芦塚先生のFacebookより抜粋


                     2014年9月4日より2015年12月31日迄


(時系列《タイムライン》について)
Facebookのtimelineは、新しいcommentから古いcommentへと進んでいきます。
Facebookとしては、気軽なchatを想定しているようなので、古いmessageを繰り返し参考にするという読み方はしないという設定なのでしょうが、それは、私のmessageの趣旨に相容れないようです。
という事で、このhomepage上では、Facebookとは違って、古い情報から、より新しいmessageに進むような、timelineで掲載しておきますので、予め、ご了承ください。


(時系列繋がりで)
音楽に関係のあるコメントだけをピックアップして掲載していたのですが、開設してから1年ほどのコメントにuploadした日時が落ちていたので、Facebookから日時を確認して補足しておこうと思ったのですが、どれがどのFacebookのコメントか、ということが全く分からなくなってしまいました。
このPageに書かれている内容とFacebookの内容が全く違って、文章が改訂されてしまったからです。Facebookを手直ししたのか、homepageの方を書き加えたのかは、ケースバイケースで全く分かりません。
折に触れて、分かった所から順番に日にちを付け加えて行きたいと思いますので、気を長くしてお待ちください。(2016年2月3日)


FacebookⅡへ 
 2016年


FacebookⅢへ  
2017年  


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2018年  



index
前書き

Facebookの開設に際して
2014年9月4日

八千代市生涯学習プラザ主催のコンサートの風景
2014年9月30日

古楽器の演奏(period奏法について)

Heinrich Ignaz Franz von Biber
2014年9月30日

通奏低音について

おもちゃのシンフォニー
2014年9月17日17:37

クリスマス会でのPachelbelのchaconne
2014年9月9日

TelemannのAria
2014年9月9日

Seitz violinconcrto Op.15 D Dur
2014年9月10日10:34

Pachelbel triosonate e Op.4
2014年9月10日15:08

Leclair violinsonate Op.9Nr.3 D Dur
2014年9月10日15:15

Pachelbelのchaconneの練習風景
2014年9月30日1:58

CacciniのAve Maria
2014年9月10日17:31

Corelli=Geminianiのla folia
2014年9月10日18:38

purcellのchaconne g moll
2014年9月10日19:47

chaconneの奏法についてのお話

Vivaldiのtriosonate la folia
2014年9月10日20:03

Vitaliのla folia orchestraversion
2014年9月11日12:14

early・summer・concert
2014年9月13日18:35


2014年10月12日発表会当日の朝に

2014年10月17日お手伝いをして頂いた保護者の方へのお礼と子供達の反省会を合同で

2014年10月17日続き牡蠣剥き

2014年10月25日カワハギ

2014年10月28日曲渡しと初見大会

2014年10月29日発表会のご報告

2014年11月26日heurigeと膝関節

2014年12月2日冷蔵庫との戦い

2015年1月1日新年のご挨拶とクリスマス会の報告

2015年2月12日 Vocaliseのarrange

2015年2月12日音人の会

2015年2月15日の京成検見川教室での自主練習

2015年4月23日昨年に引き続いての大風邪

2015年5月7日ひょっとして初夏なの???

2015年5月8日創造と想像と噪騒

2015年5月9日柏餅の思い出

2015年5月11日初見大会とorchestraと室内楽の曲渡し

2015年5月13日Hennry purcell triosonate g Chacony Ashizukaversion

2015年5月26日Greensleeves to a ground in C (Dorisch) Ashizukaversion

2015年5月27日Hennry purcellのtriosonate g Chaconyの動画のuploadに際して

2015年5月28日Chaconyのcantus firmus(定旋律)について

2015年5月29日basso continuo用の positiv organと芦塚先生製作のpipeorgan

period奏法への時代考証

ornamentの基礎
15年5月30日20:30

einfach(単純)とkinderei(幼稚)

貴文君と星那さんの結婚式
15年6月11日13:34

Mozart sämtlichesviolinconcerto facsimile
2015年6月13日


結婚式のspeech
2015年6月14日

steinwayのPiano
2015年6月14日


クーラーのまとめ買い
15年6月15日16:38

小野田 有紗さんのFacebookをshareしました。
2015年6月17日


チビ太のことが羨ましい

「居合」
15年9月23日

「windows10への悪口」
15年6月18日 ·

私事により

15年7月3日

楽器の練習をひたすら邪魔をする猫様
15年9月27日 9:45

15年10月の秋の発表会の直前に発作を起こしてviola da gambaを買いました
10月9日 20:49

もったいないのお話
10月10日 8:54

すっかり薄くなった職人気質
10月13日 22:37

Bachの音楽の捧げ物からDuparcの L'invitation au Voyage Charles Baudelaire のお話
10月13日

Facebookには掲載されなかった一言
10月20日14:01

10分の1のKontrabass
10月23日10:08


クリスマス会の全体合奏の新曲 「モミの木」


Veracini sonate accacemiche Op.2Nr.12d moll passacaglia

Rolandの電子harpsichord

DellのパソコンとRolandの電子harpsichordと足の爪の初期不良
11月03日

11月15日のオケ練習

VeraciniのpassacagliaのAshizuka-versionについて 
15年11月20日21:20

何度もYou Tubeにuploadしても出来なかった動画が突然upload出来た
15年11月21日10:17

Faure のElegie orchestra-version
15年11月24日5:44

BrahmsのWiegenLied
15年12月6日7:59

Libertango
15年12月7日5:44

備前焼の珈琲カップをスプーンで混ぜると
15年12月9日0:40

発作を起こして甘酒を作った
15年12月11日18:57

バナナジュースのお話
15年12月15日8:40

クリスマス会のステリハ
15年12月22日4:00

クリスマス会
15年12月28日9:17

自然薯のお話
15年12月31日12;58

2016年1月からはFacebookⅡにお引越しをしました。


       

前書き
Facebookを立ち上げるにあたって

「私とFacebookの関わり」 (芦塚陽二記)

私は、これまで全くtwitterやlineといった類のSNSは全くやった事がありません。

私の「闘病記」の中や、「芦塚先生のお部屋」にも、私個人の日常を報告する、「鬱日記」というTitleのサイトで、普段のmailのやり取りをそのまま載せているので、よく
「これはblogではないのですか?」と尋ねられる事があるのですが、実際には、blogのように、何かしらのメッセージをネットでupした後で、それに対しての、感想のmessageや、質問メッセージ、(質問や感想)に対して、私は、お返事を書くだけの体力や気力がないので、ついつい放ったらかしになってしまう、という事で、結果的に、意に反して、相手の人に対して「失礼になってしまう。」という事と、また、blogに費やすだけの、今の体力では、Facebookを書くだけの、体力気力とその時間を見出す事が出来ない・・・という事もあって、今までは、SNSの類いには、一切、手を付けないようにして、やって来ました。

昔、一度、アメーバブログに、
「私の教室の事が噂されていた事がある」・・という報告を受けて、その内容が、「教室の活動に批判的な内容が書かれている」・・・というお話だったので、そのPageを見るために、慌てて、入会した事がありましたが、chatを見てみると、批判的な内容の文章は一切なく、逆に、教室への賛辞が込められて、非常に好意的に書かれていたので、・・・その事を確認した時点で、その日一日だけで、すぐに退会してしまいました。「教室の活動に批判的・・・」と、勘違いしてしまったのは、教室への賛辞が逆説的に書かれていたからで、文章を読み慣れていなかった人が、読み間違えただけでした。
その時にも、ついでに教室の関係者の人達のblogを幾つか拝見しました。
その内の、何人かの人達には、アメーバブログで、旧交を温めました。

今回も、Facebookを開いた切っ掛けは、以前と同様に、
「Facebookに教室についての話が書かれている」というお話を伺って、チョッとそのお話の内容に興味を持ったのですが、やはり入会しないと、その内容を見る事が出来ない・・・という事で、取り敢えずは入会してみたのですが、そうしたら直ぐに、現在の教室の関係者の方たちは元より、現在は消息不明になっていた昔の生徒さんや、高校時代の友人達からも、メッセージを頂き、「Facebookを開いておくのも教室にとっては、良いのかな?」という事で、Facebookはおろか、SNS初心者なので、練習も兼ねて、14年の9月の始め頃から立ち上げてみました。

本来的には、教室の活動のご報告なので、教室からのサイトでなければならないのですが、先生達には、そういったSNS等の、Facebook等にかける時間が全くないので、しばらくの間だけ、私のパソコンで立ち上げた私のFacebookの中で教室の活動も並行して紹介する事にしました。

最初は
「twitterやlineは、文字数の限りがあるので、Facebookの方が、私のやりたい事にあっているのかな?」と、文字数の事にのみ、関心を抱いていたのですが、Facebookの事を調べて行くにつれて、一般のFacebookに求めている内容(style)と、私がFacebookに求めているギャップがあまりにも酷く、Facebookを立ち上げる事を、それからも暫くの間は、躊躇していました。

Facebookは、メッセージ性が非常に高い・・という反面、色々と私がやりたい事(教室の活動報告や論文の掲載等々)とは、chatの延長であるような、近況報告であるFacebookの趣旨が噛み合わないように思いました。

その噛み合わない事の一つに対して、この「Facebook」という紛らわしいTitleのhomepageを開いた理由でもありますが、Facebookは
「Facebookの会員にならないと、Pageの内容を見る事が出来ない」、という事で、Facebookに入会していない人や、特定の内容だけを、求めている人達にとっては、FacebookというTitleのPageを立ち上げるという事が、意外と、意義のある事ではないだろうか??と思いったって、FacebookというTitleのhomepageを立ち上げる事にしました。

Facebookそのものの教室での主な意義は、教室の活動の報告を、一般の人に広報するという事が、重要な課題ですが、Facebookのホームでは、内容が1週間しか掲示されないで、その後自動で消去されて行く、という問題点と、Facebookをしている殆どの人達が、その日の食べ物の感想や、旅行の報告で話に花が咲いているようで、まさにchatの世界であり、また、Facebookをやっている音楽教室も、そういったchat風に発表会や、日常のlessonのご報告をして、communicationyの場にしている教室もあるようなのですが、私達の場合には、とてもそこまでは時間的な余裕も、余力もないので、一応、教室のホームページに活動の報告をするついでに、Facebookを見れない人達のために、全くFacebookと同じ内容なのですが、ホームページにも同じPageを立ち上げる事にしました。
あくまで、Facebookが見れない人達のためのPageですので、Facebookと内容は同じです。
chat等は相変わらず、いたしておりません。

まえがき、Ⅱ
「Facebookと私との関わり、その2」

近況としては・・・・

チョッと前までなら、netでちょいちょいと見つける事が出来た友人達が、近頃は、netでもFacebookでも、探し出せなくなっています。(勿論、mailも今は使用されていないようで、宛先不明で戻って来てしまいます。

日常の友人達との、繋がりというか・・・、同世代の友人達とのつながりは、いつの間にか疎遠になってしまって、もう殆どありません。
同窓会のお誘いも、今年、(2014年)が最後だとの連絡がありました。

人と出会うチャンスがなければ、もう古いアドレス帳も必要はなくなって、古い友人達とも連絡を取ることすらもう出来ません。

大体、私達の世代はパソコン世代や、携帯世代でもありません。
ましてや、スマホなんて、分けの分からない端末のようなものは、 私達にとっては理解不能です。

私達は、全くのアナログ世代なので、パソコンも、私達の世代にとっては、40代の後半に入ってから、私達の手に入るようになったのだし、携帯に至っては、私達の世代では、50代に入ってから、手にする事が出来るようになったものですからね。

だから、私の友人達でも、パソコンは会社で決められた仕事で使うもので、会社を退職して、総ての時間がプライベートになってしまったら、パソコン等とは、だんだん、疎遠になっていくのは、致し方ないのかもしれません。

今回、Facebookを始めて見て、Facebookに登録しているつながりの世代は、私の世代の人は極めて少なく、寧ろ私の弟子の世代だという事がよく分かりました。
世代が違う・・という事は、話題も違ってしまいます。
音楽という、共通の話題を持っていたとしても、その音楽に向かう姿勢は、やはりそれぞれの世代で異なります。
という事で、snwにFacebookをupしていても、場違いで、居場所がないようですね。

老兵は(社会からは)消え逝くのみ…なのかもしれません。

その内に、教室のFacebookだけを残して、私のFacebookは閉じようかなと思っているところです。
(この文章は2015年2月25日の追記の文章です。)





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                               本文

Facebookの開設に際して


ちなみにこの二匹のシーズーの名前は左がgigueジーグ、右の小さなワンちゃんがノンちゃんで、正式にはcanonです。
二匹でcanonとgigueです。
2014年9月10日 9:17

シェアしました。スマートすぎて、看板に偽りありです。
2014年9月10日 9:49


https://www.youtube.com/watch?v=3A5SCHRRlpU
Caccini Ave Maria arrangierte bei Ashizuka fur streichorchester
youtube.com
2014年9月10日 17:31

発表会の予告と報告のPageです。
Cacciniについての、こもごものよもやま話が色々と酔っ払った勢いで書かれていますが、
「どうせ、読む人なんかいないのだから…。」と、かなり自嘲的なのですが、作曲したり、ホームページを作成している時は、大概、欝が酷い時なので。
「…で、正常な時は何をしているの?」って??
ハイ!
真面目に寝ていますです。
2014年9月10日 17:46




TelemannのAriaをorderした人からのrequestで、全く楽譜がないので、tango風にarrangeしてみました。
wineを飲みながら、またまた朝まで掛かって、オケのpartをせっせか印刷していました。
何でそんなに早く作曲出来るのか??・・・・って??
quintZyklusという作曲技法で、実にonepatternの作曲方法なのですよ。
finaleの入力の技術を使うと100小節でも、ほんの一瞬で出来てしまうのです。
ハイ!
2014年9月10日 17:40


la foliaについてのコメントです。
八千代市生涯学習プラザ主催のコンサートでの演奏です。
2014年9月10日 18:43

殆ど全員が中学生と小学生です。
殆どの生徒が対外出演は初めてだったのよねえ。
音楽に向かう姿が一生懸命で、可愛かったのよねえ??
2014年9月10日 18:49


鬱々な曲ばかりですが、実は鬱々の曲ばかりを集めているのです。
アッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハ!!
本当は、明るい楽しい曲もいっぱい演奏していますが、ここでZyklus(この場合には作品群)としてのまとまりを出すためには、何かしらZyklusとしての共通のthemaがないとね。
曲集としてのまとまりが漠然としてくるからね。
しかし、鬱々の曲は、まだまだたくさん演奏しているのですよね。
2014年10月29日 17:26


chaconneとしては多分一番有名なVitaliの名曲です。
通常はPiano伴奏で演奏されます。
2014年9月11日 12:17

ちなみに、Vitaliにはこのchaconneの作曲者であるTomaso Antonio Vitaliとその父親のGiovanni Battista Vitaliの二人がいる。
出版されているtriosonate等の作曲者等で混乱してしまいます。
baroque時代や古典派の時代は、基本的に音楽家は世襲だったので、親子3代ぐらいは当たり前なので、そこの所はしっかりと押さえておかなければなりません。
2014年9月11日 12:43

ちなみついでに、Piano伴奏版のchaconneとorchestra伴奏版のchaconneでは、variationが殆ど異なります。
殆ど…、と言ったのは、同じVariationの所もあるからです。
曲の全体の長さも全く違っていて、orchestraversionでは、曲の規模がかなり大きなものになっています。
2014年10月29日 17:24

http://music.geocities.jp/・・・/ycy2012-6-24smmr-knct.html・・・








八千代市生涯学習プラザ主催のコンサートの風景


遊び唄(前半) 芦塚陽二作曲

2014年9月4日

八千代のコンサートは、八千代市の依頼によって、企画をした演奏会です。

八千代のコンサートでは、私のPianoの小品も演奏しました。
「八千代では・・」、という意味は、教室の発表会では、原則として私の作品を演奏する事はないからです。

それは、なぜならば、この
「遊び唄」のように、一見すると、子供用に作曲された作品のようなTitleの曲でも、決して、子供達にとっても、大人にとっても分かり易い曲ではないからです。

八千代のコンサートは二部制で、総入れ替えのコンサートになっています。
ですから、一部は若いお母様達と、就学以前の子供達を対象にした、兎に角、楽しい作品を中心に選曲しまいした。
二部は、純粋に音楽を楽しみたい方を対象として、という依頼で企画しましたが、なんと!!  Σ(゚д゚lll) 多くの方が私と同世代か、年上の、しかも音楽に対してマニアックな方が多いようにお見受けしました。

また、殆どの方がリピーターなので、私の特殊な選曲もご理解頂いているように、勝手に解釈して、Bartokのような近現代の作曲家や、私の作品もrepertoryに入れさせて頂きました。

演奏してくれるのは、私と牧野由起子の門下生で、遠藤美帆(中1)13歳です。
曲は、先ほどもお話した、「遊び唄」というZyklusです。

ここで言う、「遊び唄」というのは、江戸時代から、明治時代等の、伝承された童唄(わらべうた)の中でも、「遊び」を伴う唄の事を言います。
「言います。」・・・、という事は、それは私が個人で決めている定義であって、一般的な決め事ではありません。


私が、「遊び唄」の「唄」の文字を、敢えて、「歌」としなかったのは、一般にも「あそびうた」というgenreの曲があるからです。
幼稚園等で、子供達がお遊戯やお絵かきをしながら歌う現代に新しく作曲された歌を、一般的には「遊び歌」と呼んでいるから、そのgenreの曲と区別するためなのです。

私の作品は、江戸時代、明治時代からの、子供達の遊びのための歌、遊ぶための歌を、現代風にimprovisationした曲集なので、「遊び唄」とは、言っても子供がその唄で遊ぶ事は出来ません。
Pianoの曲のタイトルに過ぎないのです。
勿論、現代の作曲家の手による「お遊戯のための歌」は、子供達が歌を歌いながらお遊戯をするために、作曲されています。

そういった、保育園や幼稚園等で、子供達が歌いながらお遊戯をする現代の作品と、子供に演奏させる事も、子供の聴衆を対象にしないで、遊び唄をPianoの曲の素材として、子供の時の、思い出、(sehnsuchtしょうけい)の童唄(わらべうた)のmelodieをimprovisationのthemaとして、自由に展開したPianoの曲としてのTitleとしての「遊び唄」を区別するために、敢えて、「唄」という文字を使用しました。

という事で、曲は子供の練習用や発表会用の曲としての作品ではなく、かなりの演奏技術を必要とするコンサート用の曲集です。

https://www.youtube.com/watch?v=C0RCZ_iwWT4

遊び唄の演奏は、お客様が小さなお子様をつれたお母様達という条件があるので、子供達の曲を集中して聞けるという時間もあって、曲の長さとの兼ね合いで、2回に分けて演奏をしました。

本当は、1日、2回の公演なので、子供達のcapacityのために、前半のプログラムと後半のプログラムは、同じプログラムでも良いというお申し出だったのですが、1部の公演からそのまま残ってお聞きになる方も多いようなので、プログラムは基本、前半と後半は別プログラムにしました。
子供達も曲目を変えても、そのために練習をする分けでもないので、capacityの問題はなかったので・・・。
canonのように、thema曲で同じ曲を演奏するときにも、演奏styleを全く変えることで、飽きないように配慮したつもりです。


 12年6月24日八千代市生涯学習プラザ主催の演奏会で、前回同様に、遠藤美帆(13歳)中学1年生の演奏です。
芦塚陽二作曲の遊び唄集の中から「郵便やい!」「俵はご~ろごろ」「かごめ、かごめ」の3曲を演奏します。

童歌に遊びを伴う曲を作曲者は「遊び唄」と名付けてimprovisationしました。

作曲は今から30年以上前の(何とこれは何時の文章なのかいな??)
星霜は移ろい逝くのは、早いもので、もう50年近くも前の事になってしまいましたよね。
20代から30代の初め頃までの作品です。

「郵便やい!!配達やい!!」の冒頭の一節を掲載しておきます。

参考までに:「polytonal」

右手と左手の調号が違いますが、こういった調の事をpolytonal(ポリトナール複調)と言います。
finaleには、こういった機能がないので、困ってしまいます。
また、私の作品には、上の段と下の段で小節がずれる曲も結構、あります。表記出来ない分けではないのですが、例外中の例外なので、入力する事が非常に難しく、finaleはそんな現代曲には未だ、対応出来ていないのですよ。




次の曲は、「カゴメ カゴメ」ですが、この曲では複雑な和音の動きの他に、譜表の表記の問題もあります。

多くの作曲家は、作曲をする時には、無駄に加線を書かないで済むように、音部記号の方を変えて書きます。
Bach時代のbaroqueの作曲家は勿論の事、MozartやHaydn等の古典派の作曲家達、或いは、Debussyのような近現代の作曲家達も音部記号を変えて書く方が楽なのです。

音部記号を読めるようになると、初見演奏で移調をして読む事が出来るようになります。
scoreで管楽器のpartを演奏する時には、頭の中でいちいち
「楽譜上の音を、何度下に移動して・・・」・・と、やっていては、とてもscoreを初見でPianoで演奏する・・なんて事は出来ません。
今のキーボードなら、transposeキーがあるので、移調も簡単に出来るのですが、Pianoには勿論、そんなキーはありません。
それに、orchestraの場合には、clarinetがB管であったとしても、hornはF管とか、楽器毎に調号が変わるので、例えキーボードでtransposeの機能が付いていたとしても、何の役にも立ちません。

教室でscorereadingが出来るようになるためには、色々な音部記号を読めるようになるのが絶対条件です。
という分けで、市販の楽譜のように、作曲家の直筆の譜面を、簡単に譜読みが出来るように、ト音記号とへ音記号に手直しするような無駄は絶対にはしません。
それが、親心なのよ??!
慈父の愛と慈母の愛という言葉がありますが、子供を困難から遠ざける事を慈母の愛と勘違いしている人達が多いこんにちです。
愛する余りに子供の自立を妨げるというお話もよく聞きますが、それは心理学的に嘘です。
それは、共依存という自己愛の一種なのですよ。
子供は独り立ちをさせる事が本当の愛の姿です。
少なくとも自然界の法則では、そうなっています。
動物は、本能で生きていて、人間の方が理性で生きている・・というのなら、致し方ありませんが、でも自己愛は、生存本能の姿だと思うのですがね。




以下のurlはその次のコンサートでの録画です。
勿論、「遊び唄」の続きの作品です。

遊び唄(後半) 芦塚陽二作曲

https://www.youtube.com/watch?v=u6RGPYj9AiE

「一匁目の一助さん」「花一匁目」の演奏です。
この二曲は、どちらも結構長大なものです。
Pianoの演奏の技術としても、かなり難しい曲です。

先ほどと、同じように「花一匁」の冒頭の楽譜です。
参考までに:  この曲は、実は私の、violinのduoの曲から、Pianoへtransposeしたものです。
勿論、そのままtransposeすると、Pianoの曲にはなりませんので、その分、originalとは無関係に、自由にParaphraseしています。

この中の四曲は、40年近く前にも、当時、中学2年生の谷口久美子ちゃんが、私の友人のpianistと合同の発表会で演奏してくれました。

「合同の・・」というのは、私は未だ音楽教室を開設はしていなくて、子供の指導もしていなくて、久美子ちゃんも、その直前、指導に行っていた音楽学校の、子供科の生徒だったのですが、その学校を1年で辞めた時に、唯一人、私に付いて来た、唯一の私の生徒だったのです。

久美子ちゃんはその音楽学校の子供科に入る前は、有名な大手企業の音楽教室にいたのですが、指導される若い女の先生が1年も続かないでどんどん代わられてしまって、1年も続かないのだそうです。
生徒が続かない分けではなく、先生が続かないのですよ。
腰掛けなのでね!!
でも、これは小学校でも同じなのね。
子供を教える、・・という事を、馬鹿にしているクセに、いざ自分で教えてみると、その難しさに挫折してしまう。
子供の意識が・・と子供のセイにして、寿退社する。
寿退社の80%以上が、1年以内に結婚をしていない・・・という事は常識なのだけどね・・・??

「じゃあ、もうちょっと、ちゃんとした教室で、!」と、音楽大学の付属の音楽教室の子供科にしたのですが、その音楽学校の子供科に入学しても、先生達との折り合いが悪くって、「そんな事なら、もうPianoは止めよう!」と、お母様と相談していた所に、「新しい男の先生が来るから、その先生に見て貰って、その結果で判断したら・・・??」という学長からのお話があったそうです。

だったら、
「今度、新しく男の先生が来るそうだから、男の先生は初めてだから、面白そうだから一月だけ、lessonを受けて見て、それからPianoをやめようよ!」という事になって、私のlessonを受けたそうです。

ところが、久美子ちゃんは、すごく先生(私)の事が気に入って、1年後の話ですが、
「その音楽学校の先生を辞めるのなら、私も一緒に・・・」と、久美子ちゃんが言って、お母様も「他の先生では、続く分けはないから、当然!」、と私の家まで、個人lessonに来る事になりました。

子供を指導した事は、それまでもありましたが、生徒として月謝を貰って指導するのは久美子ちゃんが初めての生徒でした。
この写真は久美子ちゃんの小学校の4年生の頃ですが、その頃は
「芦塚先生が、せめて大学生ぐらいだったら良かったのになあ!」と残念がっていました。
でも、日本に帰って来たばかりの頃なので、未だ20代後半の大学の先生だったのですがね。
20代後半でも、子供がこの歳じゃあ、おじさんにしか見えないか・・??アハッ!


発表会での演奏は、勿論、久美子ちゃんの演奏も、ノンミスで、完璧な、とても良い演奏でした。


久美子ちゃん、この写真ではviolinを弾いていますが、本当はPianoの生徒です。
学研の高校生の音楽の教材のvideoで、高校生のPianoの生徒の演奏の録画を頼まれたのですが、当時の生徒は久美子ちゃん一人しかいなかったので、学研の了解の下で、中学生の久美子ちゃんが、高校生と偽って、Pianoの演奏をしています。

学研の担当者に言われて、指定の曲を久美子ちゃんに指導して、色々と準備して(高校生の制服とか)ヤマハ・ホールに出かけたのですが、実際に撮影して見ると、ディレクターの人が、自分が曲を指定したのに、曲のimageが自分で納得行かなくって、その人がヤマハホールの楽譜売り場でBeethovenの楽譜を買って来て、
「これを弾いてください。」と、無茶振りされてしまいました。
勿論、久美子ちゃんは、「初見の暗譜」も得意なので、その場で、楽譜を見て、暗譜して、
「ホイホイ」と暗譜で、勿論、in tempoで演奏しました。

そこまでなら、proなら誰でも出来る事なのですが、このお話には、続きがあります。
このお話は、私がドイツから、日本に帰国してきたばかりの、当時は私も、未だ20代の若かりし頃の話です。

その頃の撮影機材は、デジタル機材ではなく、本当の映画撮影のための大型のアナログ機材で、撮影をするための、カメラのモーター音がうるさいので、映像は、映像だけを先に撮影して、音声は、映像の撮影の後で、アテレコで音声だけを録音しなければならなかったのです。

映画を撮影した後で、音声だけの演奏をPianoで録音したのですが、ディレクターの人が、確認のために、「take1から、take4迄、3回も、4回も、音楽だけを録音しました。
確認のためだそうです。

そこで、ディレクターが、驚いて、
「さすがは、芦塚先生のお弟子さんですね~ぇ!! 1秒の100分の1の単位まで、毎回、同じtimeで演奏出来ていますよ。凄い!!」と、驚いていました。

趣味の生徒なので、江古田の私の部屋には、遊びに来ていただけなのですけれどね。
演奏の安定性は、先生譲りかな??


「久美子ちゃん」は、私の頭の中では、今でも可愛いU20の中学生のままなのですが、・・・とは言っても、40年前の中学生なので、今は、この少女が50歳過ぎなのですよね。

え~っ!!想像もつかない!!
 恐ろしい・・・!!

彼女も、今はもう少女ではなく、おばちゃんですよ。
でも、当時、おじさんだった私は、もうすっかりおじいさんになってしまっていますがね。

光陰如箭(光陰矢の如し)というよりも、寧ろ、ジャネーの法則を引き合いに出さなくても、齢い70の古希を目前にして、時間はそれこそ、光の速度のように速く過ぎ去って逝きます。
計算によると、余命が70歳、80歳の人の人生の中間点は、何と16歳だそうです。
後は等加速度的に、時間は加速するのですよ。



「なんと時間は短く、人生は・・・・!!」、とか、感慨無量の詠嘆な人達は放っておいて、本題に戻って、・・・・・

当然、この曲集はプロのpianistに、お願いして演奏して頂いた録音もありますが、残念ながら、当時は録音の技術がこんにちのように発達していなかったので、録音媒体が、カセット・テープか、オープン・リールか、だったので、現在は劣化して、聞くに堪えない録音になってしまいました。

でも、本当は久美子ちゃんの方が上手だったように、思います。
美帆ちゃん達もそうですが、私の生徒達は、近現代の曲の鋭い音に対しての、恐怖感がありません。
真面目に勉強を積み重ねて来たproのpianist達には、現代の音を演奏するのは、(当時のpianist達にとっては)恐怖だったのかもしれません。


という事で、久美子ちゃんが弾いた遊び唄は、カセット・テープの音源しかありませんし、proのpianistの演奏は、オープン・リールがないので、再生する事も出来ません。
・・・・という事で、美帆ちゃんには、どういうimageの曲か、演奏を聞いて貰う事は出来ませんでした。

「作曲者なのだから、芦塚先生が自分でimageを演奏して、聞かせれば・・?」
と、思われる方も多いとは思いますが、私は、この20年来、リュウマチで、指が全く動かないので、Pianoを演奏する事は、元より、作曲の時に、Pianoに触れる事すら、全くないのですよ。
尤も、Pianoに触れる事は勿論ですが、楽譜を手書きする事もなく、いきなりfinaleに直接入力してしまいます。
当然、昔は、難なく弾けたはずの、この曲も全く演奏する事が出来ないのですよ。
困った事です。


元々、私のPianoのlessonの教育方針では、Pianoを弾いて聴かせるのは、Burgmüllerか、sonatineまでと決めているので、それ以降はlessonで生徒に対して、弾いて聴かせる事はありません。
それ以降は、自主的に音楽を解釈出来なければならないので、弾いて聞かせる・・・所謂、口移しの口伝では、個性を育てるという事に対して、弊害になるからです。

但し、勿論、難しいpassageを、その小節だけ抜き出して、演奏しながら説明をするという事は、今でも、普通にやっていますよ。
曲のimageを生徒に与えるために、先生が弾いて演奏する事が必要な時期は、音楽の初心者の時期だけなのです。
上級になると、scorereadingだけで、演奏法が理解出来ます。(楽譜を読んだだけで音楽を聞くことが出来るのですよ。)

だから、私は、私の生徒の音大生クラスや、専科クラスの生徒になると、よく喫茶店でコーヒーを飲みながら、その曲の演奏のpointや練習の方法を説明する事がよくあります。
Pianoがなければlessonは出来ない・・・・ようなlessonはしていないのですよ。

久美子ちゃんのお話はこれくらいにして、・・・・


勿論、Pianoの作品はこの「遊び唄集」の他にも、イタリアの国際コンクールで一位を頂いた「昔語り」というPianoの小曲集や、他にも多数ありますが、八千代での作品発表は、これぐらいにしておきます。

私のsoloや室内楽の作品は、例えば、duoの作品では、2台のviolinのためのduosや、violinとcelloやviolaとcelloの作品等もあるのですが、「演奏が難しい」という事で、未だに公開演奏会は誰もしていません。
特に、violaとcelloのduosは、長大で、しかも、超、欝の曲なので、今持って、誰も弾いてはくれません。
特にviolaという楽器に関しては、「soloや室内楽の曲が少ない」と、よくproの人達からは、相談されるのですが、私の曲を演奏してくれるように頼んでも、
「芦塚さんの曲は難しいから・・!」の一言で、無視されるのですよ!無視!!  アハッ!


美帆ちゃん、ひょっとして、目つぶってる??
ちゃんと、お客様を見て、挨拶よ!!

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period奏法について

古楽器の演奏 biber Rosarysonate Nr.4  scordatura(a,d,a,d)

古楽器(その曲が作曲された当時の楽器)で、その当時の様式による演奏をする事をperiod奏法と呼ぶ事があります。

baroque時代や古典の時代の現代楽器(modern楽器)による現代的な解釈(interpretation)と、区別するためです。

当時の演奏、と言ってもよく言われる事は、
「baroqueや古典の時代には、まだ録音機器はなかった分けなので、どうしてその当時の演奏が分かるの?」と言われる事があります。

しかし、その当時の著名な作曲家達(C.P.E.BachやCouperin、fluteのQuantz等多くの作曲家)は、ornament奏法や、basso continuoの奏法のlecture(教科書)を作っています。

その中には、baroque特有の奏法等を、かなり詳しく説明してあるものも、多数あります。

ただ、勿論、演奏が録音されている分けではないので、文字を読み取るだけで、その当時の演奏を忠実に再現しようとすると、どうしても、文字に書かれている演奏を過剰に表現してしまって、period奏法をしている演奏団体の多くの演奏が、eccentric(エキセントリック=奇妙)な演奏になってしまう傾向があります。

どうしても、現代(modern)楽器の奏法での影響を脱する事が出来なくて、頭の中で考えたeccentric(奇妙な)奏法を、
「文献にはそう書いてあるから・・」と信じて疑わない奏者も多いようです。

普段何気なく見過ごしているような、当たり前の事でも、言葉だけで説明しようとすると、なかなか伝わらないという経験をお持ちの方も多いのでは?・・・とおもいます。

私の古典派の奏法やbaroqueの奏法を、曲の演奏法の解説として、文章に書いて、homepageにupしていますが、実際には、その弾き方を動画に録画してupすれば、一瞬で説明出来る事が、文章にするととんでもなく難しい事のようになってしまいます。

音楽の演奏表現を言葉で伝達する事は、それが当たり前の事だとしても、難しいのですよ。
その当たり前の一つの例として、swingの奏法(=notes inégales奏法)を、period奏法の演奏家達が拡大解釈をしてしまって、オーバーに演奏している例を、数多く見受ける事が出来ます。

舞台芸術という意味で、
表現をオーバーにするという意味と、文章をそのままに表現するために結果として表現がoverになってしまう・・・という事はその意味が全く違います。

舞台での表現方法としてのoverさは、舞台芸術におけるホール効果・・・、ホールが大きくなって、聴衆の人数が増えれば増えるほど、表現はオーバーに表現せねばなりません。それが、言葉で演技を伝達する上での、neckになるのです。
歌舞伎が被く(かぶく)理由の一つでもあります。

ですから、逆の読み方で、先ほどのnotes inégalesの奏法にしても、non-vibrato奏法にしても、言葉と表現上の問題ですから、
「その言葉の表現がどういう風に表現すれば自然になるか?」という事に着眼点を移して、書かれている文章を読み直すと、意外と、当たり前の事しか、書かれていない・・という事に事に気づきます。

notes inégales( inégales奏法)と呼ばれる奏法なのですが、C.P.E.Bachによると、同じbeatが単純に繰り返されるpassageの場合には、その拍をskipして、(正しくは、swingして)奏する・・・という原則があります。

特にMenuettの場合に出てくる8分音符の例等です。
参考までに:「la folia」 chaconneとla foliaについて


また、baroqueの弦楽器の場合には、「vibratoをかけないで演奏する。」という事が、一般的なのですが、実は、楽器の演奏に留まらず、声楽、それも複数の人数で合唱するオペラやcantata等の、chorusの部分も、弦楽器と同様に、vibratoをかけないで歌うのが普通なのです。

それに対して、baroqueの音楽を演奏しているにも関わらず、modernviolinと同じように、或いはそれ以上に、vibratoをして演奏している演奏家も、たまにいたりして、
「まだ、まだ、だなあ?」と思う事もあります。
しかし、その理由は、「baroque音楽で、何故、vibratoをしないのか?」という理由が分からないままに、当時の慣習として、non-vibratoで演奏されていると思い込んでいるからなのです。

人々の勘違いが、ただ単に、「vibratoを用いないという理由」を、当時の慣習とするならば、それでも許されますが、もっと酷い例では、音楽技術は時代と共に発展して来たという思い込みから、「何故、baroque音楽では、vibratoを用いないのか?」という理由を、「baroqueの演奏家達は、未だvibratoが演奏出来る人が少なかったから・・・、」とか、「vibratoが未だ一般的でなかったから、」等と主張するperiod奏者も、(日本のperiod奏者のみならず、世界的に見ても、)未だに多くいて、baroque音楽の研究者としての私の立場としては、甚だ困ってしまいます。
「おお、神よ!許し給え!!彼らは自分のしている事が、分からないのです。」


baroque時代にも、vibratoは使用されていたのですが、その使用法は、
「全ての音にvibratoを掛ける」というこんにちの奏法とは少し意味合いが違います。
こんにち、使用されているvibratoの意味は、
「音を膨らます」・・・「音量を出す」・・「音を豊かにする」、・・・という意味に他なりません。

しかし、baroque時代の奏法で、「音を膨らます」・・「豊かにする」・・という役割は、vibratoではなく、konsonanzがその役割を担っていました。

このkonsonanzによる奏法は、viola da gamba等の大型の楽器でよく聞き取る事が出来ますが、それを小型のviolin等の楽器でkonsonanzを表すのに、
歌の奏法である、messa di voceの奏法を使用して演奏します。

小型の弦楽器では、どうしてもkonsonanzの響きが弱いので、その感じを演奏で真似をして演奏します。
それで、通奏低音のviola da gamba等のkonsonanzに整合させる分けです。
つまり、
音を膨らます、豊かにする・・という役割は、vibratoではなく、messa di voceの奏法でしていました。

vibratoの役割は、本来のvibratoの他に、特定の音を強調したい場合(accentvibrato)や、上手に収めるための表現(句読点の表現ゆっくりしたvibrato等)をする時に、vibratoでその表現をしたのです。
Cembalo等のvibratoが出来ない楽器では、trillやmordent等がその役割を担いました。

それが、当時のvibratoの役割でした。


必要最小限で最大の効率を表す事・・・それは、歌舞伎や能の世界にも、・・或いは茶道や華道にも、相通じる世界です。


強勢を表すvibratoや弱拍や収めを表すvibrato、・・・つまり、vibratoの掛け方は、trillerやmordentの奏法に準じます。

ですから、modernviolinの場合のように、音量を求めて、常にvibratoをかけ続けるような雑な演奏のstyleではなく、必要最小限の場所に必要、最小限のvibratoを使用したのです。

それが、こんにちのvibrato過多の演奏に慣れた人達に取っては、vibratoを演奏出来なかった、という風に誤解されて来てしまったのです。

何故に必要最小限にしか、vibratoやornamentを用いなかったのか??という事は、baroque時代の音楽の様式からその理由を見出す事が出来ます。

今ご説明して来たように、一般のviolinの奏者達は、vibratoは、音を豊かにする・・・という意味だけを捉えて、vibratoを掛ける事でのマイナス面を、理解していないことも、baroque音楽を、non-vibratoで演奏する・・という事が、vibratoをするという事よりも、劣っていると見做してしまう要因になっています。

これも、コロンブスの卵に過ぎない理由なのですが、それが一般的に言われた事は、こんにちまでないのですが、
「baroque楽器の演奏(period奏法)では、原則としてvibratoをかけない」・・という事の理由については、baroque時代は、弦楽器のensembleは、殆どの曲で、純正調で演奏した・・という事をしっかりと抑えておけば、分かる事なのですよ。

曲を純正調で演奏すると、vibratoを入れてしまっては、純正調の和音の美しい響きが壊されてしまいます。
vibratoを入れて演奏したら、純正調も平均律もあったものではないのですよ。
それぐらい、音の響きが乱れてしまうのです。

MünchenのKarl Richter教授が率いるミュンヘナー・カンマー・コアーは、chorusの歌い手達がvibratoを入れて歌うと、純正調の美しい和音の響きが失われてしまうという理由から、音楽大学の声楽科の卒業生を採用しなかったので有名です。
このお話は、Karl Richter教授が、Münchenの音楽大学の食堂で、彼自身が、私に直接話してくれた(説明してくれた)事でもあります。

このPageからもYou Tubeにlink出来ますが、私の率いるAshizuka-Kammer-Streichorchestraの、「Corelli=Geminianiのla folia」の演奏では、orchestraで
vibrato無しの純正調のharmonyから、vibratoを入れたmodern奏法に突然、changeするという、純正調と平均律の対比の極めつけの演奏をしています。

曲の至る所で純正調のvibrato無しの響きのpassageと、通常のmodernviolinの奏法でvibratoを入れて演奏しているpassageを対比させて演奏しています。

曲の途中で、soliの人達以外にも、
orchestraを演奏する子供達も含めて、現代の弓の持ち方から、baroqueの弓の持ち方に変えたりして、演奏をしています。(流石に、音楽が趣味の生徒達なので、baroquebowを全員に買わせる分けにはいかないからね!!)

