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Johann Pachelbel=Ashizuka Chaconne in f




1月      

1月1日明けましておめでとうございます

1月1日『即興演奏とSequenzと速記法』

1月2日baroqueの即興演奏

1月5日仕事始め

1月5日Facebookをhomepageに移行させる意味について

1月6日ハイツの断水とgasfanheater

1月8日夢見が悪くて

1月8日非公開のmemo

1月9日緊急事態宣言と下水の高圧洗浄·

1月10日非常食での林ライス 4:25 ·

1月10日今日は-4°だそうです。

1月11日糖質cutの電気釜が

1月13日歯医者とFacebookのお引越し

1月13日『日本人の音楽家の持つ誤った奏法』

1月14日『取説の理解は取り敢えずやって見る事から』

1月15日『古いパソコンの話しといつものFacebookの悪口』

1月15日『腸風邪になった!』

1月16日『Facebookのお引っ越しの作業』が終わった!

1月17日『芦塚先生のお部屋のHome Pageの改訂』

























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2月



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3月




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4月











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5月












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6月













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1月


1月1日明けましておめでとうございます·
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新年明けましておめでとうございます
本年もどうぞよろしくお願い致します
2021年の1月の1日の早朝ですが、VivaldiのOp.ⅣNr.6のCembalo譜を作成していたので、初日の出はどなたかにお任せする事にして、これから惰眠に入る事にします。
それはそうと、今は練馬区は-2°だってよ?
寝室は寝る時には暖房は入れないので、パジャマくらいは着て寝た方が良いのかな?
(昨晩からの話ですが•••)
少し早めの11時くらいに、月見海老天•年越し蕎麦を食べて、年越しの年跨ぎは毛ガニを食べました。
少しカロリーオーバーかも知れないけれど、昼食夕食兼用の年越しのお蕎麦なので、まあ、そんなもんかもね??
お蕎麦のそばにあるおせちもどきは、つまみ代わりなので、全部食べた分けではありません。
少し摘んだだけです。
今年はどう言う分けか、コロナ対策の各自バラバラの、ボッチ年越しです。
小池さんから表彰されるかもね??アハッ❢
テレビを見ながらの年跨ぎは、毛ガニを食べるのが直ぐに面倒くさくなって来て、飽きて来たので、FinaleでVivaldiのOp.Ⅳの6のⅠ楽章のCembaloのpartを作りました。

テレビを見ていたらBachのdoppelのⅠ楽章を弾いていたので、聴いていたら無性に演奏に腹が立って来たので、チャンネルを変えて、アニメを見ながらVivaldiのCembaloのpartを作りました。
ただのEventに腹を立てる事も大人気無いとは思うのだけどねぇ??
歳を取ると、堪え性が無くなるのかね~ぇ?





Finaleの入力は、tenkeyが最初から分離されているMicrosoftの Ergonomic Keyboard のbluetooth型を注文したので、右手で鍵盤を弾きながら、問題の左手で音価を入力する事が楽になったので、入力が捗ったのだよな??
keyboardの交換は、部屋全体を動かして配線のやり直しをするのだけど、全てのテーブルやラックを動かすので大変な作業なのだけど、30日に一人でやりました。
大変な思いをしても、仕事が早く終わった方が良いからね?
という事で、Finaleの入力がとても楽になったのと、keyboardが小さくなったので、机が少しだけ、広くなりました。
つまり、Finaleを入力する時には、tenkeyを左側に置くと、右手で鍵盤を弾けるので、とても楽なのだよ。
それに、tenkeyは普段は使わないので、作業spaceから退けておく事が出来るので、それもメリットです。


コメント
塩澤 一範
あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。
· 返信する · 3日前
芦塚 陽二
明けましておめでとうございます。コロナで千葉にまでも行けない・・というか、ハイツの自宅から一歩も外に出ないで引き篭って1年が経ってしまいました。今年こそは、外に出たいよね~ぇ??
· 返信する · 3日前
塩澤 一範
うちも何処も行けず家で引きこもりで、パソコンやってました。たまに外に出て写真を撮ったりとしてました。昨年は、羽田空港に用事があって、国際線ターミナルを通過するだけで、ハラハラ、ドキドキでした。

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1月1日『即興演奏とSequenzと速記法』·
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「初めての即興演奏」
Münchenの留学中に、下宿のあるPlaneggの村で偶然知り合いになった神父さんと音楽大学のorganistの友人と一緒にAlpsの山に登りました。(写真は同じmemberと日本人のPianoの女の子と一緒に登った時の写真で、別の時の写真です。)
山の頂上にある山小屋で、Chitaとbase弦の付いた二股の民族guitarが置いてあったので、神父さんがChitaを、音楽大学の友人がguitarを弾いて、即興で民謡を歌い始めました。Alpsの山々に谺してとても素晴らしかったのだけど、次の歌に入る時には調を言って(合図して•••)、もしその曲を知らなかったら、Baßのchordを指示をして、延々と4時間近く全く音楽を全く切らないままに歌い続けて、演奏をし続けていました。
即興の妙技・・というか即興演奏の原点を見て、その素晴らしさを身を持って実感出来た瞬間でした。
しかも、organistである友人と神父さんという専門家ではない人達が見せた即興演奏の妙技は、とてもamateurの領域ではない素晴らしいものでした。(proの演奏家として日本に呼ぶ事が出来る程の・・)
私自身は、高校生の頃に音楽を始めたので、・・また周りにそういった音楽を即興で演奏する人達の環境が全く無かったので、そういった即興演奏というgenreがある事は音楽大学に入学した以降に知りました。
・・という事でその頃(音楽大学時代)は、Bachの曲等の即興の指示に従って実際の音符に直す・・というRealisationを譜面に起こしたりしましたが、その場で即興で演奏する・・という所まではとても無理でした。(楽譜参照)



