がある。
天与の才というか、神からの贈り物=Giftedというか、の稀なる才能の事である。
その極めて稀にしか得る事が出来ない神様が与えてくれるGiftedを、教室では一つのmethodeとして生徒達に与える事が出来るのだが、教育の過程でそのGiftedを身に付ける事が出来たとしても、残念ながら それを活用出来る人は、殆ど皆無であります。
先ず最初の関門は、そう言った・・「人には無い才能』を世間一般では疎んじる・・という傾向があるからです。
驚く事に自分の子供に対してjealousyを抱いて、子供の才能を無意識であったとしても、潰してしまう親もいるくらいなのだから・・。
殆どのGiftedの人達は、自分の能力を自覚しながらでも、周りからの軋轢に屈して、その天与の才を封じ込めてしまう人達が多いのです。
私が見ている限りでは、自分の周りでそれを活かす事の出来る人達は極々稀な存在なのです。
それこそ周囲の偏見やバッシングに負けないでGiftedを認める事の出来る両親や周りの人達が周りにいる・・という稀なる環境が必要となるからです。
また、自分が持っているGiftedの能力を認める事が出来ない・・それを正しく伸ばして真の天才になる・・という事が出来ない人達も数多くいるのですが、それは・・その天与の才が自分自身で努力をして得たものではないので、自分を認める事が出来ない・・という場合も数多くあります。
それは、偶然の環境で、産まれ付いて才能に恵まれた人達や、教室の優れたmethodeで、本人の意識とは無関係に、その才能を身に付ける事が出来たとしても、その人達の才能は、努力の結果、産み出された能力ではないので、その価値を見出す事が出来ず、一般の人達も持っているかも知れない普通の能力にしか見えないのです。
つまり、自分の能力に対して、その能力の価値を見出す事が出来ないからなので、それを活かす事が出来ないのですよ!
ここまでの話は、Giftedを持っているか否かのお話でしたが、しかし、そう言ったGiftedという能力の事よりも、人が自らの夢を達成出来るか否かは、その人自身の『欲求の度合い』、所謂、『望む』『 渇望する』というGedultの度合い=所謂、『価値観』によって、その夢が 達成出来るか否かが決まっていくのです!
幾ら、Giftedを持っていたとしても、教室で天与の才を与えられたとしても、それに対しての価値観が無ければ、当然それを活かす事が出来ないのは自明の理ではないでしょうかね~ぇ??
しかし、更に、『Giftedを持っていて、・・Gedultを持っていたとしても・・』
それが活かされる事は、稀なのです。
それは、その人を取り巻く環境がそのGiftedや能力を認めて育てて行けるか??です。
またその夢を子供当人だけでなく、親や周りの人達も持っていて、環境が整っていて、『渇望する事』が出来たとしても 、一旦、間違えた道を歩いてしまうと、どのように努力したとしも、夢は達成出来ないのです。
音楽の世界に限らず、Olympicのようなathleteにとっても、ballerinaのような舞台芸術を目指す人達にとっても、それと同じぐらいに道を惑わせるものがある。
それは 自分を導く指導者の選択や、環境の選択を誤ることです。
人生を未だに学習しているに過ぎない未熟な年齢の子供達に取っても、大人であったとしても、音楽の世界にはamateurであるに過ぎない人達に取っても、その道で正しい道を選択する事は至難の技で あることは否めない事実である。
しかし、そういった芸術の世界に無縁である人達が、拠り所とする事は、『有名である』という事か『権威がある』という事だけであろう。
しかし、幾ら技術を持っていたとしても、技術しかない演奏家や大学の教授では、Giftedの能力のある生徒達を指導する事は出来ないのだ。
つまり、音楽の世界では、『技術を持つ』という事は、proと呼ばれる無数の人達のlevelに過ぎないのだ。
分かり易く言えば、車の運転免許や、調理師の免許を貰ったに過ぎないのだよ。
幾ら優れた技術を持っていたとしてもOlympicのathleteは、proとしての芸術家と呼ばれる事は無いし、技術を学ぶ事の延長線上で、芸術家を産み出す事はない・・という事は意外と知られてはいない。
その 大きな二つの 壁によって『夢を叶える』と言う単純な事が殆ど現実不可能なものとなっているのだ。
しかし、逆の立場から言わせて貰えるとすれば、正しいmethodeの下で正しい指導下で、正しい努力を続けて行くのならば『夢を達成する』という事は、然程難しい事ではないのだ。
否、寧ろ、超、簡単な事だとも言えるのだがね??
私の友人の言葉を引用するとすれば、そう言った人生の選択が出来るか否かがその人の能力なのだよ。淘汰なのだよ!という事だそうな??



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2月3日windows10にupgradeしたら、cardreaderが ・
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今日は2月の3日の月曜日(ヒョットして節分の豆まきの日かな??)
今日のmain-eventは歯茎の抜糸です。
治療中の歯茎が痛くって、口の右片側半分でしか食べれないので、何を食べても味がしないし、食欲が・・・、落ちないのだよな~ぁ??
歯茎を切ったので、少しは『食欲がなくなって痩せる』・・と期待したのだけどな~あ??
今日の歯医者は6時からの予約だったので、いつも同様に15分程前に着くように出掛けたのですが、早めの5分前に治療が始まって、何と抜糸だけで、予約時間の6時までには治療は終わってしまいました。
明日も病院に来るように言われたのですが、明日の火曜日は川崎の病院の予定なので、その次の日の水曜日に差し歯の土台を作る事になって、またまた歯医者に行く事になってしまいました。
ならば、3分間の治療ではなくって、今日中にやってしまえば良いのにね~ぇ??
「何故、先伸ばしにするのか?」歯医者のする事はよう分からん??
1月の初めに、ハイツのmainのパソコンをwindows7から10へupgradeして、cardreaderが使えなくなっている事に気がついた。
パソコン本体のSDcardのconnectorは結構早い時期から接点の不良で使えなくなっているので、cardreaderを使用してSDcardからdataを取り込んでいます。
video-cameraのdataは基本、SDcardで保存されるので、オケ練習や発表会等の動画のdataは、SDcardだけをハイツに持って来る事になります。
古い方のsubのwindows10のパソコンでは、そもそもSDcardの端子がありません。
パソコンの本体はBlu-rayのdisc -driveだけで、USB端子すらありません。超スッキリしたものです。
仕方がないので、後ろから外付けのUSBの端子をくっつけてdataを取り込んでいます。
まさにTablet感覚のパソコンに過ぎません。パソコンとはとても呼べないものです。それでも一応はDesktopなのですがね??
cardreaderはSDcardからUSBの端子に変換して使用するので、古い方のsubの10のパソコンでも、問題もなく使えるのだけど、grade upした方のmainのパソコンでは、cardreaderが全く使えなくなってしまったので、SDcardからのdataの取り込みに、超困ってしまいました。
mainのパソコンでは、windows10にする直前迄は、問題もなくcardreaderが使用出来ていたので、その原因が全く分からないのだけど、その原因として考えられる事は・・
①cardreaderの機種が結構古くれたなってしまったので、パソコンをversionupした事によって使えなくなったせい・・(速度が2,0から3,0に上がったせいで、古いcardreaderが使えなくなった)なのかも知れないし、・・・
②パソコンをwindows10にupgradeしたせいで、cardreaderが読み取れなくなったのかもしれない※)
※)この文章は理解不能ですよね?
言いたい事は、パソコン側に問題があるのか、cardreader側の問題なのか・・そのどちらの原因なのか・・という事を判断しなければならないので、別のcardreaderが必要になりました。
ハイツには予備のcardreaderは無いので、そのcheckのためだけに椎名町まで出かけて、椎名町用のcardreaderを借りに行くのも時間と労力の無駄で、面倒くさくってカッたるい・・ので、夜食で椎名町に行った時に持って帰る事にして、取り込みの作業は保留にしました。
しかし、しかし、・・という事は、昨日のオケ練習の動画をパソコンでは見る事が出来ないので、オケ練習のcheckが遅れてしまいます。
仕事を先送りにしてしまうのは、私の性格では『許せない事』なので、2重手間なのですが、subの古い方のwindows10のパソコンに一次的にcardreaderを使用して昨日のオケ練習のdataを取り込んで、それからパソコン同士の共有設定を使用してmainのパソコンに動画を持っていって保存をし直しました。
唯、単に昨日のオケ練習をパソコンに取り込むだけなのですが、『古い10に取り込んで、共有のnetworkに保存して、それからmainのパソコンのfolderに保存をし直す』という二度手間で、その都度、取り込みに、超、時間が掛かってしまった。
・・・という事で、肝心要の『昨日のオケ練習について』・・なのですが、
普段の練習の時には、C.P.E.Bachの2曲が結構膨大な曲であるだけではなく、古典派のstyleの典型的な曲なので、練習の課題が多くて、どうしても練習が時間内に収まり切らなくって、その2曲で練習の時間が伸び伸びになってしまって、最後の超難曲である『WeberのviolaのためのAndante e Rondo ungarese』と『Vivaldiの夏』の練習時間が、いつも失くなってしまうので、昨日は夏のsoloを弾く紗來ちゃんがインフルでお休みだったのだけど、3回オケ全体のprogramを逆さまにして、program最後の『夏の練習』から始めました。
『始めて組』の生徒達は、capacity的に5時迄のgroupとして無理の無いようにprogramを組んでいたのですが、小学3,4年生の子供達自身が「夏やWeberの超難曲にも挑戦をしたい!」と申し出てくれたので、子供達の意欲ややる気を優先する事にして、技術的にはかなり難しいので、子供達がapproachをする事は、無理難題だとは思ったのだけど、子供達の意向を優先する事にして、曲の出来上がりのNiveau等々は、この際、問題にはしない事にしました。

・・・とは言っても、『始めて組』の生徒達がしっかりと学ばなければならない基本中の基本である古典の演奏法の勉強の曲であり、3回オケの最初のprogramでもある『C.P.E.BachのPiano-concerto』の練習に、どうしても練習の時間(lectureの時間)が取られてしまって、超絶に難しい最後の2曲にいつも時間的な皺寄せが来てしまい、どうしても練習が雑になって、子供達に任せてしまう・・という事になってしまうので、夏とWeberのviolaの曲の丁寧な練習をするために、・・という事と、超絶に難しい曲に挑戦している『始めて組』の練習のために・・、今回は思い切ってprogramを逆にする事にしました。
勿論、そうなると、5時に帰る予定の子供はWeberとVivaldiの2曲を降り番をしなければならない・・というriskを背負う事になります。

オケ練習のprogramは子供達のcapacityに合わせて(Aprogramの場合には・・)3時outの生徒と、5時outの生徒、最後の7時過ぎまでの生徒達に合わせて、練習のprogramを作っているのです。
・・ですから、基本的には、曲のcapacityが3時までのgroupの生徒達と、5時までのgroupの時間は変える事が出来ません。
かほちゃんの場合には普段のオケ練習では、5時までのgroupなので、Vivaldiの春とWeberのviolaの曲は初見演奏になるのですが、お母様にお迎えの時間を遅らせて貰って、初めて7時までの練習に挑戦しました。
まあ、体験学習ってな感じですよね。
最後まで、なんとか頑張る事が出来ましたよ。
そこは体力勝負ですよ。
やって見るもんだよな??


コメント
芦塚 陽二
2月2日の練習風景です。

VivaldiのgとDⅠ楽章 芦塚千葉音楽教室の2月2日の練習風景 - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=0NjIx31cCYM
芦塚千葉音楽教室の4月5日の春の発表会に向けての練習風景VivaldiのgとD
YOUTUBE.COM
芦塚千葉音楽教室の4月5日の春の発表会に向けての練習風景VivaldiのgとD


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2月5日エアコンのコードが
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窓の上の壁に取り付けられているエアコンのコードがぷらぷらとぶら下がっていて、みっともないので、コードのcoverを電器店で買って来て、糸鋸で切って壁に取り付けました。

  



これで業者がやったように見えるかな??アハッ!


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2月5日memoを書いたままで、timerをsetする事を忘れてしまっていた。
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今日は、超ドジをやってしまった?
普段ならば、 定型外のアポイントは、必ずtimerに予定時間のsetをしておくのだが、 今回は急に決まったのでmemo書きをしたままパソコンの前にmemoを書いたままで、timerをsetする事を忘れてしまっていた。
目の前にmemoがあるのに、気がつかなかったのだよな??
昨日の川崎への病院への疲れで、体調が戻っていないので、無理をしないように、のんびりと体調を労わりながらパソコンの作業をしていたのだが、ふと、時間に気がついたら、歯医者の予約時間の5分前だった。
超、大慌てで、体が動かないのを無視をして大急ぎで準備をして、パソコンの電源も消さなままにして、bikeを飛ばして歯医者に駆けつけたのだが、それでも15分も遅れてしまった。
今日は歯茎の型を取って終わった。
次の火曜日も休日で、月曜日も予約で満員らしく、次の水曜日は糖尿病の外来で光が丘に行くし、木曜日は歯医者の休日らしいので、次の予約日は金曜日という事になってしまった。
予定外の日の10日の月曜日から、14日の金曜日までと10日間近くintervalが開いてしまって、予約日が不定期になると、どうしても、時間の調整が上手く行かなくなってしまうのだよな??
予約が不定期になると、どうしても予定を忘れてしまうのだよな??
「timerをsetしたら良いのでは?」と思われるかもしれないが、いつもtimerの近くにいるとは限らないからね??
特に、timerをsetする事を忘れないようにするには、特定のtimerにsetをしなければならない。
私の場合には、数多くある電子時計ではなく、普段持ち歩いている携帯なのだが、人前にいる時に突然にtimerが鳴り始めるのも困ってしまうので、外出する時にはtimerを切ってしまう場合が多いのだよ。
だって、人とお喋りをしている時に、timerが鳴ったら超失礼だろう??
今日は一日、暖かい日にちで、とても良い天気だったそうなのだけど、歯医者から帰る時には、もう既に冷たい北風が吹いていたよ。
「bikeが吹き飛ぶのではないか??」と思う程に強い風が吹いていた。
今日の夜の『椎名町行き』と『ドルプリっ歩』は、大変そうだよな??
4日は立春だと思ったのだけど、明日の6日は今年最低の寒さだそうな??



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2月6日ボールペンのお話・
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川崎の病院に行く途中の駅ビルの中の書籍売り場で、0.7mmのボールペン(※)とお洒落なmoney-clipとA5版のnote-coverを買ったのだが、ボールペンの頭が飛び出していて、balance的に不釣り合いと思っていたのだが、消しゴムが隠れている事に気がついた?
確かに、シャープペンが付いているので、消しゴムはgunstig(便利なの)かも知れない??
ふと「消しゴムのsizeがタッチペンの取り付けネジのsizeと同じだよな?」と思いついて、ボールペンに取り付けて見た所までは良いのだが、なんと画面上で動かしても、作動しない?
つまり、Stemが金属でないと通電しないのだよな??



折角、思いついたのだが、「**の考え、休むに似たり」の思い付きだった?
※)「何故、何本も買い揃えているボールペンをまたまた買ったのか??」というと、私が愛用している4+1のボールペンはシャープペンに2Bの芯を入れているのだけど、軸の太さが0.5㎜なので、本当はもう少し大きめの芯を入れたかったからです。
私的には1㎜ぐらいがbestなのかな??
私達音楽家の場合には、通常、殆どの音楽家の同様に、三菱のhigh-uniの2Bを基本的に使用しています。(三菱からは何も貰っていないよ!!)音符を書くにはそれぐらいの柔らかさが必要だからです。


〔ボールペンとタッチペンの写真だけが、単独にupされて、コメントも何も表示されていなかったので、写真を削除をしたら、この文章にupしていた写真も削除されてしまった?
完全にFacebookがおかしくなっているようだ?携帯には写真は削除されないままに、残っていて削除が出来ない状態なのだが・・・・??〕
昔々、私達が、まだ万年筆を使っていた頃、私の学生時代には写譜ペンが無かったので、極太の万年筆を、黒のインクで万年筆が詰まらないように、軸の中の芯を抜いて貰って、音符を書いて、細い棒の線はもう一つのペン先の細い万年筆で、2本の万年筆を使用して書き分けていました。










私がnotation用に使用していたinkは、pelicanのreal-blackというink(非常に乾きが悪いので、取り払いには極めて注意が必要なのですが・・、黒い色がとても素晴らしいのですよ。)を使用していました。このinkは完全に乾く事はありません。1月以上経っても、指が触れると擦れて滲むのですよ。




非常に高価な万年筆としては、長崎の万年筆の専門店の人に「物書きならば、これぐらいの万年筆は持っていないと・・!!」と、口説かれて、九州に2本しか売っていないというモンブラン=Montblancの極太の万年筆を買ったのですが、細くpenを横にして書く時に、線が途切れて書けない時がよくあったので、東京のモンブランのヒッターの所に持って行ったのですが、「あなたは楽譜を書くのは素人なので、万年筆を使いこなせていないのです。」と言われてしまい、頭に来て、その後二度とモンブランの万年筆は手にしませんでした。
そのMontblancの万年筆は、当時の東大卒の初任給の3倍以上の値段で買ったものなのだけどね??



「何で、たかが大学生の頃に、そんな高価な万年筆が買えたのか?」という事ですが、大学生時代には、家からの仕送りがなかったので、やむなく、稼ぎ捲っていて、超お金持ちだったからなのですよ?
それこそ東大卒の友人達の3倍以上は稼いでいたのですからね??
勿論、東京のMontblancのフィッターが調整した後でも、相変わらず音符の縦の細線は途切れて書けなかったので、使い慣れた安いpilotやsailorの万年筆を、音符を書く仕事では使い続けていましたけれどね。
手に馴染んでよっぽど使い易かったからです。
高価なMontblancの万年筆は未だに陽の目を見る事もなく、お倉に入ったままです。
今でも探せば何処かにあるとは思うけれど、今では、万年筆自体を全く使わなくなってしまったのでね・・・??


Montblancの写真の上のskeletonの万年筆は同じドイツ製のPelikanの万年筆です。
最後の小さな2本の万年筆の写真は、大学講師時代に愛用していた超小さなspare-ink式の万年筆です。この頃から、万年筆はcartridge式に変わって行きました。
この愛用の万年筆なのですが、実はmakerはどこか不明の1点物の万年筆です。
capの頭に色を塗っているのは、大学の授業で添削をするための赤inkの万年筆と、普段使いの黒の万年筆をいつも2本携帯していたので、どちらがどの色かを区別するためです。
今はすっかりと万年筆を持ち歩く習慣はなくなってしまい、音符を浄書する事もなくなってしまったので、万年筆を手にする事は全くなくなってしまいました。
「気に入った万年筆を持ち歩く」という事は、物書きのstatusのように思っていた若い頃もあったような気もしますが、そういった万年筆を持ち歩くという習慣が失くなってしまった今では・・、今更に、万年筆を見ると、時の流れを感じてしまいます。

昔勉強して来た事や、生活習慣にしていた事等が、今はすっかりと、無価値な事になってしまって、思い出す事さえ稀になってしまいます。

そう言った多くの事を思い起こすと、寂しいような、気がして来ます。

その内に、私がこの世に存在した事さえ、誰の記憶にも上らなくなってしまったりしてね??
まあ、しかし、忘れ去られて逝くのも世の常です。

どうでも良いような・・・、良くないような・・・??
嘘か本当かは知りませんが、Bachが書いた詩と昔のレコードには書かれていました。所謂、「パイプの歌」です。

世俗cantataでは、時折歌詞の補筆もしていたようですが、これは多分・・・??どなたかの詩ではないのかな??

So oft ich meine Tobacks - Pfeife,
Mit gutem Knaster angefullt,
Zur Lust und Zeitvertreib ergreife,
So gibt sie mir ein Trauerbild -
Und fuget diese Lehre bei,
Das ich derselben ahnlich sei.
Die Pfeife stammt von Ton und Erde,
Auch ich bin gleichfalls draus gemacht.
Auch ich mus einst zur Erde werden -
Sie fallt und bricht, eh ihr's gedacht,
Mir oftmals in der Hand entzwei,
Mein Schicksal ist auch einerlei.
Die Pfeife pflegt man nicht zu farben,
Sie bleibet weis. Also der Schlus,
Das ich auch dermaleins im Sterben
Dem Leibe nach erblassen mus.
Im Grabe wird der Korper auch -
So schwarz wie sie nach langem Brauch.
Wenn nun die Pfeife angezundet,
So sieht man, wie im Augenblick
Der Rauch in freier Luft verschwindet,
Nichts als die Asche bleibt zuruck.
So wird des Menschen Ruhm verzehrt
Und dessen Leib in Staub verkehrt.
Wie oft geschieht's nicht bei dem Rauchen,
Das, wenn der Stopfer nicht zur Hand,
Man pflegt den Finger zu gebrauchen.
Dann denk ich, wenn ich mich verbrannt:
O, macht die Kohle solche Pein,
Wie heis mag erst die Holle sein?
Ich kann bei so gestalten Sachen
Mir bei dem Toback jederzeit
Erbauliche Gedanken machen.
Drum schmauch ich voll Zufriedenheit
Zu Land, zu Wasser und zu Haus
Mein Pfeifchen stets in Andacht aus.




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2月6日『trillのお話 original譜とornament譜併記』
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今日は2月6日の木曜日です。
今週は毎日病院通いですっかり疲れてしまい、日曜日のオケ練習の動画もそのままになってしまって、今日、やっと、朝からBlu-rayに焼き終わった所です。
立春が終わったというのに、ハイツの部屋には北風が吹き込んで部屋の中でも超寒いのですよ。
埃よけとして掛けてある風呂敷が部屋の中で風に舞っています。
なんと、練馬区は今日は0℃だそうです?
そりゃぁ、寒い?????
深夜の4時から朝の6時までは更に冷えて、-1℃になるってよ???? 冷え~????

『trillのお話 original譜とornament譜併記』
2月2日の日曜日のオケ練習では、baroque時代のaccent-trillについての演奏法のlectureをしました。
trillは日本語では、「顫動音(せんどうおん)」とか、「震音(しんおん)」とかに訳されているようなのだけど、私はその日本語訳の言葉を一度も、聞いた事も見た事も実際には一度もありません。
私達音楽家は、trillは常にtrillとしか言いませんが、オケ練習では面白半分で漢字の勉強をして見ました。
よく知っているはずのtrillなのですが、改めてtrillの説明をnetで調べて見ると、「元の音と2度上の音とを早く繰り返し弾く」という説明が書いてあります。

しかし、元の音から下に掛けるtrillをmordent=モルデントと言います。
melodieの頂点を表すDouble-mordent=ダブルモルデントというtrillの演奏表現もあります。
顫動も震も素早く震えるという意味で、痙攣するような意味の漢字を当てていた楽典の本も昔はあったようです。

つまり、日本語訳でも分かるように、日本ではtrillは、常に、素早く鋭く弾かせるようですが、その解釈は音楽史的には正しくはありません。
実際のtrillの演奏表現では、多種多様のtrillが存在します。

その幾つかの例をあげるとすれば、音の強拍を表すtrillや、accentを表す素早い鋭い短いtrillと、その逆の弱拍を表現するゆっくりと演奏するtrill、また拍頭の音がTieにされる事で拍頭をズラす事によって、より柔らかな優しい表現になるpralltriller=プラルトリラーと言うtrillもあります。

violinやfluteのような作音楽器と違って、Cembaloやorgelのような鍵盤楽器では(Clavichordや現代のPianoを除いたら)touchで音の強弱を演奏する事は出来ないので、音の強弱やintonation等の演奏表現を装飾音で弾き表していました。
装飾音の中のtrillerは、基本的には、そう言った演奏上の拍節法=articulationやAgogikの表現をするために使用されていました。
またtrillは、Cembaloのように音の減衰が早い音の持続を表すために長いtrillが使われる事がありました。

また、CembaloやOrganの場合には、crescendoやdiminuendoが出来ないので、遅いbeatから徐々に早く演奏して行くcrescendoを表すtrillerや、遅いbeatから徐々に早く弾いて、再び遅くする「膨らまし」を表現する不均等なbeatで演奏されるtrill等々、思い付くだけでも多種多様なtrillがあるのです。

基本的には、trillとvibrato=ビブラートは同じ速度で演奏します。
詳しくは、私のhomepageの「芦塚先生のお部屋」から、を参照にしてください。
「芦塚先生のお部屋」⇒「教材研究とAnalyse」⇒「Couperinの修道尼Monica」


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2月8日『自宅の整理整頓』 ・
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今日は2月7日の金曜日です。
今日の東京の気温はなんと-2.1℃だったそうです。 
冷え~~??
昨日は北風が部屋の中にピューピュー吹き込んで、部屋のガス・ストーブを幾ら全開にして焚いていても、温度が上がらず、超寒かったのだけど、実際には、今日の方が温度は低いのだよな??
でも今日は風が吹き込まないので、今日の方が部屋の中の温度は、少しは楽です。
『自宅の整理整頓』
インフルでlessonを受けられなかった生徒が、「lessonを受けたい?」と言って来たので、本来的にlessonをするとすれば、千葉で前回に入り切れなくなった数人のlessonと一緒にlessonをすれば良いのですが、千葉のlessonの都合で私のlessonを割り込まさせる事が難しいし、私の体調の問題もあるし、基本的には生徒側の病欠の場合には、補講はしないのが原則なのですが、生徒の熱意はとても大切にしてあげたいので、『体調不良だとしても江古田の自宅でlessonをするのならば、体調には関係なくlessonが出来るのではないか??』と思い立って、東京でlessonをする事にしました。
とは言っても、椎名町教室では、土曜日のrotationのlessonが入っているので、江古田の自宅の玄関側の部屋を、斉藤先生の生徒で、椎名町のlesson室に行くには、電車の都合で遠い人達に、江古田ハイツの一部屋を貸出していたので、それ以外の部屋にも、人が入る事が出来るように、自宅の部屋の整理を始めました?
・・とは言っても、突然に・・なので、断捨離とか、終活とかの、本格的な整理整頓ではないので、部屋が完全に綺麗になる事はないし、一人でコツコツと体調に任せてやったとしても、出来る事は或程度限られて来るので、まあ、「何処迄を持って、善しと妥協するかな」・・という事なのですがね?
・・取り敢えずは、lessonのための緊急の話なので、一部屋を犠牲にして、他の部屋の雑多な物をその部屋に放り込むだけの整理整頓です。
まあ、『何処までで善し』と妥協するのかな・・という事なのですがね?
『ハイツでlessonをする』とは言っても、作曲家の自宅の部屋であるにも関わらず、pianoが置いてなく、Keyboardが2台と、2段鍵盤の大型cembaloしかありません。mansionは江古田でも、とても古いmansionなので、住人もお年寄りが多くて、Pianoの練習や作曲を出来る程に、防音が出来ているmansionではないからです。人に音を気にしながらの作曲は出来ないからね??その点、Keyboardならば音量の調整もheadphonで曲を練習する事も出来しね??
・・と言う事なので、Cembaloのlessonは出来ても、pianoのlessonは出来ないので、基本的には弦楽器のlessonしか出来ないのですよ?
この所、鬱が再発して、体調的にはあまりよくないので、1週間程前から少しずつ出来る範囲で、部屋の整理の作業を続けています。
部屋の整理と言っても、たった一つの物だけを移動させて、それで終わりの日もありますが、それでも1週間も経つと、それなりに人を通せる部屋が出来上がります。
勿論、昔の接客室からは程遠い部屋なのだけど、精神的にはまだ断捨離が出来ないので致し方ありません。
断捨離は気長に、思い付いた時に、その時その時でする事にしています。




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2月10日『音人の会』
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昨日の2月9日の日曜日は『音人の会』で、しかも満月でした。
「なんで子供は参加出来ないの??」って、子供達が文句を言っていましたが、建前では、一応alcoholの飲める大学生以上からの参加が基本なのですが、今回は大学生の人達は都合が悪くて、誰も参加しませんでした。例外的に音楽に進む生徒の場合だけ、高校生以上から参加をして色々な場所での演奏やcommentに対しての慣れをさせる(事が)あります。
つまり、例外としては・・です。
子供達の場合のmainは子供達の希望で、唐揚げを中心にしてチキンライスがmainの料理ですが、発表会でお手伝いして頂いた保護者の人達の打ち上げを子供達の反省会とは別にやっていたのですが、人数が少なくなったのと、オケ練習の予定が入り切らなくなったのと、子供を連れた方達が多くなった
ので、子供の反省会と合同でするようになりました。
という事で、子供達の反省会のmenuも少し大人よりになっています。



さて、音人の会のrecipeのお話に戻りますが、写真の赤みは馬刺しではなく鯨のお刺身ですよ。
馬ではありませんよ。
今回は余り酔っばらわないで最後迄お話のお相手が出来たと褒めて貰いましたが、それは前日の睡眠時間との関係で体調が決まります。
今回は前日の睡眠が上手く行ったのかな??
でも、後片付け等々が長引いて、美紀先生にも最後まで手伝って貰ったのですが、すっかりとバテてしまいましたので、月を見るゆとりも、その時間もありませんでした。
帰りの車では、初めての事なのですが、雪のマークが表示されていました。
テレビでも、雪になるかも知れない・・と予報されていたのですが、でも千葉の花園から東京の椎名町に荷物を運んで、江古田のハイツに戻るまでに、雪は降る事はありませんでした。
日曜日は満月なので、お月様が綺麗だったはずなのですが、余りにも寒かったので、天空を見上げるゆとりはなかったのだよな??


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2月10日寿司屋の夢
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今日は2月10日の月曜日です。朝からうだうだと、仕事にもならない作業を片付けていたら、疲れが突然ピークに達して意識朦朧として来たので、慌ててベッドに入って寝ました。
それは良かったのですが、夢で小汚ない寿司屋のような店に入ったら、鮨は置いていないと言われて、大きなカチャカチャのようなホッチキスのような物で鮨を作って出してきたのだけど、ホッチキスからお皿に、鮨を入れる時に床に落っことして、食べれなくなってしまいました。
「俺の鮨は一個6万するのだけど落っことしたから、ビール代だけの二千6百円でいいや」と若いあんちゃん風が言うので、「コップ一杯のビールにしては、エライ高いなぁ?」とは思ったのだが、ぼったくり寿司屋だから、諦めて、お金を払おうと羽毛のジャケットのポケットに手を入れようとするのだが、絡まって手が入らない。
ジャケットを脱いで何とかポケットを探すのだがますますあちらこちらに絡まって手が自由にならなくなって、お金が取れないのだよ。
ポッケの中のお金を忘れたのならば、スペーアーの非常用のお金が財布に入っている・・という事で、お財布を探そうとするのだが、服に絡まって手が動かないので格闘をしている所で目が覚めた。
布団のカバーに手が絡まって引っこ抜けなくなっていたのだよ。
いやあ~、マジ悪夢であった!!
ぼったくりの寿司屋は、昔々従兄弟が江古田の寿司屋にフラリと寄ってビールを1本とマグロの握りを頼んだら、4万円を請求されてぼったくり寿司屋だと言っていた店があった。
弟子が「その寿司屋に行こう!」というので、「そのお店はぼったくりではないの?」と言ったら「普通だよ!」という話で、そこでバイトをしていた事もあるそうなので、連れて行って貰ったら、超美味しい寿司屋でそれから10年近く懇意にする行き付けのお店になる・・。
お店のあんちゃんに、従兄弟の話をしたら、二度と来て欲しくないお客には、時折、ぼったくりの値段を付ける事があるのだそうな??
流石は寿司屋だよな??
もう一人の大学生の弟子は夏休みに10日間のバイトをして、バイトが終わって、渋谷で寿司屋に入って打ち上げをしたら、10日間のバイト代を全部取られてしまった・・という話だった。
寿司屋がトラウマになっていなければ良いのだけどね??
「値段の書いていない寿司屋には入ってはダメだよ!」とadviceをしたのだけど、夏休み10日間のバイト代は戻って来ないのだよな??
ぼったくりの寿司屋の話は限がないのだけど、昭和30年代の頃に皇居からも注文がある有名な寿司屋にアナウンサーになったばかりのもう一人の従兄弟が、一人で入ってコップのビール一杯とマグロの握りを一つ頼んだら、16万請求されて、流石に、交番にねじ込んだのだけど、宮内庁からも注文のあるお店なので、「鮨の値段は・・??」・・という事で取り合ってくれなかったという。
昭和30年代の話だよ!!
当時の16万って、今では幾らになるのかな??
知らない寿司屋は超怖いよな!!
北九州に東京から飛行機に乗って芸能人が食べに行く寿司屋があって、「超高いから・・」と周りの人達が止めるのも聞かないで、食べに出掛けた。
店主のおじいさんが私の顔を見て、「今日は魚が入っていないので・・」と入店を断られてしまった。「じげもんしかないので、とても出せるようなネタはない」と言っていたので、「私はじげもんが食べたいのだよ!」と言ってお店に入った。カウンターに指を洗う水が出ていて、唇を拭く小さな布と指を拭く布が別に出た。魚は色々と細工がされていて、醤油を浸けて食べる鮨は一つも無かった。正に私の超好みの味で、2往復も食べてしまったのだけど、東京のブった寿司屋よりも超安かったのだよ??
人に寄ってエライ値段が違うようなのだけど、ボッたくるような人には見えなかったけれどな??
その後、2年程経って、その店に再び行ったのだけど、店主がちゃんと私の味の好みを覚えていたのは、流石だったよ!!
EGさん達が、わざわざ飛行機で食べに行くのも良く理解出来るよな??
中野警察の隣の寿司屋の話もあるのだけど、まあ、これくらいにしておくか??
何とかbedから起き出して、携帯を見ると、先生達が帰って来る時間をとっくに過ぎていたので、大慌てで椎名町までbikeを飛ばして、何とか食事に間に合って、相も変わらぬ雑炊を食べて、それから急いで帰ったのだけど、駐輪場の入口で煌々とした明かりを見上げると、満月の右端が少し欠ていた・・のかな??
9日の音人の会が満月だったから、今夜の10日のお月様は十六夜かいな??
相変わらず、超寒い!!




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2月12日『ひかりヶ丘の診察日のお話』 ・
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今日は、2月の12日の水曜日、光が丘の病院の検診日です。
朝は5時半の病院に行くためには、best-timingの時間に目が覚めたのですが、立春を過ぎたので、『春眠暁を覚えず』と言う事で、布団の中から起き出す事が出来ず、うだうだやっています。
bedから起き出すための一番良い方法は、部屋の明かりを点ける事です。
部屋が明るくなると、否応なく強制的に目が覚めてしまいますからね??
・・という事で、6時には何とか起き出して、ひかりヶ丘に行く準備を開始しました。
9時からの診察なのですが、実際には、予約時間は診察時間の予約なので、それまでに検査室に行って、血液検査や検尿を済ませておかなければなりません。
・・また、診察室での受け付けの前には、体温と血圧のcheckをします。
・・と言う事なので、診察時間の30分前には、病院に到着するように8時半のinを目指して、8時にハイツの自宅をbikeで出発します。
江古田の自宅から病院までは、bikeで約30分の道程です。
8時半には病院で手続きを済ませて、先に血液検査や尿検査等を済ませて診察室の前で待ちます。
予約は一応9時なのですが、10分ぐらいはゆとりを見て、診察室の待合に行くのですが、どこの病院でもそうですが、ゆうに1時間は待たされてしまいます。
最短でも30分、最長の場合には2時間ぐらい待たされて診察なのですが、私の体調は可もなく不可もなく、いつも同じくらいなので、取り立てて先生と会話する事もなく、通常の場合には、診察は3分から5分で終わります。
先生から、いつも注意される事は「痩せろ!」の一言だけですが、「痩せろ!」で痩せられるのならば、病院も糖尿病外来も必要はないのですがね??
ただの血液検査と尿検査ならば、個人の町医者でも良いと思うのだけど、練馬区には個人の町医者で糖尿病の専門の病院は1軒しかなくって、その病院は常に患者が満員で、新規の患者は受け付けていないそうなのですよ。
競合する病院がなければ、当然そうなるよね??
・・という事で、どうしても巷の医者に掛かるとなると、一般の内科や他の科の専門の病院で糖尿病を診て貰う事になるのですが、それで前回はミスったしね??
やはり、私のように、病気や加齢がここまで来ると、専門の外来でないと安心出来ないし・・ね??

2018年の9月に突然血尿が出て、慌てて、ひかりヶ丘の病院の泌尿器科の外来に飛び込みで行ったのですが、糖尿病の外来に掛かっているので、紹介状を書いて貰わないままに飛び込みの検査をして貰いました。
主治医が院長先生だと、こういう時にはとても助かります。
泌尿器科の先生も、バイトの先生だったのですが「バイパスの手術をして10年以上も経つのに、一度もCT等の精密検査をしていないなんて・・」と怒られてしまい、そのCTの検査で、膀胱癌と腹部大動脈瘤の切迫した状態が見つかって即、入院となりました。
本当は開腹手術の予定だったのですが、それでは負担が大きいので、second opinionで川崎の腹部大動脈瘤専門の病院に行く事にしました。
そこで、ステントの手術を受ける事が出来たので、またまたひかりヶ丘の病院で膀胱の手術を受けるのも面倒くさいので、膀胱の手術もそのまま継続して川崎で受ける事にしました。
ひかりヶ丘とは違って医者の年齢層が少し高いので、お喋りをしていても、安心感があったのでね。
それに、年間の手術件数が、ひかりヶ丘とは全く比較対象にはならないしね??

私が、10年以上もCTの検査をやっていない・・という事なのだけど、巷の個人病院にはそういったものはないしね・・?? 
個人の病院だったのだけど、循環器の専門の病院だったので、体の事は任せてしまっていたのですよ。
まさか、心臓以外の所が悪くなるなんて、思いも寄らなかったので・・ね??
人間ドックを受けても引っ掛かったかどうかなのですがね??
話を戻して、朝の8時半の病院到着を目指して、8時10分程前にはひかりヶ丘の病院に向けて、ハイツを出発したのですが、朝が早い事もあって、超寒い事・・寒い事・・、ヒートテックの下着の上は普通のズボンだったのですが、風がスカスカと抜けて、震え上がってしまいました。
手袋も一緒に注文した防寒用の手袋のハズだったのだけど、指先が寒くて痺れてしまいました。
それでも頑張って、検査予定の8時半の10分前には到着して、検査を終わって、診察の受付に行ったら主治医の院長先生はお休みだという事で、代わりの先生が見てくれたのだけど、検査結果は血糖値や血糖値、それに前の川崎の膀胱の検査のdata等々、全ての結果が、data的には悪くなっていて、特に腎臓の機能が低下している原因について、勿論、造影剤の使用が主な原因ではあるのだけど、それ以外の可能性についても、色々とadviceを貰いました。
その着眼点が、これまでの川崎やひかりヶ丘の諸先生達とは、全く違っていて、大極的に水腎症の可能性や、膀胱癌の状態からも、腎臓の機能が低下する事があるし、糖尿病が続いているので、眼科にも行って診断をして貰うように、色々と多種多様に渡って指示されました。
但し、水腎症についても低血糖症についても、病気自体の説明が無かったので、可能性の事を聞かれても、陳腐カンプンで、CTで検査をして・・と言われても、なにがなんだから・・という事で即決が出来ませんでした。
家に帰って慌ててnetで調べて、少し理解出来たのだけどね?? 
毎回、色々な病院で腰痛や肥満を見て貰って、医者の言う事は「食わなきゃ痩せる!」の一言に決まります。
だから、私が口にする物をひと月に渡って写真を取って見せたり、recipeを説明すると、「これならば、半年も続けていれば必ず痩せる!」とお墨付きを貰うのですが、それで半年、1年と食事療法を続けたとしても、痩せた事は一度もありません。
私が太り過ぎで、「これ以上は命の危険が・・!」という事で、dietを決意して、結果25キロの減量に成功したのですが、それは「食わなきゃ痩せる!」とは無関係の食事制限を一切しない、また運動をすると、どうしても心臓にも悪い・・ので、運動もしない究極的な、精神的onlyなdietでした。
しかし、そのdietで25キロ迄のdietは成功したのですが、どうしても、101㌔からの100㌔を切るという減量が出来ないのです。(この101㌔までのdietは、3回目なのですがね??)

「食わなきゃ痩せる」というのは、非常に馬鹿なdiet法です。
それで痩せる事が出来る人達は、若い人達に限られています。
これは私の持論に過ぎませんが、男性は30歳迄が生物学的な男性であって、30歳を過ぎると自然界の法則では、それ以上の年齢は『人生の余命』に過ぎないのですよ。
・・という事で、『食わなきゃ痩せる』のdietが可能なのは、30歳迄で、35歳を過ぎると体が全く変わってしまって、dietをするためには、全く別の方法論が必要になるのですよ。
30歳を過ぎると、人間はそれ以上のEnergieを必要とはしないので、(つまり、種としての創造活動はしないので・・)体力を必要とはしません。
・・と言う事で、食事制限をすると、体が省エネ体質に自分を変えて、少ない量でも生きていけるように体質を変えてしまうのです。
そうなると、食事制限は単なる省エネ体質とのdiet競争になってしまいます。
私も少し若い頃には、体力に任せて、食事の制限をして、1000㌔カロリーまで、落として見たのですが、痩せる事は全くなく、体力を失うだけで、完全に挫折してしまいました。
勿論、少し若い頃だったので、運動とも並行させたのですが、過度な運動で、腰痛になっただけでした。
その後、病院に入院しての2ヶ月以上に渡るdietも挑戦したのですが、最初の一週間で5㌔痩せただけで、ピタッと止まってしまって、2ヶ月間のdietは病院側が「5㌔痩せた!」と主張するだけで、退院したら一瞬でreboundしてしまいました。

そういった体験を通じて、「食わなきゃ痩せる」という事を言う先生は絶対に信じない・・事にしていたのですが、信頼していたひかりヶ丘の主治医の先生から、この所の3,4回は、毎回「痩せろ!」としか言われていないので、やはり、「肥った事のない先生に取っては、『痩せる』という事の難しさは理解して貰えないのかな??」と思って、先生のadviceもすっかりマンネリになってしまって、「そろそろ病院を変えようかな??」・・と悩んでいた時なので、今回、別の先生に診て貰った事は、私的にはjust-timingでした。
診察の結果は、結構、検査結果の値が最悪だったのですが、体調的には大分良くなって来たような気がしていたので、真逆の結果に超shockで、精神的にはすっかりメゲてしまいました。
しかし、先生の診断の判断とadviceには、頗る満足しています。
後は、気分を新たにして、何から始めるかを決めて行かなければなりませんよね??
まあ、兄貴のように、医者のadviceの全てを無視をして、手術もしないし、酒タバコも止めないで、安静にする事だけで、悠々自適の生活を送る事もあるにはあるとは思うけれどもね??
私の場合には今現在も人と接する事が多いので、立場上、そうも行かないのだよな??
その分、私は窮屈な生活を強いられているのだよな??



でも、いつも私が公言しているように、医者から『余命半年』と宣告されたら、昔々、heavy-smokerだった私が、いつも愛飲していたlong-peaceをスパスパ吸って、太麺の海鮮皿うどんとかを大量に食って、ビールやwineや日本酒をがぶ呑みしてやるのだけど・・~サ??
それが人生よ!!
ひかりヶ丘の病院からの帰り道は、何と4月の気候だそうで、暖かくbikeは気持ち良くとても楽でした。
朝はあんなに寒かったのに、朝からお昼迄に一気に季節が3ヶ月程変わって、桜の季節の感じです。
12時をチョッと過ぎた頃にハイツの自宅に辿り着きましたが、流石にバテてしまって、(・・というか、精神的にだけどね??)・・・取り敢えず・・小一時間程掛かって病院からの書類等々や、道程の途中で買って来た文具類等の荷物を片付けて、1時過ぎには、直ぐにbedに入って熟睡しました。
(お昼の話ですよ??)
4時頃にやっと起き出して、日常生活の普通のrotationに戻りました。
4時とは言っても、まだ夕方の話ですよ??
それからも今日が延々と続いて行って、今日の話が延々と続くのですがね??
朝が早いと夜が遅い!!
・・でも、今日はここまでにしましょう??
とっぴんぱらりのどっとはらい!!



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2月14日嫌な事があって
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今日は2月の14日の金曜日なのだ。
この所、予約が不定期になってしまっている歯医者の日で、仮歯を入れてきた。
歯医者からの帰りでは、超暑いので、ハイツのmansionの白壁に何か分からない4cm程度の生物が・・
羽が見当たらないのだけど・・なんだろうね??
部屋に戻って、テレビをつけたら、newsで「今日はバレンタイン・デイだ」・・と言っていた。
・・とは言っても、今日は誰とも会わないので、関係はないのだけどね??
・・ちゅ~うか??
この何年かは、チョコレートをpresentされる事とは疎遠になっているのだがね??  
(Facebookを見ると、結構皆さん、貰っているようなので、羨ましい限りなのだがね?)
昔は、新桜台駅の傍に(・・ボンゴとか言ったかな??)お菓子屋さんがあって、そこの・・チョコレート・ボンボンではなく、・・20種類以上のリキュール・ボンボンがあって、分厚いザラメと、結構強めのalcoholが超美味しくて、よく買いに行っていたのだけど、お店を畳んでしまったので、その後、美味しいウイスキー・ボンボンには巡り合っていないのだよ。
有名チョコレート・メーカーのウイスキー・ボンボンの洗練された味とは違って、ザラメのシャリシャリした食感が、何とも言えず素朴で、私にとってはお気に入りの一品だったのだがね・・??
それはそうと、歯医者から帰って来て、改めて気分転換に珈琲を飲みに出掛けたのだが、エレベーターの中でまたまた以前遭遇した意地悪じいさんと一緒になってしまってエレベーターを出るまでの間、「太ってるね~ぇ、何キロあるの?」から始まってネチネチと色々言われてしまって、すっかりと気分を害してしまった。
本人が私に対して同じ事を言うのは、これで2回目なのだが、意地悪爺さんは、それを全く覚えていないようだ。
流石に、次に同じ事を言って来たら、言い返すつもりなのだが、『仏の顔も三度まで…』なので、今回もおとなしく聞いてしまったのでね??
喫茶店から帰って来て、すっかりと気分が滅入ってしまったし、体調も頗る悪くなって来たので、すぐに寝た。
10時前には起きて、椎名町に移動する予定だったので、9時50分には目を覚ましたのだけど、意識が混濁してbedから離れる事が出来ないのだよな。
『春眠暁を・・』なんて、心地良いものではない。
意識混濁状態の起きようと思っても、体が動かないのだ。
結構、頑張って起き出して、かなり無理をして、体を動かしながら、椎名町へbikeの移動をしたのだよ。
体調不良が続いているので、今日のドルプリっ歩は、Flower公園から椎名町駅経由の1時間半のlong-courseにした。
少し歩くと腰が締めつけられるように痛くなってしまうので、腰や体を解すためである。
(short-versionではリハビリにならないからなのだ。)
という事で、事務所に戻ったらもう12時のcinderella-timeだった?
それから食事なのだよ。
結局の所、ハイツに戻ったのは1時40分を過ぎていた。
鬱が酷いので、そのまま寝ないで、少しお酒を飲む事にしたのだけど、wineは注文しているのに、未だ着かないので、全く1本もないし、日本酒が美味しくなかったので(※)、やめて録画していたテレビのdramaを見て、You Tubeにupしている動画の編集を少しして、朝になり始めたので、慌てて布団に入って寝た。
実に、つまらない1日だったよな??
※)金賞を取るような酒に碌な酒は無い!!超熱燗に合うような酒は安酒に限るのだよな??
(「・・のだよ」調)







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2月15日『音楽の先に求めるもの』
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推敲中の書きかけの文章なのだけど、長く放置されたままになっていたので、upしておきます。多分これ以上書き直しをしない・・と思うので・・・
『音楽の先に求めるもの』・・教育のよもやま話
私の教育理論の論文を読んだ文部省の関係者の人から、『私のmethodeが汎用出来るものであり、子供達へそのmethodeを実際に他の先生にlectureをして、そのmethodeで他の先生が子供達を指導をする事で、私の理論が机上の空論ではない・・という事を証明する』ように、求められて、私は暫し、「子供達に何の教科を指導するのか??」という事に対してマジに悩んでしまいました。
私が公開した論文の大半は教育的な理論に過ぎず、実際の指導の現場では、指導する先生達がその論文を理解して指導が出来たとしても、指導する内容の閃きのような技術的な指導での応用が出来なければならないからなのです。
・・という事で、私の場合には一般的なcurriculumであっても、音楽的なcurriculumであってもその実際の指導に対してのmanualは持っているので、なんの問題もないのだけど、それを一般的な学生達に指導したとして、・・・そこで、突き付けられた条件とは、「私が指導すれば、子供達が著しく成長する事は当然だとしても、それを指導する先生達がそのmethodeで指導した時に、私が指導したと同じように、その生徒達に対しての成果を見せる事が出来るのか?」という課題だったのですよ。
当時は、私は教育関係の大学でも教鞭を取っていたので、その頃の教え子達は、小、中学校の先生達になったのです。
だから、当時の私は、その文部省関係の人の提言には、一般的な学習塾を想定しました。
つまり、落ちこぼれの生徒達を集めて、優秀な生徒達を育てる教育塾を作ろうと先生達を募る事にしました。
しかし、残念ながら実際に学校で働いている先生達に、折角の狭き門をくぐり抜けてやっと就職出来た学校なので、「学校を退職して、私のmethodeを学べ!」と言う事は、中々言えなくって悩んでいました。
・・その時に、昔、音楽大学を受験する時に、私が指導をして音楽大学に入学させた生徒が、大学を卒業して音楽の現場で働いていたのだけど、「私のcurriculumを学んで、実際に子供達を指導しても良い!」と申し出てくれました。
それで花園に音楽教室をその先生にために作ったのです。
・・というか、それが芦塚methodeが音楽のmethodeになった理由です。
勿論、弟子の先生達に指導のlectureをする過程では、音楽だけではなく、(引き籠もりや自閉症等の)特殊教育の指導もしていて、また一般大学に進学した生徒達や、音楽大学を卒業して音楽教育の現場で働く事を目的とした弟子達には、卒業と同時に上智の特殊課程に大学院の代わりに進学させていました。
「教育の本質とは何か??」教えるために・・です。
その生徒の一人から「学校で他の生徒達と一緒に授業を受けるには重過ぎて、しかし、特殊の教室に行くには症状が軽過ぎて受け入れてくれる学校がないので、教室で面倒を見て欲しい」と言う生徒を頼み込まれてしまいました。
勿論、「教室は特殊教育はしていないから!」と断ったのですが、その子供の親からは、泣いて頼み込まれたので、「当時、教室の先生になったばかりの若い先生達の勉強のために・・」、という事で、やむなく受け入れて、指導の基本を教えて行きました。
最初は、母親に抱かれたままでPianoの椅子に座って、2、3個の音を出すのがやっとのlessonだったのですが、ひと月後には、自分から自分の力だけでpianoの椅子に這い上がって座る事が出来て、母親を感動させました。
3ヶ月後の発表会には、一人で舞台まで歩いて行く事が出来て、多くの人達に涙と感銘を与えました。
それを聞きつけた千葉市内外・・ではなく、県内外の人達から教室に対しての電話が殺到してしまい、「一応基本的には、教室は特殊児童を扱う教室ではない」・・とお断りしていたのですが、その都度、保護者の方達からの「受け入れて貰う場所がない」・・と泣いて、絶っての頼みごとで、致し方なく、「絶対に他の人達に教室で習っている事を言わない事と他人の紹介をしない事」の二つを確約して貰って、受け入れました。
その生徒達の目標は、一般の小学校等で受け入れて貰えるようになると、2,3ヶ月後や、半年後には、教室には来なくなるからです。
後の生徒達を受け入れなければ、2、3年後には、誰一人としていなくなる計算なのでね?
という事で、一時的にしてもで教室の形態が一般の音楽教室とは、全く違った様相を呈してしまったのです。
神奈川県からも呼び出しを受けて、県を訪問したのですが、そこでも、障害者と保護者達が一緒にリハビリが出来るというcurriculumの求めて・・の要望でした。
私としては、この特殊のcurriculumを指導する事はやぶさかではなかったので、そこで活動をしている先生達に私のcurriculumを覚えて貰うようにvolunteer活動で働いている人達に指導したかったのですが、県の意向としては、親子が楽しく遊べる環境を作って欲しい・・という事が希望で、子供達に対しての成長を育くむ教育的なcurriculumが目的ではない・・という事で、面談は決裂しました。
私達はvolunteerが目的ではなく、県も教育が目的ではなかったので・・ネ??
こういった教育は、本来的には特殊の先生がやるべき事なので、そう言った特殊の先生にも声を掛けて見たのですが、そう言った先生達には「音楽を指導する」・・という事は負担が大きいようで、その先生達が何を子供達に指導出来るのか??
作業療法としては、なんの作業を指導出来るのか??という課題にぶつかってしまい、その作業を指導する事を、実際に学んでくれる先生は一人もいませんでした。
また、私の子供達を指導する領域では、特殊は余り関わりたくない分野でもあったので、特殊の生徒が教室からいなくなった事を機会にして、教室での特殊の教育は終わりにしてしまいました。
本来やりたい事では、全く無かった事なのでね??
このお話も昔々から言い続けて来た事ではありますが、私が教室を開設して、50有余年、後進のために音楽を指導し続けて来て、いつも心に悩む事があります。
それは、私が求めるべき本来の理想の音楽の姿を指導して来たはずなのですが、生徒達が教室を巣立って、音楽大学や留学をして、勉強をするようになったり、実際に音楽の世界での演奏活動をするようになった時に、私が求める音楽の姿と、生徒達が求める音楽の形がズレてしまう事なのです。
私が教室で長年音楽を指導して来て、音楽で追求するものを常に指導して来たハズの生徒達ですが、音楽大学や一般の音楽界に身を置いた途端に、求める音楽が違って行くのです。
それこそ、「手段が目的になってしまっている」ようなものです。
私もいよいよと、老い先が短くなってしまったこんにち、私が音楽の世界に育んで来た音楽家達の今を見るにつけて、私が努力をして来た事と、現実のgapに悩んでしまうのです。
私が生きている間に、たった1人でも良い、日本の音楽界を席巻する本当の音楽家を育てたかったのだけど、自分の思う音楽の世界を、この日本の音楽界に何一つ残せないままに、寿命を迎えてしまうのは実に虚しい事です。
哀号!!哀号!!