基本的には、一つの曲の中で、こういった時代を超越した、時代錯誤的な演奏をする事はありません。
古式豊かに、period奏法で演奏するのなら、常に純正の和音でbaroque奏法で演奏するし、modernの奏法をするのなら、baroque奏法を途中に持って来る事はありません。

という事で、この演奏は定石を覆した演奏でもあります。
でも、今のところ、誰も、その演奏を疑問に感じてくれた人はいません。
まあ、しかたないか???


結論的に言うと、勿論、baroque音楽でも、必要なpassageには、vibratoは入れますし、ensembleではない、soloの楽器の演奏の場合には、vibratoはもっと多用されます。

だから、
「baroqueの時代は、未だ弦楽器の黎明期なのだから、vibratoの奏法が出来なかったのだ」・・という主張は、「今の演奏が古典の人達の演奏よりも優れている」・・といったような無知蒙昧な演奏家達の「baroqueの人達よりも、自分達の方が、技術的にも音楽的にも優れている」・・・と言った、自己満足的な自惚れの考え方なのですよ。

音楽の歴史は、様式の歴史でもあります。
近現代の曲を、何気なく演奏出来る技術を持った奏者が、baroqueを演奏して、その難しさにあたふたしているのを、よく見る事があるのです。

演奏の技術はそれなりに時代、時代で難しいのですよ。

音楽のinterpretationでは、至極、当たり前の事ですが、
「何故、baroque音楽ではvibratoをしないの?」という事について、その理由となる根本を見出すことが出来なければ、その演奏表現は、eccentricな演奏になってしまうのは、当たり前の事です。

また、baroque音楽を演奏する人達の、もう一つの大きな勘違いは、音を伸ばす時の大きな不自然な膨らましがあります。
しかし、その奏法はbaroqueviolinだけではなく、日本人の演歌の弾き方とも相まって、まるで小節のように不自然な奏法として、日本人の音楽家の間に蔓延してきました。

Berlinフィルのconcertmasterであり、ベルギー派の名手でもあるSchwalbé教授は、以前から注意しているこの誤りの演奏法が、20年経っても改善されない事から、この誤った弾き方の事を
日本の音楽家達の治療不可能な奏法として、「エイズ奏法」と呼んで、「あなたはエイズに罹っている!」と言っていました。

「G線上のaria」とか「タイスの瞑想曲」とかの冒頭の音を、膨らまして演奏する方法は、常套手段としてよく見受けますが、それと、不自然な膨らましによる、所謂、エイズ奏法とは根本的に違います。

それとbaroqueの音の伸ばしの時にも、よく膨らましをしますが、その場合の膨らましは、作為的に弓の力で膨らますのではなく、konsonanzの倍音の膨らみを利用して膨らますのです。
この奏法を、
messa di voceの奏法と言います。

元来は、声楽の奏法だったのですが、baroqueの早い時代に失われてしまって、今は、声楽の世界ではこのbaroqueの特有の奏法は、voicetrainingの方法として残っています。

勿論、viola da gamba等の楽器でも、このmessa di voceの奏法は頻繁に使用されていて、声楽のみならず、弦楽器の世界に於いても、膨らましの奏法として演奏されています。

多くのbaroqueviolinの奏者が実際に演奏でやっている膨らましと、
「baroqueのviolinとは、長い音符は膨らまして演奏するのだ。」と、思い込んで、あたかも演歌のように押さえ込んで膨らましている奏法とでは、音楽上の演奏表現としては、言葉としては、全く同じような「膨らます」・・・という言葉で、表現されはしますが、その表現は、「似て非なるもの」の代表のようなもので、正しい膨らましと演歌っぽい不自然な力んだ膨らましでは、月とすっぽん程は違うのですよ。

しかし、その誤った奏法の意味の違いを知っている日本人のviolin奏者は少ないのですよ。
師匠から学んだその誤った奏法を、ひたすらに
「それが正しいbaroqueの奏法だ!」と信じている・・・今流行りの、変な新興宗教に凝り固まっている人達に似ているのかな??
しかし、それは、所詮、無知のなせる業なのですがね??
アハッ!


Heinrich Ignaz Franz von Biber

八千代の演奏会でのbiberの演奏風景

https://www.youtube.com/watch?v=944nRyj7LQM

以前・・・、とは言っても、ほんの2,3週間前のお話ですが、このFacebookにuploadした画像をよくよく見たら、本当のbaroque楽器の(古楽器による)演奏が、一曲も無かったので、急遽、追加でbaroque楽器(所謂、古楽器の事です。)による演奏を2曲だけupしておきます。

2曲だけ、・・というのは、古楽器の演奏の研究は、世界の古楽器奏者達に先駆けて、1990年よりも前から、original楽器による公開の演奏活動を続けているので、公開された演奏会の分だけでも、動画でuploadしようとすると、限がないからです。

それでも、その中の数曲は、You Tubeにuploadしているので、芦塚音楽研究所で探して見てください。

ここで演奏している曲は、biberのRosary Sonateという曲で、公開で演奏されるのは大変珍しい曲です。

RosaryのSonateは、全15曲のbasso continuoを伴ったscordaturaによるsonateと、1曲の無伴奏のpassacagliaからなっている曲集です。
最後の無伴奏の1曲のpassacagliaは、後にJ.S.Bachの無伴奏のviolinsonateと組曲に影響を与えた、と言われていますが、私達がこの曲を公開していた
1990年代には、未だ、無伴奏というgenreの曲は、そんなに数多くは知られていなかったので、そういう噂がたったのだと思います。
passacagliaや無伴奏というgenreについては、別の機会に詳しくお話するとして、Rosary Sonateの全15曲には、それぞれ受難の絵が挿絵として描かれており、その曲との好印象を与えています。
Mussorgskyの「展覧会の絵」も、実際には、その絵の表題となる絵画があったとして、絵を掲載している楽譜もあるようですが、真偽の程は、定かではありません。

いずれにしても、biberは色々な面白い試みを沢山した人でもあり、斉藤先生が、年に2回の定期の演奏をしていた珈琲館ブナのコンサートや、この八千代でも演奏したSonata representiva(モノマネソナタ)では、鳥のさえずりとか、カエルの鳴き声や、猫の鳴き声を真似して演奏します。とてもユーモア溢れた曲です。

Rosary Sonateはキリストの受難をthemaにしているので、とてもserious(真面目)な曲ですがね。

演奏は斉藤純子baroqueviolin、basso continuo celloは牧野由起子、Cembaloは萩本美紀です。
pitchはA=418、violinとCembaloのornament(装飾奏法Improvisation)は、本人達が私の監修の元に演奏しています。

そこまでは、通常の古楽器の演奏と同じなのですが、biberのRosarysonate全15曲は、全て
scordatura(異なった調弦で作曲されています。

ですから、楽譜上に書かれた(演奏した)音符と実際に出る音が全く違って、楽譜を見るだけでは、どんな響きがするのか分からないのです。

しかも、pitchは、A=418なので、半音下の音が出ます。
violinを勉強している人達にとっては、このbaroquepitchは、楽譜の音と実際の音が違うので、baroque音楽を勉強する上でのネックになってしまいます。特に絶対音感のある人にとっては、演奏不能な曲となっています。

scordaturaについて

更に、biberのscordaturaに至っては、楽譜を見て、その曲のimageすら分からない・・・という事で、この曲を演奏出来る演奏者は世界で非常に数が限られてしまいます。

下のCembaloのpartを見ると、(勿論、baroquepitchなのですが、pitchの問題はさておいて、)Cembaloの譜面は、scordaturaではなく、普通の譜面で書かれているので、楽譜を見るとだいたい音もわかります。

でも、violinのpartに関しては、この譜面からmelodieを読み取るのは難しいでしょうね。

scordaturaというのは、guitarやKontrabassでは、よく最低音のEの音を、Dにして演奏します。

教室で演奏する場合にも、Pachelbelのあの有名なcanonを演奏する時には、Kontrabassは、上級生の場合には、最低弦の調弦をEから下に下げてDの音にして演奏します。
通常、Kontrabassは、調弦が下から、E,A、D、Gと調弦します。
だから、有名な、低音の音、所謂、canon・chordと呼ばれる、「D→A→H→Fis→G→
D→G→A」のostinatoの進行は、赤字のDの音がKontrabassの最低音よりも、低い音なので、通常は、Dの音をoctave上の音で弾きますが、上級生はEの弦をDに下げる事によって、楽譜通りのDの音で演奏します。
これもちゃんとしたscordaturaの奏法なのですよ。

という事で、耳慣れないscordaturaという言葉も、実際には、意外と身近で、よく聞いてはいるのですが、さすがに、biberのように、ここまで複雑なscordaturaを使用した曲は、そんなには(biber以外には)ありません。

通奏低音について

基本的には、baroque時代の音楽では、Cembaloのpartは書かれていません。
Cembaloの奏者は、celloのpartを左手で演奏し、音符の下に付けられた#や♭等の記号や和音を表す数字を見ながら即興で右手の和音やmelodieを演奏していきます。

出版された楽譜でも、通常は、amateurを対象にして楽譜を作るので、このCembaloのpartはPachelbelが書いたものではなく、出版社が参考までに作っているpartに過ぎないのですが、後生大事に、この楽譜のまま、演奏されるのは甚だ残念です。
実に下手なarrangeなのでね。

参考までに:一般に出版されているcanonの楽譜のCembaloのpartです。(scoreを兼用しています。)
左手は所謂、canon・chordと呼ばれている有名なgeneralbass(通奏低音)のostinatoのpassageで、Cembaloとcello、Kontrabassの人達は、27回このmelodieをくり返し演奏します。
この版はスイス(schweiz)のAmadeus Verlagという出版社の楽譜です。

この出版されているアマデウス版の楽譜は、私が論文用に書き込みをしている楽譜なので、書き込み等々で、チョッと、汚いのですが、教室として使用している綺麗な譜面は事務所に出向中なので、このまま掲載しておきます。

このアマデウス版は、Realization of the continuo by Caspar Diethelmという事で、DiethelmさんがCembaloのpartを作っている・・・という事なのですが、後述の
やってはいけない下手なRealizationの典型的な例で、Cembaloの右手が、violinの入のpartと全く並行で重なっている・・・というか、melodieをなぞってしまっています。

一般的にはCanonchordと呼ばれる、2小節のcantus firmus(定旋律)が、2回繰り返される事で、一つのmelodieが追いかけっこのCanonをするわけなのですが、このCembalopartは、教室では、演奏上の難易度に合わせて、4種類も作られています。子供達が演奏する時に、それぞれの子供のlevelに合わせて、Cembaloのpartが選べるように・・・という意味です。








Canonは教室の常設曲なので、結構小さな子供も先輩のお姉さん達と一緒に演奏します。
そのために、その4種類のCembalopartの演奏の技術の第一段階のlevelは、同じ歳のお友達と一緒に演奏出来るように、このCembalopartを、3種類のpatternに分類して、そのpartを練習すれば、皆と合わせられるようにしました。

下手なarrangeと貶しているのですが、インtintroの4小節はアマデウス版をそのまま使用しています。

全体はAの繰り返しなのですが、飛び飛びに書いてある音符だけが違うので、そこのところだけ覚えれば、このCanonの伴奏が出来るようになります。
曲は6,7分も掛かる長い曲なのですが、伴奏はこれだけ出来れば、初級versionでは演奏出来ます。

先程も書いたように、作曲者がorchestraのCembaloのpartを書く事はありません。

右手はCembalistが、そのVariationが繰り返される毎に、少しずつ、melodieを変えて(変奏して)演奏するのですが、そういった譜面が出版されている分けではありません。
それは、こんにちでもCembalistが、即興でimprovisationするものなのです。

教室では、公開演奏をするようになった、Cembaloの生徒に、私がそういったornament奏法のlectureをします。

次の譜面は、教室で通常使用しているcanonの冒頭の小節です。

教室で、Cembaloの勉強をしていた萩本(大場)美紀さんが、音楽大学の学生の頃、教室の対外出演の度に、幾つかcanonのCembalopartをimprovisationしましたが、その幾つかのversionを、後輩達のために、実際の譜面にしました。

そして更に、萩本美紀さんの作ったcanonのpartを土台にして、更に、教室の生徒達が、八千代の公開演奏会や、教室の発表会の時に、Cembalo担当の生徒達が、自分なりの変奏を加えて演奏して行きます。





先程のmelodieをなぞっただけの、Cembaloの右手のpartが、上級生達の演奏では、下の譜面のようになります。

baroque音楽の真骨頂は、即興(improvisation)と装飾(ornament)、それに純正の和音の響き(harmony)に尽きるでしょう。

Improvisationは、Cembaloだけではなく、soloをするviolinやfluteにとっても、重要な要素になります。
baroque時代の楽譜は、演劇のscenarioに過ぎないのです。
それをどのように表現するかは、その演じる人に任せられているのです。



しかし、任せているから・・と言って、自由に勝手にarrangeする事は、許されません。
それは、能でも歌舞伎でも同じでしょう。
ad.lib.の範囲は、何処の箇所をどのように・・という事は、厳格に定められているからです。

という事で、出版されている楽譜についても、本当に厳格にornamentやimprovisationを書いている楽譜は、現在の所、存在しません。
baroqueの正しい奏法は、まだまだ、未知の領域だからなのです。

しかし、baroque音楽を演奏している人達の多くは、まだ、
書かれている(出版されている)楽譜を、忠実に守って演奏するというkinderei(子供じみた)なstyleに甘んじているようですね。
それだけの実力がないという事なので、仕方がない・・と言えば、仕方がないのかな???



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さて、気を取り直して、・・・・下に参考のために掲載した楽譜の曲のお話です。



この曲は先ほどのbiberの曲とは、曲が違いますが、同じbiberのRosarysonateのⅥ番の曲の冒頭の部分です。

しかし、この曲のviolinのpartを見ると、先ず・・・・・、と言うか、その前に、だいたい、調号すら変ですよね。

violinの譜面で、下のFaには、#が書いてあるのに、上のFaにはわざわざ、Fa♮と書いてあります。

でも、この調号は、間違えて書いてある分けではないのですよ。

少し、説明を加えておくと、この曲のtuningは、下からas,es,g,dなので、下のes線上のfaは#で、上のd線上のfaはナチュラルで演奏する、という意味なのです。
調号のナチュラルと#は、その弦の線上の臨時記号を意味するので、調号とは少し意味が違います。

そして、この冒頭の音は、実際に演奏された音とは、全く違う響きがします。
この楽譜からは、想像もつかない美しい音がします。

参考までに、下のurlをクリックしてみてください。You Tubeにuploadした八千代での演奏が見れます。
baroqueviolin: 斉藤純子 basso continuo Cembalo 萩本美紀 baroquecello 牧野由起子の演奏です。
interpretation und realisation : 芦塚陽二です。
https://www.youtube.com/watch?v=mIUDbM1fQA8


何故、biberなの??

勿論、教室の先生達は、baroqueの音楽だけを専門に勉強しているわけではなく、現代の音楽からbaroqueの音楽迄、実に幅広く勉強しますし、常設の室内楽の曲も膨大な数にのぼります。

それはそれとして、lifeworkとして、一生の研究themaを持つ事は、人生を極める意味で、とても重要な意味を持ちます。
何か一つの事を、突き詰めて、生涯、研究をし続ける事は、一つの事を極めるという意味で、非常に勉強になります。

しかし、殆どの人達は、一般的な作曲家や、一般的な事案をthemaにしてしまいます。
具体的に言うと、Pianoの人達がlifeworkとして勉強するのは、その殆どの人達が、Chopinでしょうね。

例外的にBachや、Brahmsが好きだ・・という人もいるかもしれません。
それが、Mozartでも、Schumannでも、Rakhmaninovでも、実際には大同小異なのですよ。
有名でメージャーな作曲家に変わりはないのです。

私の教育方針として、(人のやっている事を、人と同じように勉強する事は、大変楽なのですが)、人と同じ事をやっていては、その人独自のi dentityが出る分けはない、・・というのが持論です。
人がやっていない事をやる事が、スペシャリストになるための、一番簡単な方法であり、音楽の世界でも、音楽史的にも価値があります。

それは、分かりきった事なのですが、・・・でも、人がやっていない事をやろうとすると、世界中の図書館を調べても、それについての資料や、文献すらありません。

だから、その作曲家や曲について、全てを自分自身で研究して行かなければなりません。
では、資料がないのに、どうしてそれが正しいと証明する事が出来るのか?・・・という**に陥る事になります。

それは簡単です。
その**ドツボに嵌ってしまうのは、師匠からの伝承(口伝)に頼ってしまうからなのです。
或いは、音楽の研究者達の研究書(文献)に頼ってしまうからなのですよ。
そういった音楽の様式の時代考証に必要な音楽の研究資料は、単に楽譜だけではないからなのです。
それ以上は、企業秘密です。アハッ!

ちなみに、先ほど、
作曲家と「一般的な事案」と書いてしまいましたが、それじゃあ、何の事か分かりませんよね。
人がやっていない・・という事ではないのですが、日本のviolinistが、苦手なものがあります。
それは、
揺らしのTechnikです。

日本人の場合には、どうしても、
「揺らし」というと、情緒的、感情的な表現という事になってしまいます。

という事で、
私は「揺らし」が、情緒的、感情的な表現になる事をキツく戒めています。
MazurkaにはMazurkaのtempoとrhythmがあり、Polonaiseもまた然り、です。

rubatoには、tempoの帳尻を合わせるという、大原則がありますし、ritardandoや、crescendo等も、否、ad.lib.すら、自由に演奏する事は許されないのです。

総ての、音楽は自然界の原理と摂理に従わなければならないからです。
情緒的、感情的であっては、その自然界の法則に乗っ取る事は出来ないからです。

その情緒的、感情的な演奏を自然にするために、violinの生徒には、「Spain舞曲」というthemaを上げています。
SarasateのSpanishdanceだけでも、30数曲の曲があります。
勿論、Sarasate以外の作曲家のSpanishdanceもあるのですから、それだけthemaを限定して捉えても、曲数は結構膨大な数になります。
つまり、作曲家という括りではなくても、Spanishdanceという括りもあるし、何かをselectすれば、結構それだけで、一生を掛けるだけの膨大な勉強が必要となります。

ちなみに、Pianoの生徒にはChopinのMazurkaや、nocturneを勉強させます。
正確にtempoを揺らす事が、rubatoの基本になります。
情緒的な「揺らし」は、絶対にtaboo(許されない罪!!)なのですよ。


baroque楽器とmodern楽器の使用について

近年、結構、突然に、baroqueブームになって、baroqueの音楽が、広く一般に演奏されるようになったのは、とても喜ぶべき事なのですが、演奏する古楽器を揃えて・・・というのは、経済的にも、演奏の技術的にも、大変に難しいので、古楽器の演奏団体と称しながら、或いはbaroqueの奏者と自称しながらも、実際にbaroque楽器を持って、それで演奏するbaroqueの演奏団体は、残念ながらまだ数が非常に少ないのです。

例えば、baroqueviolin一つをとっても、modernviolinを弾く技術そのままで、baroqueの楽器を演奏出来る分けではないのです。
弓の持ち方や、baroqueの特有の音の出し方等々、今のヴァイオリニストには、理解出来ないたくさんの奏法がありますが、それは、baroque時代の古楽器にとっては、ちゃんと理に叶っているのですよ。

という事で、例え、古楽器の奏者と名前を出していても、或いは古楽器の団体と銘打っていたとしても、演奏は現代の楽器で、現代風に演奏している折衷的な人達の方が多いのです。というか、世界的に著名なbaroqueの演奏団体ですら、eccentric(エキセントリック=奇妙な)な演奏をしています。・・・・というか、(×2)ヨーロッパの有名なbaroqueの演奏団体でもそういった演奏の方が主流で、私達の演奏の方が、minorityなのですよ。

本当の意味での古楽器奏者達は、未だに少数派の存在なのですよ。

私達も演奏会や発表会等では、折角のbaroqueなのに、古楽器ではなく、modern楽器で、そのままbaroque音楽を演奏する事がよくあります。
勿論、私達の教室の場合には、(というか、教室でbaroqueの楽器を買う事は出来ないので、私の個人の趣味としてのポケットマネーでの所有なのですがね。)  baroqueviolinやbaroqueviola、baroquecello等々の古楽器を何本も所有しているので、「古楽器を持っていないから」・・・というのが、modern楽器でbaroqueを演奏する理由ではありません。

それは、ホールの音響の都合で、八千代のように多目的なホールで、音響的にコンサートホールの音響を持っていない場合や、逆に音楽専用のホールであったとしても、会場が広すぎるために、音が届かない場合には、やむを得ず、modernの楽器で演奏しているのです。

勿論、baroque楽器をそのまま使用して、マイク・セット(所謂、PAset)を使用して演奏する方法もあります。
しかし、スピーカーを通した音は、violinの美しい音を、結構台無しにしてしまいます。
それでも、止むに止まれぬ状況で、マイクをCembalo等に使用して、会場にCembaloの音を届かせる事もよくあります。

マイク無しでmodern楽器で演奏するか、baroque楽器でマイクを通して演奏するかは、その都度、会場と曲によって選択します。

baroquepitchとスライド鍵盤について

baroque時代のpitchは、現代のpitchよりも低くかった・・とよく言われますが、本当は、そうでもありません。

ヨーロッパの村にはどんな小さな村にも教会があって、パイプオルガンがあります。
困った事に、それぞれの村々で、パイプオルガンのpitchが違っていました。
一般には、弦楽orchestraを持つ村では、パイプオルガンのpitchは低く、管楽器が中心の村ではpitchが高い傾向にあります。
ヨーロッパの田舎の村では、baroque時代にも、A=448サイクルの所もあったそうです。

ですから、baroque時代のpitchが低い、という俗説は、baroque時代の弦楽器に由来するお話なのです。

ちなみに、近頃は、A=415があたかもbaroque時代のpitchであるという風に、俗に言われる事がよくありますが、それは歴史的には全く根拠がありません。

何故、A=415という風説がまかり通るようになったのかというと、それは現代になって、Aが440サイクルと定められた事にその原因があります。

Cembaloという鍵盤楽器を使用する場合には、その都度、Cembaloのpitchを標準の440サイクルのpitchから、baroqueのpitchにtuningを変えて、調律すると、楽器が傷んでしまいます。

Cembaloという高価な楽器を大切に使用するために、楽器のためにtuningを変えないままに、pitchを下げるために、考案されたのが、スライド鍵盤という機構です。

baroqueの色々な楽器と、Cembaloがコラボする時に、標準のA=440のpitchに調律されたCembaloで、鍵盤全体を横にスライドさせる事によって、一つ下の音As(若しくはGis)の音(音名は違いますがenharmonischな音という事で、キー(鍵盤)は同じ音です。)を、
Aの音に見立てて、、baroquepitchとして代用したのです。
つまり、本来なら、Aの音を弾くべき鍵盤を、スライドさせる事で、鍵盤はAの音そのままなのですが、一つ下のAsの音を弾く・・という事にしたのです。

教室で使用している一段や二段のCembaloも、orderする時に、スライド鍵盤を当然、orderしました。
当然、「orderした」という意味は、baroque時代には、Cembaloにはそういう機能はなかったからです。
(勿論、私が音楽大学の学生であった頃や、留学中もそういった機能はCembaloにはありませんでした。非常に新しい機能です。)

という事で、教室のCembaloも、鍵盤を横にスライドさせる事によって、A=415サイクルで演奏する事が出来るようになっています。

子供達がbaroqueの音楽を演奏する時には、子供達の楽器は、baroque楽器ではないので、そのまま、Cembaloは標準pitchのA=443で演奏します。

先生達のbaroqueの演奏の時には、鍵盤を「よいしょ!!」と、スライドさせて、所謂、baroquepitchとしてA=418サイクルで演奏します。

教室の標準pitchは、A=443なので、鍵盤をスライドさせると、A=418サイクルになります。

今日、色々な現代の楽器、(Traverso等の楽器)は日本製では、A=415サイクルで制作されています。

この便宜上のpitchが、baroquepitchとして、定着しつつあります。
そこで、とんでもない、勘違いが起こってきます。

それは
baroqueのpitchがあたかもA=415であったかのような思い込みです。

日本人のbaroqueの専門の演奏団体が、なんとbaroquepitchという事で、A=415サイクルで演奏していたのですよ。

私達のように、一日の演奏会の中で、modernpitchとbaroquepitchに、tuningをしてpitchを変えなければならないCembaloの場合にはいざ知らず、baroqueの専門の団体では、Cembaloのpitchを、modernのpitchにtuningしなおす事はないはずなので、A=415というのは、余りにも、無知、無神経で、呆れてしまいました。

baroque時代には、未だ標準のpitchというものは、ありませんでした。
だから、色々な文献を読むと、
「その日に一番楽器がよく鳴るpitch」と言われています。
「それなら、A=415でも良いのでは??」と、思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、そうはいきません。

A=415では、問題がある・・というのは、
弦楽器にとっては、415サイクルは、低すぎて、ガットの弦がブヨブヨしてしまいます。

baroquepitchのrecorderでも、分かるように、430から435サイクルの間の方が、recorderだけでなく、弦楽器に取っても、ガットの弦の張りが丁度良いようで、baroqueの弦楽器は、それくらいのpitchの方がよく鳴ります。
415サイクルのbaroquepitchとは、あくまで、Aを440とした時の、利便性を考えたpitchであり、音楽史的には全く根拠のないpitchであるという事を知っておかなければなりません。
知っておいた上での、415サイクルは、自己責任ですよ。

ちなみに、このCembaloに描かれている模様は、CembaloのStradivariと言われるルッカース一族のタツノオトシゴの文様なのです。


ヨーロッパの街には、今でも古い時代のものがそのまま残っています。
それがtraditionalの強みなのでしょうかね。
右の写真の楽器は、私の所有しているドイツ製の3本setのrecorderです。勿論、ハンドメイドの楽器です。

勿論、私はこの他にも、bass recorderからkleine sopraninoよりも、もっと小さなrecorderまで10数本所有しています。

もっと、小さな、kleine・sopraninoよりも更に小さなrecorder・・・に至っては、私には、演奏不能です。
それよりももっと小さな、音の出るnecklaceのrecorderも、あります。
勿論、単なる音が実際に出る装飾品であり、実用性はありません。

逆に、bassよりも大きな楽器も売ってありますが、実際上は学校のrecorderensemble等でしか、使用しないので、私は教室用にも、recorderの資料としても買っていません。
baroqueの演奏にも、出てくる事はないので。

さてさて、この写真のcaseに収められている楽器は、sopranoとaltoと、tenor recorderのsetです。
私が所有している、このrecorderも、ハンドメイドの素晴らしいrecorderなのですが、残念ながらrecorderのbaroquepitchであり、A=435のヨーロッパのpitchなので、教室の発表会等では使用したことはありません。
低すぎてmodernの楽器とコラボするのは無理なのでね。

つまり、ヨーロッパ仕様のrecorderは、baroque ensembleの専用の楽器なのです。
音が素晴らしいから・・と言って、ハンドメイドのヨーロッパ仕様のrecorderを買おうと思っている人は、買う時にpitchには、くれぐれも注意してくださいね。

recorderは、現在売られているrecorderでも、baroque pitch仕様のrecorderが多いですし、例え、スライド式の鍵盤のついているCembaloを持っているので、baroque pitchと分かって買ったとしても、日本のスライド鍵盤の415のCembaloでは、逆にpitchが高すぎて、recorderとのensembleは出来ないので、435でCembaloをtuning出来る人だけしか、ensembleが出来ないので、気をつけてください。
多分、入れ物の箱に書いてあると思いますよ。

右側の写真は、bassrecorderです。
bassの楽器は、1本だけで、これぐらいの大きさのcaseになります。小学生では、肺活量的に、少し無理があるので、bassを入れたensembleが出来るのは、中学生からでしょうかね?


pitchのお話のまとめ

話が混乱してくる大きな原因の一つに、ベルサイユピッチというものがあって、結構そのpitchを信奉している人達が多いからです。ちなみに、このVersailles・pitchでは、A=392Hzの低いpitchになっています。
但し、このVersailles・pitchという言葉は、フランス語にも英語にもないそうですから、
文献としての信頼性はないので、気を付けてください。

イタリアのorgelではA’=464の高いpitchもあります。
A=440とした場合には、平均律ではA#は466.16 になります。
いちいち説明するのは、面倒だし、netで調べても中々出て来ないので、一応、一覧表を掲載しておきます。
但し、これは音楽のpitchであって、音響学上の標準pitchではないので、注意しておいてください。

一番低いとされるVersailles・pitchは、基準音のGを、一般的なbaroquepitchはGisを、例外的なイタリアのorgelのpitchはA#を、取ることでpitchの利便性を出しています。

教会のpipeorganのpitchが、その町や村の標準のpitchだったのですが、それでは隣の村との演奏も出来なくなってしまうので、ヨーロッパとしての統一のpitchが求められて、1859年のパリでの会議、1885年のウィーンでの会議で、A = 435 Hzを標準として定められました。
今でも、ヨーロッパのrecorder製作者は、パリとウィーンで定められたA=435のpitchを守ってrecorderを製作しています。

AとG#の間のpitchですが、G#までpitchを下げると、弦楽器にとっては、音の張りがなくなってブヨブヨしてしまうので、435辺りのpitchは、弦の張りや撥弦も良いので、
歴史的に考えてもそれぐらいのpitchの方が良いのでは??というのが、私の考えです。
教室では、baroqueの演奏は、418のpitchで演奏していますが、教室の標準pitchが443Hzなので、G#は415ではなく、418になってしまうという、単なる便宜上のお話で、主義主張とは無関係なので悪しからず!!

 C : 261.6  C# : 277.2  D : 293.7 D# : 311.2  E : 329.7  F : 349.2  F# : 370.0  G : 392.0   G# : 415.4 A : 440.0  A# : 466.2  B : 493.9 
 C : 523.3  C# : 554.4  D : 587.4  D# : 622.3  E : 659.3  F : 698.4  F# : 740.0  G : 784.0  G# : 830.7  A : 880.0  


ちなみに、歴代の音楽家のpitchを参考までに掲載しておきます。
ヘンデルの音叉はA=422.5Hzだった。
Steinの使用していた音叉 はA=421.6だったことから、この値がモーツアルトの使っていたピッチと想像されている
カラヤンの録音された曲のpitchはA=446Hzだったという。これが、いわゆる「カラヤン・チューニング」である。
ストラディヴァリは、A=432Hzで最適の共鳴スペクトラ ムを出したという。他のストラディヴァリも同じ結果が出たそうである。もちろん、ヴァイオリンの経年変化を考慮に入れる必要はあるが、数十年に渡っ て作成されたストラディヴァリウスの最適値がA=432Hzであった

ちなみついでに、現代のベルリン・フィルハーモニー管弦楽団やウィーン・フィルハーモニー管弦楽団では A = 444〜445 Hzが基準とされている

日本の音楽大学の受験のための標準pitchは、A=442で、日本のorchestraの標準pitchとされているのだが、実際上、演奏会場のgrandpianoのpitchは、殆どの場合には、A=443であり、このpitchを日本の演奏会pitchと呼ぶ人もいる。
但し、日本の教育機関である教育大学や教育会館等では、文部省の厳しい締めつけで、未だに440を厳守している。
教育会館の大ホールの場合には、、pitchを443にtuningした場合には、演奏会が終わった後で、440にtuningし直さなければならない。その時間も含めての時間である。1日ホールを借りても、tuningに4時間も5時間も失ってしまうのでは、金額的にも利便性としても無理である。
本当、学校とは困ったものだ!!