Karl Richter教授は演奏会でfugaの演奏中にド忘れをして、fugaを即興で30小節程弾き繋いで、記憶している小節に入って行ったのですが、当日の演奏会でそれに気が付いた人は批評家も含めて一人もいませんでした。
私は・・??
私は楽譜を見ていたので・・ね!!
素晴らしい即興の妙技ですよね??
fugaを即興で演奏するなんて・・・??
私が指導した生徒の中には、音楽大学を卒業してから生徒になった女の子がいたのだけど、彼女はPianoの即興演奏を得意としていました。
彼女には電子楽器の生徒達が多かったので、当然popularの曲の即興演奏を指導したり、外での演奏活動をしたりしていたので・・・
彼女にその方法を尋ねると、3つ、4っつの種類の音楽のpatternの変奏を作っておいて、新しい曲はそのpatternに嵌めて演奏をするのだそうです。
後は、何度か奏く間に、少しづつ修正をしていって、originalityを出すのだそうです。
「baroque時代の音楽の価値観」
baroque時代のConcertoは、ritornello形式で出来ていますが、今のpopularの音楽と同様に、当日、演奏会場で楽譜を渡されて、その場で初見で演奏するのが通常だったのです。
今とは違って、当時は、radioもrecordもありませんでした。
その静けさ、寂しさをこんにちの人達が理解出来る事は難しいと思います。
音楽が身近な日常の生活に全くなかった当時では、音楽を聴く事は、日常の最大の娯楽だったのですよ?
立場を変えて、演奏する側に取っても、演奏をしたくても、今のように楽譜が直ぐに、手に入る分けではありません。
当時は楽譜は手書きの写譜によるものしかありませんでした。
銅版印刷による楽譜もあるにはあったのですが、非常に高価なので、楽譜が欲しければ、楽譜を借りて写譜をするしかなかったのですよ。
写譜をする作業は、それは、Finaleのようなパソコンのsoftがない当時の時代では大変な重労働だったのです。※)
という事で、村に取ってはその村の作曲家の作品が唯一の娯楽の音楽だったのですよ。
そのために、演奏家達はこんにちでは考えられないような重労働を強いられていたのです。
当時は、殆ど毎週のように、否、週に2回も3回も、違った曲を作曲家から手渡されて即、演奏するのが常だったのです。
教会の毎日曜日のGottesdienst(ゴッテスディンスト=日本語ではなんと訳すのかは知りません。missaとは違うようなのですがね??)や、貴族達のdinnerは、最低でも2時間は続きます。その時間を埋めるだけの曲を作ってそのneedsに応えるには、instantの作曲法=所謂、即成作曲法が必要でした。
その方法がbasso continuoによる作曲法であり、ritornelloの音楽形式だったのです。
ritornelloの音楽形式は、演奏家達に取っては頗る利便性の高い音楽形式であって、最初に出て来たthemaを繰り返し弾けば良かったので、missも最小限に抑えられてとても良かったのです。
「Vivaldiのritornello形式」
例外的な作曲法としてはVivaldiのritornelloの作曲法が挙げられますが、VivaldiのConcerto等では、繰り返される度に、ritornelloのthemaが微妙に違うのですが、それはVivaldiの曲を演奏する演奏家が普通の作曲家達のとは違っていて、Proの雇われ演奏家達ではなくって、Pietà音楽院の女の子の生徒達がVivaldiの作品を演奏していたのです。
つまり、Vivaldiが直接、音楽を指導して来た生徒達がVivaldiの作品を演奏していたのです。
という事で、例外的に、Vivaldiの曲をVivaldi本人からlectureを受けて、勉強をして、練習を積み上げる事が出来たからなのです。
つまり、Vivaldiの曲を演奏していたのはVivaldiの生徒達だったからなのですよ。
では、何故、Vivaldiの生徒達ならば、ritornelloの繰り返しを変化させる事が出来たのでしょうかね??
その生徒達が、演奏をより完璧にするためには、確実にMotiv(motif)の小さな違い=kleinigkeitの楽譜上の変化を覚える・・という事は、音楽だけではなく、教育においても大変素晴らしいmethodだったのですよ。
当時は多作の時代だったので、曲を覚えて演奏する・・という風潮は全くありませんでした。
オケの演奏家達だけではなく、solisteでさえも、暗譜で演奏する習慣は無かったのです。
しかし、音楽をより完璧に演奏するためには、暗譜による演奏が重要である・・という事はこんにちではよく知られている事ですよね。
VivaldiのConcertoのritornelloのthemaの繰り返される毎の変化は、Vivaldi-methodによる記憶法のcurriculumの重要なlectureをするためのkleinigkeitの変化でもあるのですよ。
同じbaroque時代の作曲家達でも、proの演奏家に演奏を依存している殆どの作曲家達の場合には、仮に、そういった手法があるという事を知っていたとしても、その手法を使う事は出来なかったのですよ。
その理由は、演奏をproの演奏家達に依存している場合には、練習の回数が、運良く「出来た!」としても、せいぜい一回だけで、後は本番になるし、今現在でも練習1回、ゲネプロ・本番が定型です。練習の1回目は初見なので、殆ど演奏の説明で終わってしまいます。だから、ゲネプロで1回合わせて、大丈夫かcheckをして、そのまま本番に臨みます。
それが練習がある場合なので、殆どの場合には、作曲家の都合で初見の演奏になるのでね!!
漫画家ではないけれど、締切りギリギリというのは作曲家の常なのでね??
超、高名な作曲家でも締切りに間に合わなくて、近所の他人の作品で間に合わせている場合があります。
Bach然り、Haydn然りなのですよね??それが、偽作の問題を生み出します。Bachはlifeworkとして、教会の全日程を自作のcantataで間に合わせられるように頑張って作りましたが、そのcantataの中にも、他の人の作品が紛れています。教室でよく全体合奏として演奏しているcantataもその中の一つです。私の場合には、別にBachの作品ではなくても、曲が美しければ良いというpolicyなのでね?? 
「baroque時代のensembleの様式」
ここまでは、orchestraの演奏家の人達のお話ですが、baroque時代の音楽は、例えsoloの曲であったとしても、Ohne Begleitung(無伴奏)という指定が無い限り、basso continuoを従えたensembleで演奏されます。
無伴奏(Ohne Begleitung)というgenreは特殊なgenreなので、通常はsoloという場合には、solo楽器と伴奏のpartをsoloと見做します。
伴奏とsoloではなく、対等の場合にはduoになり、ensembleに分類されるようになります。ViolinとPianoの作品でもBeethovenのように二つの楽器が対等であっても、分類はPianoと伴奏でsoloの分類になります。
baroque時代のsoloの曲の場合には、soloのpartに和音を表す通奏低音(basso continuo)の二段の譜面で書き表されます。
上の1段は当然soloの楽器が演奏しますが、問題は、下の段のお話です。(譜例参照:EcclesのViolinsonateのoriginalの楽譜です。)
baroque時代では楽器の指定は曖昧だったので、下の段をguitarやLauteのような楽器で奏く事もありますが、通常は、下の楽譜である、通奏低音の譜面はcontinuoの低音を奏く楽器奏者と和音を補填する鍵盤楽器奏者の二人で演奏されます。
通奏低音の低音楽器の奏者の楽譜は書かれている楽譜があるのですが、和音担当の奏者は、その低音楽器のmelodieの上に、左手の譜面はそのままに弾いて、その音の上に数字で指示された和音を演奏します。つまり、soloの曲であっても、3人で演奏をするのが通常なのです。
ちなみに、baroque時代には、未だPianoは存在はしていません。
だからPiano伴奏のbaroqueの音楽は、全て擬古典の作品(所謂、arrangeの曲)になります。
Concertoのritornelloのsoloの部分のお話に戻って・・・・
基本的にはritornelloのsoloの部分は、soloのpartが即興で演奏される事が多いので、それを楽にする方法論として、Sequenzという手法(手段)があります。
Sequenzとは英語のシーケンスと同じ言葉(意味)なのですが、同じFigua(型)を繰り返す事を言います。
その方法は、2度の上行pattern、若しくは下行patternの繰り返しとか、4度のpatternか、5度のquint-Zyklusの繰り返しが一般的です。
(譜例のVivaldiのOp.ⅣNr.6のⅠ楽章のSequenzの部分は2度上行形のpatternです。scoreではsuggestする冒頭の16分音符だけを示していますが、教室のmethodeでは、生徒達はMotivの冒頭と変化をした音を示している音符だけを参考にして演奏をして行きます。)