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2月15日ウダウダと
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今日2月15日の土曜日は、1日中体調不良で終わってしまいました。
朝、起きた時からウダウダが始まって、1日中、部屋の中を歩きまわるだけで、昨日のように、気分転換の珈琲に外出する事さえままならないで、パソコンの椅子に座ったままでの1日でした。
勿論、その間何度となく、bedで寝直そうとも、思って挑戦はしたのですがね?
鼻詰まり(・と鬱・・)が酷くって、それどころではなかったようです。
夜は、頑張って椎名町までドルプリっ歩に行ったのだけど、体調不良が延々と続いたままで、椎名町の事務所から駅までのshort-courseの距離でさえも、青息吐息の虫の息で、何度も立ち止まって休みを取りながらの、やっとこさっとこ…でした!
ドルプリっ歩が終わって、ハイツに戻って来る事すら一苦労で、何とか辿り着いた感がひとしおでした。
この体調不良の始まりは川崎の病院とひかりヶ丘の病院の検査結果の報告を受けてから、突然、体を支えていた気力が崩れてしまって、体調不良を引き起こしたような気がします。
気分だけで…というか、気持ちだけで体調を整えていたのが、とどのつまり、医者の宣告によって気力がすっかりと萎えてしまったから・・のような体調不良に思えます。
欝になったから、気力が上がらないのか・・気力が上がらないから鬱になってしまったのか・・は、卵が先か鶏が先なのか・・のお話のようなので、まあ、どちらでもよいのですがね。
夜は結構遅く寝たのにも関わらず、3時にはtoilette-timeですぐに目が覚めてしまって、もう、小一時間以上もbedで格闘したのだけど、眠れないので諦めて起き出した所です。
諦めて、録画してあるドラマを見て、鬱々の曲を聞いて、…でもいつものwineがないのだよなぁ?
そうこうしている間に、時はどんどん過ぎて行って、朝の6時を過ぎてしまいました。
alcoholはとうとう飲まないままに、朝を迎えると、それからまたまた布団に戻って、寝ました。
まあ、過日には、牧野先生が夜に良く眠れるようになるヨーグルトを買って来てくれたのですが、私も探して見たのですが椎名町の周りのスーパーには売っていません。
昔、私が眠れなくなった時に、netでグスミンとかの睡眠導入剤のような薬とは言えないようなアミノ酸を飲んだ所です。
ドリエルやマイスリー等の睡眠導入剤も医者の処方薬として持ってはいるのだけど、それらの薬は、私には合わなくって、逆に起きれなくなってしまうので・・結構、私には危険な薬なので・・・ね??
でも、心臓の手術を受けるまでは、マイスリーを3錠飲んでも、全く眠れなかったのですがね?
体質が変わってしまったのですよ?
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2月17日重い雨・軽い雨 ・
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今は2月の17日の月曜日の朝の3時過ぎ(寅の刻)・・、定例のオケ練習を済ませて、超バテバテで江古田のハイツに辿り着いて、取り敢えずは先ず寝たのですが、routineのtoilette-timeで目が覚めた所なのでが、毎回のように眠れなくなってしまったので、またまたいつものように、録画したテレビドラマを見ながら、昨日のオケ練習のvideoをパソコンに取り込んだり、Blu-rayに焼いたりの作業を同時並行的にしています。
6時過ぎになると、またまたEnergieが切れて、眠たくなってしまうので、そのtimingで眠るように試みます。
1回の睡眠時間が1,2時間だったとしても、そのintervalを2,3回重ねると、何とか1日分の睡眠時間が取れる予定なのですが・・ね?
「が・・ね??」という意味は、通常の日は、起きる時間が定まっている分けではないので、そういった睡眠を取って体調を整える事も可能なのですが、日曜日に限っては出発時間が決まっているので、睡眠時間のbalanceを取る事が難しく、夜の寝る時間やtoilette-timeの後で、速やかに眠る事が出来るか否かに掛かっています。
昨夜は、残念ながら、上手く睡眠を取る事が出来なかったのいで、睡眠不足による所の体調不良のままにオケ練習に出掛けました。
まあ、オケ練習はいつものように、思うようには行かない・・で鬱が起こって・・、以下、省略します。(雰囲気ならば、練習の動画をいつもuploadしているので、オケ練習なんていつもそんなもんですから・・)
帰りの運転中は霧雨でした。
雨には『重たい雨』と『軽い雨』があります。
・・勿論、『重たい、軽い』は、論理性のない単なる私の独善的な自論に過ぎませんが・・?
その意味する所は、昼や夜に関わらず・・、暗くて見通しの悪い・・歩行者等が全く見えない・・雨と、結構、遠くまで見通す事の出来る雨・・の違いです。

昨晩の帰り道の雨は、結構霧雨で、雨の量としては大した事ではないのですが、新型の車のLEDライトでも歩行者や自転車が全くblackoutして・・見えない『重たい雨』なので、疲れて眠たいのを必死に堪えて、細心の注意をして車を走らせました。
細心の注意・・という意味は、私のmottoである『ヒヤリ』をしないように注意して走る・・という事です。
何とか椎名町に辿り着いて、超疲れ切ったので、tableに座って呆然としていたのだけど、牧野先生が食事を準備している最中に、並行で斉藤先生が『歩』にドルプリ達を連れて行こうとしたのだけど、ドルプリが私の所に呼びに来て、斉藤先生が幾ら呼んでも、ドルもプリも出掛けようとはしないので、仕方なくtableから立ち上がって、雨の中を散歩に出掛けました。
超、寒いし、霧雨も降り続いていて、シーズの長い毛が濡れてしまうので、??オシッコと??ウンチが終わったら早々に帰って来ました。
急いで食事を済ませて、体調の限界になって来たので、ひっくり返る寸前に、大急ぎでハイツに戻りました。
勿論、お持ち帰りのお弁当類も冷蔵庫に入れる事もしないで、そのままbedに入って寝てしまいましたょ。
その後は、toilet-timeに起き出すだけで、風呂に入ったりパソコンの前に座ったり・・・と、まるまる1日、うだうだを繰り返して体調のcontrolをはかったのですが、どんなに頑張っても体調が戻る事はありませんでした。
今日の月曜日の夜はbikeを飛ばして椎名町まで食べに行くのは無理そうだよなぁ???
兎に角、人生にも疲れたよな~ぁ?
そろそろ頑張って起き出して、ユンケルでも飲むか?
という事で、ユンケルではなく、vitamin剤を飲んで、頑張って椎名町までbikeを飛ばして行ったのですが、ドルプリはもう散歩に出掛けた後だったので、サミットで鬱々用の日本酒の安酒を買いがてらにドルプリを追い掛けて行きました。
まあ、いつものshortーversionなのですがね?
毎日の食事に出て来るモズクの酢の物なのですが、メーカーによっては酢が強すぎて酢でむせてしまう事があるので、いつも水で薄めて貰って酢を飲み切るようにしているのですが、今回は酢が少し強くて、おもいきりむせて気管に入ってしまって全く息が出来なくなってしまいました?
超苦しかったのだよなぁ??
こういう死に方はご面倒だよなぁ?
それから2時間以上経つのに、まだ喉の調子が戻っていません?
明日は火曜日で本來ならば、歯医者の日なのですが、この所rotationがめちゃめちゃになってしまったので、金曜日から1週間は開けなければならないので、明日の火曜日の歯医者の予約は無しになって、次の週の火曜日の予約になりました。
という事で、明日は超珍しく1日開いてしまいました。
さても、嬉しや??何すんべ~ぇ??
コメント
芦塚 陽二
眠れないままにbedで書いた文章を見たのですが、最後の文章が久しぶりに切れていました。慌てて編集履歴で確認してみると、ちゃんと残っていました。
toiletーtimeに起き出したついでに、コピペでもしようと思ったのですが、実際にtoilette-timeになって、パソコンを立ち上げてFacebookを開いて見ると、何と普通にupされていました。そこで、もう一度保存をし直して、upして見たら、ちゃんと携帯でも文章が反映されていました。
なんだろうね??
・ 返信する ・ 46週間前 ・ 編集済み
純子斉藤
プリドル用のタオルを畳もうと、床に置いておいたら、その隙にドルちゃんがベッドにしてしまっていました。こりゃ?どきなさい??
・ 返信する ・ 46週間前
芦塚 陽二
(メ・ん・)? なんか文句ある?? by㌦





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2月17日『夢の定義』 ・
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『夢を叶えるには』というthemaでは、これまでも数限りなく何度も何度も、homepageやFacebook等に書き連ねて来たのですが、私の話を聞いたり読んだりした人で、私のadviceを実際に実行した人はいません。
私が数限りなくadviceや啓蒙運動をして来た理由は、一つのadviceはその話す相手の人達の音楽に対する価値観で変わってしまうからなのです。
同じ音楽を目標として勉強している人だとしても、その生徒がどれだけの音楽的なNiveauを持っているか??がadviceの対象ではなく、価値観に寄ってadviceが変わってしまうからです。
音楽を一生懸命に勉強する・・と言っても、その人と音楽の関わりが、趣味であり、自分のための音楽の場合と、音楽大学の入学を目標とする場合と、音楽の世界で活躍したい場合と、proとして、solisteを目指す場合とではadviceが全く変わってしまうのです。
言い方を変えると、その目的に寄って、勉強をするcurriculumが全く変わってしまうのです。勿論、非可逆的な動きは出来ないのですよ。
つまり、中学生の時迄は、趣味的に音楽を勉強していて、高校生になってから音楽大学を目指す事は不可能なのです。
音楽大学の勉強は、一般の大学とは基本的に学ぶものが違うからです。
音楽の場合には体を作る要素も感性を育てる要素も多いから、1日してならず・・なのです。
『お稽古事と塾』
一般的な場合には、小学校の3年生迄は、「pianistになりたい。」とか、「violinistになりたい。」とかを語る子供達がいて、親もそれを温かい目で見ています。
それが趣味のお稽古事としてか、音楽を中心としたお勉強としてのlessonかは、この年齢まではさして問題になる事はありません。
しかし、4年生になった途端に、音楽の勉強やswimmingやその他のお稽古事の時間は、学校の勉強時間とモロにぶつかって来ます。
一般の音楽教室の場合には、4年生や5年生から、中学受験の勉強がmainになって、音楽教室をやめて、塾に行くようになるので、お稽古事は6年生の前半までには、殆どの生徒達が音楽教室をやめて、塾に行き出すようですね。
「中学校に入学出来たら、音楽を中心にしてlessonを受けます。」と言う生徒や保護者の人達もいますが、その時点で改めて音楽の勉強をやり直したとしても、そこの段階から音楽大学を受験出来るようにcurriculumに到達出来る事はありません。
『受験の勉強が終わる迄・・』
繰り返しになりますが、『受験のために、音楽の勉強を一時中断する』・・という家庭があったとしても、そういったご希望に対しては、・・教室の姿勢としては、子供の夢や将来の目標を決めるのは、親や家庭であって、教室は親の希望でしか動けないので、子供に幾ら才能があっても、親の希望が常に最優先になります。
親は「受験が終わったら音楽の勉強に専念させます。」というのだけど、音楽を職業として目指している子供達や、将来音楽に専念する事を目標とする子供達は、受験には関係なく音楽の勉強を続けているので、その遅れを取り戻せる事は絶対にありません。
blankを空けてしまっては、幾ら頑張っても、音楽大学を受験するlevelに到達は出来ない・・という意味なのですが、親は子供が頑張りさえすれば、遅れを取り戻す事が出来るのでは・・と言う淡い望みを教室に求めて来ます。
音楽等の専門家を目指す子供達の場合に限ってなのですが、大きな勘違いは、半年間、1年間、教室のlessonをお休みをしなかったとしても、ウエイトを受験の勉強に充ててしまった場合に、その間の遅れを取り戻す事が出来る程、世の中は甘いものではありません。
つまり、全力疾走している選手の中で、1分1秒でも、手を抜いた場合に、その一瞬の遅れを取り戻せる事は永遠にないのです。
proを目指す子供達は1分、1秒の時間も惜しんで必死に勉強をする分けなので、趣味の人達の技術を習得する進度とは根本的に違うのです。
Olympicで1秒を争う人達が、幾ら才能や能力に恵まれたウサギtypeの人でも、コツコツと一瞬も休まずに歩き続ける亀typeの人に勝てる事は、人生では有り得無いのですよ。
勿論、そのニボーが趣味の領域であった場合には、その限りではありませんがね?
どうして、親達には、そんな当たり前の事が分からないのかね~ぇ??
同じウサギの諺でも、『二兎を追う者は一兎をも得ず』・・という諺もあるのだけどね??
流石は、人生の先人達は世の中の摂理・・というものをよくご存知だよな??
『夢の定義について』
そもそも、今の子供達や親に将来の「夢」を質問しても、即答で子供への夢を返して来る親達や子供達は非常に少ないのです。
ある意味では、今の子供達や親達にとって『夢』を持つ、・・という事が非常に難しい社会になっているのかな??
よく昔から、私が言っている事は、『幸せ』という名の『不幸』という事です。
つまり、『恵まれ過ぎていて、子供達が何も望むものがない』・・、(親が寿命になってしまえば、その生活が持続出来る分けはないのに、)と言う事で、『何もしない』・・『ただ一日中寝ている』(引き籠っている)だけの毎日を理想とする子供達に対して、「夢」を説く程の無意味な事はありません。
今の子供達は、産まれついた時から、全てに恵まれ過ぎていて、何かを自分の手で努力をして持つという要求に囚われる事はありません。
それは『幸せという名の不幸』なのです。
でも、それは教育の問題であって、親の意識が自分の子供をどう育てるかの問題に過ぎません。
『やってはいけない残念な教育』
しかし、この場合の「努力して手に入れる」・・という意味は、戦後のある時期には大きな勘違いの教育を産んでしまいました。
「勉強が或程度出来ると**を与える」と言ったような報奨制度や、「お手伝いをしたら、お小遣いを幾ら与える」・・といった報酬制(ポイントせい)の教育は、子供達に絶対にやってはならない教育になります。
戦前のAmericaでは、「子供達に自立心を育てる」・・という目的で、そう言った「お手伝いの内容で、pointを決めて子供達にお手伝いをさせる」・という報奨制が流行った事もあります。
しかし、報奨制度の基本的な欠点は、「自分が望まない事はしない」・・とかいう利己的な意識を産み出してしまい、「自分に利がない事は一切やらない」・・という今の日本の子供達特有の子供達の意識を産み出してしまいました。
つまり、「自分が社会を構成する一員である」・・という意識が欠落してしまっていて、全ては自分を中心に回っている・・と言う考え方で、今、求められているvolunteerの意識を育てる教育とは真逆の教育であって、今は教育者の間からは、戦後の誤った教育とされています。
教室の保護者の間でも、「成績が*点を取れたら、オケに参加して良い!」とか言う条件を子供に出す人達が居て、昔々から、何度となく、それは子供達の努力を否定する・・子供を認めようとしない・・・絶対にやってはいけない安直な教育である・・という事を、何度となくhomepageの教育論文等に書いているのですが、一時的には、結構直ぐに効果があるので、easyな教育法として世の中に流布してしまっているようです。
結果的には、子供のやる気や自主性を奪ってしまって、将来的には、そのしっぺ返しは、親子の断絶を産んでしまう「間違えたやっていはいけない残念な教育」なのですがね。
『子供達の自主性を育てる教育とは』
そう言った教育法は「子供達の努力を認めない」・・という事だけではなく、「教室の先生の努力に対しても非常に失礼な事をしている」・・という事を分かっていません。
「音楽は趣味に過ぎないだから、遊びなのだから、何もしなくても楽しい」・・・と思うのならば、巷の一般の音楽教室に行けば良いのですよ。
一般の音楽教室では子供達の好きな曲だけを与えてくれます。
だって、一般の音楽教室の場合には、教室に行かせるだけで一苦労で、自分から進んで「音楽教室に行きたい!」という生徒達は皆無だと思うけれどね??
私達の教室のように、音楽大学でも超難しいとされる古典派やbaroqueの音楽を学ぶ事はないのだから・・・ね??
子供達にとっては、baroqueの音楽も、古典派の音楽も楽しい事なのですが、それは、つまり、子供達が「音楽を好きになる」ための・・先生達の涙ぐましい努力と勉強とcurriculumの結果なのですからね。
『先生の側への批判』
日曜日に教室でやっているオケ練習や室内楽は、個人的に指導すると、途轍もなく厳しい技術の習得が、集団で学習するから楽しい・・という意味と、学校教育では、部活に特化している集団社会の教育を目的として始めました。
「子供達は子供達同士で遊ぶのが好きだから、orchestraや室内楽をさせれば良い」・・という安直な考えで、orchestraや室内楽を勉強させても、子供達が音楽を好きになる事はありません??そこは学校の部活とは意味が違うのです。
教室の生徒が「fullorchestraの方が華やかで良いから」と言って、教室のorchestraの練習をやめて、一般のjunior-orchestraに入団する事があります。
オケに慣れていて、指導のpointもよく分かっているので、2回目からは、concertmasterに抜擢されます。
topで演奏出来るのですよ。
しかし、一番長く続いた生徒でも、2年から3年でorchestraを退団しています。
何故??
もったいない??
それは当たり前の話です。
junior-orchestraには勉強をするというためのcurriculumがないので、「曲に対しての慣れ」はあったとしても、技術が向上する、所謂、勉強の要素はないからです。
或程度、経験してしまえば、飽きてしまいます。
proの場合には、対価があって、ギャラが派生するのだけど、junior-オケには、そういったものはないからね??
本來ならば、何も学ばない、勉強も努力もしない・・、人生の将来の夢は、寝て暮らす事だ・・という事ならば、大学を卒業して、社会の中で生活をする事が出来る分けはないでしょう??
それが「引き籠もり」なのですよ。
でも、「引き籠もり」は、良いcaseの場合なのです。
最悪は、20代での自殺とか、家庭内暴力で社会問題を引き起こす場合もあるのです。
大学を卒業した男の子が、「もし、教室に来ていなかったら、高校生の時に親を殺したかも知れない」という事を先生に言っていたのは超衝撃でした。
子供達が自分の未来に「夢」を抱くためには、親が子供達の将来を見る目が必要になります。
親自体が、有名高校、有名大学、有名企業が夢ならば、子供達が「夢」を持てる事がない・・という事は自明の理です。
しかし、一般の家庭の場合でいう「夢」はもっと日常的で現実的な「夢」という事になります。
この場合の子供達や親の将来の「夢」は、どうしても「夢」とは、進学や成績が「夢」になってしまいます。
現代の日本社会でも、所謂、学校でいう「夢」とは、目的の高校や大学に入る事なので、どうしても「夢」の範囲が、その生徒自身が普通に努力して達成出来る程度の「夢」と言う限定的な範囲での「夢」になってしまいます。
つまり、1年程度頑張って努力すれば叶う・・「夢」という事になります。
でも、それは本当は私達が言っている「夢」とは根本的に異なるものであって、それらを「夢」とは呼びません。
それは、単に努力して達成するための「目標」と言うのが普通でしょうね?
世間一般で言う所の「夢」と、私が言っている『夢を叶える』という「夢」の意味は、全く「夢」の定義が違います。
私の場合の「夢」の意味は、人生の「目標」であり、life-workでもあります。
athleteの場合には、「夢」がより具体的にOlympicに出場して金メダルを取る事であったり、ballerinaを目指す子供の場合には、proとして舞台に立つ事が「夢」となるのでしょうね??
今日の現代の女の子達は、結構打算的で現実的なので、「小学校4年生ぐらいの子供に対して・・でも、「将来の夢は・・?」と聞いても、「お嫁さん」とは絶対に言わないだろう??」・・と思って、ある小学校の先生に質問をして貰ったら、約半数の女の子達がそういった答えだったそうです。
昔々、私が小学校に出向いて直接質問した時には、その答えをした女の子達に「では、君達は主婦になりたいのだよね?」と質問を返したら、「主婦は絶対に嫌!」という答えが帰って来て呆れてしまいました。
結婚式やChristmasは単なるceremonyであって、夢には成り得ない・・という説明をするのは一苦労です。
①「夢を叶える」ためのコツは、その夢が本当に自分が望んでいる夢なのか、それとも単なる「憧れ」に過ぎないのか・・を見分ける(見極める)事なのです。
つまり、私がいつも公言している「夢は必ず叶える事が出来る」・・という意味は、100%、潜在意識の中から、その夢が叶う事を渇望する・・という条件が必要なのです。
「夢」を叶えるには、明確な「夢」に対してのimageが必要なのです。
②「夢を叶える」には、正しいmethodeで学ぶ必要がありますが、正しいmethodeを指導してくれる指導者が絶対的な必要条件になります。
この条件は当たり前と思われるかも知れませんが、実はそう単純ではないのです。
つまり、どんなに優れた先生に師事していたとしても、その先生に対しての敬愛やsymbthyがないと、その生徒が上達する事はないのです。
真逆に、どんなダメな先生に師事していたとしても、その先生の事を盲目的に尊敬し付いて行こうとするならば、或程度、その生徒達は上達をする事が出来ます。
つまり、その生徒が「上達した」と思えるか否かを判断するのは、その生徒自身だからです。
逆の言い方をすると、尊敬される事のない指導者は如何に優れた指導者であったとしても、或いは、歴史に名を成す偉人であったとしても、生徒を作り育てる事は出来ない・・という事なのです。
だって、歴史的な偉人が優れた生徒を育てた・・という話は、超、珍しい事なのですからね??
優れた人材を育てるのは優れた芸術家である・・というのは間違いである・・という事はこの現実を見ても理解出来るハズなのですがね??
優れた弟子は、どんなにダメな先生でも、どんなにダメな環境でも成功を収めるのですよ。 アハッ! 
③「夢を叶える」には、子供の周りの環境がとても大切です。
proの職業の世界と学校教育は競合する事は有り得ません。
学校教育は一般の人達を対象に教育をするので、proという職業の人達への概念はありません。
一般の真逆の言葉がproなのですからね??
人と同じ事、同じ勉強をしていて、proになれる分けはないでしょう??
一般人達が出来ない事をするのがproなのですからね??
別に音楽の世界に限らず、athleteでも、甲子園でもballerinaでも、或いは絵画の世界でも、詩人を目指す人達でも、何か一芸を求める人達にとっての世界と、学校教育が上手く行く分けはありません。
一芸と学校教育とは別の次元のお話になります。
学校教育の利点は、どのような子供達に対しても、或程度のlevel迄は、levelを引き上げる事が出来る・・という事なのです。
昔、教室にテニスで千葉県で2位の高校生の生徒がいました。
彼はテニスでproになる「夢」は持っていなかったので、「どうして??」と、質問をしたのだけど、彼のライバルである1位の人は、全国でも争えるlevelで、「1年の殆どを海外で練習をしていて、練習も日常の生活も、全く別世界の人間だ!!」と言っていました。
男の子なのでそういった社会的な判断力は非常に優れていて、まともでした。
学校教育の延長上にproの世界はないのですよ。
それは料理の世界でも、音楽の世界でも同じなのです。
料理教室で幾ら上手に褒められたとしても、それでproの料理人になれる分けはないのですよ。
音楽大学を卒業しても、留学をしても、コンクールに入賞しても、proとは所詮別の世界の話なのですよ。
proとは全く違った世界の住人なのだからね??
『燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや??』
もう一つ、世阿弥のお話なのですが、
『道に至るは易く、道より出ずるは難し』
てな感じかな??
コメント
純子斉藤
先生の論文は、「プロになりたいという夢を叶えるには」という内容だと思うのだけど、そもそもそういう夢を持っている子供がいない....というか、夢自体を持ってない。夢を叶えるには、の前に、正しい夢を持つには、が必要な時代なのかな??
残念な動物図鑑とかが流行っているから、「やってはいけない残念な教育」と言う事で、書くというのはどうでしょう?
・ 返信する ・ 46週間前 ・ 編集済み
純子斉藤
うーん、各文に小タイトルがあれば分かりやすいかと思います。あとはFacebookでの公開なら良いかと思いますが。出来れば本にしたいところですよね。



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2月18日『和声学』 ・
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私が生徒達に和声学を指導する時には、全音楽譜出版社の石黒修三先生の和声学の教則本を使用します。
昔々は上・下2巻の教則本だったのですが、その後は合本になりました。
私が石黒先生の和声学の教則本を使用するのは、その教則本の中で使用されている和声の課題がPringsheim先生が生徒に指導する時に相手の生徒に対してlessonの時に作ったPringsheim先生自身の課題だからです。※)
所謂、下巻(合本では102age)からは、Bas課題ではなく、soprano課題になるので、作曲科の学生の領域になるので、演奏家の場合には上下巻では上巻のみ、合本では101Pageまで出来れば良いと思います。
※)石黒先生がPringsheim先生が生徒のために書いた課題をそのまま、自分の教則本に使用した・・という事で、Pringsheim先生と石黒先生との仲が疎遠になってしまって困ってしまいました。
石黒先生は剽窃をする・・という意味はなく、文章の中でもPringsheim先生の課題である・・という事を明記しているので・・と思われたようですが、Pringsheim先生は、出版をする前に了解を取って欲しかった・・という感情の行き違いでした。
まあ、そういった大人同士の行き違いは兎も角として、内容的にはとても優れた教則本なのですが、音楽家の常として、解説はちんぷんかんぷんの超難しい文章で、補足説明が必要な事は否めません。
ちなみに、この全音楽譜出版社刊の石黒先生の和声学の教則本は残念ながら今はもう絶版だそうです。
今の生徒達はnetauctionで手に入れているそうです。
(試しに私もnetで調べて見たのですが、auctionでなくても、今でも簡単に手に入るようです。参考までに:)




教室では、子供達に日曜日のオケ・室内楽のついでに、楽典の授業もしていて、聴音や理論を指導しているのですが、それと同時に子供達への和声学の教則本を作って、和声学の手ほどきをしています。
石黒先生の和声学よりも、もっと簡単に子供達にも分かるようにしているのですが、課題自体はPringsheim先生の課題のそのままなのです。
子供達によく理解出来るように・・説明の文を中心に・・なのですが、今は30Pageぐらいまでしか進んでいないので、なんとか、100Pageぐらいまでにはしたい・・という希望はあるのですが、なかなか忙してそこまで手が回らないのですよ。
石黒先生の和声学に戻って、・・私はこの101Pageまでの課題を生徒達には、同じ課題を最低でも3回は繰り返して勉強するようにさせています。※)



同じ課題を3回も繰り返し勉強させる意味なのですが、・・・
1回目で到達出来るNiveauは、多分、禁則を理解するだけで精一杯だと思います。
2回目からは、少しゆとりが出て、正しい解答は幾つかあり、その中でも、より美しい解答がある・・という事を知る事が出来るようにになるのでは??・・と思っています。
和声学を勉強する時に、「解答さえあっていれば・・」良しとする生徒達がいますが、音楽を学ぶ者達にとっては、そういった姿勢は忌ましむべき姿勢です。
violinを学ぶ時でも、Pianoを練習する時でも、「楽譜に書かれたものを上手に表現すれば良い」・・という事では、音楽に至る事はありません。
神様と呼ばれる演奏家達の演奏は、演奏表現は当然の事、演奏する姿、形、演奏の技術の奏法等々、どの一つを取っても美しいのですよ。
touch一つ、手首の動き一つ、それらの全てが美しいのです。
音楽だけをimitationして、不自然な動きをする演奏家や、技術だけを追求する演奏家は、所詮、亜流の演奏家に過ぎないのですよ。
残念な事に本当の本物を見る目を養うという事は、極めて難しいのです。
それは音楽に限らない日常が全て本物を見る目を養わなければならないからです。
音楽の場合・・というか和声学の場合には、解答は正しくても、・・つまり間違いとは言えなくても、美しくはない・・という解答があるのです。
特に第5音の重複は、解答が美しいようにするための必然的な回避策なのですが、演奏が出来ていれば形はどうでも良い・・という事では、永遠に一流にはなれないと思うのだけど、日本の一流は、ヨーロッパの**だからね~ぇ??
これは和声学のお話ではなく、楽器の演奏の場合でも同じなのです。
弓が流れてブレていては、どんなに見かけが良かったとしても、それを良い音、良い演奏という事は出来ないのですよ。
そこの所を正しく理解出来ないと、無意識に芸術へのNiveauが、とんでもなく低いNiveauを知らず知らずして、追求している事になります。
日本での評価の基準は、寄らば親方日の丸のように、有名である事と権威がある事の2点です。
しかし、有名になる事が芸術を求める事にはならないのです。Europaの音楽の世界では、超専門家的な人達を数多く見受ける事が出来ます。
伴奏専門のpianistや、cantataしか歌わない歌手、baroque・violinの名手や、SavallのようなRenaissanceからbaroque、或いは民族音楽迄の超名人です。
残念ながら、それらの名人達の演奏は日本では評価される事はありません。そういった人達を評価するgenreが日本には無いからなのです。
日本の音楽は、歴史を持たない商業主義的なものに過ぎません。・・その事に日本人が分からないのは、本当に困った事です。東洋と西洋の音の違いにすら、理解出来ないのだから、致し方のない事ですよね??
和声学も3往復目ぐらいになると、楽譜に音符を書かなくても、頭の中で(或いは直接Pianoの鍵盤上で)演奏し、問題を解いて行く事が出来るようになります。
つまり、そのlevelは、当然、Vivaldi等のbaroqueの作曲家の通奏低音を即興で演奏する事が出来るlevelになっている・・という事です。
そこまで出来るようになると、自信を持って『和声法(この場合はBas課題の技法なのですが・・)をmasterした』・・と言う事が許されます。
scoreを見ただけで、曲のimageを作る事も出来るようになるし、scoreを見てPianoで演奏する事も出来るようになります。
100Pageとは言っても、解説が殆どなので、実際の課題は補充問題を加えても200題はないと思います。
200題とは言っても、一つの課題は4小節から8小節ぐらいの課題なので、剥ぎ取り式の五線紙で2冊程度にしかなりません。
たったそれだけの課題を勉強するだけで、音楽が理解出来るようになる(楽譜が読めるようになる)・・という事は、とても素晴らしい事です。
私達の場合には、作曲が専門なので、これぐらいの課題を初めて挑戦した時には3週間(lessonとしては3回分です。)で終わらせてしまえなければなりません。
Bas課題は作曲科の領域ではないので、時間を掛けないで、サッサと終わらせて、より専門的な課題に挑戦しなければならないからです。
逆の言い方をすると、soprano課題や対位法(Kontrapunkt)は作曲科の学生の領域なので、特に興味がなければ、無理をしてまで頑張って勉強する必要はありません。
通常の楽曲分析(Analyse)や通奏低音(basso continuo)等の技術は、Bas課題をちゃんとこなす事が出来るようになれば、それらの技術は身に付いて、普通に出来るようになります。
もし、演奏家の人達が和声学に興味があれば、勿論、それ以上のapproachも賛同しますがね。
(但し、同じ・・演奏家でも、CembalistやOrganistにとっては、Bas課題を完璧にこなせるようになる・・という事は、baroqueや古典派の音楽を弾きこなす上で、必要絶対条件になりますが・・ね)
40年、50年前のお話になりますが、私が日本に帰国して間もない頃、私が、若干三十路になるかならないかの頃、ある音楽大学の学長先生から直接私の元に電話があって、「日本で最初のCembaloやOrganの通奏低音学科を作るから、指導に来て欲しい」というofferがありました。
不思議な事は、私がまだ日本に帰国して間もない頃のお話なので、学長先生がどこで私の事を知ったのかは、謎のままでした。
・・私が学長先生と直接、お会いしてお話をする前にお亡くなりになったので・・
当時は、私は、未だ作曲家としての仕事がmainの時だったので、baroqueや古典の演奏の研究は、私にとっては趣味だったので、日本初の『通奏低音科』を作る・・という事は、教則本を作る所から始めなければならないので、膨大な手間と時間が掛かるので、私の作曲の仕事の邪魔になるのでは・・・と、すっかり悩んでしまったのですが、「日本人でbasso continuoとornamentの指導が出来る人は、有名なCembalo奏者である**先生と、君の二人しかいないので・・」と説得されてしまい、ついつい引き受ける事になってしまいました。
『おだてられれば、木に登る』という性格なのでね??
ところが面接というか・・初の学長先生との直接のmeetingの前日の深夜に、突然学長先生がお亡くなりになって、何も知らないままに、次の日に私が大学の面接に出掛けて、対応した大学の職員の人と、全くお話が通じないままになってしまい、この音楽大学で日本初の『通奏低音学科』を作る・・というお話はそのまま立ち消えになってしまいました。
・・という事で、多分、今でも、日本の音楽大学では、basso continuoの授業や即興演奏のlectureはやっていないのではないのかな??
日本でも自称Cembalistやorganistが増えて来たのだけど、CembaloやOrganを演奏する上でのornamentや即興や、basso continuoの技術を学んでいて、baroqueのそういった時代考証(period)的な演奏が出来るCembalistやorganistは未だに日本にはいないのではないのかな??と思っています。
私は、日本の音楽界には疎いので、今の日本の現状を知りたいもんだがね??
※)私の場合には初歩のPianoを指導する時にも、この同じ課題の繰り返しをさせる事があります。
CzernyのEtudeを練習する時に、Czerny30番のlessonが終わると、もう1回、今度は指定されているtempoで課題を復習させます。そうすると、40番や50番のEtudeを飛ばす事が出来るのです。何故ならば、40番、50番の課題は曲がより長くなるだけで、内容的には同じ課題が殆どだからです。intempoで30番が弾きこなせれば、後は数曲を抜粋するだけで、充分だからです。
※)私がこのPringsheim先生の和声学の教則本を推奨するのは、この教則本がとても理論的で、必要最小限の課題で和声の基礎知識を網羅しているからです。
私自身は作曲が主科なので、受験する前から色々な和声学の教則本を勉強しています。勿論、France-harmonyやDeutsch-harmony等の基本や、Genzmer先生の恩師であるHindemith教授の和声学等も一応勉強はしています。
和声学の bezifferten Bas(数字付き低音)はRameauが提唱して、baroque時代から古典派の時代迄の速記法として通奏低音として使用されて発達して来ました。
Brahmsは独自の作曲法として、この bezifferten Basを応用して、曲をsketchする時には、Basとmelodieを作曲して、それから対位法的に音を書いて行ったと言われています。(作曲家のsketch-bookはfacsimileとして色々な出版社から出版されています。好きな曲は一つは購入されてみては如何かな??私は膨大なfacsimileのcollectionを持っています。)


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2月19日『Vivaldiの夏よりⅢ楽章のsoloの声部の交差について』
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baroque・violinは顎当ても肩当てもないので、楽器を首に挟んで構える事はありません。
通常は手に持って弾くので、現代のgypsyのように、position移動をなるべくしないで、そのままのpositionで弾く事が多いのです。勿論、position移動の瞬間的には肩でviolinを背負う事もあったのですが、それは時代と作曲家によります。
綾乃ちゃんのKontrabassのConcertoのsoloの時にでも分かるように、Kontrabassという低音楽器でも、baroque仕様の弦に弦を変えると、不可能と思われるhighpositionの音がちゃんと出るようになります。
つまり、baroqueから古典派までの時代はgut(ガット)弦だったので、弦が細くて柔らかくて、高音域の音出しは、現代のmodern楽器用の弦とは違って、とても楽だったのです。
・・という事で、このhighpositionの音を、positionを変えないでmodern楽器で弾くのはそんなには容易ではありませんので、こんにちでは、早めに下のpositionに降りて演奏するのが一般的なのですが、baroque楽器のgut弦ならば、当時のままの演奏styleで、highpositionのままのpositionでこの譜面の指使いで演奏しても、音出しは、そんなに難しくはありませんでした。

・・という事で、8分音符のG線上になる前の小節からG線上で演奏して、droneのDの音はDの開放弦のまま弾きます。
・・という事なので、開放弦のD線の音に対してG線上のmelodieの音が声部を交差させて演奏します。
今の演奏家達の多くはDの音をG線上で取るように演奏する人達が多いのですが、それでは難しいだけで、Dのdroneの音も聴こえて来ないので、gunstig(有効)ではありません。(私は個人的に子供達にこの声部を交差させる方法を指導する時には、この交差の事を「逆さまposition」と呼んでいます。)早めにpositionを降りたとしても、せめて、droneの部分だけでも、声部の交差を用いるべきなのですがね??
この声部を交差をさせる弾き方は、(私の2台のviolinのための小品の中にもよく出てきますが)、baroque時代には決して珍しい奏法ではありませんでした。
VivaldiやBachよりも前の時代の作曲家達もよくこの声部を交差させる技法を多用していました。
それと、譜面上で、弓の返しの位置を微妙にずらしているのは、droneの音を拍頭で弓を返さないようにするためなので、弓を返す場所は(拍頭でさえなければ・・)どこでも構わないのです。拍頭で弓を変えると、changeの音が聴こえてしまうのでbagpipeやhurdy gurdyのようなdroneの音にならないからです。
参考までに、写真3枚目の男性は、教室ではいつもお世話になっているVeracini先生ですよ?





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2月19日『windows10への悪口とMicrosoft Ergonomic Keyboardの不具合』 ・
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1月14日の前日にwindows7からwindows10にupgradeしてから、どうもMicrosoft Natural Ergonomic Keyboardとパソコンの相性が良くない。
入力しても最初の文字を認知しないのだよ!!
何度か打ち直してやっと認知するのだ。
netで調べても、Microsoft Natural Ergonomic KeyboardとDellのパソコンの相性のcommentは見つからない。



・・という事で、機械的な接触不良も考えて、keyを抜く道具を取り寄せて、無水alcoholと接点復活剤を使って掃除を試みたのだけど、全く関係はなく、このtypeのKeyboardは掃除不要のtypeだったのだよな??
・・Keyboardを分解して、内部の構造を見て始めて気が付いた。
・・という事は、windows10になってからの故障という事なので、最新型のKeyboardに交換しないとダメだ・・という事だよな??・・というか、最新型のKeyboardでも無理な可能性もあるし・・な??
他の10のパソコンでは問題は起こっていないので、Keyboardの性ではないのかもしれないね??

パソコンとの相性とは言っても、同じDellのパソコンなのだけどね??
mainのパソコンだけが、入力不良なのだよナ??
・・という事は、このKeyboardを最新のversionに買いなおしても、治るという保証はない・・と言う事なのだよな??
買い直すにしても、Ergonomic Keyboardはお気に入りではあるのだが、結構高いのだよ??
無駄に買い直す分けにも行かないよな??
いやあ、困った!!
windows10になった事で、日本語のsoftが幾つか使用出来なくなってしまった。Microsoft IMEの日本語softは非常に使い手が悪いので、使った事はない。極々稀に、他の日本語softが使用出来ない時にやむを得ず使う事はあるのだが・・・
そう言った選択肢が全くない事について、Microsoftは全く不親切だよな??
(1日経った次の日のお話なのですが・・)
今日は久しぶりにcanonのprinterのscannerを使ったのだけど、softが反応しなかった。
どうせ、多分、windows10にupgradeした事でのtroubleだろう・・?? という事で、printerのupgradeをしようとしたのだが、先ず、私のprinterの機種が見当たらない。
時間を掛けて、丁寧に探して見ると・・ず~と下の方に別枠であったよ!!
installに結構時間が掛かったのだけど、まあ、ちゃんとscannerが出来るようになったので、時間を失った事は良しとしよう!!
windows10になって、色々なアプリが使えなくなっているのだけど、実際にやって見ないと、どれが使えなくなっているのかは、分からないのだよな・・???


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2月20日『1日中、寝てしまった!』 ・
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今日は2月の20日、木曜日の未だ朝の3時頃です。
毎回、この深夜の3時頃に起きるのは既にroutineになってしまっているのですが、今回は強い「鼻詰り」と「悪夢」で、息が出来なくなってしまって、目が覚めてしまいました。
無呼吸症候群で、息が出来なくなって目が覚めるのは随分久しぶりの事です。(鼻のcontrolは比較的に上手く行っている・・と思っていたので・・)
毎度の事なのですが、深夜の3時過ぎに、toiletteに起きて、また直ぐにbedで眠ろうとしたのですが、bedに横になったら心臓が圧迫されて息があがって来て、呼吸が苦しくなって来たので、やむなく起き出して、暫くパソコンの椅子に座って体調が戻るのを待ちました。
この酷い「鼻詰り」がなかなか治りそうもなくて、息を整えて呼吸が戻って来る迄に、暫しの時間が掛かってしまったので、そのままになっていた雑用を片付けていました。
しばらく、起きて椅子に座っていると「鼻詰り」は治ってしまうので、無駄な時間とは思ったけれど、朝は6時過ぎまで起きてウダウダして、やっとこさっとこ体調が落ち着いて来たので、それから寝ました。
11時過ぎに目が覚めて朝食を取ったら、またまた意識が朦朧として来たので、体調に逆らわないで、今日1日を諦めて、もう一度寝ました。
今度は、夕方の5時直前に目が覚めました。
つまり、今日は一日中寝ていた・・という事なのだよな??
鬱が酷いと、碌な事は無いわサな~ぁ??
1日を無駄にしてしまった。
マジ、、、無意味な1日であった。



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2月21日『漏斗(じょうろ)と漏斗(じょうご)』 ・
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コメを長期に保存するには、冷蔵保存が一番であるという事は周知の事実である。(国の備蓄米も、冷蔵倉庫で保存されている。)
ハイツの自宅は部屋が狭いので、一人暮らしという事もあって、部屋の家具の隙間に合わせて、超slim、slenderな冷蔵庫を買っている。
・・と言う事で、冷凍冷蔵の保存spaceが殆どないので、持ち帰ったお弁当が、2日分、3日分と溜まって来ると冷蔵庫の中には収まり切らなくなってしまう。
その場合には、コメを袋のままに冷蔵庫に収めるのは、場所を取り過ぎるのであまり良くはない。
そこでお米を入れるペットボトルのお出ましになる。
無洗米のペットボトルの事については、以前にもFacebookにupした事があるので、ここで繰り返すのは避けるとして、米を冷蔵庫で保存するにはペットボトルはとても便利だ。
だけど米の袋から、米を周りにこぼさないように、ペットボトルに移すのは、独居老人が一人でやるとするには、結構大変な作業になってしまう。
ちょうど良いサイズの口の漏斗があれば良いのだが、大きな漏斗の口はペットボトルの口には入らないし、小さな漏斗ではコメを入れるには、周りにもこぼれてしまうし、またすぐに漏斗の口が詰まってしまうので、とても無理がある。
それで、1人で作業するときには、いつも困っていたのだが、大きな漏斗の縁の周りの金具を取るとペットボトルの中に漏斗の口が入るので、金切り糸鋸で縁を落として、指が傷つかないように、ヤスリがけをして縁の粗目を取った。
これで1人ででも、一粒もこぼさないで米をボトルに入れる事が出来るのだ??
漏斗の縁を切り落とすのは、意外と簡単であった?
やってみるもんだ!
鉄ではなく、アルミだから簡単に切れたのだよな?!
私は自宅では日常的にサラサラの濃い粉茶を飲む。
お茶屋さんで、お茶の超素敵な入れ物を買って来た。
一回で計量を兼ねて、粉茶を入れるためのちょうど良い木のスプーンがあったのだが、柄が長過ぎて缶に入らない。
という事で、柄を工作用の小さなノコギリでちょうど良いサイズに切り落としてしまった。
これも、ひと手間という手間にもならないのだが、今の人達は、その手間を面倒くさがって、なかなかやろうとはしない。
これも、幸せな時代に生きて来た弊害の一つでもある。

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2月23日『夢の定義・補遺』
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「夢」というものは、一般的な夢、所謂、「医者になる」とか、「小説家になる」とか、「画家になる」とか、「陶芸家になる」とか、「一流の企業に就職する」とか言う事は、それは学校教育とぶつかり合う事はない。
それ等のgenreは早期教育の必要性がないからである。
しかし、音楽に限らず、野球にしても、athleteにしても、balletにしても、・・云々・・所謂、体を作るgenreでは、幼い頃から、そのための特別な訓練をして、体を作って行かなければならないのだ。
「音楽の道に進もう」とする生徒が、『高校生ぐらいになって、音楽進学するか否かを決める』・・という事は、一般的には絶対に有り得ない。
学業の合間に幾ら熱心に音楽の勉強を続けていたとしても、趣味は趣味の域を出る事はないからである。
先ず、一般人にはそこの所(水準の差)さえも分からないのだよ。
「音楽には才能が必要だ」・・とか言う人達がいて、困ってしまう事がある。
音楽は才能だけで何とかなるような簡単な安直なものではないからだ。
私はproになる条件を『音楽が好きで好きで堪らない事だ』と言っている。
人間の本当の幸せとは、自分が本当に好きな事を続ける事だからだ。
しかも、それがたつきの糧になるとすれば、これ程の幸せはあるまい。
しかし、『音楽が好きで好きで堪らない』としても、その子供が「音楽家への道」を歩けるのか否かは、それだけで確定するものではない。
それに伴う条件は、結構、シビアで難しい事なのだよ。
歩いている道がproに繋がる正しい道である・・という事を知った上で歩き、努力をしている人達は殆どいない。
殆どの人達は、その道を歩くとproになれるに違いない・・と信じているから、歩いているに過ぎないのである。
それを普通は、盲信という。
盲信に陥る事もなく、正しい道を歩む事は、然程難しい事ではない。
それが正しい道であるか、盲信に過ぎないか、の判断はいたって簡単である。
だって、その道の延長線上にproがいるか否かで判断すれば良いだけだから・・である。
しかし、一般の人達は「proになる?」という事を、「有名人になる」…という事と勘違いをしている人が多い。
また、権威のある人が音楽を本当に知っている人である、と勘違いしている人も数多くいる。
そういった表面的な事に囚われている人達の話を聞く人が、如何に努力をしたとしても、それで道に至る事はない。
道は本当の本物を知る人のみに、その姿を表すからである。
いくら音楽が好きであったとしても、真摯に音楽の道を歩もうとしている子供達でも、その成長の過程では、色々な堅固な音楽への心を惑わしてしまう難しい時期が度々ある。
昔、その話をした時に、「それを乗り越えて行く事が出来るのも、迷いを断ち切るのも、その子供の才能なのだ」と言われた事がある。
『音楽が好きで好きで堪らない』子供であったとしても、小学生の高学年から中学生に掛けての思春期の時期は、危険な時期でもある。
成長過程の途中では ギャングエイジと言う小学生の高学年から中学生にかけての成長過程の時期があって、周りの社会や異性に関心がいって音楽が 二の次三の次になってしまう時期がある。
こういった ギャングエイジや思春期症候群の時期に音楽への愛情を見失しなう子供達が殆どの中で、極々稀に自分を見失わない稀な生徒達がいる。
そういった生徒たちこそが、音楽への道、プロへの道を歩みそうなものだが、意外とそうでもないのだよ。
その大きな理由は、またまた色々とあるのだが、その一つをあげるとすると、親が 音楽へ専念する事に対しての恐怖心を抱くことである。
音楽でプロの道を歩く事が出来るこの幸運を持てる人は、こういった時期にも親や、周りで支える人たちがぶれないで、子供の夢を叶えようと努力をするという稀なケースの人達である。


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2月25日『時間のお話』 ・「下準備のお話」
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『時間のお話』
今は、2月の25日の火曜日の午前5時です。
4時40分に起きて、ぼんやりと今日の予定と二度寝のtimingを見計らっている所です。
「そう、今日は火曜日」、・・・そうだ、歯医者に行く予定があったのだよな??
すっかり、忘れていた!
火曜日は、注射の日でもあるのだけど、それは二度寝から目が覚めてからでいいや?? ・・と思っていたのだけど、なんと二度寝が出来ないのだよな??寝付けないのだよなぁ?
仕方がないので、注射するには朝では早いのだけれど、注射も先にする事にした。
・・眠れないので、仕方なく、朝から雑用をこなしてしまっているのだが、
「歯医者に行くのを忘れそう」・・というか、寝ていないので、時間が正しく把握出来ないので、パソコンの超隅っこにある小さなデジタルの時計が頼りなのだけど、パソコンに熱中してしまうとその数字を見る事すら忘れてしまう。
という事で、時計の文字盤式の予定表のアプリを探してしまった。24時間型の時計と連動する予定表を探して見たのですが、これが有りそうでないのですよなぁ?
私は基本的には時計はdigitalの時計は持たない。
(ここでdigital・・という意味は画面が数字表示か、時計画面表示か・・、という意味であって、機械式であるか、電子式による・・という意味ではない。)
時間を数字で直読するtypeでは、intervalが見えないので、analog式の画面の方が、時間と時間のintervalが見えて良いのだよ。






「下準備のお話」
今日は火曜日なので、2日も過ぎてしまったのだけど、月曜日は1日、ビデオの編集作業に追われてしまったので、1日飛ばして、一昨日前の日曜日のお話をする事にします。
一昨日日曜日、23日のオケ練習では、室内楽の練習を3曲、オケ練習の後に放り込んだので、普段の練習にも増して、練習時間が無くなってしまったので、少しでも時短をするために、intervalを少なくするための課題を子供達に出しました。
オケや室内楽の準備は、ベテラン組は出来て当然なのだが、今回は「初めて組」が半分なので、そういった基本的な事を、lectureしなければならないのですよ。



通常は、Cスケジュールのprogramでは、3曲づつを一つのgroupにして、その間を休憩を挟んでいます。
以前は、1曲づつの時間をprogramに載せていたのですが、練習時間が足りないので、詳しく説明して練習する曲を決めて一つの曲を中心にして指導するようにしました。後の曲は次回送りにはなるのですが、基本的には、一曲を丁寧に練習すると、後は以下同文…という事になって、練習を省略する事が出来るからです。
練習の開始までの下準備は、先ずは
①3曲の楽譜を順番に譜面台に重ねて置いて(・・とは言っても今回の宿題は暗譜なので、譜面台は無い!)、書くもの、memo、水筒等々を準備しておく事。
②時間は『音出し』の時間なので、それまでに、tuning等の楽器の準備を済ませておく事、
③集合時間と終わりの設定時間は練習の開始時間と終了時間なので、それに対してinterval(所謂、
準備をする迄の時間)がどれぐらい掛かるのか??は生徒1人1人、違うので、自分の判断で教室に集合して、保護者のお迎えを何時に呼ぶのか??は各自決めるように・・という事を事前に連絡をした。
当たり前の事かも知れないけれど、今回の生徒達は約半数が『始めて組』なので、そう言った一つ一つの『躾け』から始めなければならないのだよ。
学年が下がれば下がる程、下準備には時間が掛かるのだよな??
練習時間が30分しかないのに、楽器を出して楽譜を準備するだけで10分掛かってしまう。tuningも入れると、それだけで練習時間が終わってしまうのだよ。
それに低学年になればなる程、自分達では下準備の時間の予測が出来ないのだよな??
「実際に掛かる時間を測って見れば?」と言っても、いつが開始でいつが出来たのかが分からない。
学校の時間割の場合には、下準備も含めた時間割なのだけど、実生活では下準備の時間は各自違うので、始まりと終わりの時間しか指示されないので、学校で学ぶ時間と社会に出てからの時間のgapが直せないのだよな??
私が学生時代に、仕事の仕方を教えてくださった人は、Prin先生のお世話をしている西武の顧問をしている先生でした。学んだ事は3分間仕事法とか、歳上の人を待たせてはいけない?という事でした。
それまでは、友達と待ち合わせをする時に、お前が1分遅れた!とか争って、お互いの腕時計を見比べたら、お互いの腕時計が1分違っていた、というような笑い話のようなお話があります。
その先生に学んだもう一つの事は年長者を待たせてはいけない・・という事でした。
Munchenでの留学も終わって、社会人として仕事を始めた時に、出版業界の人と高田馬場の駅で待ち合わせをする事がありました。
相手の人は出版社の社長さんで、勿論、年長者なので、相手の方を待たせないように5分前に駅に着いたのですが、5分前には、もう待っていたのですよ。
「これは困った!!」という事で次は10分前に着くように出掛けました。
「え~っ??」10分前にはもう待っておられたのですよ。
その次には、思い切って30分前に着くように出掛けました。「な、な、な、なんと!」30分前・・でも、ちゃんと待っておられたのですよ。
相手の人も、私がclientなので、私を待たせてはいけない・・と、私の来る時間よりも早く来ていたのだそうです。
相手の人と良くお話をして、時間よりも3分以上に早くは来ないようにお願いしました。
アハッ!



芦塚 陽二
歯医者はなんと、1時間半近く掛かってしまった。
深い部分の歯の汚れの掃除に歯茎を切開したのだけど、「奥歯の根っ子が虫歯になっていて、治療が出来ない」と言う事で、歯を抜かれてしまった。抜糸までに1週間だそうな??
ひぇ~~っ!??
抗生剤と痛み止めはロキソニンが出た。
殺菌のためのうがい薬も出た。
左頬が痛い!
腫れ上がって来た!!
取り敢えず、ロキソニンを飲む事にする。
前回も1錠だけ、当日には飲んだので・・・
・ 返信する ・ 45週間前 ・ 編集済み
芦塚 陽二
うがいをしたら、血だらけだった!!
・ 返信する ・ 45週間前
芦塚 陽二
歯同士が噛み合うと痛いので、雑炊しか食えない!
薬を飲むのに・・何か胃に入れないと・・??
朝から何も食っていない!
・ 返信する ・ 45週間前 ・ 編集済み
芦塚 陽二
深夜の1時です。歯茎の周りが腫れ上がったので、仕事をやめて取り敢えず寝て目が覚めた所なのですが、前回と同様に、下着とシーツが血で汚れていました。血液サラサラの薬を飲んでいるので、血が止まり難いのです。下着変えたばかりなのに、また洗濯しなくちゃ~??いや~あ、困った??
・ 返信する ・ 45週間前
芦塚 陽二
腹が減って冷蔵庫の中には、おかずもご飯も入っているのに、歯が痛くて咀嚼が出来ないので、何も食べられないのだよ!
・ 返信する ・ 45週間前
芦塚 陽二
どうせなら、気分転換に一杯飲みたい所なのだが、切開したばかりでは、飲んだらダメだよな~ぁ??
・ 返信する ・ 45週間前
返信する...

芦塚 陽二
歯の付け根に食べかすが…と思ったのだが、何と縫った糸の結んだ玉だった?



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2月26日『初心忘るべからず』 ・
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書きかけの文章ですが、放置されていたので、upする事にしました。
『初心忘るべからず』という諺がある。
超、一流の芸術家が一様に自負している事は、音楽を追求している時に、技術上で行き詰まったら初歩に戻る事である。
日本人の言う所の初歩に戻るとは、その技術の段階を1段戻すぐらいなのが精々なのだけど、私は実際にAaron RosandというAmericaの誇る名violinistが60歳を過ぎて、楽器の構え方から弓の持ち方に至る迄を、180度変えたのを目の当たりにして、驚嘆した事がある。
Arthur Rubinstein然り、Alfred Denis Cortot然りである。
世紀の名演奏家という人達は、いつ何時であっても、自分を初歩の初歩から立て直す事が出来る・・という事をこれまでも目にして来た。
反面、若くしてTechnikの粋を極めたとされる名演奏家達は、緩慢なる衰退と戦って、徐々にその技術や音楽が衰えて逝く事を目の当たりにするのは、甚だ不本意な事ながら、悲劇ではある。
技術を極めたと自称している若者達は、本当の意味での初歩に戻る事が出来ない。
歩き始める道が間違えていたとすれば、その道をどんなに頑張って歩いても、目標へ到達する事はないのだが、実際にはその事に気付く人達は少ない・・と言いたいのだけど、実際には、いないのだよ。
それは何故か??というと、間違えた道を歩む人達にはその道での判断基準を学んでしまうからなのだよ。
つまり、double standardのもう一つの別のstandardが、いつの間にか、その人の求めるstandardに成り代わってしまっているからなのだ。
恐ろしい事なのだけど、音楽の世界に限らず、人生を取り違える人は多いのだからね??
だって、本来的には良い高校、良い大学に入る事が人生の目標では無かったハズだろう??
では良い高校、良い大学に入る事は何を目的として入るのか??と質問すると、それに納得のいく答えを言える人は少ない。
だって、もし、仮に、罷り間違って、一流企業に就職出来たとしても、そこにはより優れたrivalが集まっていて、一生きが休まる事もなく、多くの人達は引き籠るか、30歳を待たずして、自殺するか??だからだよ??
これこそが、『手段が目的になる。』という典型的な事なのだからね??


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2月27日寒いのでアンカを出したのだが
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今日は2月27日の木曜日の朝の5時前です。
今日は花園でlessonの予定なので、しっかりと睡眠を取っておかなければならないのだけど、またまたpressureからか、それとも足が冷えて布団に入っても温まらないせいなのか、なかなか眠れません。
・・・という事で、久しぶりにアンカを出して来て、足を温めているのですが、それでも足が温まらないのですよ。
アンカでも温まらないという事は、足の血の巡りが悪くなっているのだよねぇ?
それとも、単なるpressureのせい?
普段ならば、こういう時は体に逆らわないで起き出して、仕事をしながら睡魔が襲って来るのを待つところなのですが、起きる時間が決まっているので、それも出来ずに困っている所です。
・・とはいっても、布団の中でうだうだしていても、仕方がないので、諦めて起き出して首を温めながら、日本酒の熱燗を飲みました。
車を出す迄にはまだ時間的なゆとりがあるので?
テレビを見ると、昨夜は思いの外冷えたようです。
現在は6時を過ぎて、そろそろ7時になる頃なのですが、今でも、まだ5℃しかないそうです!


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2月28日『2月の28日の金曜日の深夜からのお話』 ・
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今は2月の28日の深夜の3時を迎える直前です。
千葉から帰って来て、超急いでやっと寝る準備が終わった所ですが、・・・さ・さ・寒い?
今はまだ4℃なのですが、これからは2℃が続く予定です。
これから布団に入って寝るのですが、普段寝る時には、寒くても暖房は入れないままに寝るのですが、今夜は流石にエアコンの暖房を入れて寝る事にします。
(bedがカーテン1枚で、ガラス戸に面しているので、外の温度が下がると、肩等が異常に冷えてしまうので・・・ね?) 
結構、熟睡出来て、toilette-timeで目が覚めた所です。
今は、朝の7時です。
とても良いお天気のようですが、気温はまだ2℃のままです。超、寒いのです。
エアコンをつけたままで寝たのは、正解のようでした。
「そのまま、二度寝をしようかな??」と思ったのですが、寝起きが意外と良かったので、これから、昨晩そのままにしておいたlesson道具の後片付けをする事にします。
もうすぐ10時をなる所です。
3時間程作業をして、疲れて来て意識が朦朧として来たので、やっぱりここで、二度寝をする事にします。
それまでの時間、仕事をしていたので、二度寝のためのroutine作業をするのですが、ふと、この『眠るためのroutineの作業』が何分の時間を必要とするのか・・が、気になってしまいました。
部屋のストーブを止めたり、パソコンを閉じて明かりを消して・・・、と意識がしっかりしている時には、それでも1、2分しか掛からない事なのですが、意識混濁している時には、30分以上も掛かる事があります。
疲れ切った時には、1分、1秒でも速く眠れる方が良いのですが、逆に『眠るためのroutineの作業』が苦痛になって、重荷になってしまう事がよくあるのです。
勿論、lessonの後片付けのような・・起きた後にでも出来る作業は、起きた後での後回しにしたとしても…でのお話ですけれどね?


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2月28日『2月28日の金曜日のお話の続きです。』
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・・・という事で二度寝をしたのだが、目を覚まして見ると、まだハイツに住み初めてた頃の部屋の状態だった!
「何が、どうしたのだ??」という事で、慌てて寝室に行くとbedすら入っていない『お引越しの荷物』が散乱した状態で、toiletには、便座がまだ設置されていなかった。
「夢であってくれ!」と部屋を見て回るのだが、どの部屋も住み始める前のままの状態なのだ!
どうしたら今の時代に戻れるのか、焦ってしまったのだよ。
・・・しかし、実際は全く違っていて、私がハイツの部屋を買った時には、ほぼ居抜きの状態だったのだよ。
だからtoiletteは汚れたままで、私が掃除をしたのだよ。
当時は、腰も大丈夫だったのでね・・・??
夢に戻って・・・、
「もしかしたら・・」・・と玄関の脇の部屋を見てみると、荷物が散乱した中に布団にくるまって、人が寝ている・・・
引っ越しの手伝いをしてくれていた弟子だ!
(これも現実とは違っていて、居抜きをしてお引越しをした後でも、私は10年間はハイツには住んでいなかったのでね??だから、お引越しで荷物を私が搬入した事実はないのだよな??)
その当時の、弟子の彼女と話をしたのだが、しかし、彼女は私がtimeーtravelをしている事を知らないし、架空の私のお引越しのお手伝いをしているのだよ。
つまり、その時代の住人なのだよ!
その後、timeーtravelは更に混乱して来て、産まれ故郷に住んでいた頃の話になるのだが、猿が出てきたり(里山は傍にあるのだが、流石に猿はいないので・・)BB弾のairーrifleの話になったり(当時は未だ空気銃でも中折れ銃の時代で、BB弾自体が未だ存在していなかったのだよ!!)と、時代考証がめちゃくちゃで、話も支離滅裂で荒唐無稽な話になってしまった!
夢の中で、更に心地よい睡魔に襲われて、夢の中で寝入ってしまって、再び目が覚めると、今の現実のbedの中にいたのだよ?
現実に戻れた事への安堵感…の中での、超、お久しぶりのtimeーtravelであった!
夢の中で、目が覚めた時には、マジ、自分がどこにいるのか分からなくって、超、慌ててしまった!
・・・という事は、私は『time-travel』を信じているのかね??
結構、熟睡出来たので、「午後の3時半ぐらいかな??」とも思ったのだが、実際には11時半で、1時間も寝ていなかったのだよ。
ここでも『time-slip』をしているのだよな~ぁ??
兎に角、今日は時間が…というか、timeーlineが、滅茶苦茶だよな??
それはそうと「今はもう11時半なのに、外の気温は2℃だった!」という話しは、もうしたよね??



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2月29日ニッパチ
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今日は2月の29日土曜日です。1日得をしたような、損をしたような・・閏年ですよね?・
業界では、2月は逃げる月と言って何時も気がついたら終わっていますよね。
コメント
細川 千賀子
2月は逃げる、3月は去る・・で、コロナウィルスも気付いたら収束していると良いのですが。



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3月




3月1日『熱燗用のコップ』 ·
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私は自宅では基本的には日本酒やビール等は飲まない。
バイパスの手術をしてからは、晩酌や喫煙もやめてしまったからだ。
それに輪をかけて事務所が椎名町に引っ越しをしたので、bikeで食事に行くようになったので、alcoholを飲む事が出来なくなってしまった。
bikeで椎名町に行って、飲んでしまうと、電車で江古田に帰らなければならないのだが、次の日にも電車でbikeを取りに行くのは、一苦労になってしまうのだよ。
日本酒は寒い季節になって来た時に、江古田の行きつけの寿司屋のカウンター席に座って超熱燗を飲むぐらいなのだが、コンビニで小さなカップ酒を見て、可愛いのでついつい買ってしまった。
一口だけ、熱燗を飲みたくなる事もあるからね?
勿論、飲んだ後のコップを使いたかったので、コップは捨てる事なく、そのまま色々な箇所で使っています。
スプーン入れやpen立て等なのですが、その中のコップの一つが極めてぐい呑にちょうど良い!!

蕎麦猪口ぐい呑が大きさや形が好きで、探しているのだけど、江戸時代のものは、流石に1,2万はするので、現代物のimitationを買おうと思ったのだけど、そば猪口とぐい呑は引っかかって来るのだが、そば猪口ぐい呑はgenreがないのだよな??骨董市にでも行けば良いのだろうけれど、今はその元気もない。
ぐい飲みと言えば、私が買った分けではないのだけど、ハイツにはお猪口やぐい呑等の酒器がたくさんある。



お酒を全く飲まない母が陶器を集める趣味で買ったもので、厭きてしまうと私に断りもなく母が勝手に私の所に送って来たものなので、ハイツの自宅にはお猪口や徳利が幾つあるのかは、私も把握してはいない。
勿論、母が勝手に送ってくるのは、酒器だけではなく、色々な種類の陶器なので、「部屋が狭いので、陶器類を送って来られても困る‼️」と、再三文句を言っているのだが、陶器を送れないとなると逆切れして怒り出しすので、親孝行の一環として諦めている。
と言う事で、ハイツだけではなく、花園やユーカリが丘の教室にも陶器を置いている始末なのだが、中には中々美しいものもある。



私は基本的には、使わないものは置かない主義だから、極々稀に、音人の会に使うぐらいしか使用する事はないのだが、流石に酒器を出す事はない。
例えハイツの自宅であったとしても、いちいち徳利にお酒を移して、お燗をするほどの、日本酒とうではないし、とはいっても、ぐい呑やお猪口を直接、レンジでお燗する分けにはいかないので、面倒くさいので、母の陶器を使う事はない。
一々、徳利を出して来てお酒を移して迄、お燗をするのも面倒くさいからである。
部屋に飾るには、そんなスペースも無いしね?



それはそうと、写真の説明の文章を書いたはずなのたが、その文章が見当たらないのだよ。
通常ならば編集履歴には残っているのだが、編集履歴を探しても見当たらないのだよ。困ってしまう‼️
気が向いたら、そのうちまたまた同じ事を書くか❓❓
・・という事で、1枚目の写真はコンビニで買ったコップ酒用のコップです。2前目の写真が
ぐい呑にちょうど良い大きさと砥部焼並に厚手のガラスのコップです。3枚目はお袋の趣味で集めたぐい呑の色々です。清水や瀬戸、赤絵まである色々な寄せ集めのsetです。4枚目は徳利の外にお湯を溜める燗徳利です。1合用と2号用です。珍しく自分で買ったものだけど、やっぱ、面倒くさいので1,2回使用したままでその後はオクラ入りです。5枚目も私が個人的に買った徳利とお猪口です。


6枚目はお袋さんの徳利とお猪口なのですが、中々美人の徳利とお猪口ですが、・・それを出して使う人生のゆとりはないよな~~ぁ??