左側の写真の楽器は、私の家にある大型二段のconcertoCembaloです。
イムジチ等の海外の有名なbaroque演奏の団体が日本公演の時に、使用していた楽器です。
その勇姿は、NHKのオンデマンドで見る事が出来ます。

しかし、このCembaloは、私達の発表会等で、演奏会場に運ぶのは、重すぎて、演奏会には持って行けないので、modernpitchの443サイクルでtuningしているので、baroquepitchは418サイクルのままです。

ですから、私が所有しているspinetの2台の内の一台を、A=435のbaroquepitchにしてあります。
東京用のspinetは、baroqueの練習のために、今は椎名町に置いたままになっていますが、前回の東京でのpitchが426cycleだったので、今現在も、426cycleに調律されています。

先程もお話したように、教室の標準のpitchは443なので、baroque音楽を演奏した後に、Vivaldi等のbaroqueの作曲家であったとしても、子供達用に標準のpitchで演奏するので、その都度、pitchを変えて演奏すると、楽器が結構、傷んでしまうし、pitch自体も安定しなくなって、演奏中にpitchが狂ってしまったりします。

という事で、Cembaloのような大きな鍵盤楽器の場合だけではなく、baroqueviolinのように、scordaturaで調律をしなければならない場合には、violinのために、それぞれのbaroqueviolinに一台づつに、それぞれのscordaturaの調弦を与えて、その楽器の調律はあまり変えないように注意しています。練習の度に、その曲に合わせてtuningを変えるのはbaroqueviolinにとっても、非常に不都合だからです。

もっとも、biberのRosarysonateには、曲の途中で、scordaturaをtuningし直すように指示されている曲もあります。
しかし、その場でtuningをし直すと、演奏中に弦が狂って来たり、最悪の場合には、弦が切れたりします。

私はそういったCaseを踏まえて、scordaturaの曲を演奏する場合には、baroqueのviolinを2台、2台と準備して、それぞれに別のscordaturaのtuningをさせて、その場所で持ち替えさせる事にしています。

一般ではbaroque楽器を2台、3台と準備して演奏会をする事は少なく、自分の愛用の楽器をその都度pitchを変えて演奏する事が普通で、そのために、演奏中にtuningが狂って来たり、弦が切れたりしても、それは不可抗力と捉えてしまいますが、それは、当時の時代考証を知ら無さすぎです。
これも、baroqueや古典派の時代には、ごく普通になされていた事で、知ってしまえば当たり前の事なのですが、それを知っている人は少ないのですよ。
それ以上に、biberの曲を演奏する人自体が少ないかな??
誰しも危険は犯したくないもんね。
日本人は特にbaroqueのviolinを2台、3台持っている人はいませんから、そういう使われ方をする・・という事を知らないからです。
演奏家は演奏技術は研鑽をしても、そういった一般的な知識を勉強しようとはしないのがね~ぇ???
困ったもんですよ。




芦塚 陽二さんの写真


私が体力の限界と、それ以上に欝が酷くて、それに生徒達の主要なmemberが受験で練習が出来なくなったので、八千代の演奏会の中止を申し出るまでの、八千代市生涯学習プラザ主催のコンサートの3年間、6回のZyklusの中の1曲です。

曲目は、doublestageで、前半のprogramは、お子様連れのお母様を中心としたrepertoryで、後半は音楽を楽しみたい人達のための鬱々programのために、1回の演奏時間が3時間超の演奏時間とrepertoryです。
芦塚音楽研究所のオーケストラが、世界のorchestraに対して、非常に変わっているのは、演奏している先生も生徒も、全員、私の生徒である、という事です。
そのために、ensembleのbalanceが非
常に良いのです。
全ての楽器の演奏法が、統一されているという事で、世界的に見ても、非常に珍しい団体になるのです。

演奏しているのは、小、中、高校生の生徒達中心で、応援にOB,OGがsupportに参加演奏してくれました。
そういう事なので、proのorchestraではないのですが、それにしては、少し、場なれし過ぎているのかな??
まあ、兎に角、楽しそうでいいけど、演奏に来ているんだよね??
もう少し、緊張したら???
でも、如何にも楽しそうなので、お客様にも楽しんで貰えればいいか・・・???
あんまり、しかめっ面なのも、いただけないのでね!?!?




2014年9月30日2:08

おもちゃのシンフォニー

1楽章です。



2014年9月30日2:10


次は、2、3楽章です。
https://www.youtube.com/watch?v=KuidAv7Jxa0








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クリスマス会でのPachelbelのchaconneです。
上の文字をクリックすると、You Tubeの2013年の12月の22日の千葉教室のクリスマス会での、Pachelbelのchaconneの演奏の動画に飛びます。
クリスマス会の3週間前に、wineを飲んでいる最中に発作を起こして、Mueller-Hartmannの編曲版に全面手を入れて、Ashizukaversionを作り上げました。
この曲は結構悲劇的で、鬱々な曲なので、FroheWeinachtにはそぐわない曲なのですが、私がProbe(試演)をするタイミング的には丁度良かったので、強行しました。



曲は、間違いなく、Pachelbelのchaconneです。彼の有名なcanonではありません。
原曲はpipe organの曲です。
以前は、何度か、この曲を演奏する時には、Mueller-Hartmann版の楽譜で演奏したのですが、arrangeがあまり良くないので、づっと、何かしら不満足でした。という事で、今回は芦塚陽二編曲版として全面改定しました。
その編曲の試演を兼ねて、arrangeして3週間後ぐらい後にクリスマス会があったので、クリスマス会のついでに、教室の生徒達に演奏してもらいました。

chaconneの詳しい解説は下のurlが解説のホームページにlinkしていますので、そのPageを参考にしてください。



「わっ!!サンタさんだ!!」 「プレゼント、ありがとう!!」




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TelemannのAria 芦塚陽二編作曲
2014年9月9日

https://www.youtube.com/watch?v=bm3iMM4cj2w  

曲はTelemannのAriaです。
本来はcantataの中の1曲で、imageは全く違うものです。
誰が、どうして、何故??こういう風にarrangeしたのか分かりませんが、多分、Pachelbelのcanonを最初に世界に紹介したKurt Redelというミュンヘナー・プロ・アルテというアルデンテなorchestraで、擬古典風のarrangeで、ジブリ風にarrangeしてしまったものだと思います。
という分けで殆どKurt Redelのoriginalと言って良い曲なので、音人の会の人の注文の時にTelemannのoriginalではなく、Kurt Redel風に…、という事だと思ったので、そういう風にarrangeしてみました。
勿論、この曲は日本の楽器店や音楽大学の図書館にも楽譜が無かったので、air・checkでmelodieを書き取って、原譜を作ったものです。
Kurt Redelのarrangeは、彼のorchestraがfullorchestraなので、教室の子供達の弦オケでは、楽器の編成も、演奏の人数も見劣りするのですが、そこはarrangeで何とかごまかして…という感じですかね??

詳しい解説は下のurlをご参考に…。教室の発表会への、program解説のPageです。


Seitz violinconcerto Op.15 D Dur Ashizukaversion+


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Pachelbel triosonate e moll Nr.4

Leclair violinsonate Op.9Nr.3 D Dur  violin斉藤純子 Piano萩本美紀

Leclairの曲は、この曲と後1,2曲を除いては、殆ど知られていませんが、実は夭折したにも拘わらず、大変は多作家であって、violinのsonateだけでも、有に500曲以上にのぼります。私も楽譜を揃えるのに、半分にも満たない50曲程で挫折してしまいました。sonateとは言っても、当時の数え方は、Op(作品)と言うのは、その中に12曲ぐらいのsonateが入っているのですから、1曲と言うのは、本1冊になるのですよ。100曲も揃えたら、天井までの本棚が目一杯になってしまいますからね。


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Pachelbelのchaconneの練習風景


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Caccini Ave Maria  arrangierte bei Ashizuka fur Streichorchestra

下のurlをクリックすると、ホームページの解説のPageにlinkします。


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Corelli=Geminiani la folia

八千代市生涯学習プラザ主催の芦塚音楽研究所のコンサートの風景です。
corelliのviolinのsonate集の中の1曲をGeminianiがarrangeしたものです。
しかし、実際には、かなり近現代的なarrangeの技術が使用されています。
寧ろ、色々な作曲家の手を経てこの曲になっていると考えた方が妥当です。

la foliaについての、こもごもを書いたホームページです。
勿論、発表会のprogramの解説として書いています。
こんなの読む人がいるのかね??・・・てな、感じかな??


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purcell chaconne g

八千代の対外出演ですが、今回は、殆ど全員が中学生と小学生です。
Hennry purcellの難曲中の難曲に挑みます。
無謀か、身の程知らずか・・・は、兎も角として、実に悲劇的な曲で、人生を儚んで、鬱々と・・・・という感じが、小、中学生で、どう表現出来るのよ?それで、どうすんのよ??
オラしんね!?
ようするに、完全な芦塚先生の好みでしょう??
殆どの生徒が対外出演は初めてだったのよねえ。
音楽に向かう姿が一生懸命で、真摯で、可愛かったのよねえ??
https://www.youtube.com/watch?v=egK0oZb5M0Q
12年6月24日千葉県八千代市生涯学習プラザ主催の芦塚音楽教室AshizukaKammerensembleschule .の対外出演の風景です。

chaconneの奏法についてのお話 (発表会programより抜粋)
http://music.geocities.jp/・・・/chcn-no-soho-hpk-prg-yori.html
chaconneの奏法についてのお話(発表会のprogramからの抜粋)
Vivaldi la folia triosonateCorelli=Geminiani

鬱々な曲ばかりですが、実は・・・、鬱々の曲ばかりを集めているのです。

ハッ、ハッ、ハッ、ハ!!

本当は、明るい楽しい曲もいっぱい演奏していますが、ここでZyklus(この場合には作品群)としてのまとまりを出すためには、何かしらthemaがないとね。
曲集が漠然としてくるからね。
しかし、鬱々の曲は、まだまだたくさん演奏しているのですよね。



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Vivaldiのtriosonate la folia
https://www.youtube.com/watch?v=q95RPdPFNII  

baroqueviolinによるtriosonateの演奏です。

芦塚陽二門下生・・・というか、芦塚音楽研究所の教室の先生達によるVivaldiのtriosonateの、 la foliaの演奏です。
violin1中川美和violin2斉藤純子cembalo大場美紀basso continuo.牧野由起子による演奏です。
interpretationとimprovisationの指導は、芦塚陽二先生の指導によります。

この曲はtriosonate Op.1の中のNr.12(所謂、12番目)の曲です。
膨大なtechnicalなVariationで彩られた曲です。

variationは、一つ演奏を間違えると、どうしようもなく冗長な感じになってしまいますが、特にbaroque時代には、長大なvariationが70以上もあるような曲が多く作られています。

Pachelbelのcanonやchaconne、passacaglia、folia等も基本的にvariationというgenreに所属します。

この長大なvariationを、「冗長にならないように演奏する」 には、どう演奏すれば良いのか??・・というのは、芦塚先生にとっての長年の課題だったそうです。

variation形式を演奏する事の難しさは、interpretationの問題なので、然程の事はなく、Corelli=GeminianiやMarin Maraisのla foliaは、発表会のrepertoryとして早々と定着したのですが、Vivaldiのla foliaだけは、なかなか、うまく行かず、この曲を初めて発表会で子供達が、演奏したのは、安保恵麻ちゃん達、小学2年生のグループで、1986年の発表会の事でした。


子供達の事ですから、子供達の演奏自体は、さほどの問題はなかったのですが、曲の演奏を纏める・・というinterpretation的には、芦塚先生にとっては、すこぶる不満な出来で、その曲が再び日の目を見たのは、この、videoの、2006年の大泉学園でのbaroqueのコンサートで、実に20年ぶりの復活でした。

Variation形式に対しての、構造上の解釈を色々と変更する事で、この演奏会以降は、このVivaldiのtriosonatineのla foliaは、先生達の対外出演のお得意の常設曲(repertory)となって、あちらこちらで演奏をしています。
勿論、baroque時代以降の(BeethovenやBrahms等々の作曲家)の長大な変奏曲形式で書かれた曲が、Vivaldiのla foliaの演奏のためのinterpretationをするようになってからは、このVariation形式で書かれた曲の構造式が、熟知出来て、冗長にならないように演奏するのが、然程、難しい事ではなくなったからなのですからね。


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Vitali la folia orchestraversion

Early Summer Concert 第二部 programhttp://music.geocities.jp/・・・/ycy2012-6-24smmr-knct.html・・・

ホームページに掲載した、八千代のprogramです。詳しい説明とYou Tubeへのlinkが掲載されています。
You Tubeへの動画ではなく、ホームページに移動します。




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2014年10月12日発表会当日の朝に

今日は発表会の当日です。3時50分に起きて、4時50分には、ハイツ(自宅)を出発して、6時30分には花園教室には到着しなければなりません。Cembaloの積み込みや、大道具小道具の積み込みがあります。しかし、鬱がひどくって、全く眠れないのです。ベッドに入って眠ろうとしても、ベッドに入った途端に、これまでの人生が如何に無駄であったか、今努力している事が如何に無意味で無駄の積み重ねに過ぎないのか、そういった重たい不条理が襲ってきて、心の平静を蝕んでいくのです。丁度、過日の月蝕のように、心を曇らせて行くのですよ。♦♫♦・*:..。♦♫♦*゚¨゚゚・*:..。♦・・「ああ、私は今夜も眠れないでいると、あの人に伝えておくれ!時雨~!」あれ??今日来る予定だった台風は未だだし、雨も降ってないや!それは、困った!!時雨~!!下の写真は、



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2014年10月17日お手伝いを頂いた保護者の方へのお礼と 子供達の反省会を合同で

発表会の次の週に、何時も、発表会の反省会をします。しかし、その日は、斉藤先生が四日市に出向するので、先生達が揃いません。今回は、発表会次の日が祝日だったので、その日に反省会とお手伝い頂いた保護者の方達への慰労のPartyをする事にしました。天気図をよく読んで、「フムフム、今鹿児島で、速度が50キロだから、東京へは・・」「うん!何とか大丈夫か!!」という事で、強行する事にしました。 何時もは、私の個人的な好みもあってwinepartyでしたが、お手伝い頂いている方の殆どの方が小さなお子さんがいらっしゃる・・という事で、alcoholのpartyは、そういったお母様が参加する事が難しいので、今回からは、軽食で子連れ可のpartyにしました。1枚目は全体写真です。お母様達がお話をしている間、隣の部屋では凄い事になっていました。アハッ!staffの反省会の風景です。反省会が終わると、チキンの唐揚げとチキンライスですが、トロトロの卵の上に斉藤先生がケチャップでニャンコを書いてくれました。だから、オムライスを自分達で取って食べなさい!と先生が言った時に、ニャンコの顔を切り分ける事が出来なくって大騒ぎになって、大変でした。戴きます!!

    






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2014年10月17日続き
発表会が終わって、反省会も終わると、1週間、ゆっくりと骨休めをしている、と思われるかもしれませんが、そりゃぁ、とんでもない話です。反省会の次の日は発表会の大道具、小道具を椎名町の事務所の所定の位置に仕舞わなければなりません。ただ、仕舞うだけなら、簡単なのですが、そうは行きません。全部の道具をcheckして、補充補填が必要なもの、今回の指揮棒の騒動のように、同じ物が売られていない場合もあります。netをfull活用して、探します。メリット5の代用機種も、イヤフォンマイクの端子が国内基準と違うので、それを調べて探さないといけません。クリスマス会の企画や次回のorchestra、室内楽の曲決めと楽譜のコピーの作業もあります。超てんてこ舞いで、lessonがある時よりも忙しいのは、当然の事です。そうは言っても、先生達が一同に会するのはそうそうあることではないので、夜の食事だけは、事務所の近所のビッグ・築地に買い物に行って、昨夜は牡蠣と、いくら丼とサザエの壺焼きをしました。
当然、wineか、bierで・・!!と思われるかもしれませんが、私はバイクでハイツに...帰らなければならないので、お茶でのpartyです。
本当なら、bierのserverもあるのですがね。残念!!!
右手のビールサーバーは、自宅のハイツに置いてある分です。
椎名町の事務所には、別のサーバーが置いてあります。

さて、ビッグ・築地は箱買いなので、超安いのですが、1家族で食べるのは無理なのと、基本的には自分で魚を開いたり、この牡蠣も自分で開けなければなりません。左側の手前は奥の牡蠣剥きナイフが安全なように鍔のついたもので、先生達が使います。私のは下の本刃の牡蠣剥きなので、結構よく切れる危険な道具です。
魚を刺身におろすのは、基本的に私の仕事らしいです。
大出刃、小出刃、柳刃は、本刃で、結構危ないので、刃物に慣れている私が使用します。
指き(ゆびき)(漁師さんに聞くと、指で引いて魚を開くのが、訛って「指き」になったそうです。)と言って、指先で骨に沿って開いて、刺身を作る方法があって、キビナゴや小さな鰯を刺身にする時の小魚の開き方です。
いや~あ??これだけつまみが揃うと、流石に、やっぱり、bierを飲みたかったな~ぁ??



                  



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2014年10月25日カワハギ

昨夜とは言っても、今の時間からの話ではなく、23日の夜の話という事で、誕生日とは何の関係もないのですが、牧野先生が「スーパーでカワハギを買って来たので、開いて・・」という事で、急遽カワハギの皮剥きをしました。
リュウマチで指先に力がないので、皮を剥ぐために、魚の骨抜きを準備したのですが、新鮮だったので、必要はありませんでした。
肝は擦りおろして醤油と一緒に山椒のすりこぎで擦ります。
骨は甘煮で、剥いだ皮は、木に貼り付けて乾燥させて、後で、鮫肌ならぬ、馬面肌でも作ります。
これで、カワハギ君も成仏出来るでしょう。
中型のカワハギだったのですが、3人で食べるのでは、3回分の食事のオカズになりました。
結構な量だったのよね。最初の日は、肝のお醤油で、上品に食べたのですが、次の日は、刺身を肝の醤油ダレの中に漬け込んで冷蔵庫で冷やして、食べました。
風味が熟成して甘くてとろける様に美味しいし香りも良いのですが、まるで、見た目はイカの塩辛のように見えるので、勿論、寿司屋等では出ませんよ。
見た目は、上品で美しくはないので、お店では売れないのですよ。

この魚1匹で、スーパーでは750円だけど、椎名町の事務所の近くの赤提灯では、この刺身の切れが、たったの5切れで750円です。
このサイズのカワハギならば、1匹、10人前以上は採れるので、1万円ぐらいは稼いだかな?アハッ!

ちなみに、カワハギは釣りに行くと、本命がの鯛が釣れなくって、何時も代わりに釣れてしまうのですよ。
釣り人泣かせの魚なのです。エビなんかの高級な餌を付けていたら、カワハギは絶対に釣れませんよ。
餌取りの名人(名魚)だからね。
そこの漁場で、間違えて釣れてしまった、ふぐとかの雑魚の魚肉で釣ると、肉が固くて、吸いきれないので、カワハギは楽に釣れます。


   
カワハギは身を切り出すために、包丁を入れるのですが、万能包丁では、皮が厚くきれません。私が使用している小出刃は、千葉の特別lesson室の近くの文具工具店で買ってきた750円の安物ですが、一応、本刃なので、ちゃんと研げばよく切れます。私の普段使いの、長崎の菊一文字のペティナイフも、本刃なので、驚く程良く切れます。でも、手入れが難しいので、先生達には使わせていません。

 
私が魚を捌く時には、骨には、わざと身が少しだけ残るように切り分けます。
後で、甘い煮付けや塩焼きにするためです。
以前、上手に身を削いでしまったので、逆に、先生達から
「食べるところがない!」と、文句を言われてしまったので・・・。
それ以降は、鯛やヒラメ等も焼いたり、おすましを作る時には、わざと粗めに身を残しながら開きます。


普通のすり鉢なのですが、すりこ木は、山椒の木です。この木のすりこ木は結構高いです。
すり鉢に合わせて、幾つかのすりこ木が買ってあります。超ミニの可愛いすりこ木もありますよ。
ハイツの自宅にあるすり鉢の小鉢の色々な種類と、可愛いすりこ木を写真に撮って見ました。

写真に撮ると、相変わらず大きさが分からないけれど、一番小さな小鉢です。



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2014年10月28日曲渡しと初見大会

日曜日は発表会後の初顔合わせと曲渡しの上級生達の模範(?)演奏です。


主要memberが殆ど受験の真っ最中なので、Vivaldiのe mollの模範演奏をする時に、member不足で、私までCembaloの演奏に引っ張り出されてしまいました。
困った!困った!!
「・・・弾けるか?」「・・・弾けないか??」・・という意味ではなくって、メガネを掛けていても、譜面が見えないのですよ!!

おまけに、手がカサカサして油切れなので、情けないことにPageがめくれない。
演奏にPage捲りが追いつかないのですよ!!

こりゃあ、どうしようもない。
しかも、リコルディの譜面は、Cembaloのpart譜は、凝り過ぎていて、難しい割に、何の演奏効果もない。
うっかりと、つい、つい、口走ってしまった!!
「こりゃ、書き直さないとダメだ!」
「しまった!!」
 

この話はVivaldiとは別口の話になるのですが、初めてのQuartettとかで、年少の生徒がHaydnのQuartettを演奏する事になったので、violaのpartを、急遽、日曜日に間に合うように、violinにtransposeする事になりました。
(これは、timelineが遡って、土曜日の話です。)

このVivaldiのお話とは、別口の話になるのですが、初めてのQuartettとかで、年少の生徒がHaydnのQuartettを演奏する事になったので、violaのpartを、急遽、日曜日に間に合うように、violinにtransposeする事になりました。

(timelineが遡って、日曜日の話ではなくって、一日前の、土曜日の話になります。)
finaleで入力しようとしたら、なんと、キーボード入力が出来ない。
原因を探すだけの時間がなかったので、仕方なくMouseで音符を入力しました。
超時間が掛かったけれど、何とか日曜日の曲渡しには間に合ったね。土曜日の夜の話、なのですが、ほぼ貫徹ですよ。

それから、日曜日に顔合わせと初見大会と楽典を済ませて、ハイツに何とかたどり着いたのですが、帰ってキーボードの不具合をnetで調べたら、コルグで修正programを見つけたので、後は何とか、・・・と、思ったけれど、Cembalo partを打ち込むだけのエネルギーがもう無い!!

日曜日に取り敢えず寝て、次の日の「明けの月曜日」に入力しようと思ったのだけど、出来ない!!
月曜日の1日中、「ウダウダと」休んでいても、全く疲れが取れないで、一日中ダラダラして、しかし、夜も起きていられないぐらいに、そのまま疲れが残っていたので、早々と、12時前にベッドに入ったら、なんとなんと、鬱の悲しさ、1時半頃には目が覚めて、もう眠れない「欝version」です。
鬱々していても仕方がないので、日曜日に、うっかりと口を滑らしてしまった「Vivaldiのe mollのscoreとCembaloのpart」を作ってしまいました。


finaleの良い所は、出来たばかりの音楽をパソコンの音源で再生出来る所です。
眠れないままに、何度か聞いて、出来上がりをcheckをしていたら、生の演奏が聴きたくなって、You Tubeで探したのだが、Stravaganza自体がそんなにはupされていないので、何とか聞ける演奏は1曲だけだったのかな?

見つかった別のもう1曲は、早くて乱暴で、Vivaldiが知ったら、怒り出すのではないか??と思いました。


・・ということで、お定まりの、wineを呑んだくれながらの、You Tubeでのnet-surfing-timeです。

「少し、飲み過ぎたかな??」
取り敢えずの宿題は終わったから、まあ、いいとするか??
その次の火曜日も、疲れが抜けなくって、仕事が出来なくって、使い物にならないのですよ。
 

下の写真は、日曜日の「模範演奏」、「初見大会」、「おやつtime」、「楽典」、「五度圏の時計制作」等々の写真です。

五度圏時計の材料は、私が100均で、材料を揃えました。

  
新曲をその場で楽譜を渡されて、(普段の練習の出来で、大体の曲は決まっているのですが、最終的には、発表会の出来具合も、考慮して、曲を決めます。

それから、part譜を作って、scoreを作って、1週間はアッという間に過ぎてしまうのですが、今回はその1週間もありませんでした。

何とか、初見大会の当日までに、楽譜を準備するのが精一杯です。

まあ、いつもの事なのですがね。)初見のin tempoで演奏します。
その後では、今度は、小さな子供達も一緒に初見で演奏します。
お姉さん達の演奏に必死について行きます。

 
五度圏の時計は、100均で私が買って来たものです。
時間の黄色の丸いサイズに合わせて、黄色のシールを買って来て、そこに調をプリント・アウトした文字を貼って行きます。
子供達は中々上手に作業をしていました。
#や♭の記号の数と調号だけではなく、近親調や、調の理論を勉強します。


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2014年10月29日発表会の御報告

2014年10月日の秋の発表会のご報告のhomepageの紹介が遅れました。

・・というよりも、まだやりかけで、資料もそこそこなので、いつの完成か分かりませんので、いつもの通り、出来た所までを、upします。

音楽教室という建前から、必ず、誰かは受験年次で、常にorchestraや室内楽に関してはriskがあるのですが、今回はその影響が大きかった性なのか、それとも・・・ということなのか?・・・理由は敢えて言いませんが、今までになく、motivationが低くて、You Tubeで公開出来るような水準に達する演奏は、ほんの1曲、2曲で、今までになく少なかったのですが、生徒達の自己反省を促す・・・という意味も兼ねて、敢えて、uploadする事にしました。
下のurlで見る事が出来ます。

http://music.geocities.jp/ashizu…/14-10-12cb-aki-no-hpk.html
下記の写真は発表会会場の搬入口での、子供達の大道具、小道具の搬入の様子です。

子供達は進行表に従って、一人一人が自主的に搬入していきます。
大道具、小道具の搬入搬出は、音楽界ではproの人達がやる専門の作業で、普通はおいそれと学べる作業ではありません。勿論、子供達が無理なく出来るように、色々と工夫配慮がされているので、子供達が自主的に活動が出来るのです。
教室では、学校教育で疎かになりがちな、集団活動の教育の一貫として行なっています。
インストラクターを希望する生徒の場合には、進行表自体の作成の手伝いをして、全体の動きを覚えていきます。
こういった勉強も学校教育では学べない、proだけが学べる大切な教育の一つです。

勿論、こういった作業を子供達に指導する学校も団体も日本には、というか世界的に見てもないので、よくこの意味を勘違いされてしまいます。

浦安や、教育会館等でも、最初に子供達が、裏方をやっているのを見て、ホールの人達が
「この教室は生徒に裏方をさせている!」と、超、批判的で「ムッ!!」とした態度でした。

しかし、進行表を読んだり、子供達が整然と動いているのを見て、教室としては、教室の教育の指針を、ホール・スタッフの人達には伝えていなかったのですが、餅は餅屋で、子供達の動きを見て、その意図を理解して頂き、1時間も経たない内に、教室の姿勢にとても賛同していただいて、それ以降は、新しい職員が入って来た時には、教室の進行表で、訓練をさせて、子供達の動き等も含めて勉強していました。
ですから、その後は、千葉の何処のホールも教室に対しては、とても好意的に親切にしていただいています。


        


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2014年11月26日heurigeと膝関節
老人や病人には、優しくない、若者専用の渋谷の駅のお話

12日や13日頃から少し前兆はあったのですが、13日の千葉のlessonと16日の日曜日の練習を経て、17日の月曜日は衣装を見に池袋迄出掛けて、・・という事で、オーバーワークになってしまったのか、月曜日の夜、睡眠中に、突然股関節と左膝が痛くって、全くベッドから降りれない、トイレにも歩いて行けなくなってしまいました。
事前に膝を痛めたとか、足腰をひねった、とかいう理由も全くない突然のお話です。

その後は、非常に神経質に絶対安静にして、体を休めて、その次も21日の千葉のlessonと23日の練習とは、何とかなったのですが、いよいよ月曜日のheurigeに行く日になって、池袋迄は、何とか歩いて行けたのですが、乗り換えの渋谷の駅は、痛みが最高に酷くなってしまったね!!
事前に、なるべく、歩かなくてもよいように、ネットで必要最低限の乗り換えとコースで、行き方を調べたのだけど、実際にその場所に行って見ると、距離は兎も角としても、全部が階段でupdownhillが酷い。

駅員に
「エスカレーターかエレベーターはないの?」と尋ねるとと、「申し訳ないけれど、階段でお願いします!」・・だって!!・・

しかも、その階段が普通の高さじゃないのよね。もの凄い高さだわ・・・!!
脂汗タラタラで、地下鉄に乗り換えて、青山一丁目で降りたら、またまた歩くわ、階段だわ・・!!
相変わらず、エレベーターもエスカレーターもなく、必ず階段をupdownさせられる!!

斉藤先生の肩に掴まりながら、必死に歩いたのだけど、どこが世界に優しい大都市だよ!
よく言うよ!!
これじゃあ、後、何年か後の、オリンピック・パラリンピックなんか、とても無理だろうよ!
顰蹙ものだよ!!

若者には、楽しくて、優しい街かもしれないけれど、老人や病人にとっては、地獄道だよ!!

それに、案内板なんかも、不可解極まりない
・・知っている人達にとっては、分かりきった道でも、初めての人にとっては、
「何故??」 「どうして???」 と、理解不能だよね。

後で、牧野先生が、
「渋谷で乗り換えてはダメだ!」って、教えてくれたけれど、それでも、青山一丁目は助からない!!
東京は、老人や病人が歩いてはダメなのよね。
ホント、東京難民だよ!
酷いよね。

Prost!!(乾杯!!)


              


それはそうと、heurigeはとても美味しくて、演奏もお話も楽しくって、よかったですよ。
智ちゃん有り難う。
また一緒に飲みましょう!

       



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2014年12月2日冷蔵庫との戦い

この間、書いた30年物の冷蔵庫が、やっぱり、壊れて大騒ぎをしています。

隣の部屋で寝ていてもうるさくって、寝れない程にガウガウと騒いでいます。
買い換えるのはやぶさかではないのですが、冷蔵庫の設置を業者に頼むとしても、冷蔵庫を部屋に入れるように動線を作るのが一手間で、体調との相談になってしまいます。
なにせ、玄関も捨てられない荷物で、殆どゴミ屋敷状態なのでね。

でも、このままでは、仕事にならないので、何とかせにゃあかんわネ!
この文章を書いていても、うるさいのだわよ!!

それと、足はもうそろそろ2週間近くになるのだけど、未だよく歩けません。
股関節の方は治って、もう痛みはないのだけど、相変わらす膝は酷い!!
今日、薬局で
「シップは貼っているの?」と聞かれて、「そうか??一般では、痛い時にはシップでも貼るのか?」と気付きました。
シップの薬は結構持っているのだけど、貼る事は考えなかったな???
取り敢えずはボルタレンでも膝に塗っておくか??


起きて、早速パソコンに向かって仕事をしていたら、頭がクラクラして、目まいでひっくり返りそうになってしまいました。

相変わらずの騒音で、精神的に参ってしまったようです。

慌てて、冷蔵庫の下の扉を半開きにして、冷蔵庫を停めてしまいました。
そういう方法もあったのよね?? 
「コードを抜けば良いのでは・・??」と、思われるのは当然と思いますが、冷蔵庫のコードが後ろなので、コードを抜く事が出来なかったからです。

あ~!静かだ!!
冷蔵庫の音が、「時たま・・」から、「殆ど・・」に代わって、急いで冷蔵庫の機種決めをしました。

部屋が狭いので、入る冷蔵庫が極めて限定的で、一機種しか、選択の余地はありませんでし
た。
該当の冷蔵庫は一機種だけでした。

ところが、その機種は売れ筋がとても良く、部屋に色が合う(お気に入りの色の機種)の冷蔵庫は、来月の入荷になるそうですが、それまではとても、辛抱出来そうにはなかったので、取り敢えず、今有る色の機種は、部屋にマッチしない色で、最悪なのですが、
「それまで、待つのはとても無理!」という事で、諦めて発注しました。
それでも搬入までには、1週間以上掛かるそうです。
その間、この騒音に耐え抜けるかな??
自信はありません。

それに、搬入の2時間前には、コードを抜いておかなければならないらしいのですが、家具を動かすのは、私には不可能なので、少しずつ搬入のための玄関からの動線を開けたり、家具を整理したり、一日では出来ないので、今から少しずつ準備しておかなければなりません。
いゃ~あ!!・・・・たかが、冷蔵庫一台、でも、・・・・てぇ~へんだ!!


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2015年1月1日新年のご挨拶とクリスマス会の報告







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2015年2月12日 Vocaliseのarrange

実は、タイムラインは逆行してしまいますが、音人の会の前の週の土、日は、斉藤先生は四日市教室へ出向の日でした。
四日市教室の生徒さん達も中学生、高校生と大きくなって来て、小さかったお子様も、もう中学生でそろそろ歌い込みを勉強させたい・・という事で、「小さいorchestraか、室内楽で簡単に伴奏が出来て、歌い込みの出来る曲はないか??」と斉藤先生から問い合わせがありました。それで、私が、何曲か、四日市の生徒のために曲をリストアップをしたのですが、その中にRakhmaninovの VocaliseのQuartettversionへの編曲があって、以前、営業用の演奏曲として、市販の Vocaliseの楽譜を買って揃えていた曲の一曲でした。
未だ、一度も外では演奏した事がなかったので、今回、初めて、その楽譜を
「四日市の生徒達に使用しては??」・・・という事になったのですが、何せ、orchestraと歌の曲をQuartettに直すという無茶振りをしているので、和音を演奏するのに、2ndやviolaが常に重音で演奏しなければならなくって、超、難しく、不自然なので...「もっと簡単に演奏出来るように、せめて単音に手直しをして欲しい」・・という注文がありました。
「ホイ!ホイ!」と気軽に引き受けてしまったのですが、何と、楽譜をcheckしてみると、その楽譜を手直しする以前に、repeatの場所も、小節数も、和音さえも、違っていて、originalの譜面から、そういった訂正をする事が先で、さっさと、scanningしてfinaleに入力する・・という事は、出来なかったのですよ。

それに、金曜日の夜に、編曲を発注されて、土曜日の朝の6時には、椎名町を出発するという事で、朝の5時が締切という無茶振りでした。
しかも、originalの調はcis mollであるのに対して、arrange版はe mollなので、移調楽器の読み替えが、大変で、久々の徹夜仕事で頭が惚けまくって、大変なアレンジでした。
まあ、朝の3時迄には何とか書き上げて、事務所のパソコンに添付で送って事なきは得たのですが・・・・。

いつもの通り、楽譜を送った後で、何か不満で、鬱憤が溜まったので、一気にoriginalになるべく忠実なstringorchestraversionの Vocaliseをarrangeしました。こちらは、originalの調性を活かして、原調のままのcis mollなのですが、斉藤先生も牧野先生も、
「編曲版のe mollの方が楽器が鳴るので良い。」という事で、transpose版も作りました。
調が変わると重音が弾けなくなったり、soloやcelloのpart等に無理が生じるので、それを更に手直ししなければなりません。

それを日曜日に手直しして、
「今回の4月の発表会にどうか?」と提案したのですが、先生方の反応は今一でした。・・・何故??? まあ、私としては、どっちでもいいのですが、「発表会のメインがBrahmsの六重奏だけでは、ちょっとしょぼいかな??」・・・・・、とおもっていたのですがね。

それに、曲決めの時には、何時もこれぐらいは揉めるのよね。

また、練習の回数についても、八千代の時も、曲が出来たのは本番の2週間前だったし・・・、そんなのは人生では、ザラでしょう???


     





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2015年2月12日音人の会
昨日は、盛大に「音人の会」を開催する事が出来て、大変有難うございました。

今回は、Facebookを始めた事で、それまで、mailaddressが分からなくなって、連絡の取れなくなっていたOB,OGの人達とも連絡が取れて、多数、若い人達も参加出来たので、これまでの、TafelMusicとはまた、盛大になって、とても楽しかったです。
今回も、仕事の都合で参加出来なかった人達も沢山いて、残念でしたが、次回は是非にご参加くださいね。
勿論、楽器持参で・・・。
アルコールの出るパーティという事で、U20は参加出来ないのですが、今回だけは、例外で、受験の場馴れのために、高校生達が参加していますが、勿論、アルコールは一滴も飲んでいませんよ。
1枚目の写真はお料理の準備の風景です。
皆さん達も持ち寄りをしていただきました。

今回は、会場となった自治会館が、いつものように昼夜とは取れなくって、夜だけになってしまったので、最後のケーキのデザート迄の時間が取れなくって、中途半端に終わってしまったのが、残念です。
いつもは、お昼から開始なので、芦塚先生も、タイムリミットの5時、6時頃...までは、wineを飲んで、堪能しているのですが、今回は、乾杯のwineしか飲む事が出来ないので、な、な、な、何と、芦塚先生は、シャルドネのノンアルコールのwineを白、赤、スパークリングと、取り寄せて飲んでいました。

弦楽器とPianoだけではなく、今回は、歌もあったり、と、色々でした。
曲を演奏する前には、チョッとした、コメントをお話して貰っています。
高校生も、発表会では慣れているはずなのですが、ワインパーティでは、さすがに、場の雰囲気が違っていて、少し、話しづらいようでした。
最後は、梨紗ちゃんがviolaでBrahmsの六重奏を演奏したい、という事だったのですが、celloの牧野先生がケーキーの準備で、花園教室に戻っていて、会場にいなかったので、「どうしても・・」という事で、芦塚先生が二本のcelloのpartをPianoで、無茶弾きして演奏しました。
でも、残念ながら、時間切れで、その「デザートの時間」は、とうとうタイムリミットに間に合わなかったのですが、何とか、出演者の皆さん達のお手伝いで、9時の退館迄には、会場を後にする事が、出来ました。
・・・かな???・・・かな???