Mozartの有名なPiano-sonateのハ長調K.545のsonateでは、3度の下行のSequenzのpatternも出てきます。
Sequenzの場合には、当然、調が変わって行くので臨時記号も変わるので、finale入力の場合のneckになってしまっています。
一々音を変更しなければならないのでね??
また、当時のbasso continuoのpassageを活かして、定旋律(cantus firmus)上に曲のVariationを繰り広げて行く色々な曲が産まれました。



la foliaやpassacaglia、groundやChaconne等の曲です。それぞれの曲のBaßの定旋律のthema上に華やかなVariationを繰り広げて行く音楽形式です。
※)手書きの楽譜の書き方は、私の生徒達の中で、教室に残ってくれる生徒達だけにlectureをしました。
パソコンのFinaleのsoftが入って来る以前の生徒達で、しかも教室の先生になる事を希望する生徒だけにです。
それは、出し惜しみでは無くって、写譜の仕方のlectureは、大変な忍耐力を要するからなのです。普通の手習いに来ている生徒達には、とても辛い技術なのですからね?
出版社と同じ浄書の技術と、普通の楽譜、演奏家、特にpopular音楽の演奏家達が必要としている速記の楽譜の3種類の書き分け等も指導してきました。
ですから昔の生徒達である牧野先生や斉藤先生達はそういった写譜の技術や書き分けの技術は持っています。
その次の世代のinstructorを希望する生徒達には、もうFinale世代なので、写譜の技術は指導してはいません。これからの音楽家達にはもう必要がないからです。
(勿論、今の生徒達にも、楽典のlessonの一貫として「音符の書き方」は指導しています。しかし、それは写譜の技術とは全く違ったものです。写譜の技術とは、Proの写譜屋の技術なのですからね?今でも、大半の楽譜は手書きなのですからね?自分のmemoやちょっとした伝達のための楽譜の書き方には写しの技術は必要はないのですからね?)


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1月2日baroqueの即興演奏
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ふと、気が付いたら、もう正月も二日です。
お正月とは言ってもコロナの引き篭もり中で、全く外出をしない、何もないお正月なのですが、全く外に出ていないので、今日は流石にぎっくり腰になってしまいました。
・・・てな事を書いて、お久し振りに椎名町に食事にお出かけをして、ドルプリっ歩に付き合ったら、な、な、な、なんと!
もう三日になってしまいました❢
ぎっくり腰は相変わらず、治りません!!
困った事です。
この調子で行くと、次に気が付いた時には、大晦日という事にも成りかねないのですよね??
正月番組の相棒を録画して、3回も見てしまいました。
つまり、3回も相棒に挑戦してみたのですが、途中で椅子に座ったままで寝てしまって、storyが断片的にしか把握出来ていません。
storyが繋がらないのですよ。
今日はstoryを繋げるために4回目に挑戦して、やっと、何とか最後まで見る事が出来ました。
•••という事で、やっとvideoを消去出来ました❢


昨年の暮には、即興演奏についての文章を書いていたのですが、私が初めて即興演奏と巡り合ったのは、BachのCembaloの曲である「Fantasiaとfuga」の曲のfantasiaの和音で記された楽譜を演奏譜に直したのが初めての即興演奏用の楽譜なのです。
それは、半世紀以上も前の、私が音楽大学に入学して間も無い頃の18歳、19歳頃のお話しです。
当時は、まだ日本にはCembaloが2,3台しか無い時代で、baroque音楽と言えば、BachのAriaとかVivaldiの四季ぐらいしか知られていない頃の時代でした。
勿論、baroque時代の演奏の様式等というものは全く解明されていなくて、今、超有名なPachelbelのcanonさえも、世界的にも全く知られていない頃の時代でした。
だから、即興演奏というstyleの音楽があるという事すら、未知の世界だったので、即興的に演奏をする・・と言っても、楽譜に書かれた通りに演奏するか、せめて和音で書かれた楽譜をarpeggioで演奏するぐらいが関の山で、即興演奏というのには程遠い演奏だけなのでした。
しかし、こういった即興の書法はBachだけではなく、Händelの組曲などにもよく見受ける事は出來たのですが、それをどう弾けば良いのか・・という事、和音やsuggestされた音を見て、即興で演奏する・・という弾き方が一般的に知られる事は未だまだ、ありませんでした。
Bachの場合には、Cembaloという楽器ではなくて、violinの無伴奏の演奏法として、その即興演奏の方法が知られていました。
・・・とは言っても、和音にsuggestされた自由な即興ではなくて、和音を定型のfigure(Figua)で演奏するとは言った初歩的な演奏に留まっていたのですがね??
この書法の演奏法には、二つのstyleがあります。
その一つは、和音をmelodyに変えて演奏するstyleと、和音をmelodyで繋いで行くstyleです。
私が初めて手掛けたFantasiaはsuggestされた和音が8小節に渡って書いてあるので、最初の4小節の和音を和音をmelodyに変えるstyleで作って、後半の4小節を自由にmelodyを追加して行くstyleで作りました。
•••という事で掲載した楽譜は、私のBachのFantasiaの即興演奏譜なのですが、即興演奏の譜面を部分だけは、論文によく使うので、元々の楽譜は、Finaleどころかパソコンや携帯すらなかった時代だったので、当時の手書き譜の譜面から、後に、Finaleに入力をし直したのですが、fantasiaの方は兎も角としても、fugaの方は全く楽譜の変更は無く、楽譜上の変更は改訂としては、全く弄っていないので、fugaの入りの数小節の部分だけをFinaleに入力して、論文等に掲載していたのですが、後のfugaの部分は入り部だけを入力して、お茶を濁して、後は放ったらかしていたのですが、何を思ったのか、今回の正月休みに、二日掛かりでfugaの部分の入力も全部入力してしまいました。
fugaの部分はoriginalの譜面からの変更はkleinigkeitの音の校訂以外には、無いので、これまでの演奏する時には、大元の楽譜で演奏するので、問題はなかったのですが、finaleに入力する事は、無駄な作業と思ったのですが、途中までで放ったらかしにしている事が我慢出来なかったのだよな?
いや〜あ、無駄な作業であった❢❢
寝正月を決め込んで、布団の中で、この文章を書いていたのですが、鼻水が止まらなくなって来たので、起き出して仕事をする事にします。