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3月2日『昨日3月1日の日曜日は、春の発表会への最後のオケ練習でした。』 ·
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未完成の推敲中に文章です。

という事で、今日は、も・・はや・・3月の2日の月曜日です。
明日はお雛様らしいのですが、多分、コロナで教室にはお雛様はいらっしゃらないと思います。
それはそうと、昨日のオケ練習は発表会に向けての最後の練習なので、このひと月の練習課題の宿題を完成させて、最終checkをする最後のlessonだったハズだったのですが、「一人一人に与えたハズの課題を全くやって来ていない」・・というよりも、「自分に与えられた課題がなんだったのか?」と言う事さえ覚えていないので、半年間、同じ事を言い続けて来た私としては、流石に、マジに切れ掛かってしまいました。
(否・・、切れて怒鳴り掛けたのかな??😭)
確かに、methodeに乗ってオケ練習に参加している生徒にとっては、5分ぐらいの練習でも、次の練習に間に合うようにnormaを果たす事が出来るかも知れません。でも、それは、オケや室内楽の練習に慣れた生徒の場合であって、未だ教室のmethodeが何たるか??を知る事のない『始めて組』には不可能な事です。
orchestraを企画運営するには、お金やstaffの人数が必要で、採算が取れないので、基本的には一般の個人の音楽教室で、orchestraを持っている所はありません。個人の音楽教室で、市の主催するorchestraに生徒達を送っている教室は、勿論、あるのですが、その主催はあくまでも行政です。
一般のorchestraというのは、県や市が主催する、所謂、junior・orchestraしかありません。
つまり、公的な主催なので、指導者や生徒達は特定の先生の生徒ではありません。あくまでもその市や県に属する不特定多数の生徒であり先生なのです。
そういった団体では、不特定多数の生徒から団員を集める段階でaudition(入団試験)があって、集める生徒達の技術水準のlevelや年齢をselect出来るので、元々、生徒達同士の技術的なlevel格差の問題はありません。
一般の音楽教室や個人の先生達に習っている生徒達はorchestraや室内楽を練習する事はないので、『ensemble慣れ』をしている生徒はいないので、ensembleに関しての技術力は最初から誰も持っていないのだよ。
だから、一人一人の生徒達の出来不出来の違いは、生徒の家庭での「やる気」の問題だけになるので、練習に付いて来れない生徒は、rehearsalの前でもcheckをして、注意して直せない生徒達は、演奏会の出演memberから降ろす事が極々一般的なのだよ。
教室のように、orchestraや室内楽にcurriculumがあって、しかも一人一人の生徒を『育てる』という意識はないので、「各自が自分で努力をしてオケの練習に付いて来る」という事だけしかないのだよ。
『何故??』と言う事の指導はないのだ。
何故ならば、一般のjunior-orchestraの場合には、集まって来る生徒はそれぞれの先生の生徒なので、演奏の仕方や音楽の学び方がそれぞれに違う。
しかも、orchestraで指導する先生は、全く別の先生なので、指揮者と意思が統一されている場合すら、極稀なのだ。
つまり、orchestra全体の統一されたcurriculum等は、不可能なのだよ。
だから、指導というのは「やって来い!」しか無くなってしまうのだ。
有名塾になると、levelでclassを作って、AgroupからD、Egroupまで、実力に応じて、class分けをする。
成績が上がらないと、下のclassに落ちるだけである。
junior-orchestraも同じで、1回の演奏会でfullに出場する生徒は、Agroupの生徒達だけである。その後は、生徒の実力に応じて、B,Cと出番が少なくなる。
それがcapacityとされるだけである。
それはorchestraの経営戦略(指導法)としては、すこぶる簡単で効率的で良いのだが、しかしながら、私達の教室のorchestraの場合には、《個人の教室の悲しさ・・》練習をしてこないmemberを降ろしてしまうと、人数がいなくなってしまって、オケが成り立たなくなってしまうからね??
まあ、『私達の教室』・・とは言っても、昔からそうであった分けではなくって、少子化で生徒が少なくなってしまったせいでもあるけれどね?
以前のオケのmemberでは、soloをする生徒が最年少で高校生や大学生のお姉さん達が上段から睨みを利かせていたので、『始めて組』の生徒達でも、「練習をして来ない」と言う事はなかったのですが、その上に立って睨みを効かせて、readerになるべき中学生になったばかりの生徒達自身が、「練習をして来なかったり」前回の「先生の注意を覚えていない」ので、『始めて組』に対しての模範生には成り得なくなってしまっているのですよ。
オケが自分よりも下手であるならば、オケを引っ張り上げるよりも、そのまま下手なままの方が自分も努力をしなくても良いので楽なのですからね?
教室の中で天狗になれるのは、変わらないのでね??
そこは学校教育と同じなのだけど、学校教育の場合には、受験という一般的な選別があるからね??その時には『井の中の蛙』では済まないのだよな??
発表会を聞きに来るお客様が保護者や近親縁者だけでなく、一般の聴衆だったら、自分に好意的には聴いてはくれないのだよ。それどころか、批判的に聴かれてしまうのだけどね??
教室も昔はもう少し生徒数が多かったので、2回オケは趣味オケにして、発表会迄のオケ練習は、私はtouchしない事にして、オケの練習の楽しさを中心に先生達に指導して貰う事で、曲の出来は二の次でした。
しかし、それは私が2回オケは、全くtouchしない、checkをしない・・という事ではなく、私が直接子供達を指導すると、lessonやlectureが非常に厳しい指導になってしまうので、私は間接的にvideoを見てcheckをしたり、先生達からの個々の問題の質問に答えたりして、直接ではなく、指導をしていたのですよ。
・・・と言う事で、3回オケや専科オケは、私が直接、指導するので、厳しい私の指導について来れない生徒は、生徒が希望しても、担当の先生が「無理」と判断したり、且つ又は、一般のjunior・orchestraのように、練習の段階で、付いて来れない生徒をmemberから降ろす事もよくありました。
それは、『私の指導について来る』・・『ちゃんと出来るように練習をして来る』と言う事が、3回オケ、専科オケの絶対条件だったからです。
3回オケと、専科オケは、同じ曲目を同じに練習するので、違いが分かり難いのですが、3回オケのmemberは、音楽の道に進むのではないけれど、学校の部活や学業よりも音楽の勉強を優先する・・という生徒達で、専科オケの生徒は、当然、音楽を職業として勉強をする・・という生徒達でした。
いずれにしても、3回オケの人達と専科オケの人達は私から直接lesson、lectureを受けているのですが、その意識差は、どうしても出て来ます。
今日では、老人の介護の職業が持て囃されていて、高校でも体験学習としてのvolunteer活動が奨励されています。
しかし、高校生が体験するvolunteerの介護の体験学習は、実際の介護から4Kを省いた綺麗事に過ぎません。
だから、当然、volunteerで将来介護の職に就きたいと・・介護の学校に入学した生徒達が実社会の現場としての介護の現実を体験して、高校生の時に、自分達が体験学習した介護と、現実社会の4Kの違いを経験して、1年も経たずして、学校をやめてしまう・・という話を毎年聴いています。
私も出来る限り、そういった高校生の体験学習は作り話の世界なのだ!!と言い続けているのですが、誰一人として私の話は信じてくれません。
音楽の・・、この場合には、Classicに限ったお話かもしれませんが、音楽大学で学ぶ音楽も、それに近いものがあります。(Classicの音楽は限られた知的階層が堪能するものであって、音楽の理解には、勉強や水準が必要なのだ・・という選民思想です。)
そういう事なので、Classicの世界は、そもそもが一般の社会とは隔絶しているようなので、一般社会とのgapは影響が少ないのかも知れませんが、それでも所詮はimitationの世界である事に代わりはありません。
***********
本当の演奏とは、教室とは無関係の一般の聴衆の前で厳しい批判を受ける事で、本当の音楽の勉強をする事が出来ます。学校教育のような保護された環境ではなく、本当の意味の勉強なのです。
・・という事で、音楽の世界を目指す若者達に、本当の音楽とは、本当の演奏活動とは・・というthemaで、本來的には先生達にproとして来た仕事に、「子供達の演奏も便乗させて欲しい」・・とお願いすると、どの企業も、お役所も、渋々、「子供達という事ではなく、proとしての水準で演奏してくれるのならば??」という条件で、納得して来れます。
だから対外出演用の専科オケの参加条件は『proとしての水準で演奏をする』という事なのです。
という事で、「水準には程遠い!」という先生達の反対を押し切って、2011年の10月30日と12月の18日に、2012年の6月24日と11月の23日に、後は13年の6月30日に八千代市の生涯学習プラザの主催で教室の生徒達の演奏会を開催しました。
しかし、回数を重ねる毎に、生徒達や保護者の対外出演に対しての意識が薄くなって来て、やはり、学業が優先されるような状態になって来て、市に対してのお約束、proとしての水準をkeepする・・というお約束が出来なくなってしまったので、私の方から八千代市に教室のコンサートの出演をお断りをしました。
2017年は生涯学習プラザの記念行事として、八千代市から演奏会を依頼されたので、ちょっと冒険だったのですが、頑張って演奏してみました。
2017年の11月の23日の秋のコンサートです。
**************
私の考え方は、学校教育で子供達のために、4Kを省いた、過保護的に作られた所謂、教育上配慮されたものを体験させるよりも、どんな事でも良いので、professionalとしての体験をすれば、今の子供達が抱いている社会に対しての勘違いを修正する事が出来ると思っているのですが、私のそう言った考え方は理解して貰えないようです。

私がオケ練習の時に時折言う言葉があります。
それは「幸福な上の不幸」という言葉です。
全てが満たされていて、仕事をしなくても、働かなくても、引き籠もりでも、ニートでも、つまり、自分の力でなくても生きて行けるという不幸せです。
不思議な事に親は子供よりも長生きをする・・と思い込んでいるようで、子供も永遠に親は自分を面倒見てくれる・・と思い込んでいる事です。
私がテレビのドキュメンタリー番組を見るまで、全く信じられなかったのは、60歳を過ぎた引き籠もりがたくさんいる・・という事です。
子供の虐待と同じくらいに信じられない社会現象です。
私が教室を開設するように説伏されたのは、こういった未来が2000年以降に来るから・・という話だったのですがね??
********
それから、『対外出演を希望する生徒』を対外出演に向かって学校行事よりも、公開演奏のための練習を優先すると言う保護者からの念書を貰った生徒達を特別クラスとして専科オーケストラを作りました。
基本的には、3回オケの生徒達からの抜粋メンバーです。
少子化の折り、専科オケどころか、3回オケすら作れなくなってしまいました。今3回オケは、単なる練習回数の事なので、何度も、月4回の練習の内の2回の隔週は自主練習にして、私は顔を出さないようにしたい❗と、言っているのですがねぇ?
・・と言う事で、本当ならば、今回のオケ練習は、ビデオチェックと、分奏にしよう!と、思っていたのですが、先生達から、最後の練習なので、是非とも指導を…、と言う事で、気が進まないままに、練習を開始したのですが、私の予想通りになってしまいました。
逆に初めて組にとっては自分が認めて貰える得難いchanceなのかな??
兎さんが、昼寝をしている間に、追い付き追い越せ❗ですよ‼️
頑張れ💥👊😃
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3月3日のお雛様の日です。 ·
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今日は3月の3日のお雛様の日です。
というか、火曜日なので、歯医者の日で今日は抜糸の予定です。
いつもの通り朝から、ウダウダと仕事をしているのだけど、何かと上手く行かない日で、鬱というか・・、体調不良というか・・心臓の調子がパクパクと、余り調子良くはありません。
・・・こういう時には、少しalcoholでも飲んでrelaxしたい所なのだけど、歯医者があるので、そうも行かないで困っている所です。
歯医者に行って来ました。
なんと、前回同様、だいぶん、またされた挙げ句に、相変わらず3分で終わったぞよ!


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3月4日『ここから前日のお話ですが・・・』 ·
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今日は3月の4日、水曜日の0時半のcinderella-timeを過ぎたばかりの所で目が覚めた所です。

歯医者は、前日の夕方の5時からの予約だったので、20分ほど前に着くように出掛けたのですが、抜糸の治療開始は20分ほど遅れて始まって3分間の抜糸で今日の治療は終わりでした。
3分間の抜糸から帰って来て、色々と精神的な疲れが酷くなって、鬱に加えて心臓のパクパクも出始めたので、寝るには中途半端な時間なのだけど、無理をして起きているよりも、体調不良を優先させてbedで本格的に眠ったから・・です。
・・という事で最初の文章(「今日は3月の4日、水曜日の0時半の・・・」)に続きます。
『以下はcinderella-timeの後からのお話なので、3月の4日の深夜のお話になります。』
通常ならば、ひと眠り出来たら、鬱や心臓は正常になるハズなのだけど、今回は全く改善が見受けられません。
そうとう頑固な鬱のようだな??
しかし、もう、歯医者は終わったので、酒を飲めない分けではない。
寝酒と言う事ではなく、「・・ひさびさに飲んだくれて鬱々に浸るのも一興かもな??」・・・という事で日本酒の熱燗をコップ酒のコップで飲みました。
・・とは言っても、たかだか一口・miniコップの2杯を、延々と時間を掛けて飲んだ・・・という事なのですが・・・ね?
つまり体調不良なので、酒が進まないのですよ。
video-deckに保存していたつまらないテレビdramaを見ながら、仕事をしながら、時間だけはだらだらと、miniのコップ酒を飲みました。
それから、やっと4時か5時頃にはbedに入って就寝したのは良いのだけど、何と7時には起きてしまったのだよ??
チマチマと睡眠と覚醒を繰り返すのを、なんて言ったっけ??まあ、serotoninの不足が起こす症状という事らしいのだけど、特定の病名はないようだけど・・
まあ、なんだろ・・ネ??



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3月5日timeーslip ·
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今日は・・・と言うか、今は3月5日の木曜日の深夜の3時になる所です。
椎名町でドルプリっ歩と食事を済ませてハイツに戻ると、通常は1時から半ぐらいで、早い時は12時前後、遅い時には2時から3時前ぐらいになります。
今日は・・・と言うか、紛らわしいのですが、一日前の3月の4日の話ですが・・・・牧野先生は東京で、斉藤先生の千葉の教室では、発表会直前の伴奏合わせを主にしての、不定時lessonだったので、帰りが早かったのですが、どういうわけか、定時の11時からの食事timeでした。
それなのに、ハイツに帰って来た時間は、普通の時間の1時ぐらいです❗
結構、のんびりと、仕事をしながら、だらだらと、食事をしたので、あり得ない時間の経過です。
最後のreal-timeは和声の添削の五線紙の写真をlineで送った時間、0時15分です。それから急いで帰っても、0時半には着きません。早くて、1時です。
ハイツに帰ってからは、お弁当の片付けや、ビデオのcheckや、録画していた相棒を見て(それだけで、小一時間掛かりますよね?)、パソコンの椅子に座ったままで、意識混濁になってしまって、時計を見たら2時半だったので、「半日も寝てしまった❗」と、慌ててしまいました。
ハイツの部屋は昼間でも遮光性の高いブラインドで外からの明かりを遮断しています。
昼間は外からの明かりだけでは、パソコンの画面が見え難くなるし、部屋の明かりをつけても、殆ど照明balanceが悪いからです。そのために、遮光性が一番高いブラインドを購入しています。
と言う事で、昼間でも完全に明かりが遮断されているので、窓からの明かりだけでは、夜なのか昼なのかは分かりません。
しかし、どう考えても、椎名町に行った時間から帰って来てテレビを見て、仮眠をした時間が合わないのです。
また、どこかでtimeーslipをしているのだよなぁ??
5日の朝の復習になりますが、・・2時半に目を覚ましてから5時過ぎまで、うだうだとして、やっと眠れたと思ったのですが、直ぐに9時頃には目が覚めてしまいました。
すっかり眠る事を諦めて、疲れたらbedで横になると決めて、ビデオの編集を3本しました。
流石に夕方の5時頃になると流石に気分が悪くなって来たので、本格的にbedで休みました。
今度は夜の8時過ぎに目を覚ましたのだけど、コロナで先生達の帰りの時間が滅茶苦茶になっているのに、椎名町に戻って来る時間の連絡が全くありません。そこでlineで確認をしたのが、次のreal-timeです。
牧野先生が10時40分に要町に到着するので、10時20分にお迎えのドルプリっ歩を出発するために、9時半頃にハイツを出発しました。
時間通りの10時20分にお迎えに出発して、寄り道無しのお迎えcourseだけだったのだけど、椎名町に戻って来たのは11時20分のjust1時間でした。
それから食事をして、ハイツに辿り着いたのは、1時半の深夜でした。
これが基本的な深夜の時間です。



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3月6日『久しぶりに肥満のお話です。』 ·
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今は3月6日の朝の6時を過ぎた所です。
流石に、1時半から後片付けをしようと思ったのだけど、気分が悪くなって来たので、持ち帰ったお弁当はそのままにして、大急ぎでbedに入って寝ました。
『久しぶりに肥満のお話です。』
videoの編集をしていて、オケ練習での私のポッコリお腹が気になったのですが、確かに下腹部に脂肪が付いて来ました。
・・とは言っても、食べるものの量や糖質もこの所、注意をしているのですが、食事の量を減らして、甘いものを食べないように気を付けると、確実に体重が増えるのです。
「食べなければ痩せる」というのは、一般の戯言に過ぎない、肥満の人達の人格を否定する言葉に過ぎません。
殆ど絶食に近い程の食べる管理をしていても、(それが栄養士や医者の管理の下であったとしても、)肥満が防げない人達が実際には数多くいるのですよ。
そう言った根本的な肥満がある人達が居るのを無視して、唯、怠惰に無意識に食べてしまう人達と、本当に肥満に苦しんでいる人達を同じに扱うのは、無知蒙昧な人達に過ぎないのですよ。
これも一種の差別に過ぎません。
私達のように、食事を管理している人間にとっては、或程度以上の食事管理や糖質管理は、逆に低血糖症を心配しなければなりません。
一旦、部屋で、低血糖症で意識を失くすと、独り暮らしの老人の場合には、対応をしてくれる人がいないので、命を失う危険すらあるのですよ。
闇雲に、甘いものを禁止するのは、それなりに危険な事なのですが、一般の人達はそれすら分かってはいません。
糖質を取らなければ肥らない・・と思い込んでいるのですが、それは素人的な超危険な思い込みに過ぎません。
まあ、烏合の衆の無知蒙昧な話を相手にするのはやめて、私自身の『ポッコリお腹』の問題なのですが、基本的にはちゃんと良質の睡眠が取れて・・、
(・・と言っても、睡眠時間の問題ではないのです。『頻眠』(という言葉が有るか否かは兎も角として、寝付きが浅くて多眠を繰り返したとしても、良い睡眠があるし、長時間、ちゃんと眠れたとしても悪夢に苦しめられた浅い睡眠もあるのです。つまり、時間ではないのですよ。)
・・・朝、元気に起き出す事が出来ると、前日に少し食べ過ぎていたとしても、ちゃんと痩せているのですよ。
つまり、体力があれば、チョッと食べ過ぎても、体重は増えない・・どころか、痩せるのです。
肥満の対策で今出来る事は、ちゃんとした睡眠が取れる・・という事なのですが、それは体調の関係もあるので、非常に難しいのですよ。
つまり、体調が悪ければ、良い睡眠は取れないし、良い睡眠が取れなければ、体調不良になるのです。体調不良のspiralなのですよね??



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3月6日 頭サ来た!引き籠る事にする。·
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頭サ来た!
引き籠る事にする。
暫くは、パソコンも開かないで、没社会的に・・・と思ったけれど、引き籠るには、取り敢えずは、食料品をスーパーに買いに行かないと、冷蔵庫には何も入っていない・・という事に気が付いて、慌てて、お出掛けの準備をしてスーパーまで出掛けようとしたのだけど、行く途中で気力が無くなって、買い物に行く事に嫌気がさして来て、そうそうに戻ってしまった。
当然の事ながら、鬱が酷いと買い物に行く気力が出ないのだよな??
・・でも、鬱の時には食欲もわかないので、無理をしてまでの買い出しは必要ないかな??
鬱が酷い時には、色々と考えるのが、億劫になってしまうので、常日頃に溜まった雑用を片付ける事にしている。
しかし、鬱に体調不良が伴うと、体を使った雑用が出来なくなってしまう。
部屋に戻って、髪の毛を洗って、洗濯物を干したのだが、それでも『頭サ来た』のが収まらないし、体調不良になって来たので、諦めて、パソコンの作業をやりながら、wineでも飲む事にした!
鬱の原因?
それは、大したことではないのかも知れないのだが、一つ事、一つ事は大した事ではないとしても、それが積み重なると、相手の意識の問題になるのだよ!!
それが積もり積もるとover-flowになるのだよ??
そして、ある時にブチ切れるのだよ!!
まあ、低血糖症のイライラもあるかもね??
イライラを収めるために、動画の編集をしながらwineを飲んでいたのだが、ふとYouTubeに上げているcommentの内容が気になってしまったので、そのれをcheck、修正するために、YouTubeを開いて聴きながらその曲のcommentを修正をしながら、曲のcheckをしていたら、自動的に『鬱々コンサート』が始まってしまった。
YouTubeが私の選曲の順番を覚えているのだよなぁ?
私がarrangeした曲の場合には、全ての曲が私のimageでarrangeされているので、同じimageの曲になってしまうのは当たり前の事なのだが、そうでない曲、つまりoriginalの曲でも、YouTubeにupされている別の演奏団体の曲の解釈は、然程、鬱々ではない。確かにprofessionalなのだから、技巧的には、所詮はamateurと子供達の演奏である教室の演奏とは比較にはならないのだけど、曲の演奏のimageだけで捉えると、You Tubeに上がっている他のprofessionalの演奏と比較してもなかなか良い演奏であったよ!
結構、powerfulな演奏で、心掻き乱す、扇情的と言える殆どの演奏だったよ!
同じ曲では、他のproの演奏では、鬱っぽい演奏は見当たらないので、interpretationには、なかなか独自性があって、wineによく合うよなぁ??
昔、誰かが「芦塚先生にproのorchestraで演奏させてみたい!」・・・と言っていたのだが、実際には、proの連中は、そういった奏法を知らないので、弓の持ち方からvibratoの掛け方、一つ一つの音の出し方の奏法から教えながら練習させなければならない所からだから、proに演奏させるのは現実的には無理だろうよな??
オケを育てる所からなのだからね??
https://www.youtube.com/watch?v=74qVuqMd_MU
鬱々コンサートの始まりの曲です。
『ん?それで何か・・??』(by ドル)



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3月7日卵焼き ·
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全く甘い物がハイツの自宅にこの2、3日、無くって買って届けるように頼んだのにcancelされてしまいました。
超、頭サ来たよな??
とは言っても、それで、引き籠った分けではないよ!!
引き籠もりの条件の一つではあったかも知れないけれど、それは100分の1程度の影響なのだよ。
低血糖になるとイライラを止める事が出来なくなってしまって、鬱が起こってしまうので、有り合わせの固くなってしまった食パンでフレンチ・トーストでも作ろうと思ったのですが、なんと、牛乳もないのですヨ❗
・・という事で、仕方がないので、初めて有り合わせの濃厚豆乳と甜菜のオリゴ糖でフレンチ・トーストを作りました。豆乳なので固まるかと心配だったのだけど、なんと普通に作れたよ!!ビックリ??
味は・・???
味は・・・う~ん?????
これは、ただの卵焼きだよな??







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3月8日『Locatelli のWeihnachts-Concerto Op.1Nr.8』 ·
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海外発注していた楽譜『Pietro Antonio LocatelliのWeihnachts-Concerto Op.1Nr.8 für Streich‐Orchestra und orgel』がやっと手に入って、教室用のscoreやpart譜の準備も出来て、ハイツの自宅にscoreを持って帰って来ました。
scoreを見ながら、参考までに色々なbaroqueの演奏団体の演奏をYou Tubeで聴いて、良い模範となる演奏を探して見たのですが、やはりI Musiciを除いては良い演奏は見つかりません。(I Musiciも、全部が全部気にいった分けではありませんが・・・※)
You Tubeでは・・・、
https://www.youtube.com/watch?v=bfYoTaq7KQY
で色々な作曲家のChristmas Concertoを聴く事が出来ます。Locatelli の曲は最後に入っています。
一般的には『Christmas Concerto』としては、corelliの曲が有名です。
corelliのChristmas Concertoは私達の教室でも、常設曲の一つとして時折演奏をします。
「時折・・」という意味は、曲が大変長大なのと、celloやKontrabass等の低弦の動きがとても難しいので、continuoのcelloを演奏出来る生徒を育ててからの演奏になるので、演奏の回数はそんなに多くはありませんがね?
「celloを勉強したい」という生徒がそんなには多くはいないのでね??
『Weihnachts-Concerto=クリスマス・コンチェルト』というTitleの曲は、baroque時代の曲では、結構多く作曲されていますが、余り知られてはいない『 ManfrediniのChristmas Concerto』は、(私が若かりし頃の)音大生の時代にscoreを手に入れて研究をしていたのですが、実際の演奏会での演奏としては、曲的に余りにも短いので演奏する機会には未だ恵まれてはいません。
前回のChristmas会で演奏したTorelliのChristmas Concertoも時間的には9分ぐらい・・と短いので、TorelliのChristmas Concertoと Manfredini のChristmas Concertoとsetならば時間的にはちょうど良いのかな??
今回海外発注で、手に入った『Locatelli のChristmas Concerto』は、恰もBachの宗教曲のように対位法的(polyphonic)な重厚な曲で、作曲様式もcorelliがkammersonata(室内sonate)の形式で作曲しているのに対して、Locatelli のChristmas Concertoはより重厚なpolyphonyのkirchensonta(教会sonate)の形式で書かれています。
(Bachも勿論、Christmas Concertoに該当するものを作曲していますが、大変長大で規模の大きな大編成の合唱で、複数のcantataをまとめたOratorioとして作曲しているので、私達の教室では手に負えるものではありません。という事なので、BachのChristmas Concertoは、proの演奏団体の演奏家達に任せる事にします。)
Locatelli のChristmas Concertoのお話に戻って、・・・『八千代市生涯学習プラザ主催のコンサートで演奏した2台のViolinのためのConcerto Op.3Nr.11 d Vivaldi 』のように、fugaやcanon等のpolyphonyの曲を演奏しなければならないので、非常に練習が難しくなってしまいます。
前回のChristmas会の反省をして、事前に充分な準備と練習を重ねていきたいと思っています。
(ほんとかね??また、場当たりになったりして・・・??いや、反省、反省!!)
写真は、私が留学中に語学教室のGoethe-Institutの旅行で行った古いKlosterの(=修道院の町である)alte-Oettingenの市場で買って来た聖母子の厨子なのだよ。
表情がまるでRaffaelloのMadonnaのように優しい表情なので、とても大切にしています。
※)音楽の演奏の場合には、普通は同じ解釈になる事は有り得ない(鈴木methodeのように、レコードをcopyする場合を除いては)と思われているようですが、interpretation(解釈)は、論理的になされるので、同じ解釈で演奏する事は有り得ます。
昔、未だ教室を作る前の帰国したばかりで、受験生のPianoを指導していた時の話なのですが、Beethovenのsonateを指導していた生徒が、「先生、このレコードを聴いてください。」と一般的には情緒的感情的な演奏として知られているArtur SchnabelのPianoの演奏のレコードを持って来たので、二人で一緒に聴いて、楽譜をcheckしながら、「あれ?あれ?!」と驚きと感動を持って演奏を聴きました。
私が指導していたinterpretationと全く情緒的感情的な演奏が同じだったのですよ。アハッ!
つまり、一般的には『情緒的感情的』と思われているSchnabelの演奏が、実は演奏表現を伴った完全な論理的な解釈だったのですよね??
同じ事は、baroqueの演奏や古典派の演奏でも、私のinterpretationと全く同じ解釈の演奏団体があります。
つまり、感情表現が情緒的ではなく、時代考証に伴ったinterpretationなので、全く同じ解釈になるのです。
つまり、時代背景や楽器的な演奏法、作曲に関する技法に至る時代考証をすると、殆どのperiodの演奏団体の演奏が、私の演奏と同じになるのです。
アハッ!勿論、相手はpro中のprofessionalで、私のorchestraは近所の子供達の寄せ集めのamateur中のamateurに過ぎませんがね??
演奏は比較の対象にはならないかも知れないけれど、interpretationは世界や歴史的に共通なのですが、それは分からんだろうな??アッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハ!!
脚注の方が本文よりも、長かったりして・・・!!


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3月8日パソコンのKeyboardの不具合 ·
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mainのパソコンのKeyboardが入力不良で文字の入力時に、最初の文字をkey入力する時に、認識出来なくなってしまっていて、かなりイライラしていたのだけど、windows10の不具合なのか、MicrosoftのErgonomic Keyboardのせいなのかが分からないので、暫く放置していたのだが、どうにも我慢出来なくなって、遂にKeyboardのお引越しをした。



新しいKeyboardを購入しようかとも思ったのだけど、パソコン上の不具合ならば、買い直ししても意味がない、と思ったからだ!!
subのDellのパソコン用のErgonomic Keyboardと、mainのKeyboardの配線を交換するだけの簡単な作業のハズなのだけど、computer全部を動かさなければならないのだよ。
配線の中には届かない配線もあって、延長のcableを届かない配線に変えてみたり、それはそれは大変な作業で本当は誰か手伝って欲しかったのだけど、昨日の夕方は、綾乃のfinaleの入力のlectureだけで終わったしね~ぇ??
結構、自分の事は後回しになってしまうのだよな??


という事で、独りでパソコンのディスクを動かして、配線の引越し作業を終わる迄には、2時間も掛かったぞよ!!
今の所、Keyboardは快適に動いているのだけど、・・これが分からんのだよな~ぁ??
実際に、Facebookに入力を始めたら、やっぱ、途中から入力が不自由になって来た。
FacebookとパソコンのKeyboardの入力の不具合のせいだと言う事が確定した。
Facebook等で、文章の量がある程度以上になると、そう言った現象が起きるようだ。
これはWindows7では起こらなかった現象だよな😭



つまり昨年(今年の正月)迄はこんな不可思議な現象はなかったのだよ‼️
やっぱり買いに行かなくて正解だった。
Keyboardが快適に動いている・・と思ったのは、Keyboardが新しいので、keyを打つのが滑らかに打てただけであった。
接触はやはりおかしいのだよな??
今は夕方の5時になった所なのだけど、突然疲れが酷くなって、意識混濁になって来たので、取り敢えず風呂に入って見たのだが、ますます酷くなって来たので、仕方がないので、少し寝る事にする。
と思ったけれど、bedに入ったら鼻が詰まって息苦しくなって眠れなくなってしまった。
アルガードで鼻の洗浄をしても、ナザールで噴霧しても治らない。
結局、また、起き出してしまった。



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3月9日「肥満のお話」続き ·
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「鬱が酷くなると、体重が増えて来る」という事を以前Facebookに書いたのですが、「それは逆ではないの?」と、お叱りを戴いたので、少し続きを書きます。
「食べなきゃあ、痩せる!」の根幹になっている事なのですが、肥る原因が、その人の一日の必要量以上に食べた場合のお話ですから、食べる量を減らせば、当然痩せて来ます❗
そういった人達が、鬱になると痩せるのは、食欲がなくなって、食が細くなるのが原因です。
dietをしている人の場合は、基本的に食事の制限をしているので、鬱になったからと言っても食事の量が減る事は、基本的にはありません。
「痩せる」という事は、外からのEnergieの補充補填が、その人の一日のEnergieの消費量よりも少なくて、一日の必要なEnergie量に足りなくなって、自分自身の体の中に蓄えていた脂(Energie)を消費する事なのでね?!
という事で、dietしている人は、最初から食べる量は、その人の一日の必要なEnergieの最低ギリギリの量に抑えてあるハズなのでね?
鬱になると、体重が増える理由は、至極簡単な理由で、鬱になると、体を動かすのが億劫になってしまうので、運動で消費されるEnergieがなくなってしまうので、本来ならば消費されるEnergieが蓄積されてしまうのと、鬱で鬱憤を晴らすために飲んだalcoholが糖質に変わって、それが原因で肥ってしまうのです。
勿論、alcoholだけを飲んで、肥る大元のおつまみ類は一切食べなかったとしても、a la carte自体が糖質の元になるのでね⁉️
dietをしている人達の天敵は、economy体質です。
人間の歴史では、飢餓で人類が滅びる事がよくありました。
だから、その飢餓に立ち向かうために、飢餓状態はなると、体は自分自身の生存する事に対しての、生存に必要なEnergieを最小限にする事で、飢餓に立ち向かって来ました。
体が「これは飢餓状態だ❗️」という判断すると、自分自身の体を省エネ体質に変えて、飢餓(この場合にはdietないのですがね?)に備えます。
一旦、そうなると、食事制限ではdietは出来なくなってしまうのです。
いくらdietをしても、体調を悪化させるだけで、痩せない人は、この得economy体質のspiralに陥っているからなのです。
economy体質の人が痩せるためには、運動をする他はありません。
でも、肥り過ぎてしまうと、心臓や色々な内臓器官に過度な負担が掛かってしまい、運動をすると命に差し障るようになってしまいます。
このところの腰痛は、歩けなくなるほどの腰痛ではないので、積極的にお散歩に付き合うようにしているのですが、それで少しでも歩くと腰(骨盤)が締まって来て、歩くのが辛くなってしまい、散歩の途中ででも歩けなくなってしまいます。
そうなると、体調不良の時には歩く事が億劫になってしまって、歩かなくなってしまうという負のspiralに陥ってしまい、ますます歩けなくなってしまいます。
私の持論である、「人間、歩けなくなったら終わり」と言う事で、頑張って、なるべく体調不良の時でも、ドルプリっ歩には付き合うようにはしているのですが、近頃では、それくらいの運動量では、足腰の筋力の衰えを防ぐ事が出来なくなって来ました。
痩せるためには、運動量を増やさなければならないので、筋肉量に増やすために、肥らなければならないのですよ⁉️
dietは筋量までも減らしてしまったのでね⁉️
少しでも歩けるようにしたいので、運動量を増やしたいのですが、足腰の痛みがそれを邪魔をしてしまっていて、結局の処、堂々巡りに陥ってしまっています。
困ったもんだ‼️


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3月11日 本当は満月の予定だったのだよね??·
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昨日は3月の10日の火曜日でした。
1日中雨の憂っとおしい日だったのだけど、本当は満月の予定だったのだよね??
寒くても冱え冱え(さえざえ)とした、キリリとした満月を期待していたのですがね?
お昼間のお話に戻って、lessonのお話です。
千葉の検見川教室でのlessonは、大学生の室内楽を中心に、伴奏の指導や、violinのsoloとcontinuoのcello-soloとCembaloの即興の演奏のtimingの指導をしました。(自由にtimingを合わせて演奏する・・という事は超難しいのですよ!)
大学生の室内楽組は初めての合わせだったので、最初は「通し」て弾かせて、「どの程度合わせが出来るか」という事をcheckするために、聴くだけにしていたのだけど、流石に大学生ともなると、初回とは思えない程の出来で、lessonとしては、何箇所かの『合わせのtiming』へのadviceだけでした。
二日前の『3月の8日』がsolo組のrehearsalの日 だったのですが、コロナのせいで、一応自粛をして『希望参加』にして、小学生以下の子供達のrehearsal はlessonの時に個別にする事にして、solo組のrehearsal なので、私は自宅で引き籠もっていました。
勿論、rehearsal の風景は、ハイツで『video-check』をして、個別にadviceをする予定だったのですが、上級生達の生徒同士の伴奏合わせが、納得の行く出来とは言えなかったので、solo・rehearsal としては、余り良い出来とは言えませんでした。
伴奏をする生徒のlectureが、rehearsal に間に合わなかったので、伴奏のtimingが掴めていないcaseが多く見受けられたので・・!!
練習不足のためか、コロナのせい・・でか、soloのrehearsal では結構、メタメタになっていた曲ですが、次回のlessonを待っていては発表会までに間に合わないので、火曜日の室内楽のrehearsal に、特別に伴奏合わせのlessonを、solo組のlecture-lessonの横で、並行でadviceをしました。
桃迦ちゃんのlectureは珠加ちゃんが結構厳しくlessonしていたよ??
ゴチャゴチャして中々良い雰囲気でした。私としては、至極満足の行く1日でした。
solo組の初合わせに近い伴奏合わせでも、合わせの横で、私が指揮をしながら・・演奏させると、これが結構上手いし、不思議な事にcareless mistakeも全くないのですよ。
私が横でつべこべ『お喋り』をしながら、『指揮』をしながら・・なので、逆に『結構難しい』と思うのですが、指揮をした方が上手いのは、オケ慣れしている性なのかな??
普通では有り得ない事なのですよね~??
斉藤先生が生徒達に「芦塚先生が、舞台の下で指揮をしながら弾いたら・・??」とか言っていましたがね??アハッ!



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3月11日Lepi社製のMadonnaは、 ·
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前回のMadonnaの写真はドイツのalto-Oettingenの宗教グッツを売る市場で買って、日本に持って帰って来たドイツの手作りのMadonnaでしたが、下の写真はItaliaの世界的な教会goodsのmakerであるLepi社制作のMadonna像です。
表情の細やかさは、流石はItalia製ですよね??


DeutschのMadonnaもItaliaのMadonnaも、まあ、いずれにしても、とても木彫りとは思えないような細密な細工なのですが、同じ表情のMadonnaでもお国柄は出ているように思えますよね??
このLepi社製のMadonnaは、今回の12月にChristmas会で演奏する予定のLocatelli のWeihnachts-Concertoへの解説文の表紙のTitleのimageにするつもりなのですがね・・
You Tube用の動画のTitle-backに撮影しようかな??

真っ暗な画面から、fade-inでMadonnaの全身像から表情にupしながら、introの音楽が始まる・・という具合に・・ですがね??


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3月11日今夜は『十六夜』ではなくて、立待月の月だそうです ·
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3月10日は満月だったので、「今日の11日の月は十六夜かな??」と思ったら、なんと『15夜は満月の1日前の晩の9日』で、『10日の満月の夜は十六夜』だったそうです。
・・という事で、今夜(11日)は『十六夜』ではなくて、立待月の16.5の月だそうです。
う~ん?月齢は、難しい!!
満月は大雨でお月様を見る事が出来なかったのですが、今夜は一転して、とても美しいお月様なのですが、やっぱりよく見ると上の方が少し陰ているのかな??
写真はドルプリっ歩の途中でのflower-公園からのお月様です。
近頃は、体調不良と腰痛でお散歩がshort-courseになってしまっていたのだけど、今日はお昼ぐらいからよくねむれたので、full-courseの1時間のお散歩に付き合いました。
・・とは言ってもドルのお散歩は底無しなので、3‥4時間お散歩で歩いたとしても、お散歩が足りて満足する事はないのですがね??



その、お散歩の途中で、若い、とても美人のニャンコにスリスリされて、指を甘噛みされました。
お久し振り、何年か振りのニャンコからのラブ・コールで癒されてしまいました。
とても可愛かったので、「ハイツにお持ち帰りしようかな??」と言う誘惑にかられたのだけど、そこはちゃんと自制しました。
昼間とは打って変わって、寒くなって来たので、大急ぎで椎名町に帰りました。
ドルはlong-courseのお散歩でも、やっぱり心残りで、「何とか遠回りは出来ないのかな??」と色々画策していましたがね・・・・???角に差し掛かると、しらばっくれて、教室から遠い方へ行こうとするのですよ!
「そっちじゃ、ないでしょう!!」と斉藤先生に怒られると、「バレた??」という顔をして、教室の方に歩きだすのですよ・・!確信犯です。アハッ!


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3月13日今日は13日の金曜日、ジェイソンの日です。 ·
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今日は3月の13日の金曜日、ジェイソンの日です。
今日も鼻の具合が良くなくって、上手な睡眠が取れなかったのですが、・・よくよく考えて見ると、生活そのものは毎日毎日、同じ事のroutineなのですかね~ぇ??
昨晩の木曜日の夜には、やっと火曜日の私の室内楽と伴奏のlessonのvideo(SDcard)が戻って来たので、深夜パソコンとvideo-deckに動画を取り込む作業をさせた状態で寝ました。
(パソコンを開いたままで寝てしまうのは、videoをパソコンやvideo-deckに取り込む作業は、とても時間が掛かる作業なので、パソコンを開いたままで椎名町教室に出掛けたり、そのままパソコンを放置して寝てしまったり・・起きていて仕事をしている時には、パソコンを稼働させたままで別の作業をしたりします。)
朝はいつも通りの5時起きだったのですが、パソコンやvideo-deckに動画の取り込みが終わっていたので、それをbaseにして、SDcardのbackupのdisc を作ったり、バラバラのdataをgroupにまとめる編集作業をしたりしていたのですが、11時を過ぎた辺りで、とてつもなく眠くなって来ました。
とは言っても、これもいつものroutineなのだよなぁ?😝
SDcardに保存されている『10日の火曜日のlesson』の事なのですが、検見川教室のlessonでは、私の個人のlessonである事が殆どなので、勿論、lessonは私のlessonのみなのですが、今回のlessonでは、時間に収まり切らなかったので、横で練習をさせながらのlessonでした。
私のlessonの横で、生徒達が自主練習をするのは、昔、生徒の人数が多くて、練習時間内に練習やlessonが収まり切らなかった頃には、結構普通の風景だったのですが、同時に二つ、三つのlessonと練習が並行するのは、生徒の人数が減ってからは、久しぶりだったので、懐かしい気分になりました。
またまた、火曜日のlessonでは、大学生達になった生徒達の顔を見るのも、随分『お久し振り』なので、そういった懐古的な気分になったのかもね⁉️
それはそうと、全くの蛇足なのですが、明日の3月の14日は世間一般ではwhite-dayだそうですね??
近頃はValentine-dayも無くなって、自分へのValentine's-Dayなのだそうなので、コロナのせいではなくても、whitedayはもう無いのかな??
私もこの数年、Valentinedayのchocolateは貰った事がないので、当然、whitedayのお返しもありませんがね?
蛇足の第二段なのですが、先程の事なのですが、・・糖質dietご飯を炊いて、糖質のタップリと入ったお湯が床に溢れてしまいました。
どういう分けか、糖質のお湯を溜めるタンクにお湯が入らなくって、周りに溢れてしまったようです。
タンクが炊飯器とちゃんと接続出来ているのかの確認は何度もしたのですが、原因が分からないので、何度も釜やタンクをひっくり返してcheckをしていたら、ポリプロピレンのタンクを足の指の上に落っことしてしまい、怪我をしてしまいました。爪の付け根のチョッと下の部分で神経の尖った所なので、結構痛かったのですよ。
怪我とは言っても、傷自体は超小さいのだけど、血液サラサラの薬を飲んでいるので、足の指先なのですが、でも血が中々止まらなくって往生しました。
血止めにバンドエイドを巻いたのだけど、一瞬で真っ赤になってしまったのだよね??
風呂にも入りたかったので、指をビニールでグルグル巻にしたりして、一手間だったのだよ!!
風呂からあがって、バンドエイドを巻き直したのですが、やっぱり、一瞬で血で染まってしまいました。勿論、薬のせいなので、暫く止血をしていると止まるとは思いますがね??
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芦塚 陽二



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3月14日今はみぞれで1°だそうな?? ·
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冷え~~ぇ??
寒~い!!
だって、昨日は20°だったのだよな!??
体がついて行かないよな?
椎名町では車という車に雪が積もっていたのだよ!!


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3月16日orchestraのrehearsalの予定だったのだけど、コロナで ·
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今日は3月の16日の月曜日です。
昨日は検見川教室でコロナ対策のために、(先週のsolo・rehearsal 同様に)本来はorchestraのrehearsal の予定だったのですが、全体合奏や年少のオケ練習は5人以内の分奏にしました。
次の3回組のオケ練習は、助っ人のお姉さん達が、コロナで予定がcancelになったので、急遽来てくれたので、曲の演奏上の変更箇所を紗來ちゃんに伝達をして貰い、実際にオケ練習をして確認をしました。
C.P.E.BachのPiano-concertoは私の記憶にはない・・思い出せない・・程の昔に演奏したままだったので、(※私は演奏した記憶はないのですが、斉藤先生が演奏した事がある…と言っていたので・・ね?)いずれにしても全員が初めて演奏する曲なのです。
常設曲の場合には暗譜も終わっているし、練習もある程度は出来ているので楽なのですが、今回の発表会では常設曲は少なかったので、『初めて組』にとっては結構曲の譜読みが大変だったと思います。(veteran組は初見視奏でも暗譜で弾けるのでね?※)
(※初見の暗譜のmethodeについては、解説すると長くなるのでhomepageの論文を参照してください。)
Weberは瑞希ちゃんの古典派のviolaのconcertoが、勉強のためには帯襷で、前回のStamitzよりも難し目のviolaのconcertoが見つからなくって、選曲出来る曲の手持ちのrepertoryが無くなってしまったので、今までは演奏した事のなかったWeberのViolaとfullorchestraの曲を急遽、私が弦楽orchestraにarrangeをしました。(同じarrangeでも楽器を増やす事は簡単なるのですが、楽器を減らす事は、音楽が薄っぺらになりやすいので、その分編曲が難しいのですよ!?)
同様に、常設曲であるMonnや八千代で演奏したばかりのVivaldiの夏も少しだけinterpretationを新たにする事で気分を一新する事にして、同時に演奏の技術もより難しいapproachをしています。
練習の後半は、コロナのせいで学校の予定がcancelになった大学生達が練習に駆けつけてくれたので、大学生達の室内楽を中心にして、急遽室内楽のrehearsalとする事にして、その後lectureと練習をしました。
・・という事なので、lessonの内容は《pro-versionとまでは行きませんが》大学生達に対しての、少し厳しめのlectureになっています。
昨日はどうやら事故の日だったらしく、行きも帰りも周りの車の運転が荒れ捲っていて、暴走運転は当然の事、特に側道からの飛び出しや信号無視、左折レーンの突っ込み等々、ヒヤリ運転の連続でした。
勿論、アチコチで事故も多発していました。
・・という事で事故に巻き込まれないように、細心の注意をしての運転だったので、昨日の千葉の往復は結構疲れてしまいました。
やっとこさっとこ東京に辿り着いて、遅い夕食をしたのですが、食事を食べながら・・、tableに座ったままに居眠りを始めてしまったので、食事は弁当にして、食べるのを切り上げて、大急ぎでハイツに戻りました。
ハイツに着いても、鬱がお久し振りに超酷くなって来たので、折角ハイツに辿り着いたのに、直ぐに眠る気にもならず、かとって何もする気にならず、「ならば、alcoholでものもうかな・・?」とも思ったのだけど、体調不良でalcoholが飲めなかったので、なにも出来ないままに椅子に座ったまま小一時間くらい呆然自失していました。
ふと気が付いて我に返って、超慌ててオケ練習と室内楽のvideoをパソコンに取り込む作業とvideoのdisc にback・upを焼く作業をしながら就寝しました。
そのまま、直ぐに寝てしまえば良いのにね~ぇ??
そこは団塊の世代の悲しさなのよねぇ~❢❢
写真は室内楽のrehearsal の風景です。




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3月16日今日は北風が強くて ·
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今は3月16日の月曜日の夕方です。
今日は朝から一日中、北風が強く吹いています。
北風が吹くと玄関の扉の隙間やトイレの換気口から風が部屋の中に逆流して来て、ガスファンヒーターを点けっ放しにしているのに、部屋の温度が上がらなくって超寒いのです。
エアコンを併用すると温度は上がるのだけど、そうするとブレーカーが落ちてしまうので、電子レンジも湯沸かし器も使えなくなってしまいます。
今朝は3°cだったようですが、日中はふた桁まで温度は上がったはずなのだけど、全く部屋の中は寒いままで、とうとう頭痛がし始めて来ました。
慌てて風邪薬を飲んだ所です。
それはそうと、コロナは大騒ぎをしているのだけど、インフルの話は聞かないよな??
例年だと、今の時期は、インフルの大流行の時期のハズなのだけど、インフルは一体何処に行ってしまったのだろう??
コロナにインフルが喰われてしまったのかな??


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3月17日『Vivaldiの四季の夏のinterpretationについて』 ·
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今回の4月5日の春の発表会で演奏予定のVivaldiの四季は教室の常設曲の中の1曲です。
常設曲とは、何度も繰り返し演奏する曲なので、演奏する生徒達が飽きてしまわないように、年齢やそれぞれの演奏のgradeで技術的なapproachのlevelや音楽的なinterpretationを変えて演奏させるようにしています。
常時演奏されている発表会のthema曲になっているPachelbelのcanonも、そのapproachとしては、教室では、初級version、中級version、上級versionのapproachとpro-versionのapproachの4段階のinterpretationを作っています。(とは言っても、先生達のみのperiod-versionとは、根本的にapproachが違いますけれどね??)
Vivaldiのあらゆる曲の中でも「超絶に難しい」とされる『Le quattro stagioni(=四季)』の中の曲で、第2曲目である『L’Estate(=夏)』は、前回は八千代市主催のコンサートの中で演奏したのですが、それまでの演奏は世間一般の演奏と同じようなinterpretationで演奏していました。


https://www.youtube.com/watch?v=tdGDVxi1qf4
しかし、前回の八千代市生涯学習プラザ主催の演奏会では、一般的なinterpretationとは全く違うapproachにして『描写を絵画的に・・』というか、曲に付けられているSonettoに合わせて、それぞれのpassageを『絵画的、描写的に演奏する』・・というProgrammmusik(表題音楽)というconceptにして指揮をしました。


https://www.youtube.com/watch?v=0555N0k7vtc
しかし、『絵画的に、自由なtempoで、即興的に演奏する』という事が生徒達には殊の他難しいらしく、『指揮に合わせて自由なad.lib.で即興的に演奏する』という事は、本番の演奏では、生徒達がpressureで緊張していたので、自由に演奏する事が非常に難しくなってしまい、指揮に合わせて演奏出来るかを危惧したので、練習では頑張って挑戦をしたのですが、本番の八千代市のコンサートでは、即興風に演奏するという試みを、急遽、諦めてしまいました。
pressureの原因は、八千代の後半のコンサートでは満席のお客様達の殆どの方達がお歳をめされた方達で(※殆どのお客様が私と同年代の人達で・・)、子供達にとっては精神的なpressureだったのかな・・と思っています。
という事で、MotivとMotiv間のpassageの『間の取り方』を、指揮に寄っての自由な演奏であるtempoを「揺らして」演奏する事は諦めて、普通のrhythm上のtempoで演奏してしまいました。

今回は、前回の八千代でのrevengeを兼ねて、かなり指揮を見て待つ練習を積み上げたのですが、「本番では緊張で、やはり待てない子供も出て来るのでは??」・・と危惧をしてはいるのですが、・・しかし、そういう風に言っていては永遠に私のinterpretationでの演奏は出来ない・・という事になってしまいますので、今回は冒険である事は承知の上で、頑張って!!私が八千代で演奏したかった即興風のrhythmで演奏する事にします。
誰も試みていない・・全く新しいinterpretationなので、とても面白い解釈だと思います。
是非、ご視聴ください。
https://www.youtube.com/watch?v=IPH6nMEci-A&t=26s
3月15日の練習風景です。
大学生のお姉さん達への新しい奏法への伝達と確認の風景です。
『Ⅰ楽章』
その1番目のinterpretationは、Ⅰ楽章のintroのtempo(拍子)を、拍子が全く感じられないような自由なrhythmで演奏する事を目標にしています。
Vivaldi先生の「嫌がらせ」は、殆どの拍頭が休符なのに、たった一箇所だけ、低弦(celloとKontrabassとCembalo)だけが拍頭で演奏する箇所があるのです。
いっその事、全てのMotivが拍頭が休みならば、pressureは半分になるのですがね??
(今回はゲネプロ本番の助っ人のお兄さんお姉さん達が多いので、一応、譜面台を助っ人の人達には立てますが、基本的には子供達は暗譜が原則なので、一楽章の拍頭の休符は結構大変なのですよ!勿論、譜面台を立てて演奏する場合には、何の問題もないのですが・・・?? ん?飛び出したって??)
2番目は非常に速いsolo-violinのfigurationなのですが、2拍目の裏と3拍目の頭の音はil Cucco la voce所謂、カッコウの鳴き声です。Gの音のtremolo(刻み)でカッコウの鳴き声を浮き出させるには手首の柔らかな自然な動きが必要なので、modernな日本のbowの弾き方では、難しいと思います。1点支持ではfingerbowで簡単に演奏する事が出来るのですがね??(小さな円運動と大きな円運動です。)
3番目は、60小節目からの雉鳩やヒワ鳥の鳴き声のsolo-violinの弾き方は、色々な鳥の鳴き声のimitationなので、子供達にとっても、表現のimageがはっきりとしているので、子供達にとっても分かりやすいpassageなので鳴き声のpassageを演奏する事は自体は問題はないのですが、このpassageでの問題点の一番目は、今回の演奏上の変更点とは全く関係のない出版された楽譜に書かれている音符の違いのお話になります。

下に掲載した写真の67小節目の丸で囲んだ32分音符の『ラ』の音が、多くの版では『ラ♮』の音になっています。
色々な曲を演奏する時に、その曲の校訂をする時には、私の場合には基本とする『底本』をfacsimile版を使用するのですが、四季の中では、この『夏』だけはfacsimileが手に入りません。
ですから、出版されているscoreの中で、一番古い出版を底本にして校訂しています。




写真の2枚目を参照:
68小節目、69小節目の『ラ』の音(丸で囲んだ音)も、『ラ♮』のままに演奏する人達が多いようなのですが、実際の古いscoreでは『ラ♭』になっています。
現代人にとっては、この『ラ♭』で演奏するpassageはなんともeccentricに聴こえるようですが、実際のVivaldiの譜面では67小節目から69小節目までの『ラ』の音は『ラ♭』の方が正しいのです。
実はこの『ラ♭』の音は、教会旋法のフリギア調(Phrygia)の第2音として書かれているのです。
67小節目以降の32分音符を『ラ♮』で演奏してしまうと、63小節目からの『ラ♭』の説明が付かなくなってしまいます。
Vivaldiは教会の司祭が本業だったので、教会旋法はVivaldiにとっては、gewohnt(=日常的)なmelodieだったのです。
それを現代人の感覚で『ラ♮』として演奏していては、Vivaldiの考えていた音楽とは、時代考証が全く違っていますよね??
勿論、今回の発表会ではこれまで同様に『ラ♭』のPhrygiaで演奏します。
問題点の4番目なのですが、次の問題点も同じ63小節目からのcelloのcontinuoとsolo-violinのtimingの問題です。
殆どの演奏者達が、violinがsoloなので、celloは呼応するワキ役として演奏していますが、実際上の楽譜では、continuoのcelloのmelodieが先行して、violin-soloはcelloの呼びかけのechoのように作曲されています。
だから、このpassageでは『celloが呼び掛けをして、それに対してviolinが木霊のように応える』・・という弾き方をしなければなりません。
・・が、しかし、そのようにcontinuoのcello(gamba)をシテ役にして、violin-soloをワキ役で演奏している団体は未だ見た事(この場合には聴いた事・・かな??)はありません。
一般的には木霊が先に聴こえて来て、それから本当の声が来る・・という不自然な演奏が一般的に流布しているのです。
(まあ、これは歴史的に見てもその演奏が一般的なので、仕方がないのですがね??私としては、困った事です。)
という事なので、この呼応のpassageを『continuo-celloが呼び掛けて、それにsolo-violinが応える』・・という呼応の課題として練習に取り組んでいるのですが、そうすると、scoreに書かれている譜面を即興風に見立てて演奏しなければならないので、書かれたrhythmを即興風に演奏する事は非常に難しくて、中々指導しても出来ません。
また、continuo-celloが先行して『呼び掛ける』という事も、慣れない演奏なので、幾ら説明をしても、中々出来ません。
・・という事なので、諦めて、楽譜上で即興風のrhythmを書き起こして生徒達に渡して見たのですが、音符を読んでの演奏では、即興演奏をしている自由なtempoのimageが全く表現出来なくなってしまうので、逆に困ってしまっている所です。
私がcontinuoのcelloを弾いて、斉藤先生がsoloのviolinでそのpassageだけの模範videoを作って、音から入って指導をする事も考えたのですが、発表会迄の練習の回数も、もう殆ど無くなってしまったので、時間を見つけて録画するのも、timelimitという事で「無理なのかな??」とも思っています。
でも、妥協はしたくないし、悩んでいる所です。
・・という事で、頑張って・・更にもう少し即興演奏のimageに合わせて音符を書き直して見ましたが、どんなに楽譜を書き直しても、やっぱり生の即興演奏の受け答えには程遠いようですね。(動画を参照してください。)
この即興風のpassageなのですが、Vivaldiのconcertoの作品の中には、必ずtempoを無視した即興風のpassageが書かれています。
他のcorelliやLocatelli 等の同時代の作曲家達の作品を見てみても、そのような自由な(ad libitumな)passageは滅多に見当たらないので、そこがVivaldiのoriginalityで「VivaldiがVivaldiである所以だ」・・と思われます。
他のVivaldiのconcertoの作品を演奏する場合には、そのad libitumなpassageを演奏する時はどの演奏団体のsolisteでもちゃんと即興風に演奏します。
・・逆にrhythm通りに演奏する団体は(amateurの演奏を除いては・・)見た事はありません。
ところが、この夏のこのpassageの場合だけが、どの演奏団体を探しても、即興風の演奏が見当たらないのですよ。困った事です。
即興風の演奏を、「どのように伝えれば良いのか」を目下模索中です。
Ⅰ楽章での問題の箇所は、116小節目から154小節目に至る超長いsoloのpassageの演奏法です。一般的な演奏では音楽表現をkeepする事が出来ないので、結構、スピーディに逃げている演奏が多いのですが、今回は大きくMotivを3部に分けて鬱々に表現する事にします。
Ⅰ楽章の90小節目からの低弦は、写真Aのような2octaveに股がるoctaveの音符を演奏するのですが、そのrhythmはBのように聴こえてきます。
譜例のBのように、MozartやTchaikovskyが好んで使っていた8分の3拍子のrhythmのように聴こえてきますが、この良く知られたrhythmはVivaldiが最初に使ったのですが、このVivaldiのrhythmのノリは、早いunisonのpassageに、独特のノリを与えています。こういったbaroqueらしからぬrhythmicalな音楽は、Vivaldiの作品が今持って新鮮に聴こえる・・所以でもあります。
『Ⅱ楽章』
Ⅱ楽章のsoloのennuiなmelodieの後に出て来るtuttiは、通常はforteかfortissimoで演奏される事の多い雷鳴のpassageなのですが、前回の八千代のコンサートからは、演奏上の解釈を新たにして、最初は遠くの方から聴こえて来るようにPで弾いています。2回目の雷鳴は少し近づいてmezzoforteで・・・雷鳴が段々と近づいて来て、次にはついに自分の頭の上に・・fortissimoで・・と轟いて、また段々と去っていったり・・と映画のように描写音楽そのままに表現をしています。
勿論、今回もその解釈をそのまま使用して演奏します。
『Ⅲ楽章』
Ⅲ楽章は前回同様の演奏で、特に変更箇所はありません。
今まで通りのinterpretationで演奏します。
Ⅲ楽章48小節目からのpassageには、私達作曲家がよくやる声部の交差のtechnikが見受けられます。
Vivaldiの楽譜上でもその演奏法は指定されているのですが、violinist達は声部の交差を極端に嫌うので、passageの早い部分でpositionを降りて、持続音のDを含む重音部の両方の音を指で取って演奏する・・という風な、非常に難しい弾き方をする人達を見受けます。
このpassageについては、このFacebookの3月19日の欄に『soloの声部の交差について』の所で詳しく説明をしていますが、baroque-violinでは高音域の音の出し方が非常に楽なので、gypsy-violinのようにposition移動をしないで、figurationのpassageのmelodieをG線上まで降りて来て、Dの開放弦をdroneとして逆に上の弦として取って演奏します。そうすると51小節目から54小節目までが超簡単に弾けるのですよ。
以下、夏に書かれているSonettoの原文と訳詩です。
ESTATE
Sotto dura Stggion dal Sole accesa
Langue l'huom, langue 'l gregge ed arde il Pino;
Scioglie il Cucco la Voce, e tosto intesa
Canta la Tortorella e 'l gardelino
Zeffiro dolce Spira, ma' contesa
Muove Borea improviso al Suo vicino;
piange il Pastorel, perche Sospesa
Teme fiera borasca, e 'l suo destino;
Toglie alle membra lasse il Suo riposo
Il timore de' lampi, e tuoni fieri
E de mosche, e mossoni il Stuol furioso!
Ah che pur troppo i Suo timor Son veri
Tuona e fulmina il Ciel e grandinoso
Tronca il capo alle Spiche e a' grani alteri.
「夏」
第1楽章
焼け付くような太陽が照り付ける季節には
人は疲れ切って羊の群れもぐったりし
松の木も枯れる
しかし、カッコーが鳴き始めると
キジバトとゴシキヒワの声が聞こえ始める
爽やかなそよ風を北風が押しのけ
にわか雨は羊飼いの子を困らせてしまう
第2楽章
稲光と激しい雷鳴が疲れきった牧童に不安を与える
それに眠気を妨げるうるさく飛び回るハエや羽虫の群れ!
第3楽章
ああ?何ということだろうか? 
雷は轟き 閃光を放ち 雹交じりの激しい雨は
小麦や他の穀物の穂をへし折ってしまう
コメント
芦塚 陽二
・・・それはそうと、今からお久し振りの歯医者なのだよな~あ?そろそろかったるいよな??
もう、飽きたぞよ!!
· 返信する · 42週間前 · 編集済み
芦塚 陽二
今日は定形外の歯を削った!
昔々、治療して金属を被せた歯の先が尖ってしまって、舌根に刺さるので、4,5年前に歯医者に行ったら、「歯周病の歯があるので、先に抜きましょう!」と言われて、なんの詳しい説明もなく、4,5本の奥歯を抜かれてしまった。
インプラント専門の歯医者だったらしく、なんの説明もなく抜かれてしまったのだが、慌てて、netで調べて見ると、1本40万ぐらいで、4,5本で200万以上も掛かるらしく、ビックリして、奥歯はそのまま手を付けないままに、逃げ出してしまった。
それ以来、幾つかの歯医者に行く事もあったのだが、奥歯の事を話ても、皆、奥歯には手をつけてはくれなかった。
寝ていても舌根やベロが超痛くなる事があるので、早く治して欲しかったのだけどね・・??
今日改めて、その奥歯の説明をしたら直ぐにその奥歯から取り掛かってくれたけれど、1時間まるまる顎を押さえられて金属の被せ物を取るのに顎を押さえつけられて、「顎が外れてしまうのか??」と思う程に痛かったヨ❢❢
流石に夜はパソコンの前に座っても疲れてしまって微熱も出て来たので、仕事は諦めて急遽寝ようと寝室の扉を開けたら冷蔵庫のような冷風が吹き込んで来て部屋の中に入る事が躊躇されてしまった。
はてさて、どうしよう???
・・という事で、寝室のエアコンをつけて、部屋が温まるまで、パソコンの仕事を続ける事にした。アハッ!
· 返信する · 42週間前 · 編集済み



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3月19日『江古田ハイツのblackhole』 ·
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時折、江古田の自宅はblackholeになります。
つまり、さっきまで手にしていた物が、突然失くなってしまって、幾ら探しても二度と出て来なくなってしまうのです。
その殆どが『パソコンのdesk上にあったものが床に落ちて、そのまま失くなってしまう』・・という事です。
昨晩も、和声の添削で使っていた三菱の赤のボールペンが突然見えなくなってしまって、今日は一日中床の周りを探しても出て来ないのですよ。
1畳程度の範囲内で失くなってしまったので、見つからない分けがないのですが、それ以降は二度と出て来ないのです。
マジ、blackholeです。
探している三菱のボールペンは1ミリの軸径の赤のボールペンで、今は和声の五線紙の添削用に使っているボールペンなのです。
五線紙の五線の幅は、広すぎても書き難いし、狭すぎると音符の玉の位置が分かり難くなってしまいます。
つまり、五線紙の間の幅と、ボールペンの芯の幅がちょうど良い具合に合っていなければならないのですヨ❢❢



lessonをする時には、普通の赤鉛筆やデルマトグラフの鉛筆(?※))でcheckをしますが、赤鉛筆では五線紙で和声の添削は文字が大き過ぎて出来ません。
ボールペンでも0.5㍉や0.7㍉では、赤入れの速度が遅くなってしまうのです。鉛筆やボールペンに要求されるのはpenの滑る速度でもあるのですよ。
その最たるものが同じ三菱のhigh-uniの2B~4Bの鉛筆です。
鉛筆の中では一番値段も高いclassの鉛筆なのではないかな??