皆様、お疲れ様でした。

  
       

  

   



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2015年2月15日の京成検見川教室での自主練習

2月15日自主練習(久しぶりの検見川教室でのオケ練習)

2月の15日は、定型通り朝の6時頃に起き出して、千葉へ移動する前に、ギリギリまで仕事をするという日常をしていたのですが、鬱が襲って来て、部屋を出る事が困難になって来ました。
しかし、だからといって、検見川教室の状態をそのままにしておくと、いつまでもlessonやオケ室内楽の練習が出来ません。
・・・という事で、鬱な心を奮い立たせて、頑張ってハイツを出発しました。

京成検見川のlesson室は、1月の中旬から、部屋の工事で暫く使用出来なくなっていました。

それは、大家さんの好意で、これまで、トイレは最新式のウォシュレットに改造して貰ったのですが、今回は、更に、蛍光灯はLEDで壁は布クロス、天井も吹付け塗装と、業者に、新たに、作業をお願いする事になりました。

しかし、部屋に楽器を置いたまま、業者が作業に入るので、PianoやCembaloパイプオルガンや、キーボード類、Kontrabass数台等を部屋の中央に寄せたり、塗りや作業を部屋の半分づつするために、右隅に寄せたり、左隅に寄せたり・・と、楽器を動かすためだけに、時間や日にちを使う程は暇ではないので、通常のlessonの後でや、オケ練習の後の疲れのピークの時に、腰痛持ちの先生達2人と私が、3人でその作業を繰り返ししました。

業者のローテーションの都合で、オケ練習と日曜日のlessonが並行出来ないままに、2月も中旬に入って、作業も終わって、移動した楽器類や、小物類を元に戻さなければならない状態のままで、忙しくて、そのままになってしまいましたが、流石に、これ以上花園教室一箇所だけでオケ練習をするのは、とても無理という事で、15日の自主練習の時間を使って、午前中のSchumannのPianoQuartettのlesson時間に、今度は、初めてですが、
「生徒達に手伝って貰って、部屋を元に戻す」、という作業をしました。

とはいっても、重たいものは、箸か弓以外は持った事のない生徒達なので、牧野先生達は、
「生徒達をお手伝いに呼ぶ事は気のりがしない」・・と、言っていたのですが、それを私が「お手伝いが出来るか否かは問題ではなく、「意識を育て」なければ、本当の勉強にはならない・・・という意味で、その場所にいなければ、「本当の仕事」としての意識を持たせる事は出来ない」と、ダメ押ししてしまいました。

こんにちでは、学校の教育でも、大人社会の体験授業として、体験学習が盛んに政府の肝いりで、会社の協力の下で、行われていますが、体験させる学習の下準備の辛い部分や汚い部分、危険な箇所を全て省いて、子供にそういった物を、体験させてはいけない(させるべきではない、或いは、そういった事は出来ない)・・という前提のもとで、日本独特の「甘えの構造」で、そこの部分を大人(社会人や先生達)が準備して、その仕事の中の、上澄みの綺麗事の部分だけを生徒に体験させています。

子供達も、親も、そういった、甘ったれた仕事が、社会人としての仕事だ・・・、と勘違いして、思い込んで、
「その仕事は楽で、恰好良いから・・」という理由で、その子供が、大学を卒業して、社会人になって、その憧れの会社に入社した時に、その仕事をするための、汚い辛い仕事を、全てを自分でやらなければならない・・と知った時に、「自分が思っていた仕事とは違った!」「しかし、上司は何も教えてくれない!」と言って、引き籠もりになってしまうのですよ。

例えば、料理教室では、料理の作り方を習います。
料理教室で、準備された食材で、そのレシピを学んだだけで、料理が出来るようになった・・と錯覚している人達も多いようです。

でも、本当の料理とは、その季節の旬で一番美味しい食材は何か?その食材で何が作れるのか?それは安いのか?高くて入手困難なのか?・・・そういった諸々の事が分からなければ、実際に家庭の料理としては成り立ちません。
それに、その食材が子供達にとって、栄養のbalanceは良いのか?とか、子供達の健康の基本は、家庭の料理なのですよ。
今の日本の食材には、賞味期限や消費期限が書いてあります。
その期限に対しての信頼は、日本人独特です。

書いてある賞味期限が終わったら、傷んでいなくても、食べれない・・と、平気で食材を捨ててしまうような国は、日本だけなのですよ。

世界のglobalstandardでは、未だに食料が無くって餓死する子供達が沢山いるのにね。日本で捨てる食料だけで、世界の子供達が、毎日食べて行けるという事は知っていますか??
人間には、その食料が食べれるのか、もう無理なのかを知るために、鼻と口があって、五感があるのですよ。
その五感を磨く事無しに、賞味期限を信じてしまう、という不思議な国民です。
みんなが美味しいと言えば、必死に並んで食べる・・不思議な国民ですよね。
私は、みんなが美味しいというラーメン屋で、一度も美味しいと思った店はありません。
現実的にも、その人気のお店も、1,2年も経つと、誰も並ばなくなってしまうのですからね。
時々、先生達から、
「あのお店、美味しそうだから食べに行きたい!」と並んで食べるお店の事を言います。
時間のtimingをちょっとずらしたり、半年も待つと、並ばなくても普通に食べれるのですよ。
それで、美味しかった験しは、一度もないので、
「やっぱり並ばなくってよかった!」という話になってしまいます。

料理教室は、料理を作る事の導入にはなるのかもしれませんが、それで、子供達の健康を維持する食べ物を作れるようになる事はありません。

食材の賞味期限の続きですが、日本人の一番大切な素晴らしい言葉は、ユネスコによると、「勿体無い!」という言葉だそうです。
牧野先生が、美味しいフキを作りました。
その美味しいフキを茹でたお汁は捨てるには勿体無い。
・・・という事で、生卵をといて、トロトロの厚焼き玉子を作ります。
厚焼き玉子を作る時には、とき汁の味付けが難しいので、その手間が省ければ、ほぼ、何もしないでもトロトロの厚焼きの完成です。
音人の会でお出ししたバケットのパンが切ったまま固くなって干からびていました。
干からびてしまったので、焼いて食べるのも無理だ・・と捨てるのは、勿体ないので、フレンチトーストを作りました。
玉子と牛乳と蜂蜜です。一夜、漬け込んで、朝一で、トロトロのフレンチ・トーストを食べたのですが、今度は、フレンチ・トーストの余ったツケ汁がもったいないので、少し、牛乳を足して、バナナと一本入れて、ミキサーにかけて、バナナジュースを作りました。
これで無駄なくつけ汁まで、余らせないで最後まで食べる事が出来ました。

材料の事、無駄を省く事、そういった一般的な事が分からないと本当に料理が上手になったとは、言えないのですよ。

だから、厳選された食材で、お金に糸目を付けない料理は、幾ら素晴らしい美味しい料理であっても、その料理が家庭料理になる分けはありません。
それは、全く、別の世界の料理なのですよ。

本当に美味しい家庭料理を作ろうと思ったら、道具の手入れの仕方も学ばなければなりません。

本刃の包丁は、たった5分放置しただけで、サビが出て切れなくなってしまいます。
それが面倒くさいし、手間暇もかかるので、錆びないステンレスの包丁で食材を切ります。

しかし、本当に切れる包丁とステンレスの包丁では、食材の味が変わるのですよ。
ステンレスの万能包丁で切ったキャベツの千切りと、本刃の包丁で切ったキャベツを両方の味を食べ比べました。「えっつ??」と驚く程、味が違うのです。

幾ら新鮮な食材を選んで買って来ても、ステンレスの包丁で切っていては、意味はありません。
道具での味の違いは、明白なのですよ。
花園の教室と、椎名町の事務所とハイツの自宅には、それぞれ、柳刃と大出刃小出刃、和の包丁や本刃のペティナイフがあります。
お刺身を作る時には、文化包丁や菜切り包丁ではお魚さんは切れないからです。

たまには贅沢をしても良いか??・・と、本わさびを買って来たら、最低鮫肌の下ろし器は必要です。
普通の家庭用の下ろし器では、ワサビが美味しくなる分けはないのですよ。

でも、さんまに付け合わせる大根おろしには、鮫肌は使えません。
大根おろしには、荒く粒粒の残ったような、鬼おろしの下ろし器が最適で、同じ大根を普通のおろし器で作った大根おろしとは違って、同じ大根おろしかと思える程に、美味しくなるのですよ。

私の自宅のハイツには、おろし器が20種類以上あります。
陶器のおろし器だけでも10種類以上にはなります。

という事で、写真のおろし器はその一部に過ぎませんが、右側の下ろし器の写真は、左の大きな二つが鬼おろしです。
一番左側が荒く、その次の鬼おろしはそれよりも、少しキメが細かくなります。
真ん中の、銅のおろし金は、ハンドメイドの職人業のおろし金です。
右の大小の二つが鮫肌です。

但し、山芋をスル時には、この中の、いずれのおろし金も合いません。
その場合には、陶器のセラミックの下ろし器が一番美味しく擦れます。

でも、本当は、このセラミックのおろし器でおろした後で、すり鉢で、山椒のすりこぎを使用して、もう一度、今度はだしつゆと一緒におろし直すと本当にきめ細やかで、美味しくなります。

禅宗のお寺では、常にそうして調理をします。
ハイツには、直径が50センチもある巨大すり鉢から、食卓にそのまま出せる小鉢の大きさのすり鉢まで、5種類以上のすり鉢があります。勿論、それに合わせた、山椒のすりこぎもあります。


左の写真は、極々、一般的なセラミックの下ろし器です。
普段使いには、すこぶる重宝しています。












日本の音楽教室では、Pianoを習っていても、Pianoの磨き方手入れの仕方を習う事はありません。
否、寧ろ、指導者である先生自身がPianoの手入れの仕方を知らないのですよ。何処かの音大の冬季講習に出かけた生徒がペダルの踏み方が悪いと、大学の先生にハイヒールで靴の上から直接押さえつけられて、
「二度と講習には行かない!」と、怒り捲って帰って来ました。

それと似た事は、私が大学生の時代に、
「寿司屋の師匠が怒って包丁をまな板に投げつけて怖かった!」と、若い寿司屋の見習いが言っているのを聞いて、近所の寿司屋のオヤジさんが、「そんなのは寿司屋ではない!」と、怒りまくっていました。包丁やまな板は寿司屋にとっては命なので、その命の道具に八つ当たりをするようでは、proとは呼べないと怒っていたのです。

超有名な某国立音楽大学の超有名な教授が、lessonの時に怒って楽譜をビリビリと破って投げつけたり、Pianoの蓋をバタンと閉じて、そのために女子学生が怪我をして裁判になったという信じられない話もあります。
当時の音楽大学では、「厳しい」という言葉の意味を取り違えていたのですよ。

私のlessonを見て、
「超、厳しい!」という人と、批判的に、「アバウトで優しくて、lessonのけじめがない!」という保護者もいます。

年齢の小さな子供達は一様に
「芦塚先生のlessonは、とても優しいよ!」と言うのですが、これが高校生ぐらいになると、全く同じlessonをしていても、「逃げ場所が無くて、とても厳しい!」というようになります。

少しlessonの内容が分かるようになって来たからでしょうね。

特に、男の子にとっては、怖い存在らしいですよ。
でも、私は音楽を指導する時に、一度も声を荒らげた事はありません。
でも、子供達を叱らない分けではないのです。
躾やマナーに関しては、結構厳しいです。

しかし、事音楽の事では、怒った事はありません。
その必要がないからです。
音楽は出来なくて当たり前なのですから。
先生の醍醐味は、その出来ない生徒を出来るようにする事なのですから。

何げなく、Pianoの先生達のブログを見ていたら、「練習を全くして来ない生徒の話」についてのblogがありました。

結論は、親も先生も
、「練習を一度もして来ない生徒の指導は不可能だ!」という事でした。

という事で、昨日のオケ練習で、生徒達に
「先週のオケ練習から、今日まで、オケの曲を一度でも練習した人は?」と、質問して見ました。
結果は、2人だけは、少し練習したらしい??・・・??の意味は、首を傾げながら手を上げていたのでね。
教室では、一度も練習して来なくても、叱る事も怒る事もないのですよ。
何故なら、それなら、先生が生徒と一緒にその課題の曲を時間まで練習すれば良いのですから。
生徒が自分なりに下手な練習をするよりも、先生が無駄を一切無く、30分、1時間の練習を生徒とすると、その生徒は、1、2年もすると、驚く程、上手になるのですよ。
何せ、先生の練習法には、子供達が自分でやる練習とは違って、練習の仕方に全くの無駄がないのでね。

家では一度も楽器を開けた事もない生徒が、難しい曲をサラサラと演奏しているのは、先生にとっても、
「快感!!」ですよ。


教室では、楽器そのもののlessonの他に、その楽器に対してのメンテナンスも、指導します。

教室で、Pianoの副科として、Cembaloを学ぶ生徒達には、簡単なCembaloの調律の仕方も指導します。
Cembaloの調律師を呼ぶと、Pianoの調律師の3倍、4倍の金額を取られます。
千葉あたりまで、来てもらうと、それに交通費と、掛かった時間に対する費用対効果で、それこそ5万、7万、払わなければならない事もあります。
それに、折角、調律師に調律して貰っても、Cembaloは30分もあれば、気温が変わって、湿度が変わると一瞬で狂ってしまいます。
つまり、その度に調律師を雇うという事は、不可能なのですよ。

Cembaloを音楽大学で習って、さて自分の家にも欲しいと思っても、手入れや調律の仕方を音楽大学で学べる事はありません。

でも、楽器のメンテナンスが出来ないと、Cembaloを自宅に買っても、狂ったままで練習しなければならないし、楽器のコンディションを整えておく事は出来ません。

音楽の勉強は、幾ら技術が向上したとしても、それだけで、音楽家として生活する事は出来ないのです。

それ等が、音楽の雑用の力です。
職人として学ぶ事と、学校で学ぶ事の違いですよ。

雑用を勉強しない限り、学んだ音楽の技術を職業として活かす事は出来ないのですよ。

一般には、大人の男性であれば、「Pianoを動かす」・・とかいう事は、簡単に出来ると思いがちですが、実際にはPianoや、pipeorgelを動かすのは、経験がなければ出来ません。
楽器は、大人の力では、ビクともしないのですよ。

という事で、結局、grandとuprightのPianoを2台所定の位置まで戻す事は、私と先生達だけでしなければならなかったのです。

塗装業者が、私達の指示の前に、大家の指示で、勝手に家具と勘違いして、楽器を動かしてしまっていて、Cembaloの金箔に、養生用のテープを貼っていました。

超、驚いて、必死に、細心の注意で、金箔を剥がさないように、テープを取ったのですが、金箔を金色のペンキとでも勘違いしたのでしょうね。
Cembaloの金箔は、正倉院等で使用されている金箔と同じ、本当に本物の金箔なのですよ。
ですから、1センチ平方で幾ら・・という世界なのですよ。
その価値が分からない人達には、花園の黒Pianoと同じで、黄色く変色した鍵盤の価値が分からないのですよ。
勿論、調律師に頼んで、白く漂白する事は出来ます。
しかし、それでは象牙の本当の価値は、半減してしまうのですよ。



Cembaloの金箔のお話も、Cembaloにとっては、その価値を失い兼ねない危ない状況だったのですが、楽器は、
「力業で動かせば良い」力さえあれば、(男性ならば、動かせる)というものではありません。
繊細な、正しい楽器の取り扱いが分かって、初めて楽器の移動が出来るものなのです。

教室で楽器を初めて習う子供に、楽器を弾いた後の、お手入れの仕方を指導して、ちゃんと拭いてから楽器ケースに仕舞うように、させていますが、この楽器を大切に「拭く」という作業を指導する事も、「躾」としての教室独自の指導法なのです。
楽器のメンテナンスの第一歩なのです。

一般的な他所の教室では、そういった「躾」としての「楽器の手入れ」を子供達にする事はないので、
「どうせ、家に戻ったら、楽器を出すのだから」と言って、教室でのlessonが終わっても、楽器を拭かないでそのままケースに仕舞います。
先生も次の生徒のlessonの邪魔にならないので、敢えて注意はしません。

当然、家庭でも、楽器を
毎日、練習する時に、ケースから開けて出して練習するのは、面倒だからと言って、Pianoの上に裸で置きっ放しにしている生徒さんも結構、いるそうです。

でも、それは鈴木の使い捨ての、安い楽器だから出来るのですよ。
そこで、一手間を省く事は、決して時短にはならないのですがね。

それに意識を育てる上でも、毎日の練習が終わったらキチンと楽器を磨いてしまうところまでが、練習の時間なのですよ。
子供達が楽器を学んで、それで上手になりたいのなら、安い楽器を使用している間に、本当に高い楽器を買った時に、その楽器を、大切に扱う練習と準備をしなければなりません。
勿論、高い楽器に一生、買い換える気がなければ、Pianoの上に出しっ放しでも構いません。
落っことしたら、また買えば良いからです。

高価な楽器は、そうは行きません。
高価な楽器に、幾ら保険を掛けていたとしても、自分が気に入った楽器には、絶対に、二度と巡り合えないのです。

お金の問題ではなく、楽器との巡り合いの話なのですからね。

一般の教室の生徒達は、楽器屋に楽器を下取りに楽器を出す時でも、
「どうせ業者がやるのだから」と楽器が汚れたまま、所謂、指紋が付いたままの汚いままに、楽器屋さんに下取りに出します。

しかし、それは
「指導者の音楽に対する姿勢の問題ではないか?」と私は思っています。

私が指導するPianoの生徒達は、lessonが終わったら、Pianoを磨いて仕舞う所からお手伝いをします。
でも、私はこれを教育と思っていて、お手伝いとは思っていないのですがね。
しかも、Pianoを磨くという当たり前の事も、先生がちゃんと指導しないと、子供が自発的に、ちゃんと磨く事が出来ようになる事はないのですよ。

私達の教室では、子供が落ち着きがなく、楽器に対する「躾」も出来ていなくて、未だに、「高い楽器を持たせるのが無理!」と判断した場合には、高価な楽器を購入する事を、お断りする場合もあるのです。

楽器とは、幾らお金を出して、買ったとしても、その人の所有のものとなる分けではありません。
土地や絵画と一緒で、次の世代に渡して行くものだからなのです。
もっとも、Pianoは消耗品の要素が強いけれども、本当に良いPianoはこの限りではないのです。

昔は、小学校でも、中学校でも、冬の寒い時でも、教室の掃除は生徒達がやったものです。
しかし、今の時代では、塾やお稽古事で超、忙しい子供達に、そういった事をさせようものなら、保護者の人達から、学校が総スカンをくらってしまいます。
学校のcurriculumの中に、教室のお掃除もあるようですが、本当に掃除をするのではなく、ただの教育として、カタチだけ掃除をするだけです。

そういった教育は、子供達に本当の本物を知る機会や、本当の本物の楽器を手にする機会を奪ってしまうのです。
どんな、楽器屋さんでも、幾らお金を積まれたとしても、楽器を粗末に扱う人には、本当に良い楽器は売りません。
同じランクの、つまらない楽器を売りつけるだけです。
それが人間というものですよ。


「先生は、子供に技術だけ指導すれば良い」もしも、音楽を指導する先生が、そう思っているのなら、私はその人は教育者ではない、否、音楽家でもないと思います。
それは教育ではなく、単なる弊害です。

violinを楽器屋さんに返却(下取りに出す時に)する時に、テープを剥がして、ピカピカに磨いて、その楽器に感謝する事なしに、本当の音楽が学べる事はないと思うのですが、楽器屋さんに聞くと、私達の教室のように、楽器をピカピカにして返却してくる教室は、今は、私達の教室の生徒達を除いては、あまりないのだそうです。

私は、
音楽の勉強とは、恰好良く演奏が出来るようになるための勉強なのだ・・と言う事ではなく、一人でも多くの人達に自分の気持ちを伝えるという事で、音楽の勉強は、教養ではなく、心を伝達するのだという事だと思うのですが、如何でしょうかね??

天下のBeethovenも
「心から、心に至らん事を・・」という名言を言って(書いて)います。

心を学ぶ事無しに、人の心に届く音楽を演奏する事は、出来る分けはない・・と、常日頃から、私は思っているのですが、残念ながら、今はそういった考え方は、古い昔の考え方なのだそうです。

坐禅がそうであるように、楽器を磨くという事は、自分の心を磨くという事であり、私にとっては、寧ろ、音楽を勉強する以前の問題だ・・と思いますがね。

そういった考え方は、昔々の精神論と思われるらしく、今、現在の若い親達の間では、中々、理解しては貰えません。
「芦塚先生の考え方は、昔々の精神論で根性論なのだから・・・」と言われてもねぇ~??

私は未だ、10代か、20代の若者と思っているので(気分だけは・・)、
昔々の考え方と言われても、それは時代とは無関係の話で、実際には、今の若い人達のような考え方をする人達は、江戸時代にも、普通に沢山いたのですがね。

愚痴はさて於いて、昨日の報告ですが、・・・・Cembalo等の移動は、碧人君達もお手伝いをしました。

八千代の搬入、搬出で、碧人君もお手伝いさせられていて、持ち慣れているからです。
KontrabassやCembaloの搬入搬出を、普段、何時もお手伝いしている、美帆ちゃんや智子ちゃん達は、受験年次の本番の試験中なので、今回は「お手伝い」には、誘ってはいません。

だから、教室の雑用のお手伝いとは言っても、Pianoを動かすという作業は、基本的には生徒達には出来ないのですよ。
楽器を動かすという、楽器の搬入、搬出は、大人で力があれば、誰でも出来る・・というものではなく、これも立派なhow-toのある専門職なのですよ。

家具を動かす引越し業者には、楽器の移動は出来ないので、大手の引越し業者は、自社で、楽器の移動が出来るように、楽器の専門の技術者を雇ったり養成したりしているのです。

ちまちましているけれど、結構手間の掛かる、楽譜を戻したり、キーボードを数台閉まったり、Kontrabassやcelloを所定の位置に戻すという作業は、生徒達が頑張って手伝ってくれました。

忙しくてついつい忘れてしまったけれど、千夏ちゃんが
「ビフォーアフター、撮っとけば良かったのに??」と言っていました。
いや~あ、本当にそうだった!!
残念です。

教室いっぱいに楽器と楽譜等が溢れていて、足の踏み場、トイレにも入れない状態から、段々片付いて、元のlesson室の状態にまで戻る(整理整頓で、前回よりも綺麗に)・・と言う風には行きませんでしたが・・・。

という事で、orchestraの練習と室内楽の練習が終わって、生徒達が帰った後では、最後の部屋の後始末をして、楽器や、出たゴミ等を車に積み込んで、・・・・etc.・・etc.

次の日の朝、つまり月曜日のお話ですが、流石に、朝起きて、トイレに行こうと思ったら、治りかけの膝がまた痛くなって、トイレまで、歩くのがとても大変でした。

「朝起きて・・」と言えば、夢の中の話なのですが、江古田の教室に行ったら、江古田の教室のビル自体が、大きなオープンエントランスの、木彫風で綺麗なインテリアになっていて、玄関を入ると、右側の壁伝いに、木の螺旋階段になっていて、lesson室の部屋が美しいガラスとマホガニーの木の枠の大きな扉のおしゃれなレストランになっていました。

教室の中に確かに有ったはずの、grandPianoや楽譜類や一切の物も、私の部屋である・・・という痕跡自体も全くなくなっていたのですよ。

昔、花園でそれに近い経験をした事があるのですよ。

しかし、それは・・・???

いや、人生なんて、そんなもんか??

下の写真は京成検見川教室のlesson風景と、Cembaloのtuningのlecture風景です。

               





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昨年に引き続いての一月以上の大風邪

先週の金曜日、4月17日は千葉でlessonの予定だったのですが、何かしら、体調がすぐれないので、発表会の前だったのですが、lessonを一週間後に、日延べさせて貰いました。日曜日の総合練習も、無理をすると、後がキツいかな?という事で、日曜日には、私の指導分だけのcheckにして貰って、総合練習の後の部だけを見る事にして、随分楽なscheduleのはずだったのですが、それでも、その日曜日の帰りの車では、体力が全く残っていなくって気力だけの運転で大変でした。つまり、19日の夜からは、8度5分の高熱が出て、喉は痛いし、咳はとまらないし、寒くて寒くてエアコンの暖房フル稼働状態でした。腰が抜けてしまったような状態になって、トイレまでオシッコに行くのも、物に捕まりながら、何とか、やっと辿り着くという状態が、その日から、月、火と、続きました。絶対安静を3日続けて、水曜日には何とか、病院に行って薬を貰って来たのですが、検査して貰うと、前回の高熱の時同様に、インフルではなく、ただの風邪だそうです。とは言っても、風邪でも、マジに死ぬ人はいるのだからね。困った事です...。等々、まるまる一週間一歩も外に出れないままに、なってしまいました。咳をする度に筋肉が超痛い!!のですが、どういうわけか咳をする瞬間に右脇腹の筋肉(気管支)をひねってしまいました。どうしてそうなったのかは、分からないのだけど、・。その後、咳をする度にその筋肉(気管支)が傷んでどうしようもない。困ったものです。右脇腹の筋肉はチョッと違っているので訂正しておきますが、咳が出ると空気を吐いてしまい、気管を締め付けるように咳をしてしまいます。その気管を斜めにひねったので痛いのです。痰が出そうになると、その気管に響いて死ぬほど痛い。というか座っていていも痛いので、・・それから痰が切れなくなってしまって、呼吸が出来なくなって意識が飛びそうになったので、何とか咳を鎮めるように出来ないかな・と思っていましたが、ヴィックスベポラップを買っていたのを思い出して、鼻の穴の中や、口の周りにベトベトと塗りまくりました。少し、咳が収まっているようです。気のせいか??気管の痛みが激しく咳をする度に脂汗が出る程で、夜も眠れないので、8;30と言っても、朝か昼かさえも分からなくなって、とうとう咳が出なくて息が止まってしまいました。幾ら息をしようと思っても、呼吸が出来なくって体をバタ狂わせてみても、息が吸えない。こりゃあ?・・これで死んだかな?・・と思ったよな!?人間は元気にしている時は元気でも、その1分後には、死ぬ時には突然死ぬものだよな?・・特に、老人で病気持ちにとっては、生きている事自体が奇跡のようなものだからね。O!Tot!o!・・て、Brahmsじゃないけど、まあ、そんな気にはなるよな??そりゃそうと、O!Tot!て言えば、昨年の14年1月14日に今回と同じような、超悪性の風邪をひいて、同じように高熱が出て、なかなか治らなくて、動けるようになるまでに2週間以上も掛かったという事がありました。それまでは、風邪らしい風邪は引いたことはなかったし、40度近い熱を出した事はなかったので、8度以上の高熱を出すと、完全にひっくり返ってしまっていました。マジに布団の中で救急車を呼ぶべきか否かを考えたのだが、行く病院がないのだよ。困ったもんだ!!テレビのドラマで出て来るような先生はいないもんかね??昨年に引き続いて高熱の風邪をひいてしまうという事は、これからもあるという事なのかね?それなら、私の死因は「風邪」による咳・・・??う~ん??みっともないと思いかけたのだが、そういえば、立原道造は肺結核で喉に痰を詰まらせて死んでしまったのではかなったかな??そう思うと、そんなみっともなくもない。・・と思えてくるな?しかし、医者のドクハラの一言、加齢というものでしょうかね??には、グサ!!と来るかな?・・・いやあ、もう慣れたでしょう???・・うん、???そうかな??

固形物が全く食べられなくなってから、はや10日が経ってしまいました。食べれない、動けない、・・という事で、発表会当日迄は、全くハイツに閉じ篭っていたのですが、発表会の当日は、流石にtimelimitという事で、仕方なく車を運転して会場に出かけて、曲の指揮をしましたが、舞台での指揮は、チョッと冒険で、やはり指揮している最中には、平衡感覚が狂って、何度か転びそうになってしまいました。でも、Canonの1stと2ndが何度かずれかけたのは、私の風邪とは無関係なので、悪しからず!!絶食ダイエット等で,殆どの人達が失敗するのは、ダイエットが終わってからの食事の再開です。これは本当は、一般的には結構難しいとされているのですが、私は、病院での入院で何度もリハビリの経験があるので、それ程難しくはありません。基本は、重湯から全がゆ迄の、行程を何日でやるか・?というrotationの話です。但し、昔は、手術後のリハビリはかなり厳密だったのですが、今は、かなり大雑把で、昔のリハビリを経験している私には、現在の病院のリハビリのrotationには驚いてしまいます。体の自...然治癒力を応用して、一昔前なら、「そりゃあ、絶対に無理!!」と思えるような、リハビリの仕方を現在では、普通にします。心臓のバイパス手術の次の日に「歩け!歩け!」と言われてもねえ??但し、それは体の自然治癒力があれば・・の話で、特に、私のように糖尿病が悪化している状態の人間には、その理想論は通用はしません。心臓の手術後は、未だ糖尿病とは関係がなかったのですが、病院の先生の指示もあって、私自身も「日常生活のrotationへ早く戻りたい」という願望もあって、ジーグ・ノンの散歩を、ホンのチョッと無理をしてしまいました。通常は、1時間の散歩なのですが、すっかり歩けなくなって、30分がやっとの事だったのですが、病院の先生の「自分が出来ると思ったよりもホンの少し多めに・・」という指示もあって、そのホンの少しの、10分、20分の無理・・、それも、たった1,2回の無理が、結果的には、リハビリのrotationの半年、1年程のlossとなってしまいました。医者も一人一人の個人的なリハビリ迄は、controlは出来ないのですよ。自分は自分で守りながら、昔ながらにコツコツと、手直しして行く他はありません。・・とは言っても、所詮は一人暮らしの話なので、「面倒くさい・・!」という気持ちの方が先行してしまいますがね。「人生は人に負ぶさるものではなく、自分自身の成すべき事を成せ」と、いうのが私の座左の銘です。(座右の銘では、ありませんよ)という事で、今日の成すべき事は、重湯の状態(卵豆腐や湯豆腐)から、3分粥の雑炊を予定しています。「ぇっ?ぇ~??そこに行くの?」そう、人生なんて所詮マッチ箱のようなもの・・・タバコはやめたので、座右に置いておくものがありません。薬箱では、味も素っ気もないしね~ぇ?? 出来れば、今日の夜食迄には5分粥の雑炊迄持って行ければ、2日で普通食に戻せるのですが、それも急ぐ必要はないしね。写真は、以前、ハイツで、私が作った雑炊ですが、食材は通常食の付け合せなので、具はもっと消化に良いものにします。





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ひょっとして初夏なの????

5月の5、6日のお話です。  またまたタイムラインは遡って、一昨日のお話になってしまいますが、5月5日の子供の日に(発表会の当日を除いたら)2週間振りに、事務所に行く為にハイツの部屋から、外に出ました。Im wunderschönen Monat Mai!そうだ!?下界はもう5月なのだよな!??浅間神社と金華学園の緑は木の芽時で、むせかえるような木の精の香がして、驚いてしまいました。問題の風邪も大分治って来たのかな??と、思ったのですが、相変わらずの微熱と咳で、夜は喉が腫れ上がって痛くて、全く眠れなかったのですが、病院の薬は終わってしまったので、喉ぬ~るスプレーとか、喉飴とかの、あの手この手で何とかしのぎました。6日はゴールデンウィークの代休とかで、病院はお休みだし、7日は病院は休日なので、薬を貰いに行けません。困った?困った! 6日は、一日中、久しぶりの強烈な欝に襲われて、普段の欝の時のようにselfcontrolをする事が出来なくなってしまいました。医学的な話ではなく、あくまで自分の体験上のお話ですが、欝には、発狂性の暴れだしたくなるようなイ...ライラとした凶暴性のある欝と、何もしたくない死んでしまいたくなるような自分の中に閉じ篭ってしまうタイプの欝の2種類があります。自分の生きて来た人生が全く無駄であったような、生きる価値すらなかったような気がして来ます。私の場合の欝が引き起こされる原因ですが、心因性によって引き起こされる場合と、全く人生の不具合とは無関係に、不整脈等の心臓の不安定さによって引き起こされる場合があります。不整脈は安静に心静かにして、呼吸を整えて血圧を下げれば、収まる事もあります。上手くselfcontrolが出来れば・・の話ではありますがね。私にとっては、心因性の場合の方がselfcontrolは難しいのですよ。引き起こされる原因の大半は、自分自身に因るものではなく、周りによって引き起こされる原因だからです。だから、それが嫌なら、「尼寺へ行きゃれ!」いや~あ、野狐ではないけれど、仏門も狐や狸ばかりで、お寺の知り合いが、俗世とは変わらないって言っていたよ。竹林山の七賢人も、結構有名で訪れる人達の貢物で結構一杯だったてよ!!こりゃあ、後世の人のやっかみかな??結局は、ペール・ギュントのように、故郷でいつまでも待っていてくれるソルヴェイグがいない人は、帰る家もないのかな?ペールギュントも、実写版では、ペールが故郷にやっとこさ、辿り着いたら、家は廃屋になって、苔生していて、跡形さえ定かではなく、最愛のソルヴェイグは、土地の大金持ちと結婚して孫もいて、幸せに余生を暮らしていました、・・とさ!!・・・じゃあ、イプセンさん、泣いちゃうよね!!「国民的ベストセラーが!!」「印税が・・!!」ってサ・・・、アハッ!    ああ、そうだ!! selfcontrolの話だったてよね?話が、どっかへ行ってしまった。もう、大分、前の話になるのですが、鬱が酷いので、薬を貰いに、病院に行った事があります。その時に状況を説明したら、医者が「それだけselfcontrolが出来るのなら、薬は必要はありませんよ。」と言われてしまって、薬が貰えなかったのですよ。夜眠れなくなるので、眠剤を病院に貰っていますが、手術後の昔はそれでも良かったのですが、近頃は、眠剤を飲むと朝起きれなくなってしまうのですよ。

  • 欝に任せて調子に乗って書いていたら、許容制限の警告が出てしまいました。慌てて、尻切れトンボなのですが、終了しました。
  • Facebookには、そんな文字数の制限もあるんだ???
  • さて、心臓の手術前には2個飲んでも全く効かなかったマイスリーですが、今は飲むと朝フラフラして起きれなくなってしまいます。という事で、市販のドリエルを買ってそれも1錠を飲んでいましたが、やはり同じなので、諦めて眠れない時には眠らない事にしています。・・てな、文章が許容範囲に引っかかってしまったのですよ。怖いので、ここら辺にして終わっておきます。



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創造と想像と噪騒

私が芦塚メトードを立ち上げた頃、30歳になるかどうかぐらいの年齢の頃の話ですが、私が独自のmethodeを立ち上げたという話を聞いた、高校の数学の先生をやっていた女性の人から、「人は無から何かを産み出す事は出来ない。長い歴史の中で必ず誰かが既にそれをやっているものですよ。」と、私のmethodeは、私の無知が産み出す思い込みの一人よがりの穿った思い込みによるものだ、と批判された事があります。「まあ、こういう人には、何を言っても、説明しても、分からないのだよな?」と、思って、何も弁解はしなかったのですが、実は、methodeが既にある(既存の)ものなのか、その人のoriginalなのか?・・という事は、時代様式を調べると直ぐに分かります。
もし、その技術が、天才の手による時代様式を飛び抜けた存在であったとしても、その人の属した大元である時代様式を調べれば、必然的にその技術を知る事が出来るのです。私達は、よく一人の大天才がいて、その人が時代を飛び抜けて発明発見をやって、こんにちの文明に継ったように思ってしまうのですが、それは正しくはありません。原爆の発明も、コンピューターの発展も、能登の島の猿と高崎山の猿が同時に道具を使い始めたように、時代と様式で同時多発的に文化文明は発展します。それをシンクロニシティーとも言うようですが、心理学的には証明された分けではありませんが、文化史的には調べれば充分にその事は証明は出来ます。エジソンにしても、そういった発明発見の集大成の人になるのです。文明や文化、学問は、一人の人の業績ではなく、多くの無名な人達の発明発見の集積でおこなわれて来たのですよ。エジソンにしても、メトロノームにしても、特許を出すタイミングが早かっただけなのですよ。勿論、時代を超越したオーパーツの話は、SFのお話なので、ここでは関知しませんが。
無から有を産み出す事も、また、そういった性格の子供を育成する事も、人が思う程、難しい事ではありません。寧ろ、それはすこぶる簡単な事だと言えるのですよ。その高校の先生は勉強をする事には、熱心に頑張って来たのかもしれませんが、それは単なる知識であるに過ぎない・・という事を、理解出来ないのですよ。知識とは、一つ間違えると、物事を頑迷にしか捉えられない、・・・つまり、その知識から抜け出して、新しい考え方を産み出す事が出来ない・・という結果を齎す事がよくあるのです。一言で言えば発想の転換かも知れませんが、「道に至るは易く、道より出るは難し」でもあるのです。
日常の何気ない生活の中で、何かしら、不便を感じたとしても、普通、人はそれを「不便だなぁ!」と思いながらも、何となく過ごしてしまいます。でも、そこで不便を感じた事を「工夫」をする主婦達がいます。
その主婦の作るアイディア商品で、その人達も大手の企業も何億という年商を得ていますが、そういった人達は、ポット出の一回こっきりの思いつきのアイディアマン(この場合にはウーマンですかね??)ではなく、幾つもの特許をとっているのが普通です。つまり、そういった人達にとっては、思いつきやアイディアを得る事は、日常の生活に過ぎず、決して難しい事ではないからなのです。
日常に不満を感じない人達、或いは、不満を感じたとしても、そこから何か工夫をしようとはしない人達にとっては、発明や発見は、天才達の世界であり、別世界なのでしょうが、そこが、無から有を作り出せる人達とそうでない人達の違い(分かれ目)になるのです。
アイディアは、本当にチョッとした事なのです。
私の場合の一例を上げると、発表会では、結構なゴミが出ます。だから、教室から、ゴミの袋を持参するのですが、控え室の端にゴミ袋がある光景は、結構みっともない光景だし、また、使いにくいのです。私が、丸椅子をひっくり返して、その足にゴミの袋をかぶせて、即席のゴミ箱を作ったら、それを見ていた人達が驚いていました。「へ~ぇ、そういうふうにするのだ??」
ゴミ箱にゴミの袋を被せて使うのは、当たり前の事ですが、ゴミ箱はかさ張るので、発表会の会場には持って行けません。だから、ゴミ袋のまま使うのでしょうが、丸椅子をひっくり返して足にゴミ袋を引っ掛けて、足を外から見えないようにすれば、結構誰も気がつかないのですよ。「丸椅子の足を利用する」 たった、これだけの事が、アイディアなのです。発表会場の控室でそういった事を生徒達にやらせ始めて、3年程経った頃、自宅に送られてきたDMにそういったアイディア商品が載っていました。「え~っ?!これって、買う商品ではないだろう!!」と、ビックリしてしまいました。こんなアイディアは、アイディアを盗んだ分けではなく、シンクロニシティーを持ち出す迄もなく、誰でも考え得るアイディアです。それでも、「何でも、商品になるんだ・・!!」と、驚きです。
今は、東急ハンズ等に行くと、超面白いアイディア商品が沢山売られていて、そういった物を見るのは大好きですが、あまりそれを買って来る事はありません。アイディア商品は、逆に使い方を限定してしまうので、実際に使う時よりも、使わない時に、置き場所に困ったり、必要な時に出て来なかったりして、結局、役に立たないからです。
その場で即席に思いつくか否か、だけなのです。
子供達を指導していて、「ここでこういうふうな物があって、こういう風に使用したらいいな?」と思えれば、それが市販のものであっても、その使い方次第で芦塚メトードになるのです。ソフトは「物に対して」ではなく、「使用法に対して」なのですからね。教室では音符を読む訓練に市販の音符カードを使用しますが、「市販の音符カードを使用したから、芦塚メトードではない」という分けではありません。ソフトは音符カードという物に対してある分けではなく、音符カードの、その使い方にあるからです。
必ずしも、高価な物を使ったからといって、教育に良い物であるという分けではありません。
そこには必然的に費用対効果が伴うからです。高価な物=価値のある物・・では、工夫やアイディアは生まれません。本当の物の意味を知らなければ、「豚に真珠」「猫に小判」です。高い楽器を買ったからといっても、それを弾き熟すだけの技術がなければ、それは意味がありません。それをステータスと言うのかも知れません。人がそうするから安心だ、・・という考え方が、日本を戦争に導いて行った事は、知っていますよね。あの時代に「戦争を批判する」という事は、「非国民である」という汚名を着せられて、憲兵に捕まって拷問されたのですよ。その憲兵さんが戦争が終わった途端に、「自分は戦争に反対だった!」などと言い出すから愉快です。まるで、「原発は絶対に壊れない!」「壊れない物に対して、『壊れた場合はどうするのか?』という質問は有り得ない!」と言い切っていた学者の人達のようですね。その学者の人達は今でも健在なのですが、一度もテレビの前で自説を釈明をする事はありませんよね。それも不思議だ!!ある人が「想定外の自然災害だったから!」と、釈明していましたが、有史の時代に何度も今回と同じ規模の地震や津波は発生しているのですよ。それを持って、「想定外」というのは、何を持って「想定」としていたのかね?私達は「絶対に起こりえないカタストロフィが、もしも起こった場合には、何百年という歴史的な将来のツケになってしまう。」と主張していたのですがね。壊れない物が、わずか30年で壊れた、ということですよね。私達の時代には、年金というものは希望参加で、申し込みでした。30年程前の同じ頃の話ですが、突然年金が半強制になって、「大学を卒業した時点迄遡って、申し込むように」と、言われた時に、「年金は人口が増加するという前提ですよね。でも、増え続けた人口は必ず、爆発的に減るのですよ。」と、数学の人口増加率の話を役所でしたら、そんな事を言った人はこれまで一人もいません。」と区役所の人達に怒られてしまいました。教室の父兄も「芦塚先生は、お国のやる事を信じられないのかね?」と驚かれてしまいました。でも、ヨーロッパ先進国の人口を見ていると分かりますよ。私が留学当時でも、ヨーロッパ先進国の人口が減少して、外国の労務者と大量に受け入れているのですからね。人口が爆発的に増えている昭和の時代には、年金は義務化しなくても、金のなる木で、貯まり過ぎて、使え!使え!と、無駄に乱暴に使いまくったのですよ。しかも、年金を払ったのかどうかすら分からない。それだけズサンな事をお国はやって来たのです。それを「お国のやる事なのだから、信じろ!」と言われてもね~ぇ???