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1月5日仕事始め
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今日は正月の三が日が終わって、「仕事始め」・・という事で、先生達はlessonに千葉の教室にお出かけです。
私は暮れも正月休みも無いままなので、関係はないのだけど、それでも、何度か起きて仕事に挑戦しようと思ったのですが、パソコンに向かって椅子に座ると、腰が痛くなって、立ち上がれなくなってしまいます。
思いの外、腰痛が酷い状態で、お昼間には殆ど寝込んでしまいました。

夕方になって、「椅子に座れないのならば、立ったままに作業をすればよい」・・という事に思い当たって、立って入力が出来るKeyboard-standを出して来て、パソコンの作業を開始しました。
その仕事なのですが、まるまる2年間近くも放ったらかしにしていた「Facebookからhomepageに移動する作業」を夕方の4時頃から、夜の10時頃までやってしまいました。
19年の3月の18日から手を付けていないかったのですが、コピペをするだけの単純作業なので、後はひたすら忍耐だけの作業になりますが、今日は3月の18日から4月いっぱいをまでのFacebookを、Home Pageヘtransposeしました。


2020年は全く手を付けていないので、まるまる一年分と8ヶ月を1日でtransposeするとすると、残りは20ヶ月なので、10日もあれば、何とか入力は出来る作業ではあるのですがね••••??
なにせ単純作業なのでね?
私にとっては、退屈極まりない、何のmeritもない作業なのですよ?
私にとっては•••という事は、本来ならば、「私の下で音楽の勉強したい」という生徒ならば、その単純作業は、作業ではなくて、とても良い勉強になるのですが、千葉の生徒達にやらせるには、残念ながらHome PageBuilderがsoft的に大き過ぎて、noteパソコンには、入らないのですよ。もしもsoftが入ったとしても、Dataも膨大な物になってしまうからね?
それに、Facebookは教室の仕事ではないので、「私が自分のPocketmanyでバイト代を出してあげよう」、とは言ったのだけど、そうすると椎名町に泊まりになってしまうからね〜ぇ??
同じPocketmanyを出すのならば、教室の生徒ではなくて、もっと気楽に、「人を雇って」・・・という手もあるのだが、以前、パソコン教室の先生をやっていた音大生を雇って教室のHome PageのTop Pageの手直しを頼んだら、僅か10分、15分でTop Pageのlayoutをめちゃくちゃに壊されて、それでも、「仕事のしたのだから」とバイト代を請求されてしまって、しかも彼女が壊してしまったTop Pageを直すのに、私が一週間掛かって修理をしてしまった・・・というaccident・・というかcatastropheがあった。
音大生の職業意識は、norma制ではなくて、時給制なので、自分が迷惑を掛けたという事実と、自分が得るギャラは別物なのだよ❢バイトはそこにその時間、居れば良いだけなのだからね??
それにパソコンやHome PageBuilderの使い方を指導するには、結構付きっ切りでなければならないので、自分自身で作業をした方が早いのだよ。
Home PageBuilderだけではなく、Finale等も『出来る❢』と言う事と『無駄無く出来る❢』と言う事とは、根本的に違うのだが、それが学校教育では分からない。
学校の場合は『出来る❢』でもなく『噛じる』だけなのだからね?
しかし、それを言っていては教室の先生は育たないのだが、今の生徒達は、技術を覚えるよりは、即金になる方が良いのだよな?
digital世代なので、苦労して何かを得る事はかったるいのだよな?
私達の頃の手に職という考え方とは立ち位置の考え方が根本的に違うのだよ?
私が、親の期待の医学部を蹴って、音楽の道を選択した時には、「音楽大学に進学するのならば、一切の援助はしない!」と言う条件だったので、当然、親に勘当されたので、音楽大学に入学した時には、入学を喜ぶよりも、先ずは当面の生活費を稼ぐためにバイトを探さなければならなかった。勘当とは言っても、授業料は援助してくれたので、自分の家賃と生活費を稼げば良かったのだよ!
周りの音大生達なのだが、普通は皆音楽以外のバイトをしていた。
snackの弾き語りでさえ、ある程度は技術を持っていなければならないからなのだよ。
だから、何の技術も持ち合わせていない学生入った、デパートの配膳係や荷物の搬送係のバイトで、良くて家庭教師なのかな?
お金が欲しければ、女の子はsnackで接客のバイト、男の子はパチンコ屋のバイトと相場が決まっていたのだよな?
当然、音楽のバイトなんてある分けはないのだよ❢
歌の子達は合唱のトラもあったのだけど、それは電車代で無くなるようなスズメのなみだのバイトだったからね?
生活費の足しにはならなかったのだよな?それに滅多には無いからね?
それなのに、私が自分自身に課した課題は、「音楽のバイトでしかもClassicに限ったバイト」という事だった。
先輩諸氏は「そんなバイトはある分けはない❢」
「あったとしてもそんな技術職が出来る分けではない❢」というのが、周りの冷ややかな目であった❢
その時の私は、確かに経験も技術も持っていない、音楽大学に入学したばかりの学生だったので、そう言った批判は、至極、当たり前だったのだよ❢
しかし、「最初は誰でも初めてなのだから❢」というのが私の持論で、周りの目を気にする事もなく、その批判を押し切ってしまった。
大学の教授達に片っ端から仕事をお願いして、幾つかの仕事を回して貰う事が出来た。
音楽のバイトは、一回だけの飛び込みの仕事なので、その他に、ニッパチの間期を防ぐために、受験生を指導する事を始めた。これは一年を通じての安定収入になるので、精神的には安定するのだが、逆に、落ちこぼれた受験生を100%合格させなければならないので、それなりに真剣勝負ではあった。
まあ、そういった努力の結果、当時は、東大生の卒業生の初任給の3倍を稼いでいたよ。
東大の卒業生の初任給がやっと2万5千円の時代に、7万以上も稼いでいたのだよ。
今のrateの換算では、東大卒の初任給が22万なので、単純に計算すると、66万円か?
そんな大した金額ではないよな??
年間所得で約800万だもんな??
共稼ぎならば、普通ぐらいか??
それでもmeritは、音大の勉強の予習復習も完璧なのだよな?
音大で学ぶ上の段階の仕事をしている分けだからね?? 
4年間で、当然、留学の費用も貯める事が出来たのだが、そういった勉強の仕方を真似する生徒は一人もいなかっね?
音大生自体が、生活費に困っている分けでは無いから、そこまでの苦労をする必要もないしね?
またもう一つの理由は、軌道に乗るまでの勉強が大変なのだけど、私に言わせれば、『音楽の世界で生きて行きたければ、どっちみち必要な技術なのだ』けれどね?
今の教室の子供達に何時も言っている事があって、「発表会の直前で必死になって一週間で暗譜をするのならば、その同じ努力を、楽譜を貰った時にすると良い❢」と言う事だ。
同じ努力でも、timingがちゃんと出来れば、その成果は全く別次元の成果になる。
一事は万事で、それはこういった地道な努力でも、同じなのだよな??