しかし、殆どの音楽家がその鉛筆を使用しています。
その鉛筆を何本も机やPianoの上に置いて、鉛筆の先が丸くなって書き心地が悪くなると、鉛筆を交換して使います。
「鉛筆を1本だけ出して置いて、丸くなったら、その場で鉛筆を削れば良い」・・というのは、音楽家や物書きの人達が絶対にやらない事、やってはいけない事なのです。
芸術家に取っては、ideaとの勝負の一瞬、一秒の時間を争う時には、鉛筆を削る・・という作業は、単なるtimelossという意味だけではなく、音楽上の場合には折角のideaが失われてしまう・・という致命的なlossをやりかねないからです。
漫画家の人達の作業場を時々テレビ等で見る事がありますが、proの漫画家のdeskには、一様に鉛筆が何十本もちゃんと削られた状態で置いてあります。
仕事をしていると、その先の尖った何十本もの鉛筆が一瞬で丸く書けなくなってしまうのですよ。

ideaに行き詰まって筆が止まった時、(この場合には、「鉛筆が止まった時」と言うべきなのかな??)気分転換を兼ねて、何本もの鉛筆を削ります。ハイツには、お気に入りの40年間も使い続けている電動式の鉛筆削りと手回し式の鉛筆削りがあって、そう言った場合には活躍しています。
意外と知られていないのですが、筆記用具は一点物である場合や、或る時期を逃しては二度と手に入らない場合もあるからです。私のお気に入りの万年筆に至っては、買ったお店に問合わせても、その万年筆のmakerが分からないのですよ。
私が未だ大学で講師をしている時代に購入した万年筆なのですが、お店に展示されているのを見て気に入って、展示されている2本とも購入して、1本は黒inkを、もう1本は赤を入れて生徒達の添削用にしていたのですが、スペアのinkを一緒に持ち歩かなければならなかったので、面倒くさくなって、5色のボールペンに変えてしまいました。
そこは、唯、「memo用紙や原稿用紙に文字を書く」といった風に、文字のsizeに制約の無い人が、好みで鉛筆やpenを選ぶのと、書くものが決まっている人の場合とは、根本的に『ボールペンの芯の太さ』に対して・・の意味が全く違うのですよ。




勿論、文人は、使う原稿用紙にこだわりを持っている人も多いので、その場合には、筆記用具のこだわりは半端無いのですがね??(あくまでも一般人の場合は??です。)
私は、仕事にあった筆記用具が決まると、同じ筆記用具を最低でも5個ぐらいは購入します。
気に入った筆記用具を見つけると、大量に購入して、それぞれの教室にも置いておくのですが、不思議な事に和声の添削に使っていたはずの三菱の1ミリのpowertankのボールペンが見つからないのです。
当然、江古田ハイツには予備のボールペンも買ってあるハズなのですが、予備のボールペンですら全く見当たらないのです。
・・・何故??
 
「かあさん、あのボールペンはどこへ・・・」
江古田の自宅のパソコンの机から、何かを床に落とすと、二度と見つからなくってしまう事がよくあります。
それこそ一日中・・ではなく1週間も、一月でも、1年でも・・、頑張って探しても、出て来なくて、まるで・・マジblackholeなのですよ!
「机が狭いので、きっと床に落ちたのだ!」・・と思うのだけど、一日中探しても出て来ない!!
同じ、赤のボールペンで0.7㍉のボールペンもあるのだけど、・・或いは、1ミリ径の別のmakerのボールペンもあるにはあるのだが、それで書くのは何とも気分が悪いのですヨ❢❢
・・という事で、明日一番で江古田の文具店の西村に同じ製品を買いに行く事にします。※)
写真は同じボールペンの色違いの黒です。
青もあるのだけど・・それはもういいよね??
このボールペンには、もう一つ特筆すべき事があります。
それは加圧式のボールペンと言う事です。
昔々、今から20年近く前のお話なのですが、江古田の病院に腰痛で寝返りも打てなくなって病院に入院した時に、bedの上で寝たまま体を全く動かす事が出来ない状態で、memoの紙に病床日記を書いていたのだけど、寝たままの仰向けの状態でmemoを書いていると、普通のボールペンでは直ぐにinkが詰まってしまって書けなくなってしまうので、America製のNASAで開発した宇宙でも使えるボールペンを当時2万円も出して通販で購入した私が持っていたボールペンを先生達に頼んで、病院に持って来て貰って・・寝たままに病床日記を書いていました。




(写真2枚目のボールペンです。20年も使っているのに、未だ使えます。凄い!!)

しかし、NASAの開発した世界初の加圧式のボールペンは、その後2、3年も経たないうちに日本製の加圧式のボールペンが10分の1の値段の2千円ぐらいで売られました。
勿論、ボールペンの値段としては馬鹿高いけれど、それでもNASAのボールペンの10分の1の値段ですからね。

勿論、そのボールペンも買ったのだけどね??※)
当然、この三菱のボールペンも加圧式なのだけど、線が1ミリという極太なのが、音符を書くのにはちょうど都合が良いのだよ。
※)デルマトグラフ色鉛筆とは鉛筆削りの要らない巻き取り式の色鉛筆です。説明のしようがないので、写真を掲載しておきます。
※)超、shock!! 折角、頑張ってbikeを飛ばして買いに行ったのに、0.7㍉の赤は売っていたのだけど、1ミリ径は1本も置いていなかった。どうも売れないらしい!!
※)江古田の文具店の西村に無理をして買いに行ったけれど、全く在庫が無かったので、斉藤先生に頼んで、西武のロフトに寄ってpowertankの1ミリのボールペンを予備も一緒に3本買って来て貰ったのだが、何と1本が200円だったのだよ‼️
100分の1の値段になっていのだよな❗



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3月20日人は知っている事を学ぼうとするけれど ·
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人は知っている事を学ぼうとするけれど、知らない事を学ぼうとはしない。 「ヨージーの法則」
以前・・・、とはいっても私が既に三十路を過ぎた頃の話しになるのだが、高校の先生に私のメトードの独自性を説明していた時に、相手の先生から、「自分が独自で何かをやったと思っているのは思い上がりで、単なる勉強不足に過ぎない!必ず過去の先人がそれをやっているハズだよ!」と、厳しく怒られてしまいました。
その人の言っている事は、無から有を造り出す事の出来る人は、神からその能力を与えられた歴史的な天才だけなのだそうです。
この主張に対しての反論は、それこそ無数にあって、直ぐにでも反論したかったのですが、こういったtypeの人は、何を言っても納得する事はないので、反論する事はしませんでした。
石部金吉の四角四面の杓子定規に対しての反論は、所詮、時間の無駄なのでね?
教育の全てが学校で学べて、「勉強で全てが学べる!」と思っている事は、全く現実的ではありません。
人間が誕生してから現代迄に得た知識というのは、自然界のほんの一部でしかないのだから、知らない事を知るという事が本当の意味での謙虚さなのだよ。
また、人間が調べてもいない・・その分野を開拓すれば、どんなに凡庸な人であったとしても、それは開拓者になれるのだよ。
また、時代の天才や寵児と呼ばれる人達が開拓した学問であったとしても、それは時代と共に古びて役には立たなくなって行くのだよ。
つまり、私が小学校や中学校で学んだ知識は、今の学校教育ではもう既に、全否定されているのだよ。
しかも、絶対的に変わるハズのない自然界の真理であるハズの物理学的な事や、天体の動きを表す天文学的な事さえも、私達が学んで来たものは、もう今現代では、笑いを引き起こしてしまう程に、役には立たない無用の長物になり下がっているのですよ。
それに日常的な事で、漢字の書き方、送り仮名等のものさえも、今では全く変わってしまっていて、今の教育からは、否定されてしまいます。
私達が一生懸命に小、中学校で、学んで来たものは、一体何だったのだろうか?
全てがこんにちテレビ等での知識の覚え直し、勉強のし直し・・です。
それにもまして今の子供達は、驚く程一般の事に対しての知識がありません!
今、教室で接している子供達は学校の成績はとても良いハズの子供達なのですが、その成績の良い子供達ですら、一般的な知識は皆無に等しいのですよ。
「皇居に住んでいる人は?」とか「ParisがEuropaの何処にあるのか?」とか、或いは、大正時代の前は平安時代だったりと、教科書の内容から一歩外れてしまうと、考えられない答えで、超、驚きなのですが、それでも学校のテストの成績は非常に良い優秀な生徒達なのですよ。
「それは何故か??」・・というと、学んでいる知識そのものが、自らの興味で勉強した知識ではなく、単に成績を上げるために、一時的に学んだ記憶に過ぎないからなのです。
という事なので、学校のtestでの成績は良くても、自分の身の回りの事柄に対しては、全くの興味がないのです。
だから、子供達と接していると、「こんな事への知識もない!」、「こんな言葉も知らない!」の連続で、オケ練習の半分の時間を、言葉の意味の説明に終わってしまう事すらあります。教室は音楽教室であって、学習塾ではないのだけどね??
数学のお勉強をしていて、解き方を勉強していても、その計算の意味を分かっている分けではないのです。「数学は物語だよ!」というと驚かれてしまいます。困った事だよな??
大学の入試では、電卓持ち込み可の大学や、辞書持ち込み可の大学もあるのにね??
但し、AKBや若い男性アイドルのgroupの事となると、メチャ詳しいのだよな??
それは興味のある事なのでね・・??
いやぁ?困った事だ??
私が常日頃母や祖母に対して感謝している事は、私が子供の頃に学校の成績や勉強に関して、一度も「勉強をしろ!」とか「成績が・・・」、とか言った事がない・・という事なのだ。
その教育方針は今の私も変わらない。
日頃から健康に気をつけていて、好きな事に熱中出来るのならば、それ程幸せな事はあるまい?
勿論、gameのような受動的なものは家庭の中に置かない事を前提にする事は勿論なのだがね?
テレビもgameと同じで、いたずらに興味本位で作られたものがほとんどなのだが、歴史や美術、科学に関した優れた番組も、あるにはある。
このような優れた番組に対して、子供達に興味を抱かせるには、その番組を親子で一緒に見て、その感想を親子で話しあうことである。
こんにちのテレビには録画機能のついている持っても多いし、ハイツでは、編集作業のために、videoのdeckが2台とhard-diskも付けている。
当然、仕事のためのvideoだけではなく、dramaや映画のようなものも録画しているので、仕事のない空き時間や仕事に疲れた気分転換の時間にテレビを見るので、テレビに時間を支配される事はない。
gameとテレビさえなければ、子供達の成長を阻害するものはないのだからgameとテレビに子育てをさせない事なのだよ‼️
近頃は、それにスマホが加わったようだが、パソコンにしても、スマホにしても、テレビでさえも、所詮は道具が過ぎないのだから、その使い方をしっかりと学習すれば良いだけなのだがね?
子供を叱る時間があるのならば、その時間に使い方を説明すれば、毎回毎日叱る事もなくなって、良いのだけどね?
それを惜しんで、膨大な時間を説教に掛けるのは、不合理で非効率的だとしか思えないのだがね⁉️



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3月20日『椎名町のblackhole』 ·
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江古田ハイツでのblackholeは、「holeに落ちた」としても、2,3ヶ月に1回ぐらいなのだけど、『椎名町でのblackhole』はほぼ毎日か、1日に何回かの時すらある。
日々の日常的なものから、絶対に失くなるハズでないものが、失くなってしまうので、困ってしまう・・と、言うよりも、信じられない事なのだよな??
しかし、こうこう毎日、物が失くなって、それが出て来ない・・という事は、部屋というか何処かに物が溜まって行っているハズなので、家全体が物で溢れかえったゴミ屋敷になるハズなのだけど、不思議な事に無くなった物が再び目に触れる事はないのだよ??
確実に椎名町の家の何処かに失くなっているハズなのに、物が増えもしないのだ。
ゴミ屋敷は拾って来たもので、確実に物が増えて行くと言うのに、椎名町では何が失くなっても、物が増える事はないのだ??
先生達に失くなった物の事を詰問しても、「絶対に棄てた覚えはない」・・と言う。
それでは、失くした物は何処にあるのだ??何処に消えたのか??
それが分からない・・
それが椎名町教室のblackholeのblackholeたる所以である。
いやぁ、miracleだよなぁ?
なんて、感嘆していたら、それはマズイ!!
毎回、blackholeにならないように注意している事が二つある。
それは、「その場で元の場所に戻す」という事である。
「その場」、と言うことは「後回しにしないで」、という意味である。
という事で二つになるのだが、これさえ守ってくれれば、椎名町にblackholeが出現する事を防ぐ事が出来る。
しかし、blackholeを作る人は、必ず、仕事の効率から後で纏めて片付けようとするのだよ。
でも、もうその後での時には、物はもう喪われてしまっているのだよ。
江古田のblackholeの場合にはもっと悲惨である。
ボールペンやハンコ等が机から落ちる瞬間を目で追い、転がり先を目視で確認して、転がった先の場所を確認して立ち上がるために一瞬目を離したその瞬間に、もうholeの中に喪われていて、二度とは出て来ないのだよ。
勿論、無くなった瞬間に、間髪を入れずその場所を探しているのにも関わらず・・なのだがね。
これは手に負えない!!
勿論、それから二度と見つかった事はないのだがネ??


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3月22日桜は満開で ·
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今日は3月の22日日曜日です。
桜は満開で小さな花達も、目一杯に咲きほころんで、うとうととするような、ひねもすのたりのたりかなの陽気です。
春分の日の連休の最後の日という事だけではなく、学校は春休みで、しかもコロナでの臨時の休みなので、ドライバーは免許取り立ての初心者や日曜ドライバーが多くて、それに加えて春の嵐とでも言うのか突風が吹いて、高速道路では車が隣のレーンまで持っていかれる事もありました。
それにもまして初心者や日曜ドライバーの車の多い事で、大した渋滞でもないのに団子状態になって車の流れが右往左往していて事故も多発しているようなので、普段よりも車間を開けて細心の注意して走っています。
今日は花園自治会館でオケのrehearsal です。
相変わらず発表会の出演者は少ないのに、膨大なオケや室内楽の曲数なのに、今回はコロナのせいで、更に少人数のgroupに分けてrehearsal をしたので、当然、自治会館の会場のrental時間ギリギリまで借りてのrehearsal だったのですが、one point-adviceの時間も取れなくって、それだけではなく、曲を演奏するのに必要な楽器の数も半端ではなく、rehearsal が終わった後での、Kontrabass4台とcelloを2台とKeyboardや譜面台等々を自治会館から、牧野先生と斉藤先生達二人だけで車に積み込んだり、花園教室と検見川教室に運び入れるのはとても大変だったので、とうとう私も見るに見かねて、体調不良だったのにもかかわらず、ついに搬入搬出のお手伝いをしてしまいました。
牧野先生や斉藤先生には、教室の生徒数も減っているので、室内楽やオケの曲を減らして、発表会ももう少しshapeupするように・・とは何時も言っているのですがね??
私も、明日は腰痛にならなければ良いのですが・・・ね?
明日は・・・、といえば、自治会館では、video撮影の時には、videoのon・Offをする人がいなかったので、休憩時間のおしゃべりをしている時でも、videoが回しっぱなしになっていたので、私が気がついた所ではvideoを切ったのですが、それ以外の時間はvideoが回しっぱなしだったので、明日はその無駄に回っていたvideoを削除したり・・と、編集の作業が大変になる予定なのです。
写真は自治会館前の花園公園のグリーンベルトの桜です❗


ほぼ満開ですが、まだ3月の22日なのですよ❓
気象庁始まって以来の桜の満開の予測になっているようですがね⁉️


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3月23日orchestraのrehearsal の次の日の朝です。 ·
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今日は3月23日の月曜日です。

昨晩は、rehearsal の楽器類とかPiano椅子とかの後片付けで、色々な物を花園教室や検見川教室、椎名町教室に運んで超疲れたので、ドルプリっ歩は私はパスをして食事だけ食べて、それでも深夜の帰宅になったので、ハイツに持ち帰った荷物はそのままの置きっ放にして、直ぐにbedで寝ようと思ったのだけど、落ち着いたら突然に鬱が超酷くなって来たので、パソコンの椅子に座ったままに、茫然自失をしてしまいました。
丑三つ時を過ぎた頃に我に戻って、大急ぎで生もの(所謂、弁当類)だけを片付けて、取り急ぎ『寝る』用意をしました。
勿論、その作業の並行で、videoをパソコンに取り込む作業とBlu-rayに焼く作業を朝起きる迄に終わらせておきました。
勿論、作業をしたのは、パソコンが勝手に・・なのですがね??
朝起きて、編集の作業を始めようとしたら、なんとパソコンから音声が出ません。
音声のmixerや音声関係の所をcheckをしてみたのだけど、原因が分かりません。
パソコンの起動時の信号音は出るので、音声のtroubleではないようなので・・、「う~ん??」・・と、考え込んで・・「こんな時の解決法は、再起動だよな??」という事で再起動をしたら、なんと治った!!
パソコンなんてそんなもんよ!!
アハッ!それでも、5分近くも時間をlossしたぞぃ!!
今日は部屋の空気が鬱で澱んでいたので、今年になって初めて窓を全開に開けて、外の空気を部屋の中に取り入れました。未だ少し肌寒いようでしたが、それなりに、春の爽やかな陽気のようでした。



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3月24日『音楽への求める姿勢』 ·
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指導者の側から見ても、一般の人達から見ても、『音楽を指導する上で』は、「proに対しての指導」と、「amateurに対しての指導」は全く別のものである・・と思われる事が一般的でしょうね?
amateurの人達には、楽しく、proには厳しく指導するのが一般的で、その指導法には疑問の余地もないように見受けられます。
しかし、私が教室で生徒達をlessonする時には、その生徒達が「音楽の道に進もう」と、「趣味に徹して、飽くまでも趣味の延長として音楽の勉強を続ける」としても、私の指導法、或いは教育法としての『lessonの仕方』には、「amateur向けのlessonの方法」や「proに向けた特別なlessonの方法」の区別がある分けではありません。
proであろうがamateurであろうが、厳しい所は厳しく、楽しい所は楽しく指導するだけなのです。
勿論、『その生徒が習得可能な範囲内での』・・という制約はありますが、常に自分にとっての、最高のlevel(Niveau)のlessonをするだけなのですよ。
それで学んでいる本人が音楽上の「proを目指そう」と、「amateurとして音楽を自分の身近に置いておきたいだけ」であった・・としても、それは本人の問題なので、指導する側である私が知った事ではないのですよ!
それに、指導内容の限界(limit)は、その生徒のcapacityによる分けで、本人が望む以上の技術や音楽的な表現を生徒に求めてしまっては、あたら才能を潰してしまう事になってしまうから・・という現実的な理由もあるからなのです。
よく、勘違いされる事は、proの道を進むか、amateurで一生を終わるのかは、一般の人達が言うように、音楽を学ぶ本人達の技術力(所謂、capacity)で決まるものではありません。
実は音楽を学ぶ人、本人の『音楽に対しての自己との関わり』・・つまり、『本人の意識』、最も分かりやすくならば、「本人の音楽に対する価値観」で、proを目指せるのか、否かが決まるからなのですよ。
私達の教室でも、音楽との関わりは、自分に取っての身近な息抜き的な存在とするamateurとしての意識で音楽と接しているにも関わらず、proを目指す音大生達よりも遥かに優れた技術力を持っている生徒達も多いのです。。
しかし、amateurの生徒達の技術力が音大生達の技術力よりも勝るのは、音大生と言う限り無くamateurに近い、所謂、semi-proとしての意識しか持たない学生である・・という現実の上での比較になるのです。
例え音大生であっても、一旦卒業して、社会に出てしまえば、否応なく、proとしての責任の洗礼を受けてしまいます。
音楽大学の学生達が、自分達の実力を過信してしまうのは、或る音楽界の事情があるからなのです。
音大生は、社会人ではないので、arbeitとして、安く使う事が出来ます。
popularの音入れ(アフレコ)の仕事や、トラ(勿論、extraの略ですが・・)のような、よりarbeit的な仕事は、音楽界のpro(この場合は社会人と言う意味なのですが、)を雇うよりも、音大生を雇った方が安く使えるので、結構仕事があるに過ぎません。
音大生達はそれを、自分の実力と勘違いして、鼻高になって自惚れてしまいます。
しかし、音楽大学を卒業して社会人になった途端に、そういったarbeit的な仕事は来なくなってしまって、次の音大生にその仕事が行ってしまうのですよ。
そういった、arbeit的な仕事は、責任のない音大生時代の社会性のない青春時代の仕事に過ぎなく、一旦、社会に出てしまえば、社会人としての仕事しかありません。そこには、経験と技術力が優先される一般的な実力本位の世界が待っているのですから・・
だから、amateurでも非常に優れた演奏家として認めて貰えるのは、大学を卒業する迄の青春時代に過ぎず、社会人になってしまえば、評価は一般の社会人に対しての評価に変わってしまうのだよ。
音大生はどんなに上手くても、そこでproとしての音楽家として認められる分けではないので、「なんとなく、そういう風に聴こえれば良い」とか「楽譜に絶対に忠実でなくとも、そういう風に聴こえれば良い!!」とか言うproとして、有るまじき事を平気で言ったり、口にしたり・・するのだけれど、その学生がそういった「学生意識」から抜け出せるか、否かが、将来、社会人になった時に、音楽家として、音楽の世界で生きて行けるか?・・proとして生きていけるか否か??が決まるのだよ。
学生が思っているような、そう言った「そういう風に聴こえれば良い・・」と言った風な「妥協」はproの社会には有り得ないのだよ。
何故ならば、学生時代は僅か4年間に過ぎず、proの世界は音楽大学を卒業してから・・(早い生徒達では、高校生の頃から)齢いを経て、働けなくなるまでの長い、長い時代を音楽家として過ごすのだよ!!
という事は、proとしての音楽家達にとっては、音楽界は常に、供給過多の弱肉強食の世界であり、その理由が、結婚であろうと、子育てであろうとしても、一瞬でも音楽に対しての意識を抜くと・・
・・というか、音楽に対しての『眼差し』を音楽以外の外に向けた瞬間に、他の誰かにその人が得た音楽界での地位を奪われてしまうのだよ。
芸術の世界は、完全というものは存在しない。
da VinciのMonna Lisaように、或いはGoetheのFaustように、死ぬ床で迄、作品を推敲し続けなければならないのだよ。
Beethovenだって、運命のSymphonieを作曲するのに、40年も掛けているのだからね??
技術はそう言った長い時間の『積み上げ』でもあるので、時が来れば、結局の所、プロがamateurを凌駕するのは、自明の利になる。飽くまでも、長い目で見れば・・ という事なのだがね。
つまり、proとして社会に出た人達でも、一瞬でもその努力を失ってしまうと、proとしては社会には通用しなくなるのだよ。
一般で言う所の音楽界・・というか、実際にはマスコミが作り上げた虚構の音楽界に過ぎないのだが、実力とは無関係に世間一般で持て囃される音楽家集団が存在する。
全く演奏の技術力も、芸術に対しての意識も表現力も持ち合わせていないのに、本人は、自分が音楽の社会から認めて貰えていると、大いなる勘違いをしているのに過ぎないのに、マスコミや一般大衆からは、大芸術家として祭り上げられて舞い上がっている超幸せな人も、結構居たりする!
本人も祭り上げられて、自分が相応の実力を持っていると勘違いしているので、まあ、それはそれで、結構、幸せな人種だよな??
そういった音楽家集団の有名人達は、name-valueで、或程度、名誉と地位が残ったとしても、それは素人の音楽愛好家達からの賞賛に過ぎないのだよ。
本当の物を求める人達からは、名声に対する自惚れと増上慢にしがみついている哀れな人達にしか見えないのだけどね??
人間は増上慢になると、一瞬でその人の実力は衰えてしまう。
自分の力が衰えて、表現力や説得力が喪われて逝く事は、自分自身が一番分かると思うよ!!周りの他人よりもね??
体力の限界!!とかね??
勿論、そういったアホらしい幸せな人達とは真逆の、素晴らしい芸術性と非常に優れた演奏技術を持っているのに、全く無名のままの人達も数多く見受ける事が出来る。
そういった人達は、これまでの時代では、その人が優れた業績を残しながら、死んでも日の目を見る事も、正当な評価を受ける事もなく、路傍の石として忘れ去られて逝ったのだけど、有難い事に、今の時代ならば、少しはそういった非常に優れた人達に与えられるchanceも違うのだよな??
それは、パソコンの発達に伴うnet社会というものが誕生して、YouTube等の発達のお蔭で、これまでは埋もれて来た、私達が一生巡り合う事のないハズの非常に優れたGifted達に巡り合う事が出来るようになったのだヨ❢❢
そういった非常に優れた演奏家達を知ると、有名な芸術家達とは、全く違う人種である事の方が多いのだよなぁ。
そういった非常に優れたgeniusを持った人が無名に甘んじているのは、本人の社交性の問題なのかな?・・と思っていたのだが、実力のない凡庸な演奏家で、しかも引き籠りの人間が大芸術家と持て囃されて居たりするのだから、本人の意志とは関係のない単なる運だったり、マスコミの操作だったりするらしいのだよ‼️
音楽技術の話しに戻るのだが、自分の居場所を間違えた場所に置いておくと、自分が目標としていた夢は徐々にしぼんでいくものである。
夢が萎むと、技術もそれに伴ってしぼんでいくので、本人は、自分の技術が衰えている事に気がつかないし、不思議な事に夢が萎んでいる事にも気がつかない!
但し、本人がそれに気がついた時には、もう手遅れで手の施しようはなく、人が為せる事はもうない❗️
私の場合には、有名になるchanceや大学の教授の口すらも、自分で断って来たので、自分の人生に然程、後悔や自責の念がある分けではない。
私が音楽の道に進んだ動機が、「作曲家ならば人と接する機会は最小限で暮らして行ける」・・という不純な動機に過ぎないからだ。
そこに音楽の崇高な世界や美の真理を求める態度(探究心)は微塵も無いからだよ。
私にとっての音楽とは、大衆にappealするためではなく、引き籠る事なのだからね??
今は独居老人で、目標は半分くらいは、達成出来ているのかもね??
コメント
芦塚 陽二
コロナでオリンピックが延期になった時に、アスリート達の反応を見て、その人達の自分の競技に対しての価値観が見えて来て、興味深く思えた。中には、「オリンピックは通過点に過ぎないので」とか、「時間に出来たので良かった」とか、ポジティブな事を言っている人達がいる半面、その人達とは意見の異なる別の人達の話で、「その日のために努力して来たので」とか、絶望的な事を口にする人達もいて、その人の競技に対する姿勢が見えて、とても興味深かったのですよ。
athleteの場合には、その技術力が職業として生かされるchanceが少ないので、Olympicだけが人生の目標になってしまうのかな??


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3月24日 L’Estateの楽譜のcheckをしながら、·
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今日は3月の24日の火曜日、歯医者の日です。
VivaldiのLe quattro stagioniのL’Estateの楽譜のcheckをしながら、いつもの通りに、出版社違いの音符の違いや表情記号、或いはbowingの違いに悩みながら、日曜日の自治会館でのrehearsal のvideoを見ながら、「もっと分かり易い新たらしいinterpretationを、生徒達に伝達する表現方法はないのか??」と自己反省をしながら、指揮の仕方をcheckしたり、tempoの設定の試行錯誤を考えながら、演奏表現に関しての譜面を作ったり、表現の方法を考えたりして、「どうすれば私のimage通りに演奏してくれるのか??」を考え中なのです。
Ⅱ楽章のtempoのtimingは、rehearsal で指揮で伝えるように頑張って見たのですが、やはり集中力が持続しなくて、flyingが続発して、指揮だけで不可逆的なtempoの設定を伝達をするのは限界があって、前回の八千代のコンサートでの折衷的な指揮は、やむを得ない安全策であった・・と今更ながら思いました。
八千代では、『今一つの工夫が足りなかった』・・という事だよな??
今回の発表会での演奏の場合には、指揮の小手先技のtechnikに頼らないで、作曲家らしく、生徒達に「形式学からのapproachの方法を説明する事で、間の取り方を理論として伝達する方が、多分Ⅰ楽章の演奏法を生徒達に伝える事が出来るのではないか?」と考え直して、急遽、分析譜を作りました。私達作曲家に取っては、この分析譜は書く必要がない・・程の当たり前の事なのですが、指導は子供達が対象なので、分かっているハズだ・・という事は有り得ないのですよ。
これで指揮の神経戦でオタオタするよりも、或程度の自覚を持って、確実にfeintをする事が出来るようになる・・と思います。
Ⅱ楽章の分析が、多くの演奏家達にとって、そんな簡単な歌い込みにならないのは、4回繰り返されるmelodieの形式が単純な「a+b」の唱歌形式ではないからなのです。1回目と最後の4回目は単純な「a+b」の唱歌形式で作られているのですが、2回目と3回目は日本人には馴染みの無い所謂、bogen formという形式で作曲されています。
このbogen formという音楽の形式は、baroque時代の多くの作曲家達(BachやVivaldiに限らず)色々な作曲家がbogen formを使って作曲をしているのですが、実はこのbogen formはその次の古典派の時代から、ロマン派、近現代に至る迄、普通に使用されている汎用的な音楽の形式なのです。
しかし、不思議な事に日本で出版されている楽理書や音楽通論、楽典の本にも、bogen formの解説が掲載されている事はありません。これも日本の音楽教育の七不思議です。
このⅡ楽章も、最初のmelodieと最後のmelodieだけが単純な唱歌形式の『呼びかけ』と『答え』のa+bという形式で作られていて、後の2回目のmelodieと3回目のmelodieは、bogen formで作曲されています。a+a+B(1+1+2)という型で作られているのです。
そのa+aという(ダメ押し的な)弾き方が慎ましやかな日本人に取ってはfremdで難しいのだろうかね??
夕方、日が入る頃に歯医者にbikeで出かけました。
テレビによると、「今日、日中はとても暖かい」・・というお話だったので、ズボンやジャケットを春用に薄着をして出かけたのだけど、どこが「とても暖かい・・」のだよ。
風は超冷たくて、花冷えではないか??
冬の仕様に着替える時間も無かったので、寒さに震えながらbikeを飛ばしたのだよ!!
予約の時間ギリギリだったのでね??
歯医者では、下顎の奥歯を押さえつけられながらガリガリとやられたので、「顎が外れるのか?」・と思う程に顎の付け根が痛かったけれど、まあ、私は痛みには強いのだよな??
今までも大病をした時には、何時も医者に「痛みを堪えないで、痛い時には、もっと早く医者にappealして!!」と怒られてしまうのだけど、・・どこまでを辛抱して、・・何処からは「痛い!」と言うのかの分かれ目が皆目分からん!!
今日は火曜日・・、ぼっち食事の日なのだけど、冷蔵庫の中の食料品はスッカリ空になってしまったので、「何処かに飲みにでも行くか??」と思ったのだけど、自分の食いたい物が見つからない!!
私はなにを食べたいのだ??
・・・悩んでしまうのだよ。
江古田の美味しい店・・って言ってもね~~ぇ??
江古田には、もう50年以上も住んでいるのだよ!!
今更、美味しい店と言ってもね~~ぇ??
池袋はもっと不味いしね~~ぇ??
長崎の美味しい蕎麦屋も全部無くなってしまったし、北池袋のうなぎ屋で飲んでもね~ぇ??
うなぎをツマミに日本酒では、チョッとimageではないよな~ぁ??
馬刺しも今三だし、それにもう飽きたしね~ぇ??
珍しく、食べに行く時間は早いので、お店は選り取り見取りなのだけどね~ぇ??



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3月24日いつもの寿司屋でボッチ飲み ·
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3月24日 前のPageの続きになるのですが、火曜日は先生達のいない、折角の『ボッチ飲み』の日なので、江古田で新しいお店を開拓しようと、和食の飲み屋をnetで調べて、鈴木病院の近くに和食のお店を見つけて、探したのですが、鈴木病院の周りには全くお店らしいお店は見当たらなくって、30分以上も豊玉の新江古田に掛けて無駄にお散歩をしてしまいました。
鈴木病院やら、昔、駐車場に借りていた所もそうなのですが、昔、行きつけであった喫茶店までもお店が全く別のお店に変わっていて、でっかいコンビニがあったハズなのですが、全く別の会社になっていて、まるで初めて江古田の街を訪れたétrangerのようでした。
・・という事で、あてもなく歩き回っている内に、いつの間にか、いつもの行きつけの寿司屋に辿り着いてしまい、仕方がないので、いつも代わり映えしないたいして旨くもない寿司と、いつもの代わり映えのしないいつものつまみを頼んで、2合と1合の熱燗を飲んで、『ボッチ飲み』が終わってしまいました。
実につまらない・・・夜食代わり0の飲みtimeでした。
『ボッチ飲み』が上手く行かなかったので、「ハイツに戻ってwineでも飲み直そうかな?」と思っていたら、鬱が始まってしまい、心臓の調子もおかしくなってきたので、「alcoholを飲む事を諦めようかな?」と、思ったのですが、やっぱり鬱が酷くなって来たので、心臓と相談しながらwineを飲み始めようかな??」と思って、寝酒の時間にしたのですが、普段、wineのおつまみの鬱々コンサートとして、何時も聴いているPachelbelのchaconneやpurcellのchaconneは、今夜の気分にはとても重たくって、他の曲を聴く事にしました。
wineを飲みながらの鬱々コンサートとしては、時折、自分で指揮をした曲でありながら、自分自身が鬱で弱っている精神状態の時には堪えられない時がままあるので・・ね??
そういう時には、もう少し軽いmélancolieな曲の方が合うのよね??
私のrepertoryには、そういっためんめんと切々とのmélancoliqueな曲はないので、こういった甘く切ないめんめんとしたOperaの曲を引っ張り出してきました。
こういう気分の時には、こういう曲は実にwineに良く合うよな~ぁ??
私は基本的にはcantataとLied派なので、ItaliaのOperaは滅多に見ないのですが、例外的にBizetのLe Pêcheurs de Perles、所謂、真珠採りの歌はよく聴きます。
これを歌っている人は「相棒」のdramaで歌っていた人で、カルーソーやドミンゴよりもチョッと切々と・・朗々と歌っているのかな??
こういった甘酸っぱい曲を聴きながら、飲んでいると、wineが超、美味になるけれど、もうそれはそれで、それ以上の切なさも、若い元気さもないよなぁ?? アハッ!
やっぱ、Pachelbelやpurcellの超鬱々の曲が私にとっては、関の山かいな??
一通り、Bizetの「 Le Pêcheurs de Perles」を、色んな歌い手で、聴き比べて、結局の所、またまたwineを飲みながら、鬱々の曲を聴いてしまいました。
やっぱり歳相応という事なのかね??

コメント
芦塚 陽二
この人はフランス語が綺麗だよな??もっと声の質が高くって、甘い感じだよな??ドイツLiedには無い世界だよな??
私にも全くないよな??この甘さは・・・???
ショスタコのwaltz第2番なのだ!見ろ!見ろ!と出て来てうるさいから、ついでに見たのだけど、ヒョッとして以前upしていなかったかな??drama仕立てのショスタコなのだけど・・
曲はsessionだけで盛り上がって、オケに入ってからの盛り上げは上手くないのだが、踊り手のcurtain-callが素晴らしい!!切れっ切れ!の挨拶が、絶品だよ!




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3月28日八方美人 ·
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『八方美人』という言葉がある
説明する事もない言葉なのだが、一応定義をしておくと、『他人に対して愛想良く振る舞う人』のことを一般的には八方美人と勘違いされることも、極めて稀にはあるようだが、いくら外面(そとづら)が良くて、愛想も良かったとしても、本人が自分の考え方をしっかりと持っている場合や、その人自身の考え方が揺らがない人に対しては、八方美人と言う言葉は使わない。
八方美人という言葉には軽い悪意が伴うからだ。
一般的な八方美人という言葉の使い方では、他人に対してお追従や迎合する事に徹している人を指すのだが、それ自体は、その人の社会性の考え方の問題なので、それをとやかく言う事は出来ない。
ここで問題にしている『八方美人』と言う人達の問題は、他人の意見や考え方に迎合して振り回されて自分の考え方を見失ってしまう人達の事を問題にしている。
そういったtypeの人達にとっては、『八方美人』的な性格はその人の将来を閉ざし兼ねないのだよ。
という言葉には悪意が伴うので、八方美人的な性格を持っている人でも、「自分が八方美人である」と自覚出来ている人は少ない。
一見すると、しっかりと自分を持っているような人の場合でも、その迎合している相手の人が地位のある人の場合や、女性の場合には(特に好きな異性からの考え方に対しての場合には)、理屈を抜きに信じ込んでしまう傾向が多く、一旦信じ込んでしまうと、人の忠告やadviceなどに対して、付和雷同で、全く耳を傾けて人の話を聞かなくなってしまうので、幾ら忠告やadviceをしようと思っても、全く始末が悪くて困りものなのです。
人を信じる事自体は、素晴らしい事だし、それに対してはなんの文句も無いのだけど、その信じている場所が、その人の仕事や将来の学びに関する事、或いは日常でも生活の事となると、地位や好意等の外面的な理由だけで、人を信じてしまうと、その人の夢や社会性は成り立たなくなってしまうのだよ。
しかし、人を信じるという事、人を愛するという事、敬愛する事と、その人の実力や信条が一致すると良いのだが、そう言った事は殆どない。
信じている場所は人間性なので、その人の信条信念と、社会的な行動との場所は、説伏する場所が違ってしまうので、道を踏み外しているとしても、その事に対しての忠告やadviceは無意味なのだからね⁉️
しかし、困った事には、人間、間違えた考え方をベースにした場合には、どんなに努力をしたとしても、夢に近づく事は出来ないと言う事は当たり前なのだが、それどころか逆に目標、目的から遠ざかっている場合もよく見受けてしまうのだが、本人はそれを気づく事はないのだから始末に悪い・・・としか言いようがない。
あたらadviceをしても、煙たがられるだけなので、いつの間にか、そういった人とは疎遠になってしまうのだよ。


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3月29日Facebookに動画がupload出来ない ·
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朝の7時、8時迄は雨だったのだけど、9時頃からは、雪が激しく降り始めたので、桜の花びらに降り積もっている雪の動画を撮影しようと思ったのですが、9時過ぎでは、まだ雪が積もっていなかったので、10時を過ぎた頃に、もう一度、振り続けている雪の風景を撮り直してupをしようとしたのですが、Facebookの動画の画面が変わっていて、元の動画を削除して差し換えようと何度か試みたのだけど動画の削除が全く出来なかったので、諦めてcomment毎、全体をあらたに書き直てしまいました。
どうして動画の削除や入れ替えが出来ないようになったのかな?
たかが動画を差し換えるだけなのに、なんでこんなに面倒くさい事になったのだろうか??
Facebookはなにを考えているのか、分からん?
今回はvideo-cameraでも、デジカメでもなく、携帯の動画の初撮影です。写真はだいぶ撮ったのだけど、不思議な事に動画は初めてでした。アハッ!
単なる携帯のvideo撮影のtestで、携帯の動画の画質や、使い出のtestのつもりだったのだけど、超、面倒くさい事になってしまったので、ついでに動画にBGMやテロップを入れて見ました。
video編集作業の練習なので、文章も含めての再々入れ換えです。
以前はいとも簡単に出来ていた動画だけを削除したり入れ換えたりする機能が無くなってしまって、一々、文章も一緒に全削除しないと動画が消えなくなってしまいました。
以前、金華学園の嵐の風景をuploadした時にも、You Tubeの演奏をほんの一部だけをBGMにしたら、一瞬で著作権の違反のcommentが出て、upload出来なくなってしまいました。それでその時にも、教室の生徒の演奏をBGMにしたのですが、不思議な事にYou Tubeにlinkを貼る事は問題なく出来るので、その仕組みは本職なのだけど、未だに良く分かっていません。時折、印税は入って来ているのだけど、微々たるものなので、何のたつきの助けにもなっていないからです。

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コメント
芦塚 陽二
このVivaldiの独特のennuiさは、Franceの近現代の作曲家にも通じるcontemporaryな(時代を超越した)感じがします。
Faure のÉlégieのような鬱々とした感じがとても大好きです。
wineには良くあいます。
演奏は私のbestchoiceと言う分けではないのだけど、中々秀逸な演奏なので、一応参考までにlinkしておきます。
https://www.youtube.com/watch?v=qDJVL4XA1GM
Violin Concerto in E Minor, Op. 11, No. 2, RV 277 "Il favorito": II. Andante
YOUTUBE.COM
Violin Concerto in E Minor, Op. 11, No. 2, RV 277 "Il favorito": II. Andante
Violin Concerto in E Minor, Op. 11, No. 2, RV 277 "Il favorito": II. Andante
· 返信する · プレビューを削除 · 40週間前 · 編集済み
中野 卯月
時間を忘れ魅了されました〜!




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3月29日subパソコンが死んだ·
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・・てな事を書きながら、何気無くsubパソコンのsubであるhp(homepageではないよ!!パソコンのHewlett-Packardだよ!)を立ち上げようとしたら、パソコンが死んでいて、全く立ち上がらなくなってloopをしていた。
再起動も、他の方法も、全てやってみたが無駄であった。
諦めて画面に従って、recoveryをする事にした。
リカバリーをすると、入っているソフトを全て再インストールしなければならないのだがnetでダウンロードしたものは、プロダクトキーや、そのソフトのダウンロード元が分からないものさえあるのだよ。
全部が全部のソフトが再インストール出来る分けではないと言う事は承知の上でのリカバリーなのだ。
それに、recoveryで多くのソフトが失われる事は承知の上という事で、それは良いとしても、HPは兎に角そのリカバリーの速度というか、パソコンの動きが遅いのだよ!!
このリカバリーの作業も、1日掛かりになってしまった。
HPは余りにもトロイので、今はhard-diskの代わりにしか使用していないのだけど、それでもnetも出来るので必要な時には必要になるので、無くても困るしね??



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3月31日買い占めの大騒動 ·
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コロナの大騒動で、マスクの買い占めの騒動が起き始めた頃には、私的には「マスクなんて端切れでチャチャっと作れば良いのではないのかな? 」と思っていたのですが、なんと!ガーゼや布はおろか、柔らかい紐までも売り切れて買う事が出来なくなってしまったそうです。
でも「柔らかいガーゼや布の代わりには、古い下着やシーツなどを切って使えば良いのでは?」、と思ったのですが、綺麗なもの、新しいものしか、認めない現代人には、そういった有り合わせで間に合わせるといった現実主義は認めて貰えないようですねぇ?
・・・と言う事で写真は、参考までに、いたずらで斉藤先生に作って貰ったキッチンペーパーで作ったマスクです。
私としては、不織布のキッチンペーパーの方がよかったのですが、そこはどうでもよいのですよね??
どうしてもマスクが手に入らなくなったら…?
もしも、そういう事になったら、教室で子供達に自分達でマスクを作れるように、「マスクの作り方のレクチャーでもしようか?」と冗談で言っていたのですが、それからひとつきも経った今でもマスクが売っていない、と言う事は、ちょっと驚きですよね?
このマスクは、台所にあったキッチンペーパーとマスキングペーパーとゴム紐の有り合わせの材料で…斉藤先生が3分ぐらいで作ったマスクなのですが、牧野先生に聞いて見たら、店頭にはガーゼはおろか、輪ゴムですらも無くなってしまったそうです。
そんな物を買い占めてどうするのかねぇ?
なんだろうねぇ?
この騒ぎは……?
トイレットペーパーの買い占めの話でも、私が子供の頃にはトイレットペーパー自体がなかったのですよ?
トイレットペーパーはトイレが水洗になってからの産物なのですからね?
ベルバラの時代の宮殿にはトイレがなかった・・って知っていますか?(ベルサイユ宮殿等ではトイレは現代になって、付けたものなので、それでも超少なくて観光客を困らせていますよね。)
貴婦人達が使っていたお尻を洗う水盤を、昔の日本人が花器と勘違いをして、床の間に飾っていた、という笑い話がありますが、シャワレットがなければ、風呂のシャワーででも代用は出来ます。
テレビでは、「もしも?」……という不安感が人を最悪の事態を想定させて、恐怖心を煽って、それが買い占め……誘発させるのだそうです。
しかし、私達は戦後の団塊の世代なので、子供の頃には、米が無くて、お茶碗にカボチャやお芋が一つ入っているだけの、「食べれればそれだけで幸せ」という時代を生きて来たし、私が留学中には、(学生がバイトをすると、強制送還になってしまうので、)仕送りが途絶えて無い時には、それこそ3、4日間全くなにも食べるものが無くて、水だけを食べていた事もあったのですが、それで、辛いと思った事も悲しいと思った事も一度もありません。
やせ我慢ではなくて、食い物がなければ、作曲でもしていれば空腹は紛れてしまうからです。
それよりも、勉強出来る幸せが勝っていたからです。
そういった経験を持っていない人は、食べれないという事や、物がないという事に対して、必要以上に恐怖心を抱いてしまうようです。
人間、水さえあれば、食べるものがなかったとしても、ひと月ぐらいは元気で生きて行けるのですがねぇ?
テレビ等のdramaでは、今にも死にそうな人が出て来て(所謂、瀕死の)状態で、「3日も、何も食べていないのです。」というシーンがよくありますが、それはdramaの世界なのですよ。 人間、3日、4日食べれなくても、普段普通に食べている人が飢餓で死ぬ事はありません。寧ろ、今の日本では、偏食で(栄養失調で)死ぬ人の方が多いのですよ。
なにせ、飽食飽物の時代なのでね?好きな物しか食べない・・、子供が食べないので好きなものしか与えない・・という偏食が増えて来ているのです。
本当に飢餓が慢性的に続いている社会で、体が既に衰えている人達にとっては、飢餓は恐ろしい病(やまい)なのです。病(やまい)というのは社会的な病とされるからです。
今の日本の社会では、ネグレクトでもない限り、飢餓はありません。
(貧困問題は日本では、社会的なネグレクトに相当します。)
だんだんマスクの話から逸脱して来て、社会の問題になって来たので、ここいらで話を切りあげましょう?
うんとこ、ほっとサ❗
コメント
芦塚 陽二
このお話というか、写真は、コロナでマスクの買い占めが起きて、テレビで2時間も3時間も並んでマスクを買う人達の話が放映されていた時に、「そんなに時間を掛けて並んで買えないのならば、自分で作ったら良いのでは?」と言って、sampleにキッチンペーパーで斉藤先生に作って貰ったマスクなのです。斉藤先生は、5分ぐらいで作り上げて、「慣れたら3分で一個は出来るだろうね?」と言っていましたよ。
その時に撮った写真が見つからなくなってしまったので、このお話をするのが今になってしまったのですが、未だにコロナもマスクもトイレットペーパーの買い占めも終息していないので、だいぶたったのだけど、未だ時事なので、uploadしておきます。
マスクの作り方やパンツの作り方は、私達は小学校で習ってきましたけれど、今は学校では教えていないようなので、netでも調べられるので、そちらを参考にしてください。
アハッ!

· 返信する · 40週間前 · 編集済み


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3月31日『超現実的な変な夢を見た』 ·
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今日(3月31日の火曜日)は、定型の朝の5時頃に起きて、編集作業や「曲決め」の作業や楽譜の発注等々の仕事をしていたのだけど、余り心臓の調子が良くないし、血圧も今日は異常に高いので、仕事を続けるのを諦めて、11時ぐらいからベッドで横になっている。
ベッドで横になりながら、高校時代の友人の住所を調べなくなってしまい、「長崎のアパートの私のライティング・ビューローに高校の友達の住所録があったハズなのだけど、どうなったのかな?」……と考え込んでいたのだが、ふと、それは実に非合理的な事で、有り得ない事だ・・、これは・・夢を見ているのに過ぎないのだよな??・・と、気がついた❗
実に紛らわしい超realな夢だ!
つまり、現実の話としては、長崎のアパートの事なのだけど、高校を卒業して大学での勉強のために東京に引っ越してからは、長崎は夏休み冬休みの時に帰るだけになったので、本原の県営アパートは高校を卒業した時に、既に引き払ったのだよ。50年も前の時代に長崎のアパートはもう引き払ってしまっていたのだよな??
音楽大学時代には、県営アパートにはもう住んでいないので、帰省した時も、母親の再婚相手の病院で寝泊りをする事になったので、私の部屋というものは大学時代には東京のアパートを除いては、もう無かったし・・ね??
4年間の音楽大学の生活を終えて、更にMünchenでの留学を終えて、再び日本に帰国した頃には、私が中学時代、高校時代と6年間も住んでいた本原の県営アパートはもう既に建て直されてアパート自体がもう存在してはいなかったのだよ??
8年も経てばそりゃあねぇ~??




その時に住んでいたアパート群は、今はすっかり別の街に変貌して、私が住んでいたアパートの面影すらも全くない。
通常ならば、道さえ残っていれば、どこにアパートがあったのかという面影は残るし、それも無理だとしてもどの場所にアパートがあったのか??という事は分かるものなのだが、その道さえも跡形も無くって、全くアパートが建っていた場所さえ分からないのだよ。
それに・・いずれにしても本原の県営アパートの時代でも、上野町の病院の部屋にしても、私のライティング・ビューローが置いてあった事は一度も無く、ただの子供用の普通の学習机が物置代わりとして残っていただけなのだから・・??
(写真参照:見にくいけれど、Pianoの先にある荷物の下が私が中学高校生の時に使っていた机です。)
実際の話で、私がライティング・ビューローを購入したのは、留学から帰国して、長崎での1年近い療養期間を経て、東京で再び生活を始めてから10年後の(千葉で教室を開設した後の話で)、江古田の2階の全部屋を教室として借りている時の事だったし、その時に江古田で使用していたライティング・ビューローは今は椎名町のlesson室に鎮座している。(写真参照:)
私がハイツに居を移してからは、ハイツにもう一台のライティング・ビューローを買ってある。
つまり、この2・・30年の話なのだからね??
それで・・高校時代の住所録は、椎名町のlesson室のビューローの本棚にちゃんと今も存在しているけれど、住所録自体は私の高校生の時の物だから50年以上も昔の住所録なので、今はそれが使えるか否か・・だよな??
それに折角文を送っても、その人が未だ存命とは限らないのだからね??
しかも私は、同じclassの友人の名前も顔も全く覚えていないのだよな??
写真は、昭和30年代の長崎の本原の県営アパートの写真で、当時私が持っていたcameraで撮った写真です。



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4月



4月1日変な『夢のあとで・・』 ·
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今日(3月31日の火曜日)は、早めに椎名町に移動して、2台のパソコンから全くprint out出来なくなっているepsonのprinterを使用出来るように、設定と配線のやり直しをしました。
(mainの大型printerは二台のパソコンとも設定は出来ているので、一見すると社内ranの設定に問題はないように思えるのだけど、routerのtroubleは良く分からんのだよな??)
いずれにしても、二台のパソコンのLAN・cableのrouterの口が足りなかったので、応急手当として、1台のパソコンだけをEPSONに接続させて、もう1台のパソコンには接続させていません。
今日は設定上は、全てのprinterとパソコンが接続出来た所までの確認だけで、実際にはrouterの口が足りないので、増設のpartsを探して取り付けて見たのだけど、分配器の不良で、分配出来なかったので、取り敢えずは、パソコンからEPSONのprinterに接続するのは1台だけにして、今日の作業は終わりにしました。
不良品のEthernetの分配器・・というかranの分配器は、ハイツに戻ってから、ゆっくりとnetで・・でも購入しようか??と思っていたのだけど、ハイツに戻って、パソコンのaccessoryの中を探したら、stockの分配器が見つかったので、明日routerに取り付ける事にします。
それでどのパソコンからもEPSONのprinterと共有される予定になるので、めでたし、めでたし・・です。
ドルプリっ歩を付き合って、今日はコロナの気分転換を兼ねて、海鮮焼きそばを牧野先生に作って貰いました。
食事制限なので、普通はラーメンや焼きそばは食べさせて貰えません。超、お久し振りで、なんとなく、食べたくなったので・・ネ??
深夜のいつもの時間にハイツに戻って来て、取り急ぎ、寝よう・・と思ったのだけど、(今夜は練馬区は9℃はあるようなので、一般の人達にとっては、寝るのには、そんな寒くないようなのですが)、私は今日は1日中動いていても、寒くって、今は布団の中に潜り込んだのだけど、超お久し振りに足が冷たくなって冷えきって足先が痺れてしまっています。
布団の中で足を擦り合わせてなんとか暖まろうとしているのですが、膝から下の足が冷えて自力で暖まるのはとても無理なようです。
「頑張って布団から起き出して、アンカでも出すかな?」「それとも、風呂で半身浴でもして足を温めるか?」とも思ったのだけど、それにしても、今日は結構疲れているので、布団から出るのも少し辛いのだよな?
・・という事で、布団の中でおとなしく寝ておく事にしました。
私は普段は外界の気温が1℃でも、寝室では暖房は入れません。
極めて稀に、外の気温が0℃近くなって、部屋が八甲田山の状態になった時には、流石に諦めて、エアコンの暖房を入れる事がありますが、通常では暖房を入れて寝る事はないのです。
しかし、どうした事でしょうか?
今日は外の気温は10℃近くも温度があるのに、寒くって体が冷え切って、困っています。
不思議だ!
それとも、血流不良で、血が体を回っていないのかな??
コメント
芦塚 陽二
言う事で、次の日の2日には椎名町でranの増設をくっつけて一瞬で仕事は終わったのだけど、web-lessonではzoomというアプリを使っている人達が意外と多いという話を聞いたので、早速zoomをinstallしました。netの解説には「skypeよりも簡単で一瞬で出来る」・・と書いてあったのだけど、これが中々上手く行かないのだよ。
ひょっとしらた、skypeの時よりも時間が掛かっているのではないのかな??
練習でハイツの2台のパソコンと椎名町の1台のパソコンにzoomを入れました。
もう1台と斉藤先生のnotePCは斉藤先生に練習させるためにlectureだけしてinstallが終わりましたが、さて??
(牧野先生のパソコンは今ユーカリが丘にあるので、後回しです。コロナでパソコンを取りに行けないので・・・!!)



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4月1日PachelbelのChaconneのarrangementについて
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『今日は4月1日です。』
・・とPachelbelのChaconneのarrangementについてのお話
世間は、今日はエプリルフールだったはずなのだけど、その事については、テレビを見ていても、誰1人として口にしません。
コロナなので、それはきっと不謹慎という事なのかな??
朝は定刻に起き出して、毎日のroutineの作業をしようと思ったのだけど、起きた時にbedの上で感じたよりも、体調が芳しくなくて、心臓の調子も昨日から改善されてはいなかったので、大事を取って2度寝(・・か3度寝・・)をしました。
流石に、二度寝ともなると、変な『夢』を見ないで、多分熟睡出来たと思います。
(良く『眠れる』・・という事・・『良い睡眠が取れる』と言う事は、或る意味・・ある程度は『体調が良い』、・・或いは体調は兎も角としても、『精神状態が良い』・・と言う意味だと思われます。)
今日は水曜日なのですが、先週に、歯医者が「今回の治療の予約を火曜日ではなくって、水曜日にして欲しい。」という事を言って来たので、本当は今日は「歯医者に行く日」だったはずなのですが、午前中に電話があって、更に「金曜日に伸ばして欲しい」という事なので、今日の歯医者の予定は無くなってしまいました。
今日1日の予定が無くなったので、大急ぎでハイツの仕事を片付けて、椎名町のパソコンの後始末に出掛ける予定です。※)
4月の予定としては、コロナの話がなければ、本来の予定では、5日後には『発表会』だったのですが、発表会の延長と、lesson自体もお休みになったので、生徒達が、日頃の家庭での練習がちゃんと持続出来ているかどうかが心配です。
もっとも、学校が休みなので、これ幸いと・・音楽の勉強に専念している真面目な生徒もいるにはいるようなのだけど、殆どの生徒達は、気が抜けて・・「発表会のために積み上げて来た技術が喪われてしまっているのでは??」・・と危惧しています。
来週も、政府やお役所のお達しで、lessonが出来ないようならば、希望者に対しては「skypeでのlessonもありかな??」とも考えています。
子供達の場合には、日常のrotation・・つまり子供達の環境を変えない事が大切なのでネ??
4月は歯医者の他にも色々と病院の月で、ひかりヶ丘の糖尿病外来や、膀胱の検査があります。
ひかりヶ丘はbikeでの移動なので、病院内での感染は兎も角としても、移動での感染riskは少ないのですが、それでも、病院の中では結構検査や待合所等は混雑しています。
膀胱の検診は病院が川崎にあるので、1時間以上も電車を乗り継いで行かなければなりません。
川崎の検査の日は、延長された発表会の日の26日よりも後の日ではあるのだけど、前回の検査結果が良くなかったので、それ以上に伸ばすのも、私的には怖いのですが、たかが後3週間ぐらいでコロナが落ち着いているとは考え難いよな~ぁ??
※)それはそうと、歯医者の予定が無くなったので、早めに椎名町に移動する予定だったのだけど、超雨が凄いのと、寒かったのに加えて、体調も色々と試みたのにも拘らず、椅子に座ったままの茫然自失状態がいつまで経っても改善されなかったので、斉藤先生から「食料品があるのならば、無理をして椎名町迄は来ないでも・・」という申し出もあって、椎名町に行く事は諦めてしまいました。
・・だからと言っても、それで直ぐにbedで眠れる分けでもなく、テレビをつけてもどのテレビ局もコロナの話しかしていないのですが、流石にここまで体調不良が酷いのでは、鬱々コンサートでもないので、alcoholは無しにして、You Tubeにupしていた動画のcommentを補筆しながら、朝まで動画のcheckをしていました。
特にKurt RedelというMünchenのorchestraの指揮者兼arrangerは、TelemannやPachelbelのcanonのarrangeをしている事は知っていたのですが、PachelbelのChaconneもarrangeをしている事は知らなかったのでチョッと驚きました。
それにその他の人でも、もう1人、PachelbelのChaconneをorchestraにarrangeをしている人がいたので、その二人の曲と、私のarrangeを比較して、曲のoriginalityの判断をしました。
曲のoriginalityの判断(check)という意味なのですが、これは説明しないと分かりませんよね??
一般的には曲はarrangeをする人の個性で、全く違ったimageの曲に編曲されるように思われガチなのですが、popularの場合のarrangeでは、一人一人のarrangerが自分の個性を活かしたarrangeをするので、同じ曲であっても、全く違った曲のようなimageになります。
しかし、Classicの音楽の場合には、曲のarrangeをする場合には、その曲を別の楽器にtransposeするだけ・・という事が多いので、arrangeをする編曲者は元の曲のimageをなるべく損なわないように細心の注意を払ってarrangeをする場合が多いのです。
原曲のimageを損なわないように細心の注意をしてarrangeをした曲は、当然の事ながら、arrangeをした人が別の人であったとしても、他の人のarrangeとほぼ全く同じarrangeになる事が良くあるのです。
Classicの曲の場合でも、その曲をpopularに・・、或いはeasy listeningの曲にarrangeする場合には、そのgenreが違うので、その曲のoriginalityよりも、arrangerの個性がとても大切にarrangeされるので、当然、原曲のimageとも違ってしまうので、違う人がarrangeをした場合には、同じimageのarrangeの曲にはならないのですが、擬古典というgenreでは、楽器を変えるというtranspose的な要素が強く、また、原曲のimageを大切に残すように努めるので、どうしてもarrangerが変わっても、同じimageの曲になってしまう事がよくあります。
唯、それはarrangeをする技術的な要素のお話なので、その原曲をどういうimageの曲にtransposeするか??・・という事はまた、別のお話になります。
つまり、PachelbelのChaconneの場合には、最初の予定では、私が留学中にMünchenの楽譜屋で購入したMüller-Hartmannのarrangeの楽譜で発表会で演奏する予定で練習を始めたのですが、原曲のOrganの3声部のpart※1)を弦楽器でなぞるだけの、超つまらないarrangeで、余りにも薄っぺらなので、練習の過程で曲を少しづつ手直ししながらの演奏になってしまいました。2012年の11月の23日の八千代での演奏です。
しかし、その私のarrangeがMüller-Hartmannのarrangeのimageを踏襲した・・というか、折衷的なimageになってしまったので、自分のarrangeに納得が行かずに、1年後の2013年の12月22日の教室のChristmas会で、originalのOrganの原曲をbaseにして、全く新しくrenewalしてarrangeをしました。
Christmas会での演奏は、直前にarrangeが完成したという事もあって、練習の方が間に合わないで、演奏の直前に変更した箇所等も旧versionのままに生徒が弾いてしまったりして、或いはarrangeにも気に要らない所があったので、6年後の昨年2019年の10月13日の発表会で3rd-version(第3版)として書き直して演奏しました。
一般的な編曲者では絶対にやらない低い音域で、分厚く音を重ねて行くという思い切ったarrangeなので、鬱々が一層酷くなってarrangeされているように思われます。
Kurt Redelは基本的にはeasy listeningの編曲者なのですが、それでも、他のeasy listeningの編曲者とは異なっていて、とてもoriginality(この場合には原曲のimage)を大切にするarrangerなのですが、それでも、本来的にはeasy listeningという立場のarrangerなので、至る所にそう言ったお飾り的な要素の音符が沢山入って来ています。
私的に言えばそれが興醒めかな??
私のarrangeでもChristmas会では、celloのsoloをしてくれた千聖ちゃんのために、最後の和音の時にserviceで入れたpassageと同じpassageがKurt Redelのarrangeにも入っていたので、思わず・・笑ってしまいました。
私がarrangeをする場合の基本的な姿勢は、飽くまでも作曲家の意図を尊重して、原曲のimageを大切に残して、弦楽orchestraにtransposeするだけなので、細かい部分はさておいても、全体的なimageはどうしても原曲と同じようなimageになるように配慮をしています。
今回の第3版のPachelbelのChaconneに関しては、他のarrangerの人達が、Pachelbelの原曲が3声部で書かれている事もあって、曲を優しい優美な音楽として捉えているのに対して、私はこのChaconneを、鬱々として、壮大で、痛々しい魂の叫びのようなimageに捉えてarrangeをしました。
他のorchestraの演奏とは比較する事は、兎も角としても※2)音楽上の表現的なapproachとしては、全く異なった別の世界の音楽のように描かれているのでは・・・と自負しています。
※1)Organの3声部の書法というのは、2段鍵盤を右手と左手で、Baßのpartを足鍵盤で・・、というそれぞれのpartが独立した声部として作曲されている書法で、Bachのtriosonateという名前のOrganの作品としても有名なgenreの曲です。所謂、triosonateという編成の曲としてではなく、三つのpartという意味のtrioです。
※2)Kurt Redelやもう1人のarrangerの曲を演奏するorchestraは当然fullorchestraでproの演奏なので、子供達と教室のOB、OG達の演奏なので、音楽に対しての意識や技術力等々を較ぶべくもありませんが、私の編曲による曲のimageに関しては他の人達のarrangeとは一線を画すと自画自賛しています。



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4月3日Webーlessonのお知らせ ·
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今日は4月の2日の木曜日でした。
昨晩は摂眠障害で朝迄全く眠れなかったので、太陽が上がってから疲れ切っての入眠となりました。
・・という事ですっかり寝込んでしまって、お昼過ぎに目が覚めたのですが、なんと体調不良にも関わらず、仕事が捗ったのだよ??
いったい、どうなっているのかね??
全く、体の事は、よう分からん???
教室のコロナ対策としては、現在は、教室のある場所の小学校の状況に合わせて、方針を立てて行くつもりだったのですが、小、中学校も、国からのお達しが曖昧で、予定を立てる事が出来ずに右往左往の状態のようですねぇ?
コロナでこの先の見通しが立たずに、教室のlessonの予定も決めかねていますので、教室としては、取り敢えず、来週から・・というか、元々web-lessonで、コロナには関係のない人達もいますので、その他にも、希望者にはnetでweb-lessonをする事にしました。
web-lessonには、これまではskypeのみを使用して来たのですが、skypeの他に、生徒さん達に聞くと、zoomというアプリを使用している人もいたので、教室でも、zoomででも、lessonの対応が出来るように、今日、急遽、椎名町のパソコンにzoomをinstallしました。
という事で、Skypeかzoomかの、どちらかを教えて頂ければ、教室では、どちらでも対応出来るようにしています。
Zoomは基本的にはテレビ会議用のsoftらしいので、lessonには帯襷の部分もあるようですが、少しづつ、使い慣れて行きたいと思っています。


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4月4日『珍しく日本酒を飲んだ!』 ·
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椎名町から帰って来て、「取り敢えず、一杯お茶を飲んでから寝よう!」と思って、茶筒を手に取ったのは良いのだが、その茶筒を不覚にも、おもいっきり落としてしまった😵💧
超shock😱
床にこぼれ落ちた粉茶を見ていたら・・すっかりとメゲてしまった。
疲れていて指先が滑ってしまったのだよ・・??
疲れていたので、指先がカサカサに乾燥していたのと、力が足りなかったのかも知れない。
それまではただの疲れに過ぎなかったのだが、段々と疲れが鬱に変わって来て、その鬱が酷くなって来てしまった。
暫くの間、床にこぼれ落ちた粉茶を見つめていたのだが、ふと我に帰ってみたら、マグの湯飲みにお茶を溢れるようにいれたままにして、・・・・どういう分けか、wineを飲んでいたのだよ。

なんじゃ、こりゃ??
鬱が酷くなったのだけど、You Tubeで鬱々コンサートを聴く気分にもならないので、今日は超珍しく・・easy listeningを聴いているのだ。
「少しでも気分転換になれば??」・・と思って聴き始めた2台のcelloのeasy listeningの曲なのだけれど、自動的に変わって行く曲の選曲が、結構blackなのだよな??
Celiste達の超絶なtechniqueは兎も角としても、戦争の歴史や地球滅亡では、鬱が癒される分けもない。
意外とconceptが・・悲惨なので、更に気分が滅入ってしまったよな??
この所、体調不良でalcoholは飲まないように気をつけていたのだが、鬱に身を委ねて、朝迄飲んでいたら、やっぱり、結構、深酒になってしまった。
反省??
そんなもの、しないヨ❢❢
鬱だから飲んだのだから・・・
それで良いのだ!