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柏餅の思い出

私が学生時代から現在までの通算ですが、江古田に寓居を構えて超驚く事に50年も経ってしまいました。寓居というのは、マジの話で、日本に帰国してから、新しい住まいを探す間の一時的な仮住まいのつもりだったのですが、その当時は江古田の街はとても住み易いファッショナブルな街だったのです。文具屋や本屋、ブティックも並んでいて、しかも環七と池袋に近い大学が三つもある学生の街で、勉強するにも、仕事をする上でも地の利がとても良かったのです。という事で、寓居、と思いながら居ついてしまい、とうとう桜台の役所で「芦塚さんも江古田、古いよね!」と言われてしまいました。しかし、10年、20年住んでいても、全く何も変わる事のなかった江古田の街も、この2,3年の間に、あっ!!と言うほど、一瞬に目まぐるしく変わってしまいました。
江古田の街には、私の超お気に入りの柏餅のお店がありました。・・とは言っても、柏餅は、このゴールデンウイークだけの季節物なので、5日を過ぎると、もう売っていないので、柏餅の季節の時だけしか、買いには行かないですが、一年の中で、このゴールデンウイークの間だけは...、毎日、20個、30個と買いに行っていました。私が江古田に住み始めた頃の昔々は、先代のおじいさんとおばあちゃんがお店をやっていました。それ以前は柏餅といっても、それ程、興味はなかったのですが、そのお店の柏餅は、余っ程私にあっていた味だったのか、私には本当に美味しくて、今は教室の先生ですが、その頃は未だ中学生、高校生だった牧野先生や斉藤先生達の弟子達と舌鼓を打っていました。私の兄貴も車を飛ばして買いに来て、味噌味の柏餅なんて、一度も食べた事はなかったのに、「美味しい!」と言って買って帰っていました。若女将の代になっても、ジジババ程ではないとしても、本当に美味しかったので、大量に買うので、お店の人が困って、「作っておくから、買う前に個数を電話してくれ!」と文句を言われる程でした。お店でも食べれる昔風の和菓子屋だったのですが、和菓子屋よりも、店を貸した方が儲かると言って、お店は、やめてしまいました。オーナーの女将さんには、散々文句言ったのですがね。それ以降、東京中で、美味しいという柏餅を探しては、試食して見るのですが、未だに気にいったお店は見つかりません。池袋のデパートで日本の有名店の超高価な柏餅等も買って試食するのですが、2度目を買う事はありません。東京には羊羹の美味しい店があって、私が江古田に住み始めたばかりの頃、本郷に明治時代の文豪達のお気に入りにの羊羹屋さんがあって、このお店もとてもお気に入りで、帰省する時等にも、お土産に買って帰る程でした。そこのお店の前に、私の生徒が住んでいたので、よくlessonの時に買って来てくれていました。老舗の東京での本当に美味しい羊羹のお店だったのですが、そこもお店をやめてしまいました。それは、東京だけではなく、全国的な傾向です。郷里の長崎でも、本当に江戸時代からの老舗のお店が、この2,3年の間に、どんどん店を閉めています。つまり、今の人達には昔ながらの古い味は、もう合わないのですよ。長崎のチャンポンでも、美味しいお店はどんどん店を閉めて、江戸時代からの老舗の店や、日本一と言われる中国レストランですら、しょっぱい関東味に変わってしまっています。味を変えないお店はやめて逝くのですよ。全国展開をするお店だけが生き残って行くというなんとも味気ないお話ですよ。もっとも、「味気ない」というのは、味も素っ気もない・・という意味でそのものずばりの意味ですがね。

  • 子どもの日に柏餅を食べながら江古田の柏餅屋さんを思い出して
    『あの柏餅は2つはぺろっと食べれちゃうんだよね』なんて主人と話してました。
    10個以上買うと時々オマケしてくれたり…お餅も餡子もすきだったなぁ。
    ・・・
  • お店のママとはお寿司屋等で時々見かけるのだけどね。また、食べたいな~あ、と、それとなくママに言うのだけどね。作る気は無いみたいだよ!アハッ!


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初見大会とorchestraと室内楽の曲渡し

昨日の日曜日(5月の10日)は、春の発表会後の次の秋の発表会に向けての室内楽とorchestraの曲の楽譜渡しの日でした。生徒達に楽譜を渡す時には、曲の紹介をするために、年小、年中グループの曲は、先輩のお姉さん達が当日、初見で曲を演奏します。勿論、proの演奏したCD等があればそれを聴かせるという方法の方が一般的なのでしょうが、年少の子供達にとっては、初見の演奏で、あちこち間違えて弾いたとしても、先輩が目の前で弾いてくれる演奏に勝るものはありません。勿論、お姉さん達の曲は、当然初見で弾けるはずですから、年長グループと専科のグループは、自分で初見でensembleをして、曲のimageを掴みます。という事で、「楽譜渡しの日」は「初見大会の日」と呼んでいます。orchestraの前の2曲は教室の常設曲なので、cellosoloのお姉さんは暗譜で演奏していますが、3曲目のこの動画の曲は教室では今回が始めて演奏する新曲になりますので、本当の新曲になります。曲はVivaldiの2台のviolinのためのconcerto (F.n.100) d moll Ⅲ楽章です。いずれにしても、新曲か常設曲かは、お姉さん達にとっては、あまり関係はないのですが、一応始めての曲という事で斉藤先生と専科の梨紗お姉さんが初見でsoliの演奏しています。譜めくりをしている生徒達の秋の発表会の課題曲です。(スタートマークをクリックしても音が出ない時には、音声はミュートになっているので、画面右下のスピーカーマークをクリックしてください。)

どういうわけか、突然、プラグインが外れてしまって、動画が再生されなくなってしまいました。
今までのプラグインが出てきません。上の「新しい動画をアップロード」という文字の動画という文字をクリックすると、動画にlinkします。曲はVivaldiのconcerto d mollの三楽章です。




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Hennry purcellのtriosonate g Chacony 

前回の発表会では、演奏時間の都合で、baroqueの演奏が出来なかったので、今回は千葉に教室を構えて40年間で初めて、発表会に年長さん達がorchestraを申し込まなかったので、orchestraの演奏は、年中と年少だけのgroupになってしまいました。いつまでも落ち込んでいてもしょうがないので、発表会のその分の時間を、前回出来なかったbaroqueの曲を是非にprogramに乗せようと、選曲を始めました。baroqueの音楽の基本はtriosonateですので、幾つかの候補の曲をselectしてcheckをしました。その中で目に留まったHennry purcellのtriosonate gのChaconyです。・・・というよりも、教室を開く以前からやりたかった曲なのですが、なにせ、purcellのこの曲のimageは、八千代で演奏したorchestraのpurcellのchaconne gと調性もChaconyという形式も含めて、よく似ているのですが、譜面上はなかなか良さそうなのですが、You Tubeで参考の演奏を探したら、baroqueの...演奏で古式豊かなのは良いのだけれど、なんともかったるくて、鬱々で、皆が「眠くなってしまう。」と文句を言うので、こんにちまで演奏をした事がありませんでした。でも、それは、このChaconyのinterpretationが難しいからなのです。今回も梨紗ちゃんや斉藤先生が「他の曲の方がいい!」と言っていたのですが、今回は強権を発動して、梨紗ちゃんに対して「baroqueの研究とはどういうものか?」という事を教えるためにも、この難しい曲を、「それなら、眠くならないような演奏をしよう!」と、急遽、その曲に曲目を決定して、今日(5月12日)は、朝起きてすぐから、一日掛りで、楽譜からfinaleに入力して、ornamentやAgogik等々のところ迄、何とか入力しました。ふと、気が付くと朝食がまだで、mailも溜まっていた。相変わらず、冷蔵庫の中には何も入っていないので、台風の風の中をセブンまで、朝食の買い出しに出かけます。とは言っても、もう日にちが変わりましたよね。 
参考までに:You Tubeの演奏です。8:18秒です。
https://www.youtube.com/watch?v=tjI95CyBblg

参考までに:八千代のHennry purcellのchaconne gはYou Tubeにuploadしています。You Tube 芦塚陽二 purcell chaconne gで検索して戴ければ、視聴する事が出来ます。


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Greensleeves to a ground in C (Dorisch)

大分、昔々のお話になってしまいますが、発表会でよく演奏していた私のarrangeのGreensleevesを、八千代でも演奏したのですが、私の出版した原曲はrecorderのQuartettだったので、orchestraに手直ししたのですが、チョッと自分のarrangeに納得行かなかったので、八千代の本番の直前にsoloを加えて、ついでにfoliaに改訂して演奏しました。ドイツから帰国して間もない頃、全音の委託でrecorderのarrangeをしましたが、その時に古いrecorderのtriosonateやもっと古いRenaissanceの時代のrecorderの曲も研究しました。その時に買い揃えていた楽譜にrecorderのための「Greensleeves to a ground」という曲を、Jordi Savallさんが、 viol で演奏しているのを見て、「そういうのも(楽器や編成を変えるのも)ありかな?」という事で、私versionの4日程前に、夜眠れない日々が続いていたので、欝のついでに作曲を始めました。2日程、眠れないままに、日曜日...のオケ練習で「昨夜は、全く眠れないで完徹なのだよ!」と子供達に言ったのですが、「それで・・??」「何時もの事でしょう?!」と、同情してくれません。「同情するなら、金をくれ」とは言わないけれどね。しかし、作曲に3日も掛かったのは、パソコンのfinaleの調子が悪くて、その修理に莫大な時間が掛かったからです。finale自体重くて、しょっちゅう止まったり、bugったりするのに、最初、scannerで楽譜をfinaleに取り込んで、コピペした段階で色々と大変な状態になっていました。4分の6拍子なのに、4分の4拍子と表示されてしまい、どうしても、設定が変更出来なかったり、楽譜のlayoutが超変で、1Pageに一段しか表示されなかったり、それがどうしても直らなかったり・・・と、無駄な時間を無意味に過ごしてしまいました。それでも、何とか、25日には出来上がったのですが、今度は、音声がCDに焼けません。今まで、何気なく、出来ていた事が、何も出来なくなっていました。CDを焼くためのリッピングソフトでも、買おうかな?と悩んでいます。違法コピーではないよ!!自分の曲がCDに焼いても、プレーヤーで再生が出来ないのだからね。鬱が酷い時には、wineを飲みながら、最愛のJordi Savallのfoliaを聴いたりして、欝に浸り込んでいます。という事で、Jordi SavallのGreensleevesのgroundをどうぞ!
https://www.youtube.com/watch?v=fzk13OqfFUA

https://www.youtube.com/watch?v=F8N9jFdwZpA
両方とも、Jordi Savallの演奏です。・・いいなあ!!
今は等々夕方の6時を過ぎた頃で、部屋の中がだんだん暗くなって来ましたので、今から朝食を食べる事にします。

"Greensleeves" is a traditional English folk song and tune, a ground of the form called a romanesca. A broadside ballad by this name was registered at the Lo...
youtube.com
  • パソコンでの処理は手書きに比べて圧倒的に便利でしょうけど、途中でトラブルと元も子もなくなる場合があるんで怖い面もありますね



追記:

芦塚 陽二さんが新しい動画をアップロードしました

Greensleevesは、エリザベス朝の頃、イングランドとスコットランドの国境付近の地域で、生まれたと言われています。
しかし、実際にはもっと古い時期にこの曲が色々な地方で歌われていた事も分かっています。
下のURLは、八千代の13年の6月のコンサートの報告の発表会のPageなのですが、詳しくはないのですが、Greensleevesの事に付いて、少し触れています。

http://music.geocities.jp/ashizuka…/ycy13-6-30yume-cct.html…  Greensleeves自体は歌の曲なのですが、歌詞は、当時お時代背景的に、色々と問題があるので、子供達の教育者という立場で、commentは控えておきます。
Renaissanceの時期には、歌詞無しのrecorderの曲として、無伴奏や通奏低音付きのversionで、演奏されていました。八千代ではfoliaとして編・作曲しましたが、Renaissance、baroque時代には、recorderではgroundで作曲してあったので、今回はgroundで編作曲をしました。参考までに、groundのthemaを載せておきますが、これはoriginalなので、調や音列も少し違います。最初はbaroqueviolinでornamentを付け加えて、basso continuoとCembaloのpartを作るだけのつもりだったのですが、「曲が地味で退屈だ!」と周りの人達にうるさく言われてしまったので、「これでもか?!」「これでもか?!」と、arrangeしていたら、なんか、擬古典のようになってしまいました。Cembaloではなくて、Pianotrioでも行けるかも・・・・・???アハッ!




  • groundのthemaのお話をしていたのですが、動画を入れたら、上書きされたみたいで、groundの写真がなくなってしまいました。という事で、ここに放り込んでおきます。ちなみに、書き忘れていましたが、調はin CのDorischです。古い調性なので、聞きなれない人達には、fremde(etranger)かもしれませんね。
   

Greensleevesはよく耳にしますけどこのような演奏で聴くのは初めてです。ありがとうございました。
最近懐かしい本が出てきました。芦塚さんから貰つてた「ある少年のメルヘン」です。
これ見てたら互いに歳を取りましたね(笑)



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Hennry purcellのtriosonate g Chacony の動画のuploadに際して

2015年5月27日

5月の10日に、子供達への曲の楽譜の渡しを終えて、今回は40年振りに・・というか、教室を開設して以来初めて・・というか、年長のorchestraの曲が、一曲もない、という異常事態なので、それでメゲて欝になっていても仕方がないので、その苦境を逆手に取って、急遽、前回発表会の時間の関係で演奏出来なかったbaroqueを復活させる事になりました。しかし、13日のcommentにも書いているように、このHennry purcellのChaconyは、兄貴の辛口messageだけでなく、先生達や梨紗ちゃんも、結構良い演奏と思った演奏を聴かせたのにも関わらず、「かったるい!」「眠くなる!」「つまらない」との感想だったので、12日の火曜日は椎名町の事務所には、誰もいない日なので、わざわざ椎名町迄、プリドルのご機嫌伺いに行く事もないので、江古田に隠ってpurcellのChaconyの「装飾音入れ(ornament aussetzung)」に没頭しました。baroque音楽には、当然、装飾音(ornament)即興を入れて演奏しなければなりません。それはpurcellのtriosonateのような特別な曲の話ではなく、baroqueの音楽には、一般的な話しなのですが、ずっと以前から、ornamentや即興を子供達に指導するために、そういったbaroqueの演奏の方法論を調べようとして、様々な書物や文献等を読みましたが、「ornamentや即興の技術は、神から与えられた才能の成せる技で、勉強したからといっても、どうなるものでもない。」と書かれているのが普通でした。確かに、文献を買い込んで来て、幾ら読んでも、実際の曲には、なんの参考にもならないので、結局は、「Jordi Savall先生達のような、名人クラスの人達の演奏を聴いて、真似していくしかないのかな??」というのが一般論です。・・・しかし、そこにも、私は、ornamentやimprovisationが必要である・・という本来の意味から、即興の方法論を導きだしました。演奏やornament奏法の前哨戦として、Pianoの初級の段階のBachのinventionの辺りから、Cembalo奏法の基本である、早いaccentを表す、trillやmordent、或いは弱拍を表すtrill、glissandoやslurを表すschleifer、或いは弦楽器のvibratoを表す、triller等、曲のarticulationやAgogik等のinterpretationをJ.S.Bachも彼のinventionやsinfonia等で、samplingしています。ですから、逆に、その課題の曲に必要な表現に対してのornamentや即興を、当て嵌めて行けば、生徒の誰がornamentを付けても、即興を書いても、その曲に必要な表現法に変わりはないので、数学のように、誰が解答をしても、100点万点で、全く同じornamentやimprovisationの回答を付ける事が出来ます。つまり、その事を逆の言い方で言うと、「ornamentや即興には、才能や、能力は要らない」のです。そこで、ornamentの基礎、基本を身に付けると、やがては、闊達にornamentやimprovisationを使い込なす事が出来るようになります。しかし、そういったornamentのmethodeも、その存在理由が分かって、しかも、曲のAnalyseが出来てから・・という条件は入ります。こういった技術や方法論を極秘のmethodeとして、秘密にしておく必要は私の場合には余り、感じないので、一人でも多くの人達に指導して行きたいと願っていたのですが、権威とbrandの無い私には、そういった事が必要な人達は集まっては来ないようです。
それ以上に時代が少子化になって、私自身も齢を重ねてしまって、invention等の指導をする生徒も現実的には、一人もいなくなってしまったので、「このtrillは強拍を表すtrillだよ。」とか、「このtrillは弱拍でしかも、decrescendoを表すので、こういう風に演奏するんだよ!」とかを昔のように小学生や、中学生に指導する事もなくなってしまいました。体力の問題ではないので、すこぶる残念です。Facebookを始める時に書いたように、老兵はただ去るのみ・・・なんでやんすかね~ぇ??  まあ、音楽の勉強を始めて、Bachを学び始めた最初からornamentの効能をよく理解して勉強していれば、baroqueなんて怖くないのですがね。アハッ!
という事で、世の中を批判し、嘆いている暇があったら、やる事は山のようにあるので、嘆いている程時間がないので、早速、12日に、一日掛りで、purcellのChaconyに、ornamentを付けて、芦塚versionのinterpretationを作り上げました。だから、私のornament奏法には、考える事や、ひらめきが降りて来るのを待つ必要はないのですよ。しかし、まあ、「作り上げた」とは言っても、violinのシテ・ワキ分だけで、basso continuoのcelloのpartや、Cembaloのpartは、余りにもヘボかったので、数字から訂正しなければならないので、熟考が必要なので、未だに保留になっているので、音声にdown loadしていないのです。それに、・・・・・(ここで、また、話はrepeatして、)前回は、finaleで作り上げた楽譜から、音声fileを作ったのですが、私のパソコンには、CDのためのリッピングのソフトが、入っていないので、CDやDVDに焼いて、梨紗や先生達に聴かせる事が出来ません。softと言っても、たかだか5000円ぐらいなので、買えば良いだけなのだけどね。なきゃあ、ないで、何とかしているので、freesoftを使おうと思ったのですが、「買え!買え!!」と、後々、messageが入って来て、うるさいのですよ!!freesoftは、結構、困ったちゃんなのだよね。mediaplayerでCDを焼いても、DVDで再生出来ないのですよ。昔のDellのdesktopは、ちゃんとCDのsoftが入っていたので、そういう事はなかったのだけどね。という事で、Cembaloの右手は全体の半分ぐらいは元の楽譜のままです。・・つまり、未だ未完成なのです。という事で、その間に、Greensleeves to a ground in Dorischをこの3日で作り上げたので、またぞろ、purcellのChaconyに戻って作業をするつもりです。まあ~、年甲斐もなく、よく働くよね~??いい加減休めば良いのにね~~??
蛇足ですが、椎名町のspinetはbaroqueviolinのために、426cycleに調律しました。415cycleは、標準Aを440に調律した時のAsのpitchで、教室は、標準Aが443cycleなので、Asの音は418になります。これをbaroquepitchと思い込んでいる人が多いようですが、これは20世紀に入ってからの便宜上のbaroquepitchなので、本当の本物ではありません。間違わないように・・!ヨーロッパのrecorderは基本435cycleでtuningしてあるのが、普通です。baroque音楽を勉強しようというviolinの人が、半音低く読み替えて演奏するのは、邪道で絶対に良くありません。反省しましょうね。だから、便宜上のpitchではなく、435cycleや426cycleになったら、読み替えは出来ませんよね。violaを5度下げて奏くという弾き方も、日本の音大生の間違えた弾き方です。そういうあんちょこな勉強をしたら、行き詰まってしまいますよ。人生さえもね。
まあ、そんなどうでも良い事はさておいて、baroque音楽の重要な大曲の形式でもある、foliaやchaconneやpassacaglia等の変奏曲形式の奏法なのであるが、困った事に、その形式についての論文は洋の東西を問わず見当たらない。baroqueから古典派、近現代に至る迄の作曲家達が、歴然とした形式を踏まえているのにも関わらず・・である。Bach時代から作曲家の間には当然の如く周知の事実なのに、一般の音楽家達、楽典の本や研究論文には、全く触れられていない話が多いのは非常に面白い。・・・という事で、暗黙の了解で、Hennry purcellのtriosonate g Chaconyに関しては、変奏曲形式で作曲しているのだが、Greensleeves to a ground in Dorischに関しては、変奏曲形式は使用していない。




芦塚 陽二さんが新しい動画をアップロードしました

失礼しました。とんでもない間違いをしてしまいました。同時に、purcellのtriosonateのChaconyと、Greensleeves to a groundの作業をやっていたのですが、Chaconyとgroundは結構似ているので、曲は合っていたのですが、タイトルがGreensleeves to a ground in Dorischになっていました。慌てて作り直しました。
な!な!な!なんと、またまた、ミスってしまった。Hennry purcellのgroundではなく、triosonate g Chaconyです。もうダメだ!これ以上何度やっても、同じだよなぁ~!取り敢えず、寝ます!!徹夜だったので、・・・ハ~ァ・・!!




最初の動画に付けていた、長崎旅行云々のcommentも削除されてしまいました。他の人達の「いいね!」も消えてしまいました。この写真は、長崎への帰省の時の写真をランダムに集めたものです。主に高速と雲仙の山、高速の大村サービスエリアの大村湾のviewです。もう一度、何とかしようかとも思ったのですが、この動画は、曲のarrangeの途中経過の作品なので、完成したら、削除する予定なので、暫くの間は、Titleを間違えたままにしておきますので、悪しからずご了承ください。


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Chaconyのcantus firmus(定旋律)について

Hennry purcellのtriosonate g Chaconyの大元の楽譜はedition Petersですが、個の楽譜は、兎に角、continuoが酷い!確かにこの曲は対位法的な複雑な動きをする曲であって、Vivaldiや、corelli等のように、明瞭な和音進行の曲ではないので、和音を書き加えて行くのは超難しい難解な曲ではある。こういった難解な曲を簡単に数字付き低音に和音を付け加える一番安直な方法は、上二声のpartをそのまま、コピペする事である。この楽譜のarrangeも殆どそうなってしまっていて、ドイツの有名な教授かもしれないが、マジ「ズブの素人か??」と疑うばかりである。上二声のコピペがなぜ悪いのか??そりゃあ、演奏する時に、音痩せしてしまうからであり、それなら、basso continuoのCembalo(Organ)partは必要ないからである。今回uploadしたChaconyは、上二声のpartには、articulationやAgogikに合わせて、合理的にornamentやimprovisationを施したのだが、未だ製作途中という事で、肝心かなめのCembaloのpartは未だ作成途中で、半分迄しか進行していないのだが、明日の木曜日から、日曜日迄は、one lessonや、orchestraの指導、室内楽の指導があるので、ハイツに戻って来るのは、深夜を回っているので、仕事が出来ないので、この先、楽譜の手直しは、月曜日迄、保留になってしまいます。金曜日には、梨紗と斉藤先生がbaroqueviolinで合わせをやるので、その時迄には、メドを付けておきたいよね!あ~ぁ!時間がない!!ジャネーさんの法則かいな??それジャネー!!
下の楽譜は、purcellのこの曲のthema(cantus firmus in Bass)です。5小節しかありません。(通常なら、このthemaのcaseなら、4小節ですかね??)


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basso continuo用の positiv organと芦塚先生製作のpipeorgan
新しい写真3枚を追加しました。

5月も終わりだというのに、今日も朝早よからpurcellのtriosonateのChaconyのCembalopartをセッセカ作っていたのだが、部屋の中が、なんとも寒い!今日はストーブをしまおうとか思っていたのに、兎に角、部屋の中が風邪引きそうに寒い!!押し入れにしまい込むつもりで、洗濯をしてしまった冬の部屋着をまたぞろ引っ張り出して来て着ている。purcellのtriosonateのbasso continuoのpartは、作っていて思うのだが、やはりChaconyは、genreがkirchensonateなので、伴奏はCembaloではなく、Organになってしまうのだよな。幾ら書いてもCembalo用にはならないので、とうとう諦めて、Organpartに変更して書いているのですよ。basso continuo用のOrganと言えば、昔々、私が未だ若かりし頃は、自分がcantataを演奏する為に、携帯用のpipeorganをideaを出して、演奏会のために作ったのだよね。その頃、私の下で、assistantをしていた歌の女の子にcantataの独特の発声法を教えて、自分の生徒達で作ったorchestraを引っ提げて、教会をめぐってcantataの演奏会をして回っていたのです。その頃は、未だ日本には、大きな教会と言えども、未だ、pipeOrgan等というものは存在せず、(唯一、例外的に、NHKと武蔵野音大にはあったけれどね。)黒田オルガンという電子Organが、主流となって、pipeorganの代わりに教会には置いてありました。未だ本当のpipeではなかったのですよ。そこで、本当のpipeorganの音を・・という事で、自分が自分達だけで、演奏会場に持ち運べるように、考え得る限りの工夫をして、世界初の携帯用 positiv organを作りました。しかし、それがあまり実際の使用に至らなかったのは、pipeorganの重さもさる事ながら(・・というか、Organ自体は、そんなには、重くなかったので、Organ本体に持ち手を作らなかった・・という事が、大きなミスで、重さだけを気にしていたので、Organの持ちにくさは、考えなかったので、重さが倍に感じられたのですよ!!)、二つ目のミスは、そのOrganを作った頃は、未だbaroqueviolinというものが、製作されてなかった頃の古の昔の話なので、pitchがmodernviolinのために、442で作ってあるので、Vivaldi等のbaroqueの音楽の演奏を外でやるためには、pitchが高すぎて、チョッと困るのだよな??それに、一般の人達が、Organに対して抱くimageは、大型のpipeorganの音であって、cantataのcontinuoや、baroqueorchestraのcontinuoを演奏するcontinuoOrganというOrganがある、という事が、未だ一般的には知られていなかったからです。だから、pipeorganという事で、期待をした人達が、小さなOrganを見て、期待外れをしたのですよ。つまり、 positiv organという物がある事を、未だ誰も知らなかった・・という事ですよね。それに、「私の設計したpipeorganが、世界初の positiv organである。」という意味は、本来、 positiv organという小さなOrganでも、基本は、標準の16’8’4’の3列はありました。或いは、もう少し小型で、16’を持たないで、8’8’4’という3列の positiv organもありました。8’8’がpipeorgan特有の金管の音と、同じ標準の8’で木管の音を持って、pedalを16’にしたOrganは軽いのですが、勿論、だからと言っても、持ち運ぶ・・という意味はありませんでした。大型の positiv organは、4’8’8’に16’でそれだけでも、大型のpipeorganのように重厚な音がして、それに32’が入ると、大きな教会のOrganにも遜色はとりません。・・で、Organの先生に「32’のpipeは何処にあるのですか?」と質問したら、足元のpedalの周りに蠢いているアナコンダのような巨大な物を指して、「これが32’ですよ。」と、教えてくれました。大きめの positiv organになると、だから、その基本の音列しかない positiv organでも、16’が入ると500㌔を有に超えてしまって、専門の業者でないと持ち運べないのですよ。但し、 positivは持ち運びを想定している分けだから、500㌔あったとしても、しっかりと台座に固定されていて、台座ごと大型トラックで運ぶので、専門の業者の人達に言わせると、そんなに重くはなく、移動は簡単で大した事は無いそうです。もっとも、Organ製作者の人は、教室に運ぶのに一人で本体の中央部分を抱きかかえて、「大した事はないですよ!」と言っていたのですよ。ホントに、「餅は餅屋」だよね。いずれにしても、pipeorganの小型の positiv organであったとしても、pipeorganは基本持ち運ぶという発想自体がないのですよ。一番左側の大きめの写真でも分かるように私の製作したpipeorganは台を除いて、右と左のpipeの部分と本体の部分の3つに分解できるし、フイゴに弁が入っているので、関西や関東で電圧が変わった状態で演奏しても、pitchが変わらないようになっています。楽器をバラすと、自分達のバンやワゴン車で運べるという利点があります。携帯用のOrganという事については、勘違いしないように、老婆心から確認しておきますが、 positiv organよりも更に小さな卓上に乗る小さなpipeorganがあります。写真の一番右下の可愛いOrganです。しかし、このOrganはフイゴが小さいので、和音を弾く事が出来ないので、melodieの一声部しか弾けません。という事で、例外的にChoralのmelodie(旋律)を受け持つ事がありますが、こんにちではpipeorganが代用します。何故なら、音が余りにも小さくてorchestraやコーラスの音に負けて、聞こえないからです。このOrganを作った動機は全くの偶然でした。兄貴の家から歩いて帰宅するために、河川敷を散歩していた私達が、偶然、黒田Organの工房を見つけて、図々しくも、工房に見学しに行って、そこで、若い職人の人に私のideaを話たら、皆さんが面白がって聴いてくれたからです。当初は、自分が研究をしていたcantataのために、このOrganを作ったのだけど、実際の用途では、cantataだけではなくて、baroqueorchestraのbasso continuoのためや、violinのsoloの伴奏等に使用するのが普通です。日本のbaroqueの演奏会では、通常はbasso continuoはCembaloで演奏されますが、corelliやVivaldi等のbaroqueの作曲家達にとっては、Organで通奏低音を演奏するのは、当たり前だったのですよ。それに、baroqueの室内楽のgenreの一つでもあるkirchensonateは、基本はCembaloではなく、Organ伴奏が基本なのでね。勿論、violinsoloの曲もOrganで伴奏する事が多いのですけれどね。しかし、先程もお話したように、日本ではやっと、pipeorganが一般にも聴けるようになって来たばかりで、 positiv organという存在は未だよくは知られていないようですけれどね。蛇足ですが、私のideaの一つで、写真を見ていただくとpipeにカップが被せてありますよね。黒いフェルトの上の所です。これは閉管のpipeという事で、実際のpipeが出す音の大きさの半分の大きさになります。それを理論気柱と言いますが、大きな振動の丁度半分の所で、押さえると音の高さは同じでも、半分の長さで振動させる事が出来るのです。ですから、この楽器のpipeの本当の長さは見かけのpipeの倍の長さになります。という事で、鍵盤の実際のpitchと同じ標準のpitch8feetの音が出ます。(閉管でなければ、実際のキーよりもoctave上の4feetの音が出ます。)そのideaで、実際のpipeorganの半分のサイズと重さにしています。右側の写真のpositiv organは、1段しかありませんので、かなりの小型の positiv organですよね。右下の写真の可愛いOrganの左下の後ろに見える黒い部分は、フイゴです。左手でフイゴを動かしながら、右手で鍵盤を演奏します。これはbaroqueやRenaissanceの絵画によく見受けられる楽器であります。

   芦塚 陽二さんの写真     
  



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さて、温故知新の話の続きですが、歴史認識にしても、原発の問題にしても、昔を知らない事に依る無知が、色々な誤解や過ちを引き起こします。歴史の中には、オーパーツのように、時代を超越した偉人が時々出てきます。私が一番驚いているのは、ギリシャの文人や数学者のおエライさん達もそうですが、Renaissance期に発明された時計は、その機構を現代と何一つ変わっていないのです。1500年代の後半には、ガスパーロ・ダ・サロやアマティがviolinを作り上げたのですが、これはStradivari同様の最高傑作で、こんにちの楽器製作者の目標でもあります。弓もトルテの弓が現代でも最高と言われています。つまり、温故知新どころではなく、その当時の域にも達する事は出来ないのですよ。その後、violinは色々な改良を加えられて来たと、言いますが、一つを得るという事は、一つを失う事でもあるのですよ。つまり、大きな音量と引き換えに、美しい音を失ってしまったのですよ。トルテ以前のbaroquebowなのですが、ヨーロッパで、自称世界的なbaroque演奏の団体が数多くあって、ガンバ...棒よりも更に、頑丈でぶっといrundbow(円形のアーチ状の弓)を使って、ガンガンビシビシと大きな乱暴な音で演奏するのがbaroque演奏の一般的になっています。Spitzeであろうと、froschであろうとsforzandoやaccentを付けて平気で演奏しています。でも、そんな弾き方をすると、細くてしなやかなbaroqueの弓は、一瞬で折れてしまいますよ。だいたい、弓の歴史書のなかに、そんな巨大な弓はなかったし、あったとしても、当時の遺伝子操作されていない自然な羊さんからのガット弦では一瞬で切れて使い物にはならなかったでしょうにね???そんなモンスター棒でもこんにちのガット弦が切れないのは、ガットもどきのナイロンの弦だからです。でもbaroque時代には、そんなものはなかったのですよ。少なくとも、戦前の日本にもナイロンはないろン!!そんなのは常識的に考えれば分かるのに、それをperiod奏法と呼んでいるブルースウィリスのそっくりさん(Stefano Montanari さん)の、baroqueviolinの奏者がいるので困ったものです。period奏法と思わなくて、baroqueもどきの音楽として捉えると、なかなか面白くて、結構好きな演奏なのですがね。https://www.youtube.com/watch?v=XIleRg3xTew la folia Corelli=Geminianiです。
大きな音量の現代の大orchestraは色彩豊かで表現力にも富んでいます。基本の調の違う色々な楽器を組み合わせる事は、豊かな音を出す事が出来る反面、たった一つのドの音を揃える事すら難しくなってしまったのですよ。baroqueの演奏で、vibratoをしないのは、美しい純正の和音の響きを活かす為であって、決してvibratoを出来なかった分けではないのですよ。私が専科の生徒達にbaroqueを教えるのは、baroqueが専門だからではなく、baroqueの奏法を知れば、前任者から教えてもらった事が必ずしも、正しい事ではない、という事を自ずから知る事が出来るからです。それに、私は作曲家だから現代曲が専門なのですがね。これも温故知新なのですよ。昔を知れば、何が正しいかが分かる。前の総理がどう言ったかではなく、日本人として歴史を学んで欲しいものですよね。現代の人が昔の人達よりも優れている事は何もないのですよ。だったら、歴史や科学に徹底的に学べば、良いのです。


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ornamentの基礎
芦塚 陽二さんが5月30日 20:30の動画を自分のタイムラインに追加しました。

椎名町に夜の食事は、先生達と一緒にします。その前にシーズーのドルとプリの散歩に行って食事して帰ると、どうしてもシンデレラタイムの深夜、1時半にはなるようです。という事で、一昨日の話迄戻るのですが、一日中、耳の後ろのリンパが痛くて喉も少し腫れ気味で、少し微熱もあるようなのですが、痰が出て咳も出るので、風邪が治りきっていないのか、それともまたぞろ引き直したのか、それとも歯周病で、細菌感染でも起こしたのか?色々悩みながら、病院に行くべきか、行かざるべきか、それが問題だ!!・・と思っていたのですが、やはり昨日は一日微熱気味で、体調不良で起きていると意識混濁になるし、眠るとイライラするし、と、毎度お馴染みの欝状態でした。しかし、そういった体調不良の状態も、余りにも、日常的なので、教室で生徒達に「徹夜だ!」と言っても、先生達に「欝が酷いから・・」と言っても、「いつもの事でしょう??」と、構ってくれません。・・ってチョッと前にも、同じ愚痴を書いたよね?!同じ事を書くようになると、アルツハイマーの初期段階かな??・・・で、何を言いたいのかというと、「それは兎も角...、どうせ、寝れないのなら」と、これもいつもの通りなのですが、体調不良と微熱気味なのを押して、このpurcellのChaconyのbasso continuoのpartを、何とか頑張って書き上げてしまいした。この曲はbaroqueの室内楽の形式である、triosonateというgenreの中でも、Chaconyという形式なので、当然、複音楽の荘重なsonateであるkirchensonateという形式に属します。という事は、basso continuoを司る楽器としては、寧ろ、Cembaloよりも、pipeorganでcontinuoを書いた方が自然なので、Cembalo譜としてではなく、Organ譜として、continuoのpartを書き上げました。但し、この曲の私のarrangeは、完成された演奏会のために作り上げた演奏を想定した最終稿ではなく、その一つ前の、生徒達にbaroqueの音楽の作り方を指導する上でのtemplateとして作っているので、ornamentは基本的なarticulationやAgogikを表すもの、slurやglissando(legatissimo)を表すschleifer等に限定して、教科書的に、オタマジャクシにornamentを付けています。という事で、演奏者の感性やinspirationを必要とするより自由な才気溢れたornamentやImprovisationは、今回のarrangeでは、全く使用していません。あくまで、お勉強を目的とした、step oneの教材として書いています。ですから、今回の動画はornamentの楽譜付きの動画になります。scoreの真ん中の2段はoriginalの楽譜のままで、最上段の2段が装飾譜となります。勿論、通奏低音のOrganのpartのRealisationは私の書き上げたものです。アハッ!