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1月5日Facebookをhomepageに移行させる意味について
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今日はFacebookの2019年の5月と6月分のcommentや写真をhomepageに移動する作業をしました。
1日掛りだったので、少し疲れたぞい??
・・・とは言ってもお昼過ぎの1時頃から10時頃までの9時間くらいだったのだけど、休み休みの作業で食事をしたりテレビを見たりしながらの作業だったので、実際の稼働時間は、まあ、6時間ぐらいなもんかね??
その後、11時を過ぎた頃から、更に8月分をHome Pageにcopyしてしまいました。勿論、テレビを見ながらの片手間作業だったのだけどね??
二日、三日で5ヶ月分をHome Pageに持って行った事にはなるのだけど、昨年一年間の分は全く手が付けられていないのだから、この先が思いやられるのだよな??
まるまる1年分だもんね??
何故、そんなに無駄な作業をしているのか??・・と疑問に思われるかも知れないけれど、私に取ってはFacebookを忘備録として使っているので、論文を書いたり、その日その日になにをしたのかのmemo帳になっているのだが、Facebookの検索機能はヘボいので、論文を探したり、忘備録としての機能が弱いのだよ。
homepageでは、検索はindexを付ければ直ぐに探し出す事が出来るのだが、反面、論文を推敲するのが難しい。
homepageを見るのは簡単なのだが、文章を校正する事は、容易ではないのだよ。先ず、homepagebuilderを立ち上げる事自体に時間が掛かってしまって、memoる!!という機能が無いのが致命的であるのだよな??
Facebookでは簡単にいつでも、それこそ携帯ででも、文章を入力出来るのはmeritなのだが、致命的な欠点は、写真が文章の途中に入れる事が出来ない事だ。
だから、文章の解説の参照の図を放り込む事が出来ない。
仕方が無いので、「下図参照」としているのだが、写真の順番を入れ替える事が出来ないので、下図参照でも順不同になってしまう事が多い。
homepagebuilderでは、そういった問題はないのだが、Facebookでは一括で複数の写真を取り込む事が出来るのだが、homepagebuilderではそれが出来ないので、一個一個の写真をサイズを指定しながら入力しなければならない。
一括で写真を取り込む良い手は無いのかな??
調べても、linkを貼る方法しか出て来ないのだよな??




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1月6日ハイツの断水とgasfanheater
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1月6日の水曜日でハイツは午前中は断水で、全く水を流せないので、頻尿の私としてはtoiletteが困ってしまいました。
午後は歯医者に行きましたが、今日は被せてある歯が虫歯になったとかで被せているのを取りました。
被せても虫歯になるんだ~ぁ??
そのまま椎名町に行こうかと思ったのだけど、返事が無いので、ハイツに戻って来ました。もう一度出掛けるとなると、色々と面倒くさいのだけど、連絡が無ければ致し方は無いよな??
牧野先生が江古田周りの次いでに、ガスファンヒーターを運んでくれたので、setしました。
サーモが壊れていないので、部屋の温度の調節が必要がないので、とても楽です。設定した温度のままに、ファンヒーターの温度が固定されているので、助かります。と思っていたのだけど、やっぱり、温度が設定した温度を越して来た!

ガスの場合には、設定温度で調整する事は無いのかね?
•••と思っていたら、エコと足元とスポットの設定があって足元は強にしておくと、足元から温度が上がって行くので、足が冷える私にはとても良い!温度が上がり過ぎたら、エコにすると、断続的に運転するので、部屋の温まり過ぎは無く、寧ろ肌寒いくらいの温度になる。
組み合わせると、なかなか良いようだ!
やはり、新しいファンヒーターは性能も良かった!

それはそうと、今日はFacebookの19年の9月分のcommentをhomepageに移しました。
チョッと大変だったよな??
後、3ヶ月分だよな??
まあ、一週間は掛からないって、ことだよな??
それと、2020年の1年分なので、都合、15ヶ月分という事だよな??アハッ!
そうだ! 今日は椎名町に行く途中でまるでタヌキのような、つがいのモコモコとしたタヌキと遭遇しました。
大型の猫ぐらいの大きさで尻尾が丸くて真っ黒でした。
bikeなので写真を撮る暇は無かったのが残念!!