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4月4日自粛避難民 ·
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今日は4月4日の土曜日です。昨晩の都知事のきつい自粛要請で行き場を失った家族連れ達が朝早くから窓下の公園に詰め掛けて、公園は朝早くから超子供達の叫び声でうるさいのだよ!!
普段ならば、そこまでうるさい事は滅多にないのだけどね??
まあ、子供達の叫び声は、気にしなければ気にはならないのだが、『自粛要請』って公園もその範囲に入るんじゃぁなかったっけね?? 
ン~ン??



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4月5日『今日は突然腰痛になった!!』 ·
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今は4月5日の日曜日の夜の11時半です。
なんとか、椎名町から必死に帰って来た所なのです。
・・・「なんで必死に椎名町から帰って来たのか?」というと、【今日は、突然腰痛になって全く歩けなくなってしまったから】・・なのです。
いや~ぁあ!
今日は全てに於いて無意味で、無駄な1日であった!!
昨晩は、お久し振りで鬱が酷くなったので、朝まで眠れなくて、alcoholを飲む分けでもなく・・、仕事をする分けでもなく・・、テレビをつけっぱなしにしたまま・・で、陽が上がるまでウダウダとしていたので、明るくなって公園に子供達が出て来て騒ぎ声が聞こえて来たので、仕事の時間が決まっているので、入眠の時間の「timelimit」という事で慌てて寝ました。
時間がスッカリなくなってしまって、所謂、『仮眠』という事にしかならないとしても、それはそれで、なんとか眠る事が出来たので、お昼過ぎ(12時過ぎ)に目が覚めて、それから大急ぎで自宅の日常の雑用とハイツでこなしている教室の仕事を夕方の4時近くまで掛かって片付けて、大急ぎで椎名町に駆け付けました。
「timelimitというのは・・」・・昨晩の斉藤先生とのお約束で、お昼の12時迄に椎名町に行って、新しいhomepageの設定をする約束になっていたからです。「遅れた!」「遅れた!」
教室のhomepageのconceptは、対象の人が一般の教室を探している人達に向けてのhomepageと、教室に在籍している人達(生徒達や保護者、親族の人達)を対象にしたhomepageに大きく二つのhomepageに分けられます。
私が管理している今現在のhomepageは、それをtop-Pageで分けるようになっていたのですが、教室を探す人達にとっては、教室の説明や紹介のPageに入るのが難しいという事と、今の人達はパソコンではなくスマートフォンでのapproachが殆どなので、教室のhomepageは見る事が難しい・・という問題が起こっています。
試しに斉藤先生とhomepagebuilderを使用したスマホ対応のhomepageを作ったのですが、その紹介のPageは「お試し」で作ったままの状態になっていて、homepageとしてはかなり貧弱なままになっています。
教室の紹介のPageは一度、ちゃんとしたものを作れば良いだけなので、業者に頼もうか、とも思ったのですが、業者の場合には、月の契約なので、homepageを開いて終わりという発注は無かったようでそのままになっています。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
業者のtemplateでのhomepageの場合には、如何にも業者ぽくって心が通わなくっていやなので、homepagebuilderで手作りのhomepageを作ったのですが、それも10年以上も経つと、homepageのPageが膨大になって、それぞれのgenreにlinkしたPageが更にlinkされてしまって、結果的に、「何処に何の情報があるのか??」さえ、判別不能な状態になって来てしまいました。
それに、発表会や教室の行事の報告のPageもこの2、3年は
日頃はlessonや教室の雑用で、この2年以上も後回しになったままになっているので、定型の教室のhomepageを発表会や行事の度にrenewalする作業を、私1人でやっていたのですが、Facebook等々のSNSも始めた事もあって、完全にover-flowでstopしたままになっているhomepageなのですが、昨年の4月に、yahooがhomepageのserverの事業をやめてしまったので、一般のrental-serverと契約をしてhomepageのProviderをお引越ししたついでに、ハイツの自宅から、椎名町の教室にお引越しをしようか??とも思ったのですが、そのrental-serverに、10個のhomepageを作る事が出来るので、今までの芦塚音楽研究所のhomepageはそのままにして、新たに、homepageを新設する事にしました。
しかし、ながら、その作業の時間が中々取れなくって、この際、コロナで教室がお休み(web-lessonは引き続きやっているので、その間の時間を縫って・・なのですが・・)を使って、homepageを新設しようと思ったので、そのお手伝いをする事になっていました。
という事で、やっとこさっとこ、椎名町に辿り着いて、チョッと一息お茶を飲んでから、「さあ、2階に上がってパソコンの作業をしよう!」と斉藤先生に声を掛けて、椅子から立ち上がった途端に、魔女のひと刺しで、腰が抜けて・・全く歩けなくなってしまって・・その場で動けなくなってしまいました。
「超!超!超!!痛い」・・のですよ。
それでも、時間が無くなってしまうのは勿体無いので、なんとか頑張って、「今日の仕事の分だけは、片付けておかないと、コロナの休みもそうそうある分けではないので・・・」、という事でかなり無理をして2階まで這いつくばって階段を登って、やっとこさっとこパソコンの部屋に辿り着いて、パソコンの電源を入れたのは良いのだけど、その途端にパソコンがblueの画面になって、再起動のloopを始めてしまいました。
・・・ちょっと以前,・・というか、今年の3月の29日なので、約1週間前に、ハイツのHewlett-Packardのパソコンがおかしくなった状態と、全く同じ状態になってしまいました。
ハイツのHewlett-Packardは椎名町に持って来たHewlett-Packardと全く同じ状態で、windows10にupgradeしたばかりで、しかも、同じweb‐cameraを使用しています。
故障が同じHewlett-Packardのパソコンに起こったのは、ちょっと問題だよなぁ?
パソコンのrecoveryをする前に、Desktopに入っているsoftを救出しなければなりません。
recoveryをすると、購入したsoftは全てinstallし直しになるので、大変な時間が掛かるのと、そのsoftのinstallする前の大本のdataが必要になるし、product-keyやIDやpassが必要になってくるからです。困った事にpassはその都度、新しいpassを求められる事やpassになる条件(大文字、小文字、数字を混ぜる)が必要なので、passを調べるだけでも容易ではありません。
それに新しく買い直した方のパソコンに新しいhomepageを作るにしても、そのhomepageを開設するためのdataは古い方のパソコンにしか残っていないのですよ❗
これは困った😖💦
何度も再起動を繰り返して、なんとか立ち上がったパソコンからsoftのデータを外付けのhard-diskに移したり、救出するhomepageのdataを保存して、新しいパソコンに移動させる作業だけで1日が終わってしまいました❗
・・・というか、両方のパソコンはお引越しの作業を延々と続けているので、パソコンを放置したままで、食事を済ませてハイツに戻る事にしました。
勿論、腰痛が酷いので、ドルプリのお散歩は超無理になってしまいました。
ハイツ行きの手荷物さえも重くて痛いので、持って帰る事が出来ないので、お弁当だけを持って、なんとかbikeに乗ってハイツに戻りました。
bikeの駐輪場から、5階の部屋迄が一苦労だったのだよな??
ハイツに辿り着いても腰は痛いし、鬱も酷くなってしまって、(本当はベッドに入って寝る気分ではなかったのですが、椅子に座っているのも痛くてたまらなかったので、)諦めて布団に潜り込んで、ひたすら痛くない体勢を探していました。
その内、疲れて眠ってしまったけれどね~ぇ??
『1日作さざれば、食わず』という言葉があるけれど、腰痛になるまでは、結構仕事はこなせていたので、今日も・食っても良いのかな? ・・かな?? ・・・かな???
コメント
芦塚 陽二
昨晩はtimelimitで、パソコンを稼働させたままでハイツに戻ってしまったのだけど、今日のvideolessonは1階のnotePCなので、2階パソコン室のパソコンには関係なくlessonが出来ます。
今日も腰痛が酷いままなので、椎名町の大型のパソコン2台の修理と設定が出来るかどうか??・・というよりも無理をしても、復活させないとな??
· 返信する · 40週間前


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4月6日『消せるボールペンのお話』 ·
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昔々、教室を開設して子供達を教え始めた頃、生徒が楽典の解答で間違えた答えを一生懸命に消して、正しい答えに書き直しているのを見て、「間違えを直したら、どう間違えたか、分からなくなってしまうよ!」と言ったら、「間違えているとお母さんが怒るから・・」と言って、バレないように必死に消していました。
教室を開設したばかりの当時は発表会で間違えると晩のご飯を食べさせて貰えない子供もいて、「ああ、これで今日の晩ご飯に有りつける」と舞台袖で感嘆している可哀想な生徒もいました。
・・このお話は私には理解出来ない事で、私に取って大切な事は、「正しく出来たか否か?」ではなくって、「何をどのように間違えたか??」・・という事なのですからネ?
人生、寧ろ間違いから学ぶ事の方が多いのですよ!!
EuropaやAmericaの諸国では、学校の試験では万年筆かボールペンでしか書く事は許されていません。
間違えた場合には、打ち消し線を引いたり、checkを入れたりして、その間違いを丁寧に残すようにします。


日本でも公文書の場合には、打ち消し線を引いて、その上に認めのハンコを押すのが常識です。
そのために、打ち消し専用の超小さなハンコをわざわざ作ったりします。私もシャチハタと本当の超小さなハンコを幾つか、持っています。昔、仕事をしていた時の道具です。
間違いを残すために、消す事が出来ないハズのボールペンなのですが、それを消せるボールペンにしてしまっては全く意味を無しません。
消せるボールペンは、勿論、当然日本人の発明なのですが、不思議な事に、日本ではボールペン業界のbest-sailorだそうですネ?

日本の一般の社会人達の感覚は私には意味不明です。
正に『日本の常識、世界の非常識』なのですか・・ね??
また、そういった一般的な感覚が学校教育で身に付いてしまっている子供達が、『間違えさえしなければ・・良い』という気持ちが優先して、「何故、間違えたのか?」とか「どうすれば、間違えなくなるのか?」という原因の究明や、それ以上の細やかな間違いに対してのapproachが出来なくって、困ってしまう事があります。
失敗から・・、或いは間違いから・・学ぶ術を知らないのですよ。
解答さえ合っていれば、内容は分かっていなくっても良い・・という風潮が日本の教育社会に蔓延っているので、これは超、困るのだよなぁ??
コメント
芦塚 陽二
石黒先生の和声学教則本でも、以前は解答集は別冊になっていたので、問題を答えさせる時には別冊の解答集は先生が回収していました。学校関係の色々な問題集等も解答が一冊の中に纏められている問題集では生徒が間違えていたら、直ぐに解答を写す・・という作業をしてしまい、困ってしまう事があります。それでは何故解けなかったのか?どうすれば解けるようになるのか?が分からなくなってしまいます。問題集をやる意味は全くないのでね??

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4月7日パソコンの修理 無駄な作業·
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今日・4月6日の月曜日なのですが、今日も、4月5日の無駄な1日の続きの日です。
今日も、斉藤先生のWebーlessonが終わった時間に合わせて、椎名町に移動して、昨日の続きのパソコンの修理と設定の作業をしました。
パソコンの作業では、パソコンが膨大なデータを取り込んでいる時には、二台のパソコンを同時に稼働させていたとしても、30分とか小一時間とかの、空き時間が出来てしまいます。その間はパソコンの作業が出来なくなってしまうのですよ!
階段を降りてtoiletに行きたいのですが、超腰が痛いので、大変な重労働になってしまいます。
パソコンの修理作業は、本来の生産的な作業ではないので、無駄な1日の続きにしかなりません。
まぁ、取り敢えずは、finaleが認証出来ない、というtrouble以外は、二台のパソコンとも全て復活出来ました。
finaleは、パソコンがおかしくなる前には普通に使えていたのですが、パソコンを元に戻した時に、installのsoftを使ってinstallするようにmessageが出たのでそのようにしたら、「使用台数の制限を越えているので、他のパソコンのfinaleを削除しろ!」とmessageが出たので、そのパソコンの元のfinaleを削除したのだけど、やはり変わらないのですよ!
どうなっているのかねぇ?
理解不能だよな?
SkypeやZoomをweb-lessonのために、Hewlett-PackardのパソコンにWebーcameraをinstallしたのだが、またまた同じようにパソコンがloopを始めてしまった。
どうやら、パソコンの不具合の原因の一つには、このWebーcameraにも原因があるようだ。
なんとかパソコンを再起動させて、Webーcameraのsoftをeninstallした❗
・・という事で今日のつまらない1日が終わった❗
腰痛なので、当然ドルプリっ歩はパスしました。

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4月8日昨夜は緊急事態宣言が出た ·
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4月7日の火曜日の夜には、ついにコロナの緊急事態宣言が政府から出ました。
不要不急の外出の自粛要請なのだそうです。
私は、相も変わらず腰痛が治らないので、toiletに行くのも杖をついて・・なのですが、昨日に引き続いて、今夜も10時過ぎになって椎名町からのパソコン作業のhelpの要請と、食事のお誘いが来たので、頑張って杖にすがりながらbikeを飛ばして椎名町まで出掛けました。
今日のパソコンのhelp自体は、homepagebuilderで以前(というか、windows7の時代に)作ったスマホ用の教室のhomepageをnetにuploadするための設定の仕方だったので、これは一度設定してしまえば、uploadの度に設定する必要はなく、それで終わりなので直ぐに設定し終わって、食事も終わって、プリドルのお散歩の時間のハズなのですが、勿論、私が散歩に行ける分けはなく、ドルプリが「一緒に行かないのか?」と、怒っているのを無視して、ハイツに帰って来ました。
ハイツに辿り着いたら直ぐに寝るつもりだったのだけど、鬱が酷くなって来て、それ以上に鼻が詰って息が出来なくなってしまい、中々眠れなくなってしまったので、wineでも飲んで気分転換でもしてみたい所なのですが、腰痛が酷くて胃の調子も良くないので※)、気分転換のalcoholが飲めないのに加えて、You Tubeでの鬱々コンサートを聴く事もかったるくて出来ません。
※)腰痛が酷くなると、胃が悪くなるのは、常時なのです。
気分転換の頼みの綱のテレビは、コロナの話と、緊急事態宣言の話しかやっていないし、何度も同じ話を聞くのも、すっかり飽きてしまいました。
それに録画のテレビの録画番組も、鬱々の時に見れそうな番組が一本もなかったので、こういった気分の時に見たり、聴いたりするeasyーlisteningのDVD等も全く持っていないので、マジに困ってしまいます。
ほんのもう少しだけ元気ならば、Facebookの文章などの手直しをして、気分転換をしたのかもしれませんが、それにしては、落ち着いて文章の推敲を出来る程には、体調が良くないのですよ。
実に、困った事だ!


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4月8日腰痛と病院回り ·
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今日は4月8日の水曜日で歯医者の日なのですが、腰痛が酷いので歯科の椅子に座るのは超無理なような気がするのでお休みにしました。
来週は糖尿病外来の日なのですが、コロナが怖いので、電話で「お薬だけでは・・」と申し込んだら、「代理受診でも構わない」という返事が来たので、誰かに代わりに診察を受けて貰う事になりました。アハッ!
冗談!!薬の処方箋を貰いに行くのですがネ?怖い❗怖い‼️
4月の28日の川崎は膀胱鏡での検査なのですが、少し再発をしているようなので、延長するのも怖いし、川崎までの1時間以上掛かる電車での移動も怖いし、車で行くにしても、検査には麻酔を使用するので、帰りの運転も怖いし・・・ハテサテ思案のし所なのだよな~ァ??
今日も、夕方から超バテたので、少し休んでいたのですが、スマホのホームページの設定で、またまたhelpが来たので、食事がてら椎名町に出掛けました。
今度はプレビュー画面ではちゃんと出来ているのに、uploadしてもnetに反映されないのです。
理由が分からないので、手に負えなくって,まさかの保留にして帰りました。
ちょっと時間を掛けて取っ組まないとダメなようです。
それはそうと、今日は満月か、その次の夜です。
メガネがボケているので、欠けているのかどうかは分かりませんが、手持ちの携帯では、これ以上ズームしても、ぶれるだけで、無理でした。



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4月10日web-lessonの準備 ·
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昨日、4月8日の木曜日は腰痛疲れと、ハイツでのweb-lessonの準備と大雨で、すっかりと寝込んでしまいました。
突然、「今日のweb-lessonは先生にも参加して欲しい!」との斉藤先生からmailがあったので、ハイツでのweb‐cameraでのlessonになりました。
私が普段に使用しているweb‐cameraは、mainPCのweb‐cameraなので、私とのお喋り用なので、私の顔しか写りません。
・・という事で、lesson用にはcameraのangle的に使用出来ないので、(Keyboardまで含めて部屋全体が写らないので・・)mainのパソコンのweb‐cameraではなく、普段は使用していないsubのHewlett-Packardのパソコンのweb‐cameraでlessonをしようと思ったのですが、windows10にversionupしてからは、初のweb‐cameraの使用という事で、cameraの調子が悪いので、すっかりと準備に手間取ってしまったのです。
(もっとも、それを見越して時間を決めたので、私的には時間は定刻に始まったのですが、斉藤先生はcameraの準備無しに、直ぐにlessonが開始出来ると思ったようですがね?)
Hewlett-Packardのパソコンのmonitor画面は、普段はテレビを見ているので、大画面なのでlessonにはとても使いやすくて良いのですが、web‐camera自体の調子が悪くて、紗來ちゃんが「画面の粒子が荒れていて楽譜が良く見えない」と言う事だったので、lessonが終わってから、driverのinstallをし直そうと思ったら、「このパソコンのOSには対応していない」とのmessageが出て、netからdriverをdown loadしようと思ったのだけど、もうこのweb‐cameraの機種がuploadのmenuには、出て来なくて、cameraのdriverのupgradeは出来ませんでした。まあ、いずれにしても解像度は昔のcameraなので、今使用しているweb‐cameraとは比べようはありません。
「XPの時代からのweb‐cameraなので、致し方はない」とは思うのだけど、だから、椎名町のパソコンがweb‐cameraを設定する時に、何度もぶっ飛んだのだよね~ぇ??
Qcamのweb‐cameraは買った時から調子が悪くて、何度もdriverのinstallをし直した記憶があります。
椎名町用のmainのPCは、ハイツでおかしくなったsubのHewlett-Packardのパソコンと同じmakerで、しかも、同じweb‐cameraなので、という事で同じ故障が出たのだよね??
ハイツでも、他の2台のDellのパソコンには、最新型のweb‐cameraが着いているので、画素数も良いし、音声もとても良いので、subのDellのパソコンのweb‐cameraをHewlett-Packardに移すか、新しくweb‐cameraを買うか??・・なのだけど、やっぱりこの現行機種のweb‐cameraは、未だに1万円近くしているので、安くはないのだよな??
椎名町のHewlett-Packardのweb‐cameraは、web-lessonには使わない事にして、cameraを外してuninstallしたのだけど、ハイツのパソコンではcameraの用途が違うので、そうはいかないのかな??
・・という事で、これまでは、少しでも早めに椎名町に移動して、斉藤先生のhomepage作成のお手伝いをしていたのだけど、流石に今日は、移動の時間ギリギリ迄寝て、それから椎名町に大雨の中をbikeでの移動になってしまいました。(勿論、レインコートを着て・・の移動ですがね。)
それにしても、今日は、1日中寝込んでいたので、4日振りに腰が立って、杖なしでもtoiletteまで歩けるようになりました。
~ん、人間万事塞翁が馬
善哉!善哉!!
・・という事で、今夜は4日振りに、ドルプリっ歩に付き合う事にしました。
毎日のお散歩をサボると、確実に足腰が弱って、今回のように、たった4日サボっただけでも、確実に歩く事が億劫になって、動けなくなって来るからなのです。
兎に角、少しでも歩けるようになったら、少しでも無理をして歩かないと、ますます筋力が落ちてしまいます。
これは、歳を取らないと分からない事かも知れないよね??
若い時には、1日、2日、お散歩をしなくても、筋力が衰える事は無かったものネ??
不思議な事・・というか、何時もの通り・・と言うか、食事が終わって、プリっ歩の時間になると、サ~と雨が止んでしまうのですよ!!
(90%以上の確率なので、これはmiracleです。)
普段だと、椎名町から江古田ハイツのちょうど真ん中の東長崎の郵便局の手前で、突然降り出すのですが、プリの機嫌が良いと江古田の自宅まで雨を降らせないでくれます。
昨晩はshort-courseで、私だけ先にお散歩から帰ってしまったのですが、お久しぶりのお散歩なので、ドルプリ達はご機嫌で、帰りのbikeででも、雨は降りませんでした。
Qcamのweb‐cameraです。
写真右横にぶら下がっている袋にはマウスが入っています。無線のまん丸のマウスです。

写真枚目は、キャスター付きの小物入れなのですが、私はKeyboard台や立ち机の代わり使っています。
勿論、マウスだけではなく、Keyboardも無線なので、自由に動かす事が出来るので結構便利です・・




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4月11日homepageのupload ·
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今は4月10日の金曜日の夜です。
3日程前から、夜は椎名町で、スマホ用のhomepageの改定をしているのだが、今日も腹立たしい事に、夜の9時過ぎから、10時過ぎまで掛かって、パソコンに向かっていたのだけど、どうしてもスマホ用のhomepageの転送が上手く出来ないのだよ。
1回目は斉藤先生からのhelpが来てから、何でもなく、homepageのuploadが出来たのに、その次の日から後は何度やっても全く送れないのだよ。
逆に、「何故、その1回は上手く送れたのかな??」てな話になるのだよな??
作業のhow-toを教えても、missが起こった時に、「そのmissが何故起こったのか??」を判断するのは、とても難しい。
それが音楽の事ならば、相手が誰であろうと、悩む事はなく、簡単に間違いのpointを見つける事が出来るのだが、パソコンの事となると、私にとっては、さほど簡単な事ではないようだ。パソコンは単なる道具に過ぎないので、使う人によって使い方が異なるからだ。
自分で起こしたmissならば、そのmissの原因はちゃんと理解が出来るのだけど、他の人がやったmissを再現するのは難しい!!
普段ならば、ある程度は形が付いて納得行く所迄は作業を進めるのだけど、今日は珍しくさっさと諦めて、食事とドルプリっ歩をして、大急ぎでハイツに戻った。
パソコンのbugを一つ一つ潰して行く作業は簡単ではないし、時間も非常に掛かってしまう。焦って間違えて必要なfileを削除してしまったら、目も当てられなくなってしまうからだ。
間(ま)を置いて、よくよく考えてから、bugを削除していかなければならないからだ。
それはそうと、今夜の練馬区の体感温度は4℃だそうな?
部屋では、ガスストーブを焚いているのに、部屋の温度が下がって来てしまう。
ハイツでのパソコンの作業も諦めて、超寒いので、靴下は履いたまま布団に潜り込んだのだが、それでも足が冷えて来てしまって、足先が痺れて眠れなくなってしまった。
そもそも、私が眠れなくなる要因の1番目は欝だろうかね?
その次の原因は昼夜の体内時計が狂った事による。
3番目は鼻詰まりだろうか??
鼻詰まりは入眠が上手く出来ないだけではなく、眠った後でも、良い睡眠が取れない・・という症状が起こって、幾ら時間を掛けて寝ても、1日の疲れが取れない事になってしまう。
勿論、最悪の場合には、無呼吸症候群になって命の危険さえある。

「眠れない」と言っても理由はその3っつに収まってしまう。
だけど、極々希に、季節的な理由なのだけど、足が冷えて眠れなくなる事がある。
4番目の理由とでも言うのかな??
・・という事で、今日の眠れない原因は、足の冷え・・、つまり、「寒さ」だよ!!
勿論、寝室のエアコンの暖房も入れた状態なのだがね?
それでも寒い‼️
全く季節外れの寒さなのだよ?
コロナもまだまだ増加しているのに、この季節外れの寒さは、老人にとっては、踏んだり蹴ったりだよな~ぁ?
はてさて、足をどう暖めようかね~ぇ??
諦めて、酒でも飲むか~?
今日はコップではなくって、マジにぐい飲みで・・・
ん~ん?やっぱ、コップの方が美味しいぞ~??
酒の量が1/3ぐらい少ないからなのかね??


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4月12日腰痛が再発した ·
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今夜は4月の11日土曜日の深夜である。
この所毎日の事なのだが、今日も、やることなす事上手く行かず、実に実りのない1日であった。
先ず第一には、腰痛が少し悪くなった・・という昨日よりも、更に悪くなってしまって、今日のドルプリっ歩はまたまたパスになってしまったのだよ。
腰が立たないので歩けないのは、当たり前なのだが、それに上の物が取れないのが何かと困る!!
部屋が狭いので、物を上に積み上げるからだ!
この所の椎名町でのパソコンは、8日の水曜日から4日間も頑張って設定しているスマホの教室紹介のuploadも、何度も色々と設定を変えながらやっているのだが全く手に負えないのだよな。
パソコンの作業は早々と諦めて帰ろうとしたら、突然というか・・、天気予報通り・・というか、帰りの道はすっかり大雨になってしまったので、レインコートを着て帰らなければならなかった。
部屋で頑張ってパソコンに向かっても、気分が鬱っぽくって体調不良なので、直ぐに意識混濁ので状態になってしまうので椅子とbedの往復になってしまうのだよ。
諦めて、「さて、寝るか?」と寝室に入ったら、入り口で積み上げた本やDvd等が表層雪崩を起こしていた。
出入口を確保するために、散らばった物を片付けていたら、すっかり腰が再発した❗



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4月12日Evernoteの導入 ·
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今日は4月の12日、なんと日曜日でもある。
「なんと日曜日でも・・」というのは、毎週日曜日は千葉に行く日だからです。
東京の自宅に1日居る事が超、珍しいのですよ。
教室を開設して以来の、この数十年の内で・・という単位で珍しいのです。
スマホのhomepageの作成で椎名町でスマホのhomepageをuploadしているのと同時に、ハイツでも芦塚音楽研究所のhomepageのuploadをしているので、「それが原因なのかな??」という事で、ハイツのパソコンから、椎名町で作ったスマホのdataをハイツのパソコンに引越しさせて、ハイツからuploadしてみたのだけど、やっぱり、出来なかった。
・・という事でuploadをすっかり諦めていたら、その後、斉藤先生から「椎名町のパソコンでのuploadが上手く行った!」とmailが来た。
何故に上手く行ったのかの「設定」等を聞いて見たのだけど、俺がもう既に試して・・出来なかったハズの設定なのだけど、どうして、今回は、出来たのだろう??
相変わらずhomepagebuilderは不思議だ???
スマホのhomepageに関しては、accessのPage等、未だに上手くuploadが出来ていないPageが二つ三つあるので、その入力が出来たら、スマホのhomepageのuploadは終了するので、後、一息の所まで来たのかな??
それはそうと、スマホはスマホでも、普段使いのスマホの話なのだけど、・・・スマホでメモをしたり、論文の文章を推敲したり、mailの文章の手直しをするのが難しかったので、有り合わせの「Dropbox」を使ってプレゼンのsoftで、推敲やmemo書き等をしようと思ったのだけど、途中で、日本語の入力が出来なくなって、文章の推敲が出来なくなってしまった。
パソコンの再起動を掛けても、やはり、Dropboxのsoftに入力する段階で、日本語softがfreezeしてしまう。
仕方がないので、スマホ専用のmemoのアプリを入れる事にした。
selectの条件は3つで、「文章の推敲が出来る事」と「memo書きの利便性」と、しかも、「PCとの連携」が出来る・・という条件でアプリを探したのだけど、それは条件としては極々、一般的で、選り取り見取りになってしまって、bestchoiceが出来なかったので、access数が一番多いEvernoteにした。
どっちみち、使ってみないと使い勝手は分からないのだからね??
それにしても、今日も欝が酷い!!
今日の欝は対人関係の欝だ!!
兎角人の世は難しい!!
酒でも飲むか・・??

コメント
芦塚 陽二
またまたまた、上記の本文の文章が大幅にぶっ飛んでいた!!
編集履歴からコピペして、復活させたのだけど、・・この文章が飛ぶ理由は何なんだろう??Facebookのやる事は、理解不能だ??
· 返信する · 39週間前 · 編集済み
芦塚 陽二
結局、朝まで飲んでしまって、椅子の上で熟睡していたのだよ?慌てて布団に潜り込むところだ!
昔、若い頃、何処かで見たような気がする光景なのだが、所詮は独居老人の世迷い言なのだから、言わずもがなだろうかね?
· 返信する · 39週間前 · 編集済み
芦塚 陽二
EvernoteをnotePCに入れようと思ったら、「無料は2台までなので、月額***円を払え!」と出て来た。自宅のmainのパソコンと携帯で2台・・という事か??
という事は、notePCは三台目になるのだよな??
確かに安い事は安いのだけど、年額ならばウン千円になるよな??三台目からは無制限らしいのだけど、私の場合には会議用ではなく、文章の校正とmemo用なので、3台以上は要らないのだよ。そうすると、やっぱり高いよな??
· 返信する · 38週間前
芦塚 陽二
EndNoteとending-noteがあって、推敲用のnoteならば、end-noteなのだろうけれど、終活ならばending-noteなのだよな??どうしてもEvernoteがending-noteと読めて仕方が無いのだよな??
· 返信する · 35週間前

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4月13日手作りの詩集 ·
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私の若い頃に、遊びで作った「手作り」・・・というか、「手書きの詩集」が、突然、コロナの最中にも関わらず、帰って来てくれました。
私としては、この詩集を見る迄は、作った事自体を、すっかり忘れていたのだけどね??
とても懐かしい限りです。
この「手作りの詩集」は、大学生の時代に、池袋の駅地下で女の子が自作の詩集を売っていたのを見て触発されて作ったものです。
高校・大学時代には、演劇や詩人、絵描きの学生達とも親交があったので、私自身も詩や小説、絵も描いていたのですよ。(私の引き籠もりが、未だそんなに酷く無かったのかな??多分、未来への夢が優先していたのだよな??)




「詩」は、私が自費出版した中学、高校時代のメモ帳(一番古いものでは小学生の頃のmemo帳)から一つ一つの詩やSo-netやBallade等の作品の抜粋を集めて作った「ある少年のメルヘン」と題した詩集から、更に抜粋した・・というか、元の一つ一つの作品から、手作りで作った詩集なのですが、一つ一つの詩には手書きの鉛筆画を挿入している所が特徴です。(な、な、な、なんと!私の手描きの絵です。)
当時はcolor-copy機は当然・・というか、copy機自体も無かったガリ版や青焼きの時代だったので、一つ一つの手作りの詩集は1部(一冊)だけなので、勿論、とても勿体無くって、売ったりはしていません。
何故、他の人が持っていたのか、その経緯はもう昔の事なので、分かりません。

但し、(夢の中では、・・小さなmatch箱sizeの詩集を出版した記憶があるのですが、手持ちが全く1部も残っていないので、部屋の書庫の中を必死に探して回る)・・という夢を何度も見ています。夢の中で、銀座にあるその出版社を訪ねて在庫の確認をしたりしていて、それも夢だった事を改めて思い出したり・・と、中々複雑です。
それが歳を経て、痴呆が起こったりすると、本当の事に思えて来て、探し回ったりするのかな??
Münchenから帰国してから、Pianoと弦5部の室内楽の曲も、なん曲か作ったハズなのだけど・・と、時折探して見る事があります。
実際に作った曲と頭の中で作曲をして、或程度のimageが出来ている曲が、頭の中では出来ているので、書き下ろした曲と、実際には書いていない曲の区別が付かなくなってしまっているのだよな??

その内に、「八千代で演奏したハズだ!」とか未だ一度も演奏した事の無い曲に対して言い出したりして・・・
アハッ!
有り得るわ・・サ??
コメント
村田 晟
懐かしいですね。貴殿から頂いたこの詩集、未だに持っていますよ‼
画像に含まれている可能性があるもの:、「年 ル 作 品」というテキスト
· 返信する · 38週間前

芦塚 陽二
有難うございます。
本を作る途中で東京に引っ越してしまったので、校正を人任せにしたので、誤植が多かったのが心残りでした。今のように、netが無い時代だったので、analog的にしかcheck出来なかったので・・。
東京へも寝台車で24時間の時代でしたよね??
長崎の高校で音楽大学に進む学生を集めて、数人で一緒に寝台車で東京に行く時の写真の1枚です。
当時は長崎から音楽大学に進む生徒は皆無に近かったので他高の音大に進む生徒達を私がsolfegeや楽典の勉強のために、集めた生徒達です。
お隣の女の子は桐朋のPianoに進んだ年下の高校生です。

(彼女の名誉のために付け加えておきますが、2,3回、一緒にsolfege等の勉強を一緒にしただけの後輩で、断じて私の彼女ではありません。二人での旅行ではありません。写真を取っている友人もいるからね??アハッ!)
画像に含まれている可能性があるもの:1人、室内




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4月14日パソコンの作業の事ばかりをuploadしているので ·
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今日は4月の13日の月曜日です。
全国的に大荒れの天気で九州でも大雪が降って除雪車が出動したそうです。。
東京も4℃なのですが、体感温度は2℃だそうです。
流石に寒い!
今日のパソコンの作業は、取り敢えずは斉藤先生がuploadした芦塚音楽研究所のスマホ用のhomepageの文章をrenewalしました。
斉藤先生は、WIXのhomepageのrenewalも終えたそうです。
後の計画では、新homepageを徐々に作成して行って、出来上がったら、現行のhomepageのPageを削除・交換する予定です。
未だ未だhomepageの動作確認が必要で、どうも不安定なのですよね??
Xserverとhomepagebuilderの相性なのかしらね??
なんて、書くと一日中パソコンの作業ばかりやっているように見えてしまいますが、私も先生達もlessonはwebに切り替えて普通にやっているのだけど、それは日常で、定型なので、言の葉に乗って来ないだけなのですよ。



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4月15日Facebookと病院回り ·
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今日は4月15日の水曜日の朝です。
昨晩から、突然、Facebookのtop画面が変わった‼️
いつもの自分の書いた文章だけのpageが出なくなってしまった。
しばし探して次のpageのプロフィールの中にあるのが見つかった‼️
いちいちそこまで戻るのが面倒くさい❗
今日はひかりヶ丘の糖尿病外来の日なのですが、病院はコロナが怖いので、お薬を処方して貰うだけなので、いつも同じ薬なので、先生に処方箋を貰いに代理人になって行って貰う事にしました。
まあ、結果的にはコロナでなくても、腰痛が酷いので病院に行くのはとても無理だったのですがネ?
歯医者も腰痛で休んでいるしネ?
来週の川崎の検査も休むつもりだったのだけど、先生達からは、頑張って行くように言われてしまいました。
前回の検査が良くなくて、様子見の状態なのでネ!
まあ、良くなる事はないので、手術日を決めるだけの検査なのだけどね?
またまた、2、3日のお泊まりの手術になるのだけどね?
コメント
村田 晟
Facebookのtop画面が変わったったんですか・・・最近、画面に”新しいFacebook.comをお試しください”ってずっと出てるんですが、これを試されたんではないんですか?・・・私は無視して今まで通りにしてますけど・・・
· 返信する · 38週間前
芦塚 陽二
いえ、全くそんな事はありません。携帯の画面なので、そういったmessageが出て来る事は稀で、基本私も無視しています。新しい機能等必要は無いので・・
パソコンはなにも変わっていないのですがね??
· 返信する · 38週間前 · 編集済み
村田 晟
そうなんですか・・・携帯ではFBはほとんど見るだけで、入力しないから、今見てみましたが、よくわからない(笑)
· 返信する · 38週間前
塩澤 一範
自分も椎間板ヘルニアなんですがレベル4に上がりました。手術をするか、しないかで、今選択しなくてはいけない状況です。仕事は軽作業しています。就業時間を変えて出勤していますが、周りからはあまりいい目で見られていないため、昨日病院で、心療内科の方に回され自律神経失調症になりました。
· 返信する · 38週間前
芦塚 陽二
腰痛は何かと色々問題があって、私の場合も、手術を進められたのですが、私が入院していた所の患者の人達の話を聞くと、手術で治っても、1、2年後には再手術になってしまう人が多くて、その繰り返しになってしまうようなので、それではとても無理・・・という事で、針とカイロに行く事にしました。但し、針もカイロも上手な人と下手な人の差が極端で、下手な人に掛かると逆に悪化させる事もあるそうです❗という事で、針は御近所は無理で、遠くの中国針の打てる針の人の所まで1時間かけて通いました。カイロも、今でも腰痛が酷くなると、時折行く事があるのですが、何せ高いので、1、2回行って、後は自然に任せています。
余りにも鬱が酷い時に出来たばかりの御近所の心療内科に行ったのですが、どんどんと強い薬を処方されて。とうとう歩けなくなってしまったのですが、いつも行っている薬局の薬剤師の人に相談をしたら、老人で、働いていない人に処方する薬なので私のように働いている人には出さない薬だと言われ、その病院に行くのはやめてしまいました。
一般の人達は、人間の成功や幸せを、人の上に立つ事、つまり功なり身を遂げる立身出世のように思っている人達も未だにいるようですが、本当の幸せとは、今そこにあるものを幸せと感じて力なのですよ!それは自分では分かってはいるのですが、それを享受するのは超難しい‼️

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4月16日糖質cutの日本酒 ·
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今日は4月の16日の木曜日の朝の4時を過ぎた所です。
早めにbedに入ったのにもかかわらず、鼻詰まりで息が苦しくて中々眠れなくて、段々と欝が酷くなって来て、悶々としていたら、更に鼻水が酷くなって来て、とうとう一睡も出来ないままに布団から起き出してしまいました。
肝臓の調子も悪いので、alcoholはなるべく飲まないようにしてはいるのだけど、そこは相変わらず欝との兼ね合いなので、糖質cutの日本酒を熱燗で飲む事にしました。
うっかりして、糖質cutの日本酒を前に買っていたのだけど、冷蔵庫の中で、お酒を入れる所に入りきらなかったので、冷蔵庫の別の所に入れ忘れていたのを見つけました。
買った事をすっかりと忘れてしまっていたよ。

私は甘口の方が好みなのだけど、今は甘口の日本酒は殆ど手に入らないようで、それに高価な地酒になればなる程、米粉の味がするので嫌いなのですよ。
ほんと、甘口の安酒がしょうに合っているのだよ。

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4月17日You Tubeでのgroup作成 ·
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今日は4月17日の金曜日、お昼の12時を過ぎた所です。
昨晩は真面目にfull-courseでドルプリっ歩を済ませて、定型で帰って来たのだけど、いつものように深夜欝が始まって、何度かbedで入眠を試みたのだけど、無駄な抵抗でした。
体の事、病気の事、不安な事ばかり思い浮かんで来て、欝が酷くなって、ますます眠れなくなってきました。
イライラも積もって来たので、「多分、血圧が上がっているせいだろう?」と血圧を計ったら、逆に104と44の低い値いでした。
体調不良による欝でもないようだし、他に思い当たる事もないし、・・という事で、色々と悩む事は諦めて、日本酒の熱燗を飲みながら鬱々コンサートの曲をYou Tubeで再生リストに纏めて聴けるようにgroupを作りました。
検索のキーワードはYou Tubeに入って「芦塚陽二の鬱々コンサート」です。
uploadした動画を他の人が個人的に、「Titleを決めて再生リストに纏める事が出来る」・・という事を始めて気が付きました。
折角、別のaccountも作って見たのだけど、「曲別に保存するのは出来ない」という事でした。
一つの曲は法律的に、一つのaccountでしか保存出来ないようになっているのだそうで、曲をgenre別に分類する事は、この再生リストでしか出来ない・・という事でした。
・・・という事で、お昼頃まで、再生リスト作成でウダウダとしていたのだよ。
それにしても、もう直ぐ1時になる所なのだけど、未だ眠れないのだよ??
困った!困った!!
実は、眠れない原因はもう一つあります。
単なる欝に加えて、今日は県を跨いでの移動が制限を要請される等の政府や都の規制が発表されました。
私の場合には、川崎の病院での膀胱鏡の検査の予定が10日後に控えているのだけど、川崎迄車を走らせるのも、病院で検査を受けるのも東京都民としては、気が引けてしまうのだよな~ぁ??
しかし、検査は癌の摘出手術の日を決める意味もあるので、勝手に伸ばしてしまって癌が全身に回ってしまっては、助かる命も助からなくなるのだけど、コロナも高血圧症と糖尿病と腎機能不全と、高齢とその他諸々、コロナの第一重症化のriskなのだよな~ぁ??
癌を立てればコロナが怖いし、コロナを立てれば癌が怖い!
あちらをたてても、こちらを立てても、こりゃあ、助からんわな??
・・という事で、素人判断はやめて、病院の先生に判断をして貰おうと、朝から、病院の予約受付に何度も電話を掛け捲っているのだが、話し中で全く繋がらないのだよ。
やっと繋がったと思ったら、「お昼休みで、先生がいない」、「担当の看護師がいない」・・で、またまた掛け直しになってしまいます。
という事で、諦めて代表電話に掛けて、事情を説明して、泌尿器科に電話を回してもらったのですが、やはり、看護師では裁量権がないので、担当の医師が病院に来ている時に電話を掛け直すように・・と言われてそのようにする事にしたのが、3時過ぎで、やっと寝る事が出来ました。
朝から酷い目にあってしまったのだよな~ぁ??
やっと、眠れる・・・??
という事で夕方の4時過ぎ・・というか、5時頃にやっと入眠する事が出来ました。
しかし、7時半頃には起き出して、You Tubeのcommentの訂正や仕分け作業をしていたら、「散歩に行くよ!」とlineのmessageがあったので、慌ててbikeで出発しました。
帰りは定型の時間というか、cinderella-timeの直前にはハイツに戻ってきました。



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4月18日Energieが・・・ ·
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今日は4月18日の土曜日です。
昼夜逆転の日々と、菜の花とツツジと葉桜が一緒に咲き乱れている季節で寒い日と暑い日が交互に来て、とうとう、今日はなんの季節なのか、それに朝なのか夕方なのか、分からなくなってしまいました。
朝の4時過ぎ頃にはやっと眠れたと思ったのだけど、目が覚めた今は、5時半になる所なのですがね???
という事は、今が夕方の5時半でなければ、1時間半も眠れていない!!という事なのだけど、鼻の具合が良かったので、良眠が採れたので、眠った感があるという事なのかな??
どうせ、睡眠時間が取れていないのだから、直ぐにバテるのだろうけれどね??(睡眠が充分に採れていないと、Energieが持たないのですよ。)(※)
(※)やっぱり、Energieが切れて、その後直ぐに寝込んでしまって、食事の時間にも起きれなくなってしまいました。
冷蔵庫は全部空になってしまったので、お弁当にして貰ったので、お腹が減ったら椎名町まで取りに行かなければならないのだが・・・、う~~ん??
超、バテたので、行けるかな~ぁ??
超、大雨はもう上がったのかな??
写真は普段は使わない裏門なので、蔦が門扉に蔓延っていますが、冬は枯れ蔦になっていたので、当然枯れて死んでしまったのかな?と思っていたのだけど、そのままにしていたら、今は少し緑の葉が戻って来ました。枯れても生きていたのだよね??
夏場は緑の葉っぱに満たされます。最後の写真は昨年の夏の写真なので、本当ならば時系列は、③⇒①⇒②の順です。(時系列通りに直しておきました。)







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4月18日食べた後の根っこを ·
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椎名町で食べた後の捨ててあった根っ子をハイツのベランダで栽培しています。
とはいっても、たまに米を研いだ水を発泡スチロールの箱に入れているだけなのですがね、

そろそろ、土に戻してやりたいのだけどね??
椎名町に持って帰って、埋め戻すかな??

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4月20日先読みのドル ·
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食事が終わって帰り支度をしながら雑用を片付けていたら、真っ暗な玄関でドルがお見送りの準備をして待っていたのだよ。
「まだ、帰んないの?」と、いう顔なのだが、お見送りをする事自体が超珍しいので、ツンデレの極みだよなぁ?

しかし、私が食べ終わったら、直ぐに玄関で追い出しをするのは、「食べ終わったのならば、さっさと帰れ‼️」という意味なのかな?

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4月20日今日はうっとおしい天気だ ·
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今日は4月20日の月曜日です。
昨日はとても素晴らしいお天気だったようで、いろんな人がFacebookやInstagramにその写真を載せていらしたようですが、昼夜逆転の私には、残念ながら、その恩恵に預かる事は出来ませんでした。
今は午前5時になる所ですが、外は結構冷たい雨が降っているようです。





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4月21日体調不良で仕事が進まないのだが ·
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今日は4月の21日の火曜日になった所(0時5分)です。
昨夜(20日の月曜日)は、お久しぶりに、超、Shockな事があったので、全く仕事をする気にならず、7時過ぎには椎名町に行って、食事を済ませて9時にはハイツに戻って来ました。
普段の時間からすれば、超早いのですが、ハイツに辿り着いて、直ぐにbedに入って眠るように小1時間半も頑張ったのだけど、欝だけではなく、鼻詰まりが酷くて、咳に痰も絡んでいるので、諦めて風呂に入ってrelaxをするようにして、小一時間もウダウダとして、またまたbedに入ったのだけど、やっぱり小1時間半も入眠に挑戦したのだけど、どうしても入眠が出来ず、とうとう諦めてbedから起き出した所です。
結構時間が経過したと思ったのですが、しかし、それでも未だcinderella-timeの0時半です。
普段ならば、未だ椎名町から帰って来たかどうかの時間なのですがね。
超、欝が酷いので、bedで寝ていると、アレやコレやと人生の色々を悩んでしまうし、テレビでdramaを見るのも、嘘っぽくてかったるいし、こういう時にはいつもの仕事からは離れて仕事ではない、例えば、部屋の片付け等の軽作業をするのが一番気が紛れて良いのだけど、欝に加えて体調不良もあって、その雑用をする気力も活力も無くなってしまったので、唯一出来る事を、胃と肝臓と腎臓に付き合ってくれるかを、今、相談をしている所です。
1時を過ぎて、とうとう諦めて、日本酒を飲みながら欝に浸っているのだけど、明日は火曜日で後1週間後には、膀胱鏡の検査があるのだけど、川崎迄の移動や、病院内でのコロナが心配なので、今日中に担当の先生に電話をして、行くか行かないのかの判断を仰がなければなりません。
先生が検査を伸ばさない方が良い・・という事ならば、車を出して川崎迄の移動を強行します。
欝は欝だとしても、日々は欝を待ってはくれません。
人間、歳を取ると、欝に浸っている時間はないのですよ。
困った! 困った!!
鬱なので、動きが遅いので、早め早めに行動をする事にして、先ずは、注射を済ませて、9時を過ぎたので、多分病院が空いたと思うので、病院に電話をしました。
前回通りに予約の受付は電話が繋がらないので、裏の入口である代表電話から、泌尿器科に連絡をして貰って、担当の先生から予定変更の指示を受ける事が出来ました。
心の澱の2つは午前中の10時過ぎには、早々と片付いてしまったのだけど、鼻詰まりが相変わらず酷いので、仕事も雑用も出来ないのだよな❗
別に時間が限られている仕事ではないので、「いつでも良いか?」という心構えが大切だよな??


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4月22日欝と体調が ·
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今日は4月22日の水曜日の未だ午前3時前です。
この所、相も変わらず、欝が酷くて体調も芳しくないので、仕事は勿論、当然としても、軽作業さえもままならないので、ますます、欝が酷くなってしまうという負のspiral(連鎖)に陥っているようです。
という事で、今日は、そういった場合の私の欝の対処法なのですが、取り敢えずは、手の届く範囲の整理整頓と、自分が1日で、一番多く居る場所(私の場合にはパソコンの前なのですが・・)の整理を始める事にしました。
部屋の掃除や洗濯等の部屋全体の整理が出来ない場合でも、目の前の、たった一つの僅かな箇所、或いはその箇所の部分に過ぎなかったとしても、『片付ける』という行為自体が、欝や体調不良を少しづつ改善してくれるハズです。
それは一歩でも今ある自分を改善する事でもあるからなのです。
しかし、私が、Facebookを書いている時には、そんな簡単な事さえ、体調的に無理な場合がよくあります。
・・という事で、それすら無理な時には、欝や体調不良を享受して、おつまみにして楽しめば良いのだよ!!
それが私のcaseでは、『鬱々Koncert』なのですよ。
私は鬱々コンサートを聴く時には、proの演奏ではなく、教室の対外出演や発表会での鬱々の曲の演奏を聴いています。
何故、欝の時に聴く曲が優れたprofessionalの演奏団体の演奏ではなく、下手な「私の指揮で子供達の演奏なのか??」という事は、実は私にとっては、結構重要な意味があるのですよ。
鬱々の曲でも、非常に優れたproの演奏団体が演奏している曲は、残念ながら、演奏は非常に優れていて完璧な演奏でも、自信と信念と力強さに溢れたprofessionalの演奏らしく、その演奏は、能動的で力強く、活動的でactivityで、optimisticであって、私の超、落ち込んでしまったMinor thinkingの鬱の心には、寄り添ってくれないのだよ!
力強くactivityに過ぎるので、それを聴く私には、Major thinkingを強要されるようで、辛く心が苦しくなってしまうのだよ??
助けようもない鬱のドツボにドップリとハマってしまった私には、下手な演奏でも、私のinterpretationの演奏の方が、鬱の専門家の演奏らしく欝のドツボに嵌ってトッピンシャンなのだよ??(抜けた~ら、ドンドコショ!)
しかしながら、欝が更に酷くなると、鬱々Koncertのprogramを聴く事も、更に心にとっては負担となる事がある。
しかし、その場合でも、「鬱と体調」は無関係(※)なので、体調が良い時には、上記のように軽作業をすると良いのだが、欝と同様に体調も良くない時には、如何せん逃げ出す方法がない。
alcoholに逃げる事が出来る場合には、alcoholで当座を凌いで、時間を稼げば良いのだが、そういった欝が酷い状態の時には、alcoholすら受け付けない場合が多いのだよ。
軽作業がダメで、鬱々Koncertがダメで、alcoholに逃げる事すらダメな時には、如何せんどこにも逃げ場がないのだよ。
ヨージーの法則では、「人間minorな時には、何かを決断してはいけない!!」という法則をかしている。
Minor thinkingの時の決断は、負のspiralしか引き起こさないからである。
物事を決断する時には、必ず力に溢れた時期にしなければならないのだが、人間は負に陥らない限り、物事を決断しようとはしないのだよ。
欝の時に決断した事が、自分の人生を向上させる事がないのは当たり前の事なのだが、人間はそれを認めようとはしない。
所詮は人間は怠け者なのだよな??
そこから逃げる事が出来ないような欝や体調不良が襲って来る時には、それを認めるしか、やり様はないからね??
そこでは、素直に負けを認めれば良いのだよ??
そうすれば、それ以上は落ち込む事は無くなるから、落ち込む事がそれ以上無くなれば、後は上り道しかないのだからね??
(※)欝を引き起こす原因の話はこれまでも何度も繰り返しお話してきたし、このFacebookにも何度も書いている。
欝に原因がある場合には、その原因を修正処理すれば良いので、仮に修正が出来なかったとしても、原因は分かっているので、対処の方法は分かっている。
体調不良でも、心臓の不整脈に因って引き起こされる不整脈は、心臓の調子を整えるのに全力を傾ければ良いので、これも問題はない。
しかし、私の鬱々の原因は、そういった私自身を起因する所にはない、周りからの鬱の場合が非常に多いのだよ。
自分にも周りにも、囚われる事のない、悟りの世界は人間に取って有り得るのだろうかね??
自分を信じて集まって来る、或いは自分の名声を慕って来る人達を集めて、自分の信念を通したとしても、それは周りの弟子達が社会の不合理や費条理を受け入れているからに過ぎないのではないだろうか??
竹林山の七賢人も、周りの社会から見れば甘えの高僧に過ぎないのだよ。
南海の孤島に置き去りにされて、自給自足を強いられたロビンソンクルーソーのような人の場合には、その日に食べるものを得るために必死であって、欝や孤独に陥る暇はないのだからね??



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4月23日、折角「少し良くなって来た!」と思っていた、超欝が再発した ·
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いや~あ、「やっと、今日、朝起きた時には、折角少し良くなって来た!」と思っていた、超欝が再発した!!
少し元気になったのは、たった9時間か10時間のOasis-timeだったのだよな!!
今は4月の23日の木曜日に、なったばかりの、0時10分というcinderella-timeなのです。
この所は、延々と鬱と体調不良が続いていたのですが、一昨日21日火曜日から22日の水曜日迄の深夜に掛けては、Facebookに私が欝になった時の対処法を書きながら、体調に身を任せて、起きて雑用をしたり、突然意識混濁が起こったら、bedで横になったりする事を繰り返していたのですが、いつもと同じようにした鼻のメンテが、意外と上手く行って、入眠が結構自然に出来たので、睡眠時間は少なかったのにもかかわらず、目覚めは良好でした。
少し気分も良くなったので、昨日22日の朝は、掃除や洗濯や仕事も結構捗りました。
それで、早い時間に椎名町の事務所に移動して、この所の難題であったhomepageの設定やパソコンの環境設定が、結構、サクサクと出来たりして、気分も軽くて、「やっと欝から少しだけでも、抜け出したのかな??」と思っていたのですが、それも束の間の喜びで、たった一本の電話で、欝のどん底にまで引き戻されてしまいました。
電話の内容は、教室を開設して、40年以上lessonをして来た花園の教室を、「老朽化のために、取り壊して建て直すので、年内には、部屋を出て欲しい!」という花園教室の大家からの電話でした。
2017年の江古田教室から、僅か3年ぶりの教室探しが始まります。
この所の欝からやっと抜け出して、「少しまともな日常に戻れるのかな?」と思っていた矢先の、またまた、どん底の欝が起きて来て、心臓から血の気が失せるように胸の辺りがゾクゾクします。
鬱の時には、不幸が畳み掛けて来ます。
欝は欝を呼び寄せてしまうのです。
「今年は幾つ欝が押し寄せて来るのだろうか??」と、絶望的な暗澹たる気持ちに襲われてしまいました。
先生達は、私と一緒に欝に陥らないで、プリドルと戯れているので、私的には結構助かっていて、救われていますけれど、教室の経営や運営の指針を出すのは私なので、やっぱり、この世情を乗り越えるための悩みは尽きません。
コロナの問題や、少子高齢化で、生徒の人数が極端に減っている事に加えて、教室という箱物を探さなければならないという事は、結構なpressureになってしまいます。
思えば、2017年3月に突然、大家が、江古田の教室の物件を不動産の業者に売り渡した・・という理由で、東京の江古田教室を引っ越しする事を已む無くした時にも、音楽教室という条件と、grandpianoを置くための広いspaceの部屋の条件の物件は、練馬から池袋までの間を業者に頼んで探して貰ったのですが、選り好みをする以前に、そういった広い部屋が、その地域に全く見つからなくって、選択肢の全くない状態で、延床面積のある椎名町と、地の利のある江古田の二つからのselectしか、見つかりませんでした。
江古田で探したその二つの物件は、地の利や建物はそれなりに綺麗で江古田ハイツからも歩いて行ける距離だったのだけど、兎に角、狭く(住宅としてはある程度は十分な広さだったのでしょうが??)、江古田教室にある物を移動させる事が、全く出来ず、地の利は最悪でも延床面積が勝っている椎名町に決めざるを得ませんでした。
江古田教室の引っ越しに際しては、多くのものを捨てざるを得なかったのですが、致命的な事には、椎名町の教室にはgrandpianoを置くspaceが全くなく、急遽、uprightのPianoを購入しなければなりませんでした。(勿論、このuprightPianoの購入費用も私持ちです。)
そのuprightpianoは昭和初期の76鍵盤のPianoなので、非常が重たくって言って、私の力でも動かす事が出来ません。
已む無く、grandpianoを置くspaceのある広い物件を探して、ユーカリが丘に取り敢えずは教室を作って、そこにgrandpianoや、捨てるに捨てられない物を置く事にしました。
江古田の教室をお引越ししなければならなかった恐怖の2017年の同年には、生徒の減少で、四日市教室も月1回の新幹線と宿泊費が出なくなってしまい、web-lessonに切り替えてなんとか希望者だけを存続させる事にして、現在に至っています。正に、恐怖の17年でした。
引越しに際しては、お金だけではなく、大変な労力を強いられる事になって、40代になって起こって来た腰痛が再発したり・・と大変でした。
この文章はbedの中で横になったままで、携帯で書いているのですが、突然、こむら返りが・・・、痛!痛!痛!
・・・暫し、bedから起きて休憩を!!・・します。
アハッ!