 
動画が立ち上がってから26秒程お待ちください。時々緑飛びしますが、chapterは付けていないので、webvideostudioの不具合だと思われますが、対応の方法が分からないので、悪しからず、ご了承ください。


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einfach(単純)とkinderei(幼稚)

Hennry purcellのChaconyのbasso continuoの作曲のお話の続きですが、私の所有している楽譜は、 edition Petersの版ですが、別にこの曲だけ、イヤさ、校訂者のschleiferさんだけを、虐めている分けではないのですが、一般的に、baroqueの楽譜のCembalopartや、室内楽のgeneralbass(通奏低音)を作曲する場合には、basso continuo(通奏低音)のpartは、orchestraの曲が、簡単でsimpleな曲の場合には、Cembaloのpartは殊更難しく書いてしまうし、また、このpurcellの曲のように bezifferten Bass (数字付き低音)が異常に難しい場合には、このschleiferさんのように、ついついmelodie partをなぞって書いてしまうようです。曲の演奏についても、作曲に関しても、また、baroqueのgeneralbass(通奏低音)にしても、皆さん、複雑怪奇(komplizieren)と幼稚っぽい(kinderei)の間で苦労をしているよう...です。しかし、この二つの言葉には、ドイツ留学中に散々悩まされた思い出があります。ドイツへの留学は、もう、私にとっては、昔々の思い出ですが、Genzmer先生の下で作曲の勉強をしていた時に、私の作品を師匠にお見せする度に、何時も悩まされていたのが、師匠の「この曲はkomplizierte(ぐちゃぐちゃ)だ!もっと、einfachに!!(leicht,英simple)」と、いう口癖でした。それで、私なりに思考を単純にして、作曲をして行くと、今度は「これはkindereiだ(幼稚っぽい)!」と、叱られてしまいます。だから、ある時に、師匠に楯突いて、「先生のおっしゃっているのはvereinfach(単純化する、簡素化する)という事ですよね?」と質問をしたら、Genzmer先生が「否、vereinfachではなくeinfachなのだよ!」と、叱られてしまいました。その時には、師匠の言っている意味が未だ正確に掴めてはいなかったのですが、実際に作曲をしたり、演奏をしたり、して行く過程で、段々と、段階を経て、師匠の言う事の意味が分かるように、なって来ました。作曲は、Liedのように、短い曲を除けば、ある程度の長さのある曲ならば、感情の赴くままに思いつくままに書き留める分けではなく、綿密なbauplan(設計図)に従って作曲をします。ですから、大年の大作曲家達は、曲を書くのに、いきなり展開部から、書き始めたり、最後のclimaxから書き始めたりします。本当の所、同時進行的に総ての部分のMotivを同時期的に書き始めるものです。優れた作曲家は凄い速さで作曲をする・・事が知られていますが、師匠曰く、「女性のお産のように、頭の中で熟考して、形作って行くまでに2ヶ月も、3ヶ月も掛かるのだが、それは、Pianoに向かっているのでもないし、楽譜にメモしている分けでもないので、人には、遊んでいるようにしか見えない。しかし、imageが頭の中で出来上がると、1、2週間で、作り上げてしまうので、人は、作曲に要した時間が1,2週間しか掛かっていないように見えてしまう。本当の産みの苦しみは、何もしていない、2,3ヶ月の間なのにね!」と、おっしゃられていました。その師匠の作曲法(というか、歴代の大作曲家達は皆同じ作曲法を採っているのですが、)は、作曲の場合だけでなく、ありとあらゆる実仕事の現場で使わせて貰っています。演奏でも、basso continuoでも、未だ、思考過程の状態では、結構komplizieren(複雑化された、)な状態になってしまいます。そう言った場合には、思い切って、何度か白紙に戻して、考え直すと、その過程で驚く程simple(師匠曰くeinfach)な、解答が出て来るものです。その状態が、vereinfachではなく、einfachな状態なのです。音楽の演奏でも悪戯に演奏効果を狙うのではなく、本当に人を感動させるには、どうすれば良いか?という事を悩み続けるとしたら、Genzmer師匠のいうスッキリとした、口当たりも良く、しかも、感動的な演奏が出来ると思いますよ。師匠が私の曲を見て、書き直しを要求する時には、einfachという言葉をよく使いましたが、実際に、曲の勉強で手直しをする時の口癖は、「sauber machen!」(お掃除をしよう!)という言葉を連発していました。sauberザウバーという単語は、汚れのない、という意味です。音楽家は究極のpureさを追求する職業と言えます。キンキンした耳障りの音や、浪花節のような押さえつけた音、馬頭琴のような、余韻と響きのない音は、ヨーロッパの音楽家達が忌み嫌う音なのですが、20世紀も後半になって来て、急激に文明がcomputer化していくに従って、steinwayやBösendorferのような、高級なPianoに至っても、若者の好む軽い金属的な音が好まれるようになって来ました。古いClassicのPianoの音を聞きたくても、それはもう昔の事で、難しくなってしまいました。私は困った事に、幾ら高価なブランド品を見ても、何も価値を見いだせないのですよ。それは約束事で、決められた価値であって、その物自体の価値ではないからです。本当の物にはその物自身に、それなりの価値があります。自分の目で世の中を見る事が大切ですね。行列の出来るお店に行って、美味しかった験しは一度もありません。本当に美味しいお店には行列は出来ないのですよ。不思議な事にね・・・??


椎名町の事務所にバイクで行く途中で、東急ストアに寄って、インスタントのお吸い物を買おうと思ったら、何と永谷園の松茸のお吸い物しかなかった。お店の未だ学生のような若い男の子達に「インスタントのお吸い物はないのか?」と質問したら、暫し、「お吸い物??」と、首をかしげて、もう一人の男の子が「おすましですか?」と聞いて来た。若者はお吸い物もおすましも飲んだ事がないらしい。傍にあった、永谷園の松茸を指して、「これじゃないですか?」と聞いて来たので、「それは持っているので、別の種類のはないのかな?」の聞き返したのだが、こんな大きなスーパーでも、(インスタントの味噌汁は大量の種類があっても、お吸い物は置いていないらしい。今はそんなもんですかね?この歳になると、お味噌汁でも、体に辛い時がよくあるのですよ。もっとさっぱりとしたものが食べたい時がね。もう潰れてしまった、セイフー(グルメシティ・その他)には、結構置いていたのですがね。





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貴文君と星那さんの結婚式
Facebookよりのdown load


6月11日 13:34 ·
「着て行く着物が見当たらないと・・」とは、言っても、ワイシャツの話なのですが、ヨクヨク考えて見たら、弘子さんと、美紀さんの時に、着たのが最後で、その後、一度もワイシャツ等というかったるいものは着た事がない・・という事に、昨日(!w!)気がつきました。発表会や対外出演では、ヒラヒラの一杯ついたブラウスだし、私が出入りしているpartyはワイシャツを着るような公式のものではなく、エンジや黒やクリーム色の色物のワイシャツしか着る事はなかったのですよ。体調を崩してから、当日のドタキャンが嫌なので、最初から、公式の席は出席をお断りしていたので、この10年白のワイシャツは着た事がないので、当然、もう小さくなって着れません。・・・小さくなったのはワイシャツですよ!!私が太ったのでは、ない・・??かな??かな???・・深く考えないでね??いずれにしても、今から大急ぎで、サカゼンに行って来ます。*^ω^)ノ" ♪


しまわれてたから小さくなったのでしょう(^_-)

いいね! · 返信 · 6月11日 15:28

そうです!そうです!(^^♪



Mozart sämtlichesviolinconcerto facsimile



ななな、何と楽譜が単独で立つよ!!凄い!これは安い!!sämtliches Mozart violinconcerto facsimile版で1万8千576円だよ!!Henle版のviolinconcertoのGesamtausgabe(指揮用の大型score)よりも安い。買いだよ!買い!!


結婚式のspeech

私は昔から、スピーチ原稿を書いた事がない。と言うか、スピーチに対して箇条書きすら書いた事はないのだ。入退院を繰り返す事になって、その後、10年以上の病気療養期間に入って、スピーチというものを全くお断りしていたのだが、それは、自分がお祝いの席に駆けつけたくとも、当日の体調でどうなるのか分からないので、無責任にご招待を受ける分けにはいかない・・というのが理由である。今回10有余年振りにスピーチをする事になって、幾ら何でも、スピーチをするのが不安になって、スピーチ原稿というものを初めて書いて見た。ところが、最初は5分30秒程掛かってしまって、「こりゃ、いかん!」という事で、必死に文章を削るのだが、どうしてもタイムが縮まらない!斉藤先生に頼んで、斉藤先生にも、削って貰ったのだが、私が削った箇所と殆どダブっていて、短くならないのだよ。節毎に、15秒とか30秒とか、細かいtimeを出して、余分なtimeを削るのだが、それでも短くならないのだナ! チョッと、途方に暮れて、斉藤先生に原稿を読んで貰ってtime取りをしてみた。な、な、な、なんと!!2分50秒と3分を切っているではないか?それでは・・・と、自分でも再チャレンジしてみたら、やっぱり、4分半である。斉藤先生は、「『あ~!』とか『え~!』とかが、多すぎるんじゃない??」と言っていたのだが、節毎にtimeを取り直しても、それが原因ではないようだ!! ホトホト、困ってしまって、パソコンのskypeのcameraで録音をしてみて、驚いた!!  まるで、あたかも、老人のように、話が遅いのだよ!!超、shockだ!!加齢によるtimeoverでは、目も当てられない。為すすべもないのだよな?? 今日のスピーチ・・、原稿を渡して、斉藤先生に代わって貰おうかな??いやいや、本職がいたよ!!星那ちゃんだよ!!(/´Д`)/Heeeeeeeelp!!!!! ・・・勿論、冗談です!! 今日は、頑張るので、許してください!! ハイ!

普段は、スピーチ原稿は書かないし、箇条書きもしない・・と書きましたが、貴文君に「今回は音楽結婚式にしたいので、スピーチは芦塚先生だけです。」と、プレッシャーを掛けられて、「先生から見た私達の印象を・・」とか言われて、ますます、プレッシャーになってしまいました。だって、「お二人とも、誠実な人柄で・・云々」なんて言おうものなら、まるで結婚式のスピーチではありませんか?・・という事で、2,3日前から原稿を書き始めて、それを節々単位に読んで、タイマーで、何とか3分以内に収めようと、努力をしてみたのですが、これが大変な格闘になってしまった。(╯•﹏•╰) 
おまけに、風邪をこじらして、声が上手く出ないと来ている。(コマった!)
私が読むと4分30秒も掛かる原稿を、斉藤先生だと、普通に読み上げても、3分以内で読めるので、その原稿を持って、それで、勘弁して貰おうと思ったら、司会の人が、本職らしく、同じ原稿を、実に上手に完結にまとめて披露されてしまった。「こりゃ、困った!」という事で、破れかぶれで、何を喋ったのか、よく覚えていないのですよ。
普段のpartyのように、駆けつけ2,3杯のwineを飲んでしまったので・・ネ??ところが、ところがです。弟子達の誰もが、御大将のスピーチの所はvideoを消して、撮影していないのですよ。
気持ちは分かるけどさ~!!・・後で、消去して、無かった事にすれば、済む事じゃ~ぁん!!と、文句言ったのですが、後の祭りで、仕方なく星那さんにお願いして、MXの人達にvideoを回して貰う事にしました。星那さん、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんよね。謝謝!!



  • 写真しか撮れずすみません…
  • いえいえ、この写真も、早速ありがとう!パソコンに保存させてもらいました。それはそうと、この写真の俺の顔ですが、目をつむっているようなのだが、寝てるのかなzzzz?・・いや、酔っ払っているのか!そうか!!了解!
  • 先生~♪ スピーチは
    とても自然体で面白く、こちらの緊張を和らげて下さいましたよ!
    心より感謝申し上げます。ありがとうございました。
  • 喜んで頂いてこちらも感謝ですが、記憶にないので、多分、ドッペルゲンガーがスピーチをしたのでしょう??時々体から抜け出すようなので・・・??それよりも、時々、お酒も飲んでいないのに、日にちがワープされますが、timetravelでもしたのかな?それとも、アナザーワールドにでも行ったのかな?先生達から、今日は「*曜日ですよ!」と、怒られていますがね。「あれ??*曜日は何してたっけ??」って・・。


steinwayのPiano

       

シェ松尾の結婚式ですが、1898年にニューヨーク・スタインウェイが90,000台目を記念して、特別に制作したピアノです。その後、ラフマニノフ、ルビンシュタイン、ホロヴィッツなど、各国の著名な音楽家がこのピアノを弾き来賓を魅了しました。当サロンではV.アシュケナージ、S.ブーニンの両氏が演奏しております。という事で、このsteinwayが弾けるから・・という事で、今日の演奏では、「先生達だけで、何か演奏してください。」と言う貴文君星那さんからの、ありがたいお申し出があったので、私の指が何とか弾ける曲という事で、arrange物ですが、BrahmsのHungarian Danceの第4番を弾く事にしました。ところが、練習を始めようかという矢先の4月の下旬から、悪性の風邪で一月以上ベッドに寝込んだままになってしまって、何も食べれない、全く動けない、という日々が続き、1月後に、やっと起き上がれるようになったのですが、Pianoを弾くだけのEnergieが、意思とは空回りしてしまって、出ないのですよ。練習しようにも、自分の思いとは、心が空回りして、音楽が作れないのですよ。何度か練習にチャレンジしようとは、試みたのですが、余りみっともない姿も見せられないので、残念ながら、急遽、美紀さんにPianoを代奏をお願いする事にしました。歴代の著名人が絶賛した1億円のsteinwayが弾けないのは残念ですが、体調不良なので致し方はありません。それはそうと、今日のスピーチなのですが、もう2月にもなろうとするのに、未だに声が元に戻りません。痰が絡んで上手くお喋りが出来ないのです。今日は心配だ~!!歳を取ると、体調が万全な方が珍しいのかもしれませんね??




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椎名町のlesson室はクーラーが無かったので、(本来的には椎名町のlesson室は、居間とlesson室を、襖を開いて、一部屋として使う構造なので、クーラーは一つで良かったのだが、lesson中は部屋を締切るので、)生徒達からクレームが出ていたので、大家からの了解が取れたので、今回、急遽クーラーを購入する事になった。そのついでに、10年越し、20年越しになっていたハイツの台所もクーラーを入れる事にした。私は一人暮らしなので、ハイツの台所は、パソコンルームの仕事部屋と兼用になっているので、一日中台所で仕事をしている。3年程前までは、一夏の内にクーラー無しでは過ごせない日は、ホンの2,3日程だったのだけど、一昨年頃から、クーラーの必要な日が段々増えて来ているように思える。この20年クーラー無しで過ごしてしまったのは、基本的に私はクーラーが嫌いで、除湿だけで、済ませてしまうからだ。勿論、暖房はエアコンでは費用が嵩むので、灯油にしている。だから、本当にクーラーは必要はなかったのだよ。寝室やCembaloの部屋、フローリングには安い工事費込みで2,3万しかしないクーラーは入っているのだが、それでも使った事はない。という事で、ビック・カメラにクーラーを買いに行ったのだが、余りにも高価な買い物で、驚いて腰を抜かしそうになった。たかが、クーラーが30万を越すのだよ。工事費だけでも5,6万掛かるそうだ。牧野先生に聞くと、本体16万ぐらいで、省エネ型で工事費5,6万で、20万プラスαが相場なのだそうな??そりゃ、経済的に無理と却下したのだが、周りからの非難轟々で、諦めて省エネ除湿型のクーラーを無理をして買う事にした。でも、無理をして・・て言っても何処からお金を出すのだ??そんな金はないよ!!35年ローンでも組むか??・・アハッ!



今回は見積もり、搬入が滅多矢鱈に早くって、見積が明日で、工事が明後日です。
ハッ、ハッ、早!!  ・・でも、それはいいのだけれど、前回の冷蔵庫の搬入と同じで、クーラーの搬入と工事に部屋を整理しなければならない!Pianoやベッドも動かすのかな?
それよりも、椎名町の事務所のビューローをバラすのが大変だな!
前回同様にまた、一週間寝込むのかな??

取り敢えず、Pianoやbedの大道具が動かせるように、その周りを整理する所から始めないといけないので、思いつく所からチマチマした物を移動する所から始めました。でも、今日はリハビリの日なので、体力のある所まで、出来る所までの範囲の中の作業です。

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小野田 有紗さんのFacebookをshareしました。

ピアノ技術者の方々、大目に見てください...笑

Having a try at being apprentice artisan


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7月25日
この写真はサクラ・ダ・ファミリアの彫像ですね。素晴らしいです!!
調律の思い出を3題・・・、
私が音楽大学を目指して音楽の勉強を始めた頃は、日本には、未だsteinwayのfullConのPianoは、日本にはあまり入っていなくって、Jörg Demusが北九州のホールで演奏会を開く時に、steinwayのgrandpianoを初めて調律する事になった調律師が、機構が日本のgrandと違うので、困っていると、怒ったJörg Demus先生が、調律師のhammerを取り上げて、さっさと調律してしまいました
。(という話を本人に聞きました。勿論、その頃には、日本でも、普通にsteinwayのPianoが手に入るようになっていたので、昔の笑い話として・・)ですが。
次は、私がドイツ留学から帰国して、再び東京に居を構えた時に、近所の楽器店の専属の調律師の人が「調律師のコンクールで全国一位になったので、是非に私のgrandを調律させて欲しい。」という、ありがたい申し出がありました。それで、お願いしたら、なんとなんと・・・そのPianoのmakerの独特の音になってしまいました。慌てて、急いで、知り合いのBösendorferの調律師の人を呼んで、調律をし直して貰いました。
三つ目のお話は、今年のお話なのですが、弟子達の結婚式で、素晴らしいhistorischeのsteinwayのPianoを、私の弟子達が演奏するのを聴く機会がありました。大切なPianoなので、私は触れさせて貰えなかったのですが・・。150年も前のPianoなので、こもるのか、それとも調整に時間を掛けていないから、こもるのか、部屋の性でこもるのか、音的には、あまり満足の行くものではありませんでした。historischeでも、vividな楽器は結構あったような気がします。確かに楽器のdecorationは素晴らしいものでしたけれどね。
私自身は、お気に入りのPianoとしては、そんな高価なPianoは買えないので、昔々の古い古いgrandを倉庫で探し出して、repairして使用しています。
その頃のPianoはとても木が良いので。また、私の家にはCembaloが4台とpipeorganが一台あります。という事で、平均律から、純正調の色々な調律の仕方を中学生や高校生のPianoの生徒に指導しています。その頃の方が音感がよく育つので。
また、今の調律師の人達の大半は、弦を巻くのも機械で巻いたりしたり、調整は基本的に出来ません。楽器のconditionが悪くなると直ぐに、買い直しを勧められますが、私のPiano自体、40年50年ぐらいの年代物なので、今更新品に買い直しをすすめられてもね~ぇ??
私は基本的には、楽器を一人で作れる技能を持った人を専属にしています。音色やvividなtouchに関しても、私の好みに調整してくれるしね。・・・て、事を言いたかったのですよね




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チビ太のことが羨ましい? でも、チビ太だって思うんですよ、 若いころはもっとよかったって。 あのころは、夢がもっと手近...
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「居合」
2015年9月23日(水曜日)
私が10歳以前の子供の頃、私が育った諫早の田舎町は、江戸時代そのままでした。
原爆で父親を亡くした私が、周りに男手が全く無い事を心配した祖母が、藩士達や警察官達が通う剣道場で道を踏み外さないように居合を習う事になりました。その頃は銃刀法も無く、勿論、模造刀も無かったので、お公家さん用の刀身の短い刀を買って貰いました。当時の、居合は、未だこんにちのようなスポーツ居合ではなく、古武道の実践の居合で、90歳を越した師範のお爺さんが
「それじゃあ、切れん!」とか、太刀筋に厳しく指導されました。
但し、当時は小学生の段はなかったので、何年居合を学んでも段を取る事は出来ませんでした。
剣道の防具も子供用のなんかなかったので、町の研師のお爺さんが大人用の道着の竹のpartsを組み直して、子供用の道着を作ってくれました。
大人の警官達に混じって、吹っ飛ばされながら剣道を学びました。
居合は真剣を扱うので、限られた人達だけが指導して貰えたのですが、祖母の関係で唯一、子供だったのですが私だけは例外で習う事が出来ました。
その関係で、スポーツは、ルールを覚えるのが苦手で、全く出来ないままで、剣道、柔道、合気道等の、武闘派の子供に育ってしまいました。
大学生になって音楽に進むまでは、体に生傷が絶えなかったのですよ。私の高校時代までは、
男の子は、喧嘩の一つ二つしないとダメ・・という、風潮が当たり前で、私のお袋も、私が結構大人しかったので、それを心配していて、学校同士の喧嘩(友達同士の喧嘩ではないですよ!!学校対抗と言うか、クラスで行く喧嘩で、勿論、竹刀や木刀を持って行きます。・・で、授業が始まるまでには、切り上げて学校に帰って来ます。お昼休みのチョッとしたリクレーションです。)で体のあちこちに傷を付けて帰ったら、「あんたも喧嘩する事あるのね??」と、とても喜んでいました。アハッ!中学生の時にも、喧嘩で前歯を折ったので、友達のお母さんのやっている歯医者に行ったら、「何??喧嘩??お金は相手に請求するのよ!」とか、怒られたので、「いや、喧嘩ふっかけたのは俺だから!」と、謝っておきました。そんな、時代なのですよ。ハッ、ハッ、ハッ!

芦塚先生にそんな幼少期があったとは!時代と地域によって成長期の体験も大きく変わってきますね。
ウチは音楽への興味はいまひとつですが、やるからには努力してより高いレベルを目指すという感覚は身につけさせておきたいものです。


居合をやっていて良かったのは、体の重心の動きや、体の動きの一切の無駄を省くという剣の動きが、violinを演奏する時の動きと全く同じだと言う事です。
人を切るという事は、力ではなくspeedと丹田で切らなければなりません。
情緒的ではなく理に叶った動きでないと音楽で人を切る事は出来ません。
宮本武蔵の「竹雀枯木翡翠図」 のような絵は書けないのです。ドイツで見た晩年のピカソのMinotaurosの絵は、最高です。
芸美の卒業生で、学校の先生をやっている人に、
「一気に一本の線で描いているのだよ!」と言っても、絶対に信じてくれませんでした。「武蔵もピカソも、他の人達に分からないように、何度も書き直して、修正を加えているのだよ!」と、信じて疑わないのですよ。
いやあ、困ったもんですな~あ!!


書き直しを重ねながらより高いレベルの作品を生む手法は言わば工芸品的で、呼吸を整え一筆に精神を注ぎ込むのは技術に裏づけされた感性という感じもします。
どちらもすばらしい芸術と思いますが、後者のほうが天才的な領域という感じでしょうか。


ゲーテのファウストやダ・ビンチのモナリザのように、死ぬまで携えていてしかも未完というのも素晴らしいのですが、Mozartのように、唯の一つの音の訂正も無い美しいfacsimileの楽譜もあります。
「これ、浄書じゃあないの?」「いや、書き下ろしなのだよ!」「す、凄い!!」子供達を指導していると、時々天才的な才能を持った生徒にもお目にかかりますが、私の体験では、皆、自分の才能に溺れて、うぬぼれてしまって、大成した生徒はいませんでした。演奏家と言えどもその前に人間性の問題なのだと思います。Mozartのように、早熟な天才で、しかも、自分の能力を見失わない人、正しく学ぶコツを知っている人はそれこそそれ自体が天才です。Mozartのように早熟な天才は、結構、周りの人達はちやほやしたのだけど、それに溺れる事は無かったのよね。自分の才能に疑問を感じながらでも、コツコツと続けて行けば結構何とかなるものです。なまじ才能が無くても、自分が興味を持った一つの事を、生涯に渡って追求する事が出来れば、それは既に天才域ですよ。今の日本の教育界では、全てに優れた人材を求められているようなのですが、ノーベル賞を取ったような学者さん達のお話を聴くと、皆、一様に自分の生い立ちが劣等生であった・・と自慢しています。唯、好きだから、続けて来たと・・。人生って、それで、充分なような気がするのだけどね?小学校から高校と劣等生を続けて来た私としては、好きだから、それを続ける、それで充分です。でも、よく友達から、「芦塚は好きな事があって良いな??」とか、「才能があって良いな!!」と、言われます。でも、それは、間違いよ!!
最初は誰でも「ヘタの横好き」だったのですよ。
少し、上手になったとしても、エクボもアバタで、好きな事だって、壁にぶつかれば、嫌いになるのですよ。
でも、私は、また「アバタがエクボ」になって、好きになるのを待つのですよ。
いつまでもま~つ~わ!!








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「windows10への悪口」
15年6月18日
windows10を無償でupdateするというmessageがタスクバーに出て困ってしまった。windowsは8.1以降のversionは非常に仕事をするのは不向きで、しかも、DVDplayerが使用出来なくなったりと問題が多いからである。しかし、流石にxpはもう使用出来ないので、諦めて8.1以上のversionにupdateしたし、新しいパソコンやタブレットは、version8以上の製品しか、売っていないので、諦めて、そのまま購入している。8以上の動きは、遊びやゲームには良いのだろうが、仕事をするには、甚だ使いづらく、パソコンとしての動きも悪いので、腹が立って仕方がない。仕事で使用している7に、先程の宣伝がタスクバーに常駐して、迷惑なので、KB3035583というfileを削除したのだが、それがまた、いつの間にかの、また常駐しているのだよ。ごんべと種まき状態で、削除すると、またぞろいつの間にか、タスクバーに旗がはためいている。今もまた、コントロールパネルからKB3035583を削除して、windowsupdateからも削除した所だ。これが、マルモウエアーのように、また、どうせ明日になれば、常駐するのだろうな?updateするまで、絶対にやめないのだろうな!!Microsoftの横暴だよな!!勿論、Microsoftにも、インスツールしない!というmessageは随分前に、送っているのだよ。それだけ、あちらこちらに、messageを送っているのに、未だインスツールされてくる。7月のインスツールの時期迄は、延々とupdateしてくるのだろうな?人の迷惑は考えないで・・・!!xpや7よりも、改善改良されたという思い込みで、使用者側の考えは全く聴こうとはしないのだよな。


ユーザー側からは改善ではなく改悪だよね。非常に使い勝手が良かったのに最新モデルでは使い勝手が悪くなる。以前買った時のOSがVISTAでやたらメモリーを食うし遅いし必要ない機能を売り物に・・・ユーザーはたまたま購入時にそれが導入されrてるから仕方がない。途中でwindows8へupdateも可能とやり出したがよくupdateした途端に、おかしくなることがあるんで我慢して使用していた。今は予備として置いてるけど・・・。ユーザーの用途に応じた仕様選択できるように設計可能だろうけどコストアップになるのか・・・ならバージョンアップしても旧仕様でも使用できるようにしてもらいたいものですね。


全く、同感です。今回のwindows10でも、versionupする事によって、今まで使用出来ていた多くの機能が使用出来なくなります。しかし、それをどうすれば使用出来るようになるのか??には、解答がないのですよ。xpの場合には、DVDの再生が出来なくなってしまったのが致命的です。だって、私達は音楽を商売にしているので、動画が使用出来ないと、営業妨害ですよ。そのために比較的に高価なパソコンを購入しています。それなのに、「xpはセキュリティが!!」とか言って強制的にupdateさせられるのだから!!

6月18日 7:31


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私事により

15年7月3日
私事により、一週間程お休みします。悪しからず!

15年7月11日
あっという間の、一週間でしたが、超満席の飛行機で帰ってまいりました。突然の事で、皆様にも多大のご迷惑をおかけしました事と、暖かいお心遣いを頂いだ事に感謝しております。ご無礼とは思いますが、私自身の体調もあり、故人の意向も鑑みて、お悔やみのお言葉、お心遣いに対しての個別の御礼、御返事は申し訳ありませんが出来かねますので、ここに紙面を通じて深く感謝と御礼申し上げます。何卒、ご理解の程よろしくお願いします。体調を戻すために、今日一日は寝ニャンコと一緒に禊を果たして、日曜日のlessonからは、平常に活動しますので、今暫くお待ちください。ちなみに斉藤先生は今日から平常lessonを開始しています。

15年8月11日
人間は産まれて来る時には、「産めよ!増やせよ!」と、報奨金すら出る自治体もあるようです。しかし、死ぬ時には大変面倒くさいのですよ。死んで普通に葬儀を一通りしようとすると、一般的には250万から300万程掛かるそうです。これは葬儀の費用なので、相続税やその他の経費を加算すると大変な金額を強いられます。お袋は子供達に迷惑を掛けるのを、随分気にしていて、タンスの引き出しに、「これは葬儀の時の一時的な費用だから・・」と言って現金や、宝石を隠していたのですが、認知症を患ってから、部屋の中の高価なモノや現金類は一切合切空になってしまっていました。認知症なので、一体何が起こったのかは、全く分かりません。手で持って行く事の出来ない大型の高価な家具類だけが残されていました。実際、実家の家には高価な大きな家具が幾つもあるのですが、今の社会では、そういった高価な家具は全く売れない・・というか、今の一般的な家には、デカ過ぎて部屋に入らないのだそうですよ。だから、業者に頼んでも引き取っても貰えません。・・って事で、うん百万もする家具をトラック一杯に積んで、なんと!!1万円だそうな!??業者の人曰く、「処分料を払うつもりなら、1万円でもお得!」なのだそうです。8月の4日の深夜に長崎に着いて、8月の9日が日曜日だったので、12日までの1週間は、疲れと欝に悩まされて、結局、何も出来なかったので、月曜日に雑用をこなしていた・・と思ったら、意識が欠落して、今日は実は、一日飛んで、11日の火曜日だそうです。何故??明日の水曜日には、12時には出発しなければならないのに、何一つ仕事が終わらなかったのだよな。暑くて、それどころではないのだよ。後、2日程、未だ日にちがあると思っていたのにね。 「え~っ??明日のお昼迄に帰る荷物の準備をするの??」「そりゃあ、無理だ~!!」今日は徹夜~やんか~??


ちなみに、移動中の宿泊ではWi-fiは通じませんでした。中国道や門司港あたりでは、電波の状況が良くないようなので。東京まではWi-fiは使えません。

8月11日 22:27


今日は出発の日ですが、な、な、な、なんと!大雨です!帰りの荷物の積み込みが、てえへんだ~!!風も強く吹いています。未だ朝の6時なので、もう少し時間はあるのですが、テレビでは、「今日は大雨で・・・」と言っています。

8月12日 6:00


素敵な家具が…リサイクルショップとかに引き取ってもらうのも有料なんですか?