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1月8日夢見が悪くて
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今は1月8日の深夜の3時を過ぎた所である。
余りにも寒いのと、悪い夢を見てしまったのと、toilettimeで目が覚めてしまった。
とは言っても、今の気温は0°なので、そんなに寒いとは思えないのだが、それでも兎に角寒い!
それに中指の爪が欠けていた!
昨晩は食事とドルプリっ歩を済ませて、ハイツに戻って午前様の1時半を過ぎて、布団に入ったのだが、あまりにも寒いので、寝間着の上下と靴下を履いたままで寝たのだが、それでも寒いのと、夢見とtoiletで起きてしまったのだよ!
起きたついでに、シンクの前でお茶でも飲もうと座ったら、ゴキブリの大小が都合3匹も出ていた!
ゴキジェットで何とか処理をして、今度は諦めて寝室のエアコンで暖房のsetをして、寝た!
腰に最大の注意を払いながら、次に起きたのは、朝の6時だったのだが❢
「よちのういきもな出す」 
この完全痴呆状態の文字列は、推測変換のは候補から、一番近い候補を選んで、不要な文字の前に入力をすると、こんな変な文字列が文末に残ってしまいます。それを後で纏めて削除するのですが、うっかり消し忘れてしまいました。




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1月8日非公開のmemo
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教室に対しての考え方
生徒達を指導する
生徒達と共に活動する。
立場が違えば、生徒達に取っては教室は自分たちのものではなくなる!
生徒達が自分たちの教室を作って行くという風な考え方の方が良い❢


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1月9日緊急事態宣言と下水の高圧洗浄·
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昨日の1月の8日の金曜日は、緊急事態宣言発令の日だったのですが、自宅の下水の高圧洗浄があるので、朝の9時から12時までの間は部屋に缶詰め状態になりました。緊急事態宣言下なので業者が来るのか来ないのかが分からない状態だったのですが、管理人に聞きに行くのも面倒くさいので、仕方がないのでFacebookからHome Pageへのお引っ越しの作業をやりながら、業者が来るのを待ちました。緊急事態宣言下にも関わらず、通常通りに11時頃には高圧洗浄の人達が来て作業をして帰りました。作業はいつもの通りにほんの一瞬で終わりました。
大急ぎで、ドルプリを連れて千葉の最終引越しの荷物の移動に出掛けました。花園教室と検見川教室の引越し作業での取り残しの最終作業です。
後は新教室の2階のPianoの位置が私的には不本意だったので、ほんの40㌢程度だったのですが、先生達と3人で、前にgrandPianoを移動させて、柱が邪魔にならないようにしました。
大型のテレビはnetの契約が私的には業者はもう決めているのですが、credit-cardの関係で私が契約の書類を書く訳には行かないので、何度となくProviderのsiteのaddressは送っているのだけど、未だ契約がされていないので、取り敢えずはWi-fiでパソコンには接続出来る所までは確認をして、オケ練習の時のmonitorとしてはいつでも使えるようにしました。
2階の部屋で大型のテレビを見る事は無いので、monitorになれば問題はありません。
本来的には据え置き式のパソコンを置く予定なのですが、当面はnotePCで代用するので、notePCのsetをしました。
オケ練習の時と、soloの演奏の時には、video-cameraの撮影位置が変わるのですが、そのvideo-cameraの位置決めも、3脚をdollyに乗せて自由に動かせるようにしました。
後は、楽器の置き場所等、部屋のlayoutを細かく指示しました。
帰りがてらに、灯油とgasolineの補給に、いつものgasolinestandまで車を走らせたら、なんと、24時間のstandのハズなのだけど、緊急事態宣言でお休み(時短営業)になっていました。
仕方が無いので、車を走らせて開いているstandを探して、見つけてまた新教室に灯油を運んで、・・それから改めて東京に戻りました。超、無駄な動きです。
・・という事で、椎名町着は遅れに遅れて、12時になってしまいました。
それからお弁当の夜食を食べて、ハイツに戻って直ぐに寝ようと思ったのですが、bedが氷のように超寒くて、入るのが気が引けたので、布団乾燥機でbedを温めてからbedに入る事にしました。 
その無駄な時間は、Facebookのお引越し作業をしてbedが温まるのを待ちました。半分寝ていたので、Facebookの引越し作業は19年の10月24日の分だけで終わってしまいました。10月の24日のお引越し作業だけで、まるまる小一時間も掛かってしまったのですよ。約半分の時間は寝ていたのかね??
超バテていたので、入眠は一瞬で出来ました。
腰痛が酷くて、立ったり歩いたりするのが困難なのによく頑張ったと自我自賛をしている所です。アハッ!


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1月10日非常食での林ライス 4:25 ·
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1月10日の日曜日の朝の4時です。
昨日は金曜日の重労働にも関わらず、朝は元気に起きれて調子が良かったのだけど、お昼になった頃から、突然、体調が崩れてしまって、結局、夕方の4時過ぎぐらいまで寝込んでしまいました。
金曜日は東京到着が12時だったので、夜遅くなったので、お弁当の準備が出来なくて、何も持って帰らなかったので、次の日の土曜日にはハイツの冷蔵庫には食料品が全く無くなっていたのだけど、買い出しに行くのも危険だし、斉藤先生もお疲れで、土曜日の食事当番が出来なかったので、椎名町に食べには行くのはやめて、冷蔵庫に残っていた肉soupを、林ライスに作り変えました。
卵も無かったし、牛乳や濃い味茶も無くなったので、そろそろ買い物に外出しなければ、飢え死にしてしまうのかな??

食い物の話しはそれぐらいにして、さてさて、
夕方から起き出して、腰痛の再発を注意しながら(という意味は、座りっぱなしでパソコンの作業を長時間すると、確実に立てなくなってしまうからです。)、Facebookの2019年の10月と11月分をhomepageにお引越しさせました。
Facebookでは動画の処理が簡単なのだけど、homepageでは動画をPageに入れるのは結構難しくって、色々と大変でした。先ずは拡張子がMP4ではダメで、AVIに変換してからでないと、何も出来なかったのですよ。
まあ、後ひと月で、2019年のFacebookが終わるので、一段落なのだけど、2020年が全く手を付けていないので困ったもんだ。
折角のコロナの引き籠もり中なので、1月中には2020年も終わらせたいのだよな??
2021年のhomepageも昨日中にテンプレートを作って起きました。
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1月10日今日は-4°だそうです。
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同じ1月10日の10時を過ぎた所です。
なんと、今朝の練馬区の気温は-4°だったのですよ❢
寝室でエアコンで部屋を温めながら、布団に入っている時間帯だったので、気がつきませんでしたが、東京では体験した事の無い温度ですよね?
今は既に朝の10時半で気温は3°だそうです。
今日は千葉では専科のオケ練習があったのですが、非常事態宣言なので、最小限の人数だけでのオケ練習なのですが、私はduoとPianoquartetだけに大型Displayでのテレワークでの参加をしました。


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1月11日糖質cutの電気釜が
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1月11日も、もう8時直前になった今朝の練馬区の気温なのですが、それでも今は-2°だそうです。
今日は-3°までも下がったようなのです。
朝から頑張って、20年の1月と2月までtransposeが終わりました。
超、ultra、super、怠け者の私が2年間分のFacebookを一人でtransposeするなんて、まるで、勤勉な学生のようだよな??
人間、変われば変わるもんだ!! ほんとかね?? アハッ!
更に、20年分も3月分までのtransposeも終わった!
明日は4月からだ。
パソコンの作業をやりながら、糖質dietのご飯を炊いたのだが、どうした分けか、生煮えのパサパサの状態でとても食べれる状態ではなかったので、半分づつに分けて、二度炊きした。
なんとか普通の食べられる状態に戻った!
米を捨てないで済んだ!
多分、糖質cutのための水が途中で詰まって、循環しないで空焚き状態になったのだろうが、いずれにしても初めての事なので、理由は不明だが、ヤマカンで米の量や水の量を入れたのだけど、全く同じように炊けたぞよ?