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4月24日『鬱の話』 ·
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今日は4月の24日の金曜日です。
この所、鬱が再発して、毎日毎日、毎夜毎夜、欝が酷くて苦しめられています。
鬱には、心臓の具合や他の命に関わる臓器からのhelpを求める鬱と、心が傷む事によって引き起こされる心因性の鬱があります。
今回の欝は、私の心臓に鉄の鎖を巻き付けられて心臓が苦しんでいるような、心臓を縛りつけている鉄の鎖の周りから血が吹き出しているような感じのする、所謂、心因性の欝なのですよ。
『体調不良による欝』
鬱の原因が体調の場合には、如何せん体を休めて、体調体力の回復を待つより致し方はありません。
体調不良を訴えて病院に行って、何度となく、冠動脈の不調を話たのですが、「素人が何を言う!」と取り合って貰えず、何度となく24時間の心電図を取り付けたりもしたのですが、心臓の異常は見つからず、等々5年も経ってしまいました。
ある時に偶然心電図に異常が認められて、katheter検査とStent graftの手術を同時にやる予定で大学病院に出掛けたのですが、diamonddrillでも歯が立たない・・という事でbypassの手術が決定しました。
しかし、最初の大学病院の方針での手術の場合では、人工心臓、所謂onpompによる手術なので、1時間しか、心臓を止める事が出来ないので、3本の冠動脈の1本しか、助ける事が出来ないので、頭に行く血管だけを助けるという事で、ほとんど寝たきりの生活と、それ以上にdraftされた静脈の寿命が5年間しか、持たないというtimelimitのある手術でした。
「何とか、second opinionを」という事でStent graftの第一人者である先生に電話をしたのですが、先生は「もし、自分の家族ならばbypass手術をさせる」と諭されて、当時は日本に未だ1人二人しか居なかった拍動下手術の先生に手術を依頼しました。
という事で、時間の制約が無くなったので、3本の冠動脈の全てを活かす事が出来て、現世に戻って来る事が出来たのですが、その後の体調の管理はどうしても上手く行かず、5年間の間、不整脈に苦しめられて、何度かpacemakerを打診され、その都度拒否して来ました。
心臓のbypass手術の後では、体調が戻るまで、鬱から抜け出す事が出来るまでには、5年の歳月がかかったのですよ。
その後は体調との相談で欝の状態を確かめる事で、安静にすべき時期と、軽い運動で体調を整える時期の目安にしています。
『心因性の欝』
そう言った体調に因る所の欝とは別に、心に思い悩む事に因って引き起こされる心因性の欝があります。
私の場合には私自身では悩みはないので、心因性の欝は、他人によって引き起こされる欝になるのです。
とは言っても、今現在は独居老人で他の人達との交友関係は全くと言って良い程ありませんので、対人関係の欝と言えば、教室としての仕事上の教育に関する事に起因するのです。
私が子供達を教え始めて最早、半世紀近くにもなって来ました。その間、親や子供達の意識も全く変わって、私が子供達の「夢」を叶えるための手助けが出来る・・という事も、殆ど無くなって来ました。
「夢」というものは、100%叶える事が出来るのですが、それには、一つだけの絶対条件があります。
それは「自分が望むような人間であるべき、日常を生きる事」という条件です。
音楽を例に取って言えば、proになる条件は、世間一般で言われているような音楽の演奏技術の習得ではありません。
音楽技術の習得はとても簡単な事で、教室では5、6年もあればproと同等の技術を身に付ける事は可能です。
(勿論、ちゃんと普通に努力すれば・・という事はありますが・・)
日本の音楽教育上の社会では、petitブル的にはそう言った生き方をしている人達は多いようなのですが、如何せん、内容が伴っていません。
型だけを真似をしても、そこにはproの日常はないのですよ。
確かに、座禅やお茶の作法、剣道に至る迄、型から入るのが日本の心の学習法です。
しかし、現代の人達は型だけど求めて、その中にある心を求める事は少なくなってしまいました。
私が音楽教室のcurriculumの中に集団教育、所謂、室内楽や弦楽orchestraを取り入れたのは、学校教育の集団活動は部活しかなく、そこには思い遣りの教育やreaderとなる教育が欠けていたからなのです。
ですから、当初の昔の生徒達の場合には、自分がsoloを出れなくても、周りの人達には迷惑を掛けたくないので、室内楽やオケだけは参加をする・・というのが一般的な常識でした。
今は逆で、soloは出ても、室内楽やオケは出ない・・という事の方が一般的な事になってしまっています。
子供達が・・というよりも、今の親達が自分しか見れなくなってしまっているのですよ。
日本の将来を思うと暗澹たる思いになってしまいます。
そういう利己主義的な自分さえちゃんと出来ていればそれで良い・・という考え方では世界の中では生きて行けないのだよ。
世界大戦で学んだハズなのにね~ぇ??
心因性で欝になる事を逃れるのは簡単な事です。
私に取っては、音楽は宗教のようなものです。
所詮は、趣味の世界とは違いますし、所謂、日本で言う所のproの世界とも違います。
私に取っての音楽とは、禅のようなものであって、いみじくもBeethovenが言った「Von Herzen - Möge es wieder - Zu Herzen gehn!」「心よりいでて心に至らん事を」と言う事でもあるのです。
そう言った心を共有出来る人達だけを指導すれば欝になる事はありません。
orchestraや室内楽は金食い虫なので、私の蓄えが減って行く事を悩む必要も無くなるのですよ。
善哉!善哉!!




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4月25日『人生のお話』 ·
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この所、老い先が短くなってしまうと、『私が歩いて来た道程を巨大な消しゴムが丁寧に消して私を追いかけて来る』ような人生の終焉を思わせる事が、徐々に私に近づいて来るような気がしています。
そして、私という人間が築いて来た道程が、人々の記憶の中から喪われてしまって、私という存在そのものが、人々の記憶の中から喪われてしまうのでしょうかネ??
それもやむを得ない事なのでしょうがね??
「私の前に道は無く、私の後には道が出来る」・・のではなく、私の跡に出来たハズの道が徐々に消えてしまって行くのですよ。
歳を取れば当然の事なのですが、私の昔からの友人達が、1人、また1人・・と徐々に居なくなり・・、私が産まれて来た、江戸時代の前からも、何百年も続いて来た生家も、今はその跡さえもありません。
私の青春時代を過ごした、中学時代、高校時代に住んでいた県営アパートも、今はその周りの建物も含めて、様変わりしてしまいました。
私が大学時代に、母と養父が住んでいた病院も、建物はおろかその土地すら今はありません。
東京で1972年の9月(昭和47年)頃から住み始めた江古田の教室で、半世紀近く借りていた部屋なのですが、その建物ごと建て替えられてしまって、私達が暮らしていた面影は、全く見当たらないのです。
今年は、私がMünchenの留学を終えて、1年間の療養を経て、再び東京の江古田に住み始めて、10年後の1982年(昭和47年)37歳の折に、千葉の花見川区の花園に、教室を開設して、子供達を教え始めた花園教室が今年には、建て替えになる予定で、20年の11月頃までには退去というか、お引越しを済ませてしまわないとなりません。
少子高齢化で生徒数が極端に減って、指導する先生達も少なくなってしまいましたが、40数年前から借りていたので、江古田教室や花園の教室は、大家さん達のご好意で、家賃をその当時の家賃とほぼ同じままに(値上げ無しに)して頂いていたので、この生徒数の激減でも、なんとか地代家賃を払って行く事は出来たのですが、この数年間は私達の給与は全くないままの教室経営になっていました。
つまり、教室を引越しするにしても、そのお引越しの費用は疎か、教室の地代家賃を払えるのか??・・という切実な問題もあります。
つまり、先生達の給料の問題以前のお話なのですよ。
教室の閉鎖も含めてのお引越しのお話になるのですが、花園教室の場合には、近場に検見川教室があるので、そこに通える人達は問題はありません。日にちと時間の調整だけで終わります。花見川区の検見川に二つも教室があるのは、花園の小学校が11classもあった頃のお話で、今は教室は1classしかありません。
生徒が減った今では、新たな教室の開設はgunstigではありません。
少子高齢化と経済的な不況の浪は、千葉の花園に限らず日本国中の多くの音楽教室の教室の閉鎖を引き起こしてしまいました。
多くの音楽教室が閉鎖になっても、それでも音楽を学ぶ人達にとっては、大きな影響がないのは、日常の生活を旦那の収入に頼っていて、主婦や母親をやりながら、生活に関係のない個人としての音楽教室を営んでいる教室が多いからです。
しかし、そういった個人の教室は短いspanでのポッと出ては、無くなる事を繰り返しています。
音楽の指導にそれだけの思い入れはないからです。
とは言ってもそこは一般の音楽教室も大して変わらないと思うのですがね??
少子高齢化で生徒数が激減しても、この10年間を維持して来たのは、花園の音楽教室が音楽教室としてではなく、私の個人的な夢の具現化の場所でもあったからなのです。
そこまでしての音楽教室は、私が留学をしていた時にEuropaの音楽の伝統やEuropa人の音楽との結び付きを見て来た時に、これまで多くの日本人がEuropaに留学をして研鑽をした来たのだけど、それはあくまでも個人的な技術を学ぶためであって、音楽の歴史的な伝統そのものを学ぶ人は居なかったという事なのです。(音楽学や音楽史の話とは無関係ですよ。traditionalを学ぶという意味なのですよ。)
Europaの社会では音楽は人々の日常の生活と非常にシンクロしています。
恋人同士がチョッとお洒落をして、Operaや演奏会に出かけたり、家族で室内楽を楽しむ・・という羨ましい限りの音楽環境があります。
日本に音楽が定着しなかった大きな理由は、自分だけのsoloの音楽だけが日本に導入されて、自分の技術力の向上だけが、音楽的な研鑽の全てなのだからです。
勿論、室内楽やオケ練習は個人の教室では運営は不可能な程、経費が掛かります。
私達の教室でも、経済的な負担は、先生達のvolunteerで、顎足も含めての自腹で、楽譜や楽器等は私の個人の所有なのです。
つまり、私の個人の夢を達成するための、音楽教室であり、個人の音楽教室という分類では、orchestraや室内楽を持っている教室は極めて稀で、日本中探しても多分無いのでは・・と自負しています。



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4月25日『予知欝のお話』 ·
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私の場合には、catastropheが起こる前には、『予知夢』とでも言うのか、色々な欝的なcatastropheのspiral・・(負のspiral)が積み重なって来る前には、必ず前兆とでも言うのか、軽い欝の状態が繰り返し起こって来て、その中で色々なこれから起きる事を知る事が出来るのだ。
それから徐々に、腰痛や心臓の不整脈等が始まって、昼夜逆転の生活と摂眠障害や鼻詰まり等々と段々、体調不良が進行して来て、それにシンクロするように起こるであろう事柄を思い悩むのだよ。
だから本格的な欝が襲って来る時にはその原因となる事は大体分かっています。
その後、周りの環境の変化や生徒の脱会等々の現実的な事柄の負のspiralが後付けで畳み掛けて来ます。そこで初めて鬱が予兆だった事を確信するのです。
不思議なぐらいに、このroutineは、大きな鬱の時には、毎回変わりません。
今回の負のspiralの始まりは、4月に入って2日、3日辺りからなのですが、その2日、3日から段々と欝が進行し、「こうなるのではないのか?」が心の滓となって私を苦しめます。
今回の場合でも、始めて『欝』が「欝っぽい」から「欝だ!」という表現に変わるのは、12日の「今日は、なんという日曜日なのか?」というPageからで、それから以後はほぼ毎日欝状態が続いているようです。
それから、心の滓となっている事が段々と現実化して、色々な具体的な現実的な問題として、負のspiralが始まって来ます。
本格的な欝の原因は20日に突然現実の話しになってやって来ますが、それが現実の事柄でなった20日、21日も、結構、欝や現実的な原因を無視したままで、それには関係なく仕事をテキパキと仕事を済ませています。
実際には心の滓や強烈な鬱で、精神的には参っているのかも知れないのだけど、体調の方がまだまだ不良とまでは行かないので、その兼ね合いで相殺する事で未だになんとか遣り過ごす事が出来ているようです。
・・・というか、可能な限りに、仕事をする事や雑用をする事が、心が欝に囚われてしまうのを回避する私のベストの行動療法なのです。
近頃は肝臓や腎臓のために、止めていたalcoholを飲みながらの作業や、テレビの録画番組を見ながらの深酒も、欝から逃げ出すための手段として復活させています。(不思議な事に、まだdoctorーstopは掛かっていないのですよ?「なるべく控えて・・」とは言われてはいるのですがねぇ?やめてください!とは言えないのかねえ?)
なるべく体調に逆らわないように、入眠が出来ない時には、なんとか眠ろうとする私自身の心には従わないように注意して、晴耕雨読ではありませんが、『椅子に座って意識混濁の状態になったら直ぐにbedに入る』・・という事を繰り返して、toilette-timeで目が覚めたら、直ぐにはbedに戻らないで、椅子で意識混濁の状態になるのを待つという事を繰り返しています。
その間は、行動療法の一貫としての私の仕事は結構捗るので、体調不良や鬱による仕事の低下やnormaの進捗のrotationには変わりはありません。
まあ、私の欝に対する対処法なのですがね??
だからといっても、それで、鬱が治る分けではないのですがねぇ??


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4月25日『音楽教育へのいつもの愚痴』 ·
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夢には、単なる『憧れに過ぎない夢』と、その人の『人生の目標となる夢』の2種類がある。
「そんな定義は分かり切っている!」・・と思われる方も多いのかも知れませんが、でもそれは、そう簡単な事ではないのです。
通常は、子供が抱く『夢』を、親はその『夢』が単なる一過性のテレビdrama等での影響での『憧れに過ぎない夢」であるとすれば、親がそれを軽く捉えたとしても、問題はないのだけど、その「夢」が、そういった・・「その時だけの一過性の夢」ではなく、『人生の目標となる重要な夢』であったとしても、その夢が高ければ、一般的な社会通念として、それは『願っても叶わぬ夢』であると、子供に諦めさせることが世の常です。
その事自体を私は否定する気は無く、私もその意見は全く『正しい』と思います。
『叶えられる夢』・・或いは『夢が叶えられる事』は、現実的には有り得ないのだからです。
・・と言うと、「そんな事はない!」「多くの偉人達がその人の夢を叶えている。」と言われるかも知れません。
しかし、それは歴史的な偉人を見ている衆生の考え方に過ぎないのですヨ❢❢
偉人である本人達は、自分の作品をより完璧な姿にするために日夜、一生の間、推敲を続けているのですよ。
「自分の『夢』が叶った!」・・という芸術家は、自己満足の似非芸術家に過ぎないのです。
私の師であるGenzmer先生は私に言いました。
「その人が芸術家であるか否かは、後世の人達が決める事です。只管、職人でありなさい!」・・と!!
da Vinciの「Monna Lisa」然り、Goetheの「Faust」然り、死の床まで推敲を重ねている未完のままの作品なのだ・・という事なのですよ。
Beethovenの「Schicksalssinfonie」ですら、着想から完成まで40年の長きを掛けているのだ。
葛飾北斎は死の床で「天が後10年命を与えてくれたら、真の天才になる事が出来たのに・・」と言ったとされています。
歴史に名を成す偉人であればある程、『完成』・・というNiveauは、とても高く、遠いのだよ。
つまり、人が努力を重ねて、その人の芸術の水準が高まれば高まる程に、逃げ水のように、『目標』は更に遠くなって行くもの・・なのだからだよ。
では、偉人達は「夢」を叶える事が出来ないままで、その人生は不幸せだったのだろうか??
否、偉人達にとっては、そういった日常的な努力と葛藤の生き様そのものが、『夢』そのものなのだよ。
芸術という『叶わぬ強敵に向かいあう事』・・こそが、偉人達にとっては、至高の幸せだったのだ!
・・・ということを、一般の人々は中々理解は出来ないのだよな~ぁ??
中世の時代に書かれた詩であるCarmina Buranaにも歌われている事ではあるのだが、社会の構造はpyramidの構造で出来ている。(勿論、底辺は民衆、衆生であり、頂点は神である。=Carmina Buranaの場合には、時の女神、所謂、斎女神である。)
社会は大きく『与える側と享受する側』に分ける事が出来る。
どのようなgenreの社会であったとしても、その基本的な構造自体は変わらない。
音楽の世界でも、その構造は同じである。
社会的には与える側と享受する側の割り合いは、1:9の割合だとしても、多分好意的過ぎるのだろうか??
本来ならば、与える側0.3:享受する側99.7%の割合が本当の与える側と享受する側の割り合いなのだろうかね??
では、日本の0.3%の人間が、音楽の世界で生きているのだろうか??
それは、とんでもない、甘えた考え方なのだよ。
音楽に関係のない一般の人達ならば兎も角も、音楽家自身も勘違いをしている事なのだが、音楽の世界は驚くほど狭い世界なのだヨ❢❢
一言で音楽と言っても、popular音楽やClassic音楽ではgenreが全く違うので、それを愛する人達も代わって来る。
それに加えて、邦楽の世界、果ては民族音楽すらある。
popularというと、これも一把一絡げに過ぎないのだから、jazzやeasy listeningの世界、日本では演歌の好きな人達さえいる。
それはClassicでも変わらない。
Operaが好きな人は、同じ声楽の曲でも、cantata等は余り聴かないのだよ。
ここまで来ると、Libhaberの数は、1億人の人が居たとしても、微々たる人の数になってしまうのだよ。
それだけではないのだヨ❢❢
そのClassic音楽と言っても、音楽には演奏の世界と教育の世界があって、音楽に対してのapproachも意識も、全く別世界の音楽として捉えられているのだよ。
且つ、また、教育の世界の中でも、『音楽大学』のような純粋なClassicを教える場所と一般の趣味の人たちを指導する『音楽教室』では、音楽に対しての意識は、全くの別世界のお話である。
という事で、(音大生を入れても)所謂、音楽家という人種は、これ以上無いぐらいの、極めて少人数の世界で、兎や角悩んでいるのに過ぎない。私達は若い頃は、この音楽界の事を音楽村と呼んでいた。professionalとするならば、村民、僅か数百名に過ぎない世界なのだよ!!
まだcomputerすらなく、それこそSNSどころか、携帯すらなかった私の留学時代に、私が「Italiaの国際作曲家concoursで、一位に入賞をした」という出来事が、次の日には、東京の音楽家達は皆知っていた・・という事は、日付変更線を跨いだとしても、驚きである。
それぐらいに「proの世界」と限定してしまうと、個人情報もへったくれもないスケスケの・・情報が飛び交っている隠し事の全く出来ない鳥カゴの中の世界でもあるのだヨ❢❢
教室を開設して、子供達を指導するようになって、当初の時代から悩み続けている事ではあるのだが、子供達を育てて、やっとこれからproになるための勉強を指導する事が出来る・・と思った時に、必ず、それまでに私が指導して来た殆どの生徒達が私の元を去って、権威のある有名な先生の所に行ってしまう。
まあ、教室を作る前迄の私が子供達を指導していなかった時には、その逆で、大学の教授の所から学生が逃げて来ていたのだから、如何せん・・仕方の無い事かも知れないけれどね??
独立した教育者ではない個人の音楽家から、単なる音楽教室の先生に成り下がったのだから・・(他の音楽教室の先生の事を言っているのではありませんよ。私の事を言っているのですよ!!自虐に過ぎないのですよ!! 誤解の無いようにね??)
しかし、私としては、この事(生徒が私の元から去る事・・)自体をアレコレと悩む事は余り無いのだよ。
この事は、或る意味では、教室にとっても、その私の元を去って行った生徒達にとっても、それなりの有意義な事もあるからなのだよ。
つまり、教室の中に居る限りは、教室に在籍している殆どの生徒達は、単なるamateurに過ぎず、amateurとしても、立ち位置からproの世界を仰ぎ見ているのに、過ぎないからである。
amateurでありながら、『芦塚methode』というmethodeによって、非常に優れたproと肩を並べる事が出来る程の技術を身に付ける事が出来たのだから、教室の生徒達がproの世界に憧れ夢を見る事はそんなに想像に難くはないのだよ。
一般の人達から見ると、proとamateurの差は、技術力の差に見えるかも知れないのだが、実際には『芦塚methode』では、その技術を身に付けさせるだけならば、大した時間は掛からない。
私が小学3,4年生の子供を指導し始めたとして、それから4~5年もあれば、当面の日本のprofessionalとは肩を並べるぐらいの技術力を身に付けさせる事は難かしい事ではない。
勿論、教室から直接音楽大学や留学を経なくてもproの音楽家として働いている人達も数多くいる。
しかし、そこには、一般人と音楽家の意識のgapを乗り越えるだけの、culture-Shockの壁があるのだよ。
仮に簡単にprofessionalな技術が習得出来るとしても、それは技術的な事だけであって、現実的な音楽の世界を目指す人達は、最初から人種的に一般の人達とは、別の世界の人種で、意識や考え方が根本から違っているのだよ。
そういったprofessionalを目指す人達は、世捨て人のように、社会生活の全てを捨てて、音楽芸術の道一筋を目的として、1年365日、1分1秒に至るまで、片時も意識を外さずに、音楽一筋に人生を掛けて来た人達なのだから、一般の人達とは最初から掛ける意識が違うのだよ。
つい先日も、二人の新進の演奏家の女の子達が、「卒業式、無理!無理!」「恋人??時間が無い!」と言っていて、周りの同世代の人達が驚いていたけれど、よくよく考えて見たら、私も高校の卒業式も大学の入学式も、卒業式に至ってはあった事すら知らなかった。
勿論、Münchenの音楽大学にはそういったものはないしね??やっても、誰も来ないと思うよ??
そういった意識を持つ事も無く、技術力だけで自惚れてしまって、周囲の人達の無責任な誘惑に乗ってしまってprofessionalを目指す人達と肩を並べたとしても、そういった人達は日本の中でも拾数人しか居ない超エリート達の戦場に参加したとしても、そこでは技術力はもう無関係なのだよ。
だって、出来て当たり前の世界なのだからね??
そこに参加出来る人数は、日本中の音楽を学ぶ数万人という人達の中から、極めて少数の(小学生で10人、高校生ともなると、3,4人ぐらいの)集団の中で、10年、20年と戦って行くのだから、所謂、amateurとprofessionalの考え方や意識の差、或いは生活そのものの違いを嫌というほど学び知る事となるのだよ。
そこには一般の人達の信じられないprofessionalだけの世界があり、その世界の常識は、どんなに一般の世界からは有り得ない非常識な世界であったとしても、そこの所だけは揺るぎ得ないのだ・・ということを外の世界で学ぶ事が出来るからだ。
何故ならば、生徒が私達の教室に居る限りでは、「音楽は愉しく、rivalは友達だ」としか学ばないからである。
でもそれは、私個人の考え方に過ぎないのだからね??
けして一般的な考え方ではないのだからね?
功成り名を遂げた人達だけの、特別な考え方なのでね??
コメント
石川 ちすみ
あーー、、わかります・・・
· 返信する · 37週間前
芦塚 陽二
あ~、超長い愚痴に付き合って頂きありがとうございます😁お疲れさまです!


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4月27日日本人の持つ音の感性 ·
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日本人の弦楽器奏者の弓の持ち方については、これまでも繰り返しhomepageや論文でお話しをして来ました。
私自身は演奏家ではないので、弓の持ち方が、1点支持であろうが、3点支持であろうが・・どうでも良い事だ!とは思うのですが、日本人の弦楽器奏者が弦楽器を演奏する際には、弓を3点支持で持って弦を押さえつけて音を出して演奏する人が大半(多分、98%ぐらいの比率)であるようです。
これは「音楽事始めの時代」に、導入された奏法が3点支持の奏法であった事にそのrootsがある・・と、思っているのだが、勿論、そればかりが理由ではなく、もっと日本人の感性とmatchした所に根本の理由があります。
Europaの一流の演奏家達が一様に批判している日本の独特の演歌奏法(コブシの演奏法)を、Europaのtraditionalなperiodの奏法と、日本独自の演歌のコブシの奏法と混同した事による勘違いないのです。
この事に業を煮やしたBerlinphilのconcertmasterの公開lessonで、かなり強烈に批判をされて、当時会場に来ていた3千人の聴衆に日本人の演奏の元凶である30項目にも渡るB4版数枚のcheck-listを配って、そのcheck-listに添ってlessonをしました。
その奏法の元凶の教授も公開lessonに来ていたのですが、当の張本人の先生はその批判が自分に向けられている事が全く理解出来ていないようでした。
幸せだよねぇ?
何故、BerlinphilのSchwalbé先生の批判が教授に取っては理解出来なかったか?・・・というと、それはアジア人特有の感性で、そういった演奏の方が自然で当たり前なのだから、不自然とは思わなかったのだよ。
それは今も多くの日本人の演奏家が持っている音の感性なのです。
高温多湿のアジア人の特性としては、音を飛ばすには、残響(konsonanz)を活かすよりも、音を絞り込んで、鋭い音を出す方が効果的なのだよ。
だから日本人の演奏するViolinの音はViolinの名器である必要はありません。
絞り込んで出す音に共鳴のkonsonanzは必要ないからです。
だから、テレビで1万円のViolinとウン億万円のStradivariの音を比較しても誰も認識出来ないのです。
つまり、日本人の弾くViolinの音を聞くと、中国の胡弓の音が聴こえて来て、celloの音を聞くとモンゴルの馬頭琴の音が聞こえてくるのだよ。
演奏している楽器が目に浮かんで来るのだよな。
ああ、Violinの名器を胡弓として演奏しているよな??・・って・・・サ??
日本人の演奏家の場合でも、折角、良い楽器を持っていながら、Violinが悲鳴を上げるようなキシキシとした強い切り裂くような音で演奏する人達が多いのですが、そういった音を、遠音の聴く良い音だと思っているようなので、それでは1万円のpressで作られたViolinと、ウン億円の名器との違いを弾き分ける事が出来る分けは無いのですよ。
Violinの事ばかりけなしてきましたが、Pianoでも日本人の場合には、力で押さえつけた音や、ピアノのペダルを踏みっぱなしにして、音が濁って元の音が分からなくなったとしても、あまり気にはならないようなのだけど、それは、日本人の左脳的な特性で、雑音(noise)を情緒的な音として捉えているからなのだよ。
Europa人に取っては木の葉ズレの音は雑音にしか聞こえないのだけど、和音の中に入って来るnoiseは絶対に許せないのがEuropa人の感覚です。
しかし、日本人に取っては、pedalで濁ってしまった和音の響きも日本人のpianistには心地よい音として感じてしまっているようです。
乾燥して石造りの宮殿での音楽はkonsonanz奏法で演奏する事が音が一番美しく響きます。
それが1点支持のbaroque時代から古典派の時代までの奏法の基本になります。
音楽の勉強は時代考証が必要なのですが、日本人の演奏家の場合には、演奏技術には一生懸命努力をするのですが、演奏のinterpretationには、拒否反応を示します。
それが日本人が古典派の音楽を馬鹿にして、今、マスコミで人気の悲劇的なpianistとして祭り上げられている女流pianistの、古典派の勉強が終わってchopinを渡された時に、「やっと、無駄な意味のない無味乾燥な練習から開放される」という言葉に代表されるように、本当の本物の音楽を勉強した事のない無知蒙昧な意見なのですがね。
勿論、Franz Lisztはおろか、Frédéric François ChopinやSergei Vasil'evich RachmaninovやMaurice Ravel、Stravinsky等の現代作曲家に至るまで、古典の勉強をとても大切にしてbaroqueや古典の延長上に自分の音楽を作りあげているのです。古典のsonatineやbaroqueのconcertoが理解出来ないで、ロマン派の曲や近現代の作品を演奏する事は出来ないハズです。
それが理解出来ない内は、pianistを名乗って欲しくはないのだけど、まあ、それがマスコミの作り上げた一般論の話なのでしかたがないのだよね??
それはそれ・・で、そんな世界もあっても良いでしょう??
勿論、弦楽器の奏者も同じなのだけど、あっちこっちで繰り返し述べているので、ここまで来ると愚痴になってしまうので、かったるいので、もう省略しましょう??




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4月27日『もう帰れぬならば 帰れる場所を探そう』 ·
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つい先日、・・・というか3日前の4月の23日の夜の事なのですが、花園教室のオーナーから突然、電話があって、「老朽化のために急遽、家を取り壊す事になったので、退去して欲しい!」という要請がありました。
そういう事を言われても、今は、『コロナ自粛要請』のせいで、特に他県ナンバーの車では、千葉に行って、教室として使用可能な物件を探す事は、私達には出来ません。
また、少子高齢化のせいで、千葉の教室の生徒数も極端に減って来たので、花園地区に2つの教室を持つ事自体も、経済的に無理な気がします。
花園教室の周辺で教室のお引っ越しが出来る部屋を探さなかったとしても、当面は、京成検見川の検見川教室でのlessonの対応が可能なので、生徒さん達には、当面、差し迫っての問題は何もありません。
当面の問題は、lesson時間の調整だけの問題なので、教室としては、然程の問題はありません。
但し、教室としては、結構被害は甚大で、花園教室のgrand-Pianoや楽譜等、或いは、合宿やお泊りのための結構膨大な数々の備品を、移動させる・・という問題は残っているのですが、倉庫としてそれだけのspaceのある部屋を借りるのは現実的ではありません。
・・とは言っても、grandpianoやuprightpiano等や、その他の備品を一度処分した場合には、教室としては経済的には、何のメリットもないので、何処か、人口が増えている場所を選んで、音楽教室として部屋を借りる事がbestの選択なのだと思いますが、音楽教室として部屋を借りる・・となると、grandpianoを置くためのspaceや近所に対しての音の問題等々、色々と、条件が酷しくなってしまうので、時間にゆとりを持って、早め早めに対応しなければなりません。
今現在では、コロナのための外出規制のため、私達が実際に何処かに行って、物件を探す事も出来ず、悶々と、漫然と、徒に日を過ごしています。
少子高齢化が叫ばれるようになってからは、随分と年月が経ちますが、花園小学校で11classあった教室が、2つぐらいの教室に激減しても、教室としては、当初の間は「私達の教室は少子化とは無関係」と高を括っていたのですが、流石に、この2,3年は教室にとっても、生徒数が激減する等の多大の影響が出てしまい、教室のlesson代の収入が、家賃代だけになるというような、最悪の経営状態になってまいりました。
近場の音楽教室も大手の教室を含めて、撤退を余儀なくして来たようです。
江古田の教室や、この花園の教室にしても、40年来から長年部屋を借り続けているので、大家さん達の好意で、家賃をそのままにして貸して貰っていたので、少子化で生徒数が激減したにもかかわらず教室を存続し続ける事が出来ました。
しかも、芦塚音楽研究所のmainの教室であった、江古田の教室もownerのおじいさんが亡くなってしまい、奥さんも高齢になったので、2017年の3月に、「不動産屋に売り渡した!」という事後承諾の突然の電話が、大家さんからではなく、不動産屋からの間接的な連絡でした。
勿論、家の解体のお話なので、私のみならず、他の部屋の数名の住人達も驚いていたのですが、これが「賃貸の悲しさ」・・ですかね~ぇ??
あれだけ、親しくしていたのですが、人間、歳を取ると、色々と変わってしまって、自分の事しか考えなくなってしまうのですかね~ぇ??
もっとも、私が教室を開いて、そこの教室を賃貸にこだわるのは、ある町が開発されて、子供達が生活をしているのは、20年弱に過ぎないからなのです。
どんな美しい若々しい町に住んだとしても、20年後には町全体が老齢化して、子供達の姿は一人も見えなくなってしまうからなのです。
そして新しい町の開発は、次の場所に「お引越し」をして行くのです。
だから、次の町にお引越しがし易いように、賃貸の物件が望ましいのです。
つまり、経営のためには教室の拡大と縮小は必須だからなのです。
自分の持ち家の場合には、子供が少なくなったからといっても、おいそれとはお引越しは出来ませんしね~??
江古田の教室は、芦塚音楽研究所の本部という事で、江古田のマンションの2階の全部の3部屋をを借りていました。
本来ならば、江古田教室の備品や荷物は、椎名町教室に移動すべきなのですが、椎名町教室だけで江古田教室の3部屋分の荷物や備品は運び入れる事が出来ず、スペースと経済的な理由でユーカリが丘に部屋を借り入れて、ユーカリが丘教室に多くの荷物を移動して、必要最小限の荷物だけを椎名町教室に置く事にしました。
椎名町の部屋はとても狭いので、入り切れない備品や荷物の大半は、ユーカリが丘教室に移動する事になったので、ユーカリが丘の契約金と椎名町教室の契約金と、都合、二箇所のお引越しの移動の料金だけで、なんだ、かんだと1千万近くのお金が無くなってしまいました。
引っ越しのためには、grandpianoや大型の荷物の移動で、大金が出てしまいます。
それに加えて、教室のお引越しには、楽器とかの荷物を移動する期間は、お引越し元の教室とお引越し先の教室をDoubleで借りておかなければなりません。
このDoubleで払う部屋代も馬鹿にはならないのですよ。
そういうのも取り纏めると更に100万、200万、近い出費になってしまいます。
そのお引越しの間に、長年の苦役に堪えて来たニャンコ号が、とうとう寿命を迎えたので、教室に貸与する形で3台目のニャンコ号を購入しました。
車だけでも350万にプラスの経費の出費になります。
なんだかんだで、totalとしては、幾らの出費になったのだろうか??
考えるだけでも、恐ろしい天文学的な桁になってしまいましたよネ??
まあ、個人の家のお引越しとは違うのだから、当たり前の話なのですがね??
東京の教室を全面閉鎖して、本部を千葉の何処かの教室に持って行くというお話もあったようなのですが、教室の経営が私の本来の仕事ではないので、そのお話は即、却下しました。
本部が地方に行く事は音楽教室としての経営だけのお話になってしまうからです。
東京に教室を構えていると、私が毎週lessonをする事も可能性としては有り得ます。
勿論、体力の問題は残っていたとしても、代講も可能だからです。
しかし、東京でのlessonをするためには、江古田からbikeで移動出来る距離という「距離の限界」と、grandpianoを置くspaceのある部屋という条件で部屋を探したのですが、業者の人達に頑張って探して貰ったのですが、江古田からの4㌔圏内では全く見つかりませんでした。
しかも、更に、grandpianoを置くspaceがあって、先生達が居住する事が可能な広い大型の物件は、その条件を満たす物件を全く見つける事が出来ず、とうとう時間切れになって、lesson可の物件の中から、部屋のspaceが一番大きな椎名町の物件を取り敢えず借りる事にして、江古田の荷物やgrandpianoはユーカリが丘教室に移動する事になりました。
つまり、超、Shockな事に江古田というか、東京の教室ではgrandpianoで指導出来る教室が無くなってしまったのですよ。
まあ、前回のお引越しで、私が若い頃に稼いだお金も、そろそろ限界になってしまいました。
お引越し後には、この2年間近くも給料を貰っていないので、毎月の生活費も自腹なのですよ。
・・という事で、その僅か3年後に再び花園教室のお引っ越しと言う事では、流石に私にとっても、金銭的にも、体力的にも、もうそれだけの余力はありません。
「倒産したのだけど、競売も出来ないので・・」と、悩んでいる社長さんのお話は本当に良く聞きますよね??
それに、私も後6年もすれば、80歳代の大代になってしまいます。私が手助けをしたとしても、後どこまで教室が存続出来るかは定かではないのですよね。
私がこの教室を作った当初の「夢」は、私のmethodeを先生達が引き継いで、私の弟子、そのまた弟子の弟子と教室とmethodeを繋いで行って欲しかったのですよ。
そのためには、教室をビルにして・・、petit-Hallを作って、日本では教育されていない本当のEuropaの音楽のtraditionalに根ざしている音楽大学にも引けを取らない音楽のConservatoireを作りたかったのですがね??
音楽で演奏をする事は、若い音楽家達の憧れであり、「夢」でもあります。
しかし、その音楽が正しく演奏されているのか・・という研究をする事は洋の東西を問わず、地味な活動になってしまいます。
Europaの音楽を正しく理解するためには、その音楽のrootsを知る必要があります。
periodの研究は、Europaの音楽家達に取っては当たり前・・というか知っていて当たり前の周知の事実なのですよ。
日本人が歌舞伎を見て、そのrootsを知るように、演劇の根本は世界共通のstandardがあるのです。
日本人の音楽家達もそういった本当の基礎の上に音楽の演奏技術を学んで欲しいのですが、演奏家という職業は派手でカッコ良いので、上手くなると基本の勉強よりもカッコ良さに逃げ出してしまうようで、なかなか音楽を地道に研究する事をよしとする弟子は育ちません。
歯医者にしても、「余命幾ばくもないのに、大変な思いをしてまで、治療しても、」・・・と悩んでしまいますが、完全治癒を目指して一生懸命治療をされている歯医者さんを目の当たりにしているので、私としても、断りづらいのですよねぇ?
癌の再発にしても、「放っておいたとしても、たいして余命は変わらないのでは?」と思ってしまうのですがねえ?
やはり、『浜までは 海女も蓑着る 時雨かな 』~滝瓢水 
・・なのですかね~ぇ??




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4月28日昔ながらの超酸っぱい梅干 ·
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近頃は、慢性的な欝と神経性胃炎に困っているのだけど、胃が腫れてキリキリと痛むので、病院の処方薬を飲む事にしました。
コロナが怖いので、病院には行かない事にした。
掛かり付けの病院は、今は37名が発症して、そのうち2名が死亡したらしいので・・
ちょうど診察の予約の日が、院内感染の日だったのですが、なんとなく予感がしたので、電話で診察をcancelして貰って、お薬の処方箋だけを受け取りに、先生にチャリで行って貰いました。
私のような高齢者で・・、糖尿で・・、etc.etc.では、一発で感染してしまうからね?
それにしても、胃炎の方は、お茶を飲むのもチョッと辛いので、お久し振りに梅湯を作りました。
(作った・・と言っても、梅干しを入れてお湯をぶっ掛けるだけなのでね)
今日は胃が痛いので、椎名町には行かないでハイツに引き籠って安静にしている事にしました。
petit断食は、胃には優しくて体にもとても良いのだけど、そうすると、本当に一日、誰一人とも会わなくなってしまうので、精神的に問題が出て来るので・・ネ??
この梅干は、昔ながらの超酸っぱい梅干で、すぐ近くの市場の中のお味噌屋さんに売っていたのですが、市場が無くなってしまったので、お味噌屋さんも無くなってしまいました。
・・という事で、あるだけの、数少ない残りの梅干です。
これに変わる昔ながらの超酸っぱい梅干しを探しているのですが、なかなか難しいのですよ。

小さな樽で、昔ながらの梅干を買ったのですが、食べる前に2日掛りで塩抜きをしなければならないので、一手間です。
それに、一旦塩抜きをしてしまうと、日持ちがしないので、直ぐに食べきらないといけません。
それも、チョッと問題です。
心臓と、血圧と糖尿病と肥満の関係で極力塩分を控えないといけないので、この超酸っぱい梅干は貴重な梅干しなのです。
コメント
風戸 星那
超すっぱい梅干し、私も大好きです‼️ご自愛くださいね😊



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4月28日コロナと病院の予約と激しい雨 ·
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今日は4月28日の火曜日、本来ならば、川崎の膀胱癌の検診日です。
こちらも、ひかりヶ丘同様に、コロナが怖いので、6月迄、検査を伸ばしたので、今日の予定は全てcancelです。
連日の欝で、摂眠障害が続いているのですが、昨晩は、1回、2回と、短いspanで入眠が出来て、3回目には、やっとこさっとこ、なんとか、良質の睡眠が摂れたのだけど、強烈な雷の音で目が覚めてしまいました。
外は激しい雨が降っているようですが、just-timingでverandaの排水溝の詰りを掃除して貰っていたので、昨日や今日の大雨は上手に排水されているようで、verandaが洪水になる事も無く、とても助かりました。
否、助かった!助かった!!


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4月28日『今日は鬱です。』 ·
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『欝』にどっぷりと浸って、『欝』の中で、『欝』への対応を考えていたら、すっかりと『欝』になってしまった。
少しの間だけでも、気分転換をして『欝』から抜け出したいのだけど、さて何をすると良いのかな??
椎名町教室の玄関の前のジャスミンです。
門を開けると、華美な匂いに満たされています。
江古田のハイツから椎名町までのbike道がジャスミンの香りで、満たされます。
深夜になるの、その香りに木の精の匂いが加わって、心を惑わします。

おう、季節は確実に移って逝くのですよね~ぇ??


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4月29日5勺の一口ぐい呑 ·
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朝は5時起きで仕事をしているのだが、鬱が全く治らないので、「朝っぱらからなのだが、飲む!」とmailしたら、「とても良い天気なのでベランダで飲んだら?」と言われて、その気になって準備してみたのだが、陽射しは良いのだが、やっぱり、ちょっと寒い❗

なんだかんだで、雑用を片付けながらウダウダしていたら、お昼になっていたので、慌てて日本酒の熱燗を飲んだ。

さかずきは勿論、いつもの、コンビニで買ったひとくちグラスのminiの100㎖の使い回しだ。
レンジでチンするには、このminiのsizeがちょうど良いのだよな??
(本来の蕎麦猪口は1合のsizeで、200㎖から180㎖のsizeが一般的なので、蕎麦猪口ぐい呑の大きさは、ちょうど、その半分の5勺の95㎖から90㎖の量になります。)

という事で、いろいろと売っているぐい呑の大きさでは少し小さ目だし、蕎麦猪口をそのまま使うには、とても大き過ぎるので、江戸時代の蕎麦猪口ぐい呑のreplica(本物は超高いので・・)を、netの通販で探しているのだが、『蕎麦猪口』も『ぐい呑』も良さげなものは、結構net通販でも、いっぱいhitするのだが、『蕎麦猪口ぐい呑』というgenreでは、全くhitしないし、お店の人達も知らないのだよ。
骨董市にでも行って、探して来ないとな??


私が持っているお猪口やぐい呑は、蕎麦猪口ぐい飲みとちょうど同じようなsizeのぐい飲みが、取り敢えずは、二個見つかったのだが、ちょうど5勺と思われる私が西武で購入したぐい呑には銀粉が使われているので、レンジでお燗は出来ないよな?(試しに水を入れて、レンジに掛けて見たのだが、案の定、スパークして使い物にならない。お燗をしたお酒を入れるのならば良いのだけどね??)



という事で、もう一つの120㎖は入るであろう・・大きめのぐい呑を残してもう一つのぐい呑は元の所に仕舞った。
お昼の12時を過ぎた頃から、宮崎の炭火焼(私が買う分けはないので、なんの付録に付いていたものかは忘れたが・・)と、好物の松浦漬けをおつまみに飲んでいたら、なんと、熟睡出来たぞよ!!善哉!善哉!!
(後は長崎県人らしく、カラスミのおツマミや、クチコを干したバチコがつまみには良いのだが、残念ながら、今は西武には買いには行けないので、なにも無いのだよ。椎名町にはビック築地があって、とても新鮮な魚が買えるので、時折、鮮魚を私が捌くのだけど、ナマコを作る時にコノワタも採取する。これが日本酒にはたまらんのよね??アハッ! でも、ビック築地の買い出しは朝が早いので、牧野先生が買って来てくれるのだけど、今はやはりコロナで・・ これは、一体なんの話をしているのだ??すっかりと脱線してしまったぞよ!!)
飲んで、飲んで、夕方の6時頃迄、4,5時間は完熟する事が出来たぞよ。
起きたばかりの6時台では、下の公園は未だ騒がしかったのだが、7時直前を迎えると一瞬で周りが暗くなって来て、人っ子1人居なくなってしまって、異様に静寂が訪れてしまった。
普段ではこの公園は深夜でも人声がするのだが、シ~ンと音がしなくなるのは、やはり、コロナの影響だろうかね??
温度も突然に急激に下がって来て、肌寒くなって来たのも、やはりコロナのせいだろうかね??
・・・そして、誰も居なくなった・・とかね??



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4月30日『勉強と勉強の仕方』 ·
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私が大学で学生達を指導していた頃には、学生達には、音楽の課題そのものではなく、一般的な勉強として、統計の取り方やmemoの取り方、論文の書き方等の技術をlectureしていました。
私の経験では、幾ら勉強を教えても、それを使い熟す技術(術=すべ)がなければ、「豚に真珠」で「馬の耳に念仏」にしかなりませんからね??
「豚さん、馬さんごめんなさい!!」「それは、私が言ったのではないから・・ね??」
私が大学生に対して、memoの取り方や、論文の書き方、果ては、資料の統計の取り方等のlectureをしたのは、私自身が学校で板書を書き写したとしても、先生の解説のmemoの取り方や、論文としての纏め方等を、何一つ教わった事がなく、折角勉強を学んだとしても、それが実際に社会人になった時に、何一つ役に立たなかった・・と実感したからなのです。
実社会では、memoを取る事が非常に多いので、memoを取る事をその一つの例として述べるとすれば・・・学校でも一般の日常生活の中でも、memoを取る・・という事は、非常に多いと思えるのですが、memoを取る方法を学んだ事は、学校でも社会でも、一度もありませんでした。
こんにちでは、パソコンのアプリで多種多様なmemo帳を見る事が出来るのですが、「それを如何に使いこなすか?」・・という事は、また別の問題なのですよね。
私の時代はパソコンはおろか、携帯すら・・否、電話ですら、未だ一般的ではなかった時代なのですから、memoの取り方のhow-toは、無かったのかも知れません。
そう、私の高校生、大学生の時代は、全くのanalogの時代だったのですからね??
小、中、高校を通じて、私が授業について行けなかった大きな理由の一つには、・・学校の授業には『板書』というものがあって、先生が黒板に書きながら、その内容を説明していたのですが、私は字を書くのがとても遅い上に、字を書く事がとても苦手で、先生が板書する文字を書く事だけで精一杯で、先生の説明を聴く所まではとても至りませんでした。
小学生当時のノートを見ても、何が書いてあるのか分からないような金釘流のノートです。
・・という事で私が中学生・高校生になった時には、『板書をノートに書き写す』という事は止めてしまいました。
「どうせ、ノートを見ないのだから、書いても無駄だ!」・・と思ったからです。それは今でも正しかった・・と思っています。ノートを買わなくても良かったので、経済的にも助かったのでね??
誰か、今でも小、中学生の時のノートを社会生活に活かしている人はいるのかな??
そういった私の学生時代の苦い経験から、私が大学で学生達を指導する立場になってからは、私は授業時間のintervalの時に、次のclassの委員長を呼んで、私の説明文を板書させて、私が教室に入る時迄には、板書を学生全員が写し終わるようにさせました。
生徒達は私の説明に集中出来る分けなので、授業はすこぶる上手く行きました。
しかし、授業の間の大学生達の楽しい語らいが出来ないので、結構評判は悪かったのですが、私の汚い字を見るよりはましだった・・と思いますよ。
私自身は、30歳を過ぎる頃迄は、記憶には結構自信があったので、memoを取る必要は全くなかったのですが、
流石に、33歳を過ぎた辺りからは、物忘れをする事が始まったので、memoを取るようになったのですが、それまでの生活の慣習の中で、memoを取る・・という習性が無かったので、折角memoを書いても、そのmemoを見るという習慣が身に付いていなくて、折角書いたmemoが活かされなくって困ってしまいました。
歳を取った今では、椎名町に移動する時に必ず身に付けて持ち歩かなければならない免許証、お金、携帯の三つを忘れないように玄関のdoorに忘備録としてmagnet-sheetにプリントして貼っているのですが、それすら見る事を忘れてbikeに乗って走っている時に気が付いてしまいます。(勿論、取りに帰る事はありませんがね??)
日本の教育制度の根本的な欠陥は、拘束時間と成績が優先されて、生徒達がその課題をどれくらい理解が出来ているのか??という事は、二の次、三の次にされてしまう・・という事なのです。
生徒達が勉強の内容を全く理解出来ていなかった!!としても、テストの成績さえ優秀ならば『勉強が出来た』・・とされてしまいます。
それ以上に、授業について来ていても、授業に全くついてこれなかった!!としても、年度が終わると普通に進級が出来て、次の年次のstageに行く・・という事は、外国の教育制度では考えられない・・恐ろしい事です。
「なんのための学習なのだろうか??」私には理解不能です。
学校には「宿題」という不可思議な事があって、「家庭に戻って宿題をする」という事を先生達から義務付けられています。
私の場合には、学校の宿題は学校で済ませるのを持って良しとするのですが、学校で宿題をやっているのが見つかると、子供達は大変怒られてしまって、追加で宿題を出すのが今の一般的な学校教育なのだそうです。
この「宿題」というのは、私達が小学生だった時代で、塾のようなものが全くなく、家に戻ったら空き地で子供達同士が集まって遊んでいた頃に、何とか家でも勉強の習慣を付けさせようという文部省の考え方なのです。
しかし、受験ブームで、塾の乱立で、子供達は「宿題」をやらなくても、遊ぶ事すら出来ない歪な社会制度に苦しんでいるのですよ。
それなのに、なんで今更「宿題」なのか、甚だ時代遅れな感は否めません。
「宿題は家でやるから宿題」などと今時宣ふ先生は時代に取り残された、役に立たない骨董品のようなものです。
椅子と机がなければ勉強しては行けないというのは、何時の時代の話だよ??まさか未だに2千年前の儒教の精神・・とか言うのではないだろうよな??
勉強は威儀を正して、正座をして先人に礼を込めて学習するように・・というのは、コンサートの礼装では異論はないのだけど、それじゃあ、ライブには行けないよな~あ??
私に言わせて貰えば、勉強なんて、電車の中とか、寝っ転がって、とか、出来る所でドンドン済ませておくのが勉強のやり方じゃないのかな??
歴代の作曲家達は作曲をする場所はお散歩だったのだよ??
エジソン達発明家もそうだったようだしね??
儒教の張本人の孔子や老子もそうだったようだしね??
私が音楽を指導する時には、基本的には「暗譜は楽器を用いず、toiletteの中でするように」と指導しているよ!!
「なんで、toiletteなの??」だって・・・??
だって、「音入れ」だもんね??アハッ!
勿論、諸外国では当然なのですが、戦前の日本の教育社会でも、普通に飛び級があって、小学生でも優れた能力を示す子供は、大学の授業を受ける事が出来ました。
勿論、今でも世界水準のglobalな社会では、飛び級は当たり前なのですが、日本の教育では、飛び級を復活させるのは容易ではないようですよね。
変な意味での平等論が一般化されていて、全ての生徒達が平等に・・という意味を履き違えているのですよ。
私が小学生の時には、1時間という時間内に絵やtestを終わらせる事は出来ませんでした。
だから、小学生の時の図画工作の成績はとても悪かったのですよ。
だって、絵の書き方も教わらないで、写生の授業等もあったものではないですからね~ぇ??
まあ、学校教育の悪口を言い出すと切りがないけれどね・・・??
こういった、年功序列型の教育制度は、日本の終身雇用制度や、封建的な日本の社会にはよくmatchしたのかも知れませんが、今現代のglobalstandardな社会では、世界基準としてnorma制が基本なので、日本の教育制度はもう化石化していて実用的ではありません。
今の子供達が大人になる頃には、私と同様に、「小学校や中学校、高校で学んだ事は全く役に立たない!!」と嘆いていると思いますよ!!
Igo! Igo!(哀号!哀号!)





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4月30日ドルポンのお話 ·
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今日は4月の30日の木曜日で、とうとう4月も最後の日になってしまいました。
今は朝の6時をちょっと回った所で、今日もとても良い天気です。(もう、洗濯物はなかったのかな?)
昨日は鬱が酷かったので、お昼から日本酒を飲んで、逆に熟睡が出来たので、お久し振りにフルコースのドルプリっ歩をして、それから夜食を食べたのですが、食べ終わった途端に、ドルが「ごはん、食べ終わったから、帰るのでしょう?」と、睨んで催促をしていました!
本当はドルポンというドルのオモチャを投げて遊ぶのを斉藤先生とやりたいのですが、ドルのroutineとしては、私を玄関で見送った後で、ドルポンの遊びが始まるので、まず私が玄関を出て、「お見送りが終わらないと、遊べない」と、思っているからなのです。
「分かったよ❗」と、追い立てられるままに、椎名町を後にして、cinderella-timeの0時半にはハイツに戻って来て、椅子に座って後片付けをする間もなく、すぐに意識混濁になって来たので、ベッドに潜り込んだのですが、なんと、即、熟睡出来たのですよ❗

・・・という事で、「今は朝の6時半です」と、続きます。
コメント
萩元 美紀
ドルが戯れて遊ぶすがが浮かびます🐶
今日から23度以上の日が続くようです。
脱水にお気をつけてご自愛ください。


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4月30日『終活ではないのだけど、部屋の整理を始めたのだ』 ·
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コロナのために部屋に蟄居する事を強いられた分けではなく、ただ単に独居老人なので、日常的に引き籠もりの生活をしている私としては、緊急非常事態宣言で日常の生活のrhythmが変わる事は何一つありません。
ただ、日がな1年・・365日・・一日中・・狭い部屋の中で軟禁状態のような生活をしていると、『終活』・・ではないのだけど、「せめて目の届く範囲だけでも」・・と言うか、手の届く範囲だけはスッキリと整理整頓させておきたいと思っているのですよ。
しかし、こればっかりは若い頃ならいざ知らず、歳を取ってしまった今現在では、体調の良い時に『体調勝負で』・・というよりも、「一日掛りで部屋の整理整頓の作業をする」だけの体力も気力もないので、日がな、1日、1日と体調の良い時に、出来る範囲の中で整理整頓をする他はないのですよ。
その『出来る範囲』というのが、『手の届く範囲』なのです。
コロナのおかげでというか、オケや室内楽の指導がなくなった分の時間が出来たので、折角のこの機会をフルに活かして、部屋の整理を・・という事で、今日は珍しく、朝早くから部屋の整理を始めたのですが、自分の体調の事を配慮して、ある程度の狭い範囲を決めて、その場所だけ・・という事で、作業をし始めたつもりだったのですが、作業が思うほどには捗らず、とうとうendlessの作業になって来たので、11時を過ぎた頃には、諦めて、作業の途中だったのですが、遂に斉藤先生にhelpを頼みました。
斉藤先生は今日はWebーlessonの日で忙しかったのですが、lessonとlessonの間の開き時間の2時から4時の間に、ハイツに駆け付けて、整理の作業を手伝ってくれる事になったのですのが、駆け付けてくれる予定よりも2時間も前に、私のEnergieが切れてしまって、斉藤先生に仕事の内容を説明するだけの気力も失せてしまいました。
何とか説明をしないと、作業が進まないので、応急手当という事で、Vitamin剤やらユンケルやらを立て続けに飲んで見たのだけど、その甲斐は全くなく、椅子から腰が全く上がらなくなってしまいました。
斉藤先生がやって来てからの今日の整理整頓の作業の説明をするのに、椅子から起き出して、その場所に行くのも、ちょっと辛くて一苦労だったのだよ。
4時過ぎになって、斉藤先生がWebーlessonのために椎名町の教室に戻ってからは、暫し、1人部屋の中で、椅子に座ったままの状態で、茫然と自失をして・・しまったのですよ。
しばらく椅子で休んでいたら、少し気力が戻って来たので、雑炊を食べて体調の回復をはかったのだけど、食事をしても、やはり体調の回復迄はとても無理だったので、諦めてbedに入って仮眠を取っりました。
という事で仮眠を始めた5時から、突然、時間が飛んで、今は夕方の6時半です。
改めて部屋を見ると、今回は結構、短時間の作業に過ぎなかったのですが、部屋はなかなかすっきりとしていました。
但し、あちらこちらにやりっぱなしの作業の残骸が残っているのだけど、今、その後始末に手を付けたら、体がそのまま固まってしまって動かなくなりそうなので、今日はこのまま放っておく事にします。
今日は、ちょっと無理をしたのかな?
あまりにも疲れが酷かったので、30分程、起きていたのだけど、またまた、再度仮眠をする事にしました。
今度は8時過ぎに目が覚めました。
なんとか椎名町に行ってドルプリっ歩が出来るまでには、体調が戻って来たので、9時の直前に、急いで椎名町にbikeで移動して、1時間のドルプリっ歩と30分の食事だけのroutineを済ませて帰って来ました。
椎名町での食事をしている最中に、意識が混濁して来たので、急いでハイツに戻ったのですが、なんとかcinderella-timeの前の11時半にはハイツに辿り着きました。
9時から11時半迄のrotationでした。
ハイツでは帰って来た後片付けをしながら、パソコンの電源は入れないようにして、そのままbedに潜り込みました。
今日一日の反省は、午前中に体調が良いと思い込んで、過労働をしてしまったので、午後からはすっかりと体調を崩してしまった事です。
良い睡眠が取れて、気分が良くても、それは気分だけの話で、体調の回復迄は行っていなかったのですよね??
そこを勘違いしてしまいました。
アハッ!
・・・で、深夜の2時半に目が覚めました・・と続きます。endlessかな??
つまり、短い睡眠を繰り返しているので、困った事に、1日の境目(1日のケジメ)が無いのですよ。





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5月




5月1日今日から5月です ·
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な、な、な、なんと・・! 今日から『Im wunderschönen Monat Mai』です。
写真は、まだ朝の4時半のハイツからのviewです。



朝がずいぶん早くなって来ましたよね?
この文章は前のページの「深夜の2時半です」からの続きです。
深夜、2時半にtoiletteに行って、また寝て早朝の4時半から、4時半の次は6時半の、1時間半の睡眠を繰り返しているpatternです。
まあ、所謂、頻尿です。

頻尿の原因は「鼻づまり」なのです。
「鼻詰まり」と「頻尿」では関係はないように思われるかも知れませんが、実は「鼻詰まり」は最悪の場合には、睡眠時無呼吸症候群を引き起こして、そのために死に至る場合もあるのです。


そこまで至らなかったとしても、「眠り」は当然浅くなるので、目覚めやすく、体内の疲れが取れる事もありません。
良質の睡眠を取るためには、鼻の通りはとても大切なのです。
「鼻づまり」の対処も、toiletteに起きる度に、頑張って、いろいろとやってはいるのですが、その場では良くなるのですが、bedに入ると、直ぐに元に戻って詰り始めて、なかなかうまく行きません。
この鼻炎は私の中学生の頃からの持病で、点鼻薬を処方されるだけで、病院で処方された点鼻薬でも、すぐに効かなくなってしまいます。
これまでも、何度となく耳鼻科にも行ったのですが、一度も改善する事はなく、病院の薬よりも市販の点鼻薬の方がよく効くので、今は市販の点鼻薬で間に合わせています。
さて、次は何時に起きるのかな??


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5月2日今日は、29℃だそうです。 ·
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今日はなんと、yahooの天気予報では29℃だそうです。ハイツの部屋の中でも27℃もあります。(ちなみに、湿度は29%です。)
部屋という部屋の窓を全開に開けているのだけど、暑い!!
頭や体が汗ばんで来るのだよな??
熱中症を気をつけなければならないのだけど、熱中症の症状を忘れたよな??
昨日は整理整頓をしていたのだが、整理整頓後の後片付けで、やりっぱなしになっていた所を片付けしていたら、腰に来てしまったので、椅子に座って休んでいる所です。
(物を動かして、所定の位置にしまうと、その跡は歯欠け状態になります。それが整理整頓後の遣りっ放し状態という意味です。しかも、そこは何年も手付かず状態だったので、埃が綿のように積もっているのです。先ずはその綿を掃除機で取り除く所から始めなければなりません。鬱で体調不良で怠け者になっている人間に取っては、その作業をする事は大変な障壁になってしまいます。)
ほんのチョッとの1、2時間の間、動いただけで、体中、汗も出たし、それに腰にも来たので、少し仮眠を取る事にしました。マジ、『怠け者の節供働き』のようですね??
verandaの入口のdoorを全開にしているので、寝室は風通しがとても良かったので、なんと熟睡出来て夕方の4時半まで眠る事が出来ました。
吹き抜ける風がとても気持ちが良かったのですよ。
それはそうと、verandaの出入口の所を片付けるために、ベランダに一時避難させた雑多な小物類も、そのままの遣りっ放し状態なのだが、そろそろ日が暮れて来るので、頑張って何処かに片付けなければならないのだけど、それをするとなると、腰が心配だよな??
陽が陰って来たのでtimelimit・・という事なので、後片付けの一時避難の整理は、体調的にチョッと無理なので、頑張って単に玄関に移動させるだけにしました。
ただverandaから玄関に運んだだけなのだけど、やっぱり腰が痛くなって来てしまい、腰が痛くなるに連れて欝も再発して来たのだよ。
何か一つでも良い方向に向かう兆しでも見えて来れば、気分も少しは変わるとは思うのだけど・・、そのための部屋の整理整頓なのだけど、・・・如何せん、気分どころか、体調がついて来ないのだよ・・ねぇ~??
この所、欝が酷すぎて「鬱々コンサート」のprogramの曲を聴くのは辛かったので、2週間近くも聴いていなかったのだけど、久し振に部屋の片付けをしながら、BGMに「鬱々コンサート」の曲を流しながら作業をした。
鬱が少し軽くなったのではなく、鬱の方向性がチョッと変わって来たのだよ。
鬱の要因は無数にあるからね??


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5月4日鬱と腰痛とpurcellのChaconneと ·
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今は4日の早朝というか、まだ覚め遣らぬ3時半にtoiletteに起きた所です。
寒いので携帯の天気予報を見ると、現在の気温は20℃で降水確率0%になっていたのですが、外は結構しっかりと雨が降っているようで、兎に角、寒いのです。
4時頃までには17℃までは下がって来る予定なのですが、既に体感的には、それ以下の温度になっている感じがしています。
(暫し、時間が経過して、)・・・4時過ぎになってもnetの20℃の予報は変わりませんが、ますます、温度が下がって来て、寒いのですよ。
そぼ降る雨と、この寒空をおつまみにして、verandaで熱燗を飲む事を思いついて、急いで椅子と熱燗を準備をして、今は鬱に浸っている所です。
徐々に周りが明るくなって行くのに併せて雨も弱くなって行きます。
な、な、なんとも、寒い‼️

熱燗を飲み終えて、部屋に戻って、熱燗timeの後片付けを終えて、またぞろとverandaまで雨の様子を見に行くと、先ほどは小降りになって、「もう降り終わるのかな?」と思われた雨がまた少し強めになって来ていました。
部屋の中の温度は、肌寒いくらいで、布団に潜り込んで眠るにはちょうど良い気温なのですが、湿度が大変な事になって来て、シーツも畳もベタベタになって来ました。
・・・という事でverandaへの出入り口を閉めて、寝室のドアを閉じて、除湿機を回し始めた所ですが、湿気が取れる迄は、暫し、パソコンのYou Tubeで鬱々の曲を聴きながら論文の推敲をしています。

弱い所を見つけては?のendlessの作業です。
寝室の湿気が抜けた頃に改めて寝直しました。
今度は珍しく長時間11時頃まで爆睡出来ました。
とは言っても3時間ポッチの睡眠ですがね??
今度はpmの2時半ですが、部屋を全開にしているのだけど、今度は逆に、蒸し蒸しして暑い!!
yahooの天気予報に拠ると、21℃の66%なのだけど、窓に置いてある温度計では26℃の40%になっていて、暑苦しいので、部屋の温度計の方が体感的には合っているのかな??