こちらは昨日はエアコンなしでも過ごせましたが長崎は暑そうですね。お天気悪くなりそうですが道中、お気を付けて。

8月12日 6:23


基本的には、どんなに良い家具であっても売れなければ引き取ってはくれない・・・つまり有料になってしまうのです。良いっものでも、倉庫で保管しているのにもお金がかかるのでね。

8月12日 7:58


長崎は今日も大雨だった!!というか、この1週間猛暑日で昨日も雨になる兆しはなかったのに、テレビで大雨だ!大雨警報だ!!と言っていたので、驚いていたところです。お袋が未だこの部屋に住んでいた頃から、増設した車庫の隣のトイレが雨漏りが酷くて、何度も大工さんに頼んだのに、逃げ回って修理してくれませんでした。そのうちにその大工さんもお亡くなりになったそうで、雨漏りはそのままになってしまいました。という事で、私達が1年に一度長崎に帰省した時に、応急の修理をして来たのですが、応急なので、1年しか有効ではありません。毎年、帰省する度に補修をして、その後1年は大丈夫だったのですが、今回は体力の問題で、ホームセンターに材料を買い出しに行ったり、この猛暑の中を屋上のベランダで作業する気力が無いという事と、1週間、一度も雨が降らなかったので、見て見ぬ振りをしていたのですが、突然の大雨と大風で途方にくれています。とは言っても今更タイムアウトの時間切れで何も出来ません。そのまま潰す事になる家かもしれませんが、それでも、心情的に何とかしたいのですがね。それもストレスなのですよね。放下著ですよね。 浜までは 海女も蓑着る 時雨かな ・・うん、これもなかなか良い!!放下箸とは反対の境地ですよね。人生、悩む事を楽しむ境地になれれば良いかもね。程遠いけれど・・・。大雨に気がついて慌ててタライを出したのだけど、たった小一時間で半分以上水が溜まってしまいました。2時間弱でたらいの水が満杯になってしまいました。勿論、トイレには流してはいませんよ。

8月12日 8:57


ひ~え~!!長崎市内と長与町、時津に土砂災害警報だって!!最悪!!
8月12日 9:31


先ほどニュースみました。50年に1度の大雨…交通機関もマヒしたようですが大丈夫でしたか?
8月12日 23:23



長崎は出発の日の午前中も大雨で、等々、朝の積み込みは出来なくて、出発時間が1時間半も遅れてしまいました。
その後も、渋滞に挟まれたりと、色々とハプニング続きで、宿泊予定時間が7時間も遅れてしまいました。
という事で、次の日の出発時間もズレ込んで、大渋滞の時間になってしまいましたが、SAで時間をズラシながら、渋滞を避けて来たのですが、カーナビがとうとうbugってしまい、情報をresetして修正しました。
本来なら、2回目の宿泊になるのですが、そうするとまた、渋滞が発生するので、徹夜で東京迄一気に走り抜けました。
でも、これは毎回のローテーションです。
東京への上京の時には、渋滞のタイムが通常のローテーションでは、どうしても避ける事が出来ないので、1泊2日で東京迄走り抜けるか、3泊4日の超スローペースの走りになるのか、の2者択一の走りになります。
2泊3日の走りは、ローテーション的には、ないのだよ。
最後の一走りはかなり強行なのですが、毎回それは同じです。
東京の椎名町着は、午前中の早い時間、4時、5時の時間になります。
その日は直ぐにハイツに戻って寝て、鋭気を養って後片付けと言いたい所ですが、もう歳なので、そうそう簡単には体力が戻りません。
起きて小1時間もすると、もう疲れてしまいます。
8月15日 14:20


行きも帰りも中国道を通ります。
これは、真夏でも寒いぐらいの温度と、店も街もないので、車が殆ど通らないので、超暗い道が平気ならこの方が楽です。
唯、唯一の宿泊地を外すと、後の泊まり場所はないので、それが欠点です。
8月15日 14:24



15年8月19日
長崎に居る間は、結構stressが大きかったのか?不整脈に苦しめられましたが、東京に帰省してからは、そういう事もなく安定した日常を過ごしていました。しかし、この2,3日、気温差が原因なのでしょうか、それとも、またぞろ、仕事を始めた事によるstressなのでしょうか、夜の摂眠が出来なくなってしまって、いつものように夜の鬱々に悩まされながら、wineを飲みながら、私がarrangeして八千代で演奏したTelemannのAriaやCacciniやPachelbelのchaconne等々の欝な演奏を聴いています。
いつものmy wineを飲み終えたので、また、my wineのbottleを開けようか??と思ったのですが、気分を変えて、頂き物のモーゼルのwineを開けて飲む事にしました。
勿論、お名前は出しませんが、どうもありがとうございます。
いつの間にか、朝になっているようなのですが、未だ Hypnosさんは訪れてくれません。
いや~あ、困った!困った!!

15年9月10日
twitterもblogも、全くSNSというものをやったことが私が、おっかなびっくりFacebook書き始めたのは、丁度1年前の9月の9日の夜から10日かけての事でした。それから1年・・・、色々な事があって、慌ただしく時が過ぎて行きました。体調不良で欝の時に、或いは仕事で忙しくて、チョッと疲れて、手を休めた時に・・・、等々、息抜きを兼ねて、皆様の楽しい文章読ませていただきました。感謝です。・・と、つれずれなるままに、お喋りでもしようと思ったのですが、チョッとFacebookの文章の変換の調子が悪くて、上手く文章が入力出来ませんので、1周年のご挨拶はここまでにします。ハイ!(^-^)/・・・・・!!              上書きモードの切り替えかな??と思って、色々と設定を変更してみたのですが、点やハテナの変換おかしくなっていて、確定の前に、(文章の中に点打つと、文章全体が消えてしまいます。それと、確定する前の、最後の一文字が消えたりします。)勿論、ワードやoutlook等の中では、文章の入力は、正常に動作します。Facebookの時だけが、勝手に変な動作するのです。困った!!という事で、Facebook入力はしばらくおやすみします。何度か、Facebookを開き直していたら、いつの間にか、入力の不具合は直ってしまいました。という事で、変な文章になっていたのを、訂正しておきます。暫く、commentをしていなかったので、Facebookがゴネてしまったのかな?

15年9月10日
発作を起こして、販売終了のDSC880DWのコンパクトデジカメを買いました。7000円弱の値段で、広角F2.8で14ミリ換算です。しかも、水中カメラです。ほぼ、魚眼になるので、メインの写真としては無理なので、あくまでsubcameraとして使用する分けなのですが、おもちゃとしてのsubcameraとしては、なかなかです。参考までに、今現在使用している富士フィルムのコンパクトデジカメのパノラマ写真です。
この写真は、台風で雨の大村湾です。これじゃあ、広すぎて普段使いには無理だからね。

基本は360度の撮影なのですが、この写真でも、未だ120度ぐらいの撮影状況です。メガネをかけない裸眼の状態では、視野狭窄でない限り両サイド180度は見えるはずです。デジカメも理想は、ワイドで見えれば良いのですが、技術的には難しいようですね。movieもワイドの機種があるそうなのですが、これから調べてみます。

15年9月21日昨日(9月20日日曜日)は、斉藤先生は四日市教室へ出向で、千葉の特別lesson室で私のlessonとCscheduleのオケ・室内楽の練習がありました。
検見川のlesson室のgrandPianoは私が倉庫を回って探して来たPianoなので、とても古い物で、もう50年以上も昔のPianoです。
買った時には、弦とhammer(action)を総替えするつもりで買ったのですが、余りにも状態が良いので、もったいないし、Pianoも可哀想なので、総替えするのをやめてしまいました。
調整だけでそれなりに良い音がするのでね。

しかし、余りにも古い楽器なので、ボンド等で接着している部分が古くなって、時々接着が剥がれてしまいます。
今回のrehearsal やlessonで鍵盤を弾いても、音がブチブチと止まってしまうようになってしまいました。
本来なら調律師の人を呼んで直して貰う所なのですが、何せ、埼玉県からそのためだけにわざわざ来て貰うのも忍びないので、練習が終わってから、Pianoをバラして修理してしまいました。
壊れた分けではなく、接着ノリが剥がれただけなのでね...

帰りかけていた生徒達が、
uprightのactionは見たことがあるけれど、grandのactionを見るのは初めてだ・・という事で、写真を公開して欲しいと言っていたのですが、homepageを見ても、丁度、それに該当するPageが見当たらないなあ、・・と思っていたのですが、そうか??Facebookなら丁度いいよな!!という事で、急遽Pageを作りました。

生徒さんが家のPianoの鍵盤の間にクリップを落として鍵盤が変になったので、修理に来て貰ったら1万以上取られたそうで、
「芦塚先生のlessonが受けられたのに・・」と、残念がっていたそうです。
出張料だけで、6000円、7000円も取られるので、仕方ないですよね。
Pianoをばらすのは難しくはないのですが、確かに、音楽が仕事でないと難しいかもしれませんね。
それとも、性格的なものかもしれません。
昔々、私が未だ大学生の時に、車の免許を取った時には、当時の車は故障しやすかったので、免許と一緒に、修理の資格も取りました。
だから、昔は、車に修理道具一式を積み込んで車の調子が悪くなるとその場で修理しながら走らせていました。
だから、その後は、車が故障する前に故障箇所が分かるのですよ。
故障する前に、JFを呼んで、
「何処其処のパーツを持って来て!」・・と言うので、JFの人が「何故分かるんだろう??」と、不思議がっていましたがね。
今、教室でも、何せ、grandが4台とuprightが4台あるので、チョッとした故障の度に、調律師の人を呼んで修理をお願いしていたら破産してしまうからね。
しかし、Pianoの調律は2時間、3時間掛かる作業なので、自分ではもうする事はありません。
それだけの体力が今は、もうないからね。
それはそうと、今日は敬老の日だそうです。それでシルバーウイークなの??
ゴールデンウイークの反対でシルバーか??と、思っていたのですがね??アハッ!


15年9月22日20日の日曜日のお話の続きです。千葉でのlessonで珍しく朝早い時間にハイツをバイクで椎名町へ出発しました。
道々に彼岸花が咲き誇っていて、とても美しかった。
彼岸花の日だったようです。
写真に撮りたかったのですが、(cameraは持っていたのですが)渋滞なので、急いで車で出発しなければならず、写真を撮るゆとりが全くありませんでした。
・・という事で、下の写真は去年の椎名町の事務所と隣の家の間に勝手に咲いていた彼岸花の写真です。
それから、たった、2日しか経っていないのですが、夜に、ドルちゃん達と散歩していたら、近所の小学校の彼岸花はすっかり枯れてしまっていました。残念!!
9月末から10月の始めは、巾着田の彼岸花の見頃だそうです。
毎年、
「写真を撮りに行きたい」と、言っているのですが、先生達の予定と私の体調と、発表会の直前という事もあって、行けません。
今年こそは、巾着田に彼岸花の写真を撮りに行きたいな~ぁ??
でも、毎年のrotationは変わらないのだよね。

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楽器の練習をひたすら邪魔する猫様
9月27日9:45




素晴らしい!!

10月7日 18:01

犬にインナー奏法、猫にキーボード上で躍らせれば、そっちの方が儲かるかもよ。

10月7日 18:21

(=ΦエΦ=) に鍵盤の上を歩かせるのは、音友版のScarlattiのsonateの第一巻の16番に、Cembaloの鍵盤の上に(=ΦエΦ=) が飛び乗って歩いた音に触発されて書いた、所謂、「Fuga del gato(猫のfuga)」というのがあります。
後世の学者の人がパソコンを駆使して、猫はそういう風には歩かないという事を証明したそうです。
どうでもイイと思うのだけどね~ぇ??
Scarlattiは、平行5度を使用したり、色々と実験的な事をやったので、そのfugaのthemaも、通常のthemaのtheoryに従わないので、(=ΦエΦ=) が弾いた・・という事になったようです。アハッ! 
この曲のfugaのthemaはソの音から短3度⇒完全4度⇒増2度⇒減4度⇒増2度⇒と、Johann Joseph Fuxの古典(baroqueですが)対位法のfugaのthemaの約束事とは、真逆の進行をしています。まあ、単なる嫌がらせなのでしょうがね??(同様の作曲は、当時の作曲家にとって最も大切な和声学上の禁則である平行五度を普通に使用した曲も、同Zyklusの曲集に入っています。
FuxはScarlattiとは同世代(大分Fuxが年上なのですが)の作曲家で、Fuxの対位法はBeethovenやBachのような神様のような作曲家でも勉強をした教科書です。蛇足ですが・・。 

https://www.youtube.com/watch?v=6srQgO7XSnY

"Fuga del gato", sonata en sol menor K. 30 de Domenico…

youtube.com

少し乱暴な演奏だったので、こちらがましかな?と思ったのだけど、演奏者やdataが見えません。 https://www.youtube.com/watch?v=PhCBn3-4JKI

La fuga del gato sonata K. 30 Domenico Scarlatti

youtube.com
10月7日 18:46

この曲、結構好きだな、むしろ最初の方が曲想にあってるみたい。

10月7日 21:00

芦塚 陽二 よく似たthemaで彼の有名な音楽の捧げ物の3声のリチェルカーレ、カール・リヒター教授の演奏です。https://www.youtube.com/watch?v=Q9RqYJV4qfc

バッハ: 音楽の捧げもの BWV1079…

youtube.com
10月9日 12:19

今研究中のperiod奏法とは関係はありませんが、好きな演奏です。よく教授とはカンティーネ(学食)で喧嘩していたので・・。「君の作品はtraditionalだ!」「baroqueを専門に演奏していて、traditionalで何が悪い!」ってな、具合で・・!!ただ、ソリが合わなかっただけの事みたいですが、

10月9日 12:24

あれ? リヒターについていたことあったんだ。知ってる?私の最初に買ったレコードが、リヒターとヴァルヒャだったって。捧げもの63年の演奏だとすると、それよりずっと以前のレコードだったけど。

10月10日 10:01


リヒター教授はCembaloとOrgan科の教授なので、竹前光子さんの先生です。私は直接、授業に出た事はありませんが、食堂で昼メシを食っていると、必ず、やって来て、喧嘩を売って来ました。リヒター教授の演奏会で舞台でOrganの演奏をする時に、学生券の安い券で同じ舞台の目の前でOrganの楽譜を広げて(これは単なる嫌味ですが)目の前で聴いていたら、リヒター先生、panicになって、大fugaを30小節に渡って忘れてしまって、即興でfugaを続けて、30小節目で元に戻ったよ!!素晴らしい即興演奏でした。それは、マジに素晴らしかったのですよ!!翌日の新聞を読んでも、「素晴らしかった!」という批評だけで、30小節を忘れた・・という事は、何処にも書いていなかったよ!!さすが、即興の名手です!!次の日にはリヒター先生に、しっかりと嫌味を言ったけれどね。「昨日のBachの即興演奏はとても素晴らしかった!!」ってね。先生は・・? う~ん、何も言わなかったよ。しらばっくれて・・!アハッ!

10月10日 10:20


気になってチェックしたんだけど、これって、ニコレが笛を吹いている版ですよね。なんだか知らないけど、装丁の違うCDが2枚もでてきちゃった。
リヒターが弾いているのじゃ、バッハのオルガン曲のがやっぱり2枚。たぶんこれが私が最初に買ったレコードと同じ演奏のもの。

10月10日 10:21


1963年1月の演奏と書いてあります。勿論、fluteはニコレットの演奏ですが。最初のricercareのtempo設定がレオンハルトや他の演奏者と違って、好きです。

10月10日 10:27

そうですね、あのリチェルカーレ(わた者、ricercareって書き方しないの。だって、ライスer + ケアにしか読めないもん)のこれから何が始まるよっていうような緊迫感は他の演奏家にはないかも、
ところで、話したバッハのオルガン曲。見てみたら、CDではヴァルヒャとリヒターの二人が演奏しているのが一枚になっているんですね。。。
先日、テレビでカーペンターとかいう人のオルガンを聞いて魂消たけど、でも、私は昔の人だから、あの当時の演奏の方が楽しい

10月10日 13:24

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9月30日 18:31
今日は病院に、午前中には、薬を取りに行かなければならなかったのですが、(実は薬が月曜日までしか無かったので、火曜日はまるまる飲んでいません・・。)何時ものように朝6時には目が覚めて、仕事modeでそのまま、9時迄仕事をして病院に行く予定だったのですが、昨日は、千葉教室のlessonが長引いて、結構遅く帰って来てしまい、ハイツは午前様だったので、睡眠時間が足りなくって、8時迄(2時間)しか、気力が持たなくて、それからまた寝で、すっかり午前中は寝てしまいました。午後の診療時間に間に合うように、と言うか、5時頃椎名町に薬を届けに行くのがbestのタイミングなので、4時半頃にハイツをバイクで出発しました。なんと空が美しかった事か?まさに「天高く馬肥ゆる秋」です。空が高い!!雲は結構あったのですが、これ程高い空を関東で見た事はありません。病院に行く途中だったので、cameraを持っていないし、私はスマホではないし、携帯もcameraも壊れているので、残念ながらこの美しく高い空を撮る事は出来ませんでした。事務所から帰って来た今は、すっかり暗くなってしまっているので、もう写真は無理です。誰か今日の美しい天高く肥ゆる空を撮った人はいるのかな??


それはそうと、椎名町の事務所からバイクで帰って来る途中で、バイクが突然エンストしてしまいました。
私が若い頃に乗っていた、古い昔の車は、走っている最中にエンストする事等、しょっちゅうそんな事はザラにあったので、そこらの対処は上手いものです。
全くセルでエンジンの掛からないバイクも2,3分で掛けてしまいます。

9月30日 18:36
昨日は千葉のgrandPianoのhammerが3個も上がらなくなって、lessonに支障を来たしてしまいました。
代わりに私のuprightで演奏をさせたのですが、音が小さいし、少しいじけていると文句を言ったら、
「Petrofだから・・」と、逆襲されてしまいました。
それから、私の携帯が壊れてシムが感知しなくなりました。
ドレミ出版から電話があって、昔の私の生徒が死んだ・・とかの話をしながら、Cembaloのtuningと、video撮影と、それを2時間以内にやれってか??
・・全部やったよ!
grandPianoの修理と携帯のシムの入れ替えと、ドレミの対応とCembaloのtuningと、lessonを2時間で終わらせました。
それに、前回の日曜日にリハがあって、教室が汚れていたので、Pianoの修理をしながら、コロコロで見えている大ゴミを掃除しました。
grandの修理が終わったら、次のlessonが花園であるので、大急ぎで花園教室迄車を飛ばして移動して、花園行きの荷物を降ろして、駐車場に車を置いてlesson開始です。
lessonが終わったら、東京では、ドルプリのお散歩があるので、大急ぎで車を飛ばして帰りましたが、流石に、バテて居眠り運転が出かかったので、次回はなんと言われても仮眠して、小休止してから帰ります。
もう、歳なので総てを一人でやるには、体力が続かないので・・ネ。
9月30日 19:35

9月30日 13:52
またまた、Facebookがバグりだしました。
文章を入力後に、enterで終了しようとしても、改行になってしまい、投稿出来ません。どうしても終われません。
誰か解決策を知っていたら教えてください。
Pageを移動すると、全てが白紙になってしまいます。
入力出来ないのです。よろしくお願いします。 
一度、Facebookを終了させると、普通に入力出来るようになって、今度はbugが再現出来ません。
パソコンの故障は困ったものです。
でも、よく同じ状態になるので、対処法をご存知の方は、引き続き教えてください。
pointは付きません。アハッ!


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15年10月の秋の発表会の直前に発作を起こして、viola da gambaを

15年10月8日
この3,4日と言うか、欝という程でもないのですが、気分が前にも後ろにも向かずに、悶々と無為にパソコンに向かって仕事にもならない作業を片付けるのが毎日でした。仕事もしていないのに、燃え尽き症候群のような状態で、何を成すでもなく、無為に毎日を過ごしていました。今日の朝も何かしら、そう言った無意味な人生になりそうで、ついに発作を起こして、2日後の発表会のHennry purcellのtriosonateのChacony gのbaroquecelloの代わりにBaß gambaとbaroquebowとcaseとstandとCembalo用のT字hammerを衝動的にバイクで買いに行って来ました。本番迄は、後、2日はあるので、baroquecelloからBaßgambaへの持ち替えは、充分間に合うでしょう!!5度調弦が4度に変わっただけなのだからね。 それと、Vivaldiのdoppelのノリが悪いので、突然ですが、私が斉藤先生に変わって、orchestraも指揮をする事にして、斉藤先生はviolinに入って貰う事にしようかな??と思います。「ます。」と言うのは、・・多分??・・・ひょっとしたら??・・・・(・・?)という意味で、当日の気分で決める事にします。子供達の・・「settingの打ち合わせが・・??!!」という声が聞こえて来るようです。 ・・変更のあった人が自分で譜面台と椅子を運べばいいんだよ!! なら、settingのstaffにシワ寄せは行かないよ!! 指揮者が指揮用の譜面台を右手に持って、舞台で挨拶するなんて、乙なもんだろう??
               

芦塚 陽二 真ん中の絵は、結構、意味深な絵です。

10月8日 14:41


芦塚 陽二 子供達のorchestra、斉藤先生が指揮をする予定になっていたので、私が出て来たら、子供達は結構驚いていました。tempoも斉藤先生よりも早いtempoで演奏したのだけど、(これは意図ですが)ノリで演奏出来たので、喜んでいました。子供達の練習には、2,3回しか立ち会っていなかったので、緊張したみたいですね。アハッ!



15年10月9日
 写真①               写真②
 



        



写真の説明
写真①コラ!なんで、lesson室に入って来ているの?? 
 写真②二段鍵盤の大型のCembaloは業者を頼まないと運ぶ事は出来ないし、運送料とレンタル料が変わらないので、業者に頼む時には私の自宅のCembaloではなく、業者のCembaloで演奏します。しかし、兎に角、それなりに高価なので、しょっちゅう演奏会でも使用するので、という事で、
③一段のコンサートCembaloをオーダーメイドしました。結果的にはその方が安いので。それが今生徒達が発表会で使用しているCembaloです。先生達が自分で運ぶのですが、段々とそれも大変な作業になって来ました。
④このspinetは今は椎名町のlesson室に置いてあります。椎名町のlesson室でbaroqueの練習をするために、spinetの音域の広い方のspinetのtuningを426から418に変更しました。(花園にも全く同じspinetが置いてありますが、そちらのspinetは少し音域が狭いのです。)発表会で子供達が443で演奏するので、簡易のbaroquepitchが418になるからです。

short・octaveのお話
実は、このspinetは、一段の大型Cembaloよりも音域が広いのですョ。でも、spinet-typeだと、音域が小さく感じるから不思議ですよネ。それでも、大型2段よりも遥かに音域は狭く、一段の Lucasmodelもspinetも下の音は同じ音のHまでしかありません。ですから、今回演奏するHennry purcellのChaconyのcantus firmus(ground)で、左手でoctaveでmelodieを演奏する事が出来たとしても、音域が足りないので、groundをoctaveで演奏する事は、出来ないのです。という事で、baroque時代の特徴的演奏法である「short・octave」のお出ましです。

余談ですが、私が留学時代に住んでいた Fürstenfeldbruck村にあるアザム教会はドイツの誇る国宝の教会で、その教会には、OrganのStradivariと言われるジルバーマンのOrganがあって、誰も触れる事は出来なかったのですが、教会からの依頼で、その門外不出のOrganで演奏会をするchanceがあって、そのOrganで演奏をする事が出来ました。J.S.Bachのpassacaglia等の曲を演奏したのですが、passacagliaの低音がその鍵盤よりも低く、本来なら演奏は出来ないのですが、実はこのSilbermannOrganも、実は、その低音域がshort・octaveでしたので、問題なく演奏出来ました。しかし、とても複雑なshort・octaveで、覚えるのは大変でした。本文に戻って、Hennry purcellのChaconyの最低音のシ♭ですが、つまり、H(シ)の音をshort・octaveで、B(シ♭)にtuningをするのです。これは、Kontrabassの場合も、scordaturaと言って、最低弦のミの音をレにtuningして弾くのと同じになります。


basso continuoのoctaveは、わざわざoctaveにしなくても、8feetに16feetのregisterを入れれば、後は単音を弾いても8+16feetの合わさった音がして、それで良いのですが、baroque時代の大型Cembaloでは、木の枠がそれだけの(16feet)の荷重を支えるだけの力がないので、楽器全体に歪みが出てしまい、大型のCembaloでも、一般的には16feetを加える事はありませんでした。
modernのCembaloでは16+8と8+4という音列(register)が当たり前なのですが、baroqueのperiod奏法としては、16feetをプラスする事は例外になります。
これも多くのperiod奏者が勘違いをしているところでもあります。

10月10日 10:08


芦塚 陽二 通常は、baroqueのpitchは435ぐらいから425ぐらいまでが相場です。それ以上下げると、弦楽器にとっては音の鳴りが悪くなるからです。という事で、このspinetは426に調律されている事は以前お話しましたが、A=443の演奏会pitchの「なんちゃってbaroquepitchの418にpitchを下げるにあたって、椎名町のspinetは、baroqueでしか使用しないので、先生達がmasterclassとして演奏するだけなので、どうせtuningをし直すのなら、という事で、meantone temperamentで、調律する事にしました。
J.S.BachのWohltemperirte Clavierは、本来の意味はWohl(完全に)temperirte(調律された)Clavierという意味で、平均律という意味ではありません。
だから、一般的には、ヴェルクマイスターの調律か、meantone temperament(中全音律)の調律をして演奏下・・とされています。
ミーントーンで調律された、Mozartの演奏や、Bachの演奏はとても美しいですよ。是非、一度聴いて見てください。 残念ながら、発表会では子供達が普通のpitchで演奏するので、平均律のtuningになっています。

・・・・・・と、思ったのですが、明日のCembaloを使用するオケの曲の調性を先生に聞いたら、aが1曲と、dが2曲と、gの調だそうなので、急遽、meantone でtuningする事にしました。
小さな変更なので、会場の舞台での微調整でtuningが出来ると思います。何かしら、難しいお話になってしまっているようなので、難しさついでに説明しておきますと、曲のmelodieをmeantoneで演奏する事は出来ません。melodieはピタゴラス音律に近い型で歌う方が美しく聞こえます。しかし、ピタゴラス音律では、3度は濁って汚いので、和音には純正を使用します。
melodieと和音は別の音律を使うのですよ。シ⇒ドやミ⇒ファをかなり狭目に取りますが、それを本当はピタゴラス・コンマと言います。
教室では私は、説明するのが難しい(高校生以上じゃないと理解不能な)ので、導音処理と(簡単に)言っていますがね。




雨の中を発表会の持ち込んだので、楽屋を余分に借りて貰って、午前中からmeantoneのtuningをしました。
しかし、舞台袖に置いている間に弦がまた狂ってしまい、もう一度お昼休みに完全にtuningをし直しました。
baroqueも湿気で鳴らないので、困っていたら、子供達が
「violinが鳴らない!」と文句を言っていました。勿論、前日の95%の湿度の性もありますが、舞台のgrandが442にpitchが下がっていたので、楽器を442にtuningした性もあります。
一応会場は空調で湿度は65%に調整されていたのですが、楽器は微妙で困ります。
だって、前々日は湿度25%で湿度注意報が出ていたのですよ。
天候の差だけでなく、湿度の差も酷いのですよ。楽器だけでなく、私のような湿度に影響される人間にとっても、この天候の激変では体が付いていけないよね。
この天候は、天候の変化というよりも天変地異と言った方が良いぐらいで、やっぱりそろそろ地球の終わりですかね~ぇ??






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もったいないのお話

10月10日 8:54
右側の楽譜は私が音楽大学在学当時に買った楽譜です。
つまり、もう50年以上も経っているので、表紙がすっかりボロボロになってしまいました。
勿論、教室で使用している楽譜としては、新しい同じ楽譜を買い直したり、Peters版ではなく、Bärenreiter Urtextの楽譜も持ってはいるのですが、だからと言っても、古い楽譜を捨てる分けにもいかないので、自分なりに補修して使用しています。
本来ならば、表紙の補修を業者に依頼するのでしょうが、(・・・下の写真は私が業者に依頼して製本しなおしたBachの手書きのfacsimileの楽譜です。
しかし、製本は高価なので、普段使いの楽譜までは、そこまでお金を掛ける事は出来ません。)という事で、古いカレンダーを斉藤先生から貰って、自分で補修しました。

「斉藤先生から貰う」という意味は、私の自宅にはカレンダーが一枚もないからです。
写真の楽譜は、未だ作業の途中で、後、縁をカッターで、ちゃんと整形します。
ちなみに、楽譜の表紙にしては、如何にもカレンダーという感じですが、本当は裏を使えば白地になるので、その方が補修としては綺麗なのですが、カレンダーの表を使用しているのは、わざと・・です。

教室には・・(・・・とは言っても、その殆どの楽譜が、私が音楽大学時代から留学時代の昔々から、延々と収集して来たた楽譜が大半なので、既に、50年以上、(所謂、半世紀以上も)経ってしまっているので、)・・崩壊している楽譜も多いのです。

利用頻度の多い楽譜は、仕方がないので新しい楽譜に買い直しをしているのですが、それでも、同じ楽譜が数冊になる事もあります。
書き込みやcheckの必要な楽譜は基本、同じ楽譜を買って、一つは原譜として、もう一つを書き込み譜として、使用しているのですが、それでも、経年劣化は避けられないのです。

本当は、発表会が終わったら、お世話になった楽譜の手入れが出来ると良いのですが。
明日は千葉市文化センター・アートホールで発表会です。皆さん、頑張ってくださいネ!!

廣川 智 午後から発表会聴きに行きます♪

10月10日 10:30


芦塚 陽二 是非、楽屋に遊びに来てください。楽しみにしています。

10月10日 10:32


萩元 美紀 小学生のときに使っていたギロックの楽譜、母がカレンダーで補修してくれていました。

明日、朝の積み込みの頃は雨になりそうですね…最近、お天気よかったのに>_<
よろしくお願いします。


10月10日 20:16


芦塚 陽二 雨もそうですが、オケ教室の後ろからCembaloが出せなくなってしまいました。表まで長い距離を運搬しなければなりません。裏側の扉が金網で縛られているので開かないからです。先生達が全員腰痛なので、Cembaloのオケ教室への搬入搬出が大問題です。いやあ、困った!困った!!

10月10日 20:46


芦塚 陽二 朝は4時起き!殆ど徹夜です。やっぱり、雨だ!!大変だ!!

10月11日 4:50


本田 智恵 おはようございます。
雨で大変ですが、午後には晴れるようです。
今日はよろしくお願いします。

10月11日 7:50

当日は何時ものように、オケ教室の搬入・搬出に高校生の男の子達がクーリーに来てくれました。腰痛持ちの先生達にとっては感謝感謝です。





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すっかり薄くなってしまった職人気質

15年10月13日
折り畳みの携帯用の時計ですが、旅行やlessonに重宝しています。
この手の時計は3個4個持っていますが、それぞれにTPOに応じて使い分けています。
この写真の時計の秒針が外れてしまいました。自分で直しても良かったのですが、一応、駅の近くの時計屋に持って行って直して貰いました。でも、直ぐにまた、秒針が外れて直して貰って、また、また、と、流石に4回目の時には、もう壊れたら修理出来なくなるけれど、接着しますか?という事で、接着して貰いました。しかし、また、接着したはずの秒針が外れたので、じゃあ、もう秒針は外れたままで捨てて良いので、秒針を取ってください。という事で先生に秒針を取り出しに時計屋に行って貰ったのですが、今、先生に聞いた話なのですが、その4回とも、修理代を取ったそうで、今回もまたタダ秒針を取り出すだけの作業に500円千円と修理代を要求したそうです。クレームなので、最初の一回だけを請求して、後はクレームで全部タダなのじゃあ?と、すっかり思い込んでいたので、先生に聞いたら、全部一回毎に請求されたそうで、呆れてしまいました。・・で、今回も、請求されたので、流石に、そのまま持って帰って来たそうなので、私が自分で修理・・というか、秒針を捨てただけなので、修理にもならないし、3秒掛からなかったよ!!それだけの事に修理代を請求したり、自分の作業に対して保証もしないようじゃあ、そんな時計屋は、その内に潰れるよね。そんなプライドの無い仕事をしてどうすんの??以前も別の時計屋に電池の交換に1200円も掛かるので、ボタン電池を買いに言ったら、凄く怒って1個700円も取られました。その次のまた他の時計のボタン電池がなくなったので、netで頼んだら、20個で1000円しなくて、送料の方が高く付いたね。1個100円もしないのに、1200円も請求するんだよ。だって、時計を傷つけなくって開ける工具はダイソウにも売っているんだよ??あそこ100均じゃあないの??せめて、クレーム処理ぐらいはタダでやれよな!!  (`ヘ´) プンプン 私達の子供の頃は、自転車のパンクは、自転車屋でおじさんに、教わりながら、自分で直していたのだよ。軽石でこうコスってさぁ!とか、教わりながら・・だよ。あ~ぁ、昔は良かった・・なんて言わないよ!!


芦塚 隆 時計屋さんならまだ我慢できます。私の場合、掛け時計でしたけど、長針が動かなくなって(一流の)メーカーのサポートへ4回持っていきました。その都度、サポートでは御免なさいも言わないで、毎回修理費を取りましたよ。おかげさまで今や、近くの日曜大工のお店の1000円の掛け時計が宝物に見えます。2000円も出せば電波時計だって買えちゃうんですから。百均に行けばもっと安いのだってありそうですしね~ もちろん、お隣の国のお生まれですけど、、、、


大手メーカーなら、
「そんな事俺の知ったことじゃない」って、言う無責任なお役所仕事の人達が結構いそうなのだけど、一人でやっている時計屋が、自分の仕事に責任を持たないので、驚いてしまったのですよ。これじゃあ、TPPになって、お隣さん達の仕事の方が良くなったらどうすうんのかね??日本製とは、そういった質の良さ保証の良さで勝負してきたはずなのだけどね。携帯電話やパソコン等では、その無責任さに驚いた事もしょっちゅうあったけれど、日本のお家芸の日常品でもそういった意識では日本の将来はないよね。




携帯電話やパソコン、中身はほとんどが他所さんのお仕事ですよ。カメラだって、安いのは全部。うんと高級品だってかなりの部品が他所さんのお仕事。
ネジ一本まで完全国産にしたら、高くって買えないものしかできないでしょう。



仕事が他所の国に持って行かれるのは、つまり、日本の技術の衰退は、prideの拠り所が虎の皮(大樹)になってしまって、お金だけを要求するようになって、自分自身の仕事、そのものへの執着やprideが無くなってしまう事にあると思います。もし、自分の仕事が上手く行かなくて同じ故障が起こったら、それは自分の責任だと思うのだけど、仕事をノルマとしてしか、見ていないのなら、歯医者が自分が治した歯の治療が悪くて、再診に来た人からもう一度ボッたくるような医者なら、その医者は信頼されなくって潰れていくという話ですよ。安くても、高くても、その仕事をclientから信頼されるような仕事をするお店なら、どんなに小さな駅前の小店であったとしても、潰れることは無いと・・・、いや、現にあちこちで老舗の古い良いお店が潰れているか????いや~ぁ、現実は、ちまちま汚く儲けているお店の方が生き残れるのかね??アハッ!まあ、世知辛くなったもんだ!!


怖いことを言いますね。
会社なら、目的が金儲けだから、仕方ないと思える部分もあるけど、
目的が、ゲージュツとか、ビとかいう摩訶不思議なものに染まってしまった人たちの方が、毎日のお仕事、生活のたすきなんてのにどっぷりなんてののほうがもっと怖いし、その割に、むしろ当たり前の世界だから、、、



それは、日本を代表する極一部の人の話でしょうね。学習塾ならば、一クラス30人で月謝5000円でも、単位時間あたりの月の売上は15万です。同じ広さでもピアノ教室なら単位時間あたり月1万弱ですよ!巷の音楽教室の先生なんて、駅前の時計屋さんに比べても、もっと割が合わないのですよ。せめて似非技術家としてのprideにでも依り掛からないと、生きて行けないのよね!!武士は食わねど高楊枝!!ってか??



15年10月16日
発表会直前に、Cembaloをtuningしていて、爪が折れているのを見つけました。
普段Cembaloを演奏している子供達は、爪が折れている事を気づかなかったのですよね。
(私は殆どCembaloに触る事はなく、tuningの時にしかCembaloは弾きません。)爪は交換するだけでなく、voicing(ヴォイッシング)と言って爪を削って音の響き音量音色の調整をします。
勿論、cutterで削るのでやり直しはききません。
自分で調整した経験はないので、(spinetの時にはありますが、大型Cembaloでは、流石に怖いです。)楽器屋さんにお願いしようと思ったのですが、千葉迄来て貰うには、チョッとという事で、爪の折れたjackとその隣のjackを楽器屋さんに持って行きました。
爪と言っても、spinetの爪とは違うし、同じ大型のCembaloでも、ルッカース・モデルのCembaloと大型二段のグジョンモデルのCembaloでは、爪は勿論の事、jackの形状迄違うのですよ。
という事で、爪の交換とvoicingで2000円は覚悟していたのですが、何と無料だったのですよ。
それこそ、proの職人意識ですよ。
気持ちがスッキリしました。
何せ、今、大喧嘩中で、頭に来ている最中なので・・・。
(これは別口の話なので、ここではしません。職人魂の話には変わりはないのですが、またまた別の話なので、長くなるので・・)

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Bachの音楽の捧げ物からDuparcの L'invitation au Voyage Charles Baudelaireのお話
10月13日

発表会と反省会の間では、毎晩千葉と江古田を車で往復しました。
毎回、そんな面倒くさい事をやっている理由は、ベッドが変わると眠れなくなる・・というよりも、眠れるのだけど、腰が痛くなって起きれなくなるからです。
大人staffの慰労会と子供達の反省会が終わって、その日の朝に出たはずの江古田の部屋に帰って来ると、長い旅をしてきたようなデジャブな不思議な感じでした。
という事で、頭に響いて来た曲が、何と音楽大学時代にレコードを手に入れてよく聴いていたGérard SouzayのInvitation au voyage(旅への誘い)という曲です。
パンゼラよりも、私はスゼーの方が好きです。https://www.youtube.com/watch?v=-pUQEyoHyrA  
まどろみには、Bachよりも、こちらの方が優しいかも・・よ??愉しい??ちゃんとの語らいでも夢みてね?チビ太君!!

Gérard Souzay, vidéo "Invitation au voyage" 1960's footage.
youtube.com
10月13日 8:34

なら、こっちはどう?
https://youtu.be/DV4ivWraLro
ところで、この間、ピッチの話を書いてたけど、Souzayのピッチってどうよ?