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1月13日歯医者とFacebookのお引越し
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今日は1月13日の深夜の4時を過ぎた所です。
今日は4月と5月と6月の半分までtransposeが終わりました。
更にひと眠りして10時40分になった所なのですが、取り敢えずは、6月分を移動し終えました。
今日は歯科がある日なのですが、予約が混んでいて、午後は無理だったので、午前の最後にして貰いました。50分間、ガリガリと歯を削られて、すっかりメゲてしまいました。齒を削った後を仮に被せているだけなので、早めの方が良いという事なので、一週間後にしました。時間が早くて、椎名町には誰もいないので、ハイツに戻ったのですが、パソコンの作業を続ける気にはならなくて、仮眠を取ってしまいました。という分けで、今日のFacebookのお引っ越しは、7,8月を予定していたのですが、全く進捗状況が悪くって、7月分だけになってしまいました。
少しバテて来たのかな?
だからrotationがめちゃくちゃです。
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1月13日『日本人の音楽家の持つ誤った奏法』
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昔々、BerlinphilのconcertmasterのSchwalbé教授がカザルスHallでの公開講座で、「日本人特有の誤ったViolinの奏法」を毎回日本に来る度に、注意し、lectureするのだが、全く治らない事に業を煮やして、その20数項目の日本人特有の誤った奏法として、会場に来ている聴衆全員にpamphletを配って、受講していた生徒達に「あなたは丸*と丸*が悪いので、直しておいてください。」と言ってlessonをしようとはしなかった。
私もproの演奏家達に指導をしていた時にホトホト困っていた事を的確にそのパンフに書かれていたので、私と生徒達一同が聴講に行ったので、そのpamphletは10部以上、教室に残っているハズなのに、1部も見当たらないのだが、これはとても良いpamphletだったので、見つからないのは残念だよな??
その中でも、特別にSchwalbé教授が忌み嫌った奏法があるのだが、それはその昔から、私が『芸大弾き』と呼んでいた奏法で、勿論、その奏法をする人達は、**教授門下である・・という事は自明の事である。
(勿論、Schwalbé先生の公開lessonには、その先生も、その先生の生徒さんも参加していたのだよ。)その所謂、『芸大弾き』は、Schwalbé先生が「幾ら注意しても、治らないから、エイズ奏法(当時は不治の病だったので・・)と呼ぶ」と言われていた独特の「後押し奏法」なのだがね??
「何故に、治らないのか??」と言う事なのだが、殆どの日本人にとっては、その奏法が「おかしい」とは思わないからなのだよ。それどころか日本人に取っては、好ましい慣れ親しんだ奏法なのだよな??
日本の民族音楽や演歌と呼ばれる、或いは浪花節に至るまで、この後押しで音を押さえる事を好む民族性があるからなのだ。
(このお話は、homepageでも、昔から取り上げて、再三啓蒙活動もしているのだが、それがSchwalbéさんではなくても、何年経っても、治る事はないので、辟易してしまうのだよ。)
一度もそういった誤った奏法を習った事の無いハズの教室の生徒達ですら、毎回注意しているのにも関わらず、チョッと油断をしていると、収めの最後の音符等を『後押し』をしてしまっていて、それを口酸っぱく、「fade-outだよ!!」と注意しても、直す事が出来ないのだよな??
ほとほと困ってしまうのだよな??
Europaの乾燥した石で出来た家に住んでいる国民と、Asiaの高温多湿の木の家に住んでいる国の民族では、音の感性が根本的に違うのだよ。
つまり、乾燥した石造りの家に住んでいる民族では、音を遠くに飛ばすコツはkonsonanz、所謂、音を共鳴させる事にあるのだ。
それに対して、高温多湿の国ではkonsonanzをしようにも、共鳴体がないのだよ。
だから、音を押さえつけて、張りのある強い音で遠くに音を飛ばすようにするのだ。
日本の笛には喉と言って、気流を鋭くするために管を細くして気流の流れが早くなるようにしてある楽器もある。
だから、日本の笛は鋭い音が出るのだよ。
中国の二胡やモンゴルの馬頭琴等も共鳴箱と呼べる程の共鳴体を持っていないし、演奏する場所も、お座敷や屋外の想定であって、日本には能舞台を除いては共鳴体を持つ会場は基本的には無い。
Europaのような演奏会用のHallは無いのだよな?(教会等も実にkonsonanzが良いので、教会自体がOrganの共鳴体なのだよな?)
日本人の『後押し奏法』は音を力で押す分けなのだが、Europaの場合には、Renaissanceやbaroque時代の奏法で、日本人が勘違いをしているそれに良く似た奏法がある。
viola da gambaのような大型の楽器の場合には、共鳴弦も多いし、多くの音にkonsonanzがある。
konsonanzの音を奏くと、楽器の共鳴箱が共鳴して音が膨れて行くのだよ。ちょうど、それが「後押し」をしているように聴こえるのだ。
芯になる音から共鳴が始まると、芯の音を少しづつ抜いて、共鳴の音だけにするのだが、曲のimageを強くするために、時折、芯の音を少しだけ残して置く事もある。所謂、(Spaghettiではなく)音のal denteなのだよ。
konsonanz奏法の場合には、弓に対してpressureを加える事は無いので、音は太くても、柔らかい音がするのだが、実際には音量はkonsonanzの音量になるので、極めて強い大音量になる。
教室のような15名程度の人数でも、fullorchestraと同じぐらいの音量が出る。konsonanzの為せる技である。
しかし、残念な事に、幾ら生徒達にkonsonanzの音を指導しても、次の曲になった時には、元の木阿弥になってしまって、『後押し奏法』に戻ってしまうのだよな??
ついつい「誰か、他の日本人の先生に見て貰った??」と聴いてしまうぐらいの変化で、正しい奏法を指導しても、治らないのだよな??
もう、これは日本人の音楽を学ぶ人、全ての『業』なのだよな??
明治の乙女であった私の祖母が「鶏の絞め殺される時の声!」と言ってOperaを絶対に聴こうとはしなかったのだが、日本のOperaを聴くと、確かにそうだよな??
日本人のpianistの音はキンキン・キャンキャンと金属が破壊される時の音がして、演奏を聴いていると耳が疲れてしまうし、日本人の弦楽器奏者の音は、どう聴いても二胡か馬頭琴に聴こえるのだよな??音に膨らみがないのだよな??
西洋の音楽を学ぶのならば、西洋の歴史の中から学んで欲しいものだよな??
いい加減、音楽事始めの、家元制度から、抜け出せないのかね??
半世紀も同じ事を言い続けているのだが、相も変わらず、日本の社会は何も変わらないのだよな??