コメント
芦塚 陽二
今日の鬱の気分は、Hennry purcellのChaconne gの気分かな?
この演奏は八千代で演奏をしたChaconne gの2ヶ月前に演奏をした12年の4月1日の発表会での演奏です。
子供達中心の演奏なので、member的には八千代のmemberとは殆どダブってはいません。
八千代はOB,OGの先輩諸氏の演奏なので、interpretationがperiod寄りの解釈での演奏なのですが、こちらの演奏は楽譜に忠実な一般的な演奏になっています。
鬱々コンサートには入れていない演奏なので、聴いてください。

Chaconne g Purcell 指揮芦塚陽二 芦塚音楽千葉教室12年4月1日 - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=1W8vtcnwkOI



芦塚 陽二
こちらの演奏は、発表会から僅か2ヶ月後の12年の6月の24日の八千代市主催での演奏です。
memberは勿論、私の門下生達なのですが、所謂、OB、OGと現役の生徒達の合同の演奏になります。

Chaconne g Hennry Purcell=Ashizuka 指揮芦塚陽二 八千代市主催12年6月24日 - YouTube

interpretationも対外出演を見越したperiod奏法に少し寄り気味の演奏です。
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芦塚 陽二
今日のFacebookは動作が不安定で、設定がおかしくなって、文章が行方不明になって、探し出すのも、また救出するのに苦労しました!
写真もupしたのに、行方不明になって、もう一度upし直しました!
なんだろうね?
Facebookは・・・いつもいつも・・??


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5月4日『音に入りて、音より出ずる』 ·
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芦塚methodeの演奏法のgenreでは、楽器の持ち方、構え方から段階的にstepupをして色々な技術を学びますが、その最終段階でのapproachは、一個の音の出し方のlectureになります。
つまり『音に入りて、音より出ずる』という事です。
音楽の究極の目標は美しい音への追求に尽きるのです。
芦塚methodeで理想とする音の出し方は、音を押さえつけて、引っ張って力で出す音ではなく、響きだけのkonsonanzだけの音で出すのです。
日本の弦楽器奏者は等しく弓を引っ張って音を出すのですが、それは東洋人の遠音の利く音楽が弦に対しての力で出す音という音の感覚なのです。
この音の感覚は東洋の音楽に対しては有効なのです。つまり、胡弓や馬頭琴のような平原や木の家に住む人達には正しい感覚なのです。
しかし、事西洋音楽の対してならば、決して正しい音の出し方ではありません。
誤った弦楽器の音の出し方は、東洋人特有の音の感性なので、私達が学んでいる音楽はEuropaの音楽なのです。東洋人のMozartもあるのかも知れませんが、その前に基本的なEuropaのtraditionalな音楽を素直に学ぶべきだ・・と思います。それが私の音楽の勉強のやり方なのです。
先生にそう習ったから・・というのではなく、あくまでも、歴史や伝統に従った音楽のrootsを学ぶ事で本当の音楽の姿を学びます。
そういう学び方をすると、例えClementiのsonatineであっても、素晴らしい曲に早変わりをします。
MozartやHaydn等の古典派の作品から、初めてChopinの曲を先生に貰った時に、「やっと無味乾燥な学習音楽から解放される」と言ったエセpianistとは真逆の主義主張になります。
BrahmsやRavel等の作曲家や、Sait-SaёnsやStravinskyのような作曲家でも、baroqueや古典の勉強を疎かにする事を決して許しません。
Ravelも自分の指導する生徒達が、自分のQuartettを勉強してもBeethovenのQuartettを勉強しない・・と言って、烈火の如く怒り捲っています。
Genzmer先生も、「HaydnからBrahmsのSymphonieの作品まで、小節を言うとそこから弾く事が出来る」と自慢していましたよ。
Pianoの先生に、「あなたが子供達にBeyer教則本を指導するのならば、Beyer教則本の全部の曲を暗譜しなさい!」と言ったら、「106曲の曲を覚えるのは不可能だ!」と返して来たので、「Beyer教則本106曲の音符の数よりも、ChopinのBallade1曲の音符の数の方が多いのだよ!」と言ったら絶句していました。
似非pianistと同じで、Beyerは馬鹿にして覚えようとはしないのですよ。勿論、HaydnやClementiの曲を演奏する事もありませんしね??
『日本人の持つ音への感性の問題』という事で、教室で幾らEuropa人の持つ正しい音の感性を指導しても、その曲の発表が終わって、次の曲を学び始める時には、東洋人の元の木阿弥で、日本人独自の音に対するimageに戻ってしまいます。
音を引っ張って強く押して出すとか、後押しの音で弾くとか、それこそ、日本人独特の音の出し方には限界がありません。
私がSchwalbé教授でなくても、呆れ返ってしまいます。
つまり、私が生徒達に、音の出し方を指導するという事は、その生徒が日本人であるという国民性(民族性)との戦いになってしまい、ひたすら・・忍耐と不毛のendlessの指導になるのです。


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5月7日ヒョッとして、今日は満月❓❓ ·
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ドルプリっ歩中のフラワー公園からの満月です。手持ちで携帯での写真ですが、結構真っ暗な中での撮影です。一昔前だったら、考えられないデジカメが必要無いぐらいの絵ですね?


先ほどと同じ位置からの撮影なのですが、angleを広めに取って、公園周りの雰囲気も一緒に撮影して見ました。
私の後ろ側が広場なのですが、集団でボールを蹴る若者達やお喋りに興じる女の子達で公園はこの時間でも結構、ごった返していました。連休が明けたので、小池都知事曰くの「気の緩み」でしょうか、それとも自粛に耐えられなくなったのかね~ぇ??


「今日はひょっとして満月なのかな?」と気づいたハイツのbike置き場の前からの撮影です。なかなか雲が取れなくて、満月の状態が分からない写真です。


これはデジカメで満月を撮影したものです。いつも、光が強すぎて満月が取れないので、超、寒いので、部屋の中でマニュアルにして、露出をを思いっきり絞って部屋の明かりがハレーションしないようにしてから、デジカメをベランダに持って行って撮影しました。手持ちのズームなのですが、もっとupは出来るのですが、そうすると兎さんの杵だけぐらいになってしまうので、これぐらいの大きさが良いのでは??と思いました。それでもなかなかお月さまが捕まえられなくって、半分しか写っていなかったり、暗闇だけだったりと、試行錯誤を繰り返してしまいました。勿論、3脚を出せば良いだけなのですが、それが超面倒くさかったので・・??



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5月8日師曰く ·
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師、曰わく・・・
心を知る事無く、美を語る事なかれ
技術とは心を表現するために存在する。
芸術を知名度と貨幣価値に換算する事なかれ
表現は人を学ぶ事と知れ
コロナ日の 茶匙の上の命かな 塩梅、塩梅・・

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5月8日デジカメのzoomのtest ·
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古い昔から使っているデジカメのzoomのtestをして見た。
赤で囲んだ部分のzoomなのですが、肉眼では、ぼんやりと背景に溶け込んでしまっていて、ほとんど見えません。


デジカメはデジカメで、やっぱり携帯とは違っていて、なんか、凄いです!!
流石に、ここまでのズームは携帯では無理だよな~ぁ??

コメント
千野 由実
あ、ズームって、倍率を上げる方のズームですね!
勘違いして読んで、、可笑しかったです笑
· 返信する · 35週間前
芦塚 陽二
テレビ電話の事ですか??



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5月8日twilight ·
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東のそらはもうすっかりと夜なのに、西のそらは残光が残っています。
今日は茜色の夕映えは無しで、いきなりトワイライトの深いブルーのそらです。
見るからに寒いのですが、温度は20℃を越えています。




しかし、湿度が極端に少ないので、マジに寒いのです。


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5月10日『部屋の乱れは心の乱れ』 ·
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体調不良が続いていて、それでも部屋を最低限は後片付けはしていたつもりなのだが、ふと気が付くとちゃんと後片付けされているハズの部屋がなんとも汚い!
正に「部屋の乱れは、心の乱れ」のままである。
体調不良や鬱々の身心の乱れが部屋の中に溢れかえっている。
鬱々の原因は体調不良によるものと、外的要因によるものがあるのだが、生来の怠け者である私に取っては、外的要因の欝は、どんなに鬱であったとしても、続かないのだよ。
という事で、部屋が汚部屋になる原因は体調不良に尽きるのだよ。
それでも、掃除をする気力、体力が無かったとしても、無駄な物が部屋に出たままに、置いたままになっているのを、片付ける事ぐらいは出来るだろうハズなのだが、その気力が無い!
気力が無いので、汚部屋になるから、それで欝になるのだ・・と言う事で、その負の連鎖を何処かで断ち切らないと、欝が酷くなるだけだよな??・・と、思い直して、routineの朝起きた時の作業をしながら、そのついでに、『出っ放しのsomethingを仕舞う』という事を始めた。
なんで『something』なのか??というと、散らかっているだけが殆どなので、整理整頓の必要さえない、捨てれば良いだけの意味の無い物ばかりなのだから・・だ!!
整理整頓ならば、次の使い出を考えて、何処にどの様に整理整頓をすれば良いのか??という事を思い悩まないといけないのだけど、意味の無い物ならば、所詮は、悩む必要も無いからなのだよ。
日常の作業のついでならば、その一手間の精神的な負担や体力的な負担にはならない・・と思われるからだ。
つまり、「行く先々の、手の届く範囲の中で、なにかの作業のついでに・・」・・という事なので、やらないよりはマシ・・という程度の事なのだが・・
とは言っても、鬱々が酷い時には、その一手間が辛いのだよな??
「という事で、堂々巡りは、次の文章に続きます。」



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5月10日『今日も未だ5月10日の夜の8時直前の話です。』 ·
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今日の午前中は目が覚めてからは、手の届く範囲の整理整頓をしたのだけど、それでもお昼近くになったら、体力が無くなってしまって、欝が再発して、少しメゲてしまった。
欝と体調不良になる理由は、深夜の睡眠時間のせいで、圧倒的に睡眠時間が足りないのだけど、折角眠っても、直ぐに起きてしまうのだから、睡眠時間が足りなくなってしまう事は病気が原因なのだから、仕方が無いのだよ。
目が覚めたばかりは、それでも未だ元気なのだけど、直ぐに、体が動かなくなって来て意識混濁して来るので、bedに戻るのだけど、小一時間もすると、また目が覚めてしまうのだから・・・、なんともはや、致し方ない。
昨晩は、折角、コロナ自粛で先生達が椎名町に居るので、8時食事、9時ドルプリっ歩の予定で、dietに少しでも貢献する予定だったのだけど、頑張っても、頑張っても、体調不良で移動の準備が出来ず、予定の8時頃迄に椎名町に移動する事は無理になってしまったので、なんとかやっと1時間遅れの9時食事になってしまった。
教室のhomepageが20年近くも、書き込んで来たので、煩雑は状態になってしまったので、それを訂正して行くよりも、新しいhomepageを作った方が早い・・という事と、殆どの主婦の人達が自分のパソコンを持っていない、という事で、スマホとTabletに対応したhomepageを斉藤先生が改たに作る事になったのだが、教室のlessonが忙しくて、企画だけの状態で何年も放置されてしまっていました。
今回、国と都からの、折角の『コロナ自粛要請』を受けて、先生達も、事務所に引き籠らざるを得ない状態なので、これ幸いと、homepagebuilderで教室の新homepageを作り始めました。
しかし、homepagebuilder上では、作成途中の新教室のHpとは別のお話なのですが、旧『芦塚音楽研究所』のhomepageが、江古田ハイツのパソコン上と、椎名町事務所のパソコンに同じ旧『芦塚音楽研究所』のhomepageが存在していて、それぞれが別のhomePageなのに、domainが同じで、sub-domainが複数存在する・・という超難解な事になってしまいました。
新homepageを作成するに当たって、旧homepageのサイトを使おうとすると、ハイツで作成している、現行のhomepageが壊れてしまうので、壊れないように旧homepageを新homepageに持って行く説明をしたのだけど、homepageのdomainの設定に関する話なので、言葉で説明するのが難しく、昨日はとうとう、癇癪を起こしてしまったので、自己反省を兼ねて、今日はお昼から、実際にパソコンを前にして、homepagebuilderを開いて、その上で、paper上で説明をする事にしました。
2時から4時迄はhomepagebuilderの作り方のlectureをしたのだけど、そこはパソコンを前にして、実際にhomepagebuilderを動かしながら・・なので、説明も捗ったよな??
時間は逆行して、その前の午前中のお話に戻るのだけど、起きて直ぐには、部屋の中の「後片付け」をしながら、いつものように平行でパソコンの作業をしていたのだけど、朝起きた後なのに食欲が全く出なくて、唯一、椎名町から持ち帰ったスイカ、二切れだけを口にするのがやっとでした。
お昼を過ぎた頃からは食欲も戻って来たので、「椎名町で皆で食べようかな?」と思ったのだけど、皆は早々と「食事は済んだ!」という事なので、私のoriginal-menuであるトロスパを糖質cutのスパゲティもどきで作って貰ったのだけど、時間通りに茹でた糖質cutのパスタは喉に詰ってしまって、大変な事になってしまいました。
茹で時間を倍の20分にして見たのだけど、やはり完全には柔らかくはならず、硬めのパリパリの素麺のようになってしまいました。



諦めてシラタキでトロロスパゲティを作って見たのだけど、糖質cutスパよりもマシだけど、とてもSpaghettiとは呼べる代物では無かったよ!!
体調不良の時には、美味しい物を食べると治る事もあるのだけど、今回は無理をして糖質cutにしたので、お腹が満足する事も無く、逆に欝が酷くなってしまったかもね??

それで2時から4時の間にhomepagebuilderの使い方やnetの考え方等を説明して、夕方の5時頃になったら、チョッと疲れて来たので、体調が心配になって、大急ぎでハイツに戻って仮眠をしました。
7時半頃には、起きて8時食事、9時ドルプリっ歩というrotationを守ろうと試みたのだけど、やっぱり、全く昨晩と同じ状態になったよな??
やはり、9時からの食事で、10時ドルプリっ歩なのですヨ❢❢
アハッ!
おまけのおまけで、昨晩同様にプリっ歩が終わると同時に雨が降り始めて、bikeでの道中は結構濡れてしまったぞよ❗
毎夜、同じパターンだよな?


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5月11日 ·
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今日は5月11日の月曜日です。
朝起きて、ベランダのドアを全開に開いたら、少し肌寒いぐらいの気温だったので、部屋という部屋の窓を開けて、空気の入れ換えをしたのですが、気温は兎も角も、湿度が80%と高くて、畳や絨毯が湿気って気持ちが悪くなってしまったので、除湿器を掛けました。
クーラーの除湿器は部屋の温度が下がってしまいますが、除湿専用器では、逆に温度が上がります。
肌寒いぐらいなので、ちょうど許容範囲内の温度に収まります。
取り敢えず、朝の仕事を終えた頃には、布団や畳も乾燥して来たので、bedに戻って睡眠を取り直しました。
次はお昼の12時半に起床しました。湿気を取った状態で寝たので、結構気分良く眠れたのだけど、腸の調子が悪いので困っていたのだけど、それもなんとかなったので、思い切ってハサミで髪の毛をバサバサと切ってしまいました。
勿論、「坊主に・・」ではなく、「普通の長さに・・」ですが・・、アハッ!
鏡を見ても見えないので、全くの感だけで・・です。
この2、3日は書きかけの論文の推敲をしているのだけど、今日・・というか、未だ昼間の2時半なのですが、なんとか、2,3の文章を脱稿しました。
結構、捗ったのかな??
平行でhomepageも弄ったりして・・ネ??
で、4時過ぎになって、またぞろ疲れと欝が酷くなって来たので、無理をしないで寝た!(とは言っても、直ぐに寝れる分けではないので、実際にbedに入ったのは6時直前ぐらいになるのだよナ??)
やはり、1時間半ぐらいの睡眠時間で、7時過ぎには目が覚めた。
頑張ってお出掛けの準備をしたら、予定通りの8時食事になるのかな?? 否サ!そうは問屋が卸すめ~ぇ??
やっぱり、昨晩と同じ8時半出発の9時食事開始で、10時のドルプリっ歩になってしまいました。
今日はニャンコと逢えたのでドルはご機嫌です。アハッ!


結構遠くから携帯で撮影したのだけど、暗いのに、綺麗に映りますよね??
文明の進歩は驚くべきものがありますよな??

12時ちょうどにハイツに戻って来たのだが、部屋の中は蒸し暑くて、いたたまれなかったので、今年初めての除湿を入れた。
勿論、除湿専用機ではなく、エアコンの除湿である。
それから、部屋の温度が、心地良くなるまでの間、暫しFacebookを弄って、1時頃には寝たハズなのだが、2時半にはtoiletーtimeで目が覚めてしまった。
bedに入る前にはtoiletteに行ったので、1時間半toilette-timeなのだよ。
直ぐにbedに戻るのが億劫になってしまったので、3時過ぎ頃までは、椎名町から戻って来て、そのまま出し放しになっている持ち帰って来た弁当類を冷蔵庫に仕舞う作業をしていたのだが、突然、椅子に座ったまま意識が朦朧として来たので、慌ててbedに戻って、寝た。
ここいらで24時間ぐらいかな??
コメント
芦塚 陽二
それはそうと、今日の日中は練馬区では、29℃もあったそうです。窓を全開にして凌いでいたのだけど、流石に体調不良になってしまったよな??

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5月12日PCR検査と縄張り争い ·
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一昨日、テレビをつけたまま仕事をしていたら、テレビで「PCR検査や抗体検査が一般の開業医や民間の検査場で出来ないのは、厚労省と文科省の縄張り争いの性だ」と言うお話をしていたのを聞いて、「もし、それが本当ならば、国難という時期に亡国の話だよな??」と驚いてしまった。まさか・・だよネ??
と思っていたら、昨日は大学病院は余力があるのに、大学病院に検査をさせないのは、厚労省と文科省の縄張りの性だ・・とまたまた話をしていた!!
ホントかね??
国民の命と縄張りを天秤に掛ける人がいるのかネ??

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5月13日明けやらぬそらの月です。 ·
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頻尿のtoilet-timeで起きたら、部屋がすっかり蒸れて暑くなっていたので、空気を入れ換えるために、ベランダに出たら、目に(美しいとは言えない、)なんでもない月が飛び込んで来ました。
まだ、夜は3時なのですがネ?
1枚目は携帯で、2枚目はデジカメでの撮影です。
更に3枚目はphotoshopで補正をしました。


ビルの少し上の方が明るくなっていて、明け方のように見えますが、実は薄雲が垂れ下がっていて、ビルの明かりが反射しているのです。本当はお月さまも雲に霞んでいるのですが、明かりが強いので、空が晴れているように見えます。


デジカメのzoomupです。結構、頑張って絞り込んだのですが、どうしてもhalationをして、キチンと写ってくれません。


halationをした画像では補正が出来なかったので、肉眼ではblack-outするぐらいに絞って撮影して、photoshopで逆に明るく画像を補正をし直しました。
頻尿で眠れなくなったので、30分程、チョッとお月さまと遊んで見ました。

コメント
栗原 盾夫
今日朝から半月きれか❗️

· 返信する · 34週間前
栗原 盾夫
昨日の夜ほんときれか❗️金星接近中です‼️ねー♪
· 返信する · 34週間前

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5月13日まるまる二日間寝込んでしまった ·
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今日は5月13日の水曜日の夜の11時を回った所で、江古田の自宅に戻って来た所です。
この3日間ぐらいは、鬱までは行かないのですが、なんとなく体調が勝れず、とうとう昨日から今日までの二日間は、まるまる一日中寝込んでしまいました。
今日も、なんとか無理をして頑張って起き出して、夕方の6時までには椎名町に行って、延び延びになっている新ホームページのlink先のpageを開くようにお手伝いをしようと思っていたのですが、6時どころか7時になっても服を着るとか、靴下を履くとかという超単純な作業さえ出来なくて、とうとういつもの時間の出発になってしまいました。
椎名町では、先に食事を済ませたのですが、食欲がなくて、いつもの小分けに量を制限したdiet食の、その半分の量も食べる事が出来ませんでした。
食事が終わってからのドルプリっ歩は、結構キツかったのですが、ここでお散歩をサボると、マジに体力が衰えてしまうので、無理をして小一時間のお散歩をトボトボと歩きました。
これまでも、鬱や体調不良はしょっちゅうあったのだけど、食欲が衰える事は、結構稀だったので、何かマジな病気ではないのかな?と、真面目にメゲています。
勿論、幾つかの病気については、心当たりがあるのだけどね?
まあ、第1番目はコロナの初期症状なのだろうが、それはとうに潜伏期を過ぎているので、問題はないので、次は腎機能不全なのだが、それにしては、一番症状の現れる手の甲の皮膚が活きているので、まだ問題ではないと思われる。低血糖症に注意するように言われているのだが、その症状を自覚するのは難しい!
後も色々と、考えられるのだが、慢性疲労の原因が多すぎて判断に苦しむ‼️



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5月15日雑用とパソコンのhomepageの作業と ·
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今日は5月の14日の木曜日です。
新homepageの作成が手間取っているので、お昼の12時には椎名町に行ってパソコン作業のお手伝いをする予定だったので、朝食を食べないままに椎名町に行きました。
お蕎麦があったので、取り敢えず、皆で蕎麦timeにして、パソコンの作業を・・と思ったら、牧野先生からのrequestで、玄関の万両がつい先日伐採したのにも関わらず、またまた鬱蒼とし始めたので、家庭菜園に陽が届くように上の方を伐採しました。
2時過ぎになって、それからやっとパソコンのhomepage作成の作業に取り掛かって、夜の8時ギリギリまで掛かって、全てのPageがlinkされている所迄は、なんとか終わらせました。
それからroutineの9時に食事をして、超、バテたのだけど、頑張って、ドルプリっ歩に出掛けました。
・・・てな、今日一日なのかな??
それだけで、今日、一日が終わってしまいました。
う~~ん?? 
まあ、良いか・・・??


1枚目の写真は、いつものトロロと辛味大根と薬味ネギの汁の蕎麦猪口三種の写真です。<br>
刻み海苔もあるのだけど、美味しい蕎麦の場合には、海苔の香りが強すぎて、折角のお蕎麦の味がしなくなるので、基本、お店の不味い蕎麦の時にしか刻み海苔は使用しません。



2枚目の写真は茂り過ぎた万両の上の方を伐採した後の写真です。<br>
斉藤先生と牧野先生で、繁り過ぎていた万両を伐採したのは良いのだけど、上の方の枝を取る事が出来ず、木の上に乗ったまま枯れて茶色になったので、みっともないので・・という話でした。2階から枝挟みや剪定鋏を利用して全部下に落として、未だ邪魔になる大きな枝も棒の先に付いたノコギリで落としてしまいました。その間2時間・・・!!



3枚目の貝の写真は、貝の味噌汁の中に入っていた貝なのですが、貝が脱皮したのか、大きな貝を小さな貝が食べようと思ったのか?・・いずれにしても、理解不能な貝の写真です! これって、普通なのかな??私は初めて見ましたけれどね??
お魚君にでも、送って説明して貰いたいのですがね??






4枚目の写真は、前回、突然「厚焼き卵を作って!」と言われた時には、道具が全く無くて、上手に焼けなくって、甚だ不本意だったのですが、牧野先生が平らなフライ返しを買って来てくれました。
ちゃんとしたフライ返しがあれば、卵を引っくり返すのはなんでもないので、ちゃんとした焼き色の厚焼き卵が出来るという例です。





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5月15日着て行く服が見当たらないと ·
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今は5月15日の金曜日の夕方の6時を回った所です。
昨日の深夜は時間のrotationが非常に上手く行って、cinderella-timeにはハイツに戻って来て、1時にはbedに入って寝る事が出来ました。
それからはいつものroutineなのですが、当然、1時間半の睡眠と、toilette-timeの後の小一時間の椅子に座っての休憩とを繰り返して、それでも、なんとか12時頃まで眠る事が出来ました。
例え、1時間半の短期睡眠でも、4,5回も繰り返すと結構それなりに、疲れは取れるものです。
私の体調のバロメーターである手の甲の皺も結構取れて、気分的には楽になったのですが、夕方の5時を過ぎた辺りから、またぞろ、段々と鬱っぽくなって来ました。
体調不良が惹き起こす鬱ではなく、心に湧いて来るわだかまりの鬱なのですが、5日ぶりの酷い鬱に襲われて、椅子に座ったままで、なす統べもなく疲れ切って、ただただ茫然自失していました。
チョッと体を動かす事も辛くなって来てしまったので、取り敢えずはbedに入って仮眠を取る事にしました。
6時頃から小一時間ぐらい寝て、7時頃には目が覚めたのだけど、8時には椎名町に行って食事をしなければならないのだけど、なかなかbedから起き出す元気が出なくて、それから更に小一時間近くもbedの中でウダウダとしてしまいました。
やっとbedから起き出して、移動のための準備を始めたのですが、8時の食事の時間を過ぎても、着て行く服が見つからないのでだらだらと、服を探しているのですよ。
『着て行く服』・・・なんて言っても、『お洒落をする』という意味ではなく、今の季節に合わせて着るための服が見つからない・・という意味なのだよ。
「一体、昨年の今頃は何を着ていたのだろうか?」
それが思い出せないのだよなぁ?
先生達に聞いても、覚えていないのだよ?
困った事だ!
今日の昼間に斉藤先生にハイツまで来て貰って、クローゼットと押入れの中を、今の季節に着れる服を探して貰ったのだが、クローゼットにはよそ行きの服しかなく、結局今の季節の普段の服は何一つ出て来なかったのだよ??
一体これまでは、普段の生活はどうしていたのだろうか?
不思議だ!
それにしても、普段私がどういう格好をしていたのか?を誰も覚えていない・・という事は、どういう事だ??
それだけ印象に薄い・・という事なのか??
それとも、もう存在していなかったりして・・・アハッ!



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5月16日糖質cut-sweet·
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糖尿病には糖質は厳禁なのですが、糖質は甘い物だけではありません。
ご飯やSpaghetti等の麺類やパンに至る迄、糖質の塊です。
これを制限するとなると食べられる物が限定的になって、非常に難しいのです!!
ご飯、麺類、パン類、お酒等々、制限するとなると、満足に食事を取る事が非常に難しい事になってしまいます。
ご飯は私専用に糖質cutご飯を炊いているし・・・ね??
それ以上に、医者に注意される事で、自己判断に苦しむ事が低血糖症なのです。
過度な糖質の摂取は、肥満や血糖値の上昇に繋がるのですが、これは緩やかなカーブを描くので、それに備えて、予め準備をする事が出来ます。
しかし、低血糖症の場合には突然、なんの前触れも無く、突然、意識を失くしてしまいます。
これは、老人の場合・・というよりも、若い人達でも、運転中の場合等には生死に関わる事になってしまいます。
でも、意識が混濁している時、それが低血糖症に起因するか否かは、自己判断が出来ません。
・・という事で、大学時代から薬とブドウ糖を渡されていたのですが、一度も使った事はありません??
(大学時代は超痩せていて、体重が55㌔しか無かったのでね・・??)
さて、人間は糖質をcutすると欝になりやすくなります。
人間の脳の栄養も、活動するEnergieも糖質によるからです。
糖質が不足するとそれなりに色々な症状が出るのですが、これは、糖のbalanceの問題ですかね??
孔子、老子の時代から言われているように、『人間、中庸で居る事』が一番難しいのですよ。
と言う事で、超、欝が酷い時には、甘いものを食べると少し元気になります。
登山の飴玉や、遭難した時のchocolateのようなものです。
「甘い物を制限しないで、糖質dietに挑戦する事は出来ないのかな?」・・と考えて、先ずは、糖質とプリン体0の日本酒を買ってきました。勿論、おツマミは刺身コンニャクとかバチコ、コノワタ色々なおツマミがあります。夏の定番は、トコロテンでしょうかネ?喉にツルツルと清涼感がありますよね?
次に考えたのは、甘味の原点である和菓子です。
和菓子は砂糖の塊なので、糖質0の羅漢果のお砂糖で、和菓子を作る事を考えました。
「そうだ!!羅漢果で羊羹を作れば良いのだ。」と、思い立って、牧野先生に言ったら、「もう買い揃えてある!」と羅漢果と寒天と小豆粉を見せてくれました。
以心伝心だよな??
写真1枚目です。
カルボナーラを作った後の白身は、淡雪羹を作れば良いのですよ。
羊羹を固める上で、気を付けなければならない事は、羅漢果の砂糖は、白糖のように粘り気がないので、寒天が固まる寸前迄、型に流し込まないようにする事です。
私は悪戯で、ワザと半分だけ分離するようにして淡雪を作る事があります。
中々キレイですよ。
オリゴ糖は糖として吸収されないので、糖尿病には良く使われるのですが、種類が多いので、使うにあたっては気を付けてください。



甜菜オリゴ糖は、乳酸菌を育てるのには、とても良いのですが、それでも甘味が強いのですが、無糖ではないので、気を付けてください。
それでも、砂糖を使うよりは、とても良いと思います。
砂糖替わりに使うのならば、別のオリゴ糖が良いでしょうね??
私の場合にはお砂糖の代わりには、羅漢果のお砂糖を使っているので、甜菜オリゴ糖はYoghurtにしか使っていません。

無調整の牛乳にオリゴ糖の餌を加えると美味しいYoghurtが出来ます。
元々の種は、適当に飲んでいるYoghurtが無くなりかけたら、牛乳とオリゴ糖を加えて、常温で保存するだけです。
夏は増殖が早いので、爆発に気を付けてください。
冷蔵庫で保存すると、増殖を止められます。
酸味が強くなったら、好みの甘さまでオリゴ糖を加えて撹拌します。


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5月17日『潜在意識と内観』 ·
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私の箴言集である『ヨージーの法則』には、『人は望むようにしかならない❗』という箴言があります。
勿論、「望めば何でも叶う」という意味ではありません。
敢えて、付け加えるならば、「潜在意識的に望むのならば」という意味なのです。
人間の行動を支配し、人を成功にも、失敗にも導くのは、潜在意識のなせる業なのです。
つまり、「潜在意識の望む夢」と、「現実の夢」が一致すれば夢を叶える事が出来るのです。
親の夢が、いつの間にか、自分の夢になって、夢を叶える人がいますが、その逆に、夢が自分のものにならなくって生涯を苦しむ可哀想な人もよく見かけます。
好きでもない・・・というよりも嫌いで仕方がないのに、その職業に依存しているという可哀想な人達です。
ましてや、一般の人達がそういう生き方をするから、それが一番安定した人生である・・・と思い込む人達が多いのは、ある意味、私にとっては驚きです。
何故ならば、一般的な生き方というのは、一番過当競争を強いられる過酷な道だからです。
人がやっている事だから安全ではなく、多くの人達がやっているのならば、そこが一番過当競争の激しい難しい場所になるのですがね?
人が集まるから安全ではなく、一番危険な場所なのですよねぇ?
東大でも、一番競争率の低い学部を選んだ友人がいました。勉強も大学生活も、楽だったそうです。
「何学部の何科?」
それは、調べて見てください。それを言ってしまっては、もとも弧もないのでね?
勉強は子供の時、学生時代だけを辛抱すれば良いだけかも知れません。しかし、それが仕事になると、自分の人生、全てになってしまうのですよ。
だから、嫌いな仕事をするために、自分を正当化する人達がいます。
それが「家族のために」という言葉です。
「俺は家族のために一生懸命に働いているのだよ!だからお前達は・・・」と、続きます。
自分が嫌な仕事をしているのは、家族のためにだそうなのだけと、でも本当は結婚する前から働いていたのではないのかな?
それに、クライアントの立場からすれば、嫌々ながらされる仕事にろくな仕事はないからね?
それならば、その仕事が大好きな人に仕事を委託したいと思うのが、普通の考え方ではないのかな?
生活のため…とはいえ、嫌いな仕事に従事する事程、哀れな人生はないと思うのだけどねぇ?
自分自身の潜在意識とマッチした人生を歩んでいる人は、とても幸せに人です。
その人達は、どんな壁にぶつかろうと、乗り越える事が出来ます。
それは、その仕事が大好きだからです。
マイナスから産み出された結果はマイナスしか産み出しませんし、プラスからはプラスの結果を産み出すからです。
ならば、心の望むままに行動すれば良いのか?
残念ながら、そうではありません。
心の望む事と潜在意識が一致する事は非常に稀なのです。
と言うか、自分自身の本当の心、所謂、潜在意識を知る事の出来る人は稀なのです。
自分の揺れ動く、流されて行く心を自分自身の心と、思い違いをしている人の方が、人々の大半を占めてしまいます。
つまり、人間の大半の人達は、一生、自分自身の心、所謂、潜在意識を知る事のないままに一生を終える人達なのでしょうかねぇ?
自分自身の心を知る事を「内観をする」と言います。
内観をする方法には、色々な方法がありますが、日本では座禅が一般的でしょうかね。
座禅でも、自分の内観に到達したと思い込んで、間違えた結果に満足をしている人を多く見受けます。
そういった人達の座禅を野弧禅と言って禅の世界では厳しく戒めています。
己を知る事に人生の全てをかけている人達でさえ殆んどの人達が、その野弧禅にすら、到達出来ないのです。
己を知る事は然程に難しい事なのです。

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5月17日今日は本当ならば千葉の発表会の日でした。 ·
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今日は5月の17日の日曜日の朝の9時です。
練馬区の天気予報では21℃の湿度86%なのですが、部屋の窓口の温度計では31℃の湿度30%です。
いずれにしても、青空が広がってとても気持ちの良い天気なので、超、思い切って、布団をベランダで干しました。
本当ならば今日は千葉の発表会の日ですよね??
自粛要請が継続中なので如何せん・・致し方ありません。



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5月17日音楽のgenreのお話 ·
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Carl Orffの有名な『Carmina Burana』の冒頭の一節の歌詞です。
O Fortuna, elut luna
statu variabilis, semper crescis
aut decrescis;vita detestabilis
nunc obdurat et tunc curat (以下、略)
私がMünchenのOpera座で初めて見た『Carmina Burana』は、舞台の上に時の女神を模った櫓を組んで、それを層に分けて、最上段には支配者や宗教家達が、次の段には貴族達が、一番下の舞台上には民衆達が分類されていました。
勿論、当時の封建社会の構造を意味しているのですがね??
Europaの封建社会も、日本の封建社会と同様に、所謂、guildに因って士農工商のように分けられているのですが、日本と大きく違う事は、最上段の王と教会が同居しているのが中世のEuropaらしいですよね??
しかし、社会構造は、そういった士農工商という職業に拠る差別以外にも、潜在意識下に因って分類する事が出来ます。
一概に意識下に因って・・といいますが、実際には、その意識は社会的な構造にも、同じ結果を反映するのです。
つまり、社会には大きく与える側と享楽する側が存在する事になります。
それを、会社に例えるとするならば、経営者側と労働者側の対立です。
一般的には持てる者と持たざる者の対立とされる事が多いのですが、実際には、持たざる者が別のgenreでは持てる者になったりする事もあるので、その構造は複雑です。
white-colorというのも、一つの社会的な階層を意味します。
そう言った社会的な構造の階層は、意識の階層に因って引き起こされる事が多いのです。つまり、与える側と享受する側の意識の違いなのです。
一般の人達に取っては、芸術のgenreは「十把一絡げ」のように思われているようなのですが、一つのgenreを取っても、その分野は細かく分類されて行きます。
『音楽』という一つを取っても、大きく洋楽と邦楽、或いは西洋音楽と民族音楽のように分類されます。
西洋音楽はまたまた大きくClassic音楽とpopular音楽に分類されるでしょうし、popular音楽でも、jazzやnew-musicのように、また更に細かく分類されて行きます。
とどのつまり、「私は音楽が好き!」と誰かが言ったとしても、その音楽が自分が好きな音楽とは限らないのですよ。
音楽や美術の一般芸術を直接解説して、その階層を理解して貰う事は中々難しいので、私は音楽の階層を本(印刷物)に例える事がよくあります。
本は新聞や週刊誌のような時事を追う物から、スリリングなクリミナル小説や恐ろしいオカルト小説、教育的な教科書や研究論文や学術書、果ては聖書等を含む宗教書まであります。
この書かれた物の区別を疑問視する人は居ないと思いますが、事、音楽のgenreとなると、その区別でよく論争が起こったりします。
芸術一つを取っても、マスコミの作り上げた芸術や企業が価値付をしたブランドと呼ばれるものがあって、音楽大学等のacademismの教育的音楽界と、音楽界とは、隔絶している事が多いのです。
また、更に細かくClassicの音楽界・・と限定したとしても、そのClassicの音楽の中でも、その人と音楽の関わり方に因って、色々な階層があるのです。
proの音楽家にしても、オケマンとソリストでは根本的に考え方が違うのですからね??
簡単に言うと、オケマンは職人であって、ソリストは芸術家という事が出来るでしょうね??
(勿論、自称ソリストは除きますがね?)
社会的構造と同じように、その根底となる考え方がそれぞれの階層で微妙に異なるのは当然の事でしょうかね??
人々は自分の立場からしか、ものを見ようとはしません。
アメリカに取ってはテロリストの国家であっても、その国の人達にとってはテロリストと言われている人は、殉教者のように尊敬を集めているのです。
トランプ側から言うと「洗脳された国民」という事になるのでしょうが、その国の人達に取っては、大国のegoismとしか思わないのです。standardというのは、その国に於いて成り立つのですよ。
日本のstandardは、Europaのstandardとは全く違います。
中村紘子さんのお話を引き合いに出すまでもなく、『日本の常識は世界の非常識』という言葉もあるぐらいなのですからね??
その人と同じ考え方をする階層というのがあります。
それを私はよく『その人の居場所』と表現する事があります。
その人がその居場所で活動をするのならば、その人の心の乱れはありません。
しかし、その場所以外の所で、違った階層の活動をすると、社会的に色々と軋轢が生じます。
その人は異端児になってしまうので、辛い人生を送らなければなりません。
そういう時には、その人は自分の居場所に戻れば良いだけなのですがね??
居場所が合えば、考え方も生き方も同じになります。
その場所ではその考え方をしなければ、standardにはならないのですよ。

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5月17日『潜在意識と内観Ⅱ』 ·
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潜在意識が望む職業と現実の職業が同じ人は幸せである・・・というお話をしましたが、実際にはそういう人は稀なのです・・という事からお話の続きです。
そういう私も、作曲家という職業を選んだ事は、中、高生の時の若気の至りの浅はかな知識で、『作曲家という職業は自己完結型の職業で、一人孤独に自己と対峙すれば良い』・・・という間違えた理解、思い込みによって選んだ職業なのです。
Pringsheim先生からは、その事に付いてのadviceは頂きませんでしたが、Genzmer先生からは「作曲家という職業は音楽家達を統率しなければならないという音楽界にとっては極めて重要な職業なのだ!」というキツいおしかりを受け、私の孤独癖についての注意を受けました。
かの人生の寂寥と孤独を好んだBrahms先生でさえも、音楽界を指導席巻する重要な役に付いていたのですからね??
組織の中に入るという事が出来ない私にとっては、大学の先生という職業ですら全うする事が出来ない無理難題だったのですよ。
人から「・・ですよね??」と言われて、「違うよ!!」とはpressureでとても言えない性格なのでね??
ましてや教育という人を弄る職業は、三十路を半ば過ぎる迄は、絶対にやってはならない職業と思い込んでいた仕事であり、当時の文部省関係の人に熱心に説伏されて、やむなく選んだ職業なのです。
つまり、私にとっての人生の後悔は、作曲家という職業も、音楽の指導者という職業も、私にとっては潜在意識から望んだ職業ではない・・・という事なのです。
私にとっては、全くの不本意な職業を選んでしまった、という事だったのです。
という事で、コロナで引き籠もりを要求される今日この頃なのですが、私にとっては普段の生活と何一つ変わる事はなく、日頃の平常の生活を送っているのです。アハッ!
ましてやその二つの職業である、指導者と作曲家という職業は、究極の真逆の立場を要求される職業になります。
つまり、教育者とは、人を導く職業なので、宗教家と同様により人間的に完璧である全人格を要求される職業なのですが、作曲家に限らず、所謂、物書きという人種は、自我との闘いに明け暮れる職業になるので、時折、人格破壊的な火宅の芸術家も見掛ける事があります。
一見、同種の職業に見られる事が多いのですが、演奏家や演劇家達は人(他人)に訴え掛ける技術力を求められる職種なので、pianist等の鍵盤楽器の演奏家を除いたら、他者と音楽を共同制作をする事を求められる、所謂、職人的な仕事であります。
昔々は、作曲家という職業も、時代背景的には教会や王族に仕えて毎週の行事やセレモニーに音楽を提供する職業だったので、所謂、baroqueや古典派の時代の作曲家達は、職人である事を強いられた時代もあったのですが、仮に時代背景的にそうであったとしても、究極的には作曲家や絵書きのような職業は、個性を追求する職業ではある事には変わりはありません。
物書きが個性を求められるという事は、取りも直さず、自己完結型の仕事になるのです。
私がこれまでも、論文やエッセイ等によく書いているように、自己破壊的な作曲家と、完全なる人間性を求められる教育者とは仕事上でも、真逆の立場になります。
という事で、三十路を半ば過ぎた頃に、教育の道へ携わるように嘱望された時に、私はその職業を選ぶべきか、悩んでしまいました。
しかし、私も、実際に文部省の人達から説伏されるまでは、一般の音楽家達と同様に、「音楽の教育に携わる人達はprofessionalの音楽家の集団に入る事の出来なかった演奏技術や表現力の乏しい落ちこぼれの人達がする仕事である」・・と潜在意識的には思っていたのも事実です。
私の子供達との関わりは、兄弟姉妹の居ない私としては、希薄なものであって、唯一、私の子供達との関わりは、私が高校生時代に住んでいた県営のアパートの隣の部屋や下の部屋には同じ歳の女の子がいて、練習をしていたり、勉強をしている私の邪魔をしによく来ていました。
音楽大学の学生であった頃にも、養父の友達である医者仲間の小学生の姉妹のお嬢さん達が、私が里帰りする度に押しかけて来て、仕方がないので、Pianoを弾きながら物語のお話をしてあげました。勿論、Schumannのimageですがね??
周りに人達には私が子供達に懐かれるので、私が子供好きだと思われていたようなのだけど、私に取っては子供とお喋りをする事は非常に難しく、alienとお喋りをする方が楽な感じでしたがね??
Italiaの国際concoursのガラ・コンサートに行った時に、私の曲を演奏してくれる事になっていたItaliaのコンクールで一番のpianistの中学生くらいのとても可愛い女の子にサインを求められた時に、その目の輝きに驚いて感激してしまいました。
子供の一途さを初めて見た瞬間でした。
勿論、演奏もずば抜けて上手かったのですがね?
日本に帰国してから、友人に連れられて、コンクールの小学生部門と中学生部門のコンクールを聞きに行きました。
私の友人達は私が会場に入って来る女の子達を見るだけで、その子供達の誰が、合格するのかが、如実に分かるので、すっかり驚いてしまいました。
「あの子と、この子は合格するよ!」と言った女の子が合格するので、友人達は驚いていました。「どうして分かるの?」
だって、目の輝きが違うのですよ。
私が話かけると、ハキハキと一生懸命に必死に答えていたので、私を審査員と勘違いしたのかな??
そう言ったtopの4,5人はさておいて、次の20人ぐらいの生徒達なのだけど、学生コンクールというのは、生徒達のコンクールではなくって、先生の指導力のコンクールだよね??
私ならば、眼さえ輝いていれば、どの子でもコンクールに入賞させる事は出来るよな??・・と自信を持ったね??
勿論、花園に教室を作るよりも、10年も前の話だよ??
その当時は、子供達を指導する先生なんて、音楽家の落ちこぼれがする職業なのだ・・と思っていたからね??
まさか、この10年後に、この私が教育に携わるようになるとは・・・
しかしながら、文部省関係の人達の希望は、私が教育に関するmethodeを提供して、指導者達がそのmethodeを正しく学び、理解する事で、そのmethodeをもって指導すれば、それがちゃんとした成果を産み出す事が出来る・・という事を希望していたので、私が直接生徒達や子供達の教育に携わる事はない・・という説伏が決めてになって、私が教育のmethodeの指導をしても良いという、説伏の条件になったのです。(とは言っても、10年後の37歳を過ぎた頃のお話ですがね??)
・・という事で、何処かにその実践の場所を作って・・という事で、近場に音楽教室や芸大の主任classの先生達が住んでいる音楽教室の激戦区である千葉の花園にその実験教室を開設して、指導者達への指導を始めたのです。
何故、大学にその場所を設け無かったのか?というと、音楽大学に集まって来る生徒や保護者の人達は、音楽の道、所謂、professionalを目指す人達なので、どんな先生達の横暴にも耐え忍んで、付いて来る特殊な人達だから、教育のmethodeとしては、sampleには成り得ない人達だからなのです。
花園教室での私の指導のcurriculumの基本の構造は、私が実験台を申し出てくれた弟子(演奏家として活動していたのだけど、子供を指導しても良いという事だったので・・)に私のmethodeを指導し、その先生が、生徒を育て、その中のillustratorを希望する生徒達にinstructorのlectureをする・・という結構複雑な構造でした。
one coursが4年間から5年間程の長大なcurriculumなのでしたが、非常に満足を得る結果が出て、その当時に教えた生徒達の殆んどが音楽界で演奏家として活躍するようになりました。(しかし、長大とは言っても、小学校は6年間だし、中、高は3年間で、大学は4年間なので、教育の時間としては普通なのだよね??)
実際には、その6年間で実験教室は終了したので、教室を閉鎖しても良かったのですが、そこで育って来た生徒達が、「芦塚methodeで自分達が指導が出来る教室が欲しい!」と言って来たので、生徒達の就職先として、『芦塚音楽研究室』という私個人の教室を『㈲芦塚音楽研究所』という会社にしました。
花園教室開設というのは、有限会社の設立からではなく、実験教室の開設からの日になっています。当時の生徒達は今でも活躍中だからです。
また、最初は私は直接は子供達の指導には携わらなくって、observerとして、adviceを先生達に与えるだけ・・という事だったのですが、子供達の技術の向上に伴って、pro-versionのlessonを要求されるようになってきたので、professionalを育てるためのlectureの勉強させる目的で、私自身がprofessionalを目指す生徒達の指導をして、assistant-instructorの先生達に、聴講やlessonのお手伝いを生徒達にさせるという、所謂、intern制を導入しました。(牧野先生や斉藤先生達です。)
私に取っては、教育というものは、作曲以上に、心にそぐわない仕事になります。
勿論、心にそぐわない事をするのだから、人生が幸せに感じる事もないのですよ。
当然、心にそぐわない時には、欝に苦しめられていまいます。
日本の有名な作曲家である人のessayで、「自分の作曲を公開演奏すると言う事は、どういう気持ちになるか?」という質問に付いて書いてる文章がありました。
「お風呂に入って体を洗っている時に、洗剤と一緒に流れて行く、垢のようなものを見つめている時の気持ち」だそうです。
そのimageは、私もたいして変わりません。
私ならば、さしずめ舞台の上で自分の裸体を晒して、「あ~でもない」「こ~でもない!」と批評されるような女優のような気持ちなのかな??
私の音大時代に、ちょうど体を真っ白に塗って真っ裸でパフォーマンスをする団体が世間を賑わしていたので、日芸の美人の女の子に「舞台で全裸になる事を要求されたら、どうする?」と尋ねたら、「台本を読んで、必然性があるのならば、当然脱ぎます。」と答えられてしまったよ!!
アングラ演劇真っ只中の時代、「無駄な意味の無い質問であった」・・と反省したのだけどね??
音楽、事Classicに限っては、そういう事はないのでね??
いずれにせよ、自分の作品を聴衆の目に晒して喜ぶ芸術家の気持ちは私には分からないのだよナ?? 
アハッ!
colorの写真は、北Italiaのwineのお城を訪れた時の写真で案内してくれた女の子がItaliaのpianistの女の子なのです。



白黒の写真の女の子は私が高校生の時の隣と下の階の女の子です。一番右側の写真は女の子達が幼稚園の時、それ以外は小学生の時の写真です。この県営アパートには私も中学生2年の時から高校の3年までの5年間住んでいたのでね??
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5月18日鼻詰まりが ·
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今日は5月の18日の月曜日です。
昨日はとても良い天気だったのですが、昨晩から急に天候が崩れ始めて来て、昨晩のお散歩は空気が重くなって、鼻が詰まり始めて息苦しくなって、途中でヘバって疲れ果ててしまいました。
という事でハイツになんとか辿り着いて、寝る前には珍しくビタミン剤を3粒も呑んで休みました。(とは言っても3錠というのは規定の量ですがね??)
今朝になっても、鼻づまりが治らなくって、起きてもすぐに疲れるので、寝たり起きたりを繰り返しています。
まるで病人だよな??
鼻さえ通れば、体調も精神的にも楽なのだけど、電気で焼いても1年しか持たないしね??
点鼻薬も病院から貰う薬は合わないしね??
いや~ぁ、困ったもんだよな??

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5月20日今日は超寒い ·
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今日は5月の20日の水曜日朝の7時になろうとする所です。
今日の気温は体感10℃の湿度86%だそうです。
部屋の中の温度も、20℃で湿度は41%なので、余りにも寒いので、諦めて冬のパジャマを出した所です。
昨晩のドルプリっ歩は雨のそぼ降る中をステッキを傘に変えて、真夏のズボンと長袖のTシャツで出掛けてしまったので、超寒かったのです。
ハイツに戻っても真冬用の羽毛布団を夏用の羽毛に変えたばかりなので、寒くて凍えながら寝ました。
合いの羽毛布団が押し入れの中に入っているそうなのだけど、椎名町から帰って来て、合いの布団を出すだけの気力も体力も無かったしね??
まあ、それでも何とか眠れたしね??
今日の写真を撮るために、玄関を開けた迄は良いのですが、小雨が降り続いていて、超寒かったので、早々に部屋に戻って来て、今日は辛抱しないで、エアコンの暖房を入れました。
体の芯が冷えて来たのでね??
私が「歳を取ったので、季節感が大袈裟に感じるのかな??」と思っていたら、テレビでも若いnews-casterの女の子達が「寒い!」「寒い!」と連発していたので、私だけではない・・という事で、安心しました。
今日は、東北のどこかの町では雪が6センチも積もっているそうなのだし・・・
でも、もう直ぐ、6月だよね??
なんだろうね?? この季節の戻りは・・・
まあ、何とか夕方の5時頃迄は頑張って仕事をしたのだけど、5時半頃になったら、突然疲れが起こって来て、同時に欝が再発しそうになったので、今日の仕事は全てやめて、椎名町に急遽移動しました。
結構早い時間に移動したので、食事は予定の8時に始める事が出来、お散歩も10時頃迄には終わりました。理想的なrotationでした。
おかげで、超早い時間の10時45分には、江古田の自宅に帰る事が出来たのだけど、お散歩もbikeの帰り道も寒い事!寒い事!!
練馬区は11℃で体感は10℃だってさ!!
湿度も82%で小雨が降っているのだよ!!
早くハイツに戻って来たので、ゆっくりとしよう・・と思っていたら、だんだん欝になって来てしまった。
今日の欝は心臓のパクパクに起因する所の欝です。
心臓の調子が良くなく、イライラもして来たので、気分転換に日本酒でも飲む事にしました。
美味しいおツマミがあると良いのだが、今日の冷蔵庫には何も入っていないので、常備している松浦漬けをツマミにして飲む事にしました。江戸時代からの松浦藩の献上品で、鯨の軟骨を酒粕で漬けたものです。
(ああ、写真はお倉から引っ張り出したもので、お刺身コンニャクのおツマミの写真です。松浦漬けは缶かんから容器に移していない缶のままなので、写真を撮っていません。)


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5月21日寒くて眠れないので ·
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今日は5月の21日の木曜日の朝の7時です。
今日も超寒くて、昨日同様に11℃の湿度83%で体感温度は10℃です。
部屋の中でも暖房無しで、夏の羽毛布団のままで眠るのは無理だったのですが、真冬の布団は流石に無理なので、今日も寒さに震えながら寝てしまいました。
朝、7時を過ぎて、布団から起き出して、パソコンの椅子に座った所までは良いのだけど、「とても寒くって、もう無理・・!」という事で、エアコンとガス・ファンヒーターを同時につけて部屋の温度を一気に上げています。(勿論、部屋の温度が上がったら、両方の暖房機器を止める予定ですがネ??
自宅での夕方までのroutineの作業を済ませて、頑張って、椎名町までレインコートを着てbikeで移動したのは良いのだけど、結構雨が強く降っていました。
湿度も非常に高かったので、鼻づまりが酷くなってしまって、食事をしていたら息が出来なくなってしまいました。
口呼吸は結構辛いのですよ!
それで、椎名町の座っている周りで鼻の常備薬を探したのですが、自宅には常備している鼻詰まり用の薬が椎名町には全く無くて、ムヒを鼻の回りに塗って、息が出来るように試みたのだけど、鼻が通る迄には、全く効果が無くって、諦めてエアコンの除湿を入れてしまいました。
まあ、それで少しは楽にはなったのだけどね??
コロナ自粛で、引き籠って自宅や事務所で出来る作業は、homepageやパソコンの作業だけでは、マンネリになってしまって欝になってしまうので、昨日美紀先生から送られて来たテレワークの動画を、斉藤先生の動画とmixing作業をしようと思ったら、椎名町のパソコンがwindows10にupgradeしてから、free-makeのsoftや、Cyberlinkのsoft等々ぶっ飛んだままで、色々とsoftをdown loadする所からで、結局パソコンの設定で1日終わってしまった。
テレワークの動画はハイツのパソコンで編集を済ませていたので、Cyberlinkで斉藤先生が椎名町で編集作業を続ける事が出来るようにパソコンの設定をする所迄をすれば良いのですがね??
勿論、Cyberlinkやfreemakeのsoftは、椎名町のパソコンを、この1月にWindows10にversionーupした時にぶっ飛んでから、4ヶ月間も、私は全く弄っていなかったので、windows10になった時にsoft類がぶっ飛んでしまって無くなったままの状態だったのでネ?
私が何で4ヶ月の長きに渡ってパソコンを弄る事がなかったのかというと、つまり、今年に入ってからの最初のイベントである音人の会ではvideoを撮らなかったので、教室のイベントとしては、昨年末のクリスマス会と冬の合宿が最後のイベントになってしまって、そのままコロナ騒動になったので、その後の動画の編集の作業は全くしていないという事なのだよねぇ??
・・・という事で、ドルプリっ歩もパスしてsoftの復活をする作業を椎名町の2台のパソコンに、していたのだけど、ひと通り、soft類をdown loadするだけで、まあまあ、深夜12時のcinderella-time過ぎまで掛かってしまいました。
それから大急ぎでハイツに戻ったのだけど、帰りは・・相も変わらず・・非常に冷たい雨がそぼ降っていて、昨晩と同じように10℃近い体感温度でした。
今日も羽毛布団だけど、超、夏の布団で寝ます。
多分、寒いよな~ぁ??
という事で、体を暖めるために酒盛りをする焦げてにしました。
写真は、エイヒレをトースターで初めて焼たのだけど、食パンを焼く時間にセットしていて、他の作業をしていたら、焼き過ぎて焦げていたので慌てて出したのだけど、後の祭りで、黒焦げになってしまいました。

焼き物と言ったら、バチコ等も欲しいのだけど、流石に高いので買っていません。
勿論、カラスミも・・・!
でも、カラスミは作ろうと思ったら、結構簡単に作れるのだけどね?
ボラの卵という事ならば大変なのですが、別にボラの卵でなくても、代用出来るので、有り合わせの卵を使えば結構お安く出来るのですよ⁉

香りだけならば、ミモレットというチーズでも代用出来るしね?
日本酒は糖質とプリン体0のお酒の熱燗です。私としては、後、30秒は熱い方が良いのですが、レンジの設定は2分になっているのでね?


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5月22日プーさんの魔法瓶 ·
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今日は5月22日の金曜日の朝の7時を過ぎた所です。
エアコンで暖房を入れたままに寝たのだけど、余りにも寒くて寝続ける事が出来なくなってしまったので、諦めて未だ出しっ放しになっている真冬用の超分厚い羽毛布団と真夏用の薄い羽毛布団を交換した所です。
再び睡魔が襲って来るのを待って、不足分の睡眠を取るために、しばらくして、布団に入りました。分厚い羽毛布団が心地好く、happyな気分になりました。
今の季節に真冬用の超分厚い羽毛布団なんて・・驚きです。
この2,3日は胃が荒れて来たので、粉末の緑茶ではなく、ティーパックの紅茶を飲んでいるのですが、一々ティーパックで紅茶を入れるのはとても不経済だし面倒くさいので、teapotを出して来ました。
これで紅茶の作り置きが出来ます。
teapack2個でお湯を満タンで、3,4回分の紅茶が出来るので、深夜にtoiletteに行く度に、水分を補給するには充分なのです。
このpotは、1998年の7月に腰痛と慢性胃炎と諸々の症状で、救急車で、今は亡き江古田教室の近くの大きな病院に運び込まれてそのまま長期入院した時に、1日3回のお食事の時だけ、お茶のコップ一杯だけお茶を入れて貰えるのですが、それ以外にはお茶が飲めないので、先生達が買って来てくれて、お茶を江古田の教室から入れて来て貰ったという逸話のある貴重な、プーさんのポットです。

その後も、時折、出して使っているものなので、20年以上も現役で使っている・・という働きもののpotです。


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5月22日『今日は5月の22日金曜日です。』 ·
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毎日、毎夜、寒い雨の日が続いているので、折角、ほんの少しだけベランダの整理をしたのに、ベランダに椅子を出してのボッチ飲みがまだ出来ません。
「真っ暗なベランダで、ランプの灯りだけでボッチの酒盛りをするのは、なかなか乙な事だ」・・と思っているのですがネ?
古いマンションなので、ベランダにはコンセントや水道がありません。だから、洗濯機を置く事も、明かりを取る事も出来ません。
古い昭和のマンションの機能性の無いベランダでは、使い勝手はありません。・・精々、洗濯物を干すか、小さな植物でも育てるか??・・ぐらいなのかな??
今日はやっと雨が上がったので、これから少しづつお天気が暖かくなってくれるのを期待して、ランプの清掃をしました。
そう言えば、今年はハイツでは、灯油のストーブを一度も使わなかったので、灯油がないよな?
ランプの燃料用に椎名町から小瓶にでも移して持って来るか?と思っていたのですが、椎名町の灯油缶の中にも灯油が全く入っていませんでした。
最後に灯油を買ったのは花園教室と検見川教室用の灯油缶だけでした。

「今日はやっと雨が上がった」・・と、思っていたら、夕方からは、いつも通りの小雨が降り始めました。
このところ、いつものように、季節とは無関係に、超寒いのですよ!
時間になったので、椎名町に移動をして、雨が大嫌いで、お散歩を嫌がっているドルを無理やりに💩散歩に連れ出して、いつものコースを廻ってから、大急ぎでハイツに戻って来ました!
なんとかcinderella-timeの5分前にはハイツに到着しました。
今日は体調不良にもかかわらず、それなりに頑張ったのだけど、椎名町でのパソコンの作業は、「Cyberlinkのinstall」までは行かなかったよな?
やっぱり体調不良では、仕事の進みが遅いよな??
まあ、そういう時も、あるわサな??
また、次の日に頑張れば良いわさな??