Faure, Song Recital , Gerard Souzay, Baritone, side 1
youtube.com
10月13日 8:50

Faureの歌曲は、chansonの一昔前の小唄ですよね。
小唄なら、寧ろ Charles François Gounodの歌曲の方がおFrance風で素朴で素敵ですが、余り知られていないので、残念です。
先ず、チャールスではなく、Franceなのでシャルル・グノーで、例のAve Mariaの作曲家としてしか知られていません。
こんな素敵な曲をたくさん作ったのに・・。
持っていたレコードは今は江古田の教室で眠っているので、誰の演奏かは覚えていませんが、スゼーやパンゼラではなかったのは確かです。
Faure 繋がりでは、今度、クリスマス会のお楽しみ会で千聖ちゃんがFaure のÉlégieを弾く予定です。https://www.youtube.com/watch?v=F3q_HJN51uo 演奏はJacqueline du Préでザンス。
Fauré / Jacqueline du Pré, 1962: Elegie in C minor,…
youtube.com

10月13日 8:52
ブレンボイムと結婚した人ですよね。もっと若くって綺麗な人の演奏はなかったの?  なんせ私は音楽のことはからっきしわからなくって、興味の対象はもっぱらそっちだからして。
あっ、でもプロも同じことを言っていた。あしづかさん、才能ある子は捨てるほどいるあるよ。美貌よ、美貌が一番ってね。
あら、あなた、才能を育てる人だったっけ、ごめんね。
10月13日 9:05


いやあ、若くて美しい人の演奏は無数にありますよ。around20もね・・??
10月13日 9:35

それにFranceの若い美女は皆こんな顔でしょう?BBちゃんも・・
10月13日 9:43

pitchについてのお問い合わせがあったようで、歌曲の場合には、pitchは結構歌い手の音域に合わせて移調するのが普通なので、色々と問題ですな。私のDuparcの楽譜はmediumで、(私は基本血の滴るrareが好きなのですが・・)a mollになっています。でも、あくまでmedium用なので、元調は知りません。Charles Panzera の歌っている方がa mollです。Gérard Souzayは半音低くas mollで歌っているのですが、レコードの回転の性かも知れませんが・・。まあ、随分印象が違いますよね。
10月13日 12:59

netを見ていたら、プーランクが伴奏をしている演奏もあるそうです。興味はあるのだけど、有料だったので開いていません。
10月13日 13:08

この低いピッチ、私結構好きなんですよ。のんびりとしちゃうというのか、落ち着いちゃうっていうのか、、、
10月13日 18:39

蒸し返しのお話ですが、 L'invitation au Voyage Charles Baudelaire のDuparc以外の作曲家でchansonの作曲家の作品がありました。
同じ歌詞なので、面白かった。
http://blogs.yahoo.co.jp/alfonsina・・・/11281614.htmlのサイトで聴けます。
小唄の世界だから何とも軽いのよね。
旅へのいざない L'invitation au voyage - 朝倉ノニーの<歌物語>





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Facebookには掲載されなかった一言



10月12日 1:47 ·
11日は娘のオ〜ケストラの発表会でした
気付いてみたら、一番歳上の娘
可愛い後輩達が最前列で見上げる中での生徒の中でのラスト演奏。
3歳から14年間2回の皆勤出演。
将来の夢、プロへの夢は厳しい。2月の入試まで、ラストスパート。
皆んなが応援してくれています頑張ろう❗


10月20日14:01
チョッと一言、追記します。
梨紗ちゃんがorchestra出演者で最年長なのは、彼女が音大進学希望者で、音楽大学進学希望の生徒さんはorchestra室内楽の参加が義務なので、歴代の音大進学希望者や、留学希望者は、発表会も必須参加になります。

また、教室の発表会の企画構成では、大学生(20歳以上)からは、基本、音人の会の出演になりますし、(前年の音人の会に、梨紗ちゃんと春暉君が前回の音人の会に参加したのは、受験のためのsimulation練習としての例外措置です。)

(これは、音人の会は、お酒が出るから、未成年不参加が建前になっているからです。)


また、当然の事なのですが、教室の在学生でも、一般大学への進学希望者や、浪人生達は、本人達の希望で、発表会には参加していませんが、発表会には何時も裏方としては、参加してくれています。
決して、梨紗さんが高校生として、最年長ではないのですが、その子達が、表舞台には登場しないので、会場のお客様達からは見える事がないので、梨紗さんが最年長だと思われたのかもしれませんが、頑張ってくれている生徒達に可哀そうなので、敢えて投稿しました。

今回に限らずCembaloの搬入や搬出、検見川教室への階段の担ぎ上げ等々の作業は、発表会には出演しない男の子達が影でサポートしてくれています。

発表会の下準備や後始末は、これも本来ならば、音楽大学進学希望の生徒達が、以前は(昔の生徒達は)自主的にそう言った作業も、例え女の子であったとしても、皆、泊まり込みで、手伝ってくれていました。

発表会にお客様として出演するのは、一般の人達の場合には、搬入や搬出迄をお手伝いするのは、本当の好意なのですが、そういった作業は、音楽を職業とする限り、学ばなければならない大切な作業であり、勉強の一貫なのですが、そこいらの考え方も幾度となく説明をしたのですが、今の学校教育や、塾教育に慣れ親しんでいる人達には、一般人と音楽を職業とする職人の違いが、どうしても理解しては貰えないようなので、今回も、今現在の専科生ではなく、一般大学進学の男の子達が、早朝から、最後の楽器の教室への搬入迄、手伝ってくれました。

そう言った私が頑張って作り上げた教室のproになるためのcurriculumであり、そのcurriculumを熟す伝統のような物が、八千代の前辺りから無くなってしまったのは、教室としては残念です。

また、発表会はあくまで希望参加なので、発表会に全く参加していない(裏方としても、参加していない)生徒もいます。
そういった生徒達は、保護者の方達の目にとまる事はないので、教室には存在しない生徒のように思われてしまいます。
しかし、こういった一見すると教室に非協力的にも見えてしまう生徒達も、受験の当日もレッスンを休まない熱心な生徒が多いのです。

オケ・室内楽の企画では、通常は、参加者が少ない場合には、OB、OGを呼んで、お手伝いをして貰う事も多々あるのですが、そうすると、オケ・室内楽の参加者達がOB・G達に依存してしまうので、いつまでも自立が出来なくなります。

・・・という事で、今回は、受験直前の梨紗ちゃんが練習や本番を通じてリーダーシップを取る勉強を兼ねて、出演者が少ないのですが、助っ人は敢えて呼びませんでした。

それでも斉藤先生がtopで演奏すると、斉藤先生に生徒達が頼ってしまうので、今回のprogramでは、敢えて斉藤先生も参加していない室内楽を作ったりして、梨紗ちゃん達のリーダーシップの勉強が出来るように配慮しました。

オケ・室内楽が最年長である・・という事は、
「いつの間にか・・」、という、「年功序列の最年長」ではなく、教育的な配慮なので、その旨、ご理解ください。
これも
「江古田詣」と同じ事なのですよ。
学校教育で学べる事を教室が、敢えてやる必要はないのですよ。
目的を持って、何かに邁進している子供達に取っては、一般の考え方は誤った道標なのですよ。
人の出来る事をやっても、proにも、athleteにもなれないのですよ。


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10月8日の掲載の補足説明

以前に掲載していたHennry purcellのChaconyのshort・octaveについての補足説明です。
下の写真は、生徒達のCembaloのtuningのlecture風景(練習風景)です。

これは花園に置いてあるspinetで、下の音がCまでしかありません。
今現在椎名町に置いてあるspinetよりも、低音域はキーが1個少ないのです。(勿論、高音域も少ないのですがね。)

前のHennry purcellのtriosonateのChacony gのbasso continuoは、b(♭)が最低音なので、この場合には、c(#)の音が使用されないので、short・octaveでは、C(#)をb(♭)にtuningするか、C#をCにして、Cをb♭にtuningする2通りの方法があります。

右側のspinetは、椎名町教室に置いてあるspinetで、花園教室にあるspinetよりも少し大きなspinetです。
ですから、Cの下にもう一つHの鍵盤があります。

私の場合には、tuningが面倒くさいので、c#をb♭にtuningしてしまいますが、もう一つのc#をcに、cをb♭にする方が一般的です。

それから蛇足ですが、別のコンテンツでも書いているように、今回の10月の発表会では、tuningを平均律ではなく、純正律のmeantoneのbaroqueの調律法で調律しています。



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10分の1のKontrabass



小学校のorchestraで、それでも小学生としては、大きな子供が、Kontrabassを演奏する時、指が届かないので、全部の音を人差し指(1の指)だけで演奏しているのを見て、それでは本当の楽器の指導は出来ないから、・・という事で、2分の1と10分の1のKontrabassを製作してくれる楽器製作者を探し出して、特別にオーダーで作って貰いました。これで正しい指使いや、楽器の弾き方等を指導出来ます。

これから先は、Facebookには掲載していません。もし、掲載したら、私へのpassingのコメントで、炎上してしまうからです。
よく私の演奏や演奏の指導を聴いた人から私の音楽が「立体的に聞こえる」と言われる事がよくあります。それは作曲家としての演奏の解釈と演奏家の曲の弾き方の違いかもしれません。
小野田有紗ちゃんの繋がりで、今回はChopinのcompetitionで、優勝は韓国の青年でしたが、とても繊細で素晴らしい演奏でした。
しかし、左手のBaßのmelodieが時々音が不自然に強くなってしまって、私達がBassführungと呼んでいるBaßのmelodieが右手同様に美しく歌われていないのは残念でした。右手のmelodieが申し分ないのに、左手のBassführungと、背景として控えめであって欲しい内声の和音が、うるさかったのは残念でした。

Pianoを学ぶ人達は、左手のBassführungが苦手です。それはPianoが一人orchestraであって、自分だけの自己満足的な楽器であるからです。
それを矯正していくには、室内楽を勉強すると良いのですが、コンクールに追われて、ひたすら技術の勉強だけをしている人達には、その機会は無いようで、どうしても幾つかの問題点を見つけ出す事が出来ます。
子供の内から、orchestraの縁の下の力持ちであるKontrabass等を学ぶ事で、音楽の土台となる和音の動きを身に付ける事が出来るようになります。
昔のPiano専科の生徒達は、皆Kontrabassを学んで、そういった和音感や、orchestraを学びました。
専科生という分けではありませんが、教室のPianoのリーダーである美帆ちゃんや智子ちゃんもなかなかのKontrabassの名手ですよ。




本当は、この10分の1のKontrabassは、私の「売り」の楽器だったのですが、私自身が10年以上も病気療養で、お倉に入ったままだったので、
「もう、売るのは無理なのかな?」と、考えていたのですが、夏の体験レッスンでのKontrabassの演奏をとても気に入った生徒達からのKontrabassの申し込みが多かったので、「10分の1のKontrabass隊を作りたい。」と、牧野先生に頼まれて、今回、仕方なく、泣く泣く生徒達に貸出ました。
勿論、一度、貸出に使用した楽器は、売用にはなりません。
また、楽器の貸出料も、発表会費で消えてしまうので、私の手元には入りません。
という事で、200万近い損失です。
勿論、教室で作った備品ではありませんので、貸出用にした楽器の損失は私の個人財産の目減りになってしまいます。

baroqueviolinだけでなく、10分の一のKontrabassも、私個人の私品で、作ってくれる製作者を探し出して、大変な金額を出費をして、作って貰った楽器なので、私としては、貸出をするのは辛いのですが、昔と違って、専科生が全くいない、今日の教室では、幾ら上手だとしても、強制的に買わせる事は出来ないのでね。



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10月26日 7:10 ·
クリスマス会の全体合奏の曲の新曲.モミの木
24日の深夜は凄い突風が吹いていて、椎名町の事務所から自宅にバイクで帰る時には何度か、バイク毎吹き飛ばされそうになりました。
25日はその突風に雲が吹き飛ばされてしまったのか、雲一つない素晴らしい秋の空で、部屋の中で練習よりも、写真でも撮りに行きたいような素晴らしい天気でした。
でも、今日はクリスマス会と来年の春の発表会に向けての楽譜渡しと、お姉さんお兄さん達の初見の模範演奏で曲のお披露目がありました。
      

      

  


写真の1枚目はお友達に名前を覚えて貰うための自己紹介です。
お姉さんに助けて貰いながら、初めての自己紹介です。
全体合奏の練習等の午前の練習が終わって、お茶菓子での休憩でお友達とおしゃべりtimeです。

それが終わると、お姉さん達が演奏している傍で楽譜を見て、曲のimageを作ります。(初見大会の普段の光景ですが、何せ、お姉さん達はin tempoで演奏するので、目が白黒です。
練習は一人一人に合わせてゆっくり練習を始めるので、大丈夫だよ!??)写真は前後していますが、一番最後の写真の練習風景は、今度のクリスマス会のために、昨日に牧野先生に作曲を頼まれたモミの木の全体合奏の曲で、作成途中の曲の試演です。出来たてホヤホヤの未だ湯気の立っている曲です。
後の部分は、顔見せの会場で誰が演奏するのかを確認して、その子供達に合わせて曲を書いて行きます。
写真の説明はこれまでにして、夜になると、体中がかじかんでしまうほどの真冬並みの寒さでした。
昼間は結構、暖かい・・というよりも、暑いぐらいだったし、結構な荷物になるので、ワザと持って来なかったのですが、荷物になっても、やっぱり集めの服が一枚別に持って来た方が良かったです。
・・って、後悔するのは、この所、毎日の事なのですがね。
懲りないのですよ。・・・・アハッ!


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10月26日 8:28
.
昨日(25日の)初見大会のお姉さん達の演奏なので、先程、写真でupしたのですが、やっぱり動画ではないとその雰囲気が中々出ないので、頑張ってupしました。

勿論、模範演奏のための練習時間はないので、(子供達も結構忙しいのですよ。今の子供達はやることが多いので・・)その分、間違いも多いのですが、この楽しげな雰囲気はなかなかです。昔、演奏した事のある生徒さんも、昔々の話なので、殆ど新曲です。
小さな子供達は、自分の持ち曲を初めて聴くので、譜面を見ながら、お姉さん達の演奏に目をパチクリですが、その小さな子供の表情もいいですよね。
それにしても、画質の低下は酷いなぁ??トリミングの性??それともFacebookの容量の問題??
 オケの練習の次の日は私は基本的には、疲れて一日中半分寝込んだような状態なのですが、頑張って動画の編集とuploadをしていたのですが、流石に、朝9時頃迄になると、意識が朦朧として来たので、慌ててベッドに潜り込みました。
お昼になって、何とかもう一度起き出して、仕事のcheckを始めました。
今日はlessonが途中から入るので、通常の仕事が余り出来ません。
という事でその下準備です。
今日もとても良い、(天高く馬肥ゆる)秋のようです。
・・相変わらず、寒そうですが・・。。


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Veracini sonate accacemiche Op.2Nr.12 passacaglia
チョッとお話があちこちに飛んでしまって、散漫になってしまうのですが、先ず、教室の発表会の曲のrepertoryのお話です。

教室では、レパートリーがマンネリ化しないように、常に新曲を加えるように心がけています。
また、私が課した発表会のルールとして、一つの発表会の中では、生徒達が同じ曲を演奏する事がないようにしているのですが、同じくらいの生徒達が多くなると、同レベルの曲が、見当たらないという事になって、選曲に大変困る事にもなりますが、それも先生達の曲のrepertoryがマンネリ化しないように、新しい曲の開拓のためでもあります。
常に、新しい曲を演奏するという事は、古いbaroqueの曲だけでなく、近現代の曲も、幅広く知らなければならなくなって、本邦初演の曲も結構数多く出てくる事にもなります。

  という事で、これから先は、今回、演奏するVeraciniのpassacagliaのお話になります。

 今は昔、私が未だ若かりし頃、つまり、50年近くも前の頃のお話ですが、よくMünchenのMaria教会の近くの楽譜屋に、学校帰りに寄って、古い楽譜を漁りに行くのが、一つの趣味でしたが、その頃、その楽譜屋さんで、orchestraversionのVeraciniのpassacagliaの古~い楽譜を見つけて、買い求めて来ました。
結構、曲が難しいし、大学を離れてしまったので、orchestraとの関係もなくなって、また指揮をする機会もなく、また全然無いという事でもなく、区に委託された事もあったのですが、自分の勉強を犠牲にしてまで、amateurorchestraを育てて行く興味も無かったので、日本に帰って来てからは、その曲を一度も顧みる事もしないままに、楽譜は、お倉に入ったままの状態でした。

Veraciniは結構好きな作曲家の一人で、München時代には、既に、このorchestraversionのVeraciniのpassacagliaの元曲であるNo.12のd mollのpassacagliaの入っている全集である、sonate accacemiche という曲を、全曲を揃えて持っていたのですが、それはbaroqueviolinの曲なので、これも私の若い頃には、そういったbaroqueの曲を演奏をするという事は、あり得なかったので、そういった機会に恵まれないままになっていました。
私が、自分の生徒である教室の先生達にbaroqueのperiod奏法を教えるようになったのは、それから20年近く経った後の1985年ぐらいからのお話になります。

その頃から、私の私財を投じて、私の弟子達に、baroque楽器を買い揃えたり、演奏法を指導したり・・して、period奏法での演奏が可能になったのは、この10年、20年ぐらいのお話になるのです。(それでも、世界の最先端を走っているのですがね。)

  前回の発表会の時に、小学6生のひかりちゃんがYou Tubeで、Veraciniのpassacagliaを聴いたらしく、
「violinでVeraciniのpassacagliaを弾きたいな?」と言っていたので(ひかりちゃんはPiano専科の生徒ですからね。)、そのVeraciniのpassacagliaの楽譜をひかりちゃんにpresentしたのですが、その曲はbaroqueviolinの曲の中でも、非常に高難度の曲に属して、斉藤先生達が1年掛りでchallengeをしなければならない程、難しい曲なのです。
勿論、難しい・・という意味は、baroque奏法としての意味だけではなく、技術的にも難しい・・という意味です。

 また、orchestraversionの方の曲も、当然、原曲が難しい分けなので、orchestraの曲も異常に難しいので、演奏を試みないままに、40年以上、否、50年近い歳月が過ぎてしまったので、自分の齢も考えて見ると、このままでは、この曲は、一度も日の目を見る事がないままに、お倉の中で、ゴミになってしまうかもしれない、という事で、今回、意を決して、発作ついでに(このお話は別項でします。)擬古典versionのVeraciniのpassacagliaを、今回の発表会の教室の新曲として演奏する事に、急遽、決めました。

この曲は譜ヅラと実際の音のimageが全く違い、とてもenergischな曲なので、生徒達は曲がとてもカッコ良いので喜んではいたのですが、
「最後まで、演奏の体力、気力が持たない!!」と悲鳴を上げています。

この曲は当然、本邦初演になるはずですが、それ以上にYou Tubeでも、このorchestraversionのarrangeの曲が見つかりません。ですから、世界的にも演奏されるのは、遠慮して、世界初演ではないとしても、今回が何回目・・というぐらいの演奏回数だと思っています。

   (それはそうと、またまたまた、Facebook上で、入力した文字が片っ端から消えてしまう・・というbugが起こって困っています!!なぜでしょうか??取り敢えず、一度編集を終了させて、ログアウトしてから、もう一度、書き始めてみる事にします。) 

右上に掲載した楽譜は、今回の発表会で演奏するVeraciniのorchestraの曲の原曲である「Veracini sonate accacemiche Op.2Nr.12 d moll passacaglia」の冒頭の部分です。
とても長大な曲で楽譜1冊が、まるまる1曲になります。
元曲の方は、You Tubeで、聞くことが出来ます。
  https://www.youtube.com/watch?v=Vg1ZzYblmeM


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Roland 電子harpsichord

10月は11日の発表会の3日前に発作を起こして、私が私財を投入して、viola da gambaを購入したというお話は、以前upしておきましたが、今回は、10月の27日にRolandの電子harpsichordを発作的に購入しました。
でも、今回は教室が購入しましたけれどね。

何故、発作的に・・か、と言うと、先ず、今回の発表会で調律したmeantoneの調律やその他キルンベルガーやベルグマイスター等々の古典調律や、数種類のbaroquepitchに対応していて、未だ、実際には弾いてはいないので、分かりませんが、Cembaloの弦を爪でハジくnoiseや、touchの鍵盤の音のnoise、それと、弦を爪で引っ掻く時の感覚も再現しているそうです。

しかも、forte-pianoの音がその時代の音3種類から選べて、おまけにオケ教室にある positiv organの音も8’と8+4の二列で再生出来るそうで、baroqueから古典までの勉強ならば、何から何まで至れり尽せり・・・という感じでもあります。
Cembaloは他の楽器と合わせをする(ensembleをする)前に、調律をしなければならなくて、1曲の練習の中で、色々な古典調律を試みるのは、不可能です。
しかし、電子harpsichordなら、ボタン一つで、tuningを切り替えられるので、それはとても魅力です。

また、forte-pianoについてですが、本物のforte-pianoは、今は、未だ試行錯誤の時期で、本当にちゃんとしたtouchや音を出す楽器が一般に手に入るようになるまでには、後30年は掛かるそうで、今は買わない方が無難というadviceを(forte-pianoの製作者の方から)頂いています。

検見川教室のpositiv organ(右側の写真)は、男性3人なら搬送出来るかもしれないけれど、腰痛の女性の先生達では、Organを搬送する事は、今は不可能です。

そう言った意味で、今回の発作を起こしての買い物であるRolandの電子harpsichordは、教室の生徒達の練習や演奏会に多くの可能性を引き出してくれるのでは?・・・と期待しています。
保護者の皆様の前には、先ずはクリスマス会でAlbinoniのadagioの positiv organの役で、お目見えする予定です。


      



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11月2日 7:23
.
何度も文章書いて投稿しているのですが、文字を入力すると、前の文字が消えてしまったり、入力した文章を確定させると、文章全体が消えてしまったり、果ては、投稿した原稿そのものが、全て消えてしまって、この文章を書き直すのは、3度目です。腹立つ~ぁ!!勿論、ワードやoutlookは普通に文章が書けるのですよ。Facebookでは、結局、チョッとした文章でもupload出来なくなってしまって、元の文章は何を書いていたのか、すっかり忘れてしまいました。え、え~と~、・・・・なにを書いていたんだったっけ??
 あ~あ、もう、いいや!!!

11月2日 18:17
丸、半日経って、昨夜、Facebookに、なにを書いていたかを、やっと思い出しました。

椎名町のワン散歩の目的地である大きな公園に大きな柿の木があって、そこに実もタワワに柿の実がなっていて、とても美味しい柿でしたが、公園の近所のおばさんが実が落ちて汚いので、と区役所に文句を言って、区役所の職員の方が枝打ちをして、実の生っている枝を全部切り落としてしまいました。

熟れた柿の実が落ちて汚い・・と、いう事なのでしょうが、私のような子供の頃、ド田舎で育った人間にとっては、熟れた柿の実が地面に落ちても、虫達の餌になって、自然のサイクルになるので、東京のような都会の世知辛さを感じてしまいます。
木を伐採している時に、近所のおばさん達が
「あ~っ、これ、貰って行っていいかしら?」と職員に尋ねたら、「良い・・とは言えないんですよ~!」と、言っていたそうです。
私は、「事故は自己責任で良い」と、思うのだけど、学校のチョッとした子供同士の喧嘩ですら、学校に怒鳴り込む親の多い世の中なので、
「子供同士の怪我なんて、当たり前じゃないの?」って、考え方の方がマイノリティーなのだそうですよね。
・・
「智に働け ば角が立ち、情に棹させば流される・・とかくこの世は住みづらい!!」
いや、マジ、・・だなや! 
追伸:これがその公園の柿です。・・・美味しいよ!!



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DellのパソコンとRolandの電子harpsichordと足の爪の初期不良
11月3日 2:33
10月中に、発作を起こして、買ったものは、viola da gambaとRolandの電子Cembaloだけではなく、パソコンも買い直した分けなのですが、果さて、事の顛末は・・、トザイ、東西~!です。

先ず、パソコンは1月近く待ってやっと着いたので、早速、インスツールを始めたのですが、パソコンにpassを入力を求められたのですが、買ったばっかりのパソコンにpassがあるわけはないので、そこをskipするようにクリックをしたら、ループを始めて、Dellに問い合わせたら、何と初期不良で交換という事になって、返却してから、新しいパソコンを送り直すので、これから更に、2ヶ月近く掛かると言われて、すっかり頭に来てしまいました。
また後日、Dellから電話があって、今、同じ商品をそのままの電話で、発注すれば、 2週間近くで新しいパソコンが着いて、それと同時に初期不良のパソコンを引き取って、それを解約すれば良いと言う話だったので、そういう形にしました。

  

次に、Rolandの電子harpsichordですが、なんと組み立ててみたら、両方とも左足だったのですよ! !
今あわてて、クレームのメールを出したところです。

   


メーカーの品質管理を疑いますね。Rolandの方は恐らく同じユニット毎に管理されていて、発送段階で各ユニットを1式にsetする段階で間違ったんでしょう・・・シランケド(笑)
それにしても最終点検がお粗末ですね。

Dellのパソコンもそうですが、国産ならこういう事はないのでしょうがね。どちらも、本体自体はとてもよく出来ている製品だと思うのですが、checkがお粗末ですよね。Dellのクレームは、電話を受けた人が外国の方で、お互い、言葉が聞き取れなくって、困りました。

今日は思いっきり右足の人差し指をぶつけてしまい、爪が半分剥がれそうになってしまいました。痛いのとなかなか血が止まらないので、困ってしまいました。
10月は、誕生月というよりも、厄月と言った方が良いのかな? いや~ぁ、神も仏も神無月!!

お怪我おだいじになさってくださいませ!
ありがとうございます。どうも、足腰が弱っているようで、下半身にトラブルが集中しているようです。
これも経年というのですかね。


メーカーの品質管理を疑いますね。Rolandの方は恐らく同じユニット毎に管理されていて、発送段階で各ユニットを1式にsetする段階で間違ったんでしょう・・・シランケド(笑)
それにしても最終点検がお粗末ですね。

Dellのパソコンもそうですが、国産ならこういう事はないのでしょうがね。どちらも、本体自体はとてもよく出来ている製品だと思うのですが、checkがお粗末ですよね。Dellのクレームは、電話を受けた人が外国の方で、お互い、言葉が聞き取れなくって、困りました。

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11月6日14:13
やっと、新しいパソコン届いて、同時に集荷も済んだ。
それで、早速、立ち上げて見ると、最初の立ち上がりから、動きが全く違うので、やっぱり前のは不良品であったようだ。でも、初期設定の途中で一回はfreezeしたよ!やっぱり、windows10は不安定なのだよな。
(またまた、Facebookにuploadしようと思うとFacebookの不具合で、最後の文字が消えてしまう。何度も打ち直して、やっと入力出来る感じだ。ヘルプを参考に調べても、全く、出てこない!こんな具合だ(。)))何度(打っても次の)文字を打つと消えてしまう。カッコ内(は)打ち直した文字!!面倒・・・・いやあ~ぁ??まるで断末魔の意識の混濁のようだ!一度、uploadすると、正常に戻るような感じもあるのだが、どうしてだろう??

基本の設定を終えて、windows10の感想はcore i3でも、サクサク動いているようなのだが、やはりwindows7よりも遅い!
core i7はないと動きは悪いのだろうが、そんな金はない。
月曜日にはRolandの右足だけが届いて、交換をする予定です。
それで全ての故障が正常に戻るのだろうが、問題の足の指は相変わらず痛い!!
未だ、風呂にも入れない!
困った!!


いいね!とは押しにくい状況が続いていますね。

ありがとうございます。
10月も終わって、神様もそろそろお帰りと思いますので、日々是好日の全て世は事も無しの日々が戻って来る頃ではないか・・と思っています。
パソコンも初めてのwindows10ですが、なんとか初期設定を終わり、今の所正常に動いていますが、何時、また故障するのか、未だ、怖くて、搬入してきた段ボールを捨てれません。
昨日は外付けのハード・ディスクを取り付けました。
それにしても、8.1のあの変な画面は何処に消えたのでしょうかね?
windows10は、まるで出来の悪いw7そのままですね。
速度の遅い、頭の悪い7ですかね??

神様がお戻りになる。ああ、そういうことでした。

synchronicityとでも言うのでしょうか、兄貴も10月は変な事がいっぱいあって・・というblogを書いていました。
やはり、神様がお留守だと、・・・??




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11月7日5:45
足の指の半分爪の取れかかったようなバンドエイドを見た皆様から、「何に足の指をぶつけたの?」とよく聞かれるのですが、説明するのが難しく、とても面倒くさかったので、うやむやにしていたのですが、写真だと状況とその対象物の説明が意図も簡単なので、私的な事ではあるのですが、uploadする事にしました。

最初の写真は、真っ暗でよく分からないのですが、3っの部屋が交差する昼間でも灯りの届かない死角があります。
実は、この中に思いっきり指をぶつけた物があるのですが、その説明がまたまた難しい!
闇夜のカラスは写らないのですよ。

右側の写真は全く同じ場所を明かりを付けてフラッシュを焚いて撮影したものです。
普段ならば、部屋の死角となって、死んでいるその場所ですが、その死角の部分を利用して、そこにプリンターとパソコン・ラックを置きました。
実際に作業する時には、壁に延長コードで灯りを取り付けているので、その灯りで作業をしているのですが、灯りをつけないと、普段は上の写真のように、お昼でも真っ暗です。
右下の写真の車の付いた椅子は、本当は花壇の作業用のものですが、トイレの掃除や一番下の段のプリンターで作業をする時に使っています。
かがみ込んでの作業は、腰や心臓に負担が掛かってしまうので、無理なので、この車の付いた椅子は重宝しています。
この真っ黒い稼働式の椅子に、真っ暗で見えなかった事もあって、思いっきりぶつけてしまったのです。
かろうじて、爪が剥がれないで残っています。哀号!!

       


お怪我おだいじになさってくださいませ!
11月3日 4:10
ありがとうございます。どうも、足腰が弱っているようで、下半身にトラブルが集中しているようです。これも経年というのですかね。


メーカーの品質管理を疑いますね。Rolandの方は恐らく同じユニット毎に管理されていて、発送段階で各ユニットを1式にsetする段階で間違ったんでしょう・・・シランケド(笑)
それにしても最終点検がお粗末ですね。
11月3日 6:01


Dellのパソコンもそうですが、国産ならこういう事はないのでしょうがね。どちらも、本体自体はとてもよく出来ている製品だと思うのですが、checkがお粗末ですよね。Dellのクレームは、電話を受けた人が外国の方で、お互い、言葉が聞き取れなくって、困りました。


「かろうじて爪が剥がれないで・・」と書いていたのですが、バンドエイドを剥がして、張り替えようとしたら、爪はグラグラで、何時剥がれ落ちてもよい状態でした。もう、ぶつけてから2週間ですが、未だ治らないのですよ。糖尿病で、兎に角治りにくいのです。それに、血が固まらないような薬も飲んでいるので、怪我は絶対にタブーなのですがね。兎に角、足腰が弱っているようです。困った!困った!!頑張って、痩せるしかないのかね??

管理栄養士に「1日クッキー3枚減らせば、1年で8kg減りますよ」。と言われ、今、その気になっています。1週間目です。

私は、「肥満は管理栄養士の人には理解出来ないのでは?」と、思っています。私が以前掛かっていた医者は「食わなきゃ、痩せるのよ!」って、言っていました。
私の経験では食わなければ、逆に太るのですよ。
肥満の対策には大きな二つの問題があります。その一つは、老化による内蔵の衰えなのです。食べても食べてもエネルギーに変わらないで、ついつい食べてエネルギーの不足を補おうとします。
結果、慢性疲労が溜まってしまいます。
後は、人間の体のエコです。
食事を減らして痩せようとすると、人間の体は、基礎の代謝量をどんどん減らして行きます。
食事を制限して1000カロリーにすると、体はそれに対抗して、基礎代謝を1300から900ぐらいまで下げてしまいます。
だから、食事制限をしても太り続けるのです。
基礎代謝が700から600ぐらいになると生命維持に必要なカロリーになるので、寝たきりになります。
でもそれでも太り続けるのです。
人間の体はとても優れたエコ器官なのです。
痩せる方法は一つしかありません。消費カロリーを増やす事です。筋力をupする事がその解答になります。でも、老人になって、運動療法が出来ない場合には、もう、打つ手はありません。
体を直すのが先決になります。


同じデブなら食わなきゃそんそん。そういえば、散歩もしろと言っていたことを思い出しました。

デブになって、散歩をすると、膝腰に来ます。無理をすると、最悪今度は心臓に来ます。運動しろ!と言われて、運動をして寝込んで・・を繰り返しています。言われて痩せられるようなら、(リバンドもなく・・)即、ノーベル賞でしょうね。





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10月28日に電子harpsichordを発注して、10月31日に届いたのですが、忙しくて、やっと11月の3日に開けてみたら、足が両足とも、左の足で、クレームという事で、右足だけを送って貰う事になっていましたが、今日、(11月の10日ですが)、パーツの交換ではなく、楽器全体を交換するという事で、組立もPianoの運送の人達がやってくれました。

この楽器自体は、音も素晴らしく、Cembaloの場合には、爪を引っ掻く感触まで再現されていて、引っ掻く時のnoiseや、鍵盤の底にあたる時のnoiseも自由に表現する事が出来るのは、チョッと驚きです。
positiv organも、8feetの1列や8.4の音列を選ぶ事が出来、しかも、 positiv organの音色の域を超えないので、素晴らしいです。

ただ、個人的には、forte-pianoの音色は、私の期待する当時のforte-pianoの復刻の音とは違った音(少しmodernなPianoよりの音かな)だったようで、また、折角、Cembaloの場合には、爪で弦を引っ掻く感触まで、再現しているのに、forte-pianoの独特のtouchは、全く再現されていなかったので、forte-pianoに関しては、ただのお飾りなのかな?と思っています。

それはそうと、古典調律も、5種類から選べるし、pitchcontrolも付いているし、baroquepitchも、細かく教室の418のpitchに対応出来るので、楽器そのものとしては、本来的には至極、満足しています。
しかし、折角、正面の絵と足のステンドグラス風の模様は色々と好みに応じて、交換出来るらしいのですが、homepageの中ではそのオーダーのサイトが出てきません。
その絵の事に付いては、何処にも書いてないのです。
だから、電話で問い合わせなければならないのが、面倒くさい。
クリスマス会でお目見えなので、クリスマスに準じたbaroqueの絵画があれば是非購入したいと思っているのですがね。

後は、折角、compactなので、是非、色々な所に持ち運びたいのですが、その搬送用のcarrying caseが売られていると、有難いのですが、それも、色々と調べてもないようなので、外注で作らなければならないのかもしれません。
この楽器の重さは、微妙で、本体のみなら25㌔なのですが、足(スタンド)も一緒にすると、38㌔もあるので、楽器の両端を持って運ぶのは、チョッと難しいようです。
でも、しっかりとした楽器のcarrying caseがあれば、男の子なら、一人で運ぶ事も可能でしょうしね。(勿論、車から会場迄・・という意味ですがね。)

carrying caseは、オーダーすると、とても高いので、既製品のKeyboardでsizeの合うものを探してみたのですが、今の所、全く見つかりませんでした・・。
そこの所は、目下考慮中です。


楽器屋さんで試奏したことがあります!チェンバロの鍵盤のぷちっとした感触が出ていてすごいと思いました!
勿論、鍵盤で爪が引っ掛かる感触は凄いのですが、爪の引っ掛かる時のnoiseや鍵盤を弾き切った時に出るnoiseの強さを自由にcontrol出来るのは、本当にビックリしました。感激でした。正にCembalo特有のnoiseなのでね。

以前、弾いたことがありますが運搬のしやすさ、ピッチの調整などもあって装飾もありオシャレでいいですよね。
今回の秋の発表会では、CembaloはmeantoneのE♭で調律しました。
しかし、Hennry purcellのChacony gの和音の中に、N6(ナボリの6)の和音が出て来るので、その和音の部分は、とてつもない飛び上がるようなWolfの汚い音がします。
E♭とA♭(G#)の4度を含んだ和音です。
そのWolfton を避けるために、 Kirnbergerの第三調律や、Werckmeisterの調律をするのですが、純正調というよりは、平均律と余り変わらない響きがして、meantone程、純正の美しさ
が出ないのですよ。
純正律の美しさはMozartや、Chopin等の作曲家達がその調律を愛用して、その純正調のために曲を作曲しています。

当時のforte-pianoは枠が木製だったので、演奏している最中にも狂って来るように、狂いやすかったので、violin等と同じように、演奏する前に調律をしなければならなかったのです。
当時は、作曲家が自分が演奏する曲に合わせて調律をしたのは、当たり前の話です。
平均律のtuningが一般的になったのは、Pianoの弦を支える枠が鉄骨になってからなので、それは1850年ぐらいからの話です。
勿論、ChopinのPleyelのPianoもforte-pianoなので、調律は当たり前だったのですよ。
MozartのPianosonateのB Dur等のmeantoneで調律されたforte-pianoの演奏を聴く機