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1月14日『取説の理解は取り敢えずやって見る事から』
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今日は朝から、昨日完成させる事が出来なかった8月分のFacebookの移動を、取り敢えず完成させて、9月分に取り掛かった所です。
今は夕方の5時なのですが、これから椎名町に移動して、斉藤先生にvideoのアフレコのやり方とアテレコの遣り方とその方法と、更にmixpadの使い方をlectureします。video-cameraからの編集ならば更にCyberlinkの使い方のlectureもしなければならないのですが、今日はそこまでは無理だという事で・・・
先ずは斉藤先生のnotePCにmixpadをdown loadする所からしなければならないので、作業を始めるのには、少し時間と手間が掛かるよな??
「アフレコ・アテレコ」の作業手順のlectureは、型としての「教科書」としてlectureする場合には、とても簡単なのですが、現実的に指導する場合には、録画された状況に対応して判断しなければならないので、現実的には、作業行程は複雑怪奇になってしまい、説明に窮してしまいます。
色々な作業行程があるのですが、そのどの行程がgünstig(利便性が良い・効率的である)であるのか?・・の判断は、その作業行程を熟知していなければならないからです。
教科書的にやるのならば、それぞれの作業行程から逆に、bestな対象となる仕事を予め準備しておけば良いのですが、そんな回りくどいやり方は現実的ではありません。
つまり、最も大切な工程は、その対象のどの部分にどの工程がbestであるかを判断する作業であるのです。
作業工程の企画が出来れば、仕事の効率は当然良くなるのだけど、それには、作業の工程を熟知していなければならない・・というparadoxが生じてしまいます。
芦塚methodeが、一般に熟知されない理由も「生徒が演奏出来ない原因とその方法論」を指導者がmasterしていなければならないという所にあります。
と言うか、会社組織そのものだよな??

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1月15日『古いパソコンの話しといつものFacebookの悪口』
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倉庫の中で棄てる予定になって眠っていた2004年製のpriusを、電源を入れて見たら、なんとXPが立ち上がった。
まだ活きていたのだよ❢
という事で、取り敢えず10にVersionupをしてnetだけは出来るようにしようと思っています。
それはそうと、「Facebookの話し」なのだが、何時もの様に少しだけ書いて、その文章の後に書き足した文章が勝手に削除されて(uploadされない•••)しまいました。
いつもの事なのだけど、腹立つよなぁ、Facebookは?
書き足した文章は、FacebookからのHome Pageへのお引っ越しの作業の報告の文章で、本当ならば・・・、「それはそうと、今日のFacebookの移動は、9月分3分の1の10日分までしか進みませんでした。体調の所為なのか、気分が乗らなかった所為なのか?•••思ったようには進みませんでした。
ぶっ飛んだ文章には「進捗状況が遅くなって来たのは、流石にチョッとヘバッて来たのかな?」・・と、いう文章から徒然と書いていたハズなのだがね??

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1月15日『腸風邪になった!』
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今日は腸お久し振りにdurchfallになってしまいました。
・・・という事で、1日に4回もtoiletに通ってしまいました。
昨年の暮の26日頃から始めたFacebookのHome Pageへのお引っ越しの作業なのですが、流石に一月近くにもなって来ると、段々とヘバッて来て、1日で、多い時には二月半分、少ない時でも、一月半分はこなして移動させていたのですが、この二日は、疲れて来たのか、半月分くらいまでしか進まなくなってしまいました。
今日はなんとか頑張って、一月分を引っ越したので、後の残りの月は11月分と12月分だけになったので、まあ、後、2、3日頑張れば、終る事は出来ると思っています。
timelimitがある作業ではないので、頑張る必要はないのですが、Home Pageは「芦塚先生のお部屋」の修復作業が残っているので、endlessの作業になってしまいます。
「芦塚先生のお部屋」の Pageなのですが、ぶっ飛んでしまった Pageには 、PageのTopの部分のindexの部分だけは残っているので、それを目安にして、文章を新しく残っている文章に書き加える事は出来るのですが、それも一作業なので、その作業を始める事には、この2、3年の間、躊躇しているのですよ?


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1月16日『Facebookのお引っ越しの作業』が終わった!
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今日は1月16日の朝の9時なのですが、昨日から引き続いてdurchfallが治りません。
朝のtoiletteに行ったら、危うく・・でした。toiletteの中だったので、助かったのだけどね??
夕方の5時50分なのですが、やっとFacebookの2020年のhomepageへのお引越しが終わりました。2019年の3月から1年と9ヶ月間の Pageのお引っ越しだったのですが、それにしても3週間近く掛かったよな??
無味乾燥な単純作業だったのだが、よく頑張ったよな??
いやあ、根性!根性!!
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1月17日『芦塚先生のお部屋のHome Pageの改訂』
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今日は1月17日の朝の、もうすぐ9時になる所です。
雲は厚いのですが、隙間から日が差しています。
今日は日曜日なのですが、斉藤先生が寝込んでしまったので、オケ練習は中止になりました。
私はハイツの自宅で古い昔の芦塚音楽研究所のhomepageのtopPageのrenewalをしました。
教室のhomepageは、斉藤先生が新しいhomepageのsiteを開いたので、古いPageはより専門性の高いPageにして行きます。
それはそうと、何を思ったのか、「芦塚先生のお部屋」のindexの Pageをrenewalしました。
とは言っても、複雑怪奇になっていたlayoutを表にしたのですが、困った事に表のlayoutが全く上手く行きません。
設定でマスの縦横のpixelの数字を入れても、layoutの画面に反映されないのです。
どうして反映されないのかを、netで調べても、出て来ないし、ほとほと困ってしまいました!
今日は諦めて、明日、再度、挑戦します。
excelの表の設定とは全く違って、何も出来なかったのですよねぇ?




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3月

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4月

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5月







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6月






7月


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