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5月22日『Beyer教則本はつまらない』と言う人達がいます。


『Beyer教則本はつまらない』と言う人達がいます。
pianoを学び始めようとする子供達や初心者の人達の多くが学ぶBeyer教則本なのですが、「Beyer教則本を子供達のlessonのtextとして使うのはつまらないし、難しいし、無味乾燥で面白くない」・・という人達が結構います。
こんにち、Beyer教則本に変わる教則本が多数出版されているようなのですが、curriculum的には未だにBeyer教則本に勝る教則本は無いと思います。
Beyer教則本はPianoがforte-pianoから現代のPianoに変わる時期にいち早く作られた教則本であり、長い歴史上で淘汰されて生き残って来た教則本でもあります。
という事は、取りも直さず、「良薬は口に苦し」・・というほどに簡単な話ではなく、幾ら良い薬であったとしても、良薬も使い方を間違えると毒薬にもなりかねない••という事なのです。
良い教則本になればなる程、その使い方は難しくなって来て、その指導法には多くを謙虚に学ばなければなりません。
しかし、多くのPianoの指導者達は、Beyer教則本を当然、弾ける技術を持っている分けなので、そのBeyer教則本の持つ「意義と意味」を制覇出来ている・・と勘違いをしています。
Beyer教則本が誤解されて低い評価を受ける原因は、Beyer教則本の技術levelは、初歩の教材なので、或程、度Pianoを齧った人ならば、弾けるのは当たり前なのですが、『弾ける』という事と、その曲の持つsystemを理解するという事は全く別の事である・という事が理解出来ていない事にあります。
子供達がBeyer教則本を学んでPiano奏法の基本を学ぶ・・という事、・・それはその教則本が持っている論理性と構築されるsystemに拠るのです。
しかし、残念な事に、教則本の書かれた歴史上で、色々な優れた教則本が作られて来ましたが、Czernyの教則本やClementiの教則本を始めとして、名著と言われる教則本でも、その教則本を作った当の本人からの教則本のsystemの解説書(所謂、manual、もしくは取説)のようなものは全く書かれていないのが現状です。
それは、Europaでは、歴史的にsoftの流失を嫌がる風潮があったからです。
私が教室で、市販の音符カードを使って、譜読みの指導をしていた時に、私のlessonを見学していた音楽の先生が、「譜読みのlectureは、市販のカードを使っているので、芦塚メトードではない!」と言っていました。市販のカードを使うのは、先生達の仕事の負担を減らすためであって、芦塚メトードというsoftは、使用する物ではなく、「どう使用するのか?」という事にあるのだ・・という事が理解出来ないようでした。
日本人の悪い所は、形の無い所に対しては、methodeとしては理解出来ないようですね??困ったものです。
日本では、家元制度などで、softが安売りをされていて、日本人はsoftに鈍感なのですが、戦国時代のように、softの流失が、自分自身の命に関わる時代では、宮本武蔵の五輪の書のように、肝心要の所になると、「以下口伝・・」と記されていました。
つまり、命に関わるようなsoftに関しては、直弟子で免許皆伝にならないと、そのhow-toは教えて貰えないのですよ。
Pianoを学ぶ人達の一番最初の教則本であるBeyerの教則本ですら、技術は緻密にpyramidのように、grade(若しくはstep)で、段階的に、実にsystematicに構成されています。
歴史に淘汰されて生き残った物にはやはり、確固とした論理性とsystemに裏付けられたそれ相応の価値があるのですよ。
それが、「Beyerを弾けたから」・・といっても、「Beyerを理解した事にはならない」という事なのですよ。
それが日本人が音楽を学ぶ上での、sonatineやsonateの理解でも同じなのです。歴史的に正しくその音楽を理解したとは言えないのですよ。
Europaのtraditionalを学ぶ上での難しさは、個々の技術をclearしたとしても、step上にその技術が構成されているからなのです。
つまり、一つの技術の上に次の技術が成り立つのです。
「弾けない」・・という事は、その弾けない箇所そのものにその原因がある事は寧ろ少なく、その前のgradeをちゃんとmaster出来ているか否かに原因を見出す事の方が多いのです。
それを逆の言い方をすれば、「弾けない」箇所の、その前のgradeをしっかりと押さえすれば、難しい技術を習得する事は、なんの苦労も必要はない、いとも簡単な事になるのです。
日本の音楽教育、音楽の指導に関しては、その技術がstageで、stepで、gradeで入って来た事はありませんし、そのように指導する指導者は皆無と言っても良いようです。
日本の音楽教育では、その曲の難しいpassageのtechnikを、そのpassageで指導しlectureします。
その技術を、その技術単独に学ぶ事は非常に難しいのにも関わらず・・です。
それが、一般の人達にとっては『音楽は難しく、芸術は困難である』というimageを与えてしまいます。
音楽の道に進める人達は、その非常に困難な道を忍耐力と克己心で歩んで来た人達だけ・・というprideなのです。
音楽が好きで堪らないから・・という人は、極めて少数派の人達でしょうね??
芦塚methodeの場合には、若しも弾けないpassageがあったとすると、その前のstageが出来ているのか??その前の前のstageはmaster出来ているのか??・・と、順番にpyramidを下って行って、弾けない原点の場所を探します。
当然、前のstageなので、習得もより簡単になりますし、しかも復習になるので、難しさは半減します。
やり直しをする事に異存がある訳はありませんよね??
そうして、その間違いの原点となるpointを抜き出して練習をすると、なんの困難もなく、今直面している「難しい」というpassageをいとも簡単に弾き熟す事が出来るようになります。
という事で、『音楽の技術を習得する事はいとも容易い』という事なのです。
それは音楽の技術をその技術そのもの、としてではなく、systemとして捉えているからなのです。
難しい技術を習得する事が出来ると、たったこれだけの事で、所謂、日本人が言う所のprofessionalには、技術的にはいとも簡単に到達する事が出来ます。
しかし、音楽の世界で働く事は技術だけをclearすれば良いという分けではありません。
これは、一般社会の就職活動と同じなのです。
一般の就職活動では、幾らITの技術を持っていたとしても、それを一般の会社にappealしていかなければ、自分の望む会社に入社出来る分けではありません。
それなのに、日本の音楽家達は一生懸命技術さえ磨き上げれば、マスコミや音楽界からお誘いが来るようになる・・と有りもしない現実を信じているのですよ。
自分の事を知りもしない白馬の王子様が必ず迎えに来てくれる・・と信じている夢見る乙女のように・・・ね??
音楽界で演奏家としてdébutしようと思ったら、一般の大学の卒業生と同じように営業活動をしなければなりません。
でも日本の音楽界で、そういった営業活動をする人は稀なのですよ。
だから、過当競争はありません。
日本の音楽の世界で働く事は超簡単なのですよ。
しかし、そういったrankではなく、最っと高みのpyramidの最上段に自分の目標を定めるためには、技術力だけではなく、professionalとしての意識や生活・・が必要になります。
技術を習得する事は簡単なのですが、このprofessionalとしての意識を持つ、性格を持つ、そしてprofessionalとしての日常の生活をする・・という事はとても辛くて厳しい克己心を要求されるのですよ。
しかも、professionalであり続けるためには、一年365日いつでも常にそういう意識を持ち続けなければなりません。
そのためには、自分をそういった性格に仕上げてしまう必要があるのです。
・・という事は、自分の業に対しての闘いになってしまうのですよ。
私はBrahmsの曲は大好きだけど、Brahms本人にはなりたくはないのだよ!!
そんな孤独な隠遁生活は嫌だよな~ぁ??
独居老人はそれなりに孤独で隠遁生活を送っているのだけど、自分に対しては厳しく無い!
・・分、それはそれで楽な人生なのだからね??
江古田ハイツからの『Im Abendrot』
O weiter, stiller Friede!
So tief im Abendrot.
Wie sind wir wandermüde
Ist dies etwa der Tod?




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5月24日高齢者の認知症検査を ·
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今日は5月の23日土曜日でした。
朝は定時の7時前には起きたのだけど、2時間程論文の校正をしたら、意識が混濁して来て、それからまるまる1日中寝込んでしまいました。
夕方の5時過ぎまで寝て、起きるにはなんとか起きれたのだけど、体が全く動かないので、椎名町行きの準備をするのに、8時過ぎギリギリまで掛かってしまいました。
すっかり遅くなった理由は、持ち帰った弁当の空箱を軽く洗ってケースに納めたり、服を着替えたりするだけの細々とした作業なのですがネ?
まあまあ、今日は全く実りのない・・寝た切りの・・不毛の1日だったよな??
まあ、そういう無為無策の1日を大切にする気持ちも必要なのかもね??
「一日不作一日不食」だけの人生も世知辛いからね??
百丈懐海さんではないのだから、無為無策も大切だよな??
それはそうと、「半年以内に高齢者の認知症の検査を受けろ!」とのハガキが着いた。
思わず、先生達に「俺って、今年何歳だっけ?」と聞いてしまったよ。
私も、誕生日が来たら、いよいよ後期高齢者になるらしい。チョッとShockだったよな??
「Mein junges Leben hat ein End」・・だよな~ぁ??
それにしても、ハガキの端っこにゴム印で「非常事態宣言中は予約は受け付けない」と押してあるのだけど、それでtime-limitになったらどうするのかね~ぇ??
それに、解除になって電話が殺到して、通じなくなって、予約が取れなくなったら、どうするのか??・・という事はどこにも、書いてないのだよな?
ただでさえ予約を取る電話をするのが難しいとされているのに、自粛宣言が解除になったら、どう予約を取れば良いのだろう??
電話も一箇所だけだし・・警察が、これからどう対応するのか見ものだよな??
こういうのをrisk管理というのだけど・・ね??
risk管理は警察の本来の本業のハズなのだけどね??


   
『歳』と言えば、私が音楽大学に入学したばかりの頃に、Pringsheim先生の80歳の誕生partyにPringsheim門下生としてお呼ばれをして、お年を召した日本の音楽界の重鎮達が集まる中での唯一の学生で肩身を狭くして、産まれて初めての公式のpartyに参加した時に、Pringsheim先生の「歳を数えない事と歳にものを言わせない事」というspeechで先生の教え子達でもある音楽界の重鎮達の笑いを取っていた事を思い出してしまった。
高齢のPringsheim先生が高齢の学長先生達に対して言うから、笑いになるのだけど・・と、感心したものだったよ。



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5月26日使えないアベノマスク ·
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今日は東京都ではなくて、全国一斉に緊急事態宣言が解除されました。
・・と、同時にハイツの郵便受けにアベノマスクが入っていました。
「新型コロナウイルスに関する緊急事態宣言が出ました。」というメッセージと共に!
マスクは小さ過ぎるので、私にはとても使えないので、無理なのですが、斉藤先生達に渡そうと思ったら、斉藤先生は生地が皮膚に被れて使えないそうです。
家庭用のマスクなので、医療用には無理なそうなので、看護士や医者の先生達に渡すのも無理なようですが・・・・ネ??

コメント
塩澤 一範
アベのマスク使えない。無駄な税金を使って尚且つ回収し、また新しいマスクを配り、そんな税金つかうなら、一人当たり10万といわずに、1人当り、30万配った方がましだし、日本の官僚たちは、何を考えてるのかわからない。安倍が、官僚と戦い、日本を変えて行くんだとゆう気持ちがない。ワクチンも出来てないし、強制で、全面解除。最低な首相であり、オリンピック終わったら、辞める予定だったらしいが、オリンピックできないから、だらだら、首相続けてるし、日本のリーダーが、こんな事やっちゃだめなんだよね。


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6月





6月1日自粛要請の解除と ·
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今日は6月1日、月曜日が終わろうとする所です。
今年も後半の年に入ったのですが、今日からコロナの自粛要請が全国的に解除になった事に伴い、教室の『コロナお休み』から対面lessonを再開しました。
但し、3密の可能性のあるオケ練習や室内楽の練習は今暫く政府都の要請に従って自粛を続ける事にします。
また、lessonに通う事に不安のある人達は引き続きweb-lessonをしますので、担当の先生達とご相談ください。
私は明日の2日は、川崎の病院に検査で出掛けるのですが、コロナ対策のために、不本意ながら車での移動をする事になりました。
県を跨いでの移動は、という話しはあるのですが、病気の進行状態の事もあるので、いつまでも日延は出来ないので、これも已む無く・・という事です?
徐々に他の病院や、その他の雑用も、こなしていかなければならないようなので、『長の引き籠もり』もどうやら、今日で終わりのようです。
独居老人なので、日常的には、所詮引き籠りの生活なので、普段とは、たいして違いはないのですが、雑用に追われると、やはりせわしないのですよ。
今日は、「芦塚先生のお部屋」からVivaldiのIl favoritoとPachelbelのChaconneとVitaliのChaconneの補筆をしました。
開かなくなっていたBeyer研究のPageをrecoveryしました。
これから明日の準備をしなければなりませんが、結構色々とあるのだよな?? 
病院の準備は、それなりに・・・
椎名町で食事をして、ドルプリっ歩に出掛けて、ドルがナデナデして貰えないのでご機嫌斜めで、プリはご老体でアヘアヘ状態で最悪のお散歩だったのだけど、それでもcinderella-timeの30分前にはハイツに辿り着いて、暫し、椅子に座ったままで、金縛りの状態で、茫然自失していました。
何とか、椅子から立ち上がって、せめて持って行く小物類だけをbagに入れる所までが、今日の精一杯でした。
「後は、明日の朝!」と思って頑張って布団に入って寝ようと努力をしたのだけど、久し振りの『s鬱』が酷くて・・と言うか、『鼻詰まり』が酷くって、等々布団で寝るのを諦めて、本来ならば、明日起きてからしようと思っていたのですが、風呂の水を抜いて、お湯を入れて髪の毛を洗う所までをやって、今は(深夜の4時頃ですが・・・)熱燗で一杯飲んでいる所です。
そろそろ、松浦漬けと下関の雲丹が終わるよな??
鬱用のつまみを買って来ないとな??
今から寝て、朝の準備は間に合うのかいな??

オケ練習やlessonのような時間の決まった仕事が無かったので、不眠になるのは久し振りだよな??
やっぱり不眠の原因は起きる時間に対してのpressureなのだよな??
今、テレビで、「暑くて湿度も高いので、眠れない人達が増えている」という事で、「寢付きを良くする特集」をやっている。
寝苦しいのは私だけの話では無かったようだよな??


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6月3日『6月1日からの文章の続きで、2日の朝からのお話になります。』 ·
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・・・という事で、眠れないままに朝を迎えたのですが、流石に出発の時間の前になったら、眠くなって来たので、タイマーをセットして小一時間程寝る事にしました。
寝たとは思わないのだけど、タイマーが鳴らないので、不思議に思ってタイマーを取って見てみると、なんと、もう起きる時間を45分も過ぎていました!
超、慌てて、準備をして、椎名町に移動して車に乗り換えて川崎の病院に出掛けました。
始めての車での病院行きなので、渋滞や駐車場探しを想定して時間にはゆとりを持っていたので、出発の時間は、予定よりも30分以上も遅れたのですが、それでも充分な時間は、取ってあります。
勿論、始めての道なので、カーナビに電話番号を入力して走ったのですが、なんと電話番号は目的の川崎第二ではなく、第一の病院でした。川崎の病院は第一と第二だけではなく、病院があちこちに分散してあるので、とても紛らわしいのですよ。面倒くさくっても、住所で検索するべきだったのですよネ?
途中で、無くしたハズの愛用のボールペンの入ったケースが見つかったりと、ハプニング続きの出発でしたが、無事に病院に辿り着いたのですが、病院の駐車場は満杯で、隣の民間の駐車場に入れて、検査も終わって、さて、帰ろうと駐車料金を払う段になって驚いたね?
たった4時間ぐらいなのに、2000円だってさ!!
それに2千円冊も5千円冊も1万円冊も受け付けない・・という事で、千円冊が1枚も無いので、すっかり焦ってしまったよな??

credit払いが出来たので、何とか駐車場を脱出出来たのだけどね??
幾ら病院に近くてもこんなぼったくりの駐車場には、2度と入れるかよ!!
これまでに一番の高額の駐車料金だったよ!!
24時間にしても高いのにさ!!
bikeのサイドミラーをいつも駐輪場でぶつけられて、ネジが緩んでしまうので、スパナーを出して締め直して、それからやっとハイツに戻り着いたのは夕方の7時過ぎだったのだけど、ちょっと早いけれど、疲れたので寝ようと思ったのだけど、何度試しても眠れないのだよ。
仕方が無いので、温風呂に3回も入って体を休めたのだけど、代わりに腰痛になっただけだったよな?
元気な時ならば、一杯飲んで酔っ払って眠るのだろうけれど、それだけの気力もないので、ただ椅子に座ってぼんやりするしかないのかな??
後は、除湿機をフル稼働させて空調を整えるぐらいしか出来る事はないのかな??
明日の予定は特には無いので、マイスリー・・という手もあるのだが、やはり薬には頼りたくはないのだわさね??
Yoghurtのプレミア・ガゼリ菌でも飲むか??


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6月3日『6月2日からの文章の続きで、3日の朝の10時過ぎです。』 ·
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携帯の天気予報では練馬区の温度は24℃で湿度は69%なのですが、yahooの天気予報では温度は25℃で、湿度は60%です。
「25℃未満という事ならば、なんとか凌げる」・・と思っていたのですが、室内の温度計ではもう30℃超えで、不思議な事に逆に湿度が35%です。
いずれにしても、今日の日中は30℃を超える予定で、最早、部屋の温度は耐え難い暑さになっていて、諦めて除湿を入れた所です。
(コンビニ・クーラーではなく、エアコンの除湿で部屋の温度を下げる事にしました。)
布団から起き出して、仕事をしようとパソコンの前に座ったのは良いのだけど、(・・不定愁訴とでも言うのか)・・体のcontrolが全く出来ないので、寝たり起きたりを繰り返しているのですが、仕事は全く進みません。
今はもう夕方の5時になった所なのですが、携帯の天気予報でも室内の温度計でも29.5℃から30℃を下がりません。
湿度も60%ぐらいです。うっとおしい限りです。
皮膚感覚的には大した暑さではないと思うのですが、髪の毛の付け根の皮膚は汗で濡れていて、指が濡れてしまいます。
老人性で温度の感覚が鈍っているのかな??
除湿をすると寒いし、コンビニクーラーでは暑いし、困った事です。
それにしても部屋の窓の下の公園では、子供達が元気に遊んでいます。
子供達には暑さも湿度も関係無いのですよね~ぇ??
いや~あ、こりゃあ歳の差だよな~ぁ??








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6月4日腰痛が酷くなって ·
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6月4日の午前4時半を過ぎた所です。
すっかりと梅雨のように蒸し蒸しとした毎日が続いています。
相も変わらず、眠れないで、日本酒を飲んだり、エアコンをつけたりとバタグルっています。
朝の8時なのですが、部屋の温度計は26℃の51%で、yahooの天気予報では練馬区の気温は22℃で湿度は85%で日中は28℃まで上がる予定です。携帯の練馬区の予報では22℃で湿度は87%で日中は29℃まで上がる予定です。
窓を開けて外気を入れて見たのですが、部屋が湿気っぽくなって顔から汗も出て来たので、諦めてエアコンを入れました。
夜が上手く眠れないと、体力がなくなってしまうので、結果、腰痛が酷くなってしまいます。
蝶が羽ばたくと、どこかの国で嵐になるという事かな?
今日は朝から、立っていても、座っていても寝ていても腰痛が酷い!
痛いのだよ!!
今日は1日腰痛との闘いになるのだよな??多分!?
homepageのPachelbelのChaconneのでpageを保筆訂正をしたかったのだけど、腰が痛くってパソコンの椅子に座る事が出来ないと、全く何も出来ないのだよ!
「という事で、寝たり起きたりを繰り返して・・・夕方から夜になりましたのですが」
このところ毎日湿度が高いので、髪の毛を洗っても、1日しか持たなくて、直ぐにベタベタしてしまうので、気持ちが悪いので、夜になって、椎名町に移動する前に風呂に入って髪の毛を洗いました。
ところが、風呂から出ようとして、全く風呂から出れなくなってしまいました。
湯船から足を出そうとしても、全く足が上がらないのですよ。
必死になって痛みを堪えながら、風呂から這い出して、びしょ濡れのままに、なんとかベッドに辿り着きました。
そのままベッドで寝ても痛いし、座っても痛いし、必死に痛みを堪えていたのですが、寝ても座っても痛いのでは、もはや為す術がありません。
痛い所にボルタレンを塗って、マッサージャーで痛い所をマッサージして、ロキソニンを飲んで、疲れ果てて意識が朦朧として来て、睡魔が襲って来るのを待つだけで精一杯でした。
20年前に救急車で運ばれて、集中治療室に3日、4日お世話になって、そのまま長期入院になった、その時の激痛を思わせる痛みでした。
ロキソニンを飲んで、1時間半程経って、やっとロキソニンが効き始めて、同時に意識が混沌として来て、やっと2時間程、睡眠を取る事が出来ました。
いやぁ~、午前中の予想が的中した散々な夜であった!
満月までは後2日かな??
ブルーの灯りの建物は日芸の本館へのエントランスです。

コメント
栗原 盾夫
ここも梅雨入りしたみたいです!肌寒い霧の中でラジオお聴き夜明けお待ってます❗️




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6月5日再び、『positive thinkingとMinor thinking』 ·
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「腰痛のお話」
今日は6月5日の金曜日です。
私は2日の火曜日には、久し振りで、車を飛ばして川崎の病院に、術後の定期検査に行ったのですが、プレッシャ※)でその前日から全く眠れなくなって、それ以降も、全く睡眠のコントロールが出来なくなってしまい、それに連れて、腰痛がだんだんと酷くなって来て、とうとう4日の木曜日には、痛みのために身動きが出来なくなって、痛みのために全く眠れなくなってしまいました。
※)病院の検査結果へのプレッシャーではなく、「朝起きれるか?」という極々、いつものくだらないプレッシャーなのですが、逆に出発直前に睡魔に襲われて、マジに30分以上寝過ごしてしまいました。
病院だから・・という事でなく、普段のオケ練習に行く日の前日のプレッシャーと、全く同じで、プレッシャーの内容とは関係は無いのですヨ❢❢
時間に起きれるか否かだけが、気になって眠れなくなってしまうのですよ!それが、遅れても良い、時間の確定していない事であったとしても・・なのです。
何かしら、よっぽど大きなトラウマがあったようなのですが、実際には、それで自分がトラウマになるような何らかの記憶は一つもないのですがね??
それなのにトラウマ・・とは、全く不思議な話です。
「positive thinkingとMinor thinkingのお話」
5日の朝のテレビで、とても痛ましい事件の報道をしていました。
聖火リレーに選ばれた人が、コロナで聖火リレーに出れなくなって、お店も営業自粛で、先が見えなくなってしまって、将来に悲観してしまった結果、お店に火をつけて、自分も、焼身自殺をしたという事件なのですが、このショッキングな報道の他にも、色々とコロナで先行き立ち行かなくなった人達の話しを延々と聞いて、すっかりと気分が滅入ってしまいました。
まさに「同情するならば、金をくれ!」と言いたくなるようなご時世ですが、私は、有名芸能人ではないので、その発言も意味は無いし、下手なエールをしても仕方がないので、この状況では私個人としては全く為す術も無いので困り果ててしまいます。
このお話しは、なんのアドバイスにもならないのだけど、以前、論文やFacebookにもよく書いている事で、挫折をしやすいまだ大人として円熟していない子供達へのアドバイスとして、よく私が言っている言葉があるので、その言葉を参考までにお話しします。
それは、私の箴言集「ヨージーの法則」の中の一つの言葉(rat)なのですが、「人生の決断は、気分が滅入っている時にはしてはならない!」という私の法則なのです。
Facebookにも、同じテーマで、「メジャー・シンキングとマイナー・シンキング(ネガティブ・シンキング)の話し」の中でしています。
コロナのような人知を越えるようなカタストローフェの場合では、耐え抜き助け合う事がとても重要になります。
人には、カタストローフェをチャンスと捉え、それを実践している人達も結構いるのですが、それは、そのカタストローフェを絶望と捉えるか、逆転の発想で、チャンスと捉えるかで、その人を取り巻く環境が変わってしまうからなのです。
世の中は、人の見方一つで全く変わってしまうものなのです。
逆に、マイナー(ネガティブ)シンキングからは、何一つ産み出されない・・という事だけではなく、そこからは寧ろマイナー(ネガティブ)なものしか産み出されないのです。
マイナー・シンキングの中で、バタ狂っても、結果は悲惨な結果しか産み出されないのですよ。
何も解決策が見えて来ないのならば、何もしない事がベストです。
何もしなければ、それよりも悪くなる事は無いからです。
でもメジャー・シンキングな人は、マイナーな事柄を、逆の立場で考えます。
発想の転換とでも言うのでしょうかね?
悪い事には、反対の側面があります。
悪い事を悪いとしか見えないのは、反対の面を見ようとしないからなのです。
表と裏のように、別の面から見ると、見えて来る情景が変わって見えて来るのですよ。
絵画には「だまし絵」というジャンルがあります。
心理学用語で言う所の錯視です。
エッシャーのだまし絵を見ていて、どこがだまし絵なのか、なかなか見えて来ない時があります。
しかし、一旦それが見えてしまうと、逆に、周りの人達がなぜに見えないのかが、不思議になってしまいます。
自分自身も、少し前までは全く見えなかったのにも関わらず・・・なのですよ?
人生の決断は必ずポジティブ・シンキングの時にしなければなりません。
ポジティブ・シンキングになれば、マイナー・シンキングでは見えて来なかったものが見えて来ます。
大切な事は、自分がネガティブ・シンキングになっている事を自覚して、一歩でも良いから、そこから外に出て、自分自身が見ているマイナー・シンキング全体を、マイナー・シンキングの外から俯瞰をする事なのです。
そうすれば、自ずからより良い解決が見えて来ます。
勿論、そこは「Morgen fruh, wenn Gott will Wirst du wieder geweckt※)」・・なのですがネ?
ああ、これは独居老人の世迷い言です?
※)このドイツ語の文章は、Brahmsの子守唄の中の一節で、私がshockを受けた一節なのです。直訳すると、「もし、神様がそれを望むのならば、あなたは明日の朝、再び目覚めるでしょう?」これはお祈りの時の慣用句なのでしょうが、耳慣れない私に取ってはチョッとshockingは歌詞ですよね??
コメント
純子斉藤
と、病気のとき、体調が悪い時にも、人生の決断をしてはならないのですよね?体調が悪い時に大きな悩み事がある場合は、一旦悩みを置いておいて、体調が良くなってから考えることにすると良い決断が出来ますよ。




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6月6日ぐい呑のお話 ·
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コンビニのカップ酒を飲んだ後の再利用のコップと本格的な手捻りのぐい飲みのお話しは、以前にもしたのだが、左側のぐい飲みは金粉が練り込まれているので、レンジには全く使えないのだが、右側のぐい飲みは、最初の間はレンジでも快調にお燗が出来たのだけど、だんだん、超、お猪口が熱くなって来て、手で持てなくなるだけではなく、お酒も超熱燗になってしまって、味が尖ってしまったのだよナ!

寿司屋では私はいつも超熱燗を頼むのだが、勿論、寿司屋のお燗はレンジではなく、チロリでお湯で温めるので、超熱燗でも味はまろやかなのだよ!!
寿司屋でお酒を頼む時には、超熱燗の2合徳利を頼むのだが、体調が良くて、少し物足りない時には、追加で後1合を頼む!
1合はお米の場合には、一升180㍉ℓだけど、升ではなくて一般的な軽量カップでは200㍉ℓになる。
グラスのカップ酒は90㍉ℓなので、一合升の半分の5勺升という事になる。
升酒の小さなぐい呑みsizeの升は、5勺なので、90㍉ℓになる。
陶器のぐい呑みは、不思議な事に計量カップと同じ100㍉ℓなのだが、作る時には、量を考えて作ってはいないと思われる。
あくまでも手持ちの触感の良さ・・というapproachだろうよな??
私の自室には、探せばぐい呑みは50個近くはあるハズなのだが、5杓の升の代わりの計量カップに仕えるものは一つもない・・という事がそれを証明している。
陶工達の概念には、お酒の量は関係はないらしい。あくまでも手に馴染むか否かのようだ。
それにしても、「お酒をレンジで温めるのは邪道だ!」という事は、私としても、重々承知の助なのだが、「チロリを出してお湯を沸かして・・」という一手間を掛ける程の気力と体力は、老い先短い独居老人の私には、当の昔に失せてしまったのだよ??
『老いは、物事が面倒くさくなる所から始まる』・・というのは私の自論のハズなのだけど、まさに
それを地で行っているよな??
アハッ!
同じ量のお酒なのに、超熱燗になってしまって、味に棘が出来るのは、お猪口のせいなのか、それともレンジのせいなのか・・という事なのだが、(レンジの調子は元々買った時から調子が悪かったので、)「レンジのせいもあるかな??」・・・という事で、試しに、久し振りにコンビニで買ったガラスのカップを引っ張り出して来て、お燗をしてみた。
結果は、思った通りに、グラスはちゃんと手で持つ事が出来て、お酒もちょうど良い温度になっていて、味もまろやかになっていて、安酒なのに結構、美味いのだよ?
という事は、やはり、ぐい飲みの陶器の成分が変化してしまったせいなのだよな?
それにしてもコンビニの一口コップ酒のコップが一番お燗に良いとは、戴けないよな??
まあ、そういう高価なぐい呑で飲む人は、「レンジでチン」なんて事はしないハズだからな??
作った陶工の人も、自分のぐい呑みをレンジに入れてチンする・・てな事は、考えても見なかっただろうさネ~ぇ??
じっくりと、お酒を飲む時間を、時間を掛けて、じっくりとおつまみを作って準備する所から楽しむという事が無くなってしまったのだから、それなりに、せめて美味しくお燗をする方法だけは探さないとナ??
という事は、先ずは磁器のそば猪口ぐい飲みを探さないとなあ?
磁器でsimpleな物だったら、電気を帯びないと思うけれどな??
江戸時代の物はネットで骨董品を売っているのだが、たかがぐい飲みにしては、結構高価だからなあ??
・・・でも、いつも安酒を飲んでいるのだから、せめて、お猪口ぐらいは贅沢をしないとなァ??
いつまでもコンビニのコップ酒では、心が寂しくなってしまうわサナ??
・・てな事を言うのだったら、真面目にチロリでも出せよな~ァ??
・・・って、堂々巡りだよな??
お粗末でした!!
コメント
芦塚 陽二
なんで、「お昼の12時を過ぎた真昼間から日本酒を飲んでいるのか??」と言うと、「全く眠れないから、腰痛の防止のために、何が何でも眠りたいから」と言う事なのです。
マイスリーは、アルコール依存症になってから飲む薬で、今は飲みたくはないし、それに強すぎて結構危険だし、ロリエルはちょうど良い効き具合なのだけど、市販の薬なので、薬屋で購入しなければならないので、結構値段も高いので・・、と言うか、いずれにしても、薬で寝たくはないのでね??
· 返信する · 31週間前 · 編集済み
芦塚 陽二
それはそうと、今夜は大雨で、東京には竜巻警報や雷注意報も出ているのですが、残念な事に今夜は月齢14.7の満月だそうです。
今日の満月は結構期待していたのにな??
· 返信する · 31週間前
芦塚 陽二
腰痛のおツマミにBeyer研究概論のPageをなんとか改訂し終わった!!
一度、完全にブッ飛んだ文章なのだが、wordの原稿から何とかrecoveryと改訂が終わったのだよ。一歩一歩だよな~ぁ??

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6月7日『腰痛の再々再発』 ·
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今日は6月の7日の日曜日の朝の6時です。
4日の夜に強い腰痛になってから、3日間全く外に出る事が出来なくなってしまいました。
部屋の中は結構湿気っぽくって、畳や布団がじめじめしていて、気分的にも鬱陶しいし、昨日辺りからはなんとか部屋の中では杖をつかなくても動き回る事は出来るようになったので、今日は思い切って気分転換に、少しマンションの玄関を出て、駅の前まで歩いてみる事にします 。
・・・という事で、杖にしがみついてマンションを出て、50㍍ぐらい先まで歩いて、久し振りに部屋の外の空気を吸う事が出来て、とても気分的には良かったのですが、やはり段々と右側の骨盤が痛くなって来て、外を歩くのは未だ無理だという事が分かりました。
頑張って杖にすがりつきながら、なんとか部屋まで戻って来て、布団に潜り込んだのですが、腰の痛みが右の骨盤から腰全体に広がって来て、またまた部屋の中ですら歩く事は当然の事で、痛みが酷くなって、bedに横になって寝る事も出来なくなってしまいました!
1998年の7月に腰痛でbedの中から全く動けなくなって、救急車で江古田教室の直ぐ傍の大きな個人病院に運ばれて、ICUに3日間入っていた時以来の痛みです。
今はベッドの横に腰掛けたままで、どうしたらこの痛みから逃れる事が出来るのかを思案中なのです。
立っていても痛い、寝ていても痛い、座っていても・・、という事で、今出来る唯一の対処法として「ロキソニンを飲む」という事を思い付きました。
私は薬で痛みを止める事があまり好きではなく、医者から痛み止めとしてロキソニンを3日分処方されても、1回しか飲む事はありません。
1回飲んでそれでも痛みが治まらない時には追加で、2回目を飲むぐらいです。
近々は歯医者に通っているので、抜歯やその他の理由で抗生剤とロキソニンはよく処方されます。
勿論、抗生剤は真面目に最後まで時間を決めて飲むのですが、ロキソニンは痛みが治まったらそのまま飲まないで保存してしまいます。
ロキソニンは1回、1錠から2錠という事なのですが、私の場合には、1錠しか飲みません。
直ぐに胃が痛くなってしまうので、飲むtimingも飲むintervalも、細心の注意を払って飲みます。
今回も飲むtimingの時間が分かり易いように、夜の12時に1回目を飲む事にしました。
薬を飲む間隔を5時間は開けなければならないからです。
でも、1回に2錠迄は飲む事が許されているので、痛みが収まらないようだったら、少し間隔を縮めても良い・・・という事です。
15分、20分経って、「ほんの少し痛みが軽くなったのかな?」という気分だったのだけど、そこで痛みが取れる事はありませんでした。
しかし、1時間半程経って、深夜の1時半頃になると、突然痛みが取れて来て、意識が朦朧として来ました。
「なんで、1時間半も経って・・??」不思議には思ったのだけど、まあ、これ幸いにbedに潜り込んで、無事に眠る事が出来ました。
いや~あ、善哉!善哉!!

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6月8日『囚われ人の唄』 ·
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腰痛が再々発して、室内に閉じ込められたままで、一歩も外に出れないので、流石に、嫌になってしまって、マンションの外まで歩いて見たら、腰痛が再々再発してしまって、またまた、bedから起きれなくなってしまった。
と言うか、bedで寝ているのも痛くて辛いのだよナ。
・・・という話を前の文章でお話しました。
「外に出るお散歩が出来ないのならば、せめて、気分転換にベランダで熱燗を一杯飲む・・という事も有りかな??」とも思ったのだけど、まあ、外の寒い事、寒い事・・・??
とても、6月の8日とは思えない程の寒さで、「ベランダで椅子に腰掛けての、日本酒の一杯」は無理だよな~あ??
・・と言う事で今日も鬱と痛みで、すっかりと眠れ無くなってしまったので、やれる事も無くなってしまって、仕方が無いので、暇潰しに『Beyer教則本への研究についての総括』のhomepageの改訂と言うか、ぶっ飛んでしまった文章の復活の作業をしながら、indexを付けたり・・写真を貼ったり・・とか、それなりに、改良をしながら、時間を潰しているのだよ。
勿論、芦塚methodeの大元の根本のmanualである「Beyer研究全3巻」の話ではなく、そのnoteに対してのinvention(紹介)の文に過ぎないのだけど・・??

今年は、コロナ元年と言える程に、世界の社会に多くの影響を与えて、色々な国で、catastropheと呼べる程の事件を引き起こしたコロナ・ウイルスに唯一対抗出来る手段は、未だに、人間の自分自身が持つ免疫力である・・のだそうです。

免疫力を高めるために、人は、色々な努力を積み重ねているようなのですが、一番、免疫力を高めるのは、その人の持っている『positiveな考え方』が一番なのですよ。
私が高校生の時に、腎臓を摘出手術をした後で、担当の先生から「30歳迄は生きて行けるよ」と保証された時にも※)、50歳を過ぎて、冠動脈のbypass手術を受けた時にも、「これで後5年は・・」とか言われて来ました。
しかし、腰痛や膀胱癌に苦しめられながらも、元気に余命を過ごしているのは、やらなければならない仕事が山積みしているからに過ぎません。
・・・とは言っても、それは注文された仕事でもなく、誰かのための仕事でも、それこそ教室のための仕事でもありません。つまり、・・ねばならない!という仕事ではないのです。
それどころか、ひょっとしたら、誰も期待していない無意味な仕事なのかもしれないのですよ。
お金にもならない、人から認められるような仕事でも無い、そういった膨大な仕事をせっせとやっているのは、傍から見ると滑稽な事かも知れません。
でも、人がやろうとしないから・・、他の人達に取っては無価値の仕事だからこそ、私が生涯を掛けてやり遂げなければならないのですよ。アハッ!
医者に余命を宣告される度に、やらなければならない膨大な仕事を「どうしよう??」と思って焦ってしまいます。
だって私がやらなければ、こんな無意味な仕事は誰もやらないからなのです。
※)高校生の時の私は、結構裏から話を聞く性格だったので、折角、主治医の先生が私を元気づけるために、言ってくれた言葉なのですが、「未だ日本では前例の少ない腎臓摘出の手術なので、昔手術した人が30歳になっても、未だ生きているよ!」と言ってくれたのですが、私の解釈は「なんだ30歳までしか生きれないのか?」だったのですよ。
同様な事は、冠動脈の手術が最初の病院で決まった時に、若い先生が、「70歳までは生きれますよ!」と言って来たので、私が「えっつ??70歳迄しか・・」とビックリしたら、その若い先生の目が「なんだ、お前はもっと長く生きたいのか?」と愚蔑的な目で見たので、超Shockを受けて、その病院に対しての信頼を全く無くして、即second opinionを試みたのですよ。大学病院から民間の病院に転院するの??と皆さん驚いていましたが、私が信頼するのは大学病院ではなく、その医者なのですからね??
個人の病院でも信頼に足るのならば・・という事なのですよ。
その大学病院も、今は亡き病院になってしまいましたがね??
(経営不振で、大学病院の方は練馬区からは撤退しましたので、今通っている病院とは場所は同じなのですが経営形態が全く違っています。内容とかNiveauはあまり変わりませんがね??)
しかし、意にそぐわない仕事をしていると、思いもよらない出来事に苦しめられる事がよくあります。
そういった、思いも寄らない事柄から呼び起こされる一つの『鬱』は、全く関係のない次の『鬱』を呼び込んで、まあまあ、あれからも・・これからも、と・・、「よくまあ、これだけ鬱っぽい事が集まって来るものよ!!」・・という程、毎日毎日問題が押し寄せて来ます。
私自身は、もう何年も前から、そう言った病気に良く効くkampher剤を幾つも準備しているのですが、人はそれを見ようとも、理解しようとも、使って見ようとも、全くしないのです。
まあ、「信頼関係が無いから」・・と言ったら、それまでなのですがね??
いや~~あ、困った事だよな~ぁ??
コメント
芦塚 陽二
突然、腰痛が再々再発したので、先生が食事を運んで来てくれました。という事は、帰りのbikeがなくなったので、サザエのつぼ焼きや、お刺身、浅利のお吸い物をツマミにして、熱燗を飲む事にしました。
普段は冷たいおつまみなので、とても贅沢でお酒も美味しかったのですよ。
それでも、寿司屋で飲む量は2合か3合なのですが、部屋飲みで使っているお猪口代わりのコンビニ・グラスは5杓なので、3回お代わりをしても、1合5杓です。
お寿司屋で飲むよりは、ずいぶん少な目ですよね?ちなみに、洗い物が面倒くさいので、お弁当のケースのままでお皿に移さないままに、酒盛りをしたので、写真はわざと撮ってはいません。

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6月9日今日のお天気は ·
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今日は6月9日火曜日の朝の7時になった所です。
昨晩は、椎名町から運ばれて来た夕食のオカズの魚介類たっぷりをお酒のおつまみにしてのボッチ飲みのおかげで、久し振りに良い睡眠が取れたので、今日はすこぶる機嫌の良い、すっきりとした目覚めでした。
テレビではキャスターの人が、「今日は久し振りの晴れの日で、東京は最高気温は31℃の予定」と言っています。
・・ちなみに、携帯の予報では今日の最高気温は32℃の予定で、パソコンのyahooの予報では、33℃の予定です。
ちなみ次いでに、湿度は86%もあります。
最高気温はこれからの予定で、湿度は今現在のdataです。
窓という窓を全開にして、この所延々とエアコンのために閉めきっていたので、すっかりとよどんでしまった部屋の空気を入れ替えているのだけど、布団や畳や絨毯がそろそろ湿っぽくなって来ているようだし、気温もだんだん高くなって来て暑苦しくなって来ているので、窓を開けておくのも、そろそろ限界のようです。
テレビのキャスターの人達が「久し振りの青空で、気持ちの良いお天気で・・」と、言っていたのだけど、練馬区の窓から見る限りでは青空ではなく、霞の掛かったような薄曇りの白い空なのですがね??
「あれ・・?」
という事で写真に撮ってみたのだけど、青い空も少しは見えるようだけど、肉眼的に直接見ると、真っ白な薄曇りにしか見えないのだよね?
不思議だよな??
デジカメではなくて、携帯のカメラの性能もあまりにも良くなり過ぎて、自動で補正をし過ぎるよな?
肉眼的に見える通りに撮影する方が、結構、難しかったりして・・・???
特に夕映えの写真の血のようなおどろおどろしい赤の色なども、美しい優しい色に変換されたりして・・・・ネ?


・・・てな事をお喋りしながら、仕事する分けでもなく、テレビのドラマを見る分けでもなく、ベッドで寝る分けでもなく、ただただ・・だらだらと・・なんとなく時間だけを費やしていたのですが、11時半を過ぎた頃から、突然疲れが出て来てしまいました。
だからといってもbedで休んでも、イライラとして眠れる分けはなく、パソコンの椅子に座っても、疲労が体を苛(さいな)み、体をもて余してしまっているのですよ。

体調を調えて、真面目に仕事をしないと・・・と、焦ってしまうのですが、如何せん、体調の事なので、為す術がありません。取り敢えずはbedで休むしかありませんよね??
コメント
芦塚 陽二
ちなみに、本当の青空だと、このようになります‼️






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6月10日外出禁止のボッチ飲み ·
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今日は6月10日の水曜日ですが、深夜の2時半にtoilet―timeで目が覚めて、そのまま眠れなくなってしまいました。(まあ、いつもの事なのですがね??)
「寝苦しいのは室温のせいかな??」という事で、除湿や「おまかせ冷房」などを色々と試してみたのですが、除湿でも、「お任せ冷房」でも、冷え過ぎてしまって、なかなか室温の調整がうまくいかないので、諦めて窓を全開にして、深夜の空気を取り込む事にしました。
外は「肌寒い!」というよりも、マジに寒かったのですよ。
湿度はやっぱり80%近くはあったのだけど、背に腹はかえられないのでね??
窓という窓を全開にする・・という事は、外から、・・というか、ここは5階なので、・・前のマンションからは、この部屋がまる見えになってしまうので、部屋の灯りを全部落として、私の前のテーブルの上だけをランプの灯りで照らして、ボッチ飲みの酒盛りを始めました。
昨晩とは違って、今日は斉藤先生は花園泊まりで、牧野先生も12時近くに椎名町に戻って、ドルプリのお散歩に行かなければならないので、今夜は食事もお弁当も無い日なので、当然、生のおつまみは全くありません。
私は外にお出かけするのは禁止なので、部屋にある乾き物だけを引っ張り出しての「おつまみ」でのボッチ飲みです。

眠れぬままに、外の光景を見ながら、だらだらと夜空が白んでくるまで飲んでいたのですが、深夜の劇的な・・宇宙の中に吸い込まれて行くようなTwilightの深い深いblueの色の空も、鮮血が噴き出したような真っ赤な痛々しいmorgenrotの朝焼けも、今日は残念ながら見る事ができませんでした。
なんとなく空が白んで来て、薄雲に隠れてしまって陽の出は全く見えなかったのですが、地平線よりも少し太陽が上がって来て、雲が薄くなると、雲を通して太陽が見えて来ました。
折角の太陽のsunriseなので、「写真に撮ろう!」・・と、何度も携帯のcameraのシャッターをタッチしたのですが、全く反応しないので、液晶が汚れるのは嫌だったのだけど、指先を唾で濡らしてシャッターをタッチしたら、なんとか液晶が反応して、写真を撮る事が出来ました。 

反対に、触ってもいないのに、勝手にcameraの画面になってしまう事もよくあるのにね??
でも、歳を取ると、液晶のタッチの不具合は、ザラにあるのだそうです。老人の皮膚がカサカサしていて、電気の通りが悪くなるのだそうですがね??
私はこの携帯に変わるまでは、その事には気付きませんでしたがネ??(携帯のせいだと思っているのだよ!!)
今日の日の出は、朝焼けになる事はなく、何事もなく、そのまま朝になってしまいました。
折角、観ていたのにね??期待外れでした。
コメント
塩澤 一範
先生と感覚一緒ですね。散歩したのは、深夜2時、朝方5時に帰宅したよ。
(笑)


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6月10日糖尿病外来の予約をすっぽかした ·
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今日は6月10日の水曜日のお昼の12時半を過ぎた所です。
とても、素晴らしい快晴になったのですが、窓下の公園には人っ子一人いません。こんな良い天気なのに、子供が一人もいないのは、不思議な事です。
たしかに、少し風は強いのだけど、公園で遊ぶには問題はないと思うのだけどね??
まあ、問題があるとすれば、それは気温なのでしょうね??
携帯の練馬区の現在の気温は31℃で、体感温度はもう既に33℃です。湿度は49%、これからマジに33℃まで上がる予定です。・・・と言う事は、体感温度は35℃の猛暑日になるのかな??
いつもの、yahooの予報では今12時現在の気温は既に32℃の湿度43%です。こちらは体感温度は出していないのですがね??
これではコロナよりも熱中症の方が心配になりますよね??
写真の左上が黒くなっていますが、これはケラレではありません。
私の指です。
広角にすると、cameraを持つ指までアングルに入ってしまうので、cameraを持つ事が出来ません。
180度撮影なんて、凄いよな??



・・てな、能天気なお喋りする前に、大変なミスをしてしまった事に気づきました。
それは、「ひかりヶ丘の糖尿病外来」の予約をすっぽかしてしまったのですよ。
朝の8時45分からの診察だったのだけどね??
その前に血液検査もあるので、8時までには病院に辿り着いていなければならなかったのだよな??
のんびりとsunrise等の写真を撮るどころでは無かったのだよな??
まあ、それはそうとしても、(・・・ちゃんと覚えていたとしても、)今日は腰痛が治り切っていなかったので、bikeでひかりヶ丘まで行くのは無理だったよな??
昨日、cancelするべきだったよな??
折角、朝一のgroupにして貰ったのに、一般公開で『ごめんなさい!!』・・と言っておこう!
お昼の2時半を過ぎた所ですが、額から頭頂部から汗が滲み出して来てフラフラとしてきたので、空気の入れ替えを諦めて、部屋という部屋の窓を閉めてパソコンの部屋のエアコンを入れました。エアコンで部屋を冷やすのは嫌だけど、熱中症になるのも嫌なのでね??





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6月10日『調のお話』 ·
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C調(※)(・・・とは言っても、所謂、私達、昭和世代のSlangのシー・チョーという意味ではなりません。れっきとした音楽用語であるC調です。)・・は、ハ長調でもハ短調でもない(・・と言ってしまったら誤解を招きますので確認しますが、ハ長調やハ短調も含んだ上での・・)、Cの音を基音とした調の事です。
「Introduction in C」のように、Cの音を基音(主音)とした調、(若しくは例外的に、Cを属音とした調)を指します。
その使い方は近現代の作曲家であるHindemithのように、無調(調を持たない※))の曲である「sonate in C」とかいう場合だけではなく、baroque時代やそれ以前の教会旋法の場合にも「in C のdoria調」とか言う風に使用する場合もあります。
よくBach の曲にも見受けられるように、ト短調の曲なのに、調号の♭が二つではなく、一つしかついていない楽譜を見受けますが、それはト短調ではなく、ヘ長調のドリア調(dorian)として書かれているからなのです。
例えば、私の擬古典の作品であるGreensleeves to a ground in C Dorisch のように「ground in C Dorisch」のように書いて使われていますが、ハ長調の譜面上に書かれたGreensleevesは、見せかけ上はニ短調になりますが、Dorischで書かれた場合には、シの音はシ♮になります。(そのシ♮の音をdoriaの7と言います。)
現代風にニ短調に訂正されたmelodieに慣れた人達にはシ♮の音は、逆に、違和感を感じるかもしれませんよね?
https://www.youtube.com/watch?v=eD0l3fGiKLA
Cの音を基準とする調は、C Dur(ハ長調)の場合には、一般的にはsimple、単純、子供っぽさを表現するように思われるかも知れませんが、それは楽典的に画面に調号が無く、Pianoの場合には白鍵だけで演奏出来るから・・という理由に過ぎません。本来の調性の持つ調のimageとは何の関係もないお話になります。
作曲家達が抱く調性的なimageでは、ハ長調は宇宙的な壮大さ、荘厳華麗さを意味します。
そのC Dur(ハ長調の)実例がMozartのJupiter-Symphonieであり、Richard StraussのAlso sprach Zarathustraの曲でもあります。
Cの音を基音としたから・・といっても、ハ短調では、全く調の持つimageは異なります。
c moll(ハ短調)の齎す調のimageは、ハ長調のimageとは全く違って、情熱的や激情的なimageとして歴代の作曲家達は捉えています。
調が表すimageは、homepageにも詳しく書いているのでそちらを参考にしてください。
※)無調(調を持たない)という言い方には、Hindemithとは真逆の、12個の音に性格を作らせない・・・という乱数表の法則を応用したSchönberg一派の12音技法や、素早い転調を繰り返す事で調の存在を朧気(おぼろげ)にするWagnerのTristan・harmonyとか、複調(多調・polytonal)のStravinskyのharmonyまで色々な方法論があります。
Hindemithの作品は調性は持たないのですが、基音となる音は存在します。その基準となる基音を表現して、in (*)と言い表します。
基音を作らない、全ての音の性格が均等であるSchönberg一派の12音技法での作曲技法は、作曲家が死んでそのまま直ぐに廃れてしまいました。それはそれらの技法が、無性格な故に誰が作曲しても、SchönbergやWebernの作品にしかならなかったからです。
それと同様な事はDebussyの全音音階による作品も同じです。Debussyの音楽はよく演奏されていますが、Debussyがたどり着いた技法を継ぐ作曲家はいません。全音階的技法による作品は誰が書いてもDebussyにしかならないからです。
無調とは関係はありませんが、その技法による作品ではその作曲家以外の作品には成り得ないのは、Carmina Buranaで有名なCarl Orffの作曲法も同様です。
(参考までに、『調の齎す情緒へのimageとしての文章』へのlinkを張っておこう、と思ったら、その事について書いていたPageが見当たりません。homepageではなくFacebookに書いたのかな??誰か知っていたら、教えてください。homepageには、調性のお話は書かれているようなのだけど、多分音人の会の人の質問にお答えした時の文章だったと思っているのですが・・・)
homepage上のaddressです。
※)「芦塚先生のお部屋」⇒「音楽のおもしろ話」⇒「調性のお話」  
http://ashizuka-s-oheya.ashizuka-ongaku-kenkyujo.com/chou...
※)なんとか見つかりました。
「音楽のおもしろ話」の中かな??と思っていたら、「楽典のお話」の中に入っていました。 
という事で・・・
「芦塚先生のお部屋」⇒「楽典のお話」⇒「調とpitchのお話」です。 
元の文章がぶっ飛んで、古いback・upの原稿から途中まで復元出来たのですが、復元途中で中座したままになっています。
homepage上のaddressです。
http://ashizuka-s-oheya.ashizuka-ongaku-kenkyujo.com/cho...
私の教室の高校生と大学生の生徒達による、私の編作曲した「Greensleevesのthema」によるoriginalのVariationです。
groundという耳慣れない言葉が出て来ますが、groundはEnglandでpurcell等の作曲家達がよく使用したChaconneやFoliaと同じBaßに定旋律を持つbaroque時代のthemaの一つです。
勿論、arrangementは、baroque風でもmodernなcontemporaryなstyleのarrangeではなく、擬古典風のstyleです。
但し、あまり近現代風に作曲すると、Britainの「purcellの主題による・・」や、Stravinskyの「Pulcinella 」のようにcontemporaryなstyleになってしまって、作曲家自身のoriginalの作品になってしまうので、私の場合には原曲のimageを損なわないように、baroqueの様式からはあまり逸脱しないように気をつけて、あまり現代風な和音等が出て来ないように気をつけてarrangeをしています。
Greensleeves to a ground in C Dorisch Yoji Ashizuka ornament-Variation - YouTube



Greensleeves to a ground in C Dorisch Yoji Ashizuka ornament-Variation
2016年11月23日(水)千葉市美術館さや堂ホールのbaroque-concertoです。 芦塚音楽研究所千葉音楽教室主催による先生達のbaroque‐concertでの、生徒達の共演の風景です。


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6月12日暑くて目が覚めてしまった ·
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6月12日の金曜日の朝の8時を過ぎた所です。
寝室のエアコンを消したままで寝ていたら、暑くて目が覚めてしまいました。
toiletteに行った次いでに、窓辺に置かれた部屋の温度計を見て見ると、部屋の温度はなんと33℃を示しています。
慌ててエアコンを作動させた所なのですが、携帯の練馬区の気温は26℃、体感温度は27℃で、湿度は76%でこれから31℃まで上昇して行く予定です。yahooはそれよりは少し高いようで、9時までには29℃まで上昇する予定だそうです。



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6月13日死に至る病 ·
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Søren Kierkegaard(キェルケゴール)の「哲学書」に『死に至る病』という著書がある。
高校生の頃、担任の英語の先生が哲学科出身の先生だったので、仏教哲学やフロイドの精神分析等々、色々な哲学書に興味を抱いたのだよ?
Kierkegaardの著書を読み漁ったのも、その乱読の中の一冊である。
「死に至る病とは絶望である」というよりも、「絶望は死に至る病である。」と言い換えて、私なりに高校生の頃はその言葉に嵌っていた。
という事で、Kierkegaardの著書の中身と言うよりは、その言葉の彩の巧みさに影響されたに過ぎないので、Kierkegaardの哲学の何かが理解出来た分けでは、残念ながら未だにない。
しかし、体調不良や色々なトラブルが重なって来て、すっかりと気が滅入って来て、鬱の中に取り込まれてしまうと、鬱を楽しむゆとりも、鬱を俯瞰する事も出来なくなって鬱に溺れてしまう事がよくある。
もがけばもがくほど、自分自身を鬱の海の底の中に追い込んで行くのだよ。
自分の抱く夢も希望も、自分に与えられた仕事への情熱でさえも、しがみつこうとすると、濡れた砂のように指と指の間から崩れて消えて逝ってしまうのだよ?
力が萎えてしまって、何かを掴もうという気力さえもなくなった時、人は絶望を感じるのだ。
絶望は死に至る病である。
けだし名言では、ある。
しかし、死自体は絶望ではない。
死は人生の到達点、教育goalに過ぎないのだから・・
死の最後の瞬間迄でも、努力を続けるのならば、死はその人にとって、なんの価値もないからである。
死に至る病への最高の良薬は、「諦めない」という事に過ぎない。
これは御経の一文一節なのだが、『生を諦め、死を諦めるは、仏家の一大事の因縁なり』・・・だってサ?
仏教の場合の「諦める」という意味は、囚われる事から抜け出す・・・という意味合いが強い。
もう一つおまけに、『諦めようとて、諦めた。諦め切れぬと諦めた!』ってな言葉もあるよな??
・・どっと払い!!

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6月14日雨の音 ·
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今は6月の14日の日曜日の朝の4時です。
6月は今年の前半の最後の月で、14日は月の前半の最後の日になります。
「それがどうした??」って??
そやあ、どうもしないけれど、なんか、コロナで大騒ぎしている間に、2020年という年が、もう半分終わろうとしているのだよね??
コロナ元年と言うか、無為無策で半年が終わってしまうという切なさだよ。
勿論、「コロナに対しての対応」という意味ではないよ。
何一つ建設的な事が出来なかった自分に対しての自戒の念なのだよ。
6月は東京では梅雨の季節ですよね?
東京の梅雨の時期は、例年でも、超寒い事が多いようですよね??
昨晩は10時近くになって、やっと小雨になったので、bikeで椎名町に移動して、腰痛が再々発してから延々とお休みしていたドルプリっ歩にお久しぶりに付き合いました。
2ヶ月振りぐらいのドルプリっ歩だったので、最初は不思議そうな顔をしていたよ??
それに道路はしっかりと濡れていたので、ドルプリは「雨が降っているのでは・・??」と半信半疑で、おっかなびっくり玄関から出て来たのですが、まあ、それは良いとして、外の寒い事!寒い事!
椎名町からの帰りは薄いジャケットを着てbikeを走らせたのだけど、微妙な小雨と超寒い温度で、bikeの走りも今一だったよな??
ガソリンが湿気っていたのかねぇ??
この所、結構強い雨が何日も降り続いていて、湿度も90%ぐらいで、温度も30℃くらいの日が続いていたのに、夜になっての、この急激な温度変化には体力が、とてもとても付いていかないのだよナ。
・・で、今は6月の14日の日曜日の朝の4時です。・・と、続きます。
雨は相変わらず、降ったりやんだりを繰り返していて、湿度も90%近くを推移しています。
コロナとは関係はないのだけど、湿度が高いので、延々と密室状態で除湿を掛けていると、空気が悪くなって来て、(・・と思えて・・)狂いそうになるので、窓という窓を全開にして換気をしました。
絨毯や畳に気を付けて、ベタベタしそうになったら、一気に窓を閉めて回って、除湿にします。エアコンの除湿は超寒くなるので、コンビニ・クーラーの除湿です。
この空気の重たさは私には堪えられないので、部屋で発狂しそうになっています。
そう言った時には、徒然なるままに、頭に浮かぶ良し無し事は・・鬱を引き起こしてしまいます。
コロナではなく、激しい雨に閉じ込められて、自宅のベランダから怨めしげに外の雨の様子を撮った動画なのですが、絵的には雨足が強くて、外が真っ暗なので、動画的には、何も映っていません。
でも、雨音が結構激しいよね??
ベランダに打ち付ける強い雨の音をお楽しみください。
・・と思ったら、よく聞こえなかったよな??
ポチャ、ポチャという音は水滴が落ちて来る音なので、後ろのゴーッという音が本当は雨の音なのだけど、そりゃあblackoutして、分からんわな??

作曲学的にはこれをtone-clusterと言うんだよ!!
コロナのclusterと同じ意味なのだけどね??
失敗!失敗!!
という事で、もう一枚の動画にしました。
映像的には何も見えないのだけど、雨の音はclusterの音がちゃんと分離されていて、こちらの方が分かり易いですかね??


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6月15日『音に溺れる』 ·
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音の立ち上がりと言う事の意味を弦楽器で説明する事はかなり専門的な話しになってしまって、簡単に解説する事は難しい。
その点、pianoのtouch、所謂、einschlagは機械式なので説明する事は簡単である。(modern-Piano所謂、double actionのPianoは、投石器の原理の応用である・・という話はhomepageでしているので、single actionとdouble actionの音を出す仕組みの違いについてはここでは言及しない。)
勿論、いずれにせよ、音は「速度×重力」のVektorであるから、音の基本は、限りなく重量が0に近く、速い速度でhammerが解き放されたtouchである事が望ましく、指に力を込めた音殺しの音とは真逆の「0touch」に近いものであることが美しい音の基本であり、望むべき音である。
しかし、そこで多くのピアニストが忘れている『要』の事は、真の歌い込みに必要な音は、指を鍵盤に打ち込む時に出るtouchからの音ではなく、指を鍵盤から引き戻す時に出るtouchによる音である。※)
今のピアニスト達の奏でる音は全ての人達が鍵盤に指を打ち込む時のtouchで音を出している。
現代では、いにしえの名人達の美しいtouchの音が聴ける事はもうない。
※)引くtouchの説明は、難しい。しかし、引くtouchの練習法自体は然程難しい事ではない。
非常に速い速度の同音連打や、triple以上の同音連打を弾いて、その最後の音を鍵盤から放さないで指を残しておくという、その感覚を学べば良いだけだからだ。
Pianoを学ぶ上では一般的には、「しっかりとtouchをするように」と、習う。
しっかりと指に重量を込めて出した音は、重厚な音がするが、サロン等は兎も角としても、ホールでは、音が籠ってしまって遠音が効かない。
音を遠く迄飛ばすには、透徹した音、所謂、速度のある音が遠音の効く音になる。
私が生徒に指導する時には、旋律を演奏する側を音を飛ばしたtouchで弾いて、伴奏のpartを重量のある音のtouchで演奏させる。そうすると旋律がくっきりと、重厚な音の響きの中に浮かび上がって立体的な演奏が出来る。
速い速度のtouchを学ぶには、boxingや空手の(或いは剣道等の)武術から学ぶと良いのだ。
空手家の人は100㌔の力で物を破壊する事が出来る。
当然、100㌔の物を破壊出来る分けなのだからその手も100㌔の力に対応出来るハズだよね??
しかし、だからと言って、逆にその人の手に100㌔の重さのハンマーを打ち下ろしたら、その人の手は粉々に砕けてしまうだろうよ。
私自身も、高校生の頃までは、私の竹刀で、相手の竹刀を切る事が出来た。勿論、私の竹刀というのは、私個人の物ではなく、学校の備品である。
1,2本ならばいざ知らず、合わせた相手の竹刀が片っ端から折れて行くので、幾らなんでも、弁償しなければならないので、剣道から柔道に変えさせられたのだけどね??
選択肢を代えさせられた正規の授業である柔道の時間でさえも、1年間誰ひとりとして私の相手をしてくれなかったのだよ。危険人物とされていたからね??
もし空手家の人が物に手を打ち込んだとしたら、100㌔のハンマーと同じ事になる。
しかし、その手に100㌔の力が掛かる事はないのだよ!
proの空手やboxingの選手は引く時の力で物に打ち込むのだよ。
つまり、手が物に触れている瞬間は限りなく0に近く、速度は最大になるのだよ。だから手に直接100㌔の力が掛かる事はないのだよな??
そこにVektorの原理がある。
昔のsteinwayの鍵盤が重かったのは、指に掛かる重さを0に近づけるためなのだよ。腕全体の重さと鍵盤の重さが等しくなると、指に掛かる鍵盤の重さは限りなく0に近づく。
そうすれば、速度だけでeinschlagが出来るからなのだよ。
こんにちのsteinwayのPianoは鍵盤が軽い。
演奏する側がKeyboardのように、押し込むtouchをするようになったからなのだよ。
だから今のpianistの音は力で出す音なので、キンキン・キャンキャンとしてうるさいのだよ。
音を出す仕組みが全く異なっている弦楽器の場合でも、楽音となる音の根本的な本質はPianoと同じである。
弦楽器での「0touch」に相当する弾き方は、楽器を弦を上にして置いて、弓の重さだけで滑らせた※)時に出る音である。
※)滑らせた・・というのは語弊がある。よく弦と粘らせてその粘りが切れない速度で弾く事が要である。オケ練習や室内楽の練習の時に、時折、作音の練習をさせる事があるのだが、相当な技術力を持った生徒達でも、楽器本来の音を出させる事は難しい。
しかし、正しい接弦の位置で、接弦の量と弓の移動速度のみで出した音であったとしても、その音は極めて小さい音ではある。
楽器の原理を知るには、共鳴箱を持たない弦だけを弓で弾いて見るとよい。
ミ~、ミ~と、実に情けない音がする。
それが楽器の共鳴boxで、共鳴してViolinやCelloの音になるのだ。
しかし、その共鳴は本当の共鳴ではない。
楽器に対して、一番大きな共鳴が出来るように、魂柱の位置が自分で勝手に移動して行くのだよ。
そのboxとしての小さな振動から、その楽器が最大に響鳴するように演奏するのは至難の技となる。
演奏の技術のみならば、非常に優れた演奏技術を持っていたとしても、楽器から出す音に関しては、力で捩じ伏せるような音しか出す事の出来ない演奏家のなんと多い事よ?
また、proやアマを問わず、多くの人達が勘違いをしている事なのだが、高価な楽器になればなる程